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めちゃくちゃ悩んで 11歳で眼の手術を受けました。短頭種には命懸けの全身麻酔でした。もし万が一の事が会った時にはきっと自分を責めて一生後悔するんだろうと思いつつも手術をしました。 術後はさすがに色んな事があり、回復に時間はかかりましたが 驚異の力を見せてくれたうちの犬。今これです。

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新玉旅館の知名度を利用されました。 旅館側の取り分の提示は一切なし。 ちなみに、商品の販売価格は一万円です。 猫グッズ出したい。猫のために3万円寄付したのだから、こちらの言うことも聞いてと・・・ 以前、PDFで提案資料もいただいてた見てたのですが、ただただ儲けたいだけな感じしか伝わってきません。 提案資料内の期待できる効果の一つとして、 「SNSを通じた継続的なファンコミュニティ形成」 ご自身の会社は商品提供だけで、何もしないのに、宣伝労力はすべてこちら任せ。 にゃんたまYouTubeとXを利用してるだけで自分たちは利益だけ取るだけ状態です。 今日、電話で直接お話ししましたが、猫のために3万円渡したんで、逆に協力してもらわないと困る・・・ でも、女将さんに確認したところ、そんな事実はありませんでした。 はっきり言いまして、嘘をつかれました。 初回プレゼン資料お話しした後、ラインでこの文章送りました。 そのままの内容をコピペで貼り付けます。 「どうすれば儲かるかではなく、どうすれば猫たちの命や保護活動の支援につながるかということを前提にお話を進めていただければ有難いです」。 理解いただけなかったようです。 コラボレーション企画とかプレゼンPDFの中には書いてありましたが、これは一方的な搾取です。 何で、お宅の会社の売り上げのお手伝いをにゃんたまSNSがしないといけないのか? でもそんなこと、今日もおもちくんは気持ちよさそうに転がってます。廊下のお掃除になるかは分かりませんが、つや出しお手伝い?してくれてます。 皆さんぜひおもちくんが磨いた床を見にお泊りに来てくださいね!

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りっちゃんがうちに来てもう一年とちょっと経ちました。シャイなところがある子なのでこれまであまりポストしてこなかったのですが、すっかりうちに慣れて毎日ハイテンションで過ごしているのでぼちぼちりっちゃんの可愛いところを見せていきたいと思っています。 りっちゃんがうちに来た経緯についてあまり詳しくお伝えしていませんでしたので少しご紹介します。 りっちゃんは外で生まれ育ち長らく苦労をしており、把握されている限りで2回は外で出産しているそうです。そして子供を交通事故で失うという悲しい出来事もあったようです。 警戒心が強く頭も良いりっちゃんは、保護団体さんが避妊手術をするために捕獲機を何度も何度も仕掛けたのに全く捕まらず、2回目の出産のあとに5匹の子猫とともにやっと捕獲されました。 その後子猫たちは里親さんを探すべく保護され、りっちゃんは避妊手術を施され元いた場所にリターンされました。 りっちゃんの凄いところはここからで、なんと子猫を預かっている家を執念で探し当ててそちらのお庭で毎日毎日子猫を返せと鳴き続けたそうです。 それで根負けした保護団体さんに保護され、家の中で存分に子育てをして自らも里親を募集されることになりました。 ここまででも十分波瀾万丈なのですが、ここからうちにお迎えするまでにまだ複雑な経緯があります。 保護された直後シャーシャーで激しく威嚇していたりっちゃんは保護宅さんのうちで少しずつ人間に慣れていき、一年ほど経った頃に前の里親さんにお迎えされました。 その里親さん宅で半年ほど過ごした後、不注意からりっちゃんに脱走されてしまいました。 冬の寒い時期に2ヶ月以上も捕まらず、私もそのことを知って妻と何度か捜索に出かけています。そして衝撃的なことに、その里親さんはりっちゃんの捜索を諦め、飼育放棄してしまいました。 それでも保護団体さんは執念でりっちゃんを探して大寒波が来る直前に再度保護することに成功しましたが、げっそり痩せていてお腹の中には寄生虫がいたそうです。そんな状態なのに帰る家もなくなっていました。 そのことを聞きつけた私が「じゃあうちに!うちにおいでください!」と名乗りをあげたわけです。捜索中にりっちゃんの写真をずっと見ながら探していたので、寝ても覚めてもりっちゃんの顔がチラついてすっかり好きになってしまっていたので何も問題はありませんでした。 溢れる母性と執念で自らの運命を切り開いてきたりっちゃん。たくさん苦労をしてきたので、この一年うちではなるべくストレスをかけないように暮らしてもらいました。 カメラはあまり好きじゃないようなので撮影は極力控え、急に近づいたり手を高く上げると怖がるので人間たちは狂言師のようにそろりそろりと動いていました。 りっちゃんはどんどん自由になり、外で息を潜めて隠れていた時とはうって変わって一日中何やら喋っています。廊下を歩いていても鼻歌を歌うように、私はここよ〜♪と存在をアピールするように喋り続けます。 そこにいたんだね。やっと見つけたよ。さあ、一緒に暮らそう。ずっと一緒にね。りっちゃんのずっとのおうちはうちだったんだよ。

