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『電気も通っていない神社で火が上がる謎』 築150年の本殿が全焼した 三重県名張市の宇流冨志禰神社 8世紀以前創建の式内社で、元伊勢の伝承を持つ古社 宮司(75)の証言がヤバすぎる 「本殿には電気も通っておらず、火の気はない」 なのに、4月27日の午後4時に火が上がった 警察は「不審火の可能性も含めて捜査」と発表 これ単発じゃないんだよね 2026年に入ってからの神社仏閣火災 1/15 福岡須賀神社 2/7 愛媛法蓮寺(住職一家外出中、無人) 2/13 愛媛宝塔寺 2/20 山口正琳寺(家族5人死亡) 4/24 富山蓮照寺(早朝5時半) 4/27 三重宇流冨志禰 5/6 新潟古町愛宕(深夜23:30、市文化財) 5ヶ月で7件 異常じゃない? しかも その後も連鎖は止まっていない 過去には韓国籍男による仏像119体破壊事件もあった 文化財が次々消えているのは事実 なのに国の事前防衛予算はゼロ こんなに燃えるなんてなにか匂わない?

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阿部慎之助が逮捕されました 迷惑な話ですね どうしようもない時代です 喧嘩の仲裁に入った父親が 娘を掴んで床に倒したら 娘が通報 警察が出動 逮捕なの?! それで父親は職を失うの? 家庭内のことで通報とかさ もう言葉が無いです 路上の酔っ払いの喧嘩で、ほとぼり冷めるまで逮捕は分かる 家庭内で、娘の喧嘩の仲裁に入った父親が なんで逮捕されるの?笑 カマトト社会になっていくね 気持ち悪くて仕方ないです 気持ち悪いと言えば 1月15日に福岡の須賀神社が燃やされて 2月7日に愛媛の法蓮寺が全焼 2月13日も愛媛の宝塔寺が全焼して遺体が発見されました 2月20日には山口県の正琳寺が全焼して5人が亡くなり 4月24日今度は富山県の蓮照寺から朝5時に出火 朝5時の出火て何ですか? 4月27日には三重県の宇流冨志禰神社の本殿が全焼 今月に入って5月6日新潟県の古町愛宕神社が全焼して民家に飛び火しました 5月16日には、また富山県の大法寺が全焼して10棟の民家に延焼 5月20日には広島の霊火堂が全焼 空海が1200年前に修行したとされる由緒ある場所です 1000年以上の歴史的建造物や重要文化財が次々と燃えていきます 田中眞紀子さんの目白御殿も「お線香の火を消し忘れて」全焼しました お線香の火は消し忘れるものです笑 いったい、この国で何が起こってるのでしょうか? 私達の昭和は、ハンドルの遊びがあって楽しい時代でした 家庭の中で子供に説教して父親が逮捕されるなんて、、 真似する人間が出てきます 子供に通報されたら父親は職を失います アホな時代です 嫌になります 久しぶりに自分で見ても面白い動画です ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ そして久しぶりに地上波に出ました ↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 大阪講演会最終のご案内です ↓↓↓↓↓↓↓↓↓ どうにか間に合って欲しい 1人でも多くの人を護りたい 最悪の事態を防ぎたい 護防の党です 奥野卓志

