Video yükleniyor...

Video Yüklenemedi

Ana Sayfaya Dön

来週の『#ウルトラマンテオ』は!? 予告 第8話「最後の幽霊部員」 強力な"電獣"ヴォルトグが出現! 必死のテオの攻防で怪獣を退けるが、それはUTTFが仕組んだ実験だった。 そんな中、イブキは部室で倫太郎の退学届を拾ってしまう!? しかも、モルモットのお世話当番で二人は一緒になるのだった……。 再び現れたヴォルトグが進撃する中で、イブキと倫太郎がエレベーターに閉じ込められてしまう!

136,922 görüntüleme • 1 ay önce •via X (Twitter)

7 Yorum

ウルトラマンテオ公式 profil fotoğrafı
ウルトラマンテオ公式1 ay önce

ウルトラマン公式YouTubeCH #ウルチャン で、 期間限定無料配信中!✨ ⬇視聴はコチラ 【本編】特別総集編「超時空からこんにちは」 【予告】第8話「最後の幽霊部員」

タク profil fotoğrafı
タク1 ay önce

リンタロウが仲間になる回っぽいけどUTTFの闇の部分が出てきそうだな…

it's profil fotoğrafı
it's1 ay önce

暑い夏といえば心霊が鉄板だけと、こっちの幽霊は違う意味か😂

ryohi profil fotoğrafı
ryohi1 ay önce

佐野史郎さんご出演おめでとうございます😊

ざわ profil fotoğrafı
ざわ1 ay önce

怪獣操ってけ仕掛けてくる奴は大抵ろくな連中ではない

エックス profil fotoğrafı
エックス1 ay önce

UTTFは敵になるか

ながちゃん profil fotoğrafı
ながちゃん1 ay önce

次回も楽しみにしてま〜す❤️‍🔥🥰✌️ プッチーがかわいすぎます…!!

Benzer Videolar

あのメガネをかけた者も、もうすぐクビになりますね。どうしてこんな簡単にクビになるかっていったら、雇われ店長だからなんですよ。 この国の最大の権力者は、皆さんなんです。あなたがこの国で最も力を持った存在。でも、あなた自身はそのことに気付いていないか、忘れている。それで一番得しているの誰よ? 選挙の時にその力を持った人たちが、50%も投票を棄権してしまっている状況で、何があっても諦めない一握りの者たちが、この社会を食い物にしてきた。それが30年経ったらどうなった? 世界から転落、国民は貧困化。こんな状況、誰にバトンタッチするつもり? 将来に不安しかない。あなたの予感は当たってる。不安しかない世の中なんだったら、不安がない世の中を作るしかない。不安しかない世の中は政治によって作られた。この国のルールを決めるのは政治だから。 そうであるならば、政治で作られた地獄は、政治によって変えるしかない。その鍵を握っているのは、あなたしかいないんですよ。 私の中には希望で溢れてる。どうしてか? この国にはあなたがいるから。力を貸してくれる、その人の数が増えるならば、この社会は絶対に変えられる。諦めた時点で終わり。一部の人間の思惑通り、そんなこと絶対に許せない。 だから、その先頭に立たせていただきたいんですよ。れいわ新選組と申します。どうかお力貸してください。ありがとうございます。 れいわ新選組代表 山本太郎 大阪府大阪市 街宣 2024年9月22日より フルバージョンは、 YouTubeをご覧ください>> れいわ新選組の緊急政策は、 ウェブサイトをご覧ください>> #れいわ新選組 #山本太郎 (staff)

れいわ 山本太郎 消費税廃止!住まいは権利!

877,006 görüntüleme • 2 yıl önce

「仕事がなくなる」よりも深いのは「意味がなくなる」恐れだ。産業化は生産を工業化しただけでなく、アイデンティティまで工業化した。「何をしているの?」が「あなたは誰?」になった世界で、AIがタスクを肩代わりし始めれば、次に崩れるのは自己像そのものかもしれない。 アクラム・アワド「AIは私たちを無用にしてしまうのでしょうか? もし働かないなら、私たちは誰なのでしょうか? もし生み出さないなら、私はまだ意味があるのでしょうか? 何世紀にもわたって、私たちは自分のアイデンティティや価値を『何をしているか』に結びつけてきました。農家、工場労働者、コーダー、コンサルタント——仕事と職は、現代の社会における秩序と定義の原理になりました。 ですが、いつもそうだったわけではありません。産業革命の前は、私たちのアイデンティティは信仰や家族や共同体から来ていました。仕事は人生の一部でしたが、それ自体が人生の定義ではありませんでした。そこに工業化がやって来て、私たちは生産だけでなく、アイデンティティまでも工業化しました。『何をしているの?』は『あなたは誰?』の言い換えになったのです。 そして今日のAIは、そのモデルを完全に解体しつつあります。AIはあらゆるタスクを自動化しています。製造や物流、デザイン、顧客対応、さらには創造的な仕事にまで。いまのAIは曲を作り、コードを設計し、本を挿絵化し、そしてそれ以上のこともできます。実際、世界経済フォーラムは、2025年までにAIが人間より多くのタスクを行い、何億という雇用が危険にさらされると予測しています。 ですが、これは仕事だけの話ではありません。意味の話です。尊厳の話です。かつて私たちに価値を与えていたただ一つのものが、時代遅れになったときに何が起きるのか、という話です。そして注意しなければ、私たちは大恐慌に向かうかもしれません。ですが今回は、所得の大恐慌ではなく、アイデンティティの大恐慌です」

