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ベッセント長官『我々の情報筋によれば、イラン指導部が狂ったように国外へ資金を送金しているのを確認している。つまり、ネズミたちが船から逃げ出しているわけだ。これは、彼らも終わりが近いことを認識している良い兆候だ。』もうイランは長くは無いようだ。

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知りたい人、もういない? ぶっちゃけ、株もビジネスも何もかも、情報の非対称性があればあるほど、利益が出しやすいんだよね。 例えば、Aでは相場が100円のモノがあるけど、Bでは相場が150円で価格が決められている。 しかし、AではBが150円で売られている事を知らないが為に、買い占められ、本来得られたはずの利益を失うことに。 だからこそ、『知っている』ということは何より強みになる。 メタプラネットもそうだよね。 きちんと企業の理念、BTC保有戦略、将来性、BTCそのものの可能性、これらを知っていれば、少なくとも軽く手放せるようなモノではないことは理解ができる。 ということで、今回はきっちり人数制限を設けようと思います。 私自身無闇矢鱈に広めたいのではなく、【必要な人に必要なだけ届けたい】ただ、それだけです。 情報の価値は「知られていないこと」にあるから。 無闇矢鱈に配ると、薄まってしまう。 だからこそ、本当に必要だと思う人だけに、きちんと渡したい。 後悔のないように今のうちにまずは声を上げてみて。 待ってるよ。 誰がイイネして、リプしてるのは把握してるから、優先して届けたい。 これくらいのエコ贔屓は許されるよね?

