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【解説求む】竹田恒泰 vs 上杉隆 の論争がどうしてもわかりにくい!!!!! 竹田恒泰の「女系天皇は天皇と呼べるのか?」という発言から再び勃発した、「竹田家男系女系論争」。 双方の主張と論点を頑張ってまとめてみたので、認識違いがあったら詳しい方ぜひ教えてください。 🟩 竹田恒泰の主張 ・女性天皇:OK ・女系天皇:NG ・愛子様が天皇になること:制度上OKだが反対 →天皇になった愛子様に息子が生まれた場合、今の法律では息子は天皇になれない →しかし国民は皇族の子どもが大好きなので、「天皇でいいじゃん」となりそう →その世論に後押しされ、愛子様の息子が天皇になる=「2600年以上続いてきた男系男子の皇統が断絶」 🟥 上杉隆の疑義 ・竹田恒泰は、「竹田家は男系」「竹田家は皇位継承権を持つ」という主張をしている ・しかし竹田恒泰は、明治天皇の娘の子孫=「女系」 ということは、 ①明治天皇の娘の子孫が天皇になる(=竹田家) はOKなのに ②愛子天皇の息子が天皇になる はNG? 竹田の主張に矛盾があるという立場 🟩 これに対する竹田恒泰の反論 竹田家の成り立ちについて、 「明治天皇の娘」と「北白川宮(=男系男子)」が結婚して生まれた家系。 なので竹田家が皇位継承権を持つか否か? という議論において 「明治天皇の子孫であること」は判断基準に関係がない 素人がお二人の意見を聞いてまとめたものですが、間違い・補足等あればぜひコメントで教えてください。 どこが食い違って揉めているのかは正直わかりませんでしたので、そこも解説してほしいです 上杉隆 Takashi Uesugi / NoBorder 竹田恒泰 木幡涼真| NoBorder/REALVALUE STUDENTS

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【戦禍のガザ地区出身医師「私は憎まない」】 ▼イゼルディン・アブラエーシュ博士とは? ガザの難民キャンプで生まれ、働きながら猛勉強をして医師となり、パレスチナ人として初めてイスラエルの病院に勤務 ▼『パレスチナとイスラエルの架け橋となる』と訴え アブラエーシュ博士 「殺人に殺人で対処できないし、ネガティブにネガティブでは対処できません。別の方法があるんです。復讐を選ぶ方が墓穴を掘ることになるんです」 「私の目標はこの仕事を続けて、イスラエル人とパレスチナ人の間に信頼と希望を醸成することです」 2009年、イスラエル軍の砲撃によって、娘3人を失いました。しかし、その直後にもアブラエーシュ博士は『架け橋になる』という言葉を述べています アブラエーシュ博士 「私が絶対に受け入れ難いこと、それは復讐です」 「考えもしません。復讐で娘たちは戻らない」 「娘たちは若く、気高くて神聖でした。その魂は崇高な大義や人類のために生かされるべき」 「私は信じています。これからも主張していきます。暴力の先には何もありません。憎しみは暴力を生みます。暴力は暴力を生み、広げていきます」 「否定を肯定に。戦争を平和に。暴力を優しさに変える」 ▼『憎まない』ためには? アブラエーシュ博士 「あえて誰も言いませんが、病原はイスラエルによる占領です」 「占領と植民地化は終わらせるべき。入植地の拡大は“がん”と同義です」 「この状況に終止符を打てば、パレスチナ人とイスラエル人は、対等で自由な共存が可能でしょう」 「正義の基準はひとつです」 「私は絶対にあきらめない。絶対に希望を失わない。厳しい状況ですが、“患者”はまだ生きています」 ▼産婦人科医として“命”と向き合ってきたからこそ― アブラエーシュ博士 「政治的リーダーに欠けているもの、それは女性です」 「女性は命を育む存在です。命を与える存在です」 「私には確信があります。持続性があって、健全で平和で自由な世界にできる」 「女性の参画が必要です。機会と教育の向上が求められます」 「この世は男だけのものじゃない」 (Q.いま目標としていること、叶えたいことは?) アブラエーシュ博士 「帰りたい、ガザに。 娘たちの墓に行きたい」 「そして伝えたい。『休んでなんかいないよ』」 ユナイテッドピープル

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「おちんちんをブラブラさせたまま女湯や女子更衣室を利用する法律上の権利」を札幌家裁が認めた!最悪の女性差別だ!なぜこんなことになったのか、なぜ認められたのか、どうすればいいのか、今回解説する!女性のみんな!妻、妹、娘、孫娘がいるみんな!拡散して欲しい! まずな、事の発端は岸田文雄政権がアメリカ民主党に媚を売って、最速で成立させたLGBT理解増進法じゃ。 この法律を理由に引用して、裁判所が「書類上の女性」を増やし続けている。 今から26年前、脳と体の性別が一致しない方々がいた。 そうした方々は「男性器があること自体が苦痛で切り落としたい」と願ったが、当時の日本の医療は認めなかった。 だから、お金を貯めてアメリカなどにいき、手術して「切って」きたわけだな。 それは可哀想だから、新しく法律で「生殖器を切除して希望する性器を造形する手術をしたら戸籍上の性別を変えてあげる」と決めたわけだな。 