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しばき隊と仲良く挨拶している左端の人物が #川名ゆうじ 武蔵野市議(立憲)です。 しばき隊は、松下玲子前市長の外国人住民投票条例が否決されて安堵したことをネットに書いた一般人(米穀店)に対し、連日にわたり威圧行為(スタンディング)をしました。そんな彼らに川名市議は挨拶しに行ったのです。

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今から4年前の2020年9月25日(金)の定例会で故・武岡隆文議員がいびきをかいて居眠りをしました。 その日の夕方、石丸市長は議員の名前を伏せてそれをツイート。 武岡議員は27日(日)に市長にメールを入れ「前夜に義母の様態が悪くなって朝まで付き添っていたためつい眠ってしまった、プロとして失格、申し訳ない」旨の謝罪をしました。 その後武岡議員は病院で検査をしたところ睡眠時無呼吸症候群と診断され、10月1日(木)に議長がその診断書のコピーを市長に渡しました。 しかし市長は、本人から手渡されたものではないことと、個人情報であるとしてこれをシュレッダーにかけて破棄しました(破棄する前に見たという説もあり)。 一方、議員たちには、病院に迷惑をかけないようにと病院名と医師名を黒塗りした診断書が示され(武岡議員と事務局員のいずれが黒塗りしたかは不明)、議員間では居眠りの原因は病気であったとの共通認識に至りましたが、市長は納得せず執拗に武岡議員を責め続けました。 この動画は、実にそれから2年後の2022年6月と9月のもので、それぞれ、議員定数半減、市政懇談会についての話の場面ですが、市長は唐突に居眠り問題を蒸して、武岡議員の診断書が偽造であったかのような発言をしてその名誉を公然と棄損しています。 いったいどこからこれほどまでの悪意が出てくるのか不思議でなりません。そして、明らかに身体の弱っている武岡議員に対して、これほどまでに惨い発言が人間に可能でしょうか。多くの方々にご確認いただきたいです。 議員が診断書を偽造した? こんなことが許されるのか 底知れない悪意 YouTubeより

取材不足

1,530,973 views • 1 year ago

長文だけど、モルドバ人からの疑問 【モルドバはソ連から分離しました。 私たちがロシアに食料を与えている、独立しなければならないという叫び声とスローガンの中での独立。 独立すれば、私たちはめちゃくちゃ裕福になるでしょう。 そして私たちの国には、まさに繁栄の時代が来るでしょう。 今、30年が経ち、この30年間ずっと私はこの国に住んでいて、そして理解しました、私はバルティ市にいます、バルティ市はモルドバで二番目に大きい都市です、私はこの国で起こっているプロセスを判断することができますが、そして私は間違いなく言えるのですが、我が国はただの貧しい国になってしまったのです。 私たちは年寄りのことも気にしません、子供たちのことも気にしません、 しかし、これらすべてのことにもかかわらず、政府から、議会で、ロシアが依然として責任を負っているという会話を聞いています。なぜ? 私たちは兄弟を裏切り、友人を裏切り、 私たちはこの国で彼らとともに築いてきたものを完全に失ってしまいました。 さて、3月26日はルーマニア人、ドイツ人、ファシスト、ナチスからベルティ市が解放された日となります。 そして私たちが彼らを追い出したとき、都市は事実上破壊され、単に瓦礫の山でした。膨大な人口を失いましたが、すべて共同の努力によって再建されました。 現在一部の国家主義者、教育を受けていない野蛮人の集団が、彼らは占領者たちに電話をかけ、「スーツケース、駅、ロシア!」と叫び始めた。 そして、これらすべてのスローガンの下で、彼らは私たちの国を売り渡し、全てを失なってる。 私たちがソ連の一部だった頃、この国はまだ素晴らしかったのですが、 この国には無料の医療があったこと、この国には優れた教育があったこと、 この国には特別な技術教育がありましたが、今日ではまったく存在していないと言えます。 本質的にこの国を建てられる人さえいない。 人々はここを去りました、そして私は、今日彼らは再び叫び、すべてのことをロシア人のせいにしている。 彼らが教育を受けていないからとか、愚かだからではないかと私は確信しています。 しかし、彼らはこの国に何も良いことを望んでいないことが判明したこれらの人たちによって指揮されています。 説明してくれるすべてのモルドバ人の視点を聞きたいです なぜ西側諸国ではなくロシアが現状の責任を負うのか? ご存知のとおり、我が国はもはや自国で食っていくことができません。 私たちは砂糖も生産せず、牛乳も生産せず、すべて購入しています。 私たちの果物は外国産であり、野菜も外国産です。 もし本当にロシアがすべての責任だと思うなら、では、このロジックを説明してください。 ‼️もう一度言いますが、30年間、私たちは西洋の意見に耳を傾けてきました‼️ 30年間、私たちの国は破壊されました。 それでは、ロシアは何の責任を負うのでしょうか? 理解できない。誰か理解して説明できるでしょうか?」