コンドリア水戸

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夜になると、冷や汗、腹痛、強い倦怠感、吐き気…。 就寝時間を過ぎる頃が一番つらくて、夜が来るのが少し怖いです。 それでも今日は久しぶりに体調がよくて、こうして投稿できています。 もし投稿が途絶えたら、体調を崩していると思ってください…。 麻薬の量が増えてから、強い眠気とふわふわした感じがありまして、皆さんのコメントにお返事することが難しくなりました。 ♡だけになってしまいますが、一つ一つの温かい言葉、ちゃんと大切に読ませていただいています。本当にありがとうございます。 退院はまだ先になりそうですが、少しでも早く家に帰れるように、できることを必死にやっています。今の目標は、少しでも食べること、少しでも体を動かすこと。 小さなことでも前に進めるように、毎日踏ん張っていました。 そして何より、、 入院して9日ぶりに、2歳の娘に会うことができました。 面会コーナーなら大丈夫と主治医が許可してくださり、やっと会えました。 入院してからは、そこまで移動することすらできず、旦那にはずっと部屋まで来てもらっていました。 車椅子に座るのも10分が限界なので、リクライニングできる車椅子を用意してもらって、たどり着けました。 私の顔を見るなり、 「マミー!マミー!」と走ってきてくれて、 小さな手で、痩せた私の体を何度も何度も優しくなでてくれました。 そのぬくもりが本当にあたたかくて、 ちゃんと生きてここに来られたんだ…って、 会えたんだ…って、 いろんな気持ちが一気にあふれてしまいました。 ポストできていなかった間、ご飯も食べられず、お昼はベッドでジッとしていて時間がすぎるのを待つだけ、ベッドから鳥を眺めているだけ、夜も全然寝れていませんでした。 緩和ケアの先生が毎日来られ、麻薬が増えて、退院の目処も立たず、まさか、もうこのまま復活できずそのまま体が弱って死ぬのでは、、と思っていたからです。 娘の前では泣かないと決めていたのに、無理でした。 会えなかった時間、動けなかった悔しさ、会えた嬉しさ、全部が混ざって、涙が止まりませんでした。 その時の動画です。 娘は「マミー」と呼びながら、娘のキッズ携帯で私をたくさん撮ってくれました。 その姿が愛おしくて、胸がいっぱいでした。 入院前に頂いたプレゼントは「私が開ける」とようになっていました。でもルールで旦那に言ったわけでもわく、入院してから届いたものも旦那は一切手をつけず、全部そのまま置いてくれています。 娘のマスクだけ、開けさせていただきました。 他にあるたくさんのプレゼント、開けていませんので、写真を載せられず申し訳ありません。 皆様、いつも支えてくださり本当にありがとうございます。 最後の動画が私の体さすってくれました。