ごぼうの党/奥野卓志【公式】

668,899 views • 2 months ago

保江邦夫さんが感じた「天河神社は、ほかの神社と何が違うのか」 奈良県天川村の深い山あいにある、天河大辨財天社(てんかわだいべんざいてんしゃ)。一般には「天河神社」と呼ばれています。 保江邦夫さんは、この神社について「行けば分かる」「ほかの神社とは違う」と語り、自身の場合、長く続いていた激しい咳が、参拝後にピタリと止まったと話しています。 もちろん、これは保江さん個人の体験であり、神社に病気を治す医学的効果が確認されているわけではありません。 では、保江さんが特別だと感じた天河神社は、実際にどのような場所なのでしょうか。 三つの巨大な霊場の「真ん中」にある神社 天河神社がまず変わっているのは、その位置です。 公式サイトによると、天河神社は、古くから信仰を集めてきた高野山・吉野・熊野を結ぶ三角形のほぼ中央に鎮座しています。 つまり、山岳信仰を代表する三つの大きな霊場に囲まれた場所に、天河神社があるのです。偶然の地理と見ることもできますが、昔の人々は、この場所を複数の聖地を結ぶ重要な地点として意識してきました。 さらに、天河神社は大峯山修行の重要な拠点とされ、役行者や弘法大師・空海など、山岳修行と深く関係する人物の伝承も残っています。単に町の守り神として建てられた神社ではなく、山の中で修行する人々が立ち寄り、祈りを重ねてきた場所なのです。 「水・音・芸能」を支配する弁財天 天河神社の中心に祀られているのは、弁財天です。 弁財天は、一般に財運の神として知られています。しかし天河神社では、それだけではありません。 公式の由緒では、弁財天は水の神、音の神、芸術の神、財宝の神として説明されています。そして境内全体が、音や響きに感応する神聖な庭のような場所だとされています。 水は、姿を変えながら流れます。 音は、目には見えませんが、体を震わせます。 芸能は、人間の内側にある感情を外へ引き出します。 天河神社は、願い事を紙に書いて終わる場所というよりも、音や水、身体感覚を通して、人間の内側を動かす神社として信仰されてきたのです。 保江さんが「本を読んだだけでも、ほかとは違うと感じた」と語ったのも、こうした天河神社独特の世界観と無関係ではないのかもしれません。 神社なのに、仏教や修験道の気配が濃い 天河神社には、神道だけでは説明しきれない雰囲気があります。 中央には弁財天、右には熊野権現、左には吉野権現が祀られ、神と仏を分けずに信仰した神仏習合の形を現在も残しています。 明治時代以降、日本の多くの場所では神社と寺がはっきり分けられました。 しかし天河神社には、神道、仏教、修験道、山岳信仰、龍神信仰、芸能奉納といった複数の流れが、今も重なるように残っています。 普通の神社が一つの入口を持つ建物だとすれば、天河神社は、いくつもの入口が奥で一つにつながっている洞窟のような場所です。 訪れる人によって、音楽の神社にも見える。 修行の神社にも見える。 水や龍神の神社にも見える。 あるいは、自分の内面と向き合う場所にも見える。 その「一つに決められない感じ」が、ほかの神社とは異なる印象を生んでいるのでしょう。 なぜ神社の正面に能舞台があるのか 天河神社の拝殿の向かいには、能舞台があります。 現在も能、神楽、音楽などが神前に奉納されます。室町時代には、観世元雅が能を奉納し、世阿弥も使ったと伝わる能面「阿古父尉」を寄進した記録が残っています。 芸能は、現代では人に見せる娯楽と考えられがちです。 しかし昔の芸能は、神に見せ、悪霊を鎮め、祖先を慰め、人と神をつなぐ儀式でもありました。天河神社の公式由緒にも、猿楽や田楽が奉納され、神と人が一体になる聖地と考えられていたことが記されています。 つまり、この場所では歌や踊り、楽器の音そのものが祈りです。 静かに頭を下げるだけでなく、音を響かせることで神とつながろうとしてきた。この点は、多くの神社とはかなり違います。 三つの鈴が重なった、謎めいた神宝「五十鈴」 天河神社を象徴するものが、拝殿前にある独特の神宝、**五十鈴(いすず)**です。 一般的な神社の鈴とは形が異なり、三つの球状の鈴が組み合わされています。天川村の説明では、この五十鈴は天河神社に古くから伝わる独自の神宝で、「みむすび」の精神を表すとされています。 「みむすび」とは、人と人、神と人、心と身体など、離れているものを結び直す考えとして語られます。 三つの鈴は、バラバラに鳴っているようでありながら、一つの響きを作ります。 それはまるで、人間の身体、心、魂が、ある瞬間に一つの音へそろうことを表しているようにも見えます。 保江さんが参拝後に身体の変化を感じたという話も、こうした「身体と意識を結び直す場所」というイメージに重なります。ただし、ここから先は信仰や個人の感じ方の領域であり、科学的な因果関係は確認できません。 「呼ばれなければ行けない神社」という言葉の正体 天河神社には、しばしば、 「神様に呼ばれた人しか行けない」 という言い伝えが語られます。 ただし、これは公式に定められた教えではありません。実際には公共交通機関でも参拝でき、神社も交通案内を公開しています。 それでも、この言葉が広がった理由は分かる気がします。 天河神社は奈良市街から離れた山村にあり、思い立って駅前から数分で行ける場所ではありません。予定が不思議と決まらない人もいれば、反対に、偶然が重なって急に行くことになる人もいるでしょう。 そして、苦労して山の奥へ入り、独特な鈴の音や能舞台、神仏習合の空気に触れる。 すると人は、その旅全体に意味があったように感じます。 「自分で来た」というより、 「ここへ連れてこられた」 という感覚になるのかもしれません。 保江さんが感じた「違い」とは何だったのか 保江さんの話をそのまま整理すると、天河神社の違いは、豪華な社殿や有名な御利益ではありません。 実際に訪れたとき、身体にまで変化を感じたこと。 神社へ行く前から、本を通じて特別な感覚があったこと。 そして、言葉ではうまく説明できないものの、「行けば分かる」と感じたことです。 歴史的に見ても、天河神社は確かに少し変わっています。 三大霊場の中央にあり、山岳修行の拠点となり、水と音と芸能の神を祀り、神道と仏教が重なり、正面には能舞台があり、独自の五十鈴が鳴る。 いくつもの信仰と歴史が、一つの山中の神社に折り重なっています。 だから天河神社では、何か新しいものをもらうというより、もともと自分の中にあった感覚が、鈴の音や山の静けさによって急に表へ出てくるのかもしれません。 保江さんの咳が止まったという体験は、信仰によるものだったのか、山の環境や心理的な変化によるものだったのか、それとも私たちがまだ説明できない別の何かが、あの五十鈴の響く場所で起きていたのでしょうか?

