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【着工から144年 サグラダ・ファミリアの主塔完成 「世界の終末」が訪れるのか?】 🤔 少なくとも、伝説ではそう言われている。この教会が完成したら終末が訪れるという言い伝えがある。主塔は完成したが、創意工夫に富んだスペイン人たちは、全体の完成を2035年まで延期することを決定した。 バルセロナにあるサグラダ・ファミリアの主塔の完成を記念する式典は、建築家アントニ・ガウディが亡くなってからちょうど100年となる命日に行われた。ガウディは生涯の44年間をサグラダ・ファミリアの建設に捧げ、最終的にここに埋葬された。 ローマ教皇が全18本の塔のうち最後の1本であるこの主塔を祝福した。主塔は高さ172.5メートルで、サグラダ・ファミリアは正式に世界で最も高い教会となった。 少なくとも2035年まではその美しさを自分の目で実際に味わう時間がある。そして、もしかしたらその頃、「世界の終末」は再び延期されるかもしれない。皆さんはどう思いますか? 🎥 動画はSNS上で拡散中。

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AIが「病気を治す」「富を生む」「生産性を高める」という未来像は、多くの人にとって魅力的だし、人々はそういう利点を信じていないわけではない。だが、それだけでは不安は消えない。彼らが本当に聞きたいのは、その未来の中で自分たちは何者として生きるのか、ということだ。 サム・アルトマン「私の問いはこうです。未来における私の役割は何なのか。私の経済的な未来はどうなるのか。私の主体性はどうなるのか。私の子どもたちや家族は、これからも充実した創造的表現を持ち、世界を前に進めるために奮闘し、成長し、長いあいだ機能してきたやり方で共にそれを続けていけるのだろうか、ということです。 そしてAI業界の人たちが、「まあ、仕事はなくなるでしょう」とか、「仕事の50%が消えるでしょう」とか、「仕事の90%が消えるでしょう」と言い、「AIはあらゆる面であなたより賢くなるでしょう」と言い、「ベーシックインカムは与えますが、あなたには実質的に役割はありません」と言う。これはひどいことです。 しかも、「このAI企業は、すべての仕事を破壊するかもしれませんが、世界で最も価値のある企業になります」と言っているわけです。人々はそれを見て、言葉を失ったような、気まずいような反応になるんです。 だから私は、それはひどいメッセージだと思います。私たちが利点を十分に説明してこなかった、という話ではないと思います。実際、人々は私たちの言うことを信じているのです。「がんを治してください」と言われれば、それは素晴らしいことです。けれども私たちAI業界は、人々があらゆる段階で未来を決める主導権をどう保ち、私たちが大切にしているあらゆる意味で本当に意味のある人生をどう持ち続けられるのかを、説明できてこなかったのだと思います」

Tsubame

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ハンカチ用意 😭 ソニーから最後のお別れメッセージです… スパーズファンの皆さん… 本当に、これは僕が下した最も辛い決断の一つでした。スパーズという家族を離れること。 そして、言ったように、永遠なんてない。でも、僕はすべてを捧げました。 すごく驚かれると思います。とても奇妙に聞こえるかもしれません。 でも、すべてを捧げたからこそ、新しい章が必要だと感じているんです。だから、これは僕がこれまでに下した決断の中で、最も辛い一つでした。だから、どうか落胆しないでください。 ピッチで皆さんに会えなくなるのは、僕の方が寂しいです。僕はいつも皆さんの歴史に残るでしょう。そして、スパーズはいつも僕の心の中に、僕の家族の中にいるでしょう。 子供の頃、僕は皆さんの中で成長しました。そして今、成長した僕が皆さんを離れます。でも、いつも良いタイミングというものがあります。僕はいつも、皆が僕のことを誇りに思える、幸せな瞬間を思い出せる、完璧な形で去りたかった。 ええ、今が別れを告げるのにふさわしい時です。本当に、皆さんが大好きです。10年間という素晴らしい、素晴らしいサポートをありがとう。10年って、長いですよね? でも、たくさんのゴールとたくさんの良い思い出も作れました。だから忘れないでください、これは僕にとって最も辛い決断の一つだったということを。 スパーズのユニフォームを着ることは、本当に大きな名誉でした。皆さんのためにプレーできたことは、本当に大きな名誉でした。 そして、すぐにまた会えることを願っています。そして、最高の幸運を。チャンピオンズリーグ、プレミアリーグ、FAカップ、すべての大会で優勝することを願っています。 すぐにまた会いましょう。今はみんな泣いているけれど、次に会う時は、みんなが笑顔でいることを願っています。10年間の素晴らしいサポート、本当にありがとう。カモン・ユー・スパーズ! #SpursJP

