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【危険】中洲川端商店街に吊るされた日本国旗が揺れまくる 川端商店街は博多で最初に栄えた商業の町で、130年以上の歴史があるという。 下通るのちょっと怖いね、もう少し固定する方法ないのかな? #中洲 #川端商店街

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🇯🇵なぜ日本には、今もこれほど多くの商店街が残っているのか。 その原点は、単に買い物に便利だったからではありません。 戦後、焼け野原になった街で、復員兵や地方から移り住んだ人、仕事を失った人たちが、ほとんど資本もない状態から米屋、魚屋、八百屋、金物屋などを始めました。 大企業が計画して造った街でも、海外から巨額の投資を受けて造られた街でもありません。 生きていくために、自分たちで店を開き、そこに人が集まり、商店街になっていったんです🏘️ 当時の日本には、向こう三軒両隣という考え方がありました。 遠くの親戚より、毎日顔を合わせる近所の人たちが真っ先に助け合う。店主は客の顔も名前も覚え、客もいつもの店へ通う。 買い物だけではありません。ラジオや新聞だけでは足りなかった時代、店先で交わされる会話そのものが地域の情報網でもありました📻 東京の十条銀座もその代表例です。 明治後期から駅や軍事施設の周辺に店が集まり始め、関東大震災後には都心から人が流入。空襲による被害も比較的小さく、戦後はいち早く商売を再開しました。 現在も約200店舗が残り、観光客のために造られた場所ではなく、住民が毎日の食料や日用品を買う生活の街として続いています🛍️ ショッピングモールが効率よく商品を売る場所なら、昔ながらの商店街が売っていたのは商品だけではありません。 いつもの魚屋、顔を覚えている八百屋、近所の人の目、店先で交わされる何気ない会話。 大型チェーンやネット通販がどれだけ便利になっても、この誰が誰を知っているという人間関係までは、なかなか効率化できません。 戦後の日本が巨大な施設より先に取り戻したもの、それが町の小さな店と、人と人とのつながりだったのかもしれません🇯🇵

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