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【特定】 愛知県春日井市の中学生が車椅子を使った迷惑行為と障害者侮辱の仕草を動画で拡散。名前は「岡田るい」と特定 春日井市を襲った「負の連鎖」 地元が特定され、本名が晒され、逃げ場を失った少年。彼が動画で求めた「面白さ」は、今や自分を追い詰める刃に変わりました。かつての仲間も、特定が始まれば真っ先に彼を切り捨てる。悪ふざけで繋がった絆なんて、炎上の前ではあまりに脆いものです。

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【石丸伸二が考える未来とは】 2/8に仙台で開催された石丸さんの講演会に行ってきました。ライオンズクラブさんの主催で、石丸さんと学生たちとの対談も行われたのですが、会場は大いに賑わいました。 私が素晴らしいなと感じたのは、その会が本当の意味で学生たちのためのものであったこと。 こういったイベントだと、時に企業や団体や政治家の活動PRが目的で、そのために若者が駆り出されるという不純な意図が混じったものもあり、事実私もそれを目にして来たことはありました。 しかし、この会では学生たちや若者が一番前に座り、我々大人は後方席。質問も学生たちだけができるという形でした。大人は若者の話を聞くために、見守るために集まっている構図です。 最初に石丸さんの講演が30分ある予定でしたが、なんと石丸さんが「若者達の話す時間を少しでも長くしましょう」と言い、短めに切り上げました。 その後、中学1年生から大学4年生まで8人の学生たちが壇上に上がり、それぞれにいろんな思いや疑問を語るわけですが、その時、石丸さんと司会の方が彼らが話しやすいように促していて、学生たちの言葉に思わず拍手が鳴るという場面もありました。 その日は、はじめから終わりまでずっと若者たちが主役であり、ライオンズクラブの方々もまた、彼らのために企画をし、準備をしてきたのだなと。 終わったあともライオンズクラブの方々が登壇した学生たちと笑顔で「どうだった?緊張した?」などと話していたのが印象的でした。 石丸さんは「場末のネットメディアをやっております」というジョーク以外に自分のことは語らず、PRも宣伝も何一つせず、限りある時間を全て若者たちに使いたいという意思が感じられました。なんなら石丸さんが一番楽しそうにしてるなと思ったくらいです。 私もその日、大人の自分が若者にしてあげられることは何かなと、ずっと考えました。これからそれを、少しずつ実践していきたいなと思います。

ラヴィ

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異世界アイドル☆パラレルパレード NEO AKIBA ARCHIVE LOG R-20 ―船底― 船底に、時間の感覚はなかった。 昼も夜も、光では分からない。ただ機関の唸りが、腹の底に響く低い痛みとして続いているだけだった。 空気は湿り、鉄と油と、微かな死臭に似た匂いが混じっていた。誰かが以前ここで死んだのか、それとも運ばれてきた荷が腐っていたのか、確かめる気にはなれなかった。 グンソは膝を抱え、目を閉じていた。 眠っているわけではない。 眠れば、あの音を忘れてしまう気がした。 一度目。 二度目。 そして、間延びした三度目。 耳の奥で、その音は今も鳴っている。骨に響くような、鈍い衝撃音。あれが何だったのか、グンソは考えないようにしていた。考えれば、想像してしまう。 想像すれば、たぶん壊れる。 その数を、指の関節で数えていた。爪が掌に食い込んでいることに、しばらく気づかなかった。 「……何を数えてる」 ヘジュの声だった。掠れて、疲れきっている。 グンソは答えなかった。 「音か」 ヘジュは、それ以上聞かなかった。聞いても、答えが誰の救いにもならないことを知っていた。 暗闇の中で、五人はそれぞれの姿勢を保っていた。ソンミンは扉に背をつけ、刃物の柄に手をかけたまま動かない。ドンチョルは膝に顔を伏せ、時折、喉の奥で押し殺した音を漏らした。泣いているのか、それとも吐き気を堪えているのか、誰も確かめなかった。テジュンは記録片を握ったまま、指の皮が擦り切れるほど強く握り続けていた。 誰も、故郷の話をしなかった。 話せば、戻りたくなる。 戻れば、今度は自分の番になる。 だから、誰も口を開かなかった。沈黙は五人を守る最後の壁だった。 「……テジュン」 長い沈黙の後、ドンチョルが言った。