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発信する側も見ている側も「違う、そうじゃない」ってなりがちなのが最高にSNSだよな。 俺様はいつもそう、書き方が上手くないので本意が伝わらないし、全く別の解釈されやすい。 だから自分の言いたいことは極力発信すべきじゃない。 って書くのもブーメランと言われるバッドモーニングSNSだぜ👹

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𝕄𝔼𝔾𝕌𝕄𝕀♡⃛

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「誹謗中止はダメよ、あんまり 俺そういうの好きじゃないから あまり人をこうこけおろしたりするの 僕はもうちっちゃい時からね、 やっぱりあの芸能人の家に生まれて、 大変苦労しました、それに対しては だからこそ人の痛みも分かるし、良くないのよ 皆さん、ほんとプロでも言葉って時に銃より恐ろしいですから 最近はね、そういうことはあんまり分かってない言葉を使う小学校1年生みたいな まだそういうレベルで人を誹謗中傷したりして 分かりますよ自分のコンプレックスとか自分の中でイライラした気持ちをぶちまけたいのは ただそれをするといろんな人が同時に傷付いてしまうということはそろそろ分かんなきゃいけないかなと見てて思います だからまぁいいんだけど、発言することもね 僕もこんなこと言ってますけど、時に言葉を選べない時もありますから、それは全然理解はできるんですが なるべくやめた方がいいです 少なくともONE OK ROCKのファンはやめてほしいな いいじゃん、それはそれで一つの意見としてさ 一発で "ONE OK ROCK好きだけど、今回の選挙の件で絶望しました" って いや、いいじゃん、絶望は俺はとっくのとにしてるから、その人がそのタイミングで絶望を経験出来たんだったら、今度は絶望から這い上がるだけだから 俺はそれを証明するために頑張るだけだから いいのよ、一時期嫌いになるのもいいじゃない、また好きになってくれるように頑張るし、俺は でも、そんなことで嫌いになるのもおかしな話だなと思うんです だからONE OK ROCKのファンの皆さんは、いろいろ俺らのバンドが好きだから擁護してくれる人たちたくさんいるんだけれども そこは逆にもう触れなくていいよ これ俺からのお願いでもあるけど なんか言ってる人たちは無視していいんじゃないかなと あんまり関わる必要ないと思います なんで"ありがとう"っていう気持ちはあるから普通に自分が、そういうことに対して反応してくれて"そうじゃないんだよ"って ただ俺はそれよりも辛くて悲しいのは一応俺がそういう発言をして、 "なんか嫌だ" って思ったONE OK ROCKのファンと "いや、それはTakaだからそうやって言うでしょ" っていうファンがコメント欄で喧嘩してるのは結構一番嫌かも どっちも一応2つとも考え方は違うけどONE OK ROCK好きで聴いてくれてるわけじゃん そのベーシックには同じな人たちが何かこう俺がした発言についてアギメントしてるのはなんかちょっと切なくなるし"ごめんなさい"って思っちゃう だからいいの それはその人の意見だから当然だから違う意見があって それを許される範囲内で議論するのが、 許される言葉を使ってね、 議論するのがやっぱ素敵なことだし それは俺は止めませんけど でもなるべく言ってください、 そんなこと言ったら僕なんかも言いたいことたくさんありますよ 本当に だけどあんまり言ってもしょうがないから」