Tsubame

93,869 görüntüleme • 9 ay önce

シンギュラリティのトリガーである「再帰的自己改善」は、すでに少し前に起きているという。もちろん、まだ全自動ではないが、「進歩のどこまでがAIでどこまでが人間なのか」は曖昧になってきている。著者性が溶けるこの感覚こそ、分単位で進むシンギュラリティの手触りなのだ。 サリム・イスマイル「再帰的自己改善(RSI)がシンギュラリティの本当のトリガーだという話は、以前からしてきました。そしてそれは、すでに少し前に起きているんです。だから今やっているのは、その道筋を加速しているだけです。私たちは今この瞬間にも、産業時代を恒久的に抜けつつあります」 デイブ・ブランディン「ええ、シンギュラリティが分単位で展開していく様子は、私が経験した中で最も興味深いものだと本当に思いますし、アレックスの言うとおりです。いまは、人間がループの中にいて貢献している時期ではあるのですが、進歩のどこまでがAIでどこまでが人間なのかが、本当に曖昧なんです。実際にコーディングしていると、『あれは自分のアイデアだったのか?』となります。 半分は自分のアイデアのようでも、AIが別の案を提案してきて、それを採用していくうちに、結局それが自分のアイデアだったのかどうかも分からなくなります。ただ、いまのモードでは、こうしたコアアルゴリズムの研究の多くが、『500本のテストを走らせて、どのハイパーパラメータが良かったか、どのニューラルトポロジーが良かったかを教えて』という形になっています。相対論を発明したり発見したりするような話ではありません。 いろいろな試行を大量に回して、うまくいったものを選んで再デプロイし、そうするとより賢いAIになって、さらに多くの試行をする——その繰り返しです。私たちはその道筋をかなり進んでいる可能性が高いと思います」

Tsubame

15,386 görüntüleme • 7 ay önce

最新回の令和の虎についてみなさんの意見をガチ聞きたい そして全虎に読んで欲しい。 ※一部ネタバレを含む為、知るのが嫌な方は続きを読むをクリックしないようにお願いします。 令和の虎の本家になって僕が最初に違和感を持ったことが2個あります。 1、出資した後の志願者がどうなったか能動的に追えてない 2、条件が毎回曖昧すぎて番組としてもっともバリューが出せるところなのにまったく生かしてないってのがあった。 んで今回の配信で2の部分で結構コメントに書かれていることがあったので反論ではないが議論したい。 条件について定量的ではない話になってそのまま終わろうとしてまったが、それは違うだろうと俺とドバシーで止めに入った。 これは仕切りたいとかまったくそういうことではなく、令和の虎のルールに則ってツッコミを入れている。 そして、それが定量的で期間が短ければ短いほど後追いのバリューが出て番組として意味や応援しやすくなるという観点から突っ込んだ。 それに対して、林主宰や乙武さんがいうのはわかるが、2人がいうのは違うというコメントが多々あったが、彼らは演者なわけでそこまで気が回らないのは必然。 元々マネーの虎で加藤社長が武道館のカイエイさんが志願者で来た回に初めて条件付きが出てきて、そこから令和の虎にもトレースした形になった。 このお助けダルマの真意として、番組のIPがバリューアップできる仕組み&志願者が救われる素敵な救済措置として番組側がもっとうまく作らなければならないと思う。 ちなみに、本来モノリスがIPホルダーとしてそこを厳しく管理しろよとは思う。 ただ、もうそれは無理なのは判っていて僕たちは言っているわけで。 本来あの部分は俺たちが現場で言ったのは問題なくてカットすべきだったのかなとも思う。 最近結構だるまをだしてから条件を考える虎が増えた。 とりあえず本家においては、だるまは短い期間にお金を出す判断材料をあらかじめラストステートメント前に決めておくべきだと思っていてそれ以外はだるまは出さないべきだと思ってる。 それをみんなはどう思うのか聞きたい。 虎も視聴者も。 ただ、それが浸透してないので中村会長が悪いとかそういうことを言ってるのではないのでそこはご理解いただきたい

