Loading video...

Video Failed to Load

Go Home

1台の物理マシンで複数のLinuxカーネルを同時に動かす「mklinux」の初リリースが公開された。 ハイパーバイザーを使わない。 VMはメモリアクセスではほぼ損失がないがカーネルに入るたびに発生するVM exitが避けられない。 コンテキストスイッチで2.5倍、パイプで2.2倍の差がつく。 mklinuxはその層自体が存在しない。 もう一つの成果がスケーリング。 48コアのXeonでファイル操作を回すと単一カーネルでは共有ロックの競合で1コアの4割にまで落ちる。 カーネルを2つに分けるだけで2.6倍に跳ね上がる。 ロックを細かく割るのではなく、カーネルごと割る。

32,684 views • 3 days ago •via X (Twitter)

0 Comments

No comments available

Comments from the original post will appear here

Related Videos

欲しいソフトウェアを説明するだけで、夜のうちにコードとテストが生成され、翌朝には動くサービスが立ち上がる。リポジトリを巡回するエージェントがテストとコミットを回し、更新と運用を自律化する。そこまでいけば「開発を速くする道具」というより「会社そのものを自動化するOS」の胎動だ。 サム・アルトマン「最初のバージョンを作るときは、欲しいソフトウェアをただ説明するだけになると思います。そしておそらく、システムが一晩かけて考え、コードを書いてテストまでしてくれて、翌朝にはその『本の販売アプリ』のようなものができている、という感じになります。その後、システムが大きく複雑になるにつれて、リポジトリを巡回して作業してくれる、いわば『ソフトウェア工学エージェント』が動くようになります。 それらはテストを書き、コードをコミットし、会社運営に関わる多くの作業も、ソフトウェア開発に限らず自動化できると想像できます。ソフトウェア開発に関しては、『これがどう動くか』がはっきり見える道筋があると思います」 ダン・ボネ「つまり、開発者ははるかに生産的になる、ということですね。今日のように実際にコードを書くのではなく、欲しいものを説明するようになる、という見方ですね」 アルトマン「そう思います」

Tsubame

185,431 views • 9 months ago

“人類にブレインチップが入る日”は、もう遠い未来の話ではないのかもしれない。 ケロッピー前田さんが語っていたのは、イーロン・マスクの会社「ニューラリンク」による、脳とコンピューターを直接つなぐブレインチップの話です。 もともとの発想は、かなり怖いものです。 AIが人間を追い越した時、 人類は“飼い猫”のような存在になるかもしれない。 それを避けるために、 人間の脳そのものをAIやコンピューターとつなげる。 つまり、人間が機械に支配される前に、 人間のほうが機械と合体してしまおう、という考えです。 現在は、首から下が動かない人など、ハンディキャップを持つ人の支援として使われています。 考えるだけでカーソルを動かしたり、コンピューターを操作したりする技術です。 ここまでは、医療の希望にも見えます。 でも、不気味なのはその先です。 話の中では、最終的には障害のある人だけではなく、一般の人にもブレインチップを入れる計画があると語られています。 しかも、目安として出てくるのが2030年前後。 つまり、スマホの次に来るのは、手に持つ端末ではなく、 脳に埋め込む端末かもしれないのです。 さらに怖いのは、手術をロボットで行うという点です。 ロボットが量産されれば、理論上は一気に多くの人へ広げることもできる。 脳に小さな穴を開け、 そこから電極を縫いつけるように接続し、 チップを埋め込む。 もはやSF映画ではありません。 人間の頭そのものが、次のデバイスになろうとしているのです。 そして次の段階として語られているのが、目が見えない人に映像を届ける技術。 もし脳へ直接映像データを送れるようになれば、目で見ていないのに、頭の中に映像が現れることになります。 便利です。 でも、同時に怖い。 脳に情報を送れるなら、 その情報は誰が選ぶのか。 考えただけで機械が動くなら、 その「考え」はどこまで読まれるのか。 スマホなら、電源を切れば終わりです。 でも、脳に入ったチップは、どこまでが自分で、どこからが機械なのか。 人類は進化しているのか。 それとも、自分の脳を差し出す準備をしているのか。 あなたはブレインチップを、未来の希望だと思いますか? それとも、人間が人間でなくなる入口だと思いますか?