𝙴𝚄𝙿𝙷𝙾𝚁𝙸𝙰

730,655 просмотров • 2 дней назад

頭悪い糞アンチへ。 お前のその一言、受け取る側にとっては「一言」ちゃうからな。 お前は1回書いて終わり。 でも全SNSで同じことする奴が100人おったら、 1人に100発飛んでくる。 100人が一発ずつ殴っといて、倒れたら 「傷つくならSNS辞めたら?」 頭おかしいやろ。 「コメントする自由」と 「何書いてもいい自由」は別物や。 「SNSやからコメントされて当然」 って正当化する奴 他人の家の玄関にゴミ置いて 「外やから仕方ないやろ」 って言ってるのと同じやで。 あと一番気づいてほしいのが、 自分ではアンチのつもりない奴。 「ちょっと嫌味言っただけ」 「冗談やん」 「いじっただけ」 お前には軽い一言でも、 文字だけじゃ冗談なんか伝わらんこともあるし、 同じ軽い一言を100人から浴びてるかもしれん。 悪意がなければ傷つかんわけちゃうで。 なんでイジメみたいなことされてる1人が、 仕事も夢も積み上げてきたものも捨てて SNSから消えなあかんねん。 嫌いなら見るな。 フォローすんな。 コメントすんな。 こっちが先やろ。 「一言くらい」を100人がやれば、 人の心を壊す言葉の暴力になる。 だから悪質な誹謗中傷は もっと厳しく罰せられるべきやと思う。 「俺はアンチちゃう」 「冗談やった」 それを決めるのは 書いた側の都合だけちゃう。 コメントする前に一回考えろ。 画面の向こうも人間や。

志築杏里👽しつきあんり🔪ヤンキー姉

86,788 просмотров • 14 дней назад

小泉防衛相が「感謝」について。上手く行っても行かなくても、お世話になった人への感謝の気持ちは変わらない、それは総裁選でも同じで、誰かのせいにする敗因分析はしないと話す。確かに感謝の気持ちは、苦しい時でも人を前向きにする大事なものだと思う。 ---文字起こし--- 2025/11/17 小泉進次郎のポッドキャスト 小「とにかく上手く行っても行かなくても。どっちでも、誰かのお世話になってることって間違いないのよ」 な「なるほどなるほど」 小「その結果上手く行ったら、その誰かに感謝っていうことも余計前向きな感謝だけど。上手く行かなくても、その上手く行かないという結果が出るまでの間に、誰かにお世話になったことに変わりはないわけね」 な「なるほど。そうかそうか」 小「だからどっちの結果が出ても、基本ありがとうは変わらない。ここの部分の感覚っていうのはあって。その方が前に進みやすいじゃない?」 な「前向きではありますからね、ちゃんと次につながるっていう」 小「それもなんか今回の総裁選みたいに結果が出ないと、なんかいろんな敗因をね、言ってくる人いるわけ。例えばこれは自分の力ではないところでも、僕のことを支えてくれてた人たちのことも、何かこう足りなかったことを指摘してくる人たちとか。そういう声も入るわけ。だけど、そこを『もし』とか『たられば』でね、そういったことを指摘したって、なんらこちらからすると、そんなことよりも支えてくれたということの感謝の方が上回るわけ。だから、このなんか敗因分析みたいなことも、いかに誰かのせいにする敗因分析ではなく、前向きな方の努力につなげていける、皆がね。そこの敗因分析に、自分としてはより向かって行かないといけないなって思ったりね。感謝っていうのは、なんか重いね」

maku

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「こういうところとかでもさ、よくコメントで、今ねこっから次じゃあ政治の話にするけど コメント欄で批判とか誹謗中傷とかやってる人達 いいよ、分かるよ その日頃きっと楽しくないんだろうな 全然ストレスまみれで楽しい事もないから目立ってなんか偉そうなこと言ってるやつ見つけてあのムカつくことをとりあえず言う いいんだけどさ でもそれってさやっぱり誰の為にもならないわけですよ で"誰の為にもならねえとか言われても知らねえし" それもそうだと思う 俺もひねくれてた時期があるからそういう風になんか目立ってる人を捕まえて何か言いたくなる気持ちも人間当然あるし嫌な部分っていうのは当然あるんだけれども やっぱりそういうことに対して突っ込んでいくとかさ、こういういわゆるオーガニックのことに関しても、わざわざやらなくてもいいことをやりに行くって、これってすごくエネルギーがいるし、どう考えても人の為なんですよ その人の為の一部の中にこうやって批判してる人達の部分も入ってるってことを絶対に忘れないでほしい あなたたちが生きやすい世の中を作る為に影響力があったり、お金持っている人達は一生懸命頑張る瞬間というのがあるんです それがいい方向に作用する時もあれば悪い方向に作用する時もあるけど、人の為に何かを頑張ろうとしていることには間違いないし、そういった人達を傷つけるような言葉というのは非常に僕は一個人の意見としては不愉快だし、もっと考えてほしい なんか文句があったり苦しいこと悲しいこと、そんなんってもう本当にこう腐るほどあるし分かるんだけど 、どうか乗り越えてほしいなと思うし乗り越えるための努力を僕は自分自身持っていきたいなとは思う ので なんかそういう一つの意図があって言ってるってこと これは政治の話をする時も一緒 オーガニックの話をする時も一緒 僕らのファンは絶対そういうマインドでいてほしいし これをね別に強要はしてないよ でも僕らのファンはそうあってほしい、素敵な人であってほしい 人を中傷したり、誹謗中傷したりとかそういう人間であってほしくない、言葉を選んで喋ってほしい ムカつくこともあると思う、でもムカつくことがあったとしてもその時に一回グッと堪える...まあ俺もできない時あるからわかるんだけど、だけどなんとか頑張ってほしい 今こういう時代じゃん? ここで何でも好きなこと言えるんだよ一人で、思ったこと でもこれが今だったら13,000人の人に届いて、その中でこの話をされて不愉快に思う人も何かしらあると思う でも、そういうことがあるということを発信する側は常に考えなきゃいけない だからそれは僕らのファンであれば、もしこれから何か発信をしていく人であれば、そこを絶対に忘れないで発信してほしいなと思います 必ず何かをする時に何かを動かす時、何かをやる時には痛みが生じる その痛みをやっぱり俺らは分かち合わなきゃいけない し...宗教とかじゃないよ全くそういうのじゃない そういうんじゃなくて、もうこれは世の中を平和にする為に 、一人一人が考えなきゃいけないことなので、今のこの時代だからこそ、すごく大事なことだと思います 僕は昨今、やっぱりいろんなSNSだったり、まあソーシャルメディア通じてTikTok•Instagram•YouTube見てて、やっぱりそういうことがあのちょっと激しくなりすぎて人の揚げ足を取ったりとか、悪口を言ったり自分の理論を正当化する為に、あまりにも人の意見を聞かずに突き進んでしまう様なおじさん達を見てると悲しくなる、おばさん達みたいに、とか... それはちょっとまだ、まだまだ全然もっともっといろんなことを経験して人を許す力みたいなものを持ってもいいんじゃないかなと思います」

