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きょう夕方5時からの #サンドのぼんやり〜ぬTV は‼️ Kis-My-Ft2 藤ヶ谷さん&横尾さんとの 『Everybody Goツアーin石巻』続編✨ 石巻の味🍳あのグルメを堪能! コーヒー好きな藤ヶ谷さんが その魅力を語る☕️ そして2人が足を運びたいと思っていた震災遺構でサンドと感じたこととは。 お見逃しなく📺

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【ダウンタウンよ見ているか?】 昨年水曜日のダウンタウンという番組で日本一のシャッター商店街に認定された我らが西柳ヶ瀬。あの時はふざけるなという怒りの声。もう西柳ヶ瀬は終わったという諦めの声、いろいろな批判の声も多数あがった。 私もあの番組を苦虫を噛む想いで見ていた。 でもね今は思う。 日本一のシャッター商店街に任命してくれて本当にありがとうと。 この「日本一のシャッター商店街」という称号は、このまちに、「変わらないといけないという強い意志」を生み出してくれた。 今年度、私が理事長になるにあたって、掲げた目標。 「西柳ヶ瀬を何とかする!」 その時には何とかするとは思ったものの、何をするかは決まっていなかった。正直どこから手を付けていいかがわからなかった。 そこで、グランベール岐山支配人に相談に行った。すると支配人は変なことを言い出す。「水野さん、西柳ヶ瀬という言葉はちょっと悪いイメージもついている。ここはあえて新しいブランディングネームとして、奥柳ヶ瀬という言葉を使ってみてはどうだろうか?」と。 これを聞いたとき、私には何かが見えた気がした。 この日本一のシャッター商店街が変わる。 そうして、始まった奥柳ヶ瀬プロジェクト。 まずは、世間に注目を浴びるために奥柳ヶ瀬夜市をやろうと決めた。 でも、残念ながら西柳ヶ瀬には人手も足りない。 どうしようか。 そんな時にいきてきたのが、この「日本一のシャッター商店街を何とかしよう」というビジョン。この想いと奥柳ヶ瀬という変な言葉につられて多くの協力者が現れた。 こうして実行委員会が形成され、あれよあれよとプロジェクトが動き出した。 クラファンで行った1万円の参加費を取る廃墟ツアーはなんとすぐに完売御礼。そして総額122万円もの金額があつまった。 こうして、このお金のおかげでこの夜市のプロジェクトができるようになった。 その後もメディアの注目を多く浴び、本日9/21奥柳ヶ瀬夜市は本番を迎えた。 正直、どうなるか不安だった。 恐らく身内だけの小さなイベントになってしまうのではないかと。 元々危ないエリアでもあったため、イベント開催で多くのトラブルも起きるのではないかと危惧をしていた。 しかしどうだろうか。 蓋を開ければ大盛況。 全盛期を彷彿させる多くの人が西柳ヶ瀬にあふれているではないか。 バブルの遺産オーロラネオンがこの夜市にとてもいい雰囲気を与えてくれた。 大人だけでなく、子連れのファミリーも多く来てくれていた。 昔から西柳ヶ瀬を支えてきた地元の皆さんも本当に喜んでくれていた。 私にとってそれが何よりうれしい。 もうだめだと思っていた西柳ヶ瀬。 それがこの奥柳ヶ瀬というプロジェクトによって、何か変わるかもしれない!という大きな期待に変わったと言ってくれた。 実際にこの西柳ヶ瀬ではこのプロジェクトをやり出してから新規テナントの出店があったり、ビルの売買が進んでサウナができる計画も動き出した。 こんなことは直近10年全くなかった。 これもすべてのきっかけはあの憎っくき水曜日のダウンタウンだった。 今ではあの憎さが、大きな感謝に変わった。 あの時、水曜日のダウンタウンに日本一のシャッター商店街の称号をもらっていなければこのようには絶対なってなかったはずだ。 ダウンタウンよあの時はムカついてしまいごめんなさい。 でもね、今は本当に感謝している。 今後もこの日本一のシャッター商店街の逆襲は続く。 いつか、松本さんがテレビに復帰され、西柳ヶ瀬(奥柳ヶ瀬)も再生したあかつきには、もう一度番組で取り上げてくれたらうれしいな。 そんな日をめざして、またこの西柳ヶ瀬を奥柳ヶ瀬プロジェクトを推し進め必ず再生してみせる。 ダウンタウンよ本当にありがとう。 柳ケ瀬を代表してお礼を申し上げる。

