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【中国の百万長者 齢60で「全国統一大学入学試験」に30回目のチャレンジ】 📚 梁实(リャンシー)さん(59)の初挑戦は1983年。不合格の判を押され、低賃金労働に就いた。その後、めきめきと事業の才を発揮し、巨額の富を築き上げたが、憧れの四川大学入学をあきらめることはなかった。 2001年、当局が統一試験の年齢制限を撤廃すると、梁实さんは試験勉強を再開。同時期に受験した息子にははるか昔に抜かれてしまったが、それでも頑張っている。30回目のチャレンジの結果は、6月末に明らかになる。 💬 ある時のインタビューでご本人は「大学を卒業しないでは、人間の人生は完結しない」と語っていた。 動画はSNSより。

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5000年の数学史で初めて、「理解」と「発見」が分離し始めている。AIが人間には理解が追いつかないほど大量の正しい数学的発見を生み出す世界で、「数学をする」とは何を意味するのだろうか。数学は「まずAIが道を開き、人間がそれを解読して意味を回収する学問」に変わってしまうかもしれない。 サンヒョン・キム「私たちは今、大きな混乱と変化のただ中にいます。数学の5000年の歴史でも経験したことのない変化です。 数学は、他の科学分野とはかなり異なっていました。トーマス・クーンの科学革命論でも、数学はその枠組みには当てはまりませんでした。数学ではずっと同じパラダイムが続いていて、偉大な定理を証明する、つまり大きな発見をし、それを深く理解することが目標でした。それが5000年間の数学の歴史だったのです。 最初は役に立たないように見えても、数百年、あるいは数千年後には人類にとって極めて有用になることもありました。しかし歴史上初めて、この二つが分離し始めています。「理解」と「発見」です。 これまでは両者は一致していました。大きな発見をするということは、その対象を非常によく理解していることを意味しており、それこそが数学にとって望ましいことでした。 ところが今、私たちはAIが生み出す発見に圧倒されています。もちろん間違いもありますが、そうした間違いはこれからますます減っていくでしょう。AIはさらに進歩し、その答えや発見もますます正確になっていきます。 そして数学者たちは気づき始めています。私たちはあまりにも多くの発見を手にする一方で、それに対する理解ははるかに少ないのです。今まさに、それが起きています。私たちはこの状況を非常に懸念しています」

Tsubame

65,149 Aufrufe • vor 18 Tagen

「私はお前らのおもちゃじゃない」 12歳の少女が遺した言葉だった。 学校には伝えていた。 アンケートにも書いていた。 それでも、 誰も止められなかった。 2020年11月、東京都町田市。 「町田市小6女児いじめ自殺事件」。 関口華美さんは小学6年生だった。 あと4か月で卒業だった。 友達と卒業証書を受け取り、 中学校へ進学するはずだった。 しかし2020年11月30日。 華美さんは「最後の手紙」を残し、 自ら命を絶った。 12歳だった。 華美さんはどんな子だったのか。 家族にとって大切な娘であり、 妹だった。 兄は語る。 「この6年間、はなちゃんの笑った姿を一度も見ることができない」 家族の時間は、 2020年11月30日で止まったままだった。 何が起きたのか。 華美さんは同級生との人間関係に苦しみ、 学校で配布された端末上でも嫌がらせを受けていたとされる。 学校のアンケートにも苦しみを書いていた。 助けを求めていた。 しかし、 その声は命を守ることにつながらなかった。 そして残された手紙には、 複数の同級生の名前が書かれていたとされる。 少女は助けを求めた。 アンケートにも書いた。 最後の手紙も残した。 それでも救われなかった。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 卒業式の日。 本来なら華美さん自身が受け取るはずだった卒業証書を、 当時中学2年生だった弟が遺影を抱えて受け取った。 妹の代わりに壇上へ立った。 卒業するはずだったのは、 弟ではなく妹だった。 家族は今もその光景を忘れられない。 兄はさらに語る。 「妹が亡くなって6年になるが、今も謝罪はない」 一方で第三者委員会は、 同級生らによる複数の行為を いじめとして認定した。 また当時いじめに関わった男子児童の一人が、 後に家族のもとを訪れ謝罪したことも明らかになった。 「後から苦しめていたことに気づいた」 そう涙ながらに謝罪したという。 謝罪した子どもがいた。 しかし、 失われた命は戻らなかった。 🔴 調査結果 第三者委員会は複数のいじめ行為を認定した。 一方で、 「自殺との因果関係は特定できない」 と結論づけた。 いじめは認定された。 少女は亡くなった。 それでも、 因果関係は特定できないとされた。 学校にはアンケートがあった。 SOSもあった。 端末の記録もあった。 それでも12歳の命は守れなかった。 未来の教育と言われたICT環境。 しかし、 その中で起きる苦しみを止めることはできなかった。 華美さんは卒業できなかった。 中学校へ進学できなかった。 大人になることもできなかった。 家族だけが、 今も問い続けている。 「なぜ救えなかったのか」 いじめが認定されても、 SOSが確認されても、 子どもが命を絶った後に 「因果関係は特定できない」 という結論で終わっていいのでしょうか。 あなたは、 12歳の少女を救えなかった学校と社会に、 何を思いますか。 👇あなたの意見を聞かせてください。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