声に張りがなかった。 「その紙、まだ持ってるのか」 テジュンは答える代わりに、握った拳を少しだけ開いた。 焼け焦げた記録片。端は炭化し、触れるだけで崩れそうだった。かろうじて読めるのは、消えかけた「ソナ」という二文字だけ。それ以外の文字は、熱で歪んで判読できない。 「捨てろとは言わない」 ドンチョルが目を伏せた。 「ただ、それを見るたび、俺たちがまだ何かを背負ってるんだと分かる」 「重いか」 「軽い方が、おかしいだろう」 「軽くなったら、それこそ終わりだ」 テジュンが低く言った。 「忘れた瞬間、俺たちはあいつらと同じになる」 誰も、その言葉を否定しなかった。 船体が、大きく傾いた。 外洋に出たのだと、誰かが呟いた。壁を伝う振動が変わり、機関の音が一段低く沈んだ。それからどれほどの間、その振動が続いたのか、誰も正確には言えない。世界は、故郷の外へ出た者が思うより、はるかに大きかった。 グンソは膝の間に顔を埋めた。 無窮花の押し花は、外套の裏地に縫い付けてある。潰さないように。失わないように。指先で、その硬い感触を確かめる。花弁はとうに乾き、触れるたびに崩れそうな脆さを保っていた。それでも、まだそこにある。 「兄さん、これ、押し花にしたの」 「帰る場所を、忘れないように」 あの時のソナの声を、グンソはまだ覚えている。震えていて、それでも笑おうとしていた声。 だが今、故郷はもう帰る場所ではない。 帰れば、殺される。あるいは、殺されるより先に、存在ごと消される。 名簿には、五人分の特徴だけが載っていた。 顔写真もなく、名前もなく。ただ身長、瘦せ型、逃走経路の推定、目撃時の服装。 存在しなかったことにされた人間が、存在しなかったことにされた船で、地図にすら残らない街へ向かっている。 生きているのに、記録から消されている。 それは、死ぬことよりも静かで、死ぬことよりも長く続く消え方だった。 「……テジュン」 グンソが、初めて自分から口を開いた。声が掠れていた。 「アルトリウスって、本当にあるのか」 「積荷票にはあった」 「地図にはない」 「地図が古いだけかもしれない」 テジュンの声には、確信がなかった。それでも、その言葉にすがるしかなかった。縋る場所がなければ、この暗闇の中で、五人は自分たちが本当に存在しているのかすら疑い始めていた。 どれだけ進んだのか、誰にも分からなかった。 食料は幾度も尽きかけ、そのたびに甲板の誰かがどこかで調達してきた。水も、燃料も、同じだった。積荷票に記された行き先はひとつなのに、船は幾つもの港に立ち寄り、また離れた。地図にない土地、灯継ぎの噂だけが残る土地、名前すら伝わっていない土地。世界は、グンソが思っていたよりも遥かに広かった。故郷から一歩も出たことのなかった頃には、想像もできない広さだった。 船底の暗闇は、時間の感覚を等しく腐らせていく。日数を数えることを、いつからか誰もしなくなった。数えても意味がないほど、長かった。 ただ、機関の音だけが、暗闇の中でずっと鳴り続けていた。何日も、何十日も。 一度、遠くで何かが軋む音がした。ソンミンが刃物の柄を握り直し、全員が息を止めた。 それは船体の継ぎ目が軋んだだけだった。誰も、それを声に出して確かめようとはしなかった。 そんな夜が、何度も繰り返された後―― 甲板の上から、誰かの声が響いた。くぐもって、遠く、それでも確かに聞こえた。 「見えたぞ」 その一言に、五人は同時に顔を上げた。 「灯りだ……街の灯りが、見える」 グンソは、狭い隙間に顔を押し付けた。錆びた金属の縁が頬を切ったが、痛みは感じなかった。 黒く濁った空の下、遠くに、青紫の光が滲んでいた。 一つではない。 無数の灯りが、まるで水面に映る星のように、連なって光っていた。 それは、故郷にあったどの灯りとも違っていた。 故郷の灯りは、暖かく、生活の匂いがした。この灯りは違う。冷たく、静かで、まるで誰かが息を潜めて灯し続けているような、そんな光だった。 ネオンでも、松明でもない。 祈りに似た、灯りだった。 「あれが……」 ドンチョルが息を呑んだ。目の縁が赤く濡れていた。 テジュンが、震える声で言った。 「あれが、アルトリウスか」 誰も答えられなかった。 だが、その光を見た瞬間、グンソの中で何かが冷たく凝固した。 存在を消された自分たちが、それでも進んだ先に、灯りがあった。 名前を失っても、灯りは消えていない。 それが希望なのか、それとも次に消される場所なのか、グンソには判断できなかった。