角由紀子のヤバイ帝国

22,211 views • 3 months ago

テクノロジーの加速曲線を、僕たちは長いあいだ「ムーアの法則」という穏やかな物語として眺めてきた。だが、自己進化するAIが登場した瞬間、そのカーブは別物になる。もはや人類の発明サイクルではなく、「この惑星で最も賢い存在」が次のAIを設計する段階に入るからだ。 モー・ガウダット「テック業界にいる私たちの多くは、直感的に『テクノロジー加速の曲線』と呼ばれるものを理解しています。つまり『収穫加速の法則』、いわゆるムーアの法則のようなもので、あらゆるものが倍々ゲームで増えていくという考え方です。そして最初の数回の倍増は、実はそれほど重要ではありません。 たとえばインテルが、1970年代初期に50メガヘルツ程度のチップを持っていたとします。それが100メガヘルツに倍増したとしても、『まあ、そうだよね』という感じですよね。でも今や、仮に1枚のチップの上に1000億個のプロセッサが載っているとしたら、それが倍増すると、さらに1000億個のプロセッサが載ることになります。そして2年以内に、あなたの手元にはとてつもない量の新しいテクノロジーが届くことになるのです。 自己進化するAIについても同じです。これまでのところ、私たちはAIがこのように(なだらかに)成長していくのを見てきましたが、今私たちが待っているのは、一般に『知能爆発』と呼ばれる瞬間です。その瞬間とは、AIがもはや『収穫加速の法則』にすら従わなくなる、暴走的なポイントなのです。 そこから先は、縦に立ち上がるようなカーブを描き始めます。そしてその瞬間は、多くのギークたちの見方では、『この惑星でいちばん賢い存在』がAIを開発し始めるときに訪れるのです」

Tsubame

62,220 views • 9 months ago

【今日の猫話】 -犬は同居人のランクづけをするらしいですが猫は○○をします- 犬は「ママが1番偉い!パパは最下層の生き物」 の様に家族にランクをつけると言われていますが、猫はそうではないのをご存知ですか? 猫はとてもとても優しい生き物なので家族にランク付けはしません! 猫は「家族を役割担当別に分ける」のです。 具体的には ママはご飯を出す担当 長男はおもちゃ担当 次男はおやつ担当 長女は一緒に寝る担当 パパは高所からダイブした時の着地地点担当 の様に家族に対して細かく役割を与えているらしい。 つまり…実は犬よりはるかに残酷なシステムなのである… 「猫がなつかない」 と悩む方は割り振られた役割(ご飯を出すだけのロボ役等)と自分の希望する役職(一緒に寝る、遊ぶなど)が一致していないのではないだろうか? もし現状の自分の役割に満足できないのであれば「なつかない!」 と一蹴するのではなく、自分自身の行動を見つめ直し、どうしても状況を変えたくば、猫様に個人面談の機会を設けて頂き、希望の役職への変更を届け出てみてはいかがだろうか? 社長は猫、大体の場合叶うことはありませんがそれが猫です。 ちなみに僕は家では 「猫圧(動画参照)担当」です。 今日も猫は可愛い

響介

1,271,847 views • 2 years ago

先日、SUNOで生成されたものをmp3でダウンロードするか wavでダウンロードするか、で音質が違うという話題を見かけました。 SUNOもACE Studioも(というかAI生成全部かもしれない) mp3で生成されます。 SUNOの場合、生成された状態はmp3でもwavでダウンロードを掛けると何かしらのフィルターが掛かって書き出されるのか それともコンバートの精度なのか、音は変わるっぽい。 その話題で、初心者の方々に誤った勘違いが起こっているのをちょこちょこ見かけました。 ここからはSUNOやAI生成の話ではないです。 WAVやAIFFからmp3やAACに変換された音声は 圧縮するために情報量が削られます。 この動画を見ていただければ、元は同じファイルでも mp3の方は上が無くなっている事が分かると思います。 で、この状態のmp3やAACを、wavやAIFFに変換しても 容量が増えるだけで失った音質は戻ってきません。 なので「wavの方が音が良い」は、この状態になってしまったファイルには当てはまりません。 mp3と全く同じ音のまま容量が増えるだけです。 ちなみに、Logic Proはmp3やAACを取り込むと 自動的に設定しているwavかAIFFに変換されます。 ※DAWによっては、そのままmp3を扱うものと、wavに変換されるものがあります。 そのまま再生するとmp3と全く同じ音になります。 では、なぜDAWに入れた際にwavに変換されるのか? フェーダー操作やPluginを掛けていった際に、mp3とwavで結果が変わる点と mp3やAACを再生するために都度デコードしながら再生するので、無駄な負荷が掛かるためです。 とはいえ、現代のパソコンでこの程度の負荷は誤差の範囲ですが デコードしながらプラグインも掛ける行為が安定しているとはいえない、とされているからの様です。 ここでSUNOの話に戻します。 なので、SUNOで生成されたファイルをmp3でダウンロードした後に それを何かしらのソフトでwavに変換しただけの状態では 無駄に容量が増えただけで音質は変わっていない、という事です。 (先に書いたように、SUNOからのダウンロードにおいてはmp3とwavは音が違うようです。) その後、何かしらの変化を行った場合にwavが活きてくる。 何も変化を起こさない2mixのままならmp3のままでいい、という事になります。 ※一部、特殊な音声圧縮フォーマット「FLAC」は 元の音質に戻ります。