174,038 Aufrufe • vor 4 Monaten

次のネイサンからのメッセージはこれからのメディカルスクールと医師への道についてです。 この他にもスケート界は小さな世界だけど医学は世界中の人々を助けることが出来るとも語ってました。ネイサンは患者を実際に診る臨床医になりたいようです。医学界で世界の最高峰を誇るHarvard Medicalに入るネイサンの未来は輝いています✨ (訳) 僕はメディカルスクールに出願(合格)していて、医師になるための準備をする道に進めることを、とても楽しみにしています。 どんな医師になりたいですか➡️それはこれから決めたいと思っています。まだその決断はしていません。自分がどの分野で最も力を発揮できるのか、少し時間をかけて考えたいです。そして、できれば最も良い形で人の役に立てる道を選びたいと思っています。 臨床医と医学研究者では、どちらになりたいですか➡️ 僕は間違いなく、実際に患者さんを診て、患者さんのケアをしたいと思っています。 僕が一番興味を持っているのは、人とつながり、その人たちの話を聞き、どのような背景を持っているのかを知ることです。そして理想としては、人々の健康や長寿に影響を与える、さまざまな環境的要因と結びつけながら考えていきたいです。そうした分野で、これからも取り組んでいけたらと思っています。 ただ、医学の研修期間というのは、自分が何を得意としているのか、何を本当に楽しめるのか、そしてどのような形で最も大きな影響を与えられるのかを見つける時間だと思っています。 これから数年間を通して、それを探っていけることを楽しみにしています。

Nathan's supporting team JPN

46,712 Aufrufe • vor 2 Monaten

『これ以上社会のゴミを量産するな』 『若者の未来を潰そうとしていて草』 1年前に僕らを叩いていた人に、この1年間の結果を見せつけたい。 子どもの頃から憧れ続けた芸能界。 中学時代から6年間俳優のオーディションに落ち続け、人生をかけて挑んでいたバンドも解散。やっと芽が出たYouTuberとしての道も、光が見えた矢先にヴァンゆんは解散、オワコンと揶揄されて失意のどん底に突き落とされた。 特別な才能もなく、多くの挫折を経験してきた僕が、わずか374日で日本最速となるチャンネル登録者数1,000万人を突破できたのは、「あきらめない心」と「夢に正確に向かう知識」があったからです。 そして僕は、この経験から「このセカイからあきらめるをなくす」というビジョンのもと、SNSスクール〈HERO'ZZ〉を立ち上げました。 この想いに共感し、僕のもとでSNSを学びたいとHERO'ZZに入学した人は、この1年間で500人を超えました。 昨年の5月の入学式の投稿には、生徒に対する誹謗中傷が相次ぎ、リプ欄が大荒れしてHERO'ZZを去っていく生徒や仲間もいて、チームもボロボロになりかけましたが5月7日でHERO'ZZ開校からちょうど1年。 1年間受講した生徒の30%は総フォロワー10万人を突破し、70%は1万フォロワーを突破するという成果を上げています。 1年前、リスクを負ってでも入学を決断してくれた皆さんには、感謝してもしきれません。 溝口勇児 | 連続起業家 HERO'ZZを一緒に立ち上げてくれて本当にありがとう。 そして講師・マネージャー・社員のみんな、経営者として未熟な自分についてきてくれて、本当にありがとうございました。 2年目からHERO'ZZはもっともっと進化します。全額返金保証を導入し、新規事業の開発や事務所の設立なども進めていきます。 コミュニティが1,000人、5,000人、1万人と大きくなった先には、ヴァンビの“バズ学”を体現したメンバーが集うことで、日本のエンタメ業界、ひいては日本社会に旋風を巻き起こす集団になると信じています。 これからもよろしくお願いいたします。 そして卒業する生徒が作ってくれた動画を観て号泣する僕をご覧ください(笑)

