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【朗報】メスヤギ市場、思いのほかシャンパンをかけたくなる

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異世界アイドル☆パラレルパレード NEO AKIBA OBSERVATION LOG 1-24 「第五層夜市」 第五層。午後11時43分。 雨が降っていた。 第五層の雨は静かだ。空から落ちてくるというより、街そのものがゆっくり湿っていく。頭上を覆う巨大配管が白い蒸気を吐き、その吐息が何層もの観測路と保守橋の隙間を漂いながら冷やされ、忘れた頃に雫になる。だからこの街では雨音より先に匂いが届く。 濡れた鉄。油の染み込んだ整備床。遠くで脈打つ観測炉の熱。そして焼きたてのパンの香り。 管理者は巡礼路の坂を下っていた。 第五層の天井は見えない。遥か上には観測炉を支える構造体が幾重にも重なり、その隙間を無数の配管と昇降機が走っている。紫白色の光は高所から漏れ落ち、地下都市全体を薄い夢の中みたいに照らしていた。人は小さい。街は大きい。第五層へ来るたび、その事実だけは嫌でも思い知らされる。 坂を下るにつれ提灯の灯りが増えていく。紫。白。淡い金色。だが全部は灯っていない。切れたままの灯りも多い。それでも夜市は続いている。雨に濡れた石畳には無数の光が映り込み、人々はその上を歩いていた。 市場は賑わっている。 けれど騒がしくはない。 誰も急がない。 誰も声を張らない。 皆どこか帰り道みたいな顔をしている。 市場の入口近くで、小さな少女が紙袋を抱えていた。次の瞬間、濡れた石畳で足を滑らせる。袋が落ち、焼きたてのパンが転がった。少女が固まる。その様子を見ていたパン屋の店主が窓から顔を出した。 「おい。」 少女が肩を震わせる。 「そっちじゃなくて新しいの持ってけ。」 焼きたてのパンが飛んでくる。 少女は慌てて受け取る。 熱かったらしい。 指先から白い湯気が立つ。 店の奥から怒鳴り声が飛ぶ。 「また投げてる!」 「食えれば同じだろ。」 「同じじゃない!」 市場のあちこちから小さな笑い声が漏れた。 少女も笑った。 転がったパンはいつの間にか猫が咥えている。 店主は見ていた。 見ていたが何も言わなかった。 市場の中央では観測炉パンが焼かれている。窯の内部には観測炉の余熱を運ぶ熱管が通っていた。扉が開くたび白い湯気が夜へ流れ出し、小麦と溶けたバターの香りが雨を押し返す。 列に並ぶ人々の表情が少しだけ柔らかくなる。 疲れた整備士。 巡礼帰りの老人。 観測局帰りの職員。 制服姿の学生。 皆どこか疲れている。 それでも窯が開く瞬間だけは少し幸せそうだった。 市場の片隅ではアコーディオンが鳴っている。 老人が弾いていた。 何度も音を外す。 途中で咳き込む。 曲を忘れる。 近くの子供達が続きを歌う。 老人が笑う。 また弾く。 市場の誰も驚かない。 毎晩そうだからだ。 老人の足元には古い木箱が置かれている。 擦り切れた文字が残っている。 白百合劇場。 今はもう閉鎖された劇場の名前だった。 市場の奥では観測炉飴が売られている。職人は何も喋らない。ただ紫色の飴を細く引き伸ばし続けている。甘い香りが漂う。 祭りの匂いだった。 祭りの最中ではない。 終わったあとの匂いだった。 片付けられた屋台。 遠ざかる足音。 誰もいなくなった広場。 それでも少しだけ残っている熱。 管理者は飴を買わない。 ただ香りだけを吸い込む。 その瞬間。 何かを思い出しかける。 放課後だった気がする。 夕方だった気がする。 誰かと話していた気がする。 だが輪郭だけが残り、記憶はそこで途切れる。 市場の最奥部。巨大観測炉へ続く保守昇降路の影に白百合茶の屋台がある。老女が一人で店を開いていた。湯気が白い。提灯の光がその向こうで揺れている。 常連らしい老人が空になった湯呑みを置く。 老女は何も聞かない。 二杯目を注ぐ。 老人が少し笑う。 「雨だな。」 老女が頷く。 「雨だねぇ。」 会話は終わる。 湯気だけが二人の間を流れていく。 市場を歩いていると、不思議な感覚になる。初めて来たはずなのに懐かしい。知らない街なのに、昔どこかで通った帰り道みたいだった。思い出せそうで思い出せない。名前の出てこない夢みたいに、何かだけが胸の奥へ残る。 市場の出口近く、高架柱の影には小さな修理屋がある。壊れた観測端末。古い時計。折れたペンライト。濡れた忘れ物達。店主は黙ったまま作業を続けていた。 小さな木製看板だけが雨に濡れながら揺れている。 『白百合区域通行証 修復承ります』 管理者は立ち止まらない。 市場も変わらない。 パンは焼けている。 アコーディオンも鳴っている。 観測炉は脈打っている。 夜市は続いている。 それなのに。 坂を上り始めた時、管理者はふと立ち止まった。 何かを忘れている気がした。 しばらく考える。 思い出せない。 だが。 夜市へ戻ろうとは思わなかった。 市場は明日もある。 パン屋もある。 老人もいる。 雨も降る。 だから今日は帰ろう。 そう思った。

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