産後4ケ月胃癌ステージ4

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【石丸伸二が考える未来とは】 2/8に仙台で開催された石丸さんの講演会に行ってきました。ライオンズクラブさんの主催で、石丸さんと学生たちとの対談も行われたのですが、会場は大いに賑わいました。 私が素晴らしいなと感じたのは、その会が本当の意味で学生たちのためのものであったこと。 こういったイベントだと、時に企業や団体や政治家の活動PRが目的で、そのために若者が駆り出されるという不純な意図が混じったものもあり、事実私もそれを目にして来たことはありました。 しかし、この会では学生たちや若者が一番前に座り、我々大人は後方席。質問も学生たちだけができるという形でした。大人は若者の話を聞くために、見守るために集まっている構図です。 最初に石丸さんの講演が30分ある予定でしたが、なんと石丸さんが「若者達の話す時間を少しでも長くしましょう」と言い、短めに切り上げました。 その後、中学1年生から大学4年生まで8人の学生たちが壇上に上がり、それぞれにいろんな思いや疑問を語るわけですが、その時、石丸さんと司会の方が彼らが話しやすいように促していて、学生たちの言葉に思わず拍手が鳴るという場面もありました。 その日は、はじめから終わりまでずっと若者たちが主役であり、ライオンズクラブの方々もまた、彼らのために企画をし、準備をしてきたのだなと。 終わったあともライオンズクラブの方々が登壇した学生たちと笑顔で「どうだった?緊張した?」などと話していたのが印象的でした。 石丸さんは「場末のネットメディアをやっております」というジョーク以外に自分のことは語らず、PRも宣伝も何一つせず、限りある時間を全て若者たちに使いたいという意思が感じられました。なんなら石丸さんが一番楽しそうにしてるなと思ったくらいです。 私もその日、大人の自分が若者にしてあげられることは何かなと、ずっと考えました。これからそれを、少しずつ実践していきたいなと思います。

ラヴィ

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関口華美の兄です。 今回は兄弟の代表として、妹の最後の手紙に実名のあるいじめ同級生女子 4名の親御さんに訴えます。 貴方達の娘らのいじめで、私の妹が 死んでから今年で6年目になります。 つまり、貴方達親が日常的に 娘さん達としている何気ない会話や、何気ないスキンシップすら私達 家族は、この6年間、はなちゃんと 一度も、何も出来ていない という事です。 朝のおはようも、一緒にゲームを クリアした時のハイタッチも、 ドライブも。 貴方達の娘さん達はこの6年間で 何回笑いましたか? 私は、はなちゃんの笑った姿を もう6年間も見ていません。 今後も当たり前ですが、 一生見る事ができないのです。 ただ兄として、両親も一緒だと 思いますが、はなちゃんが 死ぬほど、死ぬほどに辛い いじめを受けていた事に 気が付いてあげられなかった事を、 本当に今でも心から後悔しています。 だから、少なくともはなちゃんの 最後の手紙に書かれていた、いじめ 女児4人は、人としてはなちゃんに 心からの謝罪をしにきて もらえませんか? 貴方達が親として大切に育ててきた 娘らが12歳で犯したことです。 貴方達、親が何故6年経った今も 謝りに来させないのですか? はなちゃんには、 いじめ女子4人にさえも あるであろう素敵な未来が もう絶対にありません。 最後の手紙で実名があげられている 以上、まともな常識のある親なら、 少しでも娘らに反省をさせるための 謝罪に行かせる必要が あるのではないですか? 人として考え直してください。 よろしくお願いいたします。

町田市いじめ公式アカウント

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⑥ぽん吉(5歳8ヶ月)右副腎腫瘍3→4cm →続き 1/8(木) 「術後夜に面会へ、、、」 ぽん吉に会ってきました😭 ※手術して4時間後 案内されて見た瞬間涙が溢れました😭 思っていたより傷口がとても大きい 痛々しい、、辛かった、、 手術の時の説明も改めてきく 〇お腹を開けたら3cmと言っていた腫瘍は実際は4cmだった 〇隣接する血管に腫瘍が入ってしまっていたので血管ごととる必要があった(バイタルは安定していた) 〇肝臓の一部も腫瘍にくっついているので一緒にとることになった 病院の先生は、今までに、 同じ様なフェレットの場面において こうすれば良かったかもしれないとか、 これもやっといたら良かったとか、正直あると。そうゆう過去の経験から、今回は全て先回りをして万全の措置をとっていくつもりですと 手術をして下さった先生は、手術の時だけ来られるフェレット手術で有名な先生。 術後からやまを(バイタルが落ちたり、必ずおきるだろう腎障害、不全がおきたときなど)超えないといけない作業にたずさわって下さるのは常におられる担当の先生。 手術が終わったここからが、 あとは自分の力、措置などの判断、見極め、勝負ですとそうゆう内容を話されていました。 ぽん吉はぐったりしていたけど 何度か声に反応はしてくれていました。 ぽん。大事なぽん吉。たのむよ🙏🙏 自分の事だと迷うことも悩むことも0だけど動物(弱い存在)の事は命を預かっているとゆう責任があるから死ぬほど悩むし考える。たくさんの答えを探すし、その中の確実な1番を常に見出してあげたい。 今回それがめちゃくちゃ難しかった😭 ぽん吉いいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ😭 #フェレットちろ (仲間のぽん吉) #フェレット副腎 #フェレット右副腎

