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イランの映画監督アッバス・キアロスタミ (1940-2016)は今日6月22日で生誕86年。 「良い映画は信じられる映画、悪い映画は信じられない映画。重要なのは、観る側がリアルと受け取るかどうかだ」 傑作『友だちのうちはどこ?』('87)から、 友だちのノートを間違って家に持ち帰ってしまった少年が、 ノートを返すために母親の目を盗んで家を抜け出し、友だちの家を探しに行く場面⇩

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映画『兄を持ち運べるサイズに』、大傑作でした。 まいったなあ。完全に涙腺崩壊。ボロ泣きしちゃったよ。劇場内もたくさんの涙に包まれていた。 今年の日本映画ベストワンはこの作品じゃないだろうかね。 原作は作家・村井理子の自伝的エッセイで、『兄の終い』という作品らしい(未読です)。 主人公を柴咲コウが、オダギリジョーが亡くなった兄を、満島ひかりがその元妻を演じている。嘘つきで金にだらしなく、どうしようもない兄。なのになぜか憎めない。そんなオダギリジョーの芝居が最高! 特殊な人じゃないと思うんだよね。誰にでも思い当たる節があるはず。兄弟でなくとも、親戚や知人の中にこんな人がひとりぐらいいるんじゃないかな。 絶縁状態だった兄の突然死から始まり、残された家族が兄の人生の「後始末」をする4日間。映画は、家族の複雑な関係性や死生観をユーモアを交えながら描いている。喪失、再会、思い出、絆、そして家族だからこその「許し」。 「持ち運べるサイズ」というタイトルは兄の遺骨を指すが、観終わった後には「心の中で持ち運べる兄の記憶」なんだな、と思った。 そしてやっぱり子役の味元耀大くん。君はホントに素晴らしい。君のお芝居でどんだけ泣いたか。 ドラマみたいな裕福であったかい家庭で育った人には伝わらないかもしれないけど、リアルな話、兄弟とか家族とか血縁関係ってのは面倒でうっとおしいものです。でも、そのうっとおしさが実は愛おしい。そういう感覚が理解できる、大人のための映画だなーと。 ホント傑作なので、今すぐ映画館で観ることをオススメします。 そういえば12/1は映画の日。サービスデーなので安く映画が観られるよね!

