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葬儀の際に棺桶を担ぎながら陽気な音楽とともに踊るのは、ガーナで Benjamin Aidoo によって2003年頃に始められたもので、それがインターネットで南米に伝わり、ガーナに似た死生観を持つペルーなどのアンデスの国々で真似られアレンジされたのです

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60年前(1966年)の今日5月25日、ロベール・ブレッソン監督の傑作『バルタザールどこへ行く』がフランスで一般公開された。 ゴダール 私にはラストでバルタザールが羊の群れにかこまれて息をひきとる場面⇩は、ほかの場面以上に即興的につくられたのではないかと思われます。 あなたははじめは、三、四匹の羊しか考えておられなかったのではないでしょうか? ブレッソン 即興的につくったということについては君の言うとおりだが、羊の数についてはそうじゃない。というのも、ぼくは実際は、三、四千匹の羊をつかおうと考えていたからだ。でもそれだけの羊を手に入れることができず、そのために、即興演出がなされたわけだ。たとえば、全体があまり貧弱なものにならないようにするために、羊を柵のなかに囲いこまなければならなかった(三、四本の木を森に見せようとする場合といくらか似ているわけだ)。でもぼくが思うのに、どんな場合でも、考えこむことによって得られるものよりはむしろ、いきなり頭にうかんでくるものの方が、その人がつくるもののなかで最もすぐれたものになるものなんだ。ぼくの場合も同じで、紙のうえでは解決することができず、白紙のままにしておいた困難な問題を、カメラをつかってたまたま解決することができたときにこそ、ぼくがつくるもののなかの最もすぐれたものをつくっているはずなんだ。 そして、こうしたことがたびたびおこるようになると――今ではこれはぼくの習慣になっているんだが――、次のことがわかってくる。つまり、紙に書かれた言葉や観念によっては到達することができなかったものごとを、カメラの背後に立つことによっていきなり見つけ出すとき、それによって得られる見方(ヴィジョン)は、それらのものごとを最も映画的なやり方で――つまり、最も創造的で力強いやり方で――発見ないしは再発見させてくれるということだ。 (〈カイエ・デュ・シネマ〉誌第178号('66年5月号)に掲載されたジャン=リュック・ゴダールとミシェル・ドラエによるロベール・ブレッソンへのインタビューから抜粋 『作家主義――映画の父たちに聞く』(奥村昭夫訳、1985年リブロポート) P439-440)

nave

10,832 просмотров • 2 месяцев назад

20251024 EP05チンウィまとめ☝️ 久しぶりにチンウィの姿をたくさん見られて、心の中にいろんな想いが溢れたので、少しだけまとめてみました。 ------------------------------ チンウィは、誰かのためにだけ泣いて、自分のためには涙を見せない子。 今までずっと「出来すぎ」と言えるほど、まっすぐで優等生のようだったチンウィ。 でもその中には、思うように認められない悔しさや、選ばれなかった悲しさ、そして気遣ってくれるユメキへの申し訳なさもあったのかな… 自分の気持ちが整理できず、無言のまま包み紙をいじっていたあの姿に、初めて「優等生じゃない素のチンウィ」としての姿が見えて……私は少し安心したんです。 いつも努力して、笑顔で、強くあろうとする彼が、「完璧じゃない姿を見せられる場所」が、ちゃんとあるんだと感じたからです。 そして、その場所を作ってくれたのはユメキでした。 ユメキはインタビューでこう語っていました。 ――「追い込まれるほど感情に支配されることに嫌気が差して、“無感情”になることで自分を守っていた。でも今振り返ると、仲間に感情を言葉で伝えるべきだったと思う」――と。 だからこそ、ユメキはチンウィの気持ちに誰よりも寄り添えたのかもしれません。 自分がかつて抱えた苦しさを、彼の中にも見つけたから。 カメラに背を向けさせるようにチンウィをベッドに座らせ、チンウィが自分のために素直に泣けるように、その涙を誰にも見られないようにしてくれたユメキ。 その優しさが、どんな励ましの言葉よりも深く響きました。 静かな思いやりでチンウィを包んでくれたその瞬間、ユメキは確かに、彼の心を守る光になっていました。 自分の弱さを見せたくないチンウィにとって、今日のビハインドを公開したことが正しかったのかはわかりません。 でもあの夜、ユメキがそばにいてくれたこと。その温もりだけで、チンウィも胸の奥がそっと満たされ、心が安らいだと思います。 涙を流したかどうかはわからないけれど、表情が見えなかったからこそ、その沈黙の奥に秘められた想いがより深く胸を打ちました。 二人がお互いを思い合う強さ、優しさ、そして繊細さを、私は目の前でしっかりと見届けました。 こうしてその想いを抱くことができる幸せ――それを感じられるのは、ユメキのおかげです。 心から、ただ感謝の気持ちでいっぱいです。 ありがとうユメキ。 あなたの優しさが、チンウィの心を、そして私の心までも温めてくれました。 この感謝の気持ちは、ずっと忘れません。 そしてチンウィ。 涙を流しても、こらえてもいい。 誰かのためでも、自分のためでも。 どんなあなたも、優しくて、強くて、存在そのものが愛しい。 あなたを大切に想う人達が、いつもあなたの幸せを願っています。 その温もりに包まれ、今日もあなたが心穏やかでいられますように。 #보이즈2플래닛 #BOYS2PLANET #쉬칭위 #ボイプラ2 #チンウィ #許謦宇 #HSUCHINGYU #ユメキ