しかし、それから20年経つと、「男性器は絶対に切りたくない大切なものだが、書類上だけ女になりたい」という人々があらわれた。 めちゃくちゃだろ。 おちんちんが大切ならそれはそういう性自認じゃろが。 ところが裁判所は、これを認めるために少しずつ条件を変えてきた。 まず、アレルギーがあるから性転換手術ができない、という人に職場の女子トイレを利用する権利を認めた。 次に、生殖器を切り落とさなくても男性器のような外観をつければ良い、とした。 これは女性から男性への変更希望者で、 確かに子宮は内部だから、外側に男性器みたいなのをつければ大丈夫だろ、という判断だった。 その翌年、女性ホルモンを長期投与して、おちんちんをちっちゃくして、その上にタックという商品名の「おちんちん隠しシール」を張れば、目立たないから、男性を書類上女性に変更できると裁判所は決めた。 ホルモン剤なんかな、投与をやめたらまたおちんちんはデカくなるのにな! そして昨日、札幌家裁が、そのホルモン剤投与さえアレルギーを理由に不可能だから、 全力大人おちんちんギンギンのまま、書類上男性から女性に変更し、あらゆる女性専用施設を使う権利を認めた。 アメリカの統計だが、性暴力を起こす人は、10万人あたり 女性が3人 男性が395人 おちんちんをつけたまま書類上女性になった人が1916人 と、かなりやばい数字になっている。 なんか稲田朋美議員が「厚労省の要綱で身体的特徴が男性の人は女湯に入れないことになってます」と言って炎上したことがあったが、 綱領なんぞ裁判所の判決の前には何の価値もないからな。 実際、ゴルフ場経営会社が、書類上女性になった人が女性会員として女子更衣室を使わせろといってきたのを断った「罪」で莫大な損害賠償責任を裁判所によって認定されている。 もう最悪じゃろ。 じゃあ、どうしたら解決できるか? 実はな、これらの裁判例に共通することがあってな。 『戸籍のみならず外見も女性となった者が女性用の施設を使用した際、特段の混乱は生じていない』 ということを裁判所は理由に挙げているわけだ。 つまりだ! ワシら女性が、内心どんなに嫌でも、黙っているとな、 裁判所には「共感能力」とか無いわけだから、 「あ、女性のみなさんも納得されているんですね」 と、平然と判決してしまうわけだ。 だから、原始的だが、もう対処法はひとつしかない。 女性専用施設に、「書類上の女性」が入ってきたら、即通報じゃ! ヒステリックに金切り声を出して、携帯で撮影しながら「誰か助けて!助けて!」と叫び、侵入者をネットにうつして世論の是非を問う。 女性側が苦痛であり、困惑し、社会混乱の原因となっていることを「物理的に」示すしか女性の人権を守る道はない! あるいは、そもそもプールや銭湯やゴルフ場などにいかず、女は家から出ない、という江戸時代に逆戻りか。 それは嫌だよな! 次の政権で高市早苗がなったらなんとかしてくれるが、それ以外ならもう女性の人権なんて家畜並みじゃ! 声に出して叫ぼう! 女性専用スペースから「書類上の女性」は出ていけ! ワシが書いた「暴走するジェンダーフリー」はこの問題を2021年に指摘し警鐘を鳴らしてきた! 是非読んでな! また、男女が正しくあるためには正しい国家観が必要であり、正しい歴史認識が必要だ!ワシの書いた『新大東亜戦争肯定論』は正しき歴史が歪められだからこそいま様々な問題が起きていることも詳述した。是非読んで一緒に日本を守ろう!

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末原拓馬

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超かぐや姫!超おもしろかった! むりやりに大絶賛してみる! 一億総ドパガキ社会! ↓動画内の語り、全文文字起こし まず制作陣がガチで天才だから、この物語への主な批判ポイントが、そのまますべてSF設計の土台なんだよね。 たとえば、キャラの葛藤がないとか、ご都合主義のAIっぽさとか、リアリティがないとか、散々な言われようだけれど。 それって『超かぐや姫』の核心なんだよね。 なぜかって……本作は、『神に喧嘩を売ってでも人間を作りたい』ってのがメインテーマだから。 超簡単に表現すると、人間らしさが消えちゃった彩葉と、ほんとうは人間じゃないかぐやが、「パンケーキを食べておいしい!」と感じたい話。 これこそが『超かぐや姫』の始まりであり、終わりに至るまですべて。 その為には、超早送りでびゅーんっと駆け抜けて、配信界の頂点にたどり着いて、「資本主義バンザイ!」でドパガキから集金しまくって、神の領域に挑戦しなきゃならない。 まるで全部乗せのパンケーキ、すべて持った超人のエネルギーで。 言うなれば、『令和のセカイ系はサイコパス』、うじうじと理屈を語るよりも、葛藤さえもハイスピードで終わらせて、きみとぼくの為――彩葉とかぐやの為だけに、神の理屈をねじ曲げにゆく。 理由はただひとつ……「またパンケーキを食べたい」から。 (※セカイ系とは? 「きみ」と「ぼく」という、 ちっちゃな関係性が、 国家や社会をすっ飛ばして、世界のあり方に直結する話) すなわち、新時代のセカイ系は、狂気で踏み込む決断主義、なにもかも舐め腐って、日本の古典――竹取物語をぶち破らなきゃならない。 