片岡K

26,952 views • 7 months ago

前回の投稿で横浜にて惨状を晒しちゃった国際名乗っちゃってる映画祭もどきのイベントの事を呟いたら、業界も映画ファンの方々からも多く賛同頂いたので、バズッた❓ってことでこちらのお話もさせて下さい。 これまた横浜と企みは一緒ですが、それ以下の劣化版で、いまやマスコミにも相手にされず、現地の夕張でも誰も話題にしないのが #ゆうばり国際ファンタスティック映画祭 なのですが、我々の様な映画人、映画ファンたちが夢見ていたかつての栄光ある映画祭とは全く別物です。 名前だけ手に入れた運営会社が映画祭利用して金を稼ぐのと同時に、運営の頭が自分は文化貢献しているという肩書で商売利用しているのが現状です。 2年前に前の運営(※ここの前理事長も問題あるんだけどねw)がダメになり、#ゆうばり映画祭 の継続がこのままだと難しいとなり、映画祭で育っててもらった身としては、なんとかしたいから映画祭の有志の会を立ち上げて代表務めましたが、参入してきたいまの運営たちが全く映画を理解しておらず、昨年は35回の節目だから一から話をして映画祭を少しでも立て直せたらと思ってましたが、とにかく頭にあるのは「イベントだ、儲かるかどうか?」など映画のことなど頭に無くて、上映作品(節目だから回顧としてかつて上映した作品など)のことも話しても、上映料とかも知らず「なんでお金が掛かるの? そんなことよりイベントを!」という状態…もう限界だと辞任した訳です。 声掛けてたゲスト候補や各映画会社にも状況説明と謝罪し、一応は収まりましたが、今度は逆恨みした運営側が「中田は何百万と法外なギャラを請求したから辞めさせた」と嘘を吹聴してましたが、関係者は実情知ってたので「大変でしたね」と労ってくれました。 なるべく映画祭に負担掛けたくないから、ゲスト候補との交渉(お茶飲んだりとか)とか掛かった必要経費だけで請求したんだけどね、3万円ちょいw(それも渋ってなかなか払わなかった…)。 そんな誰も映画も映画祭も根本的に理解していない連中(※横浜でやったイベント屋と同じ感覚)でやった去年のゆうばり映画祭は、名前だけ堂々と名乗っているけど別物で、バッタ屋たちの下世話最低イベントになってしまったのは、去年行って酷い目に遇ったゲストや(※本人たちから聞いたけどスゲー話)、わざわざ行った映画ファンの方々のお話が真実です。 もう、かつてのゆうばりファンタはこの世には存在しません。我々の大切だった映画祭はもう無いのです。 でも、この映画祭を昔からの継続だと思ってコンペに応募している方々や、映画が好きで集うボランティアスタッフ(※去年の人たち散々でしたね)や、映画ファンの皆様、いまのゆうばり国際ファンタスティック映画祭は全くの別物です。映画愛も微塵に無くて、前運営理事長から手に入れたバッタ屋たちのイベントです。 なので、あなたたちの映画への愛や情熱や、そして夢が利用されないことと、失望しないことを切に願います。 もう上映も決まって行かれる方はどうぞご用心下さい。 映画を愛してない人間たちが映画を商売利用することに憤りを感じます。 そして前の投稿でも言いましたが横浜を始め、いまは気軽に国際映画祭ってどこでも名乗る身分相応でない映画祭もどきが増えちゃた由々しき事態も、日本映画界隈の問題だと思ってます。 我々が心から愛してる映画を舐めないで欲しい。 そんな事もあってなぜ、ゆうばり映画祭はこんなことになってしまったのか?と、それを伝えるべく現在ドキュメンタリー映画を製作しております。まだまだ取材と撮影はしております。色々とえげつない話が出てきてますw まさに取材を進める内に出て来た“不可解な真実”を、皆さんに知って貰い、今後の警鐘になれたら幸いです。 中田圭監督作品「ゆうばり映画祭の不可解な真実」製作中

中田圭

21,235 views • 1 month ago

ボクは4人兄弟の3番目で、兄ちゃんと、姉ちゃんと、弟がいる。 父ちゃんは、普通のサラリーマンで、毎日電車に揺られて、朝から晩まで働いた。 母ちゃんは自分を後回しにする人で、ときどき美容室には行っていたけど、自分の服を買ったところは見たことがない。ずっと同じ服を着回していた。 近所には「ダイエー」と「イズミヤ」という二つのスーパーがあって、母ちゃんは、毎朝チラシを舐めるように見ては、「今日は、食パンをダイエーで買って、牛乳をイズミヤで買う」という毎日を繰り返していた。10円でも安い牛乳を買い求めて走らせる自転車の後ろには、ボクか、幼い弟が乗っていた。 「誕生日会」があまり好きじゃなかった。 友達の誕生日会では不二家のケーキが振舞われる中、ボクの家の誕生日会は、母ちゃんの手作りのケーキが出された。恥ずかしかったし、友達に申し訳ない気持ちになったことを覚えている。 家の床が抜けるほどの貧乏じゃないけど、裕福ではなかった。サラリーマン家庭で、子供4人を養っているのだから当然だろう。そのことには、子供の頃から気がついていた。 あれは幼稚園から小学校低学年の頃、今でもハッキリと覚えている記憶がある。 年に一度、家族で外食をした。近所のステーキ屋だ。父ちゃんは「好きなものを食べろ」と言ったが、誕生日会があの調子だ。ボクは家計のことを考えてしまう。高いステーキなんて、とても頼めやしない。 だからといって遠慮してしまうと、父ちゃんが傷つくことはわかっていた。 子供に気を使われてしまうことほど、惨めなことはない。子供ながらに一生懸命考えて、「肉はあまり好きじゃなくて、野菜が好きだ」ということにして、「野菜炒め」を頼んだ。 安かったからだ。 肉は、誰かが頼んだものを少し分けてもらった。 「お年玉」も同じ調子だった。 お正月になると、大阪・吹田に住んでいる親戚の家に遊びに行って、「お年玉」をもらった。家計に余裕がないことは分かっていたから、「お年玉」はハナから母ちゃんにあげるつもりでいた。だけど、「家計が大変だから、これを使って」と言って、「お年玉」を渡してしまうと、母ちゃんが傷ついてしまう。足りない頭で一生懸命考えて、「お年玉」を母ちゃんに預けて、返してもらうことを忘れることにした。 兄弟の年齢差が、少し残酷だった。兄ちゃんとボクは5つ離れていて、ボクと弟は6つ離れていた。ボクの服は兄ちゃんの「お下がり」で、その服を弟が着るには、ボロすぎた。 弟は新しく服を買ってもらっていた。姉ちゃんは、一人娘だったので、服を買ってもらっていた。もちろん兄ちゃんは長男なので、服を買ってもらっていた。 服を買ってもらった記憶がないし、そういえば、兄弟の中で、ボクだけ自転車を買ってもらえなかった。理由は、「お下がり」で事足りたらなんだけど、家族の中でボクだけがO型(他は全員A型)だったので、「もしかして、捨て子なのかな?」と本気で疑ったこともある。 誕生日会で不二家のケーキが出てくる友達を羨んだし、洋服や自転車を買ってもらえる兄弟を羨んだ。 こうして、昔の記憶を掘り起こした時に、まず出てきたのは、この思い出なので、他者との比較が招いた「恥ずかしさ」や「嫉妬のようなもの」は、子供心に、それなりに刺さっていたんだと思う。 だけど、だからといって、親を恨んだことは無い。 限られたリソースの中でとても大切に育ててもらっていることは、子供ながらに分かっていた。誕生日ケーキを買うことはできなかったけど、毎年、欠かさず作ってくれた。 母ちゃんは、よく「腰が痛い」と言っていた。 いつだったか、その理由を婆ちゃんが教えてくれた。 赤ちゃんの頃のボクは酷く泣き虫で、起きている間、ずっと泣いていたらしい。本当に、ずっと。 母ちゃんは、父ちゃんを仕事に送り出し、兄ちゃんと姉ちゃんの世話をしながら、掃除洗濯料理をしながら、「ダイエー」と「イズミヤ」を行ったり来たりしながら、いつまでも泣き止まないボクをずっとおぶり続け、それで腰を悪くしたそうだ。ボクは、この罪をどう償おうか。 父ちゃんも、母ちゃんも、必死だった。子供4人を生み育てることで、諦めなきゃいけなかった幸せがたくさんあったと思う。今、自分のタイムスケジュールで好き勝手生きている自分が、いかに甘いかを思い知らされる。 たくさん、お金を稼いで、たくさんチヤホヤされているけど、「それが何だよ」と本気で思う。 どう考えたって、世の中の父ちゃん母ちゃんの方が偉大だし、ボクは、彼らが引き受けている数々の苦労から逃げた男なので、せめて、彼らが束の間、その羽を休められるエンターテイメントを提供しなきゃバチが当たる。 そういえば、婆ちゃんはよく「そんなことをしたら、バチが当たるから」と教えてくれたな。今日も頑張ろう。

西野亮廣(キングコング)