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異世界アイドル☆パラレルパレード NEO AKIBA ARCHIVE LOG R-20 ―船底― 船底に、時間の感覚はなかった。 昼も夜も、光では分からない。ただ機関の唸りが、腹の底に響く低い痛みとして続いているだけだった。 空気は湿り、鉄と油と、微かな死臭に似た匂いが混じっていた。誰かが以前ここで死んだのか、それとも運ばれてきた荷が腐っていたのか、確かめる気にはなれなかった。 グンソは膝を抱え、目を閉じていた。 眠っているわけではない。 眠れば、あの音を忘れてしまう気がした。 一度目。 二度目。 そして、間延びした三度目。 耳の奥で、その音は今も鳴っている。骨に響くような、鈍い衝撃音。あれが何だったのか、グンソは考えないようにしていた。考えれば、想像してしまう。 想像すれば、たぶん壊れる。 その数を、指の関節で数えていた。爪が掌に食い込んでいることに、しばらく気づかなかった。 「……何を数えてる」 ヘジュの声だった。掠れて、疲れきっている。 グンソは答えなかった。 「音か」 ヘジュは、それ以上聞かなかった。聞いても、答えが誰の救いにもならないことを知っていた。 暗闇の中で、五人はそれぞれの姿勢を保っていた。ソンミンは扉に背をつけ、刃物の柄に手をかけたまま動かない。ドンチョルは膝に顔を伏せ、時折、喉の奥で押し殺した音を漏らした。泣いているのか、それとも吐き気を堪えているのか、誰も確かめなかった。テジュンは記録片を握ったまま、指の皮が擦り切れるほど強く握り続けていた。 誰も、故郷の話をしなかった。 話せば、戻りたくなる。 戻れば、今度は自分の番になる。 だから、誰も口を開かなかった。沈黙は五人を守る最後の壁だった。 「……テジュン」 長い沈黙の後、ドンチョルが言った。声に張りがなかった。 「その紙、まだ持ってるのか」 テジュンは答える代わりに、握った拳を少しだけ開いた。 焼け焦げた記録片。端は炭化し、触れるだけで崩れそうだった。かろうじて読めるのは、消えかけた「ソナ」という二文字だけ。それ以外の文字は、熱で歪んで判読できない。 「捨てろとは言わない」 ドンチョルが目を伏せた。 「ただ、それを見るたび、俺たちがまだ何かを背負ってるんだと分かる」 「重いか」 「軽い方が、おかしいだろう」 「軽くなったら、それこそ終わりだ」 テジュンが低く言った。 「忘れた瞬間、俺たちはあいつらと同じになる」 誰も、その言葉を否定しなかった。 船体が、大きく傾いた。 外洋に出たのだと、誰かが呟いた。壁を伝う振動が変わり、機関の音が一段低く沈んだ。それからどれほどの間、その振動が続いたのか、誰も正確には言えない。世界は、故郷の外へ出た者が思うより、はるかに大きかった。 グンソは膝の間に顔を埋めた。 無窮花の押し花は、外套の裏地に縫い付けてある。潰さないように。失わないように。指先で、その硬い感触を確かめる。花弁はとうに乾き、触れるたびに崩れそうな脆さを保っていた。それでも、まだそこにある。 「兄さん、これ、押し花にしたの」 「帰る場所を、忘れないように」 あの時のソナの声を、グンソはまだ覚えている。震えていて、それでも笑おうとしていた声。 だが今、故郷はもう帰る場所ではない。 帰れば、殺される。あるいは、殺されるより先に、存在ごと消される。 名簿には、五人分の特徴だけが載っていた。 顔写真もなく、名前もなく。ただ身長、瘦せ型、逃走経路の推定、目撃時の服装。 存在しなかったことにされた人間が、存在しなかったことにされた船で、地図にすら残らない街へ向かっている。 生きているのに、記録から消されている。 それは、死ぬことよりも静かで、死ぬことよりも長く続く消え方だった。 「……テジュン」 グンソが、初めて自分から口を開いた。声が掠れていた。 「アルトリウスって、本当にあるのか」 「積荷票にはあった」 「地図にはない」 「地図が古いだけかもしれない」 テジュンの声には、確信がなかった。それでも、その言葉にすがるしかなかった。縋る場所がなければ、この暗闇の中で、五人は自分たちが本当に存在しているのかすら疑い始めていた。 どれだけ進んだのか、誰にも分からなかった。 食料は幾度も尽きかけ、そのたびに甲板の誰かがどこかで調達してきた。水も、燃料も、同じだった。積荷票に記された行き先はひとつなのに、船は幾つもの港に立ち寄り、また離れた。地図にない土地、灯継ぎの噂だけが残る土地、名前すら伝わっていない土地。世界は、グンソが思っていたよりも遥かに広かった。故郷から一歩も出たことのなかった頃には、想像もできない広さだった。 船底の暗闇は、時間の感覚を等しく腐らせていく。日数を数えることを、いつからか誰もしなくなった。数えても意味がないほど、長かった。 ただ、機関の音だけが、暗闇の中でずっと鳴り続けていた。何日も、何十日も。 一度、遠くで何かが軋む音がした。ソンミンが刃物の柄を握り直し、全員が息を止めた。 それは船体の継ぎ目が軋んだだけだった。誰も、それを声に出して確かめようとはしなかった。 そんな夜が、何度も繰り返された後―― 甲板の上から、誰かの声が響いた。くぐもって、遠く、それでも確かに聞こえた。 「見えたぞ」 その一言に、五人は同時に顔を上げた。 「灯りだ……街の灯りが、見える」 グンソは、狭い隙間に顔を押し付けた。錆びた金属の縁が頬を切ったが、痛みは感じなかった。 黒く濁った空の下、遠くに、青紫の光が滲んでいた。 一つではない。 無数の灯りが、まるで水面に映る星のように、連なって光っていた。 それは、故郷にあったどの灯りとも違っていた。 故郷の灯りは、暖かく、生活の匂いがした。この灯りは違う。冷たく、静かで、まるで誰かが息を潜めて灯し続けているような、そんな光だった。 ネオンでも、松明でもない。 祈りに似た、灯りだった。 「あれが……」 ドンチョルが息を呑んだ。目の縁が赤く濡れていた。 テジュンが、震える声で言った。 「あれが、アルトリウスか」 誰も答えられなかった。 だが、その光を見た瞬間、グンソの中で何かが冷たく凝固した。 存在を消された自分たちが、それでも進んだ先に、灯りがあった。 名前を失っても、灯りは消えていない。 それが希望なのか、それとも次に消される場所なのか、グンソには判断できなかった。この世界では、優しく見えるものほど、後で牙を剥くことを、もう嫌というほど知っていた。 グンソは、狭い隙間の水たまりに映った自分の顔を見た。 何ヶ月も梳かれていない黒髪が、潮を吸って束になり、頬に張り付いている。無精髭が伸び、頬はこけ、目の下には濃い影が沈んでいた。故郷を出た時の自分とは、もう別人のようだった。 それでも―― グンソは、外套の内側の押し花にそっと触れた。乾いた花弁が、指先でわずかに崩れる感触があった。 「……着いたら」 グンソが呟いた。声に、初めて何かが戻っていた。怒りに似た、何か。 「ここで、また名前を取り戻す」 ソンミンが、初めて小さく笑った。乾いた、痛みを堪えるような笑い方だった。 「取り戻すためにここまで来たんだろう」 「ムジンの分も」 ドンチョルが呟いた。 誰も、それに答えなかった。答える必要はなかった。 船は、青紫の灯りへ向かって進み続けた。 暗い海の向こうに、まだ誰も知らない街が――五人がまだ知らない何かを内側に隠した街が――静かに待っていた。 機関の音が、一段と深く鳴った。 まるで、船そのものが、これから起きることを知っていて、それでも進むしかないと諦めたかのように。