この世界では、優しく見えるものほど、後で牙を剥くことを、もう嫌というほど知っていた。 グンソは、狭い隙間の水たまりに映った自分の顔を見た。 何ヶ月も梳かれていない黒髪が、潮を吸って束になり、頬に張り付いている。無精髭が伸び、頬はこけ、目の下には濃い影が沈んでいた。故郷を出た時の自分とは、もう別人のようだった。 それでも―― グンソは、外套の内側の押し花にそっと触れた。乾いた花弁が、指先でわずかに崩れる感触があった。 「……着いたら」 グンソが呟いた。声に、初めて何かが戻っていた。怒りに似た、何か。 「ここで、また名前を取り戻す」 ソンミンが、初めて小さく笑った。乾いた、痛みを堪えるような笑い方だった。 「取り戻すためにここまで来たんだろう」 「ムジンの分も」 ドンチョルが呟いた。 誰も、それに答えなかった。答える必要はなかった。 船は、青紫の灯りへ向かって進み続けた。 暗い海の向こうに、まだ誰も知らない街が――五人がまだ知らない何かを内側に隠した街が――静かに待っていた。 機関の音が、一段と深く鳴った。 まるで、船そのものが、これから起きることを知っていて、それでも進むしかないと諦めたかのように。

Rain Konno | 境界の外側

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知名度SSS 吉野凌雅 2023年2月3日 名古屋市中区にある くら寿司名古屋栄店にて 吉野凌雅は 無職の19歳の男と 15歳の少女とともに来店した。 そして吉野はそこで 備え付けの醤油さしに 直接口をつけて そのまま醤油を直飲みするという 迷惑行為を行った。 また吉野はその時の 様子を撮影した動画を SNS上にアップしたので 投稿された動画は瞬く間に拡散され 世間から大きな炎上が巻き起こり くら寿司は顧客から クレーム処理や お問い合わせ対応に 追われることになった。 こうした重大な 事態を招いたにも関わらず 吉野は何ら反省することはなく なんとSNS上に 謝罪動画と題した動画を投稿し ニヤニヤ笑いながら 「寿司を乱暴に扱ってすみません」 「深く反省してまーす」 などとふざけるような行為をしたので 世間からの更なる炎上を招いた。 結局、被害を受けたくら寿司側から 被害届を提出された警察は 威力業務妨害罪として捜査を開始し 吉野の動画撮影や SNSの投稿に協力したとして 共犯者である19歳の男と 15歳の少女を逮捕したものの 肝心の主犯格である吉野については 顔がはっきりしていたものの 住所不定だったために 行方が分からなかったので なかなか逮捕することが出来なかった。 実は吉野は自分の起こした、事の騒ぎが 予想以上に大きくなっていったので このまま日本にいたら 警察に捕まってしまうことを恐れて 韓国へと国外逃亡していたのだ。 だが結局同年3月6日に 所持金が底を尽きてしまい 生活に困窮してしまったので 日本に戻ってきたところを 警察によって逮捕されたのだった。 またさらに驚くべき事実が判明した。 なんと吉野はくら寿司で 迷惑行為を行っていた際に 一緒だった15歳の少女に対して 身代金目的の営利誘拐をしていたとして 威力業務妨害罪と併せて追起訴されたのだ。 バカッターで誘拐犯とは。 本当になんて奴だ。 ちなみにSNS上で、 自分の起こした 迷惑行為の動画を投稿して 事件化され 逮捕起訴までされたのは 吉野が史上初であった。 この事件では吉野が起こした あまりにも非常識すぎる 迷惑行為の他にも あまりにも端正な 顔立ちにも注目が集まった。 くら寿司で迷惑行為を行っていた吉野は 金髪でかなりの長髪であったので 「男なのか女なのか分からない」 との声がネット上で相次いだ。 そして同年3月8日に 逮捕されてから保釈された際の 吉野の様子がテレビに流れると 黒髪の短髪という あまりにも別人の恰好になっていたので 外見に対する評価が一変し 「本当に同一人物なのか?」 「小動物系のイケメンじゃん」 「普通にかわいいし、モテそう。 なんでこんな馬鹿なことしたの?」 などとの声が挙がった。 まあ見た目がガラリと変わったのは 反省をしていることをアピールして 減刑を狙うために 弁護士から入れ知恵されたためだろうが。 吉野は事件を起こした当時 定職にはついておらず住所不定で 新宿歌舞伎町のトー横で 放浪生活を送っていたとされていて 同じ路上生活の仲間たちからは 「タゴミ」という あだ名で呼ばれていたとのこと。 