角由紀子のヤバイ帝国

45,922 views • 1 month ago

「グエー死んだンゴ」ってさ、ネットだと軽いノリの断末魔ギャグみたいに見えるんだけど、現実でそれが最後の言葉になった瞬間、笑いってやつが急に重たくなるのよね。笑っていいのか、泣いていいのか、手が止まる。で、止まったところに気づく。「この言葉、ふざけてるんじゃなくて、ふざけるしかなかったんだ」って。 映像の中のお父さんが言う「なんでうちの子が」 これね、親の口から出る言葉として一番まっとうで、一番残酷。答えが出ないから。病気は抽選会じゃないのに、当たった側だけが人生ごと持っていかれる。 しかも類上皮肉腫みたいな希少がんって、名前すら知られてない、、、だから余計に「うちの子が」になるんじゃないかな? で、この話の刺さるところは、息子さんが亡くなったあとに物語が動き出すところです。 予約投稿って、便利な機能だと思う。 だけどあれが今回は時間差の手紙になった。本人はもういないのに、言葉だけが世界に届く。 まるで、遅れて届いた花束に、棘が混じってるみたいなもんだ。 嬉しい。 ありがたい。 でも痛い。 痛いけど、花なのよね。 しかも、普段SNSを見ないお父さんが、葬儀が終わってから息子の人生の続きをスマホで知るわけだよ。 これ、「生きてる時に言えなかったことが、死んだあとに通知で届く」っていう奇跡でもある。 親子って近いようで、いちばん遠い時がある。 照れくさくて、忙しくて、まあそのうちでいいかって先送りして、気づいたら電池切れ、、、 お父さんが「ありがとうって言えなかった」って話、あれは胸に来る。時計の電池より先に、言葉の電池が切れちゃったんだよね、、、 でもさ、希望もあるんだよ。 この件がすごくバズったって事実には、アルゴリズムが悲しみを燃料にして回してる感じは確かにある。 命の尊さでバズらせるな!って声もあるけど、あの投稿が、希少がんの存在を人に知らせたり、寄付が集まったり、「一人じゃなかった」を可視化したのも事実じゃない? つまりSNSってのは、包丁なんだよ。 料理にもなるし、怪我もする。使う側の手つきが問われる💡 息子さんが、病気に「デカすぎ」ってあだ名をつけて、検査のことまで面白い面白くないで語ってた。 これね、強がりってより礼儀なんだよ。 周りを暗くさせないための礼儀。 自分の恐怖を、自分で笑いに変換して、他人の心の負担を軽くする。 芸人みたいなことを、死にかけの若者が病室でやってた。そりゃ人を引き寄せるって言われるよ。笑いは才能だけど、笑いの裏にある痛みは、本人しか背負えない。 「グエー死んだンゴ」をただのネタにしちゃいけない。 あれは、令和に投下された遺言の形式なんだよ。ふざけた形でしか出せない本音がある。 そして、見てる側も、拡散する側も、たまには一拍おいて、リポストの指が動く前に、線香一本分くらいの間を心に置くのもいいんじゃないかしら? 笑っていい。 でも敬意を忘れない。 最後に、親も子も、言葉をケチるなと言いたい。 照れくさいありがとうってのは、もったいぶるほど高くつく。これ、言ったら減るんじゃない。言わないと、気がつくと残高ゼロになる。 息子さんが最後に残したのは、バズでも名言でもなくて、「人間ってやつは、弱い時ほど誰かを笑わせようとする」っていう、静かな証明だったんじゃないかな?