ヴァンビ|HERO’ZZ学長|YouTube374日で1,000万人

466,312 Aufrufe • vor 1 Jahr

「命を優先する」―― さとうさおり氏が、リーダーとして絶対に言ってはいけなかった一言 さとうさおり氏の辞職表明を見て、多くの人が感じた違和感。 「何かがおかしい。でも、うまく言葉にできない」 その正体は、辞職したことそのものではないと思う。 問題は、 「命を優先する」 と言って去ったことだ。 最初に断っておきたい。 命を守ることが悪いのではない。 本当に身の危険があるなら、逃げればいい。 議員を辞めてもいい。 家族や自分自身の安全を最優先することを、誰も責めることはできない。 しかし、だからこそ私は思う。 政治家として、そして人を率いてきたリーダーとして、「命を優先する」という言葉だけは使うべきではなかった。 なぜなら、それは単なる辞職理由ではないからだ。 その一言は、それまで彼女自身が作ってきた「戦うリーダー」という物語を、自分の手で壊してしまう言葉だからである。 さとう氏は、強い言葉で支持を集めてきた。 隠すな。 公開しろ。 説明しろ。 おかしいものには声を上げろ。 東京都にも、既存政治にも遠慮しない。 普通の政治家が躊躇するところまで踏み込む。 だから、多くの人が期待した。 この人なら逃げない。 この人なら最後まで戦う。 そう思った人も少なくなかったはずだ。 ところが、自分自身が説明を求められる側になったとき、 「今後の人生に大きく関わる事情」 「自分だけに関わる問題ではないので詳細は話せない」 そして最後に、 「命を優先する」 と語った。 ここで、これまでの人物像との間に大きな亀裂が入った。 「命を優先します」 これは、非常に強い言葉だ。 強すぎると言ってもいい。 なぜなら、この言葉を出された瞬間、誰も反論できなくなるからだ。 「それでも議員を続けろ」 とは言えない。 「命より議席を優先しろ」 などと言えるはずもない。 つまり、この一言が出た瞬間に、 なぜ辞めるのか。 何が起きたのか。 なぜ休養では駄目なのか。 なぜ議員を辞める必要があるのか。 辞めれば何が解決するのか。 という、本来有権者に説明されるべき問いが、全部止まってしまう。 だから私は、この言葉が一番まずかったと思う。 命を説明したのではない。 結果として、 「命」という反論不能な言葉によって、説明そのものを終了させてしまった。 そう見えてしまうからだ。 もちろん、本当に命に関わる事情があった可能性は否定できない。 外部の人間には分からない。 第三者が関わっているなら、詳細を公表できないことだってある。 しかし、 「全部話せない」 と 「何も説明できない」 は全く違う。 たとえば、 「安全上の重大な事情が生じた」 「第三者保護のため詳細は明らかにできない」 「議員活動を継続する限り、その問題を解消することが困難である」 「必要な相談や安全確保の手続は取っている」 「これまでの政治的主張を撤回したわけではない」 それくらいは説明できる。 そうすれば、少なくとも、 安全のために退くこと と 政治的に敗北して退くこと を切り分けられる。 しかし「命を優先する」という言葉だけが前面に出れば、受け手には別の物語ができてしまう。 東京都と戦っていた政治家に何かが起きた。 そして命を守るために退いた。 本人がそういう意味で言ったのかどうかは関係ない。 政治家の言葉は、本人の意図だけでは成立しない。 どう受け取られるかまで含めて政治である。 そして、ここからがもっと重要だ。 これは単なる「言葉選びの失敗」ではない。 リーダー論として見ても、かなり深刻な失敗である。 リーダーとは、恐怖を感じない人ではない。 怖いものは怖い。 危険なら撤退する。 場合によっては、逃げる判断だって必要だ。 しかしリーダーには、その次の仕事がある。 自分の恐怖を、自分の中で処理することだ。 そして仲間には、 「何が起きているのか」 「何を守るのか」 「何を撤回しないのか」 「これからどう進むのか」 を示す。 リーダーの役割とは、全員の前で一番勇ましい言葉を叫ぶことではない。 混乱した状況を整理して、周囲に方向を示すことだ。 ところが今回の辞職表明で支持者に残されたのは、方向ではなかった。 不安だった。 「命を優先する」 と言われれば、支持者は当然考える。 そんなに危険なのか。 何があったんだ。 誰かに何かされたのか。 これまで応援してきた活動は危険なのか。 東京都を追及すると、こんなことになるのか。 やちよの会はどうなるのか。 これまで一緒に活動していた人たちはどうするのか。 そして、本人が具体的な説明をしなければ、その空白を支持者自身が埋め始める。 憶測が始まる。 噂が始まる。 陰謀論まで生まれる。 つまり、リーダーが自分で整理すべき不安を、支持者側にそのまま渡してしまった。 私は、ここが今回もっともまずいと思う。 自分の恐怖だけを置いて去ってしまったように見える。 リーダーなら、本来は逆である。 仮に自分が去らなければならなくなったとしても、 「私はここで離れる」 「しかし、この問題提起は間違っていない」 「ここまでは達成した」 「ここから先はこう引き継ぐ」 「皆さんが恐れる必要はない」 「私が去っても、この活動の意味は消えない」 と残す。 これが、リーダーの撤退だ。 戦い続けることだけが勇気ではない。 撤退することだってある。 しかし、 仲間が前を向ける形にして撤退する。 そこまでがリーダーの責任なのである。 政治家には支持者がいる。 もっと言えば、その人の言葉を信じて実際に動いた人がいる。 票を投じた人。 寄附した人。 ポスターを貼った人。 ポスティングした人。 SNSで応援した人。 家族や知人に投票を頼んだ人。 時間を使い、金を使い、ときには人間関係まで使って応援した人たちがいる。 リーダーは、その人たちを動かしてきた。 ならば、自分が突然去るときに、 「私は自分の命を優先します」 だけでは足りない。 自分の人生を守る権利はもちろんある。 しかし同時に、 自分を信じて動いた人たちを、どういう状態で残していくのか。 そこにも責任がある。 今回の違和感は、おそらくここにある。 本人にとっては、 「自分の人生を守るための決断」 だったのかもしれない。 しかし支持者から見れば、 「あなたを信じてここまで来た私たちは、どうすればいいのか」 という話でもある。 リーダーの辞職は、自分一人の人生の決断では終わらない。 だからこそ、退出するときほど、その人のリーダーとしての本質が出る。 そして今回、さらに厳しいのは、彼女がこれまで「戦う姿勢」そのものを支持の源泉にしてきたことである。 強い言葉を使う。 権力に食ってかかる。 既得権益を恐れない。 隠されたものを公開させる。 そういう姿勢を見せ続けてきた。 だからこそ、 「命は一つしかない」 という言葉の破壊力が大きかった。 本人としては「自分を大切にする」という当然のことを言っただけなのかもしれない。 しかし、支持者側には、 「最後は怖くなって退いたのか」 という印象が残り得る。 事実がそうだった、と言っているのではない。 そういう物語を、自分の言葉によって成立させてしまった。 それが問題なのだ。 そして、リーダーとして最も避けるべきなのはここだと思う。 「圧力をかければ、この人は退く」 という印象を残すことだ。 仮に本当に何らかの重大な外的事情があったのであれば、なおさらである。 リーダーが退くときに、 「私はここで退く。しかし要求を受け入れたわけではない」 「主張は撤回しない」 「記録は残す」 「問題提起は引き継ぐ」 と明確にしなければならない。 そうしなければ、相手側にも、支持者側にも、 「押された結果、退いた」 という印象が残る。 これは、政治運動を率いる人物にとって非常に大きな問題である。 結局、今回の件で問われているのは、 「辞めるのは弱いのか」 ではない。 そんな単純な話ではない。 問われているのは、 「リーダーとは何か」 ということだ。 リーダーとは、一番大きな声を出す人ではない。 一番勇ましい言葉を使う人でもない。 敵を一番激しく批判する人でもない。 本当にリーダーの資質が問われるのは、 自分自身が追い詰められたとき。 自分自身が説明を求められたとき。 自分自身が撤退しなければならなくなったときだ。 そのときに、 自分の不安を周囲にばら撒くのか。 それとも、 自分が不安を引き受け、周囲には方向を示すのか。 ここに決定的な違いがある。 だから、多くの人が今回感じた違和感を、私はこう表現したい。 「強い人だと思っていた。でも、強い言葉を使うのが上手な人だっただけなのではないか。」 強い言葉を使うことと、強い人間であることは違う。 そして、 強い人であることと、リーダーであることも違う。 リーダーとは、自分が最後まで立っている人ではない。 退かなければならないときでさえ、 残された人が前を向けるようにしてから退く人だ。 今回の辞職表明には、それが見えなかった。 むしろ残されたのは、 「命に関わるほど何か恐ろしいことが起きたらしい」 という巨大な不安と、 「でも詳しいことは分からない」 という空白だった。 これは、リーダーとして最も残してはいけないものではないだろうか。 命を守ることは間違っていない。 逃げることも、必ずしも間違いではない。 辞めることだってある。 しかし、自分を信じてついてきた人たちがいるなら、最後にやるべきことがある。 自分が何を守るために退くのか。 何については一歩も退いていないのか。 そして、自分が去ったあと、仲間はどこへ向かえばいいのか。 それを示すことだ。 だから私は、 「命を優先する」 という言葉こそ、今回もっとも言ってはいけない言葉だったと思う。 命を軽く扱ったからではない。 逆だ。 あまりにも重い言葉を、リーダーとして説明すべきことの代わりに置いてしまったからだ。 命を盾にすれば、誰も反論できない。 しかし、 誰も反論できないことと、誰もが納得することは全く違う。 そして最後に残る問いは、これだ。 リーダーとは、自分が安全な場所まで逃げ切る人ではない。 自分が去ったあとも、仲間が立っていられる場所を残してから去る人ではないか。 今回、多くの人が感じている違和感。 その正体は、辞職への失望だけではない。 「私たちが見ていたのは、本当にリーダーだったのだろうか」 という疑問なのだと思う。