173,188 views • 5 months ago

【拡散希望】 実はこの作品を配給するか、正直悩みました。 明日から公開されるロシアのクィア・アーティストを追ったドキュメンタリー『クイーンダム/誕生』。 LGBTQ+が「存在してはいけないもの」とされ、 公に生きること自体が犯罪になりうるロシア。 この映画に映っているのは、その中で沈黙を強いられてきたジェナの人生です。 私たちはウクライナの映画を公開するために立ち上げた会社です。 ジェナの生き方は勇敢で、映画はもちろん素晴らしいのですが、ロシアによる侵攻が続く中で、 「ロシアの映画を公開すること」は誰かの痛みを踏みにじる行為にならないか。とても悩みました。 そんな時、主人公ジェナが、 「侵攻が始まった時、私は反対だった。同じ考えの人もたくさんいる。それでも“ロシア”という一つの意思として受け取られてしまう。そのことに、私は深く傷ついた。だけど、それでも自分というアートで世の中に表現していく」 と言った言葉に、抑圧されている国でも戦いながら生きるジェナの存在は、声をあげずらい人、自分らしく生きることができない人にとってこの映画が救いとなるんじゃないかなと思い、考え続けた末この映画を届けることを選びました。 これはロシアを語る映画ではありません。 抑圧の中でも、尊厳を失わずに生きようとするひとりの人間の記録です。 劇場のスクリーンで集中してみるからこそ良さが伝わる映画だと思っています。 『クイーンダム/誕生』今週より劇場公開です。 明日、明後日はジェナとプロデューサーのイゴールが登壇する舞台挨拶も予定してますのでぜひ!

Elles Films | 映画『クイーンダム/誕生』公開中👑

281,109 views • 5 months ago

『グレートウーマンに会いに行く〜それぞれの人生と活動にリスペクトを込めて〜』 映画監督の浜野佐知さんです。 浜野佐知さんが監督を務められた 『金子文子〜何が私をこうさせたか〜』 本日(2/28) よりユーロスペース(東京)など全国各地で上映が開始されます。 ぜひお近くの映画館に足を運んでみてください! ◆ 『金子文子〜何が私をこうさせたか〜』 公式サイト◆ ※予告編や上映情報など、こちらでご覧いただけるようです。 Q 浜野佐知さんが映画監督になろうと思われたのは? →「日本の映画が描く女性っていうのはなんか居心地が悪いなって思っていた。なんでだろうと思ったら作る監督が全員男だった。こういう日本の映画で描かれているような現実の女じゃないぞっていう今生きてる女性を描きたいって思ったのが映画監督になろうと思ったきっかけだ。」 Q 金子文子の映画を撮ろうと思われたのは? →「監督になってもピンク映画であるっていうことでそこにも一つの差別もあっただろうし、金子文子がなんかふっと重なった。自由に憧れる気持ちもまた絶望もわかるなって。闘うというその怒りもわかるなっていうふうには思っていた。」 魅力溢れる浜野佐知監督へのインタビュー、 そして『金子文子〜何がわたしをこうさせたか』をぜひ観てください! ◆浜野佐知さんインタビュー◆ #グレートウーマンに会いに行く #金子文子 #映画監督 #浜野佐知 #福島みずほ