クレア

2,858,313 views • 8 months ago

デスドルの拡散に怖がっていじめが激減。もしこれがもっと早ければ、過去のいじめで消えた命は救われたかもしれない。デスドルの活動がもっと早ければ助かったかもしれない。そう言う中で、教室には、音がある。チャイムの音、椅子のきしむ音、ノートをめくる音。笑い声もある。 だけど、いちばん怖い音は、鳴っていないふりをしている。 「しんでください」って呪いの言葉。 これさ、LINEやグループライン、Xの裏垢、SNSでみんなから言われたら生きられないよ? 相手は冗談とか関係なくてさ、笑いながらしんじゃえーって言われるだけで、子供は簡単に消えたくなる。もう学校に怖くて行けない。 警察や学校は、相談しても、よくあること、ほんとに死ぬわけじゃない、たとえ死んでもそれが原因なのかは調査して、因果関係が証明できないと犯罪にならないって言い訳して隠蔽しちゃうわけ。 それはただの言葉だと大人は言う。 証拠がない。 ケガをしていない。 いつものケンカ。 他の人も言われてた。 この言葉は空気みたいで、形がないから、見えないものはまだ事件じゃないって言われちゃう。 けれど、言葉は刃物より軽いのに、刃物より長く残る。繰り返されると、心の中に傷ではなく、消えたいって願望になる。 逃げ道のない毎日。 朝起きること、学校へ向かうこと、席に座ること、その全部が、今日は何も起きないでって、ひとつの試験みたいになる。 母親が何度も学校や警察に相談したのに、学校が動かなかった。 ここが一番の地獄だと思う。 なぜなら、いじめの加害者は誰かだけど、動かない仕組みは空気だから。相手なら戦える。空気は殴れない。 それで人は、ネットに助けを求める。 動画が拡散され、名前が出て、世の中が燃えると、急に社会が起きる。 学校も、警察も、会議もスタートして、自分たちの保身のためにどうやって炎上という合図が鳴らないようにするのか話し合う。 ある校長は、いじめがあってもデスドルには報告しないように、拡散してはならないと朝礼で注意を促す。 は? 注意を促すのは、人が嫌がることをいじりとか、遊びって言って遊んでる生徒だろ? クラスの一軍?スクールカースト?そんなの関係ないし、命に序列はない。面白ければ命を奪っていいのか? ここで、私たちは怖い選択をさせられる。 静かに助けてほしいのに、静かだと助けてもらえない。 誰にも知られず守られたいのに、知られないと守られない。 だから拡散しないと動かないという言葉が生まれる。 これは正義の言葉に見える。 でも本当は、社会の敗北の言葉だ。 救われるために、被害者が見世物にならなきゃいけない仕組みは、間違っている。 デスドルで「学校でいじめられなくなった」という報告が続く。 それが本当なら、救われた子がいる。 その事実は重い。私はそれを軽く扱いたくない。 ただ、同時に思う。 社会が、個人の影響力に安全を預けていいのかって思うんだよ。 デスドルやへずまりゅうとか、人気者が声を上げれば助かる。 けれど、声が届かない子はどうなる? 誰にも見つけてもらえない子は、どうやって生き延びる? 正義が当たり外れになる社会は、いつか別の形で壊れる。 たまたま強い味方がいたから助かったという物語は、温かく見えて、冷たい。 運が良かった人の話だからだよ。 運が悪い人が、置き去りになる。 だから本当は、地味な仕組みが必要になる。 相談があったら、警察は必ず動く。 何日以内に事実確認をする。 加害者ではなく、被害者を先に守る。 外部の人、警察や第三者につなぐ道を、複数用意する。 証拠は拡散じゃなく保全”として集める。 派手じゃない。 バズらない。 ドラマにもなりにくい。 でも、それが普通の正義だよ。 正義は、拍手で作られない。 社会の設計で作られる。 燃やして勝つのではなく、燃えなくても守られる社会にする。 いじめがなくなった日の嬉しさは、勝ったじゃない。 平和になったという、ただそれだけの言葉になる。 その一言を、毎日にしたい。 それが私の望む、いちばん静かな平和です。 でも、非保護拡散処分しなきゃ、学校も警察も動かないっていうなら、この平和は一生来ないだろう。 だから、冗談であっても、言ってはいけないことがあるってことをみんなにわかってほしいし、その言葉で人は簡単にしんじゃうんだってこともわかってほしい。