MK✝️ほんものだよ

47,344 views • 2 years ago

#JIMIN #지민 #JK #정국 除隊挨拶のメッセージ和訳 (本当に周囲がうるさくて特にマンネの言葉は聞き取るの超苦労しました🥲) 🐰(最初定例の挨拶)カメラの前に立つのが久しぶりで、ノーメイクなのもちょっと照れくさいんですが…何を話せばいいのか分かりません(笑) 🐥休暇で外に出てきたような気分ですね。聞こえないかもしれませんが、こうして遠くから来てくださった記者の皆さん、本当にありがとうございます。ファンの方もたくさん来てくださって、本当に感謝しています。 ARMYの皆さんに最初に伝えるとしたら、コロナのときから僕たちの入隊まで、本当に長い時間だったと思います。その間ずっと待ってくださって、本当にありがとうございます。 今日除隊したので、これからまた、僕たちが描いてきた絵の続きを描いていけたらいいなと思います。もっと良い姿をお見せできるように準備していきます。 🐰そして、僕たちより先に入隊した先輩たち、部隊に残る後任たち、そして僕たちより少し前に除隊した同期の仲間たち、そして誰よりも多くの苦労をしている幹部の皆さん、本当に僕たちと一緒に生活してくださって、大変だったと思います。よく面倒を見てくださって、本当に感謝しています。 🐥軍隊は人生で初めての経験だったので、正直、簡単な場所ではありませんでした。決して甘く見ていたわけじゃないですが、やっぱり大変なところでした。 みんなで一緒にご飯を食べたり、野外で寝たり、苦労しながら生活する中で、すごく情も湧きました。 🐰本当にたくさんのことがあったんですが、それはまたライブで少しずつお話ししたいです。 🐥良い思い出を胸に、末永く大切にしていこうと思います。追加で一言だけ。 国民の皆さんにもあえて申し上げるなら、軍隊は本当に大変な場所でした。周りには苦労している方が本当に多いです。道で軍人を見かけたら、軽くでも声をかけて励ましていただけるととても嬉しいです。 続きはWeverse Liveで(笑)またお話しします。来てくださってありがとうございました。 🐥🐰団結!

BANGTAN LAB 🏊

232,832 views • 1 year ago

12月3日、一年前の今夜。ユン・ソンニョル戒厳軍の銃口に立ち向かい、韓国の民主主義を守ったのは平凡な市民だった 【韓国ニュース動画と翻訳】 [アンカー]…1年前の今日、国会前に駆けつけた市民たちがいなかったら、緻密に準備されていた内乱を防ぐことはできなかったでしょう。 命をかけた勇気ある市民たちに、私たちの社会はとても大きな借りができました。彼らは、万が一再びこのような状況に直面しても、再び駆けつけると言っています。 その夜、素手で戒厳軍に立ち向かった市民たちに記者が会いました。 [レポート] 夜10時27分、平穏だった日常が壊れました。 [ユン・ソンニョル前大統領(昨年12月3日)] 「非常戒厳を宣布します」 まるで歴史本に出てくるかのような現実。「守らなければならない」という切迫感から国会に駆けつけました。 [チョン・ウネさん、キム・ソンジュンさん] 「息子と3人で一緒に来ました。娘には、あなたは家で待ちなさいと。娘は一緒に来ると言いましたが、私たちの状況が後でどうなるか分からないから…」 [パク・ミジョンさん] 「私と同じ方向に走っている方が結構いました。ああ、私一人だけで来たんじゃないんだと」 国会は封鎖されました。国会一帯に警察1千人余りが投入されました。 「いや、(議員が国会に入るのを)邪魔するなんて話になりませんよ!」 市民たちは議員たちの塀越えを手伝いました。 [パク・ミジョンさん] 「こうやって議員の足を支えて、その次にお尻を押してあげて…」 しばらくするとヘリコプターが見えました。重武装した戒厳軍人800人余りも加勢しました。 [アン・チャンヨンさん] 「ダダダダダダというヘリコプターの音がした時、すごく緊張して威圧感を感じました」 [パク・ミジョンさん] 「もう議員の誰かをこうやって中に入れることよりも、なんとか軍人たちを防がなければならないと駆け寄りましたが、実は最初はとても怖かったです」 しかし、退こうという言葉は出ませんでした。先を争って軍用車両をせき止め、 [チョン・ウネさん、キム・ソンジュンさん] 「背中でもたれてこうやって動けないようにするのがまず急務だと思って。そしてアンテナ付きの車が来ました。それでその車をまた止めなければならないと…」 軍人たちにしがみつきました。 [パク・ミジョン] 「リュックサックがすごく重いから、そこにしがみつきました。あの軍人一人だけでも私が防がなければならない、という考えしかありませんでした」 戒厳軍の進入の試みで国会議事堂のあちこちが修羅場に急変しました。 「止めろ、止めろ、止めろ、止めろ!」 [パク・ギュテ/国会議員室補佐官] 「軍人の腕や体をつかんだりする以外にできることはありませんでした。戒厳解除の議決が出るまでこの人たちを何とか中に入れないようにしようと」 午前1時1分。 戒厳解除要求決議案が通過しましたが、喜びもつかの間。戒厳軍が全員立ち去るまでその場を離れることができませんでした。 [チョン・ウネさん] 「どこかで愛国歌を歌っていて、私も国会を見ながら愛国歌を歌いました。その時、すごく感動していたんですよ」 恐ろしい戒厳の夜、彼らを動かした力は何だったのでしょうか。 [アン・チャンヨンさん] 「妻と娘が国会の速記者なんです。(国会に行く時は)私たち、このままだと生き別れになるんじゃないかと話をして、何とかして助け出すからまずは国のためにやるべきことを先にしなさいと…」 [キム・ソンジュンさん] 「もし同じような状況になったとしても、同じように私たちは駆けつけなければならないでしょう。息子や娘がこれからも生きていかなければならない国ですから」 ユン・ソンニョル罷免を決定した憲法裁判所も、民主主義破壊の試みを阻止したあの夜の市民の役割に敬意を表しました。 1年前、必死に国会を守った彼らは、同じことが再び起きても喜んでここに駆けつけると言いました。 民主主義を守り、歴史の退行を防いだのは、今回も「平凡な市民」でした。

nageune31

37,361 views • 7 months ago