PTA適正化推進委員会 佐藤

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小学生の頃教えていたカナが、CUTIE STREETのメンバーになった。 THE FIRST TAKEのダンス動画を見て、たくさんのDMもいただきました。 その中には仙人さんのパクリなんじゃないか?などのメッセージもありましたが、 そうではありません。 僕が長年かけて築いてきたものをKUMAが学び、さらにカナにあった表現へと進化させ、次の世代に伝えている。 それはパクリではなく、伝承だと思っています。 そして、カナについて「やっぱり才能がある」という声もたくさんいただきました。 もちろん素晴らしい才能があります。 でも、僕が知っているカナは、単に才能だけでここまで来た子ではありません。 誰よりも努力する才能を持った子でした。 小学生の頃、僕がプロデュースしていたA BATHING APEのダンスチームにいたカナ。 教えたことを、その場ですぐに何でもできる天才タイプだったというより、次に会うまでに何度も練習してくる子でした。 前回できなかったことが、次にはできるようになっている。 きっと僕らの見えないところで、誰よりも練習していたんだと思います。 実はKUMAも同じでした。 誰よりも練習し、誰よりも自分の踊りと向き合っていた一人です。 それが今こうして多くの人の心を動かしている。 僕にとっては、技術だけではなく、努力する姿勢まで受け継がれているようで、本当に嬉しかったんです。 そして改めて思いました。 今、みんなが「すごい!」と感動する動きも、最初はたった一歩から始まっている。 誰でもできることを、何度も何度も繰り返す。 その積み重ねが、いつか誰にも真似できないものになる。 僕自身も、今活躍している教え子たちも、きっと同じです。 でも、少し残酷なことがあります。 人は完成した姿には拍手を送るけれど、完成するまでの時間には、なかなか拍手を送ってくれない。 誰にも見られていない練習。 何度やってもうまくいかない夜。 自分には才能がないんじゃないかと悩んだ日。 そんな時間は、華やかな動画には映りません。 でも、僕は思うんです。 本当の物語は、拍手のない時間にこそある。 今回、カナの姿に感動したのは、ダンスが素晴らしかったからだけではありません。 あの小さかったカナが、今も変わらず努力を重ね、その先にある景色を見せてくれたから。 そして、その隣にKUMAがいたから。 そんな姿を見て、僕も届けたいものがあると思いました。 僕は今、音楽という新しい表現を追求している途中です。 動画を見て今すぐにでも届けたくなり まだ正式に発表する前でしたが、ずっと大切にしてきた想いの一曲を送ります。 タイトルは、 『誰でもできること』 まだ誰にも認められていない人へ。 自分には特別な才能がないと思っている人へ。 何年も頑張っているのに、結果が出ない人へ。 そして今も、見えないゴールに向かって、一人で努力を続けている人へ。 伝えたいことがあります。 誰でもできることを、誰にも真似できないほど繰り返した先に、誰にも真似できない自分が生まれる。 今日の小さな一歩が、いつか誰かの希望になるかもしれない。 今回のカナの姿が、僕にとってそうだったように。 この曲を、今も夢に向かって頑張るすべての人に。 誰よりも努力してきたKUMAへ。 そして、小学生だったあの日から、一歩ずつ歩き続けてきたカナへ。 素晴らしい感動をありがとう。 最後に、今、まだ誰からも拍手をもらえていないあなたへ。 あなたが積み重ねた時間は、決して無駄じゃない。 いつか、あの日の自分に「諦めなくてよかった」と言える日が来ることを願って。 心を込めて、この曲を贈ります。 『誰でもできること』 黄帝心仙人 #CUTIESTREET #板倉可奈 #THEFIRSTTAKE #KUMA #黄帝心仙人 #誰でもできること