クレア

405,081 views • 7 months ago

あのメガネをかけた者も、もうすぐクビになりますね。どうしてこんな簡単にクビになるかっていったら、雇われ店長だからなんですよ。 この国の最大の権力者は、皆さんなんです。あなたがこの国で最も力を持った存在。でも、あなた自身はそのことに気付いていないか、忘れている。それで一番得しているの誰よ? 選挙の時にその力を持った人たちが、50%も投票を棄権してしまっている状況で、何があっても諦めない一握りの者たちが、この社会を食い物にしてきた。それが30年経ったらどうなった? 世界から転落、国民は貧困化。こんな状況、誰にバトンタッチするつもり? 将来に不安しかない。あなたの予感は当たってる。不安しかない世の中なんだったら、不安がない世の中を作るしかない。不安しかない世の中は政治によって作られた。この国のルールを決めるのは政治だから。 そうであるならば、政治で作られた地獄は、政治によって変えるしかない。その鍵を握っているのは、あなたしかいないんですよ。 私の中には希望で溢れてる。どうしてか? この国にはあなたがいるから。力を貸してくれる、その人の数が増えるならば、この社会は絶対に変えられる。諦めた時点で終わり。一部の人間の思惑通り、そんなこと絶対に許せない。 だから、その先頭に立たせていただきたいんですよ。れいわ新選組と申します。どうかお力貸してください。ありがとうございます。 れいわ新選組代表 山本太郎 大阪府大阪市 街宣 2024年9月22日より フルバージョンは、 YouTubeをご覧ください>> れいわ新選組の緊急政策は、 ウェブサイトをご覧ください>> #れいわ新選組 #山本太郎 (staff)

れいわ 山本太郎 消費税廃止!住まいは権利!

877,006 views • 1 year ago

海外でピザを頼むふりして警察に助けを求めたって話がある。「チーズピザありますか?」なんて震える声で言って、電話の向こうの警官が一瞬で察する。これ、映画の脚本じゃないよ?現実の話。あたしがこの通話内容を聞いて一番びっくりしたのは、警官が電話の向こう側の声や雰囲気でちゃんと察したってところなのよね。 警察ってのは本来、言葉にならないSOSを拾うのが仕事なのよね。ただ決まり文句を読み上げるんじゃなく、電話の向こうの沈黙や震えを感じ取る。 それが治安国家の矜持ってもんだよ🔥 もちろんさ、日本の警察にももちろん立派な人はいるよ。でもさ、日本でもしも同じような電話した時に 👮「110番です。事件ですか?事故ですか?」 👩「すいません、ピザを頼みたいんだけどー。」 って言った時に、果たしてどれだけの警官が同じような対応ができるかな? ここはピザ屋ではないですよって言ってガチャって切るのか、それとも冷静にこの音声のような対応ができるのか? ここで、コントみたいにすいません、間違い電話ですよーイタズラやめてくださいねって言われてガチャって切られたら、その時点でゲームオーバー。これって本当は笑えないよ。 アメリカが治安国家の代表みたいに言われるのは、武装してるからでも、権力が強いからでもない。 「命を守る」って一点に関しちゃ、国も警察も必死だからだよ。 ピザの注文一つで命が救われる社会。その裏にあるのは、言葉の裏を読む文化だよ。 これ、日本が得意だったはずだろ? 察しの国なんて呼ばれたのはいつの話だったかな? 最近の日本はどう? 行政も政治も、 「言われたことしかしません😔」 「前例がありません😌」 「それは担当外です😏」 そんな言葉ばっかりじゃない? 察しが消えた社会は、弱者から死んでいく。 政治が悪いとか、制度がどうとか、そういう話をいいたいんじゃないよ? 治安ってのは文化なの。治安はそこに住む人間の気質の総量であり、困ってる声を聞こうとする警察、何か変だと気づく隣人、ルールを守る市民、犯罪を許さない社会の空気。これらすべてが国の治安力を作ってる。 ピザの注文ひとつで警官が動けるのは、社会全体が命を優先しており、一定の危機感と緊張感と想像力と経験値がある。こういう国は、犯罪があっても根っこが強い。 逆に、 「自分のことで精一杯」 「見て見ぬふり」 「関わりたくない」 そんな空気が広がる国は、警察が何人増えようが治安は崩壊しちゃうのよね。 保守思想ってさ、ふるくさーい思想とかじゃなくて、人間の直感、勘、経験というような、この国を何百年も守ってきた知恵の継承なのよね。 変な声で電話してきた人がいたら、 「もしかして助けを求めてるのか?」 そう感じて動く。 これができるか、できないか、命を救えるのか、救える命を死なせてしまうのかに分かれてしまう。そこにあるのは、合理性じゃなく、もしかしてもしかするかもしれないって言う情だよ。 それを、気にしすぎ、映画の見過ぎ、もしそうだったとしても、普通はピザの注文が110に来ても分からなくて当然っていうような空気がある国は長く続かないよ。 ピザを注文するふりで命が救われた話は、単なる美談じゃなくて、社会がどれほど人間の気配や意図に敏感かを示す物語でもある。 日本も本来、言葉の裏を読み、空気を察し、弱い人間の声を拾える国だった。 それができなくなったのは、国が疲れ、余裕が消え、つながりが壊れてきたからなんじゃない? でもね、まだ遅くないよ。 もう一度、目の前の人を助けようとする文化を取り戻すだけで、日本はすぐに強くなる。 ピザの注文を装った声を聞き分けられる警察👮 その声に耳を澄ませる市民👨 そんな国に戻れたら、日本はまだ大丈夫だと思う😊