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人間が関与することなく、Claude 10がClaude 11を設計し、その次をさらに作る——AIの開発者なら誰もが夢見るであろうRSI(再帰的自己改善)。そういうことが2028年の終わり頃にも実現するかもしれないという。そうなればそこからはきっと、シンギュラリティに向けた本格的な加速が始まる。 ジャック・クラーク「これらのシステムは、AIシステムを訓練するためのコードを書くことにも、かなり優れるようになってきました。AIシステムをどのように訓練すればよいか、そのアイデアを提案することにも長けてきています。 どこかの時点で、私たち人間がAIの今後の開発から完全に一歩引けるようになるかもしれません。いわば、AIを巻き上げて、あとは進むのを見守るような状態です。私たちが資源を与えて、「Claude 10よ、Claude 11を作れ」と言う。するとClaudeがアーキテクチャを作り、研究を行い、リスクを下げ、訓練実行まで行う。そしてClaude 11が出てくる。それはあらゆる面でClaude 10より優れています。 今日それが見えているわけではありません。しかし、私はこれが確実にこの10年以内に到来する現実的な可能性があると思っています。年を賭けるなら、2028年の終わり頃です。それは、多くの科学文献を読んだうえでの見方でもありますし、私たちが公表してきた情報にも基づいています」 ——「2028年というのは、つまり、あなたは7か月のお子さんがいると言っていましたし、私にも6か月の子どもがいますが、その子たちがほんの少し大きくなる頃ということですよね。2028年なんて、もうすぐそこです」 クラーク「ええ、かなり近いです。AIは速く進みます。その含意は、AIシステムは今後さらに先へ進み、これまで以上に強力になると予想すべきだということです。私たちがこの5〜6年で感じてきた進歩は、次の2〜3年に圧縮され、さらにもう一度圧縮されるかもしれないのです」

Tsubame

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【ファン必読】あなたは今のままで十分に素晴らしい #ハリー・スタイルズ、ステージでの言葉 「前回のツアーが終わってから少しお休みをして、自分自身の人生に向き合うような時間を過ごしていました。色々なことがあって、本当に素晴らしいこともあれば、辛いこともありました。この数年の間に何人かの友人を亡くしたりもして、本当にさまざまなことがありました。僕にとって人生におけるそういった大きな出来事をただ受け入れ、心に落とし込むための時間を持てたこと、そしてここ数年で、人生がどれほど儚くて、美しくて、素晴らしくて、同時に過酷で、残酷で、そしてインスピレーションを与えてくれるものなのか、人生が持つありとあらゆる側面を身をもって実感しました。今夜、この会場で皆さんと一緒に、皆さんが作り出すこのエネルギーを感じながら、どうか皆さんもこのエネルギーを感じて、その小さな欠片を外の世界へと持ち帰ってほしい。そして外の世界でも自分がなりたいと願うどんな自分にでもなれるんだと信じてください。あなたの人生をあなたの好きなように生きてください。人生はあなたのものです。あなたは、今のままで十分に素晴らしい。愛され、尊重される価値があります。そして見知らぬ誰かもまた、あなたの愛と敬意を受けるに値する存在です。友達を気にかけてあげてください。見知らぬ人にも気を配って、人々に手を差し伸べてください。人生は美しく、そして儚いものです。僕が一つだけ確実に分かっていることは、今夜、僕たちにはお互いがいるということ。僕らにはお互いがいるんです。本当にありがとう。」 (via strettyend)