黄帝心仙人(タイムマシーン & A.I.A)

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【悲報】カバー社、またしても物議を醸してしまうやらかし… ホロライブの歴史を振り返る「hololive HISTORY」と題された年表パネルが公開されるも、なぜか一部の卒業生たちの名前が見当たらないとして物議を醸しています。 これに対し、ファンからは 「卒業生をなかったことにするのはやめてほしい」 「彼女たちも一緒に歴史を作ってきた仲間だろ」 「歴史を振り返るなら卒業生も載せるべきでは?」 といった批判の声が噴出。 そもそも、推しの卒業を悲しみながらも、その決断を受け入れ、今もホロライブを応援し続けているファンは少なくないはずです。 そんな人たちにとって、かつて応援していたタレントが、まるで最初から存在しなかったかのように扱われることが、どれほど悲しいことなのか。 卒業に至った事情はそれぞれ異なるとはいえ、タレントが活動を終えるまでの経緯について、運営会社にも振り返るべき点はあるのではないでしょうか。 それにもかかわらず、歴史を振り返る展示で卒業生の足跡まで消してしまったように見えるのでは、ファンから「ああ、やっぱりこの会社は……」と思われても仕方がないと思います。 卒業したからといって、その人がホロライブにいた事実まで消えるわけではないのですから。 今のホロライブがあるのは、現在活動しているタレントだけでなく、すでに去っていったタレントたちの努力や功績があってこそではないでしょうか。 卒業したら歴史からも卒業扱いなのですか……? 「hololive HISTORY」ならぬ「hololive MEMORY DELETE」になってしまった感が否めません。 せめて、ファンが大切にしてきた思い出くらいは、大切にしてほしいものです。

VTuber Insider Japan

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スティーブ・ジョブズは、会場からかなり厳しい質問を受けた。 「あなたは聡明で影響力のある人物です。ですが、あなたが自分の話していることを分かっていないのは、悲しいほど明らかです」 質問者は、JavaとOpenDocという当時の技術構想について説明を求め、さらに「この7年間、あなた自身は何をしてきたのか」と問いかけた。 ジョブズは「痛いですね」と受け止めたうえで、相手の指摘を否定しなかった。「この男性のような人たちは、いくつかの点では正しい」と認め、OpenDocにしかできないこともあるだろうと語った。 ただし、ジョブズが本当に問題にしたのは技術そのものではなかった。重要なのは、その技術がAppleの大きなビジョンにどうつながり、顧客にどんな価値を与えられるのかだと説明した。 そこで彼はこう語る。「顧客体験から始めて、そこから技術へ逆算しなければならない。技術から始めて、それをどこに売ろうかと考えるのではありません」 ジョブズは、自分こそ何度もその間違いをしてきたと認めた。そしてLaserWriterを例に出し、どれほど高度な技術が入っているかより、見た瞬間に「これが欲しい」と思えることが大事だったと振り返った。 最後にジョブズは、自分にも分かっていないことはたくさんあると認めながら、Appleのチームは必死に働いていると語った。 「間違いは起こる。しかし少なくとも、決断は下されている。私たちはその間違いを見つけ、修正する」 ジョブズの答えは、技術を語る前に、まず顧客が何を体験するのかを考えろ、というものだった。

チタロ

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「大学に行って専門性を身につければ安定する」——この20世紀の約束が崩れようとしている。AIが置き換えるのは単なる作業ではなく、僕たちが「学費と時間」を投じて獲得してきた知的優位そのものだ。競争相手が同級生だった時代は終わり、24時間稼働するデジタル労働力が基準になる。 ジョルディ・ヴィッサー「(シャベルがハンマードリルに代替されたようなものかという問いに)これは違います。なぜなら、AIは人間がどんなものに対しても持っている唯一の優位性、つまり『脳』と直接競合するからです。たとえば、ハンマードリルや列車など、何であれ置き換えたいものを置き換えたり、工場や機械の中でロボティクスによって起きていることを加速したりするのは、結局のところ、反復的な身体動作にすぎません。そうしたことは、やり方を見つけて実現してきたのです。 しかし、私たちはまだ知識労働者には踏み込んでいませんでした。知識労働者とは、知識や思考、つまり『自分には専門性がある』という領域に関わる人たちです。今、私たちはあなたが学校に行って身につけたものが対象になる領域に入りつつあります。これは大きな問題です。 ハンマードリルのために学校へ行った人はいません。見習いだったかもしれないし、現場で覚えたのかもしれませんが、そのために4年制大学へ行き、借金をして仕事を得たわけではありません。 ところが今、AIは『それまで社会がどう考えてきたか』という思考の枠組み全体を揺さぶっています。あなたのご家庭で大学卒業がどんな位置づけだったかは分かりませんが、私は最初でした。家族で最初の大学卒業者だったのです。 母は私を産んだために大学を中退しました。父は高校2年のときに中退しています。だから私は、大学に対してこうした見方を自然に持てる環境ではありませんでした。 私自身も学費ローンを借りました。両親には学費を払う余裕がなかったので、自分で学費を払い、最終的には返済しました。 しかし、それをやり切るのは今ではずっと難しくなっています。つまり、あなたは自分自身に賭けているわけです。もしあなたが勤勉で、頭脳を持っていても、ある日突然、競争相手が『同じ学年を卒業した人』や『国内の他大学の人』だけではなくなり、働く労働者そのものが競争相手になってしまう。そして、ここは皆にしっかり聞いてほしいのですが、それは24時間・週7日働く労働者なのです」