◡̈ 끝판왕칭위◡̈

30,809 просмотров • 9 месяцев назад

かつては「学習が終われば軽く使える」と思われていたAIが、今や推論の瞬間ごとに膨大な計算を要求するようになった。o1の登場がその現実を突きつけた瞬間だ。AIは考えれば考えるほど強くなる。だからこそGPUを握る者が次の文明の支配権を握る。 今井翔太「これもちゃんと推論時スケーリングっていう名前がついてるんですよ。昔から研究はあったんですけれども、有名になったのは去年の9月にOpenAIがoシリーズ——o1を出した時の話なんですけれども、要するに学習ではもう限界があって、みんな100の性能モデルしか作れないかもしれない。 ただその100のモデルを実際に使うときに、推論時間を増やしていくっていうことをすると、100が110になり120になり130になり……ということで、学習でもともと得られた性能よりも、使うときに考えさせると性能が上がっていくという説が発見されたんですね。 AIエージェントってその推論時スケーリングが発見されるはるか昔——といっても我々の業界で『はるか昔』は2年前とかなんですけれども——2023年とかから普通にあったんですよ。当時全然無能だったんですけれども、そのo1とかが出てきて推論するときに、推論時スケーリングでパワーアップするということが発見されたあたりから、急激にAIエージェントがどんどんパワーアップしてきたんですね。 なので『学習時に計算インフラをすごく使うが、それが終わった後は、みんなの軽いCPUとかで動くんじゃないか』と言われていたのが、結局動かすときにスケーリングが存在するんだと。そこでも莫大な計算資源が必要なんだというのが明らかになったので、これは明らかにNVIDIAに有利」

Tsubame

19,427 просмотров • 11 месяцев назад

葬儀というものが金と虚飾にまみれ、人間の死が契約とオプションの対象になってしまった。亡くなった母の遺体を勝手に引き取られ、見積りを頼んだだけで三十万円を請求される。火葬一つに二百万。葬儀とは、ここまで人間の死を商売に変えてしまったのか。あたしは、こうした時代の中で静かに広がるゼロ葬の思想に、日本人の美徳の原点を見ます。 ゼロ葬とは、葬儀も墓も持たず、火葬のみを行い、遺骨を墓に納めない。 残された者に金も手間もかけず、ただ静かに消えていく。それを聞いて冷たいと感じる人もいるだろう。 でもね、それは悟りに近い生き方だと思います。死とは本来、他人に見せるものではなく、静かに自然に還るもの。日本人が古来信じてきた無常、わび、さびとは、まさにこの心境のことじゃない? 現代の葬儀は、もはや商品になっている。祭壇のランク、骨壺のグレードアップ、花の種類。 「お母様のために、もう少し立派に、これが両親にできる最後のことですよ」 と業者はささやく。 それは慰めの言葉ではない。 消費社会が死をも支配する言葉だよ。 本来、死とは静寂に包まれるもの。 派手な花よりも、一輪の菊。 長い読経よりも、一言のありがとう。 ゼロ葬は、そんな静寂を呼ぶ。 安く済ませることは、卑しいことではない 多くの日本人はまだ安い葬儀=親不孝と思い込んでいます。でもね、死者が望むのは、派手な演出ではない。 今までありがとう、お疲れさまの心だけでいいんだよ。 生前、質素に生きた人が、死後に豪華な祭壇で飾られる。 そんな偽善ほど醜いものはない。質素な葬儀こそ、故人の人生を尊ぶ行為であり、あたしは好きです。 誰にも迷惑をかけず、静かに去る。その潔さの裏には、他者への思いやりがあるのよね。 墓を守る者がいない時代、形式を減らすことは、むしろ優しさだよ? 死を簡素にすることは、生を軽んじることではない。むしろ、生を真剣に見つめた人ほど、死に飾りを求めない。 ちなみに、動画のようなアフリカの葬儀を見て、まず驚くのは生の明るさ。棺を担いだ男たちは笑い、踊り、音楽が鳴り響く。死者を悼むというより、よく生きたことを祝福している。それは日本人の葬儀文化とは、まるで正反対。 この光景を見て、軽薄だと感じる日本人も多いだろう。でも、あたしはむしろ、ここに生命への敬意を見る。彼らは死を終わりとしてではなく、次の旅立ちとして送っている。 アフリカの葬儀は、死を踊りで讃える文化。 ゼロ葬儀は、死を沈黙で受け入れる文化。 片や生を誇る力。 片や死を恐れぬ静けさ。 正反対のようでいて、どちらも死と真剣に向き合う文化なんじゃないかしら?