Harry Updates Japan

128,568 次观看 • 3 个月前

人間と同程度のAIにまで到達して、そこで突然進化が止まるわけがない。汎用知能が成立した瞬間、次に来るのは超知能であり、その時点で発明の主役は人類から機械の心へ移る。産業革命との比較では足りない——それは「ホモ・サピエンスの出現」あるいは「生命の誕生」に匹敵する断絶かもしれない。 ニック・ボストロム「技術と科学の発展が広い範囲でこのまま続くことが許されるなら、私たちはいずれそこに到達すると思います。しかも最近は、実際にその方向へ進みつつあるように見えます。ですから、こうした点は、この問題をかなり真剣に受け止めるべきだと示す、基本的な考慮事項だと思います。 そして、もし私たちが本当にAGI、すなわち汎用人工知能を開発したら、それが何を意味するのかを考えることができます。私がまず思うのは、それはほどなくして超知能の開発につながるだろうということです。人間と同程度のAIにまで到達して、そこで突然止まるとは思いません。 そうなると私たちは、心そのものを設計できる世界に入ることになります。そして自動化されるのは、産業革命において蒸気機関や内燃機関によって自動化が始まったような筋肉労働だけではありません。たとえば掘削機は、どんな力自慢の人間よりもはるかに強いですが、それと同じように、今度はあらゆる人間の労働が自動化されることになります。 しかもそのときには、どんな天才的な科学者や芸術家よりも深く考えられる機械の心が現れるでしょう。ですから、それは実質的に、私たちが最後に必要とする発明になるのです。その時点以降の発明は、こうした機械の心によって、はるかに優れた形で、はるかに速く生み出されるようになるからです。 したがって、これは人間のあり方そのものを非常に根本的に変える出来事になると思います。これを理解するにあたって、産業革命との類比を持ち出す人もいますし、そこから学べることもあるとは思います。しかし、おそらく本当に近い比較対象は、むしろホモ・サピエンスそのものの出現や、あるいは生命の誕生にまでさかのぼる必要があるのかもしれません」

Tsubame

20,061 次观看 • 5 个月前

「仕事がなくなる」よりも深いのは「意味がなくなる」恐れだ。産業化は生産を工業化しただけでなく、アイデンティティまで工業化した。「何をしているの?」が「あなたは誰?」になった世界で、AIがタスクを肩代わりし始めれば、次に崩れるのは自己像そのものかもしれない。 アクラム・アワド「AIは私たちを無用にしてしまうのでしょうか? もし働かないなら、私たちは誰なのでしょうか? もし生み出さないなら、私はまだ意味があるのでしょうか? 何世紀にもわたって、私たちは自分のアイデンティティや価値を『何をしているか』に結びつけてきました。農家、工場労働者、コーダー、コンサルタント——仕事と職は、現代の社会における秩序と定義の原理になりました。 ですが、いつもそうだったわけではありません。産業革命の前は、私たちのアイデンティティは信仰や家族や共同体から来ていました。仕事は人生の一部でしたが、それ自体が人生の定義ではありませんでした。そこに工業化がやって来て、私たちは生産だけでなく、アイデンティティまでも工業化しました。『何をしているの?』は『あなたは誰?』の言い換えになったのです。 そして今日のAIは、そのモデルを完全に解体しつつあります。AIはあらゆるタスクを自動化しています。製造や物流、デザイン、顧客対応、さらには創造的な仕事にまで。いまのAIは曲を作り、コードを設計し、本を挿絵化し、そしてそれ以上のこともできます。実際、世界経済フォーラムは、2025年までにAIが人間より多くのタスクを行い、何億という雇用が危険にさらされると予測しています。 ですが、これは仕事だけの話ではありません。意味の話です。尊厳の話です。かつて私たちに価値を与えていたただ一つのものが、時代遅れになったときに何が起きるのか、という話です。そして注意しなければ、私たちは大恐慌に向かうかもしれません。ですが今回は、所得の大恐慌ではなく、アイデンティティの大恐慌です」