クレア

3,390,618 views • 8 months ago

宇宙人は“遠くから来る存在じゃない”…そう言われた瞬間、世界の前提が全部ひっくり返る。 UFOや宇宙人を「見たかどうか」のレベルで語っていないところです。普通の話なら、遠くに光る物体を見た、とか、噂を聞いた、で終わる。 でも保江さんは違う。 「自分も何度も近くで見ているし、周りの人も普通に乗ったり触れたりしている」という前提で話が始まります。つまりこの時点で、“いるかいないか”の議論が終わっている。 ここがまず怖い。さらに話は深くなります。宇宙人はどこから来るのか?普通なら、何万光年も離れた星から来ると思いますよね。 でも保江さんの答えは、まったく違う。「別の次元として、この世界に重なって存在している」シリウスやプレアデスという名前も、天文学で見える星そのものではなく、この世界に重なっている“別の層”のことだというんです。 これは「同じ場所に、見えないもう一つの世界が重なっている」みたいな話です。だから彼らは遠くから来るんじゃない。 すぐ隣から“ひょい”と現れる。ここ、かなりゾッとします。もしそれが本当なら、宇宙人は遠い存在じゃない。 今この場所に、ただ見えていないだけになるからです。さらに不気味なのが、目的です。彼らは人間に興味があるわけじゃない。 ただ一つ、監視している理由がある。それが核兵器。地球で核爆発が何度も起きれば、地球だけでなく宇宙全体のバランスが崩れる可能性がある。 だから、「人類を守るため」ではなく、宇宙の安定を守るために見張っているという話になります。これ、かなり冷たい視点です。 人間は主役じゃない。ただの“危険な存在”として見られているかもしれない。そしてさらに奇妙な話が続きます。宇宙人は、実はまったく別の生き物ではなく、 人類の祖先とつながっている可能性がある とも語られています。 つまり完全な他者じゃない。どこかで繋がっている“親戚みたいな存在”。この時点で、境界があいまいになります。人間と宇宙人の違いは何なのか。 そもそも分かれているのか。ここが一番気味が悪い。そして極めつけが、未来の話です。保江さんは、2027年前後には、誰でも宇宙人を見るようになると語っています。つまり、限られた人だけの話じゃなくなる。 日常の中で、普通に話題として出てくる世界になるかもしれない。でもその一方で、こういう情報は「出してはいけないもの」としてずっと隠されてきた可能性もある。政治、戦争、情報操作。どこまでが本当で、どこからが隠されているのか。 全部が曖昧なまま、少しずつ表に出てきている。この話の怖さは、UFOがいるかどうかじゃありません。もし本当に“別の層の世界”が重なっているなら、私たちはずっと何かと同じ場所で生きていることになる。 見えていないだけで。そしてもっと怖いのは、それが敵か味方か、そもそもどちらでもない存在かすら分からないことです。 あなたはこの話、ただのオカルトだと思いますか? それとも、まだ説明できていない現実の一部だと思いますか? 気になったらリプで教えてください。 保存して、あとでゆっくり読み返すのもおすすめです。