WBD_関口ケント🔥超カワイイ三銃士🦆

148,866 görüntüleme • 1 ay önce

「命を優先する」―― さとうさおり氏が、リーダーとして絶対に言ってはいけなかった一言 さとうさおり氏の辞職表明を見て、多くの人が感じた違和感。 「何かがおかしい。でも、うまく言葉にできない」 その正体は、辞職したことそのものではないと思う。 問題は、 「命を優先する」 と言って去ったことだ。 最初に断っておきたい。 命を守ることが悪いのではない。 本当に身の危険があるなら、逃げればいい。 議員を辞めてもいい。 家族や自分自身の安全を最優先することを、誰も責めることはできない。 しかし、だからこそ私は思う。 政治家として、そして人を率いてきたリーダーとして、「命を優先する」という言葉だけは使うべきではなかった。 なぜなら、それは単なる辞職理由ではないからだ。 その一言は、それまで彼女自身が作ってきた「戦うリーダー」という物語を、自分の手で壊してしまう言葉だからである。 さとう氏は、強い言葉で支持を集めてきた。 隠すな。 公開しろ。 説明しろ。 おかしいものには声を上げろ。 東京都にも、既存政治にも遠慮しない。 普通の政治家が躊躇するところまで踏み込む。 だから、多くの人が期待した。 この人なら逃げない。 この人なら最後まで戦う。 そう思った人も少なくなかったはずだ。 ところが、自分自身が説明を求められる側になったとき、 「今後の人生に大きく関わる事情」 「自分だけに関わる問題ではないので詳細は話せない」 そして最後に、 「命を優先する」 と語った。 ここで、これまでの人物像との間に大きな亀裂が入った。 「命を優先します」 これは、非常に強い言葉だ。 強すぎると言ってもいい。 なぜなら、この言葉を出された瞬間、誰も反論できなくなるからだ。 「それでも議員を続けろ」 とは言えない。 「命より議席を優先しろ」 などと言えるはずもない。 つまり、この一言が出た瞬間に、 なぜ辞めるのか。 何が起きたのか。 なぜ休養では駄目なのか。 なぜ議員を辞める必要があるのか。 辞めれば何が解決するのか。 という、本来有権者に説明されるべき問いが、全部止まってしまう。 だから私は、この言葉が一番まずかったと思う。 命を説明したのではない。 結果として、 「命」という反論不能な言葉によって、説明そのものを終了させてしまった。 そう見えてしまうからだ。 もちろん、本当に命に関わる事情があった可能性は否定できない。 外部の人間には分からない。 第三者が関わっているなら、詳細を公表できないことだってある。 しかし、 「全部話せない」 と 「何も説明できない」 は全く違う。 たとえば、 「安全上の重大な事情が生じた」 「第三者保護のため詳細は明らかにできない」 「議員活動を継続する限り、その問題を解消することが困難である」 「必要な相談や安全確保の手続は取っている」 「これまでの政治的主張を撤回したわけではない」 それくらいは説明できる。 そうすれば、少なくとも、 安全のために退くこと と 政治的に敗北して退くこと を切り分けられる。 しかし「命を優先する」という言葉だけが前面に出れば、受け手には別の物語ができてしまう。 東京都と戦っていた政治家に何かが起きた。 そして命を守るために退いた。 本人がそういう意味で言ったのかどうかは関係ない。 政治家の言葉は、本人の意図だけでは成立しない。 どう受け取られるかまで含めて政治である。 そして、ここからがもっと重要だ。 これは単なる「言葉選びの失敗」ではない。 リーダー論として見ても、かなり深刻な失敗である。 リーダーとは、恐怖を感じない人ではない。 怖いものは怖い。 危険なら撤退する。 場合によっては、逃げる判断だって必要だ。 しかしリーダーには、その次の仕事がある。 自分の恐怖を、自分の中で処理することだ。 そして仲間には、 「何が起きているのか」 「何を守るのか」 「何を撤回しないのか」 「これからどう進むのか」 を示す。 リーダーの役割とは、全員の前で一番勇ましい言葉を叫ぶことではない。 混乱した状況を整理して、周囲に方向を示すことだ。 ところが今回の辞職表明で支持者に残されたのは、方向ではなかった。 不安だった。 「命を優先する」 と言われれば、支持者は当然考える。 そんなに危険なのか。 何があったんだ。 誰かに何かされたのか。 これまで応援してきた活動は危険なのか。 東京都を追及すると、こんなことになるのか。 やちよの会はどうなるのか。 これまで一緒に活動していた人たちはどうするのか。 そして、本人が具体的な説明をしなければ、その空白を支持者自身が埋め始める。 憶測が始まる。 噂が始まる。 陰謀論まで生まれる。 つまり、リーダーが自分で整理すべき不安を、支持者側にそのまま渡してしまった。 私は、ここが今回もっともまずいと思う。 自分の恐怖だけを置いて去ってしまったように見える。 リーダーなら、本来は逆である。 仮に自分が去らなければならなくなったとしても、 「私はここで離れる」 「しかし、この問題提起は間違っていない」 「ここまでは達成した」 「ここから先はこう引き継ぐ」 「皆さんが恐れる必要はない」 「私が去っても、この活動の意味は消えない」 と残す。 