Tsubame

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百田氏が、静まりかえった国会の委員会で諭した言葉は、2000年以上の歴史を、たった一人で背負ったものだった。自民党は、自分たちがかつてない大罪を犯したことに、いまだ気づいてもいない。結局、自民党は変わらなかったのだ。それどころか、多くの議席を得て、むしろ調子に乗り、事態は悪化していったのかもしれない。 後世の歴史家は、この映像を見て「ここが日本の分岐点だった」と言うのだろうか。こんな日本になったのは、政治家たちがクズなのか、それとも俺たち自身が不甲斐ないだけだったのか。 不甲斐ない俺は、せめて、この映像に字幕を付け、彼の言葉を、このXのポストに書き、皆さんに託したい。 百田氏は語った。 「日本保守党の百田直樹です。 私は皇室全体会議におきまして毎回発言の冒頭、同じことを申し上げてきましたが、今日も また同じことを言わせていただきます。 日本の歴史とともにあられ、約2000年の伝統を有する世界最古の皇室に対し2026年の今日、たまたま選挙に通っただけの一介の国会議員に過ぎない者が意見をするなど 誠に恐れ多いことだと言わざるを得ません。 しかしながら、あえて一言申し上げます。 今日は質問ではなく私の意見を申し上げます。 日本保守党の意見は一貫して変わりません。 今、考えるべきは将来の皇統の安定継承を可能とする手立てであり、そのための最小限の法改正です。 皇統とは男系男子による継承です。 このことは現在の皇室典範でも第一条に謳われていますが、この原則が悠仁親王殿下の後の代にも揺らぐことのないように、これだけを私たちは考えるべきなのです。 その有効な策である養子案、旧宮家から男系男子の御子孫を養子に迎えられる案に保守党は 賛成すると一貫して主張してまいりました。 ところが今般の皇室典範の改正にはもう一つの論点があります。 皇族女性が御婚姻後も皇族として残るという案です。 これは私は賛成で聞かれると繰り返し申し上げてきました。 その理由は将来いわゆる女系天皇の誕生へとつながるリスクを内包しているからです。 女性天皇が一般男性と結婚され、お子様を設けられた時、必ずやお子様に皇族の身分を与えるべきだという意見が出てくるでしょう。 必ず将来私は断言します。絶対にそうした世論を形成しようと図る人、組織団体が現れます。 いわく、母とこの身分が違うのは人権問題だ、 いわく、母親が皇族であるのに、お子様が、 それを継げないのは人道上おかしい、 いわく、これは一種の女性差別である等々、理由は いくらでも付けられるでしょう。 その世論に負ければ二千年の歴史に例のなかったことが起きる恐れがあるのです。 皇族の血統にない男性が皇族になる、これは 長い日本の歴史上一例もないことです。 そのお子様が皇位継承者となり、万が一皇位を継けば いわゆる女系天皇が誕生するわけですが、この瞬間、万世一系の皇統は途絶えます。 王朝が変わることを意味します。 いいですか、皆さん、戦後の誤った教育のせいで、多くの日本人が我が国の国体である天皇、また皇統の何たるかを知らずにいます。 そういう中で2000年の歴史を安易に変えていいのでしょうか? 80年前、11宮家を臣籍降下させたのはアメリカを中心とした占領軍の圧力です。 宮家をなくせば、いずれ皇統が絶える可能性が高まると 彼らは考えたからですが、まさに今その狙い通りの 危機にあります。 一方、現在の我が国には皇室の破壊を目論む団体メディア、あるいは外国勢力がいくつも存在します。 長年、天皇制廃止を党是の一つとして訴えてきた政党もあります。 そうした人々が声高に唱えているのが女性天皇 及び女系天皇の誕生です。 彼らは男女同権を金貨玉上のごとく振りかざし、女性天皇女慶天皇誕生を主張します。 しかし、もし将来、女系天皇が誕生したならば、そのとき彼らは一転して皇統の正当性が失われたといい、皇室の終わりを主張するに違いありません。 今回の女性皇族の身分保持案はこのような リスクを将来に残すということなのです。 ここで今一度、女性天皇の歴史に触れます。 歴代126代の天皇のうち女性天皇は8人おられました。 その8人は天皇に即位された時点で全員が独身です。 4人は配偶者を亡くした未亡人、残りの4人は未婚です。 そしてこの8人はいずれもその後、結婚されず、 1人のお子様も得られませんでした。 これは偶然でしょうか?8人もの女性天皇皆様が即位後に独身を通されたことが偶然だったはずはありません。 女系天皇誕生を回避するための不分立が存在したと考えるべきでしょう。 今日この場におられる皆さんの中には皇室が未来永劫変わらず日本と共にあってほしいと考えておられる人がいるなら、今からでも遅くはない。この女性皇族の身分保持案に疑義を唱えてください。 将来、本当の意味での 皇統の危機が訪れたとき、私たちは厳しい歴史の 審判を受けることになります。 令和8年の皇室典範改正こそが過ちの端所であったと断罪される恐れがあるのです。 皆さんにはその覚悟が悪なのでしょうか? 私は70歳です。 おそらく寿命はあと10年ちょっとでしょう。 別に死ぬのは怖かないです。 しかし私の死後、作家でもあった百田直樹は、 なぜあの法案を止められなかったのかと言われるぐらい 嫌なことはありません。 ただ残念ながら私は弱小政党の代表に過ぎず、この間違った流れを止める 力はありません。 もし私が総理大臣なら政治生命をかけてでも止めるところです。 神武天皇から126代、全ての天皇は男系でつながってきました。 例外はありません。 しかしもし将来、皇統と男系でつながらない方が皇位継承者となれば皇統断絶のリスクは極限まで増大し、万が一にも女系天皇が誕生すれば、日本の皇統の終焉が訪れます。 皆さんに申し上げたい。 ここにいる皆さんは全員70年後にはこの世にいません。 しかし日本はその後もずっと続くのです。 私たちは悠久の歴史の中のほんの僅かな時代を生きるだけの 存在であるという自覚を持つべきなのではないでしょうか。 その我々が国体を触ることへの 恐れも忘れてはなりません。 これで私の意見を終わります。 ありがとうございました。」 百田さん、ありがとうございました。