𝙴𝚄𝙿𝙷𝙾𝚁𝙸𝙰

163,454 просмотров • 3 дней назад

「グエー死んだンゴ」ってさ、ネットだと軽いノリの断末魔ギャグみたいに見えるんだけど、現実でそれが最後の言葉になった瞬間、笑いってやつが急に重たくなるのよね。笑っていいのか、泣いていいのか、手が止まる。で、止まったところに気づく。「この言葉、ふざけてるんじゃなくて、ふざけるしかなかったんだ」って。 映像の中のお父さんが言う「なんでうちの子が」 これね、親の口から出る言葉として一番まっとうで、一番残酷。答えが出ないから。病気は抽選会じゃないのに、当たった側だけが人生ごと持っていかれる。 しかも類上皮肉腫みたいな希少がんって、名前すら知られてない、、、だから余計に「うちの子が」になるんじゃないかな? で、この話の刺さるところは、息子さんが亡くなったあとに物語が動き出すところです。 予約投稿って、便利な機能だと思う。 だけどあれが今回は時間差の手紙になった。本人はもういないのに、言葉だけが世界に届く。 まるで、遅れて届いた花束に、棘が混じってるみたいなもんだ。 嬉しい。 ありがたい。 でも痛い。 痛いけど、花なのよね。 しかも、普段SNSを見ないお父さんが、葬儀が終わってから息子の人生の続きをスマホで知るわけだよ。 これ、「生きてる時に言えなかったことが、死んだあとに通知で届く」っていう奇跡でもある。 親子って近いようで、いちばん遠い時がある。 照れくさくて、忙しくて、まあそのうちでいいかって先送りして、気づいたら電池切れ、、、 お父さんが「ありがとうって言えなかった」って話、あれは胸に来る。時計の電池より先に、言葉の電池が切れちゃったんだよね、、、 でもさ、希望もあるんだよ。 この件がすごくバズったって事実には、アルゴリズムが悲しみを燃料にして回してる感じは確かにある。 命の尊さでバズらせるな!って声もあるけど、あの投稿が、希少がんの存在を人に知らせたり、寄付が集まったり、「一人じゃなかった」を可視化したのも事実じゃない? つまりSNSってのは、包丁なんだよ。 料理にもなるし、怪我もする。使う側の手つきが問われる💡 息子さんが、病気に「デカすぎ」ってあだ名をつけて、検査のことまで面白い面白くないで語ってた。 これね、強がりってより礼儀なんだよ。 周りを暗くさせないための礼儀。 自分の恐怖を、自分で笑いに変換して、他人の心の負担を軽くする。 芸人みたいなことを、死にかけの若者が病室でやってた。そりゃ人を引き寄せるって言われるよ。笑いは才能だけど、笑いの裏にある痛みは、本人しか背負えない。 「グエー死んだンゴ」をただのネタにしちゃいけない。 あれは、令和に投下された遺言の形式なんだよ。ふざけた形でしか出せない本音がある。 そして、見てる側も、拡散する側も、たまには一拍おいて、リポストの指が動く前に、線香一本分くらいの間を心に置くのもいいんじゃないかしら? 笑っていい。 でも敬意を忘れない。 最後に、親も子も、言葉をケチるなと言いたい。 照れくさいありがとうってのは、もったいぶるほど高くつく。これ、言ったら減るんじゃない。言わないと、気がつくと残高ゼロになる。 息子さんが最後に残したのは、バズでも名言でもなくて、「人間ってやつは、弱い時ほど誰かを笑わせようとする」っていう、静かな証明だったんじゃないかな?