角由紀子のヤバイ帝国

54,133 views • 4 months ago

昨日のブラジルのライブはヤバかった。 メキシコのライブもかなり熱かったが、 ブラジルは異常な熱気と盛り上がり。 ライブが始まってから、 バタバタと倒れて運ばれるファンの子も続出。 必死に全員で最後まで喰らい付いていく、 そんなファンの気愛を感じるライブだった。 客席・ステージ共に温度が異常で、 ボクも脱水症状を起こしていた。 手や足の痙攣が止まない状況が後半何度もあったが、 なんとか最後までたどり着いたという表現が 1番正しい気がする。 最後のブラジルのファンの熱意と情熱に 心から感謝の気持ちを届けたい。 『本当にありがとう』 今回のワールドツアーは 現地スタッフとの連携が噛み合ってないこと、 機材トラブル・音的な問題もかなりある中で、 メンバーもスタッフも本当によくやってくれている。 なんとか乗り切ってる。 あとは明日のチリ公演。 昨日のブラジル公演終演後に 完全に声が無くなってしまった。 明日までに喉が戻ってくれればいいんだが…。 まあ、なんとかなるか! 今回のツアー行程は、 過去一過酷なものとなった。 夜中の1時半にホテルに帰り、 朝の4時出発で次の国に向かう。 マジで笑える。 昨夜は、 気がつけばベッドで死体の様に落ちてた。 着替える気力もなく、 そのままの格好で目が覚めた。 とは言え、 スタッフは更に睡眠時間も短い。 うちのスタッフが、 「次はブラジルに二泊しましょう…」 と精気の無い言葉を漏らしていた。 現地のコロコロと変わる段取り、 予想外のトラブル続きで かなり精神的に参っているんだろう。 まあ、 言葉も通じない海外に長期で仕事に来ると その人の本性・うつわ、対応力、適応力…と、 人となりが如実に露見する。 普段は口で大きなことを言ってるヤツが、 アタフタして全く使えないなんてこともざらだ。 キレ散らかすヤツ、 何一つ動かず文句ばかり言うヤツ、 他人のことまで見てられないと無視するヤツ、 自分の仕事だけを淡々とこなすヤツ…、 人間観察には最高に面白い環境だ。 ほら、聞いたことあるだろ? 【結婚→海外に新婚旅行→帰国後→離婚】 こういうことが頻繁に起きるのも 言葉も通じない海外において、 パートナーの【行動、本質、人となり】に触れ、 人生を共に過ごす相手としては 相応しくないという判断の末の結果だろう。 プライベートの旅行でさえ、 こんな風に人となりが露見する。 それが仕事ともなれば もっとその人の本質が露骨に現れる。 つまりさ、 知らない外の世界に出ることは 自分を知るいいチャンスとも言える。 普段、自身が思っているよりも 遥かに使えない自分と向き合うのも悪くない。 こういうことは、 若いうちに経験しておくべきだ。 早いタイミングで自分を知ることができれば その後の成長は加速する。 ボクも思うわけさ。 『もっと早くこんな環境で揉まれたかった』って。 今でこそ、 こんな状況でも周りを見て笑ってるが、 昔は全てにキレ散らかしていた。 自分の思うように行かないことに。 でもさ、 自分の思った通りにならないのが【人生】だろ? 【可愛い子には旅をさせろ】 昔の人はよくわかってる。 可愛い子供の成長を本当に望むなら 厳しい環境に飛び込ませるのもまた、 真の親の愛情と言える。 1人でどんなことがあっても 生活していける強さを持たせてあげること。 これは簡単な様で本当に難しい…。 あ”〜!! 機内で文章書いてたら長くなってしまった。 結論、 旅って面白いよ。 過酷であればあるほど。 人生と一緒だ。