Rain Konno | 境界の外側

42,776 просмотров • 1 месяц назад

【誰も期待していない私たちが、世界を救う】 今回は、僕が大好きなゲーム、 『FINAL FANTASY X』のお話から。 ※以下、作品のセリフが出てきます。 FFXへのリスペクトを込めて書いています。 ↓以下動画内文章↓ 「誰もわれわれには期待していない。 見返してやろうじゃないか。 落ちこぼれの召喚士と ザナルカンドから来た男。 出世の道からはずれた僧兵。 そんな連中が『シン』を倒したら、 きっと痛快だぞ」 『FINAL FANTASY X』に登場する、 ブラスカの言葉です。 今の僕は世間の皆様から 「詐欺師だ」 「虚言癖がある」 「悪党だ」 と言われていることは存じ上げています。 自分自身の行動については、反省すべきところ多々多々あります。 だからこそ、 今さら「本当の僕は違うんです」と 言葉だけで説明するつもりもありません。 それよりも、 そんな僕がこれから何をするのか。 そこを見ていただきたいと思っています。 僕は、平和を願っています。 人々が抱えている睡眠の悩みを解決するために、これからも活動していきたいと思っています。 それ自体は、決して悪いことではないはずです。 一週間のライブ配信についても、きっと僕の失敗を期待している人は少なくないでしょう。 そう思われていても、僕は一向に構いません。 ブラスカは、 「見返してやろうじゃないか」 と言いました。 僕は、少し違います。 誰かを見返したいわけではありません。 評価されたいからやるわけでもありません。 ただ、 今の自分にできることを、 一つずつ積み重ねていきたい。 そう思っています。 そして、もし、 「最低な評価をされていた男でも、 人の役に立つことができる」 ということを証明できたら。 それは、きっと痛快なことなんじゃないかなと思います。 もしかしたら 「自分は最低だ」 「誰からも認めてもらえない」 そう悩んでいる方も いらっしゃるかもしれません。 でも、人生は 「今どう見られているか」だけで 決まるものではないと思っています。 これから結果を出せばいい。 これから行動を変えればいい。 これから誰かの役に立てばいい。 人の見る目が変わるのは、その後なのかもしれません。 僕自身が、その姿を見せていきたいと思っています。 9月10日から16日まで、 一週間のライブ配信を行います。 そこで僕が何をするのか。 本当に最後まで元気にやり切れるのか。 ぜひ、見ていてください。 そして、もし僕の姿を見て、 「自分も、もう一度やってみよう」 と思っていただけたなら… このライブや私の生き様が、誰かの人生をより良くするための一つのきっかけになれば、 僕はとても嬉しく思います。 話は変わりますが……。 『FINAL FANTASY X』をプレイしたのは、 僕がまだ高校生の頃でした。 父親になった今、改めてプレイしてみると、 ジェクトやブラスカの言葉が、当時とはまったく違って聞こえます。 同じ作品なのに、自分が歳を重ねたことで見えるものが変わっている。 人生も、きっと同じなのだと思います。 昔は意味が分からなかったことが、何年か経ってから分かることがある。 昔は何とも思わなかった言葉が、今になって心に刺さることがある。 だからこそ、 「素晴らしい」と思った作品は、 歳を重ねてから何度も見返してみる。 それもまた、人生をより深く、豊かにしてくれる一つの方法なのかもしれません。

堀大輔 / 「睡眠時間は自由」睡眠改善プログラム、Nature sleep代表

84,597 просмотров • 22 дней назад

こういう意見者は理由として 「行政が問題に気付けない」 と主張するが 「問題に気付けばやってくれる」 という認識が甘い。 こういう問題は通りがかりに見つけたり、電話もらっても行政はなかなか動かない。 大きな被害が起きた時に 「それ見たことか!」 と思っても、それが行政を動かす打撃にもならない。 どの地域にも当てはまることだけど、行政は「やるべき」で動いてないです。 必要な動きをしない時に無知な人は 「やれない。もしくはやるべきことを分かってない」 と思いますが、 「やるべきかもだけどやりたくない」 それが圧倒的に多い。 現時点でも、伝わってるし知ってるけど腰が重くて動かないケースは多い。 だからこそ私は ・問題の発信による世論喚起(外側への発信) ・議員と協力した意見提案(内側への指摘) これらを組み合わせて活動してます。 どちらか一方だけだとなかなか行政は動かない。 問題を放置するより、この方が余程の効果がある。 それを可能としてくれている、味方の議員さん達、情報を広めてくれるフォロワーの皆様には、大変感謝しています。 #リアルライフヒーロー #RLSH

スミレンジャーZ(愛称スミちゃん、元スラウザー)RLSH

17,886 просмотров • 1 месяц назад

久しぶりに京大のキャンパスを歩き回った感想。むかしカオス度70%、いま7%。むかしの教養部の図書館(今の吉田南総合図書館)は誰でも入れるゆるい雰囲気で、近所の高校生のカップルが放課後よくイチャイチャしていたが、そんなの今では考えられない。休みの間もいつもダラダラ開いていた中央食堂も今は休み中は閉店。ダラダラするとこないやん笑。 むかしは門も建物も教室も365日24時間開いていて、よく教室に夜中に集まったり泊まったりしたものだが、いつの間にかすべてカギがかけられるようになった。 またキャンバス内にはホームレスやわけがわからない人たちが暮らしていたが、今はおそらくそんな人たちは締め出されるのだろう(もっとも居心地が悪くて来たいとも思わないかもしれないが)。 京大に限らず東大も含めていろんな大学に僕たちは夜中に忍び込んだりしていたものだが、むかしの大学には誰でも受け入れる包容力のようなものがあった(現状は知らないが、海外ではコロンビア大学もウィーン大学もそうだった)。京大では籍もないのに普通に授業を受けているやつがいたし、僕たちは基本的にどの学部の授業でも「興味があります」と言ったら教授たちから歓迎された。 「貧すれば鈍する」の部分もあるだろうが、タテカン禁止や吉田寮解体に見られるように反動的な力が働いていることも否めない。 機能性と効率性から言えば、キャリアの一環として勉強する場所としては今の方がすぐれているのかもしれないが、大学を専門学校のようにしてムダをなくしたことで失ったものも大きいと考えるのは僕だけではないはず。みなさん、どう思いますか?

