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どうにかしてぼったくられたいのに、なかなかぼったくりに遭遇できず、最後には無理くり「ぼったくられた」ってことにしようとする瓜田が面白すぎる🤣

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口が乞う 血が通うように 口が君の名前を求めてる キャンディのように舌で転がして だけど喉は硬く蕾んでる 音が乞う インク滲むように 文字はいつも声になるのを夢見てる だけどダメさ 口にした瞬間に 言葉の花は日照り枯れてく 呼吸を整えて世界とキスをした くちびるとくちびる 重ねるように 空気揺らして ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは ききき、き、き、きみのことが ど、ど、ど、ど、どうしようもなく 言葉が追い越してった 僕と世界を追い越してった 君はどんどん遠ざかってった ど、ど、ど、吃る恋 口が恋う 煙おぼえて 君の名前もう忘れようとした 抜けた子供の歯のように吐き出して 種になった歌のメロディ誤魔化して 話し方教室の窓際の席から 君のくちびるまで億万光年 飛ばす紙ヒコーキのように わ、わ、わ、わ、わたしは あああ、あ、ああ、あなたと つ、つ、つ、つ、繋がりたくて ペンで書けばいいのでしょうか 剣を交わせばいいのでしょうか 問いかけることすら出来ないまま ど、ど、ど、吃る恋 君に笑われるかも 怖がられるかもね 避けられるかも 馬鹿にされるかも だけどいつかきっと 言えるのかな ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは ききき、き、き、きみのことが ど、ど、ど、ど、どうしようもなく 歌だけが追い越してった メロディだけ空回ってった 君はどんどんステージから 客席から遠ざかってった ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは ききき、き、き、きみのことが ど、ど、ど、ど、どうしようもなく 愛だけが追い越してった 愛と名付けられる前のものが 僕の名前が呼ばれた気がして ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、 吃る恋 🎧 📼

松永天馬(アーバンギャルド)Temma Matsunaga-URBANGARDE

10,903 次观看 • 6 个月前

毎年言っていますが、2007年2月17日にExT Recordingsからリリースされたぼくの1stアルバム『tide of stars』が全国流通され実質デビューしました たくさんの方に支えてもらい、ぼくはまだ音楽を作っています 本当にありがとうございます ここ数年やりたいことが放射線上に無尽蔵にどんどん広がってしまっているので、取り留めのない感じの活動に見えてしまっていると思いますが(本当にすみません…)、しっかり何年も何年も頭を掻きむしりながらリライトしては消してをくりかえしながらtide of starsから繋がるアルバムを制作しているので、のんびり待ってくれていたら嬉しいです ぼくの気持ちも夢もこの『tide of stars』をリリースした頃と何も変わってないです 「大好きな街や景色の中で聴いた時にぼく自身の胸の奥が熱くなるような音楽を作りたい」 そんな気持ちで作ったDE DE MOUSEとしての作品を皆さんに早くお聞かせできるよう頑張っていきます もちろんインターネットもふざけたことも大好きなので全部全力でやります! でも今日はtide of starsという、ぼく自身を大きく成長させてくれたアルバムに感謝したいと思います 是非ぼくと一緒に今日はこのアルバムを聴いてくれたら嬉しいです tide of stars、これからもよろしくね ちなみにtide of starsの大きいジャケデータ見つからなかったのでTouch Designerを使ってジャケの深度生成したものとジャケ画像を合わせて、RGBを高さに置き換えて3Dにして、ノイズで平面を靡かせてカメラワークつけたものを作りました 何言ってるか分からないと思いますので、とりあえずAI生成ではなくぼくが作ったということです

DÉ DÉ MOUSE

38,127 次观看 • 4 个月前

友達が亡くなりました ひとりぼっちで逝きました 間に合わなかったぁ…. 今年2月に仕事がうまくいかなくなったと連絡がありました 仕事を探しているけどみつからないと言っていました 『きっとすぐに見つかるよ!』といつものように笑って電話を切りました 私は仕事とボランティアに明け暮れ、先月末に連絡したけど折返しもなく、あれが最後になってしまいました まさか亡くなってるなんて夢にも思わなかったから…. ひとりで寂しかったよね…. 『あなたが生きていく上で困る時困りそうな時、まず最初に手を差し伸べるのが国や行政であるべき 何があっても心配するな そんな国をみんなで作っていくしかない』 この言葉が頭から離れません いつもバカな話ばかりして、ヘラヘラ笑って笑わせてくれて 彼は衆議院選挙の時『れいわに頑張ってほしいから比例はれいわに入れたよ』と言ってました 『頑張らない奴が悪い』って言う人が私の周りにもいます 彼は頑張ってました 決して頑張ってなかったわけじゃない でも、死にました たったひとりでこの世を去りました 現実をまだ受け入れられない自分がいますが、彼の想いを無駄にしないよう、今後も私はれいわ新選組の理念を応援します

瞬🐾

297,587 次观看 • 11 个月前

60年前(1966年)の今日5月25日、ロベール・ブレッソン監督の傑作『バルタザールどこへ行く』がフランスで一般公開された。 ゴダール 私にはラストでバルタザールが羊の群れにかこまれて息をひきとる場面⇩は、ほかの場面以上に即興的につくられたのではないかと思われます。 あなたははじめは、三、四匹の羊しか考えておられなかったのではないでしょうか? ブレッソン 即興的につくったということについては君の言うとおりだが、羊の数についてはそうじゃない。というのも、ぼくは実際は、三、四千匹の羊をつかおうと考えていたからだ。でもそれだけの羊を手に入れることができず、そのために、即興演出がなされたわけだ。たとえば、全体があまり貧弱なものにならないようにするために、羊を柵のなかに囲いこまなければならなかった(三、四本の木を森に見せようとする場合といくらか似ているわけだ)。でもぼくが思うのに、どんな場合でも、考えこむことによって得られるものよりはむしろ、いきなり頭にうかんでくるものの方が、その人がつくるもののなかで最もすぐれたものになるものなんだ。ぼくの場合も同じで、紙のうえでは解決することができず、白紙のままにしておいた困難な問題を、カメラをつかってたまたま解決することができたときにこそ、ぼくがつくるもののなかの最もすぐれたものをつくっているはずなんだ。 そして、こうしたことがたびたびおこるようになると――今ではこれはぼくの習慣になっているんだが――、次のことがわかってくる。つまり、紙に書かれた言葉や観念によっては到達することができなかったものごとを、カメラの背後に立つことによっていきなり見つけ出すとき、それによって得られる見方(ヴィジョン)は、それらのものごとを最も映画的なやり方で――つまり、最も創造的で力強いやり方で――発見ないしは再発見させてくれるということだ。 (〈カイエ・デュ・シネマ〉誌第178号('66年5月号)に掲載されたジャン=リュック・ゴダールとミシェル・ドラエによるロベール・ブレッソンへのインタビューから抜粋 『作家主義――映画の父たちに聞く』(奥村昭夫訳、1985年リブロポート) P439-440)

nave

10,832 次观看 • 1 个月前