Tsubame

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あのメガネをかけた者も、もうすぐクビになりますね。どうしてこんな簡単にクビになるかっていったら、雇われ店長だからなんですよ。 この国の最大の権力者は、皆さんなんです。あなたがこの国で最も力を持った存在。でも、あなた自身はそのことに気付いていないか、忘れている。それで一番得しているの誰よ? 選挙の時にその力を持った人たちが、50%も投票を棄権してしまっている状況で、何があっても諦めない一握りの者たちが、この社会を食い物にしてきた。それが30年経ったらどうなった? 世界から転落、国民は貧困化。こんな状況、誰にバトンタッチするつもり? 将来に不安しかない。あなたの予感は当たってる。不安しかない世の中なんだったら、不安がない世の中を作るしかない。不安しかない世の中は政治によって作られた。この国のルールを決めるのは政治だから。 そうであるならば、政治で作られた地獄は、政治によって変えるしかない。その鍵を握っているのは、あなたしかいないんですよ。 私の中には希望で溢れてる。どうしてか? この国にはあなたがいるから。力を貸してくれる、その人の数が増えるならば、この社会は絶対に変えられる。諦めた時点で終わり。一部の人間の思惑通り、そんなこと絶対に許せない。 だから、その先頭に立たせていただきたいんですよ。れいわ新選組と申します。どうかお力貸してください。ありがとうございます。 れいわ新選組代表 山本太郎 大阪府大阪市 街宣 2024年9月22日より フルバージョンは、 YouTubeをご覧ください>> れいわ新選組の緊急政策は、 ウェブサイトをご覧ください>> #れいわ新選組 #山本太郎 (staff)

れいわ 山本太郎 消費税廃止!住まいは権利!

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お金は、貯め込むための数字ではない。自分と社会の間を巡る「エネルギー」なのだ。 瀬知さんの話で、まず印象に残るのが「時間は存在しない」という考え方です。 私たちは、生まれた日から年齢、出社時間、締め切り、年収、家賃まで、あらゆるものを数字で測っています。そのため、時間を絶対的なものだと思い込んでいます。 しかし瀬知さんによれば、私たちが「時間」と呼んでいるものの正体は、すべて「変化」です。 年を取ることも、環境が変わることも、夢に近づくことも、失敗して別の道へ進むことも、すべては変化にすぎない。時計ばかり気にしていると、「もう遅い」「間に合わない」「自分には時間がない」と焦り、せっかくのエネルギーをストレスに奪われてしまいます。 大切なのは、残り時間を数えることではなく、自分が望む変化に向かって動くことです。 そのとき、最初から大きな夢を持つ必要はありません。 「毎朝7時に起きる」 「今日は一ページだけ書く」 「気になっていた人へ連絡する」 そんな小さな目標を一つずつ達成していく。その達成感が次の行動を生み、やがて想像もしなかった場所へ自分を運んでくれるのです。 目指していたAには届かなかったとしても、動き続けた先でBやCという、もっと面白い答えに出会うこともあります。ひとつの夢に執着しすぎると、別の入口が開いていることに気づけません。 そして、時間と同じように、お金も単なる数字ではないと瀬知さんはいいます。 働いてお金を受け取る。買い物をしてお金を渡す。誰かのサービスを利用し、別の誰かの仕事を支える。これはすべて、エネルギーの交換です。 だから重要なのは、「いくら稼ぐか」だけではありません。 むしろ瀬知さんが重視するのは、「何に使うか」です。 ただ衝動的に散財するのではなく、本当に欲しいもの、自分の経験を豊かにするもの、誰かの仕事や社会を少し良くするものへ使う。高価な車でも旅行でも本でも、本人が大切にし、その先に生まれる変化を想像できるなら、それは生きたお金になります。 寄付も、何十万円、何百万円である必要はありません。コンビニの募金箱へ10円を入れることも、店で商品を買うことも、税金を納めることも、お金を社会へ戻す行為です。 もちろん、「使えば必ず同じ金額が戻ってくる」という魔法の話ではありません。使ったお金は実際になくなります。 しかし、お金を使えば新しい経験や出会いが生まれ、「また働こう」「次はこれをやってみよう」という行動の力が湧いてくる。その行動が新たな仕事や収入につながり、再びお金が巡り始めます。 瀬知さんのいう「お金の循環」とは、何もしなくても財布が膨らむ話ではなく、使う、動く、変化する、そして再び生み出すという流れなのです。 人生には、休まなければならない時期もあります。心や体が疲れているなら、無理に前進する必要はありません。ただ、少し元気が戻ったら、ほんの小さなことでいいから再び動いてみる。 時間とは変化であり、お金とはその変化を起こすためのエネルギーです。 そう考えると、本当に問うべきなのは「あと何年あるか」でも「いくら持っているか」でもありません。 限りある人生の中で、あなたは今日、自分の時間とお金というエネルギーを、どんな未来のために使いますか?

