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Ana Sayfaya Dön

いつ誰がこうなるかなんてわからない。 単純作業でも社会交流がいちばんの薬になる。やはり人間は脳も身体も動く限りは働いた方がいいな

3,522,925 görüntüleme • 9 gün önce •via X (Twitter)

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Benzer Videolar

小泉防衛相が「感謝」について。上手く行っても行かなくても、お世話になった人への感謝の気持ちは変わらない、それは総裁選でも同じで、誰かのせいにする敗因分析はしないと話す。確かに感謝の気持ちは、苦しい時でも人を前向きにする大事なものだと思う。 ---文字起こし--- 2025/11/17 小泉進次郎のポッドキャスト 小「とにかく上手く行っても行かなくても。どっちでも、誰かのお世話になってることって間違いないのよ」 な「なるほどなるほど」 小「その結果上手く行ったら、その誰かに感謝っていうことも余計前向きな感謝だけど。上手く行かなくても、その上手く行かないという結果が出るまでの間に、誰かにお世話になったことに変わりはないわけね」 な「なるほど。そうかそうか」 小「だからどっちの結果が出ても、基本ありがとうは変わらない。ここの部分の感覚っていうのはあって。その方が前に進みやすいじゃない?」 な「前向きではありますからね、ちゃんと次につながるっていう」 小「それもなんか今回の総裁選みたいに結果が出ないと、なんかいろんな敗因をね、言ってくる人いるわけ。例えばこれは自分の力ではないところでも、僕のことを支えてくれてた人たちのことも、何かこう足りなかったことを指摘してくる人たちとか。そういう声も入るわけ。だけど、そこを『もし』とか『たられば』でね、そういったことを指摘したって、なんらこちらからすると、そんなことよりも支えてくれたということの感謝の方が上回るわけ。だから、このなんか敗因分析みたいなことも、いかに誰かのせいにする敗因分析ではなく、前向きな方の努力につなげていける、皆がね。そこの敗因分析に、自分としてはより向かって行かないといけないなって思ったりね。感謝っていうのは、なんか重いね」

maku

13,688 görüntüleme • 9 ay önce

間違えないで欲しい:新しい技術に触れて、辞めたくなる人がいれば、はじめたくなる人もいる。踊る気持ちと踊りたくなる気持ちは違う。死にたい気持ちはつまり、踊る気持ちを持てるということでもある。人間が持つ、デフォルトの情けなさ。あなたはちゃんともっている。 横殴りの誹謗に触れて、腹が立つ人がいれば、悲しくなる人もいる。死にたい気持ちと心が死ぬことは違う。 心が死んだあと。踊りたくなる気持ちを持っているあなたへ、まだ生きているではないか。希望があるではないか。真面目だねと言われても、ああ真面目だよ。潰しなんて利かないよ。だからなんなんだと。言い返してやればいいのさ。 心を殺してまわる加害者など、無視すればいいのさ。ブロックすればいいのさ。ミュートすればいいのさ。ノイズキャンセリングすればいいのさ。キャンセリングした分、何かおいしいものをでも食べればいいのさ。 あなたがただ生きていることの方が、ちゃんと傷ついていることの方が、価値があるのさ。やがて、強さになるから。 だから、生きていて欲しい。死なないで欲しい。生きることと、死ぬことを。生かすことと殺すことを。どうか、どうか。このとおり。間違えないで欲しい。

川田十夢

210,995 görüntüleme • 1 ay önce

[ ウィラ ] 訳 241129 ミンギュ . 💎バーンアウトにどうやって打ち勝つ? . 🐶僕は動き続けるようにしてるよ。あえて必要のない約束をしたりしてでも、忙しい状況を作るようにするんだ。それが僕なりの打ち勝つ方法な気がする。バーンアウトが来たときに一人で家にいると、考え込んでしまうし 自分が何をしてるのか、どうしてこんなことしてるのか?って悩むよりは寝る時間も無いぐらい忙しく過ごした方が落ち着くんだと思う。 🐶人は誰だってバーンアウトが来ることがあるよ。悪いことでは無いと思う。僕はバーンアウトの良いと思うところは、人って気持ちが落ち込むときがあるからこそ、気分が良いときがあるし、楽しいときがあったら、憂鬱なときもあって感情には起伏があるじゃないですか。幸せなことばかりな人が幸せなわけではないし、喜びばかりの人が幸せなわけでもないと思うんだ。色んな感情の調和が取れている人が幸せだと僕は思うんだけど、バーンアウトは一生懸命に生きてきたから起きるものなんじゃないかな? こんなことを僕が言っても良いのか分からないけど、バーンアウトが一度も来たことがない人は最善を尽くして努力したことがないんじゃないかな?とも思うよ。もちろんバーンアウトの基準は人によって違うけどね。それを乗り越えてこそ、より強くなれるし、バーンアウトはいつかまた起こるものだから、絶対になりたくないと思うものでもない気がする。風邪みたいなものだと思ってるよ。