クレア

5,275,151 просмотров • 8 месяцев назад

ロバート•F•ケネディ•Jr氏は皆さんに警告しています。 「目を覚ましてください。世界は、すでに一握りの巨大企業によって掌握されつつあります。ブラックロック、ステート・ストリート、バンガード.... この3つの巨大企業は互いに所有し合い、実質的に1つの巨大な”怪物”と化しています。 しかし、それだけでは終わりません。彼らはS&P500の89%を支配し、金融市場、企業、政府までもがその手のひらの上にあるのです。私たちが暮らす社会のすべてが、彼らの意志によって形作られ、動かされています。 そして今、彼らは次の段階へと進もうとしています。アメリカ中の一戸建て住宅を片っ端から買い占めているのです。このまま進めば、2030年にはこの国の一戸建て住宅の60%が彼らのものになるでしょう。 そのとき、私たちには”住む場所を借りる”という選択肢しか残されていないのです。“所有”という概念は、庶民には許されなくなるのです。 だが、それこそが彼らの計画なのです。ブラックロックのCEO、ラリー・フィンクは世界経済フォーラム(WEF)の理事を務めています。そして、WEFが掲げるスローガンを知っていますか?『あなたは何も所有せず、それでいて幸せになる』。 これは単なる予測ではありません。これは警告なのです。彼らは、あなたの家を、あなたの財産を、あなたの未来を、あなたの自由そのものを奪うつもりなのです。 これは陰謀論ではない。すでに現実として進行しています。あなたが家を買おうとするとき、突然現れる”謎の買い手”、正体不明のLLC、最後にたどり着くのは、いつもブラックロック。あなたが市場で戦う前に、彼らはすでにすべてを決めているのです。 このままでは、あなたも、あなたの子どもも、あなたの孫も、一生”彼ら”に家賃を払い続けるだけの存在になります。土地も、家も、財産も、すべてを彼らに奪われる。気づいたときには、すべてが遅すぎるのです。彼らの目的は、私たちを完全に支配すること。あなたが何も所有しない未来、それこそが、彼らの”楽園”なのです。 日本の岸田と言う売国奴と仲良しとの噂あり。☢️

トッポ

347,868 просмотров • 1 год назад

先日、SUNOで生成されたものをmp3でダウンロードするか wavでダウンロードするか、で音質が違うという話題を見かけました。 SUNOもACE Studioも(というかAI生成全部かもしれない) mp3で生成されます。 SUNOの場合、生成された状態はmp3でもwavでダウンロードを掛けると何かしらのフィルターが掛かって書き出されるのか それともコンバートの精度なのか、音は変わるっぽい。 その話題で、初心者の方々に誤った勘違いが起こっているのをちょこちょこ見かけました。 ここからはSUNOやAI生成の話ではないです。 WAVやAIFFからmp3やAACに変換された音声は 圧縮するために情報量が削られます。 この動画を見ていただければ、元は同じファイルでも mp3の方は上が無くなっている事が分かると思います。 で、この状態のmp3やAACを、wavやAIFFに変換しても 容量が増えるだけで失った音質は戻ってきません。 なので「wavの方が音が良い」は、この状態になってしまったファイルには当てはまりません。 mp3と全く同じ音のまま容量が増えるだけです。 ちなみに、Logic Proはmp3やAACを取り込むと 自動的に設定しているwavかAIFFに変換されます。 ※DAWによっては、そのままmp3を扱うものと、wavに変換されるものがあります。 そのまま再生するとmp3と全く同じ音になります。 では、なぜDAWに入れた際にwavに変換されるのか? フェーダー操作やPluginを掛けていった際に、mp3とwavで結果が変わる点と mp3やAACを再生するために都度デコードしながら再生するので、無駄な負荷が掛かるためです。 とはいえ、現代のパソコンでこの程度の負荷は誤差の範囲ですが デコードしながらプラグインも掛ける行為が安定しているとはいえない、とされているからの様です。 ここでSUNOの話に戻します。 なので、SUNOで生成されたファイルをmp3でダウンロードした後に それを何かしらのソフトでwavに変換しただけの状態では 無駄に容量が増えただけで音質は変わっていない、という事です。 (先に書いたように、SUNOからのダウンロードにおいてはmp3とwavは音が違うようです。) その後、何かしらの変化を行った場合にwavが活きてくる。 何も変化を起こさない2mixのままならmp3のままでいい、という事になります。 ※一部、特殊な音声圧縮フォーマット「FLAC」は 元の音質に戻ります。