天の羽衣を脱ぐ、綺麗事を捨てて、パンケーキの為だけに成り上がる話。 そこまでやらなきゃ、宇宙一の負けヒロインであるかぐやを、地獄の円環構造から救えない。 逆に言えば、それを実現させるまでは、まるで水と粉のパンケーキ、感情移入できないくらいぱっさぱさ――人間味がない、AIみたい、機械的なんですよ。 その薄っぺらさこそがスタート地点ってこと。 たとえば、主人公の酒寄彩葉17歳JKは、【楽しんでる場合やあらへん……いちばんやないとあかん】って母親に冷たく言われ続けたせいで、完璧主義のマシーンになっちゃったと。 つまり、学生なのに週5日のバイトで一人暮らし、東大を目指す受験勉強、プロゲーマーばりの腕前、こんだけ詰め込みすぎなのは、いわゆる『過剰適応』って奴。 いじめられっ子がなぜか笑うのと一緒で、『苦しさを100%抑圧』している。 まるで広末涼子の爆走185キロ、人間って一度狂うと止まらないんだよ。 さらに彩葉は、Vtuber月見ヤチヨの歌声に惚れ込んで、ガチガチに推し活もやっていると。 ここでも批判の声――「推し活が記号的、ただの舞台装置」みたいな意見があるけれど、これはSF的にも心理面でも必要不可欠なんですよ。 どういう事かって、彩葉は疲れすぎな日々に、お母さんからの罵倒が幻聴として聞こえていて、それを防ぐためにイヤホンをつけて、ヤチヨのRememberを聴き始めたと。 それもあって、○人的スケジュールなのに、なぜか感動できたり黄昏れたりと、一見余裕があるように見えるのは、その瞬間だけが抑圧からの解放――人間性を取り戻せているから。 なので、明らかな依存症として推し活にハマったんですよ。 その証拠に、「推しがいなければ生きられない」という考えで、食欲がない鬱状態のときも、推しさえ見ればちょっとずつ食べられる、そんな描写もされていて。 もはや推しというより神様――だからこそ彩葉は、月見ヤチヨの神棚アクリルスタンドを大事に飾っているんだよね。 しかもSF的にエグいのは、『超かぐや姫』って本質的に『神○し』のお話になっていて。 「パンケーキを食べたい」というエゴの為に、冗談抜きでドパガキも資本主義もハックして、運と才能とお金と人脈でフルスイングする。 つまりは、綺麗事じゃない愛を奪い取る話。 そして、もう一人のヒロインかぐやは、さっきも言ったとおり、本来、人間ではなくて、じゃあ何者かって、月に住んでいたむなしい存在――肉体のない思念体なんですよ。 なので、地球に舞い降りて人間の肉体を得てすぐに、「自由な毎日が楽しいなぁぁ!」って欲望が大爆発する。 その最たる例としては、彩葉が睡眠を削ってまで働いて、がんばって貯めたお金――12万円を使い果たしたことがあって。 ちなみにこのシーン、「彩葉の怒りがあまりにも薄い!」って批判が多いんだけれど、それへの反論は秒速で終わるんだよね。 かぐやの無駄遣いが、呪いの浄化になっているから。 まず彩葉のため込んだ12万円は、超現実主義なお母さんの呪縛なんだよ。 【この世で頼れるんは自分一人や】【今日の百円は明日の千円や】みたいな冷たい言葉を吐かれすぎて、「心が壊れても頑張らなきゃ」という呪いになっている。 そこに叩き込まれたのが、かぐや! ドパガキ! ラーの鏡! つまり、今までずっと無駄なく効率的に生きてきて、完璧主義の廃人になっていた彩葉に、無駄遣いでショック療法――かぐやはこれでもかとご馳走を振る舞った。 そのとき彩葉は味わうこと、人生の喜びを思い出したんだよ。 人間を人間たらしめるクオリア――簡単にいえば、おいしいという感情、「生きている!」という感覚を取り戻せたと。 その結果、このあと少しして風邪を引くんだけれど、それは別な言い方をすれば、やっと風邪を引けたんだよね、甘えと弱さを出しきって、これでもかと人間らしく。 今まで母親の祟りにやられて、完璧超人のマシーンだった彩葉が、かぐやによって人間性を蘇らせたってこと。 そう考えると、もはや妖怪人間ベムよろしく、「早く人間になりたい」ってのが、『超かぐや姫』のキモなんですよ。 そして、この物語のマジで恐ろしいところは、かぐやが元々暮らしていた月の世界なんだよね。 ここってのは味も温度もない巨大な水槽みたいで、喜びも悲しみもなくて、生きることも○ぬこともできない、永遠なる空っぽの場所であると。 でもって月の住人たちは、ゲームのNPCと同じで、無感覚の日々を繰り返すという、究極的にむなしいシステムに閉じ込められていて。 そんな中、かぐやだけが奇跡というかバグの発生によって、「寂しい! 退屈! ○にそう!」って、みるみると自我が芽生えて月から飛び出しちゃったんだよ。 そして流れ星のようにキラキラと、『もと光る竹』という宇宙船に乗って、そのまま地球の電柱にビリビリビリってぶつかってゆく。 すると、一瞬でゲーミング電柱になるんだけれど、これは月のテクノロジー、地球環境に馴染むべく、そこに最適化された肉体――今回は赤ちゃんの体を用意して、かぐやの思念体が入り込んでゆくと。 そんでドパガキよろしく、タブレットでネットサーフィン、高速で情報収集をすることによって、その知識量に合わせてハイスピードで、女子高生くらいの見た目に変化するんだよ。 つまり、かぐやは地球人じゃない。 なので、普通の人間たちとは違って、文字通り、恥も外聞もないから、持ちうる力は『すべて出す』を地でゆく、このあと一瞬にして配信業でのし上がるんだよ。 