クレア

2,858,313 просмотров • 8 месяцев назад

宇宙人は“遠くから来る存在じゃない”…そう言われた瞬間、世界の前提が全部ひっくり返る。 UFOや宇宙人を「見たかどうか」のレベルで語っていないところです。普通の話なら、遠くに光る物体を見た、とか、噂を聞いた、で終わる。 でも保江さんは違う。 「自分も何度も近くで見ているし、周りの人も普通に乗ったり触れたりしている」という前提で話が始まります。つまりこの時点で、“いるかいないか”の議論が終わっている。 ここがまず怖い。さらに話は深くなります。宇宙人はどこから来るのか?普通なら、何万光年も離れた星から来ると思いますよね。 でも保江さんの答えは、まったく違う。「別の次元として、この世界に重なって存在している」シリウスやプレアデスという名前も、天文学で見える星そのものではなく、この世界に重なっている“別の層”のことだというんです。 これは「同じ場所に、見えないもう一つの世界が重なっている」みたいな話です。だから彼らは遠くから来るんじゃない。 すぐ隣から“ひょい”と現れる。ここ、かなりゾッとします。もしそれが本当なら、宇宙人は遠い存在じゃない。 今この場所に、ただ見えていないだけになるからです。さらに不気味なのが、目的です。彼らは人間に興味があるわけじゃない。 ただ一つ、監視している理由がある。それが核兵器。地球で核爆発が何度も起きれば、地球だけでなく宇宙全体のバランスが崩れる可能性がある。 だから、「人類を守るため」ではなく、宇宙の安定を守るために見張っているという話になります。これ、かなり冷たい視点です。 人間は主役じゃない。ただの“危険な存在”として見られているかもしれない。そしてさらに奇妙な話が続きます。宇宙人は、実はまったく別の生き物ではなく、 人類の祖先とつながっている可能性がある とも語られています。 つまり完全な他者じゃない。どこかで繋がっている“親戚みたいな存在”。この時点で、境界があいまいになります。人間と宇宙人の違いは何なのか。 そもそも分かれているのか。ここが一番気味が悪い。そして極めつけが、未来の話です。保江さんは、2027年前後には、誰でも宇宙人を見るようになると語っています。つまり、限られた人だけの話じゃなくなる。 日常の中で、普通に話題として出てくる世界になるかもしれない。でもその一方で、こういう情報は「出してはいけないもの」としてずっと隠されてきた可能性もある。政治、戦争、情報操作。どこまでが本当で、どこからが隠されているのか。 全部が曖昧なまま、少しずつ表に出てきている。この話の怖さは、UFOがいるかどうかじゃありません。もし本当に“別の層の世界”が重なっているなら、私たちはずっと何かと同じ場所で生きていることになる。 見えていないだけで。そしてもっと怖いのは、それが敵か味方か、そもそもどちらでもない存在かすら分からないことです。 あなたはこの話、ただのオカルトだと思いますか? それとも、まだ説明できていない現実の一部だと思いますか? 気になったらリプで教えてください。 保存して、あとでゆっくり読み返すのもおすすめです。