角由紀子のヤバイ帝国

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アイルランドの母親の悲しい訴え。これは既に日本でも起きている事だが、大人しい日本人は訴えないだけだ。もう限界に来ている。人手不足だから移民が必用なんてウソだと国民は気づき始めた。このアイルランドの母親の悲痛な叫びを聞け!『私はアイルランドの首都ダブリン出身で、毎週末にメイヨーに来ていますが、私の住んでいるところがどのような状況なのかを話したかったのです。私の住んでいるところは85%が外国人です。 どんな日に道を歩いても、スーパーに入っても、アイルランド人の会話は聞こえてこない。いたるところで外国人の声を耳にします。私の子供は30人いるクラスで、アイルランド人の子供は娘だけです。 数週間前、彼女は学校から泣きながら帰ってきた。子どもたちは、教えられていないときは母国語に戻るのだ。文字通り、周りの会話が理解できないのだ。 数カ月前、ハロウィーンが近づくと、去年は仮装が許された。ごめんなさい、一昨年は仮装が許されていたんです。今年は仮装が許されなかったので、理由を学校に尋ねると、「人を怒らせたくないから」とのことだった。 でも、日中に子どもと公園を散歩することはなくなりました。大きな犬を飼っているので、一人で散歩に行くこともなくなりました。私が住んでいるところはとても治安が悪いので、家から出ることはほとんどありません。 そして、罵声を浴びせられたりするのは本当に辛いことだが、子供たちや国の未来のために立ち上がらなければならない。この国の風景は完全に変わりつつある。 あなたがそれでいいというなら、それでいい。私は自分の子供のためにそんなことをしてもいいとは思わない。どうか、子供たちのことを第一に、国のことを第一に考えてほしい。』

髙安カミユ(ミジンコまさ)

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\受賞🎖️/「法と民主主義賞」をいただきました!そして本日は、身近な大学の学費について一緒に考えます。 #学費値上げに反対します このたび、日本民主法律家協会から、第22回相澤まつ江記念「法と民主主義賞」をいただきました。 私の論文「学生の #学費値上げ反対 ・高等教育無償化運動のとりくみ」掲載の「特集 教育・研究をめぐる苦難と貧困をどう打ち破るかー課題と展望」(『法と民主主義』2025年10月号)が評価されての受賞です。 正直、ちょっとびっくりしています。友人の除籍危機から制度的な問題に気がついて、「東大が学費上げたら絶対波及して全国の学生が困るんだけど!」と言っていたら、気づけば全国の学生とつながって、署名を集めたり、国会に行ったり、省庁と話したり、本をつくったり、デモをしたり。まさか賞までいただくことになるとは……。 でも、この賞は私ひとりがもらったものではないと思っています。学費値上げに「おかしい」と声を上げた学生たち、署名してくれた人、街頭に立ってくれた人、国会や省庁まで一緒に行ってくれた人、アンケートに自分の生活や将来への不安を書いてくれた学生、そして全国から連帯してくれたみなさんと一緒にいただいた賞です。本当にありがとうございます。 受賞式では、私自身も少しお話ししました。今回、そのときのスピーチを動画にしました。よかったら見てください! 学費が上がれば、バイトを増やして授業や睡眠を削る。食費や家賃を削る。大学院進学や研究、留学を諦める。休学や中退を選ばざるを得なくなる。実際に学生からは、「出費を抑えるために食事を削っている」「このままでは進路選択にも希望が持てない」「お金がない者は学んではいけないのですか?」という声が上がります。 学費値上げは「大学経営の問題」や、「お金に困っている学生だけの問題」として語られがちです。私は、この社会で誰が学べるのか。誰が大学に残れるのか。誰が研究を続けられるのか。誰が負担するのか。そして、誰が声を上げられるのか、そもそもを規定する問題だと思います。 さらに、最近は「日本人学生が苦しいのは外国人留学生が優遇されているからだ」というような言説も広がっています。でも、学生が苦しいのは外国人のせいではありません。日本では高等教育への公的支出が薄く、大学の財政難が学費や寮費、奨学金などを通じて学生や家庭に押しつけられている。その構造こそを見なければいけないと思っています。学費の構造を理解すると、留学生への排外主義言説にも応答できます。 私は、学費値上げ反対運動を「学生当事者」に背負わせるのはもうやめたい。学生の期限は短いし、大学で声を上げるのは難しい。そもそも学費を背負わされているのは労働者や生計維持者で、全世代の問題でもある。 大学は誰のものなのか。教育は誰のためのものなのか。国は何にお金を使うのか。すぐには利益にならない人文学や基礎研究を、私たちはどう守るのか。 大学に「自分で稼いで学費を払え」と迫る一方で、軍事には大きな公的資金を投入する。その優先順位をどう考えるのか。大学が企業化・市場化していく先に何を残すのか。学費って、個人的な問題ではなく、ものすごく政治的で社会的な問題なんですよね。 私は「政治」を、もっとみんなで自分の生活から考え続けていって、市民社会を耕していきたい。署名する。話す。集まる。国会へ行く。調査する。本をつくる。一つひとつは小さく見えても、声が重なれば「政治の議題」になる。 学費値上げに反対することは、わがままではなく、主権を行使すること。大学内で「お客さん以下」の扱いを受け、大切なことがトップダウンで決められる環境で、民主的営みを再構築する試み。そう思って、この活動を続けてきました。 そして明日、8月29日(土)は「大学の学費問題を考えるシンポジウム」です! 基調講演は、徳島大学教授・山口裕之さんの「大学は誰のものか――学費問題を通じて考える」。さらに、学生・大学院生からの発言、質疑討論もあります。教員と学生院生の世代を越えた連携でのシンポジウムは実際稀有な機会です。私も「私たちはどのように『学費値上げ反対運動』を立ち上げたのか?」というタイトルでお話しします。 「学費、高すぎない?」と思っている人。大学に行きたいけれどお金が心配な高校生。いま大学で頑張っている学生。子どもの学費が気になる保護者や、奨学金を返し続けている労働者の皆さん。大学ってそもそも誰のものなんだろう?と思っている人。ぜひ来てください! 8月29日(土)13:30〜17:00/中央大学茗荷谷キャンパス B1W02教室+オンライン 会場参加:一般1,000円/学生・院生300円 オンライン:無料 オンライン参加申込はこちら👇 「お金がない者は学んではいけないのですか?」 この問いを、「仕方ない」で終わらせないために。あなたの苦しみを、「当たり前」で片付けないために。大学は誰のものなのか。教育を誰のために、誰が支えるのか。 本日、一緒に考えましょう☺️