めちゃくちゃな話、『美少女版へずまりゅう』だから。 そもそも、かぐやが彩葉のお金で勝手に、ライバーになる為のスマートコンタクトを買って、メタバースの世界ツクヨミにログインして、大観衆の前でいきなり叫ぶ売名行為までやって、終始、大暴れするんだよね。 なのでよくある批判――「子育ての苦しみがない」「生配信の世界は甘くないぞ!」ってのは、筋の通ったやり方で回避できる。 何度も言っているとおり、普通の地球人じゃないから。 そうこうして、「パンケーキがおいしい」と思えるくらい、かぐやは人間の幸せを覚えてゆく。 でも残念ながら、『かぐやは月の秩序を乱すバグ』と見なされて、月の世界へと戻されてしまう。 これは日本の古典である『かぐや姫』の結末通りで、強制的なバッドエンドを迎えると。 さらに怖すぎる話、地獄の本番はここからなんだよ。 まず月に戻されたかぐやは、また何もない水槽の中に入れられて、虚無の永久ループに閉じ込められると。 しかも以前と違うのは、主人公の彩葉と出会って、笑ったり歌ったり、パンケーキの甘さを感じたりで、幸せを知ってしまったからこそ、その絶望はより深いんだよね。 5億年ボタンの比じゃないさみしさ、『生と○の狭間』にある闇のような場所で、永遠のひとりぼっち。 でもそんなある日、38万キロの彼方――地球惑星から、懐かしい歌声が聞こえてきて、「もう一回だけ地球に行こう! 彩葉に会いたい!」って、奇跡で飛び起きることができた。 でも運命は残酷で、「また宇宙船に乗って地球に出発だ!」ってときに、タイムトラベル機能をオンにしたもんだから、なんと制御不能でバコーンって隕石と衝突して、8000年前の地球にぶち飛ばされたんだよね。 すると何が起きたか、宇宙船のシステムがエネルギー切れ、月のテクノロジーが使えないせいで、最適な肉体を作り出せない、前と違って赤ちゃんにもなれない、ただの思念体――魂だけで放り出されたと。 それはつまり、声も出せない、誰とも話せない、誰の目にも見えない、永遠に続く孤独がはじまった。 これは昔の名作、『STEINS;GATE』のトラウマ回と似ていて、とある女の子が不完全なタイムマシンに乗ったら、時間跳躍のときにダメージを食らって、自分の名前以外すべてを忘れちゃったんだよ。 それから24年のときが流れて、ふっと思い出してしまう。 とてつもない使命、大切な約束があったのに、のうのうと生きてしまったことを悔いて、【失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した】、そう書き綴って……そのまま自○するんだよね。 そして、かぐやの場合はより怖い――寂しくても退屈でも永久に○ねないから。 なので、「彩葉! 彩葉! 彩葉!」って発狂するんだけれど、それは声にも叫びにもならなくて、いつまでも絶無なんだよね。 泣きながら膝を抱えようにも、そこには涙も膝もない。 そうやってかぐやは、ゆっくりと時間をかけて絶望してゆく。 けれど1%の奇跡として、宇宙船に乗り込んだときに、地球で彩葉からもらった、たまごっちみたいな携帯ゲーム機、そこに『犬DOGE』という柴犬、電子のペットがいて。 そいつをデータとして連れて来たんだよね。 その結果、シャットダウン直前の宇宙船による最後の力で、たまたま近くにいた、かわいいウミウシ――海のウサギとも呼ばれる生物をスキャンして、そこに犬DOGEの軽いデータをぶっ込めた。 これはつまり完成済みのハードウェア、しょぼいけれどロボットの出来上がり。 だから、ウミウシにログインした犬DOGEをハッキングして、思念体のかぐやが入り込んで動かせるってこと。 そうこうしてウミウシのかぐやは、不老不○の日々を進んでゆく、それも8000年。 縄文時代、平安時代、戦国時代、あらゆる時代に漂って、大量の出会いと別れがあって、もちろん戦争による○し合いもあって、破壊と再生が延々と繰り返される中、かぐやは孤独な観測者として、それらを眺め続けたんだよね。 毒も薬も酸いも甘いもカオスも、すべて飲み込みながら。 そうやって膨大な時が流れて、人類は血みどろの歴史の果てに、電話に冷蔵庫にテレビに、そしてインターネットという、高度な文明を誕生させるんだよ。 そんなある日、かぐやはウミウシの身体のままで、パソコンのキーボードを押して、『Hello,world!』って入力した。 つまり、8000年の時を経てとうとう……想いを伝えられるようになった、孤独な旅がやっと終わった。 その瞬間かぐやは壮大な夢を思い描くんだよ。 それってのは、地球での血なまぐさい争いとか、ひとりぼっちとは無縁な、ユートピアの仮想空間を作ること。 要するに、『水も波も立たない巨大な水槽である』月の寂しさを、他の誰にも味わって欲しくないってこと。 だからこそ、ここでの仮想通貨『ふじゅ~』は、水のように、あぶくのように湧き出てくる。 まさにドパガキよろしく、人の心が踊れば踊るほどに、無尽蔵に金が降り注ぐんだよ。 そうしてかぐやは、ウミウシの身体をよじりながら、htmlを書いてアクセス解析もして、とにかく試行錯誤しているときに、はっと衝撃的なことに気づく。 それってのは、自分がゼロから築き上げてゆく仮想世界が、かつて彩葉と遊んだツクヨミだってことに。 