これが、リーダーの撤退だ。 戦い続けることだけが勇気ではない。 撤退することだってある。 しかし、 仲間が前を向ける形にして撤退する。 そこまでがリーダーの責任なのである。 政治家には支持者がいる。 もっと言えば、その人の言葉を信じて実際に動いた人がいる。 票を投じた人。 寄附した人。 ポスターを貼った人。 ポスティングした人。 SNSで応援した人。 家族や知人に投票を頼んだ人。 時間を使い、金を使い、ときには人間関係まで使って応援した人たちがいる。 リーダーは、その人たちを動かしてきた。 ならば、自分が突然去るときに、 「私は自分の命を優先します」 だけでは足りない。 自分の人生を守る権利はもちろんある。 しかし同時に、 自分を信じて動いた人たちを、どういう状態で残していくのか。 そこにも責任がある。 今回の違和感は、おそらくここにある。 本人にとっては、 「自分の人生を守るための決断」 だったのかもしれない。 しかし支持者から見れば、 「あなたを信じてここまで来た私たちは、どうすればいいのか」 という話でもある。 リーダーの辞職は、自分一人の人生の決断では終わらない。 だからこそ、退出するときほど、その人のリーダーとしての本質が出る。 そして今回、さらに厳しいのは、彼女がこれまで「戦う姿勢」そのものを支持の源泉にしてきたことである。 強い言葉を使う。 権力に食ってかかる。 既得権益を恐れない。 隠されたものを公開させる。 そういう姿勢を見せ続けてきた。 だからこそ、 「命は一つしかない」 という言葉の破壊力が大きかった。 本人としては「自分を大切にする」という当然のことを言っただけなのかもしれない。 しかし、支持者側には、 「最後は怖くなって退いたのか」 という印象が残り得る。 事実がそうだった、と言っているのではない。 そういう物語を、自分の言葉によって成立させてしまった。 それが問題なのだ。 そして、リーダーとして最も避けるべきなのはここだと思う。 「圧力をかければ、この人は退く」 という印象を残すことだ。 仮に本当に何らかの重大な外的事情があったのであれば、なおさらである。 リーダーが退くときに、 「私はここで退く。しかし要求を受け入れたわけではない」 「主張は撤回しない」 「記録は残す」 「問題提起は引き継ぐ」 と明確にしなければならない。 そうしなければ、相手側にも、支持者側にも、 「押された結果、退いた」 という印象が残る。 これは、政治運動を率いる人物にとって非常に大きな問題である。 結局、今回の件で問われているのは、 「辞めるのは弱いのか」 ではない。 そんな単純な話ではない。 問われているのは、 「リーダーとは何か」 ということだ。 リーダーとは、一番大きな声を出す人ではない。 一番勇ましい言葉を使う人でもない。 敵を一番激しく批判する人でもない。 本当にリーダーの資質が問われるのは、 自分自身が追い詰められたとき。 自分自身が説明を求められたとき。 自分自身が撤退しなければならなくなったときだ。 そのときに、 自分の不安を周囲にばら撒くのか。 それとも、 自分が不安を引き受け、周囲には方向を示すのか。 ここに決定的な違いがある。 だから、多くの人が今回感じた違和感を、私はこう表現したい。 「強い人だと思っていた。でも、強い言葉を使うのが上手な人だっただけなのではないか。」 強い言葉を使うことと、強い人間であることは違う。 そして、 強い人であることと、リーダーであることも違う。 リーダーとは、自分が最後まで立っている人ではない。 退かなければならないときでさえ、 残された人が前を向けるようにしてから退く人だ。 今回の辞職表明には、それが見えなかった。 むしろ残されたのは、 「命に関わるほど何か恐ろしいことが起きたらしい」 という巨大な不安と、 「でも詳しいことは分からない」 という空白だった。 これは、リーダーとして最も残してはいけないものではないだろうか。 命を守ることは間違っていない。 逃げることも、必ずしも間違いではない。 辞めることだってある。 しかし、自分を信じてついてきた人たちがいるなら、最後にやるべきことがある。 自分が何を守るために退くのか。 何については一歩も退いていないのか。 そして、自分が去ったあと、仲間はどこへ向かえばいいのか。 それを示すことだ。 だから私は、 「命を優先する」 という言葉こそ、今回もっとも言ってはいけない言葉だったと思う。 命を軽く扱ったからではない。 逆だ。 あまりにも重い言葉を、リーダーとして説明すべきことの代わりに置いてしまったからだ。 命を盾にすれば、誰も反論できない。 しかし、 誰も反論できないことと、誰もが納得することは全く違う。 そして最後に残る問いは、これだ。 リーダーとは、自分が安全な場所まで逃げ切る人ではない。 自分が去ったあとも、仲間が立っていられる場所を残してから去る人ではないか。 今回、多くの人が感じている違和感。 その正体は、辞職への失望だけではない。 「私たちが見ていたのは、本当にリーダーだったのだろうか」 という疑問なのだと思う。