「タゴミ」とは 吉野が使用していた Xアカウントの名前が 「ただのゴミ」 であったことにちなんでいた。 吉野の知り合いであった トー横の少年は 「吉野はみんなからの人気者で ムードメーカーで サービス精神旺盛で 雰囲気をよく盛り上げてくれた」 と意外にも 好印象であったことを証言している。 また吉野はずっと トー横にいたわけではなく ドン横と呼ばれる、 名古屋市中区栄の ドン・キホーテ横の栄広場や グリ下と呼ばれる、 大阪道頓堀のグリコサイン下といった 若者たちの溜まり場にも 転々としていたとのこと。 ちなみに吉野は どうやって生活をしていたのかというと その日の日銭稼ぎのために 歌舞伎町内に約300店舗もある ホストクラブの体験入店をしては 5000円から 8000円程度の体験料を受け取ると すぐにその店を辞めてはまた別の店へと 体験入店を繰り返し行い 吉野は「体験入店荒らし」 として近隣界隈で有名人だった。 また吉野は知り合った女性から 金銭的な援助を受ける ヒモ生活を送っていたとの情報もあった。 ちなみに吉野が 警察の逮捕から免れるために 韓国へと逃亡したことはお話ししたが そこでもヒモ同然の 生活を送っていたとされている。 吉野がxのアカウントに 投稿していた内容によると 逃亡先の韓国で 以下の生活を していたことが判明している。 まず朝は靴磨きをしてお金を稼ぎ そのお金を使用して 夜はキャバクラに行き そこでキャバ嬢の韓国人女性と知り合い 仲良くなると 女性を油断させた隙に 大量にお酒を飲ませて酔わせて 女性の金でラブホテルへと行き 酔っぱらって 意識を失っている女性の財布から お金を盗み出す というものであった。 吉野曰く 「新しいビジネス」 「ヒモスキルが高い」 とのことだが やっている行為は ただの昏睡強盗で 立派な犯罪行為だ。 自分の日々の生活費を得るために 真っ当に働こうとはせず 犯罪行為などで楽にお金を稼ごうとする ろくでもない奴だが そんな吉野の実家は豪邸で 父親は会社の社長ということで 意外にもお金持ちであったことが とある週刊誌の取材で判明している。 なので吉野は実家から ある程度の金銭的な 援助を受けていたとされていて その証拠として 吉野は無職であったにも関わらず くら寿司で迷惑行為を行った際に 身に着けていた上着がかなり上質なもので さらには保釈後に身に着けていた バックパックも 定価であれば10万円以上もする 大変高価なものであった。 また保釈金についても 300万円という 大金だったので こちらも親から 用意されたものであると考えられる。 とある週刊誌の記者が 吉野の父親とされる人物に 電話で突撃取材をしたところ 「確かに息子は 凌雅といいますが、人違いだ。 事件を起こした人物と 同姓同名、同年齢だが、 まったくの別人だ」 と話して 自分の息子ではないと否定したとのこと。 だが「凌雅」というな名前は珍しく しかも同年齢であるので 恐らく自分の息子が起こした事件で 散々煮え湯を飲まされてきたので 親子の縁を切って これ以上関わり合いに なりたくないのだろうと推定される。 またネット上でも 吉野は父親との 仲が悪かったことが噂されていて 「お金はあったのかもしれないけど、 愛情のない家庭に育ったのかも」 「親が独親で居場所がなくて 放浪生活を続けていたのかも」 と考察する声が多かった。 2023年7月20日 名古屋地裁で吉野の初公判が行われ その時の吉野の外見が 逮捕前とあまりにも 変わっていたことが 大きな話題となった。 吉野は逮捕後、 保釈された時よりも さらに髪を短く切り 黒いスーツを着用した姿で 裁判所の前に殺到していた 報道陣の前に現れて 「二度とこんなことをしたくない」 と真剣な口調で語って 頭を深く下げた。 また吉野は行われた公判でも 起訴内容をすべて認めた上で 「面白いと思ってやってしまった」 との犯行動機を語った。 ちなみに吉野は逮捕される直前に 自身のxアカウントで 「僕は捕まりましぇーん」 とふざけたツイートを行ったり 逮捕された後も 「醤油さしに口はつけていない」 などと的外れな言い訳を行っていた。 なのでいくら見た目を変えても 減刑を狙うための パフォーマンスに過ぎず 反省しているふりを しているとしか思えないだろう。 同年10月13日、名古屋地裁で 被告人である吉野に対して 懲役3年 執行猶予5年の有罪判決が言い渡された。 裁判長は判決理由について 「顧客に安心して 食事をしてもらおうという 同社の努力を無にしかねない、 あまりにも無分別な犯行」 と指摘した。 