そして、彩葉が歌声に惚れたVtuber月見ヤチヨは私なんだってことに。 すなわち、ぐるぐると同じ輪廻を巡って、この8000年の孤独も含めたループが、何百回、何千回、何万回も続いているのかもしれない。 これをむりやり表現するならば、『メタ的ディストピア円環構造』だね。 つまり、『感情を持った思念体』のかぐやが、月から地球に来て赤ちゃんとして生まれる→彩葉と幸せな時間を過ごす→月の世界に戻される→歌が聞こえて脱出を決意……でも隕石に衝突→8000年前の地球に吹き飛ばされる→そして今の今に繋がる―― めちゃくちゃ残酷なことに、この円環構造の中で、常にかぐやは自我があって、しかもその時間の大半、メタ的視点――実体のない魂のような存在として、声にならない声を上げながら、ずっとひとりぼっちで過ごしている。 そしてこの、『メタ的ディストピア円環構造』をぶち壊すには、バグを伝染させる必要があった。 それは愛も憎しみも含めた、綺麗事抜きの人間らしさ。 もっと単純な話、心の底から「パンケーキがおいしい!」と思えること。 彩葉のケースで言えば、月のシステムみたいな完璧主義をやめて、泣いて甘えること、自分の意思で進路を決めること、ホンモノの反抗心で母親にぶつかること。 そのうえで最大の敵は、退屈で○にたくなるほど整った、穢れなき月のAI的世界なんだよね。 だからこそ、ドパガキも資本主義も運も才能も醜さも、Rememberという推しの曲もすべて総動員して、綺麗事抜きの人間らしさで殴り返した。 ありとあらゆる手段で、『竹取物語』の運命――かぐや姫は月に帰るという、神様の結末を破壊する為に。 それはつまり、彩葉の推し――神様だった月見ヤチヨ(かぐや)に、『終わりのある人間としての人生』を与える、今度は自分が神様よろしく、生命を誕生させるってこと。 ちなみに当初、メタバース(ツクヨミ)の世界では、かぐやを連れ去りに来る、月人という大勢の敵を、ゲームのシステムに落とし込んで、プロゲーマーの力とチートによって倒そうとしたんだよ。 現実世界じゃ負けるに決まっているから、ゲームの敵キャラにダウングレードさせようとした。 でもそんな甘っちょろい敵ではなくて、まるで勝ち目がなかった。 その結果、映画の途中でスタッフロールが出て、「めでたし めでたし」って、皮肉なエンディングが軽く流れるんだよね。 でも彩葉はその終わりを許さずに、ツクヨミという仮想空間――一億総ドパガキ社会ってくらい、ユーザー数の多い場所で、ハイスピードで配信者として売れて、べらぼうに儲けたお金と、人脈をフル活用して、10年間、ロボット工学をはじめとした科学技術を学んでゆく。 なぜかって、かぐやの思念体を入れる義体――それも寿命のあるホンモノの生命体を作りたいから。 これこそが『超かぐや姫』のすべて。 つまり、愛とは綺麗事ではない、愛≒平和ではない、愛とは能動的なバグなんだという、パンケーキを食べておいしいと感じる話。 ↓『本音のおまけ』 動画冒頭で、「むりやりに大絶賛してみる!」と宣言したとおり、映画版の『超かぐや姫』は、ファミ通の文庫版も読んで、SF設定もメモして、登場人物の背景も学んで想像して――つまり、こちら側でかなり踏み込んで視聴しないと、ちんぷんかんぷんな事ばかりだ。 とはいえ、90年代2000年代を振り返りゃ、映画であれ音楽であれゲームであれ、たった一本、たった一枚、たった一作を繰り返し……狂ったように楽しむものであった。 たとえば、FFや聖剣伝説をやるときにはアルティマニアという、ごっつい攻略本を買ってプレイ前から読みふけっていた。 そう考えりゃ、『超かぐや姫』の円環構造よろしく、ぐるぐるとリピートする事が大前提の作品があっても良いのかもしれない。 しかも『超かぐや姫』 の場合、知識と考察を重ねるごとに、「この複雑な円環構造のSF設計を考えると、これはこれでアリかもな」と思えてきて、じわじわと評価点が高まる。 そして最近のドパガキ、マジで舐めすぎだろ笑 僕が少し前にupった、『超かぐや姫!を観た、マジで超酷かった!』に、下記のような意見がわんさかと届いた。 「あたしたちは美しい物語を楽しんでいるんだから酷評するな!」「たかだか娯楽作品なんだからお気楽に見ろよ!」「わざわざ批判するべきじゃない!」 はっきりと言い返すと、その浅ましいメンタリティこそが、クリエイター側の心を舐めてんだろ笑 物作りに携わるほとんどの人間、綺麗も汚いも含めたドロドロした心で、血みどろになりながらアウトプットしている。 そもそも論、アホみたいなツラかつキラキラした言葉だけで語る、そんな痛みなき世界の中じゃ、ろくな感受性も表現力も育たないだろ笑 もしもの話、『心の美しさ』や『態度の美しさ』が、半ば強制される社会になったら、クリエイター達はドミノ倒し式に全滅してゆくだろうね。 『綺麗事だけじゃ産み落とせないコンテンツ』を好き勝手にむさぼって、しかも綺麗なことだけを期待しているもんだから、そこからちょっと外れたものを受け取った瞬間、「ぎゃぁーーー!」と集団発狂しやがるドパガキ、あまりにも都合が良すぎるだろ笑 なんにせよ本作は、賛否両論――賛のドパガキ、否のドパガキが殴り合うことによって異例のヒットを叩き出している。 それはそれは、メタメタに素敵なるドパガキのディストピア円環構造であります(๑¯Δ¯๑)/ ※今日は22時半あたりまでにYouTube雑談配信をやるぜ!

