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Ana Sayfaya Dön

『VVVVVV』『Dicey Dungeons』開発者の“その他もろもろ”を一挙に味わえる作品集『Terry's Other Games』【とっておきインディー】 収録タイトルを横断することで「ひとりの人間の極私的な思想体系」が浮かび上がる。当初は日本語非対応だったが、その後めでたく日本語化。

51,551 görüntüleme • 10 gün önce •via X (Twitter)

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Benzer Videolar

【私は日本の誇りを必ず取り戻したい】 大学一年生19歳 戦後80年に初めて大東亜戦争に向き合う機会があった。 政治家が戦争を回避することができなかった責任、そこを反省し追及することは必要なんですけど、私はその当時に非常に優秀でかつこれからの日本を間違いなく担っていくであろうエリートが日本の為に戦地へ行き、若き命が日本を守るために捧げたという、 彼らが守ろうとした日本と言うものに対してすごく興味がある。 今の日本の姿とは違う、けれどもずっと続いてきた日本の美徳や文化をしっかり捉えて吸収してこういうものが日本なんだという誇りを取り戻すことが必要だと思います。 先人たちが守ろうとした日本を、自分達で手放して汚していってると思うんです。 それは今の政治家が戦後教育で日本の文化やほこりを、伝統を理解してないから、それの重要性がわからないから、そういうことができると思う。 日本文化は継承者がどんどん少なくなっていってて精神性とか文化は本当に重要性がわかっていなければ守ろうという強い意識がなければ簡単に崩れてしまう。 そういう脆いものですから、このグローバリズムの世界でその防御壁になるのは常に家族や地域、人と人の繋がり、それから日本の文化、先人へのリスペクト、これが必ず防御壁になり得るし、それしかないと思います。 その土壌が日本には根付いているからそれを強化して国民にもその意識を取り戻して、私は日本の誇りを必ず取り戻したい。

テリーマン

114,930 görüntüleme • 6 ay önce

【#null2 落合陽一氏が考える“万博のレガシー”とは】 | メディアアーティスト 落合陽一氏(落合陽一 Yoichi OCHIAI) 「(大屋根)リングをどれだけ残そうとか、“太陽の塔”みたいに残るものを作ろうというのは分かるが、本当に重要なレガシーは『人』」 「日本はカルチャーが弱いとずっと言われてきて、エンタメやIP(アニメなど知的財産)も強いが、アートやカルチャーの難しいのは弱いと言われていた。それがここで強くなったと思う」 「その人たちがたぶん今後、日本のカルチャーを良くしていく」 ▼『人こそがレガシー』万博会場で感じた“変化”とは? メディアアーティスト 落合陽一氏 「椅子を持って暑さ対策をして、この万博を好きでいようとしてくれた人たちが、どんどん体にミャクミャクが“感染”していく」 「その人たちがリピーターになって、ここのカルチャーをつくっていき、つくったカルチャーが伝播し始めた、盛り上がってきたというタイミングで、いつの間にか終わることになってしまった」 「少なくともこの万博に関わった人は、大阪のことが好きになったと思う」 「その人たちはすごく“屈強”で、いろんな困難があっても、文化を愛して並んでくれたりした人たちが、のべ2800万人ここに来たのは、すごく日本にとって意味のあること」 「184日しかないように見えて、ここにいた人たちは日本のことを好きになってくれた」 「日本語がある程度わかる、日本文化に造詣が深い、彼らの一生の記憶の中に、この大阪の184日間が刻まれたのは、日本にとって60年70年の財産」

報道ステーション+サタステ

297,125 görüntüleme • 11 ay önce

"linguamarina"っていう英語学習系のYouTubeチャンネル。綺麗な声から発せられるアメリカ英語。きっと観ている人は多いはずだと思う。登録者数は780万で、英語垢界隈においては知らない人の方が少ないのかもしれない。それでも敢えて紹介してみたい。どうしてかというと、実は運営者のMarina先生は、 ノンネイティブだから。にもかかわらずまるでネイティブのように話している。驚愕だった... 欧州人に英語達者は多いけどお国訛りはわずかに出てくる、このチャンネルを知るまではそんなイメージを持っていた。 あるとき"linguamarina"がおすすめに上がってきて何となく見てみた。「おー、この美人先生の英語、聴きやすい!リスニング練習にいいかも!」とポチッとチャンネル登録。 が、しばらく視聴を繰り返しているうちに気づいた。なんと彼女はロシア出身だったのだ。正直、当初はアメリカ人と思っていた。「ネイティブじゃなくてもこんな風に話せる人がいたなんて...」とイメージが覆ったのだ。 それだけネイティブと遜色ないスピーキング力。勘違いしても仕方がない。非ネイティブでここまで訛りのない人は相当少ないはずだと思う。僕が知る限りでは、YouTube界隈でもこの域に到達しているかなり少ないはず。Marina先生はその1人だと思う。 そして、彼女はノンネイティブにとって究極のロールモデルだ。ただ、幼少期を過ぎた日本人がこのレベルまで到達するのは難しい気はする。けれども励みにはなる、そんな存在だと思う。 それから肝心のコンテンツだけど、英語学習TIPSや英語圏に留学するやり方などノンネイティブならではの視点でレクチャーしてくれる。本人も一英語学習者としてかなり努力してきて現在の英語力を獲得。だからこそ、とても説得力がある。 もし、このチャンネルを知らなかったら、ぜひぜひ一度観てもらいたい。

