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ドキュメンタリー映画『ファンキータウン 暗黒の光』【日本初公開】配信中! 中国・成都のクラブ「ファンキータウン」に集う若者たちは、どこか破滅的で切ない影を帯びている。 家族や世間との距離感がつかめない者たちは、闇と光が溶け合うクラブで自分の存在を確かめる。

6,053,813 views • 2 years ago •via X (Twitter)

10 Comments

西岡寛麿-Hiromaro Nishioka's profile picture
西岡寛麿-Hiromaro Nishioka2 years ago

アジアンドキュメンタリーズって、なんでこう見たくなる魅力的なのをリリースしてくんねやろ

巨神兵's profile picture
巨神兵2 years ago

凄い変わり様だね。 40数年前、子供だった頃にNHK特集の「シルクロード」を楽しみに観ていたが、その頃の若者はみんな人民服を着て自転車や馬車に乗っていた。まさかこんな荒廃的な若者が出来上がるとは思ってもみなかった。

翠の丘(Follow返しは常でなし)'s profile picture
翠の丘(Follow返しは常でなし)2 years ago

日本にもこういう時代は有ったな。勿論他の先進国もその発展段階で似た様な状況を社会として経験して来たろうけれど、何だか東洋の若者像ってのは其れなりに似た部分を有している気もしないでもない。 但し根源的中国性ってのは日本とは違うのだろうが。

Hanging Gentleman's profile picture
Hanging Gentleman2 years ago

なんや『私達は可哀想です🥺』みたいなこと言ってるけど うるせぇバーカ働け 真面目に社会に馴染む、社会に嘘でも溶け込むフリもしないで 酒ヤッテ、タバコパカパカやって クリスとセックスブスブスやって 世捨て人に自分からなって 今頃世界から見放されました🥺じゃねぇーよ

終わりの始まり's profile picture
終わりの始まり2 years ago

内容がエグそうだが、宣伝映像は最後まで見てしまった。観たいような辞めておいた方がいいような…と思わせる映画。さてどうするか…

K2's profile picture
K22 years ago

シルクロードの世代は遥か昔。

鈴木 礼、おじぃは大日本帝国陸軍少尉🎌だが逢った事無し😭's profile picture
鈴木 礼、おじぃは大日本帝国陸軍少尉🎌だが逢った事無し😭2 years ago

ウイグル人人権問題を取り上げて下さい

アジアンドキュメンタリーズ's profile picture
アジアンドキュメンタリーズ2 years ago

よろしければ、こちらもご覧下さい。

やや5時のカベルネ❗'s profile picture
やや5時のカベルネ❗2 years ago

40年前の新宿でトイレが動物園みたいだったり高校が少年院みたいだったり…そんな毎日は恐いけど楽しかった🎵

しっとり熊's profile picture
しっとり熊2 years ago

南モンゴルへの迫害を描いた映画はありますか?。

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AIが「病気を治す」「富を生む」「生産性を高める」という未来像は、多くの人にとって魅力的だし、人々はそういう利点を信じていないわけではない。だが、それだけでは不安は消えない。彼らが本当に聞きたいのは、その未来の中で自分たちは何者として生きるのか、ということだ。 サム・アルトマン「私の問いはこうです。未来における私の役割は何なのか。私の経済的な未来はどうなるのか。私の主体性はどうなるのか。私の子どもたちや家族は、これからも充実した創造的表現を持ち、世界を前に進めるために奮闘し、成長し、長いあいだ機能してきたやり方で共にそれを続けていけるのだろうか、ということです。 そしてAI業界の人たちが、「まあ、仕事はなくなるでしょう」とか、「仕事の50%が消えるでしょう」とか、「仕事の90%が消えるでしょう」と言い、「AIはあらゆる面であなたより賢くなるでしょう」と言い、「ベーシックインカムは与えますが、あなたには実質的に役割はありません」と言う。これはひどいことです。 しかも、「このAI企業は、すべての仕事を破壊するかもしれませんが、世界で最も価値のある企業になります」と言っているわけです。人々はそれを見て、言葉を失ったような、気まずいような反応になるんです。 だから私は、それはひどいメッセージだと思います。私たちが利点を十分に説明してこなかった、という話ではないと思います。実際、人々は私たちの言うことを信じているのです。「がんを治してください」と言われれば、それは素晴らしいことです。けれども私たちAI業界は、人々があらゆる段階で未来を決める主導権をどう保ち、私たちが大切にしているあらゆる意味で本当に意味のある人生をどう持ち続けられるのかを、説明できてこなかったのだと思います」

