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Ana Sayfaya Dön

祖母の過干渉にウザく感じたことってある?

62,997 görüntüleme • 15 gün önce •via X (Twitter)

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イ・ケメン🦋🩶🐸💕15 gün önce

無いね。

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Kazuhiro7882🐝❤️15 gün önce

主人公の気持ち分からなくもない。 思春期の時の祖母(や身内)の干渉は恥ずかしかった記憶ある。でも大人になるとあの時の干渉はただ喜んでもらいたいという無償の優しさだったんだと気づいた。

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【忘れてしまっても、忘れない。】 滋賀の祖母に会ってきた。 昨日行って今日帰る。ほとんど滋賀の空気を吸いに行ったようなスケジュールである。 でも、どうしても行きたかった。 祖母はもう1年以上、自宅に帰れていない。 母が一人で介護をしているけれど、身長140cmちょっとの小柄な母には、車への乗り降りを手伝うのも難しい。 そこで白羽の矢が立ったのが、力持ちの孫である。 まさか空手の鍛錬が、祖母を家に帰すために役立つとは。 人生、何が役に立つかわからない。 「もう家に帰れる機会がないかもしれない」 そう思い、母と急遽滋賀へ向かった。 久しぶりの祖母は、ずいぶん小さくなっていた。 抱きかかえると驚くほど軽い。なんだか少し寂しかった。 祖母は私が中学生になる頃から若年性アルツハイマーを患っている。 「お風呂入ったんか?」 「入ったよ」 一日に100回くらい聞かれた気がする。 三姉妹の末っ子だった私は、たぶん最初に忘れられた孫だった。 ある日突然、祖母の中で私はヘルパーさんになる。 面白いのでそのまま接していると、途中で回線がつながる。 「あんた!何年もそんなことしてからに!」 孫が長年ヘルパーさんのふりをしていたことになる。理不尽である。 でも、そんな日々も懐かしい。 夏休みも冬休みも、長い休みはほとんど滋賀で過ごした。 祖父母の家は、もう一つの実家だった。 祖母が作ってくれたたくさんのアルバムを眺めると、忘れていた景色が戻ってくる。 あの頃は、祖父母がいつまでも祖父母のままでいてくれる気がしていた。 祖父が亡くなったあと、短い間だけ私が祖母を介護した時期もある。 一人で食べたり飲んだりすることも難しく、私の後ろをくっついて歩く祖母が、赤ちゃんみたいにかわいかった。 祖父の遺品でバッグや帽子を作ったことも、よく覚えている。 そして今回、もう一つ強く感じたのが母の愛情だ。 食事も、身体のことも、身の回りのことも。 一つひとつ、本当に丁寧に世話をしている。 言葉で「大切」と伝えるのは簡単でも、それを毎日の行動で示し続けるのは簡単じゃない。 自分にも、こんなふうにできるだろうか。 覚えてもらえなくても、何かを返してもらえなくても、相手が少しでも心地よく過ごせるように手を動かす。 介護には綺麗事では済まない大変さもある。 それでも祖母のために尽くす母を見て、 ああ、こういうのが愛なんだな。 と思った。 そして今回、ようやく祖母を自宅に連れて帰れた。 普段あまり反応を見せない祖母が、家の中をきょろきょろ見渡していた。 懐かしいのだろうか。何か思い出したのだろうか。 本当のところはわからない。 でも、それだけで来てよかったと思った。 祖母はもう、私が誰なのかわからない。 一緒に過ごした夏休みも冬休みも、覚えていないかもしれない。 でも私は覚えている。 写真も、あの家で過ごした時間も、何度も繰り返した会話も。 思い出は、二人とも覚えていなければ消えるものではない。 今回、改めて思った。 会いたい人には、会っておこう。 「時間ができたら」「落ち着いたら」「また今度」 私もよく言う。 でも時間って、案外自分で作れる。 会いたい人が、いつまでも同じ場所で待っていてくれるとは限らない。 祖母を家に帰せたこと。 母の力になれたこと。 何より、祖母に会えたこと。 本当に行ってよかった。 おばあちゃんが私を忘れても、私はおばあちゃんを忘れない。 それでいいのだと思う。 また会いに行こう。 今度もきっと、弾丸になる気がするけれど。

内藤 好美-KONOMI NAITO-

16,632 görüntüleme • 8 gün önce