👼🏻pang👼🏻

238,995 görüntüleme • 1 yıl önce

デスドルの拡散に怖がっていじめが激減。もしこれがもっと早ければ、過去のいじめで消えた命は救われたかもしれない。デスドルの活動がもっと早ければ助かったかもしれない。そう言う中で、教室には、音がある。チャイムの音、椅子のきしむ音、ノートをめくる音。笑い声もある。 だけど、いちばん怖い音は、鳴っていないふりをしている。 「しんでください」って呪いの言葉。 これさ、LINEやグループライン、Xの裏垢、SNSでみんなから言われたら生きられないよ? 相手は冗談とか関係なくてさ、笑いながらしんじゃえーって言われるだけで、子供は簡単に消えたくなる。もう学校に怖くて行けない。 警察や学校は、相談しても、よくあること、ほんとに死ぬわけじゃない、たとえ死んでもそれが原因なのかは調査して、因果関係が証明できないと犯罪にならないって言い訳して隠蔽しちゃうわけ。 それはただの言葉だと大人は言う。 証拠がない。 ケガをしていない。 いつものケンカ。 他の人も言われてた。 この言葉は空気みたいで、形がないから、見えないものはまだ事件じゃないって言われちゃう。 けれど、言葉は刃物より軽いのに、刃物より長く残る。繰り返されると、心の中に傷ではなく、消えたいって願望になる。 逃げ道のない毎日。 朝起きること、学校へ向かうこと、席に座ること、その全部が、今日は何も起きないでって、ひとつの試験みたいになる。 母親が何度も学校や警察に相談したのに、学校が動かなかった。 ここが一番の地獄だと思う。 なぜなら、いじめの加害者は誰かだけど、動かない仕組みは空気だから。相手なら戦える。空気は殴れない。 それで人は、ネットに助けを求める。 動画が拡散され、名前が出て、世の中が燃えると、急に社会が起きる。 学校も、警察も、会議もスタートして、自分たちの保身のためにどうやって炎上という合図が鳴らないようにするのか話し合う。 ある校長は、いじめがあってもデスドルには報告しないように、拡散してはならないと朝礼で注意を促す。 は? 注意を促すのは、人が嫌がることをいじりとか、遊びって言って遊んでる生徒だろ? クラスの一軍?スクールカースト?そんなの関係ないし、命に序列はない。面白ければ命を奪っていいのか? ここで、私たちは怖い選択をさせられる。 静かに助けてほしいのに、静かだと助けてもらえない。 誰にも知られず守られたいのに、知られないと守られない。 だから拡散しないと動かないという言葉が生まれる。 これは正義の言葉に見える。 でも本当は、社会の敗北の言葉だ。 救われるために、被害者が見世物にならなきゃいけない仕組みは、間違っている。 デスドルで「学校でいじめられなくなった」という報告が続く。 それが本当なら、救われた子がいる。 その事実は重い。私はそれを軽く扱いたくない。 ただ、同時に思う。 社会が、個人の影響力に安全を預けていいのかって思うんだよ。 デスドルやへずまりゅうとか、人気者が声を上げれば助かる。 けれど、声が届かない子はどうなる? 誰にも見つけてもらえない子は、どうやって生き延びる? 正義が当たり外れになる社会は、いつか別の形で壊れる。 たまたま強い味方がいたから助かったという物語は、温かく見えて、冷たい。 運が良かった人の話だからだよ。 運が悪い人が、置き去りになる。 だから本当は、地味な仕組みが必要になる。 相談があったら、警察は必ず動く。 何日以内に事実確認をする。 加害者ではなく、被害者を先に守る。 外部の人、警察や第三者につなぐ道を、複数用意する。 証拠は拡散じゃなく保全”として集める。 派手じゃない。 バズらない。 ドラマにもなりにくい。 でも、それが普通の正義だよ。 正義は、拍手で作られない。 社会の設計で作られる。 燃やして勝つのではなく、燃えなくても守られる社会にする。 いじめがなくなった日の嬉しさは、勝ったじゃない。 平和になったという、ただそれだけの言葉になる。 その一言を、毎日にしたい。 それが私の望む、いちばん静かな平和です。 でも、非保護拡散処分しなきゃ、学校も警察も動かないっていうなら、この平和は一生来ないだろう。 だから、冗談であっても、言ってはいけないことがあるってことをみんなにわかってほしいし、その言葉で人は簡単にしんじゃうんだってこともわかってほしい。

クレア

405,081 görüntüleme • 7 ay önce

実は今日ライブ配信をつけたのには、どうしても話さなければいけない理由がありました。 このまま何も言わずに済ませることは出来ないと思って。昔の僕たちの姿を愛してくださることはわかっていますし、気持ちも理解しています。 でも、今のENHYPENの姿を受け入れられなかったり否定したりする方もまだかなり多いようです。これまで僕たちがはっきり話してこなかったから説明してない、メンバーの人数について色々話される事も多かったです。 今のENHYPENは6人です、皆さん。ENHYPENは6人です。 コンサートでそういう事を言ったり、応援方法の事も含め、これまで明確にしてこなかったのでその気持ちは理解できます。でもその事でエンジン同士が争う姿を見るのは本当にいい気持ちはしません。正直に言うと公演にもかなり支障がでています。 今日こうしてはっきりお話ししたので、本当にこれからもENHYPENを好きで、僕たちを応援してくださる方なら、どう行動すべきかは皆さん自身が分かると思います。これは僕がはっきり言います。曖昧な言い方をすると伝わらないかもしれないので。 「ENHYPEN は7人だ」といった話をする事は結局エンジン同士を争わせる事になると思います。ファン同士が争うことなんて誰も望んでいませんよね。会社も望んでないしエンジンももちろん望んでない。 そして何より、僕たち6人が望んでません。だから今後そういう争いを煽るような事をするひとは、僕はファンではないと考えます。 メンバーを代表して、僕が話しに来ました。他の5人のメンバーもみんな同じ考えです。 これからそういうことはやめてほしいです。本気でお願いしています。公演中も本当に気になってしまいます。お金を払って長い時間をかけて来てくださる方々がいるし高価な公演です。そういう方々にも迷惑がかかっています。 だからそういう事はもうやめていただきたいです。 ジョンウォン、やっぱりジョンウォンがリーダーでよかった。これからもついて行くㅠㅠㅠありがとう

yo~i

447,862 görüntüleme • 1 ay önce