吉野は判決直後 報道陣の取材に対して 「常識外れでおかしな部分があった」 と発言した上で 「たくさんの方に申し訳ない気持ちだ。 まっとうに働いて、 くら寿司さんに賠償していきたい」 と謝罪した。 そして吉野は現在 元犯罪者の社会復帰を 支援する建設企業で 見習いの塗装工として 働いているとされている。 仕事の日当は9000円で 休みは日曜日のみで 週6日勤務だ。 なので月収は21万円程度と推定され そこから日々の生活費を抜くと くら寿司側に対する 具体的な賠償金額は不明だが 一生かかっても 賠償は不可能であると思われる。 自分の犯した愚かな行為によって 一生を棒に振ることになった。

許せない凶悪事件

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夜になると、冷や汗、腹痛、強い倦怠感、吐き気…。 就寝時間を過ぎる頃が一番つらくて、夜が来るのが少し怖いです。 それでも今日は久しぶりに体調がよくて、こうして投稿できています。 もし投稿が途絶えたら、体調を崩していると思ってください…。 麻薬の量が増えてから、強い眠気とふわふわした感じがありまして、皆さんのコメントにお返事することが難しくなりました。 ♡だけになってしまいますが、一つ一つの温かい言葉、ちゃんと大切に読ませていただいています。本当にありがとうございます。 退院はまだ先になりそうですが、少しでも早く家に帰れるように、できることを必死にやっています。今の目標は、少しでも食べること、少しでも体を動かすこと。 小さなことでも前に進めるように、毎日踏ん張っていました。 そして何より、、 入院して9日ぶりに、2歳の娘に会うことができました。 面会コーナーなら大丈夫と主治医が許可してくださり、やっと会えました。 入院してからは、そこまで移動することすらできず、旦那にはずっと部屋まで来てもらっていました。 車椅子に座るのも10分が限界なので、リクライニングできる車椅子を用意してもらって、たどり着けました。 私の顔を見るなり、 「マミー!マミー!」と走ってきてくれて、 小さな手で、痩せた私の体を何度も何度も優しくなでてくれました。 そのぬくもりが本当にあたたかくて、 ちゃんと生きてここに来られたんだ…って、 会えたんだ…って、 いろんな気持ちが一気にあふれてしまいました。 ポストできていなかった間、ご飯も食べられず、お昼はベッドでジッとしていて時間がすぎるのを待つだけ、ベッドから鳥を眺めているだけ、夜も全然寝れていませんでした。 緩和ケアの先生が毎日来られ、麻薬が増えて、退院の目処も立たず、まさか、もうこのまま復活できずそのまま体が弱って死ぬのでは、、と思っていたからです。 娘の前では泣かないと決めていたのに、無理でした。 会えなかった時間、動けなかった悔しさ、会えた嬉しさ、全部が混ざって、涙が止まりませんでした。 その時の動画です。 娘は「マミー」と呼びながら、娘のキッズ携帯で私をたくさん撮ってくれました。 その姿が愛おしくて、胸がいっぱいでした。 入院前に頂いたプレゼントは「私が開ける」とようになっていました。でもルールで旦那に言ったわけでもわく、入院してから届いたものも旦那は一切手をつけず、全部そのまま置いてくれています。 娘のマスクだけ、開けさせていただきました。 他にあるたくさんのプレゼント、開けていませんので、写真を載せられず申し訳ありません。 皆様、いつも支えてくださり本当にありがとうございます。 最後の動画が私の体さすってくれました。

産後4ケ月胃癌ステージ4

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Voicyサーバーにエラーがおきているそうなので(エンジニアさん、いつもありがとうございます!)、今朝収録した内容を文字起こししてみました。 ひとまず、こちらでお楽しみください。 ↓ 『ソーシャルディスタンスが無い座席表に泣けた話』 『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』の公開まで、あと二日となりました。 二日後の僕らにどういう審判が下るか分かりませんが、この5年で、やれることは全部やりました。 ムビチケ前売券を片手に全国津々浦々‥地球上の誰よりもドブ板営業をやったし、メディアの先輩方からすると「まだまだ甘い」と言われるかもしれませんが、それでも、自分達ができるギリギリのところまで「空中戦(メディア露出)」も頑張りました。 