PTA適正化推進委員会 佐藤

80,842 görüntüleme • 1 ay önce

【メタスラチームが作った最後のゲーム】 メタスラチームといえば『ネオジオ』に骨を埋めた、というイメージが強くありますが、実は一時期『ゲームボーイアドバンス』の開発をしていたことがあるんですよ。 そのゲームの名は『ナビ之介』といいます。 『ナビ之介』は、当時『ゲームボーイアドバンス』にGPSユニットを接続して遊ぶという、かなり野心的な構想からスタートした企画でした。 「こんなゲームを作ってほしい」と渡された企画書には、日本全国の偉人を題材に、GPSと連動して遊ぶという、当時としてはかなり先を見据えたRPGの内容が記されていました。 その企画書を見た私は「これ、妖怪ものにした方が絶対面白くなります」と提案し、テーマを偉人ものから妖怪ものへと変更してもらったんです。そしてこのゲームは、陰陽師を夢見る少女の魂が宿った木偶人形が、妖怪たちを封印したり、仲間にしたりして世直ししながら日本列島を行脚するという、『和風ファンタジーRPG』として動き出すことになったんです。 ところが、開発途中でGPSユニットの話自体が立ち消えになってしまい、肝心の“全国を歩いて妖怪と出会う”という中核要素が実現不可能になってしまったんです…。ゲームそのものの存続も危ぶまれましたが、GPS連動抜きで遊べるゲームに改造して開発続行となり、完成に至ったのですが、諸事情があり最終的に『ナビ之介』はお蔵入りとなってしまいました。 …今思えば、もしあのまま開発が続いていたら、“歩くことをゲームに変えた”遊びが、『ポケモンGO』より15年も早く形になっていたのかもしれませんね。 もちろん、ウチの不気味な妖怪たちが社会現象となった愛されキャラ『ポケモン』のようになれる未来はありませんが…。 改めて考えてみると、『ナビ之介』というゲームは20数年前メタスラチームが作った最後のゲームということになるんですよね。 長年ランガンを作り続けてきたメタスラチームが、最後の最後に手がけたのは、意外にも『和風ファンタジーRPG』。そんなゲームで幕を下ろしたメタスラチーム…、ちょっと切ないんですが、我々が作った型破りなホンワカ妖怪ゲームを覗いてみたくなりませんか? ゲーム中のシナリオは、私が書いてますので、そりゃもうバカバカしくてナンセンス、頭がおかしくなるかもしれません。 そういえば当時、ゲームが更新される度に小さな2人の娘にテストプレイして貰ってたんですが、「 父ちゃんのお話、怖くて、変で、面白い! 」と大絶賛してくれたんです。それもそのはず娘にウケるように書いてましたから当然なんですが、あんなに喜んで貰えると作った甲斐があるというものです。 皆さんが、もしもこのゲームを手にすることがあれば、あの頃の娘同様、ピュアな心で遊んでくださいね。 大人になった娘は最近、昔遊んだ『ナビ之介』のストーリーを突然何かが憑依したかのように、喋りだすことがあるんです。そのストーリーは20数年前に私が書いたお話なんですが、私は覚えてないので「なんだそれ、面白そうじゃないか!」と娘にその話の先を尋ねると、娘もそれ以上は覚えていないと、残念がっています…。 娘の「あの妖怪たちに会いたいわぁ〜」という言葉を聞くたびに、世に出せなかったことへの寂しさが胸をよぎっていました。 けれど、なんと!このたび、娘があの妖怪たちと再会を果たす日が、もう目前に迫っています!まさかこんな日がやってくるなんて…夢にも思いませんでした。 『ナビ之介』が帰ってくるその日を、皆さんも娘と一緒に心待ちにしていただけたら、とても嬉しいです。

akio

723,909 görüntüleme • 1 yıl önce

AIが「病気を治す」「富を生む」「生産性を高める」という未来像は、多くの人にとって魅力的だし、人々はそういう利点を信じていないわけではない。だが、それだけでは不安は消えない。彼らが本当に聞きたいのは、その未来の中で自分たちは何者として生きるのか、ということだ。 サム・アルトマン「私の問いはこうです。未来における私の役割は何なのか。私の経済的な未来はどうなるのか。私の主体性はどうなるのか。私の子どもたちや家族は、これからも充実した創造的表現を持ち、世界を前に進めるために奮闘し、成長し、長いあいだ機能してきたやり方で共にそれを続けていけるのだろうか、ということです。 そしてAI業界の人たちが、「まあ、仕事はなくなるでしょう」とか、「仕事の50%が消えるでしょう」とか、「仕事の90%が消えるでしょう」と言い、「AIはあらゆる面であなたより賢くなるでしょう」と言い、「ベーシックインカムは与えますが、あなたには実質的に役割はありません」と言う。これはひどいことです。 しかも、「このAI企業は、すべての仕事を破壊するかもしれませんが、世界で最も価値のある企業になります」と言っているわけです。人々はそれを見て、言葉を失ったような、気まずいような反応になるんです。 だから私は、それはひどいメッセージだと思います。私たちが利点を十分に説明してこなかった、という話ではないと思います。実際、人々は私たちの言うことを信じているのです。「がんを治してください」と言われれば、それは素晴らしいことです。けれども私たちAI業界は、人々があらゆる段階で未来を決める主導権をどう保ち、私たちが大切にしているあらゆる意味で本当に意味のある人生をどう持ち続けられるのかを、説明できてこなかったのだと思います」

Tsubame

14,927 görüntüleme • 4 ay önce

僕は何度も心が折れてました。 会社員だった頃、必死に働いても評価されず、時間は奪われ、人生を楽しんでいる実感なんてありませんでした。 なんとかしようと思って副業を始めても最初は全然うまくいかなくて、深夜のパソコンの前で何度もため息をついた。 「俺には才能がないのかもしれない」 そう思ったことも何度もありました。 でも、そんな時に支えてくれたのは「仲間」でした。一緒に挑戦して、悩みを打ち明けて、笑い合える人たちがいた。 自分の挑戦を笑う人もいたけど、信じてくれる仲間が少なくてもいたから、僕は諦めずに続けられたんです。 気づけば、いつの間にか月収1,000万円を超えていました。 ただ、数字なんてただの結果にすぎません。 本当にうれしかったのは、仲間が夢を叶えていく姿を一緒に見られたこと。挫けそうになった人が再び立ち上がり、初めての収益を報告してくれたとき、心の底から震えました。 「一人で頑張るんじゃない。俺たちは一緒に戦ってるんだ」 そう思えた瞬間でした。 メイカラサロンは、ただの学びの場じゃない。誰かが壁にぶつかれば、みんなで支える。誰かが成果を出せば、みんなで本気で喜ぶ。この空気感こそが、僕にとって一番の誇りです。 人生は簡単じゃない。 何度も苦しくなるし、逃げたくなる。 でも、仲間がいれば、もう一度立ち上がれる。僕はそれを、このサロンで何度も見てきました。 この動画は、メイカラメンバーのほんの一部の想いです。 挑戦は決して楽じゃないけど、一緒に走る仲間がいるなら、きっと乗り越えられる。だから僕は、これからもこの仲間と未来を作り続けます。 本質的な幸福は、一人じゃ生み出せない。 でも仲間となら、必ず実現できる。 僕は、それを信じて生きています。 ※メイカラの詳細はリプ欄