金澤伶『学費値上げに反対します』(地平社)行動する東大生🍉🟨⬜️🟪⬛️

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ぶっちゃけヒカルがめちゃくちゃ好きってわけじゃないです。 でも、この動画だけは別格だった。 刺さった。 胸を殴られたみたいに「そうだよな……」と黙らざるを得なかった。 そう、 「楽」と「楽しさ」は似ているようで、実はまったくの別物です。 ただラクしてるだけの人生は、 確かにしんどくはないです。 だが、それと同時に“何も起きない人生”でもある。 刺激もない。 成長もない。 達成感もない。 その結果どうなるか? 気づけば心が干からびて、人生そのものが退屈な作業になってしまいます。 実際、昔のナギもまさにその典型だった。 「本当は美女を抱きたい。 みんなが憧れるような女を横に連れて歩きたい」 心の奥底では、そんな願望がメラメラ燃えていた。 でも表ではこう言って逃げていた。 「仕事が忙しいから」 「俺なんて外見も普通だし」 「女性に慣れてないから……」 そうやって都合よく言い訳を積み重ね、 “挑戦しなくていい道”へ逃げ込んでいた。 逃げればラクだ。 誰にも否定されないし批判もない。 壊れる恐怖も味わわなくていい。 ただし ラクを選んだ先に、欲しい未来は一つもなかった。 ナギはその現実に、ある日ようやく気づいたんだ。 このまま“ラクな人生”を続けたら… 憧れていた女性に振り向かれることもなく、 自分を誇れる瞬間もなく、 「まぁこんなもんか」と言いながら人生が終わっていく。 想像してみてほしい。 40歳、50歳、60歳になったあなたが、 “本当はもっとやれたのに何もやらなかった自分”を思い出した瞬間。 その時に込み上げる後悔は 今の“ラクさ”なんかとは比べものにならない。 そのことに気づいたとき、ナギは腹を括った。 複数の恋愛コンサルを受けた。 逃げずに自分と向き合った。 行動した。 最初は怖かった。 しんどかった。 手も足も震えた。 だけど 不思議と“つらい”とは一度も思わなかった。 それどころか、 めちゃくちゃ楽しかった。 だって、変わっていく実感があったから。 選ばれる側の男に近づいていく感覚があったから。 昨日より今日の自分の方が、確実に誇れたから。 “ラク”では得られない興奮。 “逃げ”では味わえない自信。 挑戦した瞬間から、 ナギの毎日は「退屈」から「充実」に切り替わった。 結局、人生はシンプルなんだ。 ラクを選べば、人生はラクのまま止まる。 楽しさを選べば、人生は動き出す。 そして、動き出した人間だけが 憧れていた女性と自然に笑い合える自分になれる。 これはキレイごとじゃない。 ナギが現実に体験した事実です。 だから今、これを読んでるあなたにハッキリ言いたい。 もしあなたが心のどこかで 「本当は美女を抱きたい」 「理想の女と結婚して幸せになりたい」 「もっと堂々と自分に自信を持って生きたい」 そう思っているなら “ラクな逃げ”を続けている場合じゃない。 ラクしている間に、 あなたの未来はどんどん薄くなっていく。 一方、 挑戦した瞬間から、あなたの人生は手触りのある“楽しさ”で満たされ始める。 どちらの人生を選ぶかは、あなた次第です。 今日も最後まで読んでくれてありがとう。 現在進行形で美女からモテるために頑張ってるって人はいいねで教えてください。 美女を抱くために頑張る人はナギコンサル生じゃなくてもみんな仲間です。 面白いプロフィールの人がいたらフォローさせてください! 発信者さんも構いません。 さぁ、みんなで美女を抱きましょう。

ナギ

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2006年6月22日。 ブラジルに敗れた夜。 テレビの前で声を失った人もいれば、悔しくて眠れなかった人もいた。 あの日、小学生だった子どもは、もう30代になった。 高校生だった少年少女は、親になった。 社会人になったばかりの人は、会社を支える立場になった。 日本もまた、激動の20年を歩いてきた。 リーマン・ショックで未来が揺れた。 2011年3月11日、東日本大震災が日常を奪った。 熊本地震、西日本豪雨、能登半島地震。 新型コロナウイルスは、人と人が会うことさえ当たり前ではないと教えた。 笑った日もあった。 泣いた日もあった。 大切な人に出会った人もいれば、大切な人との別れを経験した人もいる。 誰一人として、同じ20年を歩んだ人はいない。 それでも、ひとつだけ共通していることがある。 私たちは、そのたびに立ち上がってきた。 日本サッカーも同じだった。 2006年、世界の大きさを知った。 2010年、あと一歩に涙した。 2018年、ベスト8は指先からこぼれ落ちた。 2022年、世界を驚かせながら、あと一歩届かなかった。 敗れるたびに、この国は少しずつ強くなってきた。 そして、2026年6月30日。 相手は、またブラジル。 これは20年前のリベンジではない。 20年間という時間に、答えを出す日だ。 あの日、中田英寿がピッチに倒れ込んだ理由。 あの日、日本中が感じた悔しさ。 そのすべてが、この20年という時間を経て、一つの試合へとつながっている。 皆さんにとって、この20年はどんな20年でしたか。 その20年を胸に、日本代表を応援したい。 なぜなら、この90分は、11人だけの戦いではない。 20年間を生き抜いてきた、日本という国の物語だから。 🇯🇵

米国インデックス投資家|嵐ファンで2億円達成

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