角由紀子のヤバイ帝国

54,133 просмотров • 4 месяцев назад

デスドルの拡散に怖がっていじめが激減。もしこれがもっと早ければ、過去のいじめで消えた命は救われたかもしれない。デスドルの活動がもっと早ければ助かったかもしれない。そう言う中で、教室には、音がある。チャイムの音、椅子のきしむ音、ノートをめくる音。笑い声もある。 だけど、いちばん怖い音は、鳴っていないふりをしている。 「しんでください」って呪いの言葉。 これさ、LINEやグループライン、Xの裏垢、SNSでみんなから言われたら生きられないよ? 相手は冗談とか関係なくてさ、笑いながらしんじゃえーって言われるだけで、子供は簡単に消えたくなる。もう学校に怖くて行けない。 警察や学校は、相談しても、よくあること、ほんとに死ぬわけじゃない、たとえ死んでもそれが原因なのかは調査して、因果関係が証明できないと犯罪にならないって言い訳して隠蔽しちゃうわけ。 それはただの言葉だと大人は言う。 証拠がない。 ケガをしていない。 いつものケンカ。 他の人も言われてた。 この言葉は空気みたいで、形がないから、見えないものはまだ事件じゃないって言われちゃう。 けれど、言葉は刃物より軽いのに、刃物より長く残る。繰り返されると、心の中に傷ではなく、消えたいって願望になる。 逃げ道のない毎日。 朝起きること、学校へ向かうこと、席に座ること、その全部が、今日は何も起きないでって、ひとつの試験みたいになる。 母親が何度も学校や警察に相談したのに、学校が動かなかった。 ここが一番の地獄だと思う。 なぜなら、いじめの加害者は誰かだけど、動かない仕組みは空気だから。相手なら戦える。空気は殴れない。 それで人は、ネットに助けを求める。 動画が拡散され、名前が出て、世の中が燃えると、急に社会が起きる。 学校も、警察も、会議もスタートして、自分たちの保身のためにどうやって炎上という合図が鳴らないようにするのか話し合う。 ある校長は、いじめがあってもデスドルには報告しないように、拡散してはならないと朝礼で注意を促す。 は? 注意を促すのは、人が嫌がることをいじりとか、遊びって言って遊んでる生徒だろ? クラスの一軍?スクールカースト?そんなの関係ないし、命に序列はない。面白ければ命を奪っていいのか? ここで、私たちは怖い選択をさせられる。 静かに助けてほしいのに、静かだと助けてもらえない。 誰にも知られず守られたいのに、知られないと守られない。 だから拡散しないと動かないという言葉が生まれる。 これは正義の言葉に見える。 でも本当は、社会の敗北の言葉だ。 救われるために、被害者が見世物にならなきゃいけない仕組みは、間違っている。 デスドルで「学校でいじめられなくなった」という報告が続く。 それが本当なら、救われた子がいる。 その事実は重い。私はそれを軽く扱いたくない。 ただ、同時に思う。 社会が、個人の影響力に安全を預けていいのかって思うんだよ。 デスドルやへずまりゅうとか、人気者が声を上げれば助かる。 けれど、声が届かない子はどうなる? 誰にも見つけてもらえない子は、どうやって生き延びる? 正義が当たり外れになる社会は、いつか別の形で壊れる。 たまたま強い味方がいたから助かったという物語は、温かく見えて、冷たい。 運が良かった人の話だからだよ。 運が悪い人が、置き去りになる。 だから本当は、地味な仕組みが必要になる。 相談があったら、警察は必ず動く。 何日以内に事実確認をする。 加害者ではなく、被害者を先に守る。 外部の人、警察や第三者につなぐ道を、複数用意する。 証拠は拡散じゃなく保全”として集める。 派手じゃない。 バズらない。 ドラマにもなりにくい。 でも、それが普通の正義だよ。 正義は、拍手で作られない。 社会の設計で作られる。 燃やして勝つのではなく、燃えなくても守られる社会にする。 いじめがなくなった日の嬉しさは、勝ったじゃない。 平和になったという、ただそれだけの言葉になる。 その一言を、毎日にしたい。 それが私の望む、いちばん静かな平和です。 でも、非保護拡散処分しなきゃ、学校も警察も動かないっていうなら、この平和は一生来ないだろう。 だから、冗談であっても、言ってはいけないことがあるってことをみんなにわかってほしいし、その言葉で人は簡単にしんじゃうんだってこともわかってほしい。