ADHDマン黒髪ピピピ

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プランクスターズ曲長10秒のショートチューン 曲タイトル 「愛しさと切なさと心強さと温もりと君と私と犬と猫と田舎のじいちゃんばあちゃんと昔一緒にカードゲームしてた友達と年越しは絶対一緒に過ごそうねって言ってくれた恋人と絶対結婚しようなとあんなに言ってくれたあの人とライブいけないけどがんばれと一言余計に報告してくるあなたと「曲良いね」とライブ中もずっと後方で腕組んでる楽曲派の彼とハードコア出身だからと自称して周りからどん引かれてても一生懸命モッシュし続けるあなたとライブ中ひたすらツーステップ踏んでるレギンス短パン男とアイドルやめた後も自分でチェキ販売したりして小銭稼ぎする女ととてもアイドルやっているころは純粋な女の子とおもっていたのに普通の女の子に戻った瞬間にメン地下のことばかり呟いてるあの娘とSNSではあんなに尖ってるのに特典会ではずっと無口なメガネ君と結局すぐ繋がれそうな女の子に推し変していっちゃう浮気性男と現場にはこないのにいつまでたっても古参アピールしてる偉そうなあなたと地下アイドル不祥事のリークで飯くってるSNSフォロワーが多いだけのあなたと大人気ない喧嘩をSNS上で売ってくる権力者と自分たちのグループが人気になった瞬間主催ライブに呼ぶ小さいグループに対して適当になったり態度変わっちゃう運営やメンバーと自分の偏見だけで物事をきめて拒絶するあいつらとまたご一緒しましょうねと言ってくれたあなたたちとどんなに周りから嫌われていたって好きでいつづけてくれるあなたとあんなにずっと否定しつづけていたのに急に認めはじめたあなたとやけに正論を叩きつけてくるひろゆきと今日ライブ頑張ってきてねと言ってくれたあなたと歯医者にはちゃんと行きなさいよと言ってくれた母ちゃんといつも無口だけど本当は1番優しい父ちゃんと世界のどこかで私たちをずっと待ってくれているあなたへ送るラブソング」

プランクスターズ | official

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『格闘少女010 鳴海セラ編』 ―― 祈る者、裁く者 今回の主人公は、鳴海セラ。 雨の函館を舞台に、怪異と陰謀に銃で立ち向かう、戦闘修道女です。 表の顔は、静かに日常を生きる女子高生。 しかしその裏では、北辰バイオ財団が密かに進める怪異研究と、その研究によって生み出された異常存在を追う、特務エージェントとして行動しています。 セラの過去には、幼い頃に両親を飛行機事故で亡くしたという大きな傷があります。 その事故は、単なる事故だったのか。 それとも、北辰バイオ財団の研究、怪異反応、そして黒瀬斎臣の計画と関係していたのか。 物語は、その疑念を抱えたまま、雨の函館港湾地帯から始まります。 雷鳴、工業地帯、濡れた金属、赤い警報灯。 セラは修道女の衣装をまとい、狙撃銃を構え、北辰バイオ財団の施設外周を制圧していきます。 前半は、鳴海セラの“銃を扱う戦闘修道女”としての強さを見せるパートです。 遠距離狙撃、弾丸の超スロー、巨大実験体の弱点コアへの命中、外周警備の掃討。 セラは祈りの言葉ではなく、銃火によって道を切り開きます。 しかし、この物語は単なるガンアクションではありません。 施設内部へ潜入したセラを待っていたのは、北辰バイオ財団の異常研究。 割れた培養槽、停止した監視ドローン、濡れた通路、そして監視モニター越しに彼女を見つめる黒瀬斎臣。 黒瀬は、怪異を恐怖や災厄として見ていません。 彼にとって怪異は、管理可能な資源であり、利用すべき研究対象です。 「怪異は、資源だ。」 その一言が、鳴海セラ編における敵側の思想を象徴しています。 中盤では、響骸体ラクリマが起動します。 ラクリマは、単に肉体で襲いかかる怪物ではありません。 白い医療仮面、黒い膜状の翼、赤黒いコア、医療チューブのような管を持ち、霧の中に沈んだ記憶、恐怖、罪悪感に共鳴する怪異です。 ラクリマの反応により、セラの視界は歪みます。 研究施設の通路に、航空機事故の断片、赤い警告灯、両親の声のような幻聴が重なっていく。 現実と過去が混線し、セラの記憶が侵食されていきます。 それでも、セラは拳銃を下ろしません。 彼女は祈る者でありながら、裁く者でもあります。 救えなかった過去を抱えながら、それでも目の前の怪異と財団の闇に銃口を向ける。 後半では、ラクリマが培養槽を破って完全出現します。 赤黒い霧、黒い粒子、白い仮面、脈動するコア。 セラは至近距離でラクリマと対峙し、銃撃、回避、精神干渉、そして反撃へと進んでいきます。 ラクリマは、セラの記憶を揺さぶります。 しかし、セラはその声を拒みます。 「……その声を、使うな。」 これは、ただの戦闘中のセリフではありません。 彼女の過去を利用しようとする怪異への拒絶であり、両親の記憶を汚されることへの怒りであり、鳴海セラというキャラクターの芯を表す言葉です。 最後にセラは、ラクリマのコアへ銃口を向けます。 祈りでは届かない場所へ、裁きの弾丸を撃ち込む。 ラクリマは崩壊します。 けれど、それで全てが終わるわけではありません。 壊れた研究施設の奥、モニターにはまだ黒瀬斎臣の姿が残っています。 ラクリマを倒しても、北辰バイオ財団の計画は終わっていない。 黒瀬の冷たい視線は、次の実験、次の段階を示唆しています。 『格闘少女010 鳴海セラ編』は、 戦闘修道女、銃火器、怪異サスペンス、函館ノワールを組み合わせた、シリーズの中でもかなりハードボイルド寄りの一本です。 狙撃。 制圧。 潜入。 記憶干渉。 怪異殲滅。 鳴海セラは、祈りだけでは救えなかった過去を抱えながら、銃を手に進みます。 祈る者であり、裁く者。 その矛盾こそが、彼女の強さであり、危うさです。