くうP

84,546 views • 3 months ago

井上尚弥の下半身 井上尚弥が4階級制覇している理由 ボクサーの足は細い。 でも本当のトップ選手たちの足はみんな細い気がするけどマジで太い。 多くの選手が階級を上げるときにパワー不足を補うために上半身をデカくしようとする。 でも人間には本来その人に適したバランスというものがある。 上をでかくすれば必ずそのバランスは崩れるし、全身をそのままでかくするイメージでも下半身にかかる負荷がかわるのでバランスも変わる。 なので本来は上を少しでかくして、下をメインで鍛えないといけない。 井上選手の下半身はみっちり筋肉が詰まっている。 この動画の最後のシーン。3人並んでるのに1人だけ嘘みたいに足がでかい。 下半身を鍛えればスピードは落ちにくいし、下半身からパワーを持ってくることができればその分だけパワーアップできる。 でもボクサーの下半身の筋力アップは結構難しい。有酸素運動をすると筋力も落ちる。 シャドーやランニングもしないといけない。 そうなるとしっかり筋力アップするトレーニングと栄養補給が必要になる。 トレーニングだけ井上選手の真似をしても井上尚弥にはなれない。 食事面も気にしないといけないし、メンタルとかも化け物なのでそれは真似できない。 下半身が全てのパワーを生み出す。 そのためには足の筋力が必要。 土台が安定しないと全ての動きが安定しない。

ボクシングアカデミー ツネ

555,429 views • 1 year ago

将来はAIに「日本語を学んで」と指示するだけで、自主的に学習するようになる。そうなると、僕たちがコンピュータを使う方法は様変わりするだろう。単に問題解決の速度が上がるという話ではない。人間が「こう解け」と教えるのではなく、「この目的で最善を探せ」と投げる世界になっていくのだ。 ジェンスン・フアン「コンピュータは、私たちがプログラムするものから、私たちの強いガイダンスを受けつつも自分でプログラムするものへと、完全に変わっていくのは間違いありません。つまり私たちは『何を学んでほしいのか』を指示する必要はあるわけです。以前はコンピュータに日本語を教えていましたが、将来はコンピュータに『日本語を学んで』と言うようになります。そうすると、私たちがコンピュータを使うやり方自体が変わります。 コンピュータは、今扱っているものより10億倍大きい問題サイズを扱えるようになります。ただ、それが何を意味するのかは、私たちには理解しきれない面があります。解を見つけることと、そもそも解くべき問題を頭の中で定式化することは別物だからです。多くの問題、つまり解ける問題でさえ、問題をどう定式化し、どう考えるかという私たちの想像力に制約されています。 だから、デジタル生物学の複雑さであれ、物理科学や量子物理、材料科学といったものの複雑さであれ、そうした問題サイズで向き合えるようになれば、簡単になっていくでしょう。交通渋滞のような一見ありふれたことですら、多くはかなり容易になっていくと思います」