クレア

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🏀第7節GAME2🏀 【越谷 59-77 琉球】 🎙️試合後コメント 🗣️安齋竜三ヘッドコーチ ─────── 琉球がなぜ強いかを証明してきたゲーム。 開幕から課題が変わっておらず、そこを変えていかなければならない。 選手もコーチも一人一人が責任を持って、プロとしてやるべきことをやり続ける集団にならなければならない。 チームにネガティブがあまりなく、バラバラではないのはいい部分。 ─────── 《試合総括》 今日のゲームは、琉球がなんでずっと強いかっていうのを証明してきたゲームだったかなと思います。 強いチームっていうのは、昨日のゲームから何が足りなかったかっていうところを勝っても負けても出してくるっていうところで、今日はもうゲームの前から、そこの感覚の部分とか、どれぐらい強度出してくるかとか、昨日のゲームからどう良くしていくかとかっていうのを琉球が出してくるであろうっていうのは選手には伝えていました。 今のうちとの差はそういうところであることは伝えてはいるし、彼らも分かっているかもしれないですけど、それがどのぐらいの感じで来るかっていうところまでは全然分かってないっていうところですよね。 それは日本人も外国人も含めて、全然足りない部分だと思うんで、コーチ陣も含めてですけど、本当に成長していけるようにしっかりやっていかないと、なかなか勝つゲームまでは持っていけないんじゃないかなっていうところが、そういうのを教えてもらえたというか、選手たちもそれが分かったゲームだったんじゃないかなと思います。 もう今日は本当にそれだけですね。 (具体的にどのあたりを琉球が修正してきたか) ディフェンスの(ボールを)持たれる前の強度だったり、ディフェンスのサップ(アンソニー・クレモンズ)がピック&ロールを使う時にショーとか出てたんですけど、そういう使われる前の強度とかもそうですし、あとはオフェンスの部分でも、昨日ちょっと課題がでてた、得点が全然伸びなかったっていうところがあるんで、松脇選手とかがピック使って、簡単に剥がされて3ポイントやられてっていうので、そこから選手が乗っていってしまったりとか、そこもオフェンスの強度みたいなのもあるし、逆にいうとうちがディフェンスの強度をそこで出し切れないから、簡単に剥がされて3ポイントをやられるっていう。 昨日はそこがなかったわけですよ、正直。岸本選手だけに、やられないようにというか、それをフォーカスしてやってて、それを今日もやってはいましたけど、他の選手がステップアップしてくるのって当たり前のことなんで、ああいうチームだと。その辺をもうちょっと自分たちが(対応できるようにならないといけない部分です)。 これはでも、僕がまだここに戻ってくる前、開幕ぐらいから正直変わってないですよね、ずっと。同じ反省みたいなものをずっと繰り返しているので、やっぱり選手たちも、そこにフォーカスした自分の反省と成長っていうのを繰り返していかなきゃいけないですし、コーチ陣もそこに付随したワークアウトとかをやってあげたりとかして、そういう状況をどう打開していくかっていうのをサポートしてあげるっていう両方が必要かなという感じでしたかね。 (強度が上がらない中、ファウルトラブルがあって難しい部分もあったか) ジャレル(・マーティン)のところはファウルトラブルになってしまって、ビッグマンが正直きつかったなというところはありますけど、でも1Qも松脇選手が乗った後に(喜多川)修平と菅原入れて、ディフェンスの強度を出した時にはうちもそこから追いついたりとかしてるわけで、ゲームの出だしから、しかもホームで負けてるチームがそれを出していかないといけないっていうのを常に言ってはいますけど、感じ方がやっぱり弱いんだろうなっていうのがあるんで、そこは出そうと思えば多分出せると思います、ファウルトラブルはあるとはいえどというか、ファウルになるかならないかはその試合にならないとわからないんで、まずやってからじゃないと。 逆に琉球さんもバンバン来てましたからね。だから、そこで自分たちのオフェンスが遮断されていくっていうのが、その積み重ねを強いチームってやってて、僕たちは一個一個途切れてしまうっていう、どっか強度がないところがあると、すぐそこで剥がされてしまって、ズレができてしまうとかっていう。その差が昨日もそうですけど、小さいようで、まだまだ大きいっていうのをちゃんと分かっていきながら、これを本当にいい経験にしていかなきゃいけないっていうのはあります。 (今シーズンの5分の1が終わってどのような手応えや課題を感じているか) いい部分は本当に出てますし、選手のポテンシャルも高い選手もいっぱいいるんですけど、ケミストリーみたいな部分はまだまだ必要ですし、怪我人が結構今もいて、戻ってくればっていうのとかもあるんですけど、怪我はいつ起こるかもわからないですし、本当は起こってほしくないことですけど。そういう部分でいくと、本当に1試合1試合をやりながら、自分たちが何が足りなかったのかとか、もっと良くしていくためにはどうしたらいいのかっていうのを選手自身も考える、僕らももちろん考えるっていうのを組み合わせて、どんどん成長させていかないと、今日も最後選手たちに言ったんですけど、課題が正直開幕から変わってないっていうのを僕はすごく感じてるんですよ。毎回一緒じゃんっていう。 だから、そこを変えなきゃいけない、変えないと成長してもただ行ったり来たりしてるだけで、右肩上がりに成長していかない限りは、チームって良くなっていかないと思うんで、少しずつケミストリーの方は出てきてますけど、個人の部分とかもどんどん出して成長していってもらわないといけないですし、コーチ陣も僕がいなかったっていうのもあるし、そこ(コーチ陣)の成長も必要だなっていうのはすごい感じてます。 一人一人が責任を持って、プロとしてやるべきことをやり続ける集団になっていけば。 でも、1個いいのが、ネガティブがあんまりないっていう、セク(ー・ドゥムブヤ)とかサップとかも試合中もフラストレーションがたまったりとかしてますけど、終わったら次に戦うしかないっていうようなマインドになってるし、チームにそういうのを伝えてますし、最後修平が、しっかりまとめてやってるんで、チームがバラバラじゃないっていうのは、よくなる可能性が全然あるところかなと思います。