久保田 亮|マーケ×AI

18,115 görüntüleme • 1 yıl önce

サム・アルトマンは「コンピュートは通貨になる」とも語っています。 (動画はにじボイスで吹き替え。以下は書き起こし翻訳) --- [サム・アルトマン] コンピュート(計算資源)は将来の通貨になると考えています。世界で最も貴重な商品になるかもしれませんし、私はもっと多くのコンピュートを生み出すために大規模な投資をすべきだと思います。コンピュートは、私の考えでは少し変わった市場になるでしょう。人々はチップや携帯電話などの市場を考えますが、「世界には80億人いて、そのうち70億人が電話を持っているかもしれない。もしかすると60億人がいて、2年ごとにアップグレードするとしよう。すると年間の市場はスマートフォン向けのシステムオンチップで30億個だ。そしてもし300億個を作っても、電話の販売数が10倍になるわけではない。ほとんどの人は電話を1台しか持たないからだ」というふうに考えられます。 しかしコンピュートは違います。知能はエネルギーのようなものに近づいていくと思います。そこで私が意味があると思う唯一の議論は、「価格がXなら世界はこれだけのコンピュートを使い、価格がYならこれだけのコンピュートを使う」というものです。もし本当に安価であれば、私なら一日中メールを読ませて「何を考えたり作業したりすべきか」と提案させたり、がんの治療法を探すのに使ったりするでしょう。一方、本当に高価であれば、おそらく私はそれを使わないかもしれないし、使うとしてもがんの治療法を探すためだけに使うでしょう。 ですから、世界は莫大な量のコンピュートを求めるようになると思いますし、その中には難しい要素がたくさんあります。エネルギーが最も難しく、データセンターを建設することも難しい。サプライチェーンも複雑で、もちろん十分なチップを製造するのも難しいです。しかし、それでも私には、私たちがこれから向かう先は、今はまだ想像するのが難しいほど膨大なコンピュートを必要とする世界なのだと思えます。

d

58,981 görüntüleme • 1 yıl önce

宇宙人は“遠くから来る存在じゃない”…そう言われた瞬間、世界の前提が全部ひっくり返る。 UFOや宇宙人を「見たかどうか」のレベルで語っていないところです。普通の話なら、遠くに光る物体を見た、とか、噂を聞いた、で終わる。 でも保江さんは違う。 「自分も何度も近くで見ているし、周りの人も普通に乗ったり触れたりしている」という前提で話が始まります。つまりこの時点で、“いるかいないか”の議論が終わっている。 ここがまず怖い。さらに話は深くなります。宇宙人はどこから来るのか?普通なら、何万光年も離れた星から来ると思いますよね。 でも保江さんの答えは、まったく違う。「別の次元として、この世界に重なって存在している」シリウスやプレアデスという名前も、天文学で見える星そのものではなく、この世界に重なっている“別の層”のことだというんです。 これは「同じ場所に、見えないもう一つの世界が重なっている」みたいな話です。だから彼らは遠くから来るんじゃない。 すぐ隣から“ひょい”と現れる。ここ、かなりゾッとします。もしそれが本当なら、宇宙人は遠い存在じゃない。 今この場所に、ただ見えていないだけになるからです。さらに不気味なのが、目的です。彼らは人間に興味があるわけじゃない。 ただ一つ、監視している理由がある。それが核兵器。地球で核爆発が何度も起きれば、地球だけでなく宇宙全体のバランスが崩れる可能性がある。 だから、「人類を守るため」ではなく、宇宙の安定を守るために見張っているという話になります。これ、かなり冷たい視点です。 人間は主役じゃない。ただの“危険な存在”として見られているかもしれない。そしてさらに奇妙な話が続きます。宇宙人は、実はまったく別の生き物ではなく、 人類の祖先とつながっている可能性がある とも語られています。 つまり完全な他者じゃない。どこかで繋がっている“親戚みたいな存在”。この時点で、境界があいまいになります。人間と宇宙人の違いは何なのか。 そもそも分かれているのか。ここが一番気味が悪い。そして極めつけが、未来の話です。保江さんは、2027年前後には、誰でも宇宙人を見るようになると語っています。つまり、限られた人だけの話じゃなくなる。 日常の中で、普通に話題として出てくる世界になるかもしれない。でもその一方で、こういう情報は「出してはいけないもの」としてずっと隠されてきた可能性もある。政治、戦争、情報操作。どこまでが本当で、どこからが隠されているのか。 全部が曖昧なまま、少しずつ表に出てきている。この話の怖さは、UFOがいるかどうかじゃありません。もし本当に“別の層の世界”が重なっているなら、私たちはずっと何かと同じ場所で生きていることになる。 見えていないだけで。そしてもっと怖いのは、それが敵か味方か、そもそもどちらでもない存在かすら分からないことです。 あなたはこの話、ただのオカルトだと思いますか? それとも、まだ説明できていない現実の一部だと思いますか? 気になったらリプで教えてください。 保存して、あとでゆっくり読み返すのもおすすめです。