水野琢朗/柳ケ瀬の逆境理事長

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「プログラマーの叫び」 1991年にアイレムから発売された「GALLOP」っていうゲーム、覚えてる人いますか? これはその「GALLOP」のタイトル演出についてのお話です。 丸い玉がたくさん飛んできてGALLOPという文字になっていくという、その演出、おそらく私が何かのアニメで見たアイデアを拝借したものでしょう。私は16✕16ドットの丸いOBJを一つ描いて簡単な仕様書を書いただけ。あとは、天才プログラマーの安藤くん(安藤健二)にすべてお任せしました。 自称「どんな願いも叶える魔法使い」の安藤くんにかかれば、これくらいのものは一瞬で作ってしまいます。タイトル演出を実装すると、ギャラリーが集まり、「さすがakioさんだ!」「やっぱりakioさんってすごいな!」と称賛の声が飛び交います。遠くで聞こえる褒め言葉を聞いて私がニヤニヤしていると、安藤くんが突然ギャラリーに駆け寄り、フルボリュームで叫びます「akioさんは丸一個描いただけや!これを作ったのは俺やぞ!」顔は笑ってますが、口調は激オコです。 ギャラリーが散り散りに逃げていくと、安藤くんは頭をボリボリ掻きむしりながら席に戻ります。まるで産卵床を守る凶暴な魚のよう。『GALLOP』の筐体と自分の席を行ったり来たり、忙しくて仕事が手につきません。今日の仕事は、"真の功労者は自分である"と近づく者を説き伏せる事です。 こういう感じで綺羅びやかなゲーム画面を見ると企画マンやドッターが目立ってしまう事が多々あるんですが、真の功労者はプログラマーであることが少なくありません。声に出して「俺だ!」と叫べるプログラマーは良いですが、声が小さいプログラマーにも、ちゃんと光を当て感謝しなければいけませんね。 ちなみに、メタルスラッグがゲームとして成り立っているのも、安藤くんが並々ならぬ努力で処理落ちと戦ってくれたり、モーデン軍のザコ兵に魚ほどの脳みそに変わるプログラムを組んでくれたお陰なんです。そんな安藤くんは更なる高みを目指し「3Dがやりたい」と言い残して、我々の前から姿を消しました。 あなたの近くに「魔法使い」と称する天才プログラマーがいたら、それはひょっとしたらWIZARD Andyかもしれませんよ。

akio

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明日で39歳になります。事故当時は32歳。月日が経ちました。 「妻と娘の命を無駄にしないために、誰かの命が守られるように活動を続けよう」と生きてきた。その一心で、走り続けてきた気がする。でも最近、ある葛藤に悩んていた。結局その根っこには、「誰かの役に立つことで、妻と娘の命を無駄にしていないと思いたい」という、自分が生きている実感を得たい気持ちがあったんじゃないかと。 妻と娘や、他者のためにやっているつもりで、実は自分のためなんじゃないか。そんな自分は卑しい人間なのではないかと。 最近は、そんな自分の心と正面から向き合い、悩んだ。活動に対するモチベーションをどこに向けていいのか分からなくなる瞬間もあった。 それでも今は、「自己中心的利他でいい。」そう思えるようになった。 活動をすることで、自分の心が少し楽になる。そして、その活動が結果的に誰かの役に立つのなら、それで十分じゃないかと。 心が楽になることで、妻と娘もきっと安心してくれる。2人とは会話は出来ないけど、生前のふたりならそう言ってくれそうな気がする。そんなふうに今は思っています。ふたりが笑顔で祝ってくれたあの日の動画を見ながら、そんなことを考えていました。↓↓続きがあります↓↓

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