越谷アルファーズ

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これ、絵だけ見るとすごく分かりやすいのよね。左の人は「正論を並べてるつもり」、右の人は「もうしんどくて動けない人」。で、左の人はこう思ってるの。「オレ、間違ったこと言ってないよね?」って。でもね、その瞬間もう議論じゃなくて追い込みになってるのよ。 DVだって同じ。 「お前のために言ってる」 「普通はこうだろ」 って、全部、言葉は正しい風なの。でも、相手が涙目になってるのを見てもやめない時点で、それは助言じゃなくて支配に変わってる。 ポイントはね、「言ってる側が正論だと思ってるものが、相手からは殴られてるように見えてる」ってところなの。ここがまさにDVと同じ構造😱 DV加害者ってさ、「お前のために言ってる🤗」「間違ったことは言ってない🤓」「普通はこうするだろ😩」って、だいたい正論っぽいことを言うの。 家事の仕方、金の使い方、友だち付き合い、ぜんぶ「もっとこうしたほうがいいだろ😠🧐」がセットになってる。 でも殴られてる側からすると、もう内容なんて入ってこないのよ。 「また怒鳴られた」「またダメ出しされた」 っていう恐怖と無力感だけが積み上がっていく。 正論攻撃も同じで、職場でもSNSでも、本人は 「事実を指摘してるだけ」 「社会常識として言ってるだけ」 って顔してるんだけど、受けてる側は心の中でしゃがみ込んでるのよ。内容じゃなくて、立場で殴られてるの。 上司部下だったり、知識量の差だったり、フォロワー数だったり。 力関係が傾いてるところで正しさを振りかざした瞬間、それは議論じゃなくて支配に変わるのよね。 しかもややこしいのは、加害してる本人がほんとに自分はいいことをしていると信じ込んでるところだよ。 DVだって「オレがちゃんと教えてやらなきゃ、この人はダメになる」って本気で思ってたりするのよ😳 正論DVも同じで、「甘やかしたらこの人のためにならない」とか「ここでビシッと言うのが優しさ」って、自分で自分に酔ってる😱😱😱 だからどれだけ相手が傷ついても、「でも言ってあげなきゃ」とアクセルを踏み続けちゃうの。 結局、正論って刃物。 リュウジみたいな、作り手の気持ち考えてレシピ考案する料理人が使えばおいしいご飯ができるけど、よくわからないイライラした人が振り回したらただの凶器になる。 問題は刃が立ってるという自覚を持ってるかどうかだよ。DVも正論攻撃も、「自分が今、刃物を握ってる」って感覚がものすごく薄いんじゃないかしら? じゃあ、受ける側はどうしたらいいかというと、内容で反論する前に構造を止めたほうが早いのよ。 「それ、何のために言ってるんですか?」 「私をどうしたくて言ってるんですか?」 って聞いてみる。 これって、殴られてる拳に「ねえ、それ本当に必要?」ってラベルを貼る行為なの。 目的を問われた瞬間、「上に立ちたいだけ」「ストレス発散したいだけ」っていう本音がチラつくから、相手のテンションが一段落ちる。 もちろんね、「何も言うな」「注意は全部ハラスメント」って話じゃないよ? 子どもに危ないことを注意したり、職場でミスを指摘したり、それは必要なコミュニケーション。 ただそこで大事なのは、「正しいことを言う」より先に、「この言い方はこの人の心にどう届くか」を一回想像できるかどうかじゃないかしら? 相手の体力ゲージが赤になってる時に、さらに説教コンボを重ねたら倒れるに決まってるじゃない? ゲームだったら分かるのに、対人関係になると急に分からなくなるのよ、人間ってね。 だから、正論を武器みたいに振り回してる人を見たら、 「ああ、この人、自分の力の使い方がまだ下手なんだな」 と思っておけばいいんじゃないかしら? 距離をとるのも立派な自己防衛よ。 正しさで人を従わせる時代はもう古い。 これから必要なのは、「正しさ」と「優しさ」を両方持てる人間関係。 DVと同じ構造を見抜いて、一歩そこから抜け出す側に回れるかどうかで、生き心地ってだいぶ変わるわよ、本当にね💡

クレア

616,291 просмотров • 8 месяцев назад