白い恋犬

3,787,999 görüntüleme • 3 yıl önce

日本に行った人が、帰ってから苦しくなることがある。日本で見たものは、特別なイベントじゃない。電車がだいたい時間に来ること。人が列をつくること。店で「ありがとう」と言われること。夜の道が、怖くないこと。そういう小さな当たり前。でも、その小さな当たり前が、帰国した瞬間に刃になる。 自分の国の音が、急に大きく聞こえる。怒鳴り声。クラクション。割り込み。投げるような言葉。前は平気だったのに、平気じゃなくなる。日本が良すぎたからじゃない。比べる目が、できてしまったからだ。 この痛みは、普通な感覚。違う世界を一度見た人にだけ起きる、ふつうの揺れ。 ただ、ここで気をつけたいことがある。旅先は、少しだけ夢に似ている。短い時間の中で、いい場面が多く見える。だから日本は完璧だと思いすぎると、自分のいる場所が全部ダメに見えてしまう。すると心が、帰る場所を失う。 じゃあ、どうしたらいいのか。 答えは、全部を日本にしようとしないこと。 日本で好きだったことを、ひとつだけ持ち帰る。 朝、靴をそろえる。 人にぶつかったら小さく「すいません」と言う。 時間を守る。部屋を少し整える。 たったそれだけで、心は夢が終わったじゃなくて、夢を生活に変えたと思える。 そしてもう一つ大事なのは、ひとりにならないこと。日本が好きだった人は、日本が好きな人と話せばいい。好きは、誰かと分けると、痛みじゃなくなる。 日本を忘れられないのは、弱いからじゃない。日本に来てくれた人の中に「こう生きたい」が生まれたからだ。 その気持ちを大切にすれば大丈夫。夢は、逃げるためじゃなく、戻ってきたあとに生きるためにある。

クレア

383,105 görüntüleme • 8 ay önce

外国人が日本の同化を語るな インドネシア人のムスリム女と、韓国系の大学教授が「日本に住むムスリムはどこまで日本文化に合わせるべきか」なんて議論してる時点で話にならない 同化とは、受け入れる側の社会が「ここまで合わせろ」と線を引くもの。客人側が「ここまででいいでしょ」「配慮しろ」と言い出すのは、ただの押し売りに過ぎない 特に大学のハラール食堂や駅の礼拝室を例に出して「選択肢を増やすことが豊かさだ」みたいなことを言うのは、典型的な外国人目線の都合だ。日本人の感覚を完全に無視してる 強く言う お前らは日本人じゃない。血も文化も歴史も違う。日本で何年暮らそうが、日本語が上手かろうが、ハーバード出ようが早稲田の教授だろうが関係ない。日本社会のルールや空間の使い方を「どうあるべきか」と語る資格などない 「郷に入っては郷に従え」を都合よく解釈して「郷の方を変えろ」って言ってるだけだ 「共生」という言葉を盾にして、結局は自分たちの宗教的慣習を日本に押し付ける方向に持っていこうとしているのは明らかだ 日本人側が「合わせるのはお前らの方だろ」と言う権利を最初から奪おうとしてる 日本人同士で「同化の基準をどうするか」を議論するのは当然だ 当事者でもない外国人が「同化のあり方」を語るのは、おこがましいにも程がある。黙ってろ

ちゃんほた🌸

157,807 görüntüleme • 1 ay önce

日本に住む外国人女性は言った。時々、彼らは日本人なら当たり前と思っていた事が、非常にかけがえのない事であった事を気づかせてくれる。 『私が日本に住むのが好きな一番の理由を皆さんにお見せしたい。私たちは東京の地下鉄で、超かわいい母娘の向かいに座っていた。少なくとも、6歳くらいの子供が一人で立ち上がって地下鉄を降りるまでは、母娘だと思っていた。 ケリー(娘)と私がお互いを見つめながら、一体何が起こったんだ?と思ったのを覚えています。それから私たちは、あちこちで若い子供たちが一人で出歩いているのに気づき始めた。多くの場合、エブリン(もう一人の娘?)よりも若い子供たちが、一人で東京をナビゲートしていた。 最後の夜、キーラという新しい友達ができた。私たちは彼に、なぜ黄色い帽子をかぶり、それがどういう意味をもつのか聞かなければならなかった。子供たちはとても早い時期から通学や用事を済ませることができる。 要するに、日本ではそれだけ安全なのだ。黄色い帽子をかぶっているのは本当に幼い子供たちだ。それは安全のためでもあり、横断歩道のためでもある。そして、大人たちにちょっと手助けが必要かもしれないことを知らせるためでもある。別の言い方をすれば、日本では、子どもたちの安全は社会の連帯責任であるという考え方がある。 もう一度言う。日本の子どもたちは並外れた自立心を持っている。それが彼らの選択なのだ。 一方、私たちが、選んだものは何であったか、私にはどうしても判断できない。』 ------------------------------ でも、この治安が維持できるのは、あと数年が限度だろう。一部の地域では、もうできなくなっている。 移民政策は日本の全てをぶち壊す。

髙安カミユ(ミジンコまさ)

2,923,716 görüntüleme • 2 yıl önce