先日の地上波放送しかり、YouTubeでのミュージカル『えんとつ町のプペル』の全編無料公開しかり。 また、クラウドファンディングを絡めた施策もたくさん打ちました。 「『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』を観たい!」と手を挙げてくれた全国の子供施設の皆さんと、それぞれの子供施設に「『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』を観せてあげたい!」という全国の支援者様とのマッチングもクラウドファンディング上でおこなって、CHIMNEYTOWNからもご支援させていただき、無事に、手を挙げてくれた全ての施設の子供達に『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』のムビチケ前売券を贈ることができました。 三ヶ月にわたる本プロジェクトは、多くの皆様のご協力に支えられて形となりました。心より感謝申し上げます。 さて。 前作から5年、これまで本当に本当に色々とありましたが、泣いても笑っても、あと二日でございます。 お恥ずかしい話ですが、今はもう怖くて怖くて仕方がなくて、とてもじゃないですが夜ゆっくりと寝ることはできません。寝てもすぐに目が覚めちゃう。 そんな中、昨日の深夜(というか今日の0時)に、「映画公開2日前」に入ったので、各映画館でチケットの販売がスタートしまして、初日(3月27日)の席が一つ、また一つと埋まり始めました。 たとえば、TOHOシネマズ六本木のHPを見れば、『映画 えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』は【スクリーン9】が押さえられておりまして、1日に6回上映される上映スケジュールとなっています。 初日の一発目は「8時50分」からの回で、今見てみると、この時間から観に来てくださる方(お席を予約してくださっている方)が確かにいるんです。 下心を包み隠さずに全てお話しすると、早い段階で観に来てくれる人が多ければ多いほど「口コミ」がまわり始めるのは早くなり、早い段階で観に来てくれる人が多ければ多いほど「リピーター」の数が増えるわけで…僕らとしては「初日」に来てもらえるのが一番嬉しいし、初日の中でも、「より早い時間」に来ていただけると、より嬉しい。 なので、僕は今日一日、各劇場のホームページの「座席指定ページ」にヘバリついて、初日の席が埋まっていく様子を祈るように見ます。 もう各劇場の座席指定はスタートしておりますので、どうか皆様、この放送が終われば、お友達の分、家族の分、パートナーの分も合わせて、「初日」の座席を確保してください。 そんなこんなで、昨夜、日付が変わった瞬間から、僕は五分おきに劇場の座席指定表を確認しています。 そのたびに、込み上げてくるものがあります。 本日の放送タイトルにもある通り、今回の公開(『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』)には、いわゆる「ソーシャルディスタンス」がありません。 前作の公開は、コロナ禍の只中でした。 隣席は空けられ、座席は一つ飛ばし。 座席指定表は、市松模様のように配置されていたことを、今もはっきりと覚えています。 映画の作り手としては珍しいのかもしれませんが、僕にとって劇場公開は、その“市松模様の座席表”と共にありました。 だからこそ今、家族や友人、パートナーと隣り合って座れる座席表を目にするたびに、胸が熱くなります。 あの長く、厳しく、多くの人を傷つけたパンデミックが終わったことを、今このタイミングで実感しています。 「劇場に来てください」と言えること。 隣の席を選べること。 座席表が、もう市松模様ではないこと。 その一つ一つが、本当に幸せです。 座席指定表が市松模様じゃないことに、お酒を飲んでいたら泣けるレベルで感動しています。 あとは、一人でも多くのお客様に、1日でも早く観に来ていただくだけ。 今日も、各劇場の座席指定表を5分おきに確認しながら、残された時間でやれることをやりきります。 どうか、皆さんの力を貸してください。 3月27日に映画館で待ち合わせましょう。

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