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速度が出過ぎてる青と、後ろを見ずに身勝手な動きをする緑 これはどっちが悪い?

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あれ?俺いまガードしてたよね? ロマチェンコのガード外し ロマチェンコはよく試合中に相手のガードをはたき落とす。 本人があまりに鮮やかにやるから簡単そうに見えるけどこれは普通に難しい。簡単なことではない。 ただ原理を理解できれば誰もがガード外しをできる可能性がある。 まずこれをやるには一つ理解しないといけないことがある。 それは相手のガードには必ず力の入る方向があるということ。 ボクサーはパンチがくるからガードをしたり、避けたりするわけではない。 手が動いたり、肩や肘が動くのに反応してパンチを避けたりしている。 例えばこの場合、まずロマチェンコは連打を中央に打つ。そうすることでまずガードは真ん中に集中する。そしてそこから左手をあげている。 そうすることで、相手の左手は内側に向かって力を加える。 それを左手で上から下に落としているように見えるが、実際は少し右から左に向かって力を加えている。 だからガードがズレる。 そして2回目も同じように右手を挙げて、外から内に向かって力を加えている。 このようにまず連打で内側にパンチがくることを意識させて、そこから相手のガードがどういう動きをするのかを予測、というかエサを巻いて、そう動くようにしておけば相手の動きを誘導できる。 逆にフックを打って外に動くようにエサを巻いておけば、この逆で内から外に力を加えてやれば、相手のガードを外にずらすことができる。 力の流れを意識せずにこれをやってもまず確実に失敗する。 逆に力の流れを把握していれば、成功する確率は高い。 エサを巻いて力の流れをコントロールしろ。

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決して離れない「恋人繋ぎ」 指と指を絡めあう手繋ぎは「何があっても一緒だよ」「この手離さないで」「今度は離しはしない」というクラウドとエアリスの想いを見事に表現している。 <手繋ぎの段階的な流れ> ①原作のラストでは手を伸ばすがエアリスの手を掴みとることはできないクラウドがいた。 ②リメイクでも、エアリスの手はすり抜けてしまう。 ③リバースでは(運命の壁を1つ乗り越えた世界)、彼女の手を掴むことはできるようになったものの、ずっと掴まえておくことはできず離れてしまう。 という手繋ぎに対する段階的な表現が作品を通してあることに注目したい。 Hollow「今度は離しはしない」と言っているように、これまでも何度も挑戦しては失敗していることを暗示しているかのようだ。 たとえ、手を繋げたとしても、普通の手繋ぎではまた離れてしまうことがリバースでわかる。 ならば指と指を絡めた繋ぎ方なら?今度こそ絶対に離れないだろうという発想からきているのが「恋人繋ぎ」の演出ではないだろうか。 恋人繋ぎは2回演出がある。 ①エアリスと想いが通じ合うと、クラウドから恋人繋ぎを提案するゴンドラデート。 (運命を超えるために必要なキー「恋人繋ぎ」を習得できるかのプレイ体験なのかもしれない) ②メインシナリオのラスボス戦直後クライマックス。二人はまるで息をするかのように恋人繋ぎ。初めてとは思えないくらい息がぴったり。 既に恋人繋ぎの経験があり、心が親密に繋がっていないとできない繋ぎ方(①のゴンドラデートを経験しているからこそ、なのかもしれない。) そして、何かを願い祈っているような二人。 これは、主題歌No Promises to keepのサビ「Take my hand and believe we can be together evermore」(私の手をとって、そして信じるの、ずっとずっと一緒にいられるって)という歌詞と重なる。 エアリスルートでは、クラウドはこの歌詞を聴いたときに、再会の花をぎゅっと握りしめる。彼のその手で彼女の手を握りしめる必要があるという表現。 この直後にくるゴンドラデートのシーンで、エアリス本人の手を離さないように恋人繋ぎをする流れができている。 どこにいても、何があっても、いつもそばにいる、今度こそ離しはしない。その二人の気持ちを完璧に表現している。 #FF7R #FF7リバース

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座って作業していると、 いつの間にか足元で靴紐がほどけている。 見下ろすと、犯人はあーちゃん。 ハシボソガラスだ。 一見すると「イタズラ」に見えるこの行動。 けれど、動物行動学の視点で見ると、ここで起きているのは悪ふざけではありません。 ハシボソガラスが向けている関心は、物そのものではなく、 それによって何が起きるか。 靴を突いたら反応はどう変わるか。 靴紐を引いたら状況は変化するか。 ほどけたあと、人は何をするのか。 これは感情の発散ではなく、 因果関係を確かめるための検証行動に近い。 注目すべきはタイミングです。 立っているときではなく、 こちらが座って動きの少ない状態のときに限って近づいてくる。 逃げない。 追い払わない。 反応が急に変わらない。 そうした条件がそろった、 安全で再現性のある状況だと理解しているからです。 靴紐は、 動く。形が変わる。力加減で結果が変わる。 ハシボソガラスにとって、因果を試すには最適な“教材”。 ほどけたあと、もう一度引くのか。 少し距離を取って様子を見るのか。 そこに目的達成はありません。 あるのは、結果の違いを確かめる過程だけ。 この行動が成立していること自体が、関係性を示しています。 近づける。触れられる。試せる。 それは警戒心が消えたからではなく、 相手の反応を予測できる存在だと理解しているということ。 あーちゃんの靴紐行動は、甘えでも悪さでもない。 「この世界は、どう動くのか」 それを確かめ続ける、静かで知的な行動。 ハシボソガラスらしい、 慎重で合理的な“遊び方”です。 ※この文章は、行動を美談や感情で断定するものではありません。 観察された行動と、そこから読み取れる行動学的背景の記録です。

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