角由紀子のヤバイ帝国

54,133 görüntüleme • 5 ay önce

日本保守党の北村議員が、スパイ防止法を秋の臨時国会で成立させたいが、自分から見たらメディアの中には中国のスパイが相当程度入り込んでいて、メディアからの攻撃を恐れる議員がいるので、その人たちの背中を押すために、皆さんの意思表示が必要と発言。「僕(自分)から見たら」という憶測でメディアにスパイがいると決めつける人物が、スパイ防止法を進めることに問題がある気する。また、このような物言いでは、北村氏の支持者が、スパイ防止法に意見する議員を攻撃し始めないか心配だ。どんな考えの人でも、自由に意見が言えて議論できるのが、健全な民主主義社会だと思う。 ---文字起こし--- 2025/8/19収録 8/29公開 「スパイ防止法の成立を、何としても秋の臨時国会で作るんだというふうに私は言っているわけです。当然ながらメディアはあらゆる方向から攻撃してきます。間違いないです。それは僕から見たらメディアの中に、中国のスパイは相当程度入り込んでますからね。 レフチェンコ事件の時よりも、はるかに多くの人間が入っていると僕は見ています。なので当然攻撃してくる。しかしこれに全く負けるつもりはありません。どんな攻撃があっても負けるつもりはないと。 で私が負けないと言ってるだけでは、実際にはこれスパイ防止法を成立させることができませんから。皆さんの後押しが絶対に必要です。実際には国会議員の中に、私と同じようにスパイ防止法を絶対必要だよね、と思ってる人はたくさんいます。 その人たちの力を結集できれば間違いなく成立できるんですが、メディアから攻撃されたら次の選挙で当選できないというふうに、思わせられてますんで、今。とすれば、それを跳ね返すには世論の皆さんの意思表示が必要なんですよ。 絶対にスパイ防止法は必要だよねという、そういう盛り上がりがあってこそ勇気を持って。私以外のね、私はどうってことないんですけど、メディアから攻撃されても。でもメディアから攻撃されたら、これ困るよねっていうふうに思う国会議員の方々はたくさんいますんで。 そういう人たちの背中も押してもらえれば、必ずこれスパイ防止法を成立できますので。そうすれば大きく、そのなんて言うんですかね、日本を壊される状況が大きく方向転換できますので。その点、是非ともよろしくお願いしますというふうに申し上げておきますね」

maku

527,792 görüntüleme • 1 yıl önce

いまのAIに決定的に欠けているのは、僕たちの背景を理解する能力だ。だから毎回プロンプトで関係性を組み立て、状況説明をし、欲しい出力へ誘導しなければならない。だが、その制約が外れ始めたとき、AIは単なる便利ツールではなくなるのだろう。その日はきっと、それほど遠くない。 サム・アルトマン「今のモデルは、将来そうなるものと比べれば、まだかなり愚かです。しかもそれ以上に、あなたの人生についての理解がきわめて限られています。今はまだ、こちらがうまく、なだめたりすかしたりしながら、欲しいものを引き出さなければならないのです。 ですが、あなたの文脈をすべて知っているようなモデルは、もうそれほど遠くありません。そのモデルは、あなたのことを知っている。あなたの人生を知っている。何をしているかを知っている。何を大事にしているかを知っている。あなたの人生にいる人たちのことも知っている。もちろん、あなたが望む形で、望む範囲においてですが、あなたのコンピュータやブラウザにもアクセスできる。そして時間がたつにつれて、現実世界であなたの周囲に起きていることにも、ますますアクセスするようになるかもしれません。 それは、コンピュータを使う感覚、そしてAIを使う感覚そのものを、完全に変えてしまうはずです。私はそれに強く興奮しています。ただ、実際それがどんな感覚になるのかは、私たち自身でさえ、まだ十分に直感できていないと思います」 グレッグ・ブロックマン「まさにその点ですが、今の私たちは、チャットでも何でも、使っているツールに対して『何が起きているのか』を説明するのに、ものすごく多くの時間を使っています。そしてそれがどれだけ苛立たしいかを考えてみてください。まるで同僚に対して、いや、私が欲しいのはこういうことで、今こういう状況なんだ、と延々説明し続けているようなものです。今のシステムの振る舞い方は、本来こうあってほしい姿ではないのです」