くうP

84,546 просмотров • 2 месяцев назад

サイドナヤ絶滅収容所に囚われ、拷問の末に殺されたマーゼン・アル=ハマダの葬儀がダマスカスで行われ1000人を超える人々が参列した。アサド政権下で拘束者の葬儀をすることは許されてこずこれが初でシリアの人々にとって特別な意味を持つ。マーゼンの拘束理由は乳幼児の為にミルクを運び入れたから。 マーゼンは2011年から3度にわたりアサド政権により強制収容所に囚われた。当時、政権による包囲殲滅作戦(アサド政権は民衆蜂起が盛んな地域を武力で包囲し食糧•医療•インターネット等を完全遮断する戦術を常用)により飢えに苦しむ市民が続出しており、そこへマーゼンは乳幼児のためにミルクを密かに運んでいた所を拘束された。 収容所では激しい拷問(電気ショック、金属棒・鞭での殴打、性器の損傷、重度のやけど)に苦しんだ。また、マーゼンはシリアで最初に性的暴力を受けてきたことを証言した男性である。シリアの収容所において性的暴力・レイプは拷問と並行して大規模に行われている。私が調査をしてきた収容所サバイバーたちの多くは性的暴力の被害にあっており、収容所では女性拘束者たちが看守らにレイプをされて産まれた子供たちも多くおりこの子供たちは今回の収容所解放により初めて外の世界を知った。そして、性的暴力・レイプは何も女性の拘束者に限ったものではなく、男性にも及ぶ。社会的なスティグマ(偏見)がある中でマーゼンは勇敢にそれを証言してきた。 マーゼンは2013年にメッゼ軍事空港支部(強制収容所)から釈放され、オランダに亡命。様々な国際社会や人権フォーラムでシリアの収容所と拷問の実態を告発し続けた。2020年にアサド政権からマーゼンがシリアに帰国しない場合には収容所に囚えた彼の親族を処刑すると脅迫され、シリアに帰国。その後、マーゼンの行方が分からなくなった(強制失踪)が、シリアの収容所に囚われていることは確かであった。サイドナヤ絶滅収容所が解放され捜索が行われた2024年12月9日、彼の遺体も発見された。遺体には数多くの拷問の傷跡があり、死亡推定日はサイドナヤ絶滅収容所解放の5-10日前後。つまり解放直前までマーゼンはサイドナヤで何とか生き延びていたのだ。僅かの差でマーゼンの命は救出されなかったのだ。(*政権崩壊を感じたアサド政権は各地の収容所で処刑や証拠隠滅を猛スピードで図ったと考えられる) 国際社会や多くのメディアはマーゼンの証言を多用してきた。そしてマーゼンの身に何が起きたのかも知っていた。それでも何もしなかったのである、彼を見捨てたのである。この葬儀はマーゼンだけの葬儀ではない。シリアの暗い絶滅空間の中で世界から見捨てられ静かに虐殺された全ての命のための葬儀である。マーゼンの親族、その他の遺族、そして愛する者の消息が今も分からない家族たち、そしてこの問題に背を向け何もしなかった国際社会へ抗議をするシリアの人びとが参列したのだ。 そして何より、マーゼンの勇気と命を讃えるために数千人が集ったのである。 マーゼン・アル=ハマダ、私もまた貴方を救うことが出来なかった。私の心は張り裂けそうだ。それでも、私は貴方の命と勇姿を決して忘れない。私は貴方の生き様と、シリアの収容所とそこで奪われた命について語り続ける。それが私ができるせめてもの報いであり、貴方の魂の弔いとしてできること。 マーゼン、貴方の魂がもう苦しむことのないように。どうか、どうか安らかに。

Icchiku Yamada

1,086,441 просмотров • 1 год назад