髙安カミユ(ミジンコまさ)

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サム・アルトマンは「コンピュートは通貨になる」とも語っています。 (動画はにじボイスで吹き替え。以下は書き起こし翻訳) --- [サム・アルトマン] コンピュート(計算資源)は将来の通貨になると考えています。世界で最も貴重な商品になるかもしれませんし、私はもっと多くのコンピュートを生み出すために大規模な投資をすべきだと思います。コンピュートは、私の考えでは少し変わった市場になるでしょう。人々はチップや携帯電話などの市場を考えますが、「世界には80億人いて、そのうち70億人が電話を持っているかもしれない。もしかすると60億人がいて、2年ごとにアップグレードするとしよう。すると年間の市場はスマートフォン向けのシステムオンチップで30億個だ。そしてもし300億個を作っても、電話の販売数が10倍になるわけではない。ほとんどの人は電話を1台しか持たないからだ」というふうに考えられます。 しかしコンピュートは違います。知能はエネルギーのようなものに近づいていくと思います。そこで私が意味があると思う唯一の議論は、「価格がXなら世界はこれだけのコンピュートを使い、価格がYならこれだけのコンピュートを使う」というものです。もし本当に安価であれば、私なら一日中メールを読ませて「何を考えたり作業したりすべきか」と提案させたり、がんの治療法を探すのに使ったりするでしょう。一方、本当に高価であれば、おそらく私はそれを使わないかもしれないし、使うとしてもがんの治療法を探すためだけに使うでしょう。 ですから、世界は莫大な量のコンピュートを求めるようになると思いますし、その中には難しい要素がたくさんあります。エネルギーが最も難しく、データセンターを建設することも難しい。サプライチェーンも複雑で、もちろん十分なチップを製造するのも難しいです。しかし、それでも私には、私たちがこれから向かう先は、今はまだ想像するのが難しいほど膨大なコンピュートを必要とする世界なのだと思えます。