春の岬少年☆どーどーちゃん❤️☆妹尾真則

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面白いのは、彼らが反応しているのが、厳密には日本そのものではなく、「アメリカ文化を丁寧に扱う日本」に対してだということです。KFCは本来アメリカ発の大衆チェーンなのに、日本ではそれが妙に清潔で、妙に安定していて、妙にちゃんとおいしそうに見える。するとアメリカ側は、自国の記号を海外で見ているはずなのに、なぜかそこに理想のアメリカを見つけてしまう。だから「家の近くのアメリカ」「アメリカがそこにはある」という冗談が、ただのネタを越えて少し切実になる。 これはかなり現代的な現象だと思う。 人はもう、自国の理念を自国の中でだけ確認するとは限らない。むしろ外部に、より整った形で保存されている自国性を見て、安心したり、感動したりする。 アメリカ人が日本のKFCや、日本に点在するアメリカっぽさに熱狂するのは、異文化に驚いているというより、自国で失われた手触りを、他国で回収しているからだ。 しかもそこにあるのは、高尚な政治理念ではない。自由、友情、親しみ、ジャンクフード、チェーン店、冗談、雑な愛情表現。つまり国家の公式文書には載らないが、たしかに国民感情を支えていた生活のアメリカだ。 彼らは日本に対して敬意を示しているようでいて、同時に自分たちがかつて信じていたアメリカの陽気さや無邪気さを、日本の風景の中に見つけて興奮している。 だからコメント欄の「God bless the Japanese people」や「I have no notes on Japan」や「Protect them at any cost」は、誇張されたネットミームのように見えて、実はかなり本音に近い。 政治の文脈ではなく、文化の受容のされ方において、「こちらのものを、こんなふうに好いてくれるのか」という感動がある。 人は自分を批評されるより、自分の好きだったものを愛してもらえた時のほうが、ずっと深く心を開く。 一方で、コメントの中には「アメリカのKFCはもうそんなに良くない」「日本のほうがうまそう」という自虐も混じっている。 ここも重要だ。 いま起きているのは単なる日米友好ではなく、アメリカ側の自己認識の揺れでもある。 自国のチェーンより海外店舗のほうが美しく見える。自国の雑さや劣化を、日本の几帳面さが“補完”してしまう。 すると日本は、アメリカ文化の消費者ではなく、ある種の保存修復者のように見えてくる。 この構図は、じつはかなり日本的でもある。 日本は昔から、外来文化をそのままコピーするのではなく、一度受け止めて、再配置して、磨き上げて、別の完成度にして返すことがある。 洋食も、ジーンズも、ジャズも、喫茶店文化もそうだった。今回のKFCも同じで、日本はアメリカを崇拝しているわけではない。 ただ、自分たちなりの秩序と美意識の中に置き直している。その結果、アメリカ人が見ても「あれ、こっちの本家より愛されてないか?」となる。 ここでさらに興味深いのは、この現象が政治を通らずに起きていることだ。 国家間では意見が割れる。歴史認識でも、安全保障でも、経済でも、人はすぐ身構える。 けれどKFCのチキンひとつで、「日本人最高」「移住したい」「このミーム好き」「友達になってる」と感情が溶ける。 もちろん全部が本気ではない。 でも、こういう軽い冗談の往復の中でしか育たない親しさもある。 SNSはしばしば憎悪を増幅するが、ときどきこうして好意の連鎖も爆発的に広げる。 そしてたぶん、この流れがここまで愛された理由は、日本がアメリカを論じたのではなく、食べたからだ。思想ではなく味覚で返し、批評ではなく生活で受け止めた。 だから相手も防御せずに笑える。 文化交流がうまくいくときは、たいてい正論の交換ではなく、こういう少し抜けた入口から始まる。家の近くのKFCを近所のアメリカと呼んでしまう、その雑でかわいい比喩の中に、外交官の文章よりもよほど健全な感情がある。 私が言いたいのは、これは単なるミームではないということだ。 アメリカ人は日本のKFCを見て笑っているのではない。 そこに、自分たちの文化がまだ誰かに愛され、しかも本国より丁寧に扱われている光景を見て、少し救われている。 国はときどき、自分の美点を自分の中では見失う。 でも他国の食卓の上に、それがちゃんと残っていることがある。 だからこれはチキンの話でありながら、どこかで「文化はまだ仲直りできる」という話でもある。

クレア|日常の違和感言語化係

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