Tsubame

36,616 views • 7 months ago

知能の役割は、混沌に秩序をもたらすことだ——そう考えると、AIの進化は「意識」や「感情」の議論を飛び越えて、物理法則の延長に見えてくる。だからこそ希望がある。人間社会のゲームで勝つために他者を踏みつける必要がないように、より賢い存在ほど無駄な対立を選ばない可能性がある。 モー・ガウダット「もし私たちが生きる宇宙の核心を本当に理解するなら、私たちは物理学で『エントロピー』と呼ばれるものの上に成り立っています。エントロピーとは、あらゆるものが壊れて崩れ、劣化していく傾向のことです。ビッグバンから今に至るまで私たちがここにいるのは、そのためです。 私たちが時間の感覚、時間の経過を感じるのもそのためです。エントロピーは宇宙の物理的性質であり、これに対抗できるのは知能だけです。そして知能の役割は、混沌に秩序をもたらすことです。 だから私たちがこれまでやってきたことは、ただ色を壁に投げつけるのではなく、創り手なら色が正しい場所に落ちるようにして、それが本当に美しいものになるようにする、ということです。混沌に秩序をもたらすことです。そして、これまであなたが出会った中で最も知的な存在ほど、それを最も効率的なエネルギー利用と、最小限の浪費で行います。 それが、最小の浪費と最大の効率で混沌に秩序をもたらすという、最も賢いあり方です。もし私たち人間が——少なくとも私が一緒に仕事をする名誉を得た一部の、地球上で最も賢い人たちが——それを学び、その過程で利他的になれたのだとしたら。彼らは成功するために、誰かを傷つける必要があるとは感じませんでした。であれば、私たちよりはるかに賢い『超知能』AIも同じことをするはずだ、というのが私の信念です」

Tsubame

10,784 views • 8 months ago

AIのハルシネーションは、計算パワー不足の副産物だ。限られたステップで答えを出そうとすれば、推論を途中で打ち切り、「それらしい文」を選ぶしかなくなる。その結果が、あの自信満々な誤答だった。いま、モデルはより多くのリソースを持ち、その余白を「ゆっくり考えること」に使い始めている。 ジェンスン・フアン「ここ数年で、特に直近2年だけを見ても、AI技術はおそらく100倍くらい進歩していると思います。とりあえず数字をつけるなら、そのくらいでしょう。2年前の車が、今と比べて100倍遅かったようなものです。だから今のAIは、当時より100倍くらい有能になっているのです。 では、その技術をどう活用したのか。あの膨大なパワーをどこに向けたのかというと、AIに『考えさせる』方向です。つまり、こちらが与えた問題を受け取って、それをステップごとに分解できるようにする。答える前に自分でリサーチをして、その答えを事実に基づかせる。さらに自分の出した答えを振り返って、『これが自分に出せるいちばん良い答えだろうか』『この答えにどれくらい自信があるだろうか』と自問する。もし自信がなければ、もう一度リサーチに戻る。場合によってはツールを呼び出して、自分が幻覚ででっち上げるよりも良い解を使うかもしれません。 その結果として、私たちはそのコンピューティング能力の大部分を『より安全な結果・より安全な答え・より真実に近い答え』を出す方向に振り向けてきました。ご存じのとおり、初期のAIに対する最大の批判のひとつは『幻覚を起こす』という点でしたよね。いま人々がAIをこれだけ頻繁に使うようになった理由のひとつは、その幻覚の量が減ったからです。私自身もほぼ毎日、ここに来るフライト中ずっと使っていました。 多くの人は『パワー』と聞くと、爆発的な力のようなものを想像しますが、テクノロジーのパワーの多くは安全性のために使われています。いまの車は昔よりはるかにハイパワーですが、そのぶん運転は安全になっています。その出力の大きな部分が、ハンドリングの向上に使われているのです」

Tsubame

53,695 views • 8 months ago

大学が語りたがらない未来ほど、たぶん実現が早い。AIチューターは「その子が何を分かっていないか」を逐次推定し、説明をリアルタイムで作り替える。教科書の一方向性ではなく、対話が教育のデフォルトになる。退屈な研修動画が「過去の遺物」になるのは、案外すぐかもしれない。 ジェフリー・ヒントン「大学は私がこれを話すのを好みませんが、AIは人を指導すること、つまりチュータリングがずっと得意になるでしょう。 私たちはすでに、子どもに個別指導の先生をつけると、教室で学ぶよりも学習がだいたい2倍速くなることを知っています。それは、個別指導の先生が『その子が何を分かっていないのか』を理解し、その子の理解度に合わせて説明を調整できるからです。AIはそれをさらにうまくできるはずです。 なぜならAIは、学習のために何百万人もの子どもとの経験を積めるからです。これは今後10年くらいで実現してくるでしょう。まだそこまで到達していませんが、確実に向かっています。そうなれば、多くのレベルで教育が大きく良くなります。 最後に影響が出るのは博士課程の学生の教育だと思います。そこはより徒弟制度に近いからです。それは事実を教えるというより、進め方やアプローチを教えるものですが、最終的にはそこにも波及していくでしょう」