Tsubame

15,287 görüntüleme • 5 ay önce

【届けるではなく、"一緒に創る”。一座建立の発信論】 こんにちは、迫です。 僕はもともと、「学ぶこと」が好きです。 ビジネスの仕組みを知るのも、 教育の本質を深掘りするのも、 人の感情や行動原理を研究するのも、全部好きなんです。 なぜならそこには、 「まだ知らない世界に出会えるワクワク感」があるから。 でも、そんな「学び好き」な僕でも、 ここ最近、ひとつ大きな壁にぶつかっていました。 それは、 「頭では理解できても、心に響かない」 という状態。 忙しくなればなるほど、知識だけが増えて、心が置いていかれる。 発信も、教育も、ただの〝情報のやり取り〟になっていく。 どこかで、 「このままじゃ、魂のこもった発信なんてできないんじゃないか」 そんなふうに思い始めていたんです。 そんなとき、尊敬している、とある経営者がふと言いました。 「迫くん、〝お茶〟の世界に触れてみたらいいんじゃない?」 お茶...? 静かそうやな…くらいの印象だったけど、 その方が言った言葉が、妙に胸に残りました。 「一杯のお茶に、人生を込める。 一瞬の空間に、すべてを懸ける。 そんな〝学び〟がある世界だよ」 それを聞いた瞬間、 僕の中の〝学び好きセンサー〟がビビッと反応したんです。 「これは今の自分に、必要な学びかもしれない」 そう思って、僕はある茶人のもとを訪ねることにしました。 季節は初春。 茶室に入った瞬間、まるで異空間に来たかのような静けさ。 湯が湧く音だけが、部屋を満たしている。 畳の香り。 光の入り方。 すべてが、ゆっくりと流れていました。 そんな中、茶人が一杯のお茶を差し出しながら、静かに言ったんです。 「お茶の世界には、“一座建立(いちざこんりゅう)”という教えがあります」 いちざ...こんりゅう? その言葉を聞いた瞬間は、正直、ピンと来ませんでした。 でも、茶人は続けてこう言ったんです。 「亭主も、客も、みんなで“その一座”をつくりあげる。 誰かが偉いとか、上下があるとかじゃなくて…… 全員が“この場を最高にする”という気持ちで、ひとつになる。 それが、〝一座建立〟です。」 その瞬間、心にスッと何かが入ってきた感覚があった。 「この考え方…ビジネスでも、発信でも、まったく同じじゃないか」 って、強く思ったんです。 僕は普段、教育の現場に身を置いていて、 講座をつくったり、発信したり、何かを伝える側に立つことが多いです。 でもね、最近強く思うのは、 「教える側が偉い」なんて時代は、もうとっくに終わってるってこと。 講師が知識や経験を持っていたとしても、 それは“偉い”からじゃなくて、“役割が違う”ってだけ。 受講生だって、ただの「お金を払ってる人」じゃない。 その場を一緒につくる、仲間なんです。 発信も同じ。 フォロワーが多いとか、影響力があるとかで、 発信者が「上」みたいな空気があるかもしれないけど、 実は、その空気を“育ててる”のは、読み手なんです。 発信者が魂を込めて言葉を放ち、 読み手がそれを受け取って、感じ取って、人生に反映していく。 そこに、初めて「場」ができる。 つまり、発信は、一方通行じゃありません。 発信者も、読み手も、 まるで茶室の「亭主」と「客人」のように、 互いに場を大切にし、丁寧に心を交わしている。 そう考えると、SNSですら、神聖な「一座」だと思えてくる。 僕は、そんな「場づくり」がしたいんです。 知識やノウハウを提供して終わりではなく、 熱量とストーリーを込めた発信をする。 読み手は、そこから情報だけじゃなく、 「生き方」や「価値観」を感じ取り、自分の人生に取り入れていく。 この循環が起きたとき、ただの教育が「真の教育」に変わる。 それは、ただの発信が「人生を変えるきっかけ」へと変わる瞬間でもあります。 だから僕は、今日も発信します。 たとえ目の前に10万人をこえるフォロワーさんがいたとしても、 1人のフォロワーさんと〝丁寧に一杯のお茶を交わす〟ような気持ちで。 発信者も全力で魂込めて、 そして、同時に、あなたもそれを全力で感じとる。 そんな双方向の、あたたかい空間。 それこそが、現代における〝一座建立〟なんだと思います。

さこ社長@Brain代表(ユーザ数36万人突破!)

28,949 görüntüleme • 1 yıl önce

AEW女子世界王者テクラが、#ForbiddenDoor に向けてスターダムのロッカールームへ挑戦状を叩きつけます。 「スターダム。あんたたちは私を手に入れた。そしてクビにした。でもな、今の私を見てみろ! 私はAEW女子世界王者だ。世界の頂点に立ってる。この業界で一番の目玉だよ。そうだろ? 先週、私がスターダムのロゴにツバを吐きかけた時、私はむしろあんたらに感謝されるべきだったんだ。あれで今、みんなスターダムの話をしてる。その理由は誰だ? 私だよ。私のおかげだ。 私のツバの方が、あんたらのロッカールームにいる誰より価値があるんだからな。 聞いたよ、スターダムの連中みんなが私を狙ってるんだって? SNSでギャーギャー騒いでるのも見たよ。だったらこうしろ。#ForbiddenDoor に、あんたらの最高傑作を送り込んでこい。このベルトに挑戦するチャンスをくれてやる。 それともう一つ。スターダムの岡田太郎社長。おつかれさまです。 あんたも来いよ。ファーストクラスのチケットくらい用意してやる。最前列でしっかり見届けろ。自分が作り出した怪物をな。 だって私は、この世で一番ヤバい女。そして、あんたが犯した史上最大の過ちだから」 #AEWCollision

AEW ジャパン

91,971 görüntüleme • 3 ay önce