GACKT

336,058 views • 6 months ago

映画『神はノイズに宿る』 5月18日のクランクインから約2ヶ月半が過ぎ、7月27日現在、編集は9割6分といったところ。 とはいえいつでも7割くらいに戻りかねない。先日の関係者試写会でもそんな感じになったし。 クランクアップだと言ってみんなで打ち上げした6月14日からもう何回も細かい追撮があって、まだ予定しているものもあったりするけど、現時点で自分でも納得いくものになったと思う。 だいぶ急いだ感はあるけど。 いつものペースなら10月くらいになんとか今の状況といったところ。 でも色々事情があって7月15日までに仕上げたくて6月30日にピクチャーロックして整音&MAを依頼。 ただこの時点で劇伴は一曲たりともできていなかったので、1曲完成するたびに送るというような状態で、とても無理を言ったと思う。 劇伴の締切は7月13日。 そこまでひたすら曲作りに没頭。プリプロしている時間もないのですべて本番としてレコーディングをしたけど、やっぱり没曲も出て相当大変だった。 総尺は95分。 企画が立ち上がった時は30分の短編映画の予定だったのに。 結局とてもじゃないけど予算が足りなくてクラウドファンディングを立ち上げる事にした。 確か映画『ボールド アズ、君。』が刈谷日劇で上映されていて、舞台挨拶の最中にスタートしたんだっけ。 最終的には200パーセントを越えるご支援をいただくことができて、予定になかったシーンまで撮影できた、皆ありがとう。 今回自分としては俳優さんとたくさんディスカッションしながら撮影を進められてたくさんの気づきがあったし、考え方も相当変わった。 予算が少ないこととか段取りにかまけて自分本位に進めてしまってはいかんな。監督って基本制作側の立場だけどそれ以上に俳優側の立場に立てないといいものができないと思う。 俯瞰で見る、というのもあくまで作品の内側での話でなければと思った。今回は特に。だから助監督とかには一歩引いて現場として俯瞰で見ておいて欲しい。他の人はどうしてるかはわからんけど。僕は特にアホなのでね。 まあ色々言いつつこれは俳優さんがよいから思えたことだ幸せだ。 打てば響くならそりゃ打つ。遠慮しながらも打つのだ。 あとヘアメイクの2人もすごかった。 技術力は言わずもがな、仕事も早いし本当に気がきく。現場での押し引きが絶妙で、何度も助けられた。100回は助けられた。 こんなに思い入れのある作品が作れた事に感謝しかない。 ヒットするかどうかはまるでわからんし、今は興味もない。 まずは観てほしい。 でも観てもらえる機会があるかなんてわからない。 配給だって映画館だって、そもそも観たいと思ってくれる人がいるのかさえわからない。 それでも作り上げるのが楽しいし好き。 確証もなく作るってこわいけどとんでもなく自由だ。 なによりそこには覚悟が必要なのがいい。 ちょっとしたやつじゃない覚悟。 だから今回で最後かもだし興味持ってもらえたら嬉しいよ。 観てもらえるのはいつになるかわからんけど。 ところで長々と書いたけど病院の待合室で当分自分の順番がこなそうなのでこんなに長くなっている。 そんでもうすぐ呼ばれそうなので終わります。 映画『神はノイズに宿る』 どうかよろしくね。 岡本崇 #神はノイズに宿る

映画『神はノイズに宿る』

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小泉防衛相が「感謝」について。上手く行っても行かなくても、お世話になった人への感謝の気持ちは変わらない、それは総裁選でも同じで、誰かのせいにする敗因分析はしないと話す。確かに感謝の気持ちは、苦しい時でも人を前向きにする大事なものだと思う。 ---文字起こし--- 2025/11/17 小泉進次郎のポッドキャスト 小「とにかく上手く行っても行かなくても。どっちでも、誰かのお世話になってることって間違いないのよ」 な「なるほどなるほど」 小「その結果上手く行ったら、その誰かに感謝っていうことも余計前向きな感謝だけど。上手く行かなくても、その上手く行かないという結果が出るまでの間に、誰かにお世話になったことに変わりはないわけね」 な「なるほど。そうかそうか」 小「だからどっちの結果が出ても、基本ありがとうは変わらない。ここの部分の感覚っていうのはあって。その方が前に進みやすいじゃない?」 な「前向きではありますからね、ちゃんと次につながるっていう」 小「それもなんか今回の総裁選みたいに結果が出ないと、なんかいろんな敗因をね、言ってくる人いるわけ。例えばこれは自分の力ではないところでも、僕のことを支えてくれてた人たちのことも、何かこう足りなかったことを指摘してくる人たちとか。そういう声も入るわけ。だけど、そこを『もし』とか『たられば』でね、そういったことを指摘したって、なんらこちらからすると、そんなことよりも支えてくれたということの感謝の方が上回るわけ。だから、このなんか敗因分析みたいなことも、いかに誰かのせいにする敗因分析ではなく、前向きな方の努力につなげていける、皆がね。そこの敗因分析に、自分としてはより向かって行かないといけないなって思ったりね。感謝っていうのは、なんか重いね」

maku

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