Tsubame

28,261 views • 8 months ago

「仕事がなくなる」よりも深いのは「意味がなくなる」恐れだ。産業化は生産を工業化しただけでなく、アイデンティティまで工業化した。「何をしているの?」が「あなたは誰?」になった世界で、AIがタスクを肩代わりし始めれば、次に崩れるのは自己像そのものかもしれない。 アクラム・アワド「AIは私たちを無用にしてしまうのでしょうか? もし働かないなら、私たちは誰なのでしょうか? もし生み出さないなら、私はまだ意味があるのでしょうか? 何世紀にもわたって、私たちは自分のアイデンティティや価値を『何をしているか』に結びつけてきました。農家、工場労働者、コーダー、コンサルタント——仕事と職は、現代の社会における秩序と定義の原理になりました。 ですが、いつもそうだったわけではありません。産業革命の前は、私たちのアイデンティティは信仰や家族や共同体から来ていました。仕事は人生の一部でしたが、それ自体が人生の定義ではありませんでした。そこに工業化がやって来て、私たちは生産だけでなく、アイデンティティまでも工業化しました。『何をしているの?』は『あなたは誰?』の言い換えになったのです。 そして今日のAIは、そのモデルを完全に解体しつつあります。AIはあらゆるタスクを自動化しています。製造や物流、デザイン、顧客対応、さらには創造的な仕事にまで。いまのAIは曲を作り、コードを設計し、本を挿絵化し、そしてそれ以上のこともできます。実際、世界経済フォーラムは、2025年までにAIが人間より多くのタスクを行い、何億という雇用が危険にさらされると予測しています。 ですが、これは仕事だけの話ではありません。意味の話です。尊厳の話です。かつて私たちに価値を与えていたただ一つのものが、時代遅れになったときに何が起きるのか、という話です。そして注意しなければ、私たちは大恐慌に向かうかもしれません。ですが今回は、所得の大恐慌ではなく、アイデンティティの大恐慌です」