Tsubame

14,927 views • 1 month ago

地面が揺れた夜、日本では人々が震えながらテレビのテロップを見つめていた。「津波警報」「避難してください」って言葉にどれだけの記憶と恐怖が結びついているかを日本人は知っている。同じ瞬間、海の向こうの画面では、まったく別の光景が広がっていた。日本の地震ニュースに、中国人の笑い声とスタンプとおめでとう🥂地震ありがとう😭の文字が踊る。 「もっと大きいのが来ればいいのに🥰」 「今日はいい日だ😆」 人の家の屋根が落ち、誰かが暗闇で家族や飼ってた猫の名前を呼んでいる時に、それを祝杯のネタにできる人間が、確かにこの世界にはいる。 そしてその上からは、中国の報道官が、日本の発表は誇張だ、虚偽だ、我々の通常の軍事訓練を妨害するなと、よく通る声で読み上げている。 自国の軍艦の動きを通常と言い切るその口調は、他国の不安も、犠牲者の恐怖も、すべて雑音として処理してしまう冷たさを帯びている。 他人の不幸でしか笑えない、心の貧しい人間。このような人間を量産してしまった土壌については、やはり目をそらしてはいけない。 長年にわたる反日ドラマ、偏った歴史教育、政府にとって都合の悪い情報は消され、 「日本が困る=良いことだ」 という図式だけを何度も擦り込まれてきた社会。 そこで育った若者が、地震のニュースを見て反射的に「いい気味だ😝」と打ち込むとしたら、それは個人の性格だけでなく、情報統制とプロパガンダの作品でもあるのよね。 上では報道官が日本を「誇張だ」「嘘だ」と断じる。 下ではネット民が「もっと揺れろ」と叫ぶ。 政府と群衆が、互いの最も醜い部分を映し合いながら一つの像を作っていく。 それは、国家というものが簡単に理性ではなく、憎悪のほうへと舵を切ってしまう危うさを、これ以上ないほど分かりやすく見せている。 では、日本はどう振る舞うべきなのか? 怒りを抱くのは当然だ。自分の国の災害を笑われて、何も感じない人間はいない。 中国が仮に日本にミサイル攻撃などをして、傷つくのは、最前線に立たされる若い兵士と、戦場に変わった街で暮らす市民たちだよ。 あたしたちは今回の中国の言動ややってきたことに対して 「この行為は忘れないが、燃やさない」 という態度が必要。 日本側は、起きた事実、言われたことを淡々と積み上げて、世界に示し続ければいい。 危険な接近も、レーダー照射も、ネットの誹謗中傷も、一つ一つ証拠を添えて、静かに机の上に並べる。 相手がどれだけ「大げさだ」と叫んでも、時間をかければ、第三者の目にはどちらが誇張し、どちらが抑制的だったかが見えてくる。 同時に、私たち自身の足腰を強くすること。地震大国としての自覚を持ち、耐震、津波避難、インフラの強靭化を黙々と進める。 中国の嘲笑よりも、自分たちの備えの甘さこそが本当の敵だと心得る。 「笑っている間に、日本はまた立て直していた」 そういう国であることが、結果として一番の防衛になる。 そして、何よりも大事なのは、天災の前でだけは人間であり続けることだよ。 地震や津波が襲った時、私たちは隣国の被害に対して静かに「大丈夫か?生きてるか?中国人とか関係ないぞ!」と言える国でありたい。 それは相手の政府や政策を肯定することではない。 瓦礫の下で泣いているのが、どこの国の言葉を話す子どもであっても、同じ痛みを抱えているという当たり前の事実を忘れないということだよ。 国と国との関係は、これからも揺れるだろう。外交の場では、厳しく言い返さなければいけない局面も増える。 それでも、天と地が動くような災害の前では、せめて人間同士の最低限の線だけは守る。 その線を守り続ける国こそ、本当に強い国じゃないかしら? 海の向こうで笑い声が上がる夜、日本ではまた、誰かが静かに片付けを始めている。 壊れた家を補強し、避難経路を確認し、次の揺れに備えて、町を少しだけ強くする。 「今日はいい日だ」と書き込んだ誰かは、それを知らない。 知らなくていいのかもしれない。 だが、歴史は静かに見ている。 天災を前にして、笑った者と、黙って手を動かした者の違いをね。 その違いこそが、この先の東アジアの運命を分ける、本当の境界線になるんじゃないかしら?

クレア

178,297 views • 7 months ago

「仕える者」と「支配する者」のあいだ イタリアのジョルジャ・メローニ首相がこんな言葉を残した。「私たちは国民に仕えるのであって、国民を支配するのではない」と。 シンプルな一文だが、刺さる。 現代の民主主義が抱える病の核心を、これほど端的に言い表した言葉もそうはないだろう。 いつの頃からか、エリートと呼ばれる人々——政治家、官僚、専門家、メディア——は「国民は正しい判断ができない」という前提で動くようになった。だから啓蒙が必要だ、教育が必要だ、と。そうして生まれたのが、誰も頼んでいない政策の数々である。 もちろん、専門知識は必要だ。すべての政策を直接民主主義で決めろという話ではない。しかし「知っている者が決める」と「国民のために決める」は、似て非なるものだ。前者はやがて、国民を統治の客体として扱い始める。 メローニへの評価は人によって分かれる。彼女の政治姿勢に賛同しない人も多いだろう。 だがこの一言が多くの人の心を掴むのは、それが党派を超えた普遍的な渇望——「自分たちのことを、自分たちの言葉で決めたい」——に触れているからではないか。 政治家は国民の上に立つ賢者ではなく、国民の意思を形にする執行者である。その原点を問い直す声が、いま世界各地で上がっていることは、偶然ではないように思う。

辻よしたか 大阪市会議員 東住吉区

241,464 views • 3 months ago