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交通事故にあい 治療中のたぬき 12日目 瀕死の状態だったぽんちゃんの体調を最優先にし、お伝えできていなかったことがあります。今、お話ししたいと思います。 ぽんちゃんは、推定1歳の女の子。 救護したとき、その体は骨が浮き出るほどに痩せていました。 そんな状態の中で この子は、お腹に命を宿していました。 交通事故の衝撃。 お腹の子は助からないだろう… そう思わざるを得ない状況の中、 母体を守ることに必死で尽力しました。 9日目〜10日目にかけて、 タール状の分泌物が見られました。 流産してしまった… そう思った11日目となる昨日 毛布を交換したその直後、 ぽんちゃんが、突然激しく鳴き始めました。 次の瞬間 目の前で、出産が始まりました。 お腹の中で、 まだ懸命に生き続けていた小さな命がひとつ、あったのです。 しかし、ぽんちゃんの体では力むことが出来ず、自力での分娩は難しい状態でした。 このままでは母子共に危険が及ぶと判断し、 慎重に介助し、取り上げたその子は、 この世界の空気を、たった一度だけ胸いっぱいに吸い込み、 そのまま、静かに息を引き取りました。 ほんの一瞬でも、確かにここに生まれてきた命。 助けてあげる事は出来なかったけれど、 この子が短すぎる時間を生きた意味が、 誰かの心の中で、そっと残り続けてくれますように。 その後、もう一匹。 胎盤に包まれた状態で出てきたその子は、事故の影響からか、発育の途中で亡くなっていた命でした。 ぽんちゃんは、 その小さな体で、どれほどのものを抱えていたのでしょうか。 苦しい状態の中でも、必死に食べ続けていた理由は、自分のためだけではなかったのです。 お腹の子に、少しでも栄養を届けようと、 命をつなごうとしていたのかもしれません。 交通事故は、 本当に大きなものを奪っていきます。 見えている一つの命その奥で、 気づかれないまま失われていく命もあることを、どうか忘れないでほしいです。 どうかこの出来事が、 ただ悲しいだけで終わらず、 守れる命について考えるきっかけになりますように。 ロードキルのない未来を、 少しでも多くの人が願ってくれますように。 —————— 出産後のぽんちゃんに、適切な処置と産後のケアを行えたことが、本当に幸いでした。 今は状態も落ち着き、穏やかに回復へ向かっています。 —————— ※野生動物の救護は感染症対策を含め、専門的な管理体制のもとでケアを行っています。

たぬきのお母さん

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当初、私が起案したメタルスラッグというゲームには、マルコ達は存在していなくて、メタルスラッグという戦車のみを操作するゲームだったんです。 諸事情があり急遽、メタルスラッグを操るマルコというプレイヤーキャラを追加することになり、このゲームの主人公は戦車からマルコに変更となりました。 その時、クロッキー帳を家に持ち帰り、あれもしたい、これもしたいとマルコのアクションを考え、殴り描きした時のリストがコレです。 よく見ると、やたらとマルコが負傷したアクションがありますね。 負傷したマルコが、ランボーやプレデターのように自分で怪我の治療をするシーンを、なんとしてもゲームにねじ込みたかったんだと思います。 メタルスラッグを起案したものの、ドッターとしての仕事が膨大すぎて、企画マンとしてゲームを考える余裕は、ほとんどありませんでした。 このアクションリストを見ると、この頃から状態異常がやりたくてしょうがなかったみたいですね。 負傷した足を引きずり、移動速度が遅くなったプレイヤーキャラを物陰まで移動させるドキドキ感は、皆さんが握るジョイスティックに力が入ったと思いますよ。 メタルスラッグ2以降で負傷という状態異常を実現すれば良かったんですが、デブ化やゾンビ化というインパクトがある状態異常を思いついた事が嬉しすぎて、負傷という状態異常をやりたかったことを忘れてしまいました。 バカ強いヒーローもカッコ良いですが、私は子供の頃からボロボロにされても、なお戦い続ける宇宙戦艦ヤマトや、マジンガーZ、ゲッターロボが好きでした。 JETには、ブラック・ジャック自身が鏡を見ながら自分の開腹手術をしたような事もやらせてみたいですね。 いきなり手術ゲームが始まったらびっくりするでしょ? 腕を失うくらい負傷しても全然平気で、最後の最後に大逆転するような強いヒーローを、彼に演じてもらおうと思います。

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