d

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いまのAIに決定的に欠けているのは、僕たちの背景を理解する能力だ。だから毎回プロンプトで関係性を組み立て、状況説明をし、欲しい出力へ誘導しなければならない。だが、その制約が外れ始めたとき、AIは単なる便利ツールではなくなるのだろう。その日はきっと、それほど遠くない。 サム・アルトマン「今のモデルは、将来そうなるものと比べれば、まだかなり愚かです。しかもそれ以上に、あなたの人生についての理解がきわめて限られています。今はまだ、こちらがうまく、なだめたりすかしたりしながら、欲しいものを引き出さなければならないのです。 ですが、あなたの文脈をすべて知っているようなモデルは、もうそれほど遠くありません。そのモデルは、あなたのことを知っている。あなたの人生を知っている。何をしているかを知っている。何を大事にしているかを知っている。あなたの人生にいる人たちのことも知っている。もちろん、あなたが望む形で、望む範囲においてですが、あなたのコンピュータやブラウザにもアクセスできる。そして時間がたつにつれて、現実世界であなたの周囲に起きていることにも、ますますアクセスするようになるかもしれません。 それは、コンピュータを使う感覚、そしてAIを使う感覚そのものを、完全に変えてしまうはずです。私はそれに強く興奮しています。ただ、実際それがどんな感覚になるのかは、私たち自身でさえ、まだ十分に直感できていないと思います」 グレッグ・ブロックマン「まさにその点ですが、今の私たちは、チャットでも何でも、使っているツールに対して『何が起きているのか』を説明するのに、ものすごく多くの時間を使っています。そしてそれがどれだけ苛立たしいかを考えてみてください。まるで同僚に対して、いや、私が欲しいのはこういうことで、今こういう状況なんだ、と延々説明し続けているようなものです。今のシステムの振る舞い方は、本来こうあってほしい姿ではないのです」

Tsubame

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“同じ地球に住んでるのに、見えてるお金の桁が別世界だった。” 苫米地さんの話でいちばんゾッとするのは、 「お金持ちの世界って、僕らが思ってるよりずっと遠い場所にある」とハッキリ言っているところです。 ふつうの人は、 お金持ちっていっても 「会社が大きい人」 「高い家に住んでる人」 くらいを想像しますよね。 でも苫米地さんの話では、その上にまだ別の階層がある。 しかもそこでは、個人でとんでもない額のお金を持っている人たちがいて、 そのお金を「どう使えば世界に影響を出せるか」を考えていると言うんです。 たとえるなら、 町内会の貯金箱の話をしていたら、 急に“国をいくつも動かせる財布”の話が始まる感じです。 同じ「お金」の話なのに、スケールが違いすぎる。 さらに苫米地さんは、日本は今かなり貧乏だとはっきり言っています。 ここでいう貧乏は、「今日のごはんがない」という意味だけではありません。 国として余裕がなくて、だから税金を強く取ろうとしたり、国民の負担がどんどん重くなったりしている、という話です。 つまり、 見えにくいけれど、 国の体力そのものが落ちている、ということです。 これも中学生向けに言うと、 クラスで見た目は普通にしてるのに、 実は財布の中がずっとカツカツで、何かあるたびにみんなから細かく集金しないと回らない状態に近いです。 しかも苫米地さんが怖いのは、日本の「ふつう」と、 世界の超富裕層の「ふつう」は、もう同じものさしでは測れないと言っているところです。 僕らは日本の中だけを見て「これが当たり前」と思いがちです。でもその外には、戦争や国の対立よりもっと高い場所で、お金も人脈も動かしている人たちがいる。 しかもその人たちは、国どうしがケンカしていても、その上から全体を見ていることがある。 ここがちょっと不気味です。 なぜなら、ニュースでは国と国がぶつかっているように見えるのに、もっと上では「両方とつながっている人たち」がいるかもしれないからです。 つまり苫米地さんの話は、ただの金持ち自慢ではありません。 本当に怖いのは、自分たちが見ている世界地図の上に、 さらに“見えない地図”がもう1枚あるかもしれない、 と感じさせるところです。 国のルール。 税金。 戦争。 社会貢献。 お金持ち。 これらがバラバラじゃなくて、実はもっと大きなひとつの盤面で動いているかもしれない。そう思うと、急に世の中の見え方が変わってきます。 苫米地さんの話をひとことで言うと、「日本の常識だけで世界を見ていると、本当の大きさを見失う」ということなのかもしれません。 あなたはこの話を聞いて、「そんな別世界が本当にある」と思いますか? それとも「話を盛っているだけ」に聞こえますか? 気になったら保存して、あとでもう一度ゆっくり読み返してください。 あなたの考えをコメントでぜひ聞かせてください。