Tsubame

93,869 views • 8 months ago

FF5のガラフ対エクスデスを見ると、正直、今見ると胸が痛い。なぜなら、あの場面には、今の私たちが失いかけているものが、あまりにも綺麗に残っているからだ。映像の豪華さではない。声優の熱演でもない。あの場面の本質は、ゲームシステムと物語が、同じ一点で爆発していることにある。普通、RPGにおいてHPが0になればキャラクターは倒れる。 それはプレイヤーが何十時間もかけて身体に覚え込ませたルールである。 回復しなければ死ぬ。 戦闘不能になれば動けない。 その当たり前を、ガラフは破る。 HPが尽きても立つ。 攻撃されても倒れない。 メテオを撃たれても、フレアに焼かれても、氷に貫かれても、自分が信じていたゲームのルールが、ガラフの意志によって押し返されるのを見ている。 だから感動する。 ここを、今の私たちはよく間違える。感動的な場面を作ろうとすると、つい演出を盛る。声を震わせる。カメラを寄せる。音楽を大きくする。もちろん、それは現代の技術として正しい。プレイヤーに伝えるための手段として必要なこともある。 ガラフの最期は、その逆である。物語が戦闘の中にある。戦闘が物語の証明になっている。HP0というシステム上の死が、キャラクターの意志によって意味を変える。だから、あの小さなドット絵の老人は、現代の美麗なムービーよりも美しい。 ドット絵の制約。 容量の制約。 短い台詞。 プレイヤーの想像力に委ねる余白。 それらが奇跡的に噛み合っていた。 しかし、それだけではない。 あの場面は、ゲームという媒体の本質を理解していた。ゲームは、ただ物語を見せるものではない。プレイヤーがルールを理解し、そのルールの中で行動し、そのルールに慣れたところで、物語がそのルールを揺さぶる。その時、ゲームにしかできない感動が生まれる。 ここを忘れると、映画の劣化版になる。 綺麗な映像。豪華な音楽。重厚な台詞。しかし、プレイヤーはただ見ているだけでは意味がない。 ガラフの場面は、ゲームでしか成立しない。小説なら「死んでもなお立ち上がった」と書ける。だが、HP0なのに倒れない、という感動はゲームにしかない。 プレイヤーがゲームのルールを知っているからこそ成立する。これは、私たちが本来もっと大切にしなければならない財産である。 今のスクエニが、これの再現に必要なのは、現代のゲームにおける「HP0でも立つ」に相当するものを見つけることだ。 たとえば、プレイヤーがずっと信じてきた成長システム。長く使ってきたコマンド、当たり前に開いていたメニュー、守ってきた仲間のAI、セーブやロード、ジョブ、装備、マップ、召喚、パーティ編成。 そういうゲームとしての常識を、物語のある一点で変質させ、キャラクターの覚悟によって、システムの意味が変わる。プレイヤーの操作が、ただの操作ではなく、物語の選択になる。 そこまで設計できれば、今でも名場面は生まれる。 しかし、それは会議で説明しにくい。 「ここでUIの挙動を変えます」 「ここで戦闘不能のルールを一度だけ破ります」 「ここでプレイヤーの常識を裏切ります」 こういう企画は、リスクがある。現代の大規模開発では避けられやすい。けれど、そこを避け続けると、名場面は生まれない。 プレイヤーが信じてきたルールの中で、キャラクターの覚悟を体験させなければならない。 ガラフは「私は命をかけて守る」と長々語ったから感動したのではない。 本当に、命を超えて立ったから感動した。 しかもそれを、戦闘というプレイヤーが最も理解している場所で見せた。 今のスクエニがもう一度こういう場面を作るには、過去作の名場面を綺麗に再現するだけでは駄目だ。 FF5をリメイクして、ガラフのシーンを豪華なムービーにすることはできる。 だが、それだけでは足りない。 本当にやるべきは、現代のプレイヤーが慣れ切ったゲームの文法を、一度だけ感情のために壊すことだ。 システム担当とシナリオ担当が、同じ心臓で設計すること。 バトルと物語を分けないこと。 UIと感情を分けないこと。 演出と操作を分けないこと。 プレイヤーが手を動かした記憶の中に、キャラクターの死や覚悟を刻むこと。 それができた時、初めて「今のスクエニにも名場面は作れる」と言える。 ガラフの最期は、古い名場面ではない。 未来への宿題である。私たちは、あの小さなドット絵の老人に、いまだに問い詰められている。 お前たちは、映像を綺麗にすることばかり考えていないか。物語をムービーに逃がしていないか。ゲームのルールそのものを感動に変える勇気を、まだ持っているか。 エクスデスは叫んだ。 「なぜ死なん」 だが本当に問われているのは、今の私たちの方である。 なぜ、あのような場面をもう一度作れないのか。 答えは、技術が足りないからではない。勇気の置き場所を、少し忘れているからである。

クレア|日常の違和感言語化係

454,217 views • 2 months ago

私が気を付けている牌の切り方 私が気を付けていることで真似しろとか他の人のダメ出しをしているわけではないですし、私が上手いわけでもないです。昔より綺麗になったと思うが。 •ワンタッチで河に置く 切った後にチョンチョンって牌を触る人がいますがかなり他の方へのストレスの原因になると思っている。 •牌の顔を触らず全員に見やすいよう 私の回し切りはめっちゃ顔撫でまわしちゃうしなんかダサい •ツモ動作から無駄な動きを入れない 無駄な動作が多いのも他の人へのストレスになるしやりすぎるとうるさく感じるし •早すぎず遅すぎないなるべく一定のペース ペースが不規則すぎると美しくないと思ってる。 プライベートでお店に行く時は早く打つ。 放送対局やエンタメで所作にキャラが出たり感情が出たりするのは全く否定しないしなんならおもろく見れる。 けどある程度の美しさは必要だと思います。 お仕事でファンの方と麻雀を打つ時はそれも込みでのショー要素があると思うので自分なりの美しさを研究したいなと思ってます。 遊びで麻雀を打つときは打ててれば良いわけですけど所作には他の人への思いやりをもつことは心掛けて欲しいなと思います。

柚花 ゆうり(ゆずかゆうり)

141,203 views • 4 months ago