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Ana Sayfaya Dön

【春のアイレム祭り⑥:R-TYPE】 「何だこれは…」 少しずつその威容を現す巨大戦艦。 私にはアンドアジェネシス以来の衝撃だった。更に一つの面が丸ごと一つのボスとの戦い。1943の大和もオパオパの父もデカかったが、これはケタ違い。その衝撃は、後続のゲームにも大きな影響を与えた。#レトロゲーム

61,011 görüntüleme • 5 ay önce •via X (Twitter)

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Benzer Videolar

【ファンタジーゾーン:幻想の40年④】 第4回:ボス 「これはボスゲーだぞ」これはファンタジーゾーン(以降FZ)開発者の石井洋児さんが、開発チームにずっと言っていたことの一つであるという。まずプログラマーの方にボスの動きを伝えて、そこから作っていったのだそうだ。そうやってボスの(続く) 動きを試行錯誤して作り、良い感じになったら、そのボスにキャラクターをつけていったという。 言われてみれば、確かにボスの動きは多種多様だ。 上下に動く、動かず弾だけ飛ばす、触手が派手に動く、大量に現れる、ぐるぐる回る、分裂と合体を繰り返す等など…実に個性豊かである。 また、特定のパワーアップパーツを使うと瞬殺できるボスがいることもFZの特徴である。石井さん曰く、ボスを作ることで「このパーツ(武器)も作ろうか」ということもあったのだという。 例えば4面ボスがスマートボム3発で倒せることについて石井さんは「それはお客様が気づいてくれるかなあと、楽しみにしてました。これを使えば簡単にクリアできるんだけど、という」と発言されている。やはり意図的に仕込まれたものだったのだ。 ちなみにヘビーボム(16tのアレ)は石井さんの大のお気に入りで、これは逆にヘビーボムを先に作って、その特性を活かせるボスを後に作ったというニュアンスのことを石井さんは発言されている(3面ボスのことと推察。ラスボスについては不明)。 そしてボスの中でも最大級のインパクトを残すのはボスラッシュの後に待ち受ける超巨大なラスボス、オパオパの父だろう。 石井さん曰く映画スター・ウォーズのパロディを狙ったとのことだが、スター・ウォーズのこともまだ良く知らなかった私にとっては笑えるものではなく「え…これもしかしてオパオパの親か何か?親と戦わなきゃならないの?!」とかなり驚いたことを覚えている。 ラスボス撃破後は、感動的なBGMとともに英語でメッセージが映し出される。当時はスマホなんか無いから、友人と協力して何度かクリアをしてその度にメッセージをノートに写し、頑張って翻訳をした。 「この勝利は、僕が支払った代償に見合う価値のあるものだったのだろうか…?」 そこには、ファンタジーゾーンの平和のためとはいえ結果的に自らの父をその手にかけてしまったオパオパの複雑な心情が描かれていた。 私と友人がオパオパのように複雑な感情を抱いたことは言うまでもない。サンバのリズムで能天気に浮かれながらプレイしていたあの戦いが、こんなにシリアスなものだったなんて…。 まあオパオパの父は二周目以降もシレッと出続けるのだが(笑)、オパオパの父を含めた全8体の個性あふれるボスたちは、写真のように並べてみるとまるでド派手なパレードのようにも思える。 派手なパレードと言えばサンバだ。そうか、ファンタジーゾーンはボスをフロート(山車)にした、サンバのパレードなんだ。親しみやすくて誰でも楽しく参加できる、愉快なサンバのパレード。40年目の節目に、そんなことを思った。 そしてパレードは続く。 これからも。 ーーーーー 全4回の長文ポストにお付き合いいただき本当にありがとうございました!40周年という記念すべき年に、このポストがきっかけで皆さんがファンタジーゾーンという傑作ゲームのことを、それぞれの形で思い出していただけたのであれば何よりです。 FZ連載ポスト第1回目に書いた通り、石井さんが会社から受けた指令は「グラディウスに対抗するスペースSTGを開発せよ!」でした。 結果、出来上がってきたのは奇想天外驚天動地のファンタジーゾーン。それまでのSTGとは大きく異なる文脈から生まれたこの作品は、製作過程で上役の方から難色を示される場面もあったそうです。 しかしFZは、グラディウスとは全く異なるアプローチながらアーケードで大評判を呼び、後に多くの家庭用機にも移植されセガを代表するゲームの一つとなりました。 石井さん率いるFZ開発チームは見事に会社指令を完遂しただけでなく、他に類を見ない唯一無二の傑作STGとしてゲーム史に深く名を刻む作品を作り上げたのです。 それにしても、調べれば調べるほどFZは不思議なゲームだなと思いました。ドットイート的な見立てながらドットイートではなく、かといって従来型のSTGとも大きく違います。 どこか別の世界からやって来たかのような感触さえ覚えるこのゲームは、一体どの異世界からやってきたのだろう…。 私たちはその答えを既に知っています。そう、その異世界の名は… 『ファンタジーゾーン』 The End #レトロゲーム #ファンタジーゾーン

moai1234

43,363 görüntüