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Ana Sayfaya Dön

最近10年来くらいの身体への疑問がひとつ解けた。これで身体全体のバランスがまた変わる。 そして来年頭からは日本にいないので、今年中にやれることをやっておく。

279,109 görüntüleme • 9 ay önce •via X (Twitter)

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★税収弾性値について「日経新聞大機小機おかしい」 だから、この税収全体を中期的に見れば1を若干上回る程度であるというふうに書いてあるんですけど、この大機小機には。 なんだけれども、中長期中期的に見れば、何年何月、 何年の(税収)何年までなんだよって言ってみろという話じゃないですか。 現実の数字が10年とかで見ていったら全然違うわけですよ (税収弾性値が)3とかあるわけちゃんと。 40年以上の平均、つまりそれで見ると1.1になるわけだけど、でもそれって40年前の税制の形と今の税制の形で全く違いますよね。 だから、そういう意味で税制がどんどん変わっているし、産業構造もどんどん変わっている ということは、直近10年ぐらいを税収弾性値の数字にしなきゃそもそもおかしいわけで昔は10年と言っていたんですよ、国会答弁で昔は10年で国会で言っていたのに、今は40年以上をやるという計算になっているわけです。 何でかというと、そうしないと1.1にならないから、直近10年だと全然数字はもっと上です。 これは後々我々の方でいろいろ仕掛けをしているので、結果が出てからお話をしますけれども、10年でいいと言っていたんだったら、じゃあ直近10年でやってみろって感じですよ。 本当に我々の研究で、我々の研究じゃなくて、柳ケ瀬さんのところの事務所ですごい優秀な秘書さんがいて、エクセル表をつくってくれた。 財務省も結局1.1になるよう、あ、今回は10年で行こう今回はこの44年で行こう、と適当にやっているだけ。 結論1.1、いつも10年にしたら全然数字違う。 あの表もって柳ヶ瀬さんが質問したら財務省どうやって答えるかと。 渡瀬先生がずっと柳ヶ瀬さんと番組をやっていて、 税収弾性値という言葉はもう使えないと。 日本にしかないものですしね、そもそも。 ※※OECDの弾性値は、GDPギャップが1ポイント変化した際に、歳入・歳出が何ポイント変化するかを見るものである。(内閣府)

チャンネルくらら~日本に近代政党を❗

59,395 görüntüleme • 1 yıl önce

60年前(1966年)の今日5月25日、ロベール・ブレッソン監督の傑作『バルタザールどこへ行く』がフランスで一般公開された。 ゴダール 私にはラストでバルタザールが羊の群れにかこまれて息をひきとる場面⇩は、ほかの場面以上に即興的につくられたのではないかと思われます。 あなたははじめは、三、四匹の羊しか考えておられなかったのではないでしょうか? ブレッソン 即興的につくったということについては君の言うとおりだが、羊の数についてはそうじゃない。というのも、ぼくは実際は、三、四千匹の羊をつかおうと考えていたからだ。でもそれだけの羊を手に入れることができず、そのために、即興演出がなされたわけだ。たとえば、全体があまり貧弱なものにならないようにするために、羊を柵のなかに囲いこまなければならなかった(三、四本の木を森に見せようとする場合といくらか似ているわけだ)。でもぼくが思うのに、どんな場合でも、考えこむことによって得られるものよりはむしろ、いきなり頭にうかんでくるものの方が、その人がつくるもののなかで最もすぐれたものになるものなんだ。ぼくの場合も同じで、紙のうえでは解決することができず、白紙のままにしておいた困難な問題を、カメラをつかってたまたま解決することができたときにこそ、ぼくがつくるもののなかの最もすぐれたものをつくっているはずなんだ。 そして、こうしたことがたびたびおこるようになると――今ではこれはぼくの習慣になっているんだが――、次のことがわかってくる。つまり、紙に書かれた言葉や観念によっては到達することができなかったものごとを、カメラの背後に立つことによっていきなり見つけ出すとき、それによって得られる見方(ヴィジョン)は、それらのものごとを最も映画的なやり方で――つまり、最も創造的で力強いやり方で――発見ないしは再発見させてくれるということだ。 (〈カイエ・デュ・シネマ〉誌第178号('66年5月号)に掲載されたジャン=リュック・ゴダールとミシェル・ドラエによるロベール・ブレッソンへのインタビューから抜粋 『作家主義――映画の父たちに聞く』(奥村昭夫訳、1985年リブロポート) P439-440)

nave

10,832 görüntüleme • 4 ay önce