福島みずほ 参議院議員 社民党党首

37,239 views • 4 months ago

『超かぐや姫!』、ガチ批評します。 「ドパガキ向けの浅い映画」という声が、SNSで飛び交っています。 結論から言います。 その批判、半分は正しい。 でも半分は、この作品の本質を見ていない。 ドパガキとは何か。 短い刺激、派手な映像、強い音楽、速いテンポ。 そういうドーパミン的快楽に強く反応する層を揶揄するネットスラングです。 正直に言う。 『超かぐや姫!』は、そう言われる理由がある。 映像は派手。テンポは速い。感情が整理される前に、次の刺激が飛んでくる。観ていて疲れる人がいるのは当然だ。「浅い」と感じる人の気持ちも、かなり分かる。 ただ。 観終わったあと、ずっと頭から離れなかった。 これが、この作品の厄介なところだ。 この映画が本当にやっていることは、 「派手な映像を見せること」 ではない。 現代人の感情そのものを、映画にすることだ。 承認欲求。孤独。ライブ配信。SNS。 「見られたい」という欲望。 感情が落ち着く前に、 次の感情が押し寄せてくる。 ずっと感情が暴走している映画。 それが『超かぐや姫!』だ。 だから「中身がない」と感じる人がいる。 これは分かる。 物語の積み上げは粗い。 キャラクターの感情変化も、 丁寧に説明されるタイプではない。 でも、この作品は最初から「綺麗な物語」を 作ろうとしていない。 感情が整理できないまま、 ぐちゃぐちゃのまま、爆発してしまう。 その不安定さ自体を描いている。 この作品の「速さ」が特に面白い。 展開、感情、映像、音楽。全部が速い。 まるで、ショート動画を延々と浴び続けている感覚だ。 でも考えてみれば、 今の私たちはそういう時代を生きている。 次から次へ情報が流れてくる。 感情を整理する前に、また次の刺激が来る。 『超かぐや姫!』は、その現代の疲労感を、 かなり正直に映している。 手放しで名作とは言わない。 脚本は粗い。 説明不足な部分も多い。人を選ぶ作品だ。 ただ、ここまで「今の時代」を映しているアニメ映画は珍しい。 そしてこれだけ賛否が噴き出している時点で、普通の作品ではない。 歪だけど、熱量がある。 私はこういう作品が好きだ。 あなたは『超かぐや姫!』をどう感じましたか? ドパガキ向けの浅い映画だったのか。 それとも、 今の時代を映した尖った作品だったのか。 コメントで本音を聞かせてください。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

88,479 views • 1 month ago

【独自・取材執筆】伊藤詩織さんのドキュメンタリー映画は、タクシー運転手や刑事、弁護士とのやり取りの無断での録音録画と映画での使用、そして、ホテルが民事訴訟での使用のみで許可した防犯カメラの映像の無断使用などが問題視され、日本で上映の目処が全くたっていない。しかし、米国のパラマウントプラスでは、修正や削除がされないまま今年1月上旬以降、この映画がストリーミング上映されている。 そして、その中で2017年12月に行われたメディアに携わる女性たちが性被害の問題を話し合う場面でも一部の女性たちの許諾なく、映像が使われていることが新たに判明した。 昨年末に映像の削除を求めた女性に伊藤さんは「最新のバージョンでは削除する」と伝えたものの、1月14日の段階では削除されないまま米国で配信が続いている。情報源の秘匿のみならず、性被害を語る非公開の場の映像を一部の女性たちの許諾なく映画で使っていることは大変問題だ。 また、この状況を知ってもなお「映画を日本で上映すべきだ」などと主張している人たちの気持ちが私には到底理解できない。その人たちは、いま無断で映像を使われ傷ついている人たちに向かって同じ言葉を言えるのだろうか。 【伊藤詩織さん監督の映画、「性被害」語る女性の映像を許諾なく使用 非公開集会、発言者が削除求めたのに…:東京新聞デジタル 】 ジャーナリストの伊藤詩織さん(35)が監督を務め、自身の性被害を調査したドキュメンタリー映画「Black Box Diaries」の中で、日本の女性記者たちが性被害などを語った非公開の集会の映像が、発言者の許諾がないまま使われていたことが分かった。 該当部分の削除を要求した女性は、2024年末に伊藤さんから「最新バージョンでは削除する」と伝えられた。だが、1月上旬から米国のパラマウントプラスで公開された映画を確認すると、削除されていなかった。 ◆伊藤さんから「映画で使いたい」 問題になっているのは、2017年12月に日本で開かれた非公開の集会の様子で、映画後半に約2分40秒ほど流れる。 無料登録すると月3本までデジタルの記事を読むことができます。→ 2023年10月の元弁護団らの映画の中の問題点について発信した記者会見の動画は→ 東京新聞の10月21日の会見の記事→

望月衣塑子

585,677 views • 1 year ago