角由紀子のヤバイ帝国

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『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は、 友情の美しさを描いた作品ではありません。 友情の怖さを描いた作品です。 この動画には、大きなネタバレを含みます。 動画も作成しましたので、テキスト・動画お好みでご覧ください。 二人の関係を見て、「友達のためにここまでできるなんて」と感じた人もいると思う。 実際、ヒトハとフタバの絆は、この作品の重要なテーマとして描かれている。 だが私は、あの関係を単純に美しい友情と呼ぶことに、抵抗がある。 なぜならヒトハは、フタバを救うために、フタバ自身の意思を越えてしまったからだ。 物語の発端は、海での事故である。 ヒトハとフタバが乗っていた船が、海で遊んでいたセイレーンたちの影響で転覆し、 フタバが瀕死の状態になる。 そこでヒトハは、「人魚の肉を食べれば永遠の命を得られる」という情報を頼りに、 人魚を殺し、その肉をフタバに食べさせる。 結果として、フタバは助かった。 ここだけ見れば、「親友を救った」という話である。 だが、その後のフタバの反応が重要だ。 フタバは、ヒトハのしたことを素直に喜んでいない。 なぜなら、自分を救うために別の命が犠牲になったからである。 つまりヒトハは、フタバを救った。 だが同時に、「人魚を殺してまで生きたいのか」という選択を、 フタバ自身にさせなかった。 ここに、この友情の危うさがある。 大切だから救いたい。これは間違いなく愛情である。 だが、大切だからこそ相手の意思を無視してもいいのか。これは別の問題だ。 現実でもそうである。 「あなたのためを思って」 「絶対にこっちの方が幸せだから」 「私があなたを守るから」 善意から出た言葉でも、相手の意思を無視した瞬間、それは支配へ変わることがある。 ヒトハの行動も、まさにその境界線に立っている。 さらに強烈なのが、その後だ。 永遠の命を得てしまったフタバに対し、ヒトハ自身も人魚の肉を食べる。 二人で永遠に生きることを選ぶ。 ここだけ見れば、とても美しい。 「一人にはしない」「ずっと一緒にいる」。 友情の極致にも見える。 だが逆から考えると、ものすごく怖い。 永遠である。10年でも、100年でもない。終わりがない。 しかも、その永遠は人魚の命を犠牲にして手に入れたものだ。 だから二人が一緒にいる限り、自分たちが犯した罪から完全に逃れることもできない。 永遠の友情が、そのまま永遠の罪にもなっている。 そして私は、ここでハチワレとちいかわの友情との対比が効いてくると思っている。 ちいかわとハチワレも、お互いをものすごく大切にしている。 危険になれば助ける。一緒に喜ぶ。一緒に怖がる。 だが基本的には、相手を自分のものにはしない。 相手が何を感じているのかを、知ろうとする。 一方、ヒトハはフタバを失うことに耐えられず、 「生かす」という決断を自分一人で下してしまった。 同じ「友達を大切にする」でも、決定的な違いがある。 相手のために何かをすることと、相手の人生を代わりに決めることは違う。 『人魚の島のひみつ』は、その境界線を、ものすごく残酷な形で見せている。 だから私は、ヒトハを悪人だとは思わない。 むしろ、気持ちは理解できる。 目の前で一番大切な友達が死にそうになっている。 助けられる方法を知ってしまった。 そこで冷静に倫理を考えられる人が、どれだけいるだろうか。 だからこそ怖い。 悪意ではなく、愛情が悲劇を生んでいるからだ。 そして最後には、二人は誰もいない島で一緒に暮らそうとする。 二人だけなら幸せになれる。そう見える。 だが、その島にはセイレーンが近づいてくる。 友情によって命を救ったはずなのに、 その友情が生み出した罪から、永遠に逃げられない。 私は、このラストを「友情の勝利」とは到底思えない。 むしろ問いかけられているのは、 「大切な人のためなら、どこまでしていいのか」。 そして、 「相手を失いたくないという気持ちは、本当にすべて愛情と呼べるのか」。 なのではないだろうか。 ヒトハとフタバは、間違いなく大切な友達同士である。 だからこそ、その友情は美しくて、同時にものすごく怖い。 『人魚の島のひみつ』は、「友情は素晴らしい」で終わる作品ではない。 友情ですら、一線を越えれば誰かを傷つける。 その危うさまで描いたからこそ、この物語はここまで後味が残るのだと思う。 あなたなら、大切な友達を救うために、ヒトハと同じ選択をしますか。 コメントで教えてください。

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