M7[mi7]AI

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8月20日、某アイドルコンテンツ声優が大きな批判を集めました。彼女は、個人の番組でほんの一瞬だけ、私生活の充実を漏らしました。その直後の妙な間。慎重に探る言葉。何をどこまで話していいのか、どうすれば男性の気配を隠し切れるのか――そんな逡巡だけが、妙に生々しく残りました。 巨大アイドルコンテンツを足掛かりに多くのファンを獲得し、その支持を個人人気へとつなげてきた女性声優。私生活、とりわけ異性の存在を想像させる一言に神経を尖らせるのも、商売上は当然なのかもしれません。しかし、一度こぼれた言葉は元には戻らない。慌てて輪郭をぼかそうとしても、もう遅いのです。 奇しくも、その楠木ともりが口を滑らせる前日。彼女は「音楽を通してファンと共有できる時間が私の宝物」といつも通りの薄っぺらい言葉を並べ、現在の集客状況から見ればあまりにも強気な2000人規模のバースデーライブを発表していました。そして、発言内容やライブ規模に対する批判がピークに達した8月20日、ラジオ『楠木ともりのこと。』で口にしたのが、「家に帰ること自体がご褒美」「自炊して夜ご飯を食べることがご褒美」という言葉でした。そう、生きる喜びとして楠木ともりが挙げたのは、ファンと共有する時間でも、音楽でも、声優業でもなく、家庭の時間だった。 結婚の話題を封印し、薬指のリングも外して、今でも未練がましくアイドル売りを続ける楠木ともり。そんな彼女の語るエピソードは、いつも不自然に登場人物が1人抜け落ちています。しかし、今までの経緯を振り返れば、「ご褒美」の意味は明白です。楠木ともりは昨年まで長らく実家暮らしで、料理も家事も母親に頼りきり。そうやって結婚の予兆すら感じさせないよう子供らしく振る舞うことで、アイドル声優として阿漕な商売を続けていたわけです。それが今は、家に帰る、自炊する、夜ご飯を食べるが人生の喜びになっている。その手料理が1人前ではないことは言うまでもありません。 表向きは「音楽を通してファンと共有できる時間が私の宝物」と言っていますが、結婚前後の一連の言動を踏まえれば、そんなこと思ってるはずがありませんね。ファンを突き放すような報告を行い、それでもなお心配してくれる人々すら3ヶ月間置き去りにし、私生活を優先する。ラジオで漏らした言葉の通り、楠木ともりにとって本当の宝物とは、家に帰り、大切な人と夕食を囲む時間です。彼女が本当に望んでいるものは、人気声優や人気アーティストとしての成功ではなく、家庭での時間だったということ。だからこそ、どれだけ仕事を放棄して複数作品に迷惑をかけても、どれだけ応援してくれるファンが減っても、彼女にとってはどうでもいいわけです。 面倒な仕事やファンを置き去りにして2人っきりになれた3ヶ月の「充電期間」はさぞ幸せだったことでしょう。ラジオでは友人と遊び回っていたと語っていましたが、全ての仕事を放棄した彼女には、専業主婦としての時間も、ファンに言えないことをする時間もたっぷりあったはずです。昨年まで料理も家事もロクにできないと言っていた楠木ともりは、この期間にも特訓を重ね、今では料理が楽しいと言えるほどになりました。将来の育児に備えて免許も取得しました。もう声優やアーティストといった不要な仕事を辞める準備は万端で、脳死信者から搾り取れるだけ搾り取った後、家庭に専念する余生を送ろうとしている。ここ数年ファン層を広げる努力を一切しなかった向上心のなさも、今となっては納得がいきますね。 そうやってラブライブで築いたファン層に頼りきっていたからこそ、今の凋落ぶりがある。私の投稿をいつも読んでいる方はご存知でしょうが、現在の楠木ともりにバースデーライブのキャパ2000を埋める集客力は到底ありません。もはやイベントやサイン会を開催しても参加者は2桁にとどまり、休日開催・キャパ300のライブチケットすら3ヶ月売れ残っているのですから、年末のド平日など裸踊りしようが2000人は集まらないでしょう。 誕生日当日の火曜日という集客上不利な日程が裏目に出て、結婚前に確保した会場を他アーティストへ振り替えることもできない。キャンセル料を払って取り直すくらいなら、閑古鳥が鳴くことを承知で敢行した方が損失は小さい、という判断なのかもしれません。会場は4年前と同じ人見記念講堂ですが、チケット価格は当時比27%増。TDCホールやパシフィコ横浜など、人見記念講堂より公開資料上の利用料がはるかに高い会場でのライブと比べても20%増。楠木ともり恒例の夏・冬ライブは相次いで過去最高価格を大きく更新しており、結婚前より明確に引き上げられています。これは一体何を意味するか。 そう、彼女が度重なる不義理によって支持基盤を毀損するほど、そのしわ寄せを残ったファンが受けるということ。この構図は最新のライブBDでも同じです。昨年まで毎回サブスクで公開していたライブ音源を、わざわざCD化して付属させ、販売価格を引き上げる。一方で、特典にはすべて同じ1枚の写真を使い回し、コストを削減する。昨日公開されたライブグッズも、かつてないほど種類が少なく、チープなものばかり。例年より品質を切り詰めながら価格だけ引き上げるこの販売手法に、ファンは違和感を覚えなかったのでしょうか。残ってくれた人に負債を背負わせてばかりで、よくここまで恩を仇で返し続けられるものだなと、感心すらしてしまいます。 残ったファンも本当は、薄々気づいているのではないでしょうか。自分たちが足元を見られていることに。そもそも楠木ともりは、ファンや作品、関係者に至るまで、各方面に不義理を重ねたあの3ヶ月の無告知休業について、結局一度たりとも謝っていません。最も迷惑をかけた『プロジェクトセカイ』のラジオに出演したときですら、謝罪する様子は一切ありませんでした。「実は計画的な充電期間でした」と事後報告されたその身勝手な休業によって、担当キャラクターの新規ピックアップや新規ストーリーは、数ヶ月にわたって音声未実装の状態だったにもかかわらず。 ファンの皆様も不満を抱いていたことは、このアカウントの通知欄に並ぶ見知ったアイコンの数々からも明らかでした。「お仕事は今までと変わらず向き合う、誠心誠意取り組む」と報告した舌の根も乾かぬうちに、何の説明もなくあらゆる仕事を放棄したわけですから、擁護することも不可能でしたよね。では、なぜファンの皆様は謝罪の言葉すらない彼女を許しているのでしょうか。彼女にいくら優しく接したところで、出てくるのは後出しで追加されるサイン会ばかり。この8ヶ月間で痛感したのではないでしょうか。ラジオや番組を追っていれば分かるはずです。彼女は一連の出来事を反省する様子すらないと。 それでも、ファンの皆様は楠木ともりのライブへ向かってしまうでしょうか。彼女は東京でのライブには必ず「高校時代の友人」に招待チケットを配っていましたから、今年も楠木ともりのライブ名物「関係者席へのレス」が見られるかもしれない。空席を少しでも減らすために、このバカップルを散々甘やかしてきた同級生や家族たちも、いつも通り招待されることでしょう。人気暴落の引き金を引いた戦犯たちが招待チケットで一堂に集う中、ファンの皆様は彼らが燃やし尽くした売上を補填するために、需要のないライブチケットを今までより高額で買わされるわけです。これほどグロテスクなことはありません。 楠木ともりのバースデーライブは、日付を考えれば実質的に結婚の周年、さらには炎上の周年まで兼ねた呪いの儀式に様変わりしています。ステージと肉体関係者席の間で、ファンはその日付を心から祝福できるのか。さらに言えば、家にいる時間が喜びだと語る彼女の幸せを、本当に祝福できるのならば、ライブなど行く必要すらないはずです。誰も応援しなければ、楠木ともりは最短で専業主婦の夢を叶え、仕事やファンから解放されてずっと家にいることができるのだから。彼女の全てを追っている真のファンであれば、本投稿や私の過去投稿について、少なくとも数字や発言の記録については概ね事実であると知っているはずです。 不義理を積み重ねた末、笑いながら「家に帰るのがご褒美」と語る人妻。それは本当に、ファンが夢見た楠木ともりの姿でしょうか。違うはずです。他の人気声優のように、仕事もファンも大切にし、結婚をみんなに祝福され、結婚後も第一線で活躍する姿が見たかった。私もそうでした。私たちは、声優として、アーティストとして夢を語る楠木ともりを信じ、ついて行こうと思っていたはずです。彼女が最初から「デビュー前からの彼氏と早く結婚したい、そして家庭の時間を大事にしたい」と本当の夢を語っていたら、果たして同じように応援できたか。 彼女のキャリアは、学生時代から運動制限があったにもかかわらず『ラブライブ!』のオーディションを受け、交際相手も隠しながらアイドル売りを展開するところから始まっています。巨大アイドルコンテンツの恩恵を受けておきながら、結婚直前になってアイドル表現に興味がなかったと語る。仕事に誠心誠意取り組む、ファンが宝物、もっと大きい会場でライブしたいと語ってきた過去の言葉は、近年の行動と完全に矛盾しています。彼女を形作ってきた言葉の全てが、後の行動によって覆されていく。すなわち、声優・楠木ともりとは、頭から根っこに至るまで、全て虚構で成り立っていたというわけです。そのような嘘で塗り固められた彼女の歌が、今さら誰の心に響くのか。 私たちが応援していたのは、人気声優を目指し、人気アーティストを目指し、仕事にもファンにも誠実であろうとする楠木ともりでした。その言葉を信じたからこそ、時間を使い、お金を使い、何年もの思いを託してきたはずです。ところが今、その言葉と現実はあまりにも遠く離れてしまいました。仕事も、ファンも、築き上げてきた地位も、かつて自ら語った夢さえも、自ら手放していく。そんな言動不一致を重ねる人妻に、ファンが人生を差し出す必要などありません。 応援とは、本来もっと幸福なものだったはずです。ライブの日を待ち遠しく思い、新曲に胸を躍らせ、その人が夢へ近づいていく姿を見て、自分まで嬉しくなる。それがいつから、矛盾を見ないふりをし、不義理を飲み込み、阿漕な商売を受け入れ、それでも好きでいなければと、自分に言い聞かせるものになったのでしょうか。今後もこのような態度や商売が続くのであれば、追い続けた先に待つのは喜びではありません。降りることのできない場所に立ち尽くしているだけだとしたら、もう十分でしょう。かつて心を満たしていた応援が、いまや心を縛り、削り、疲弊させる。それはもう、終わらせるべき呪いでしかありません。その呪いを引き受けるのは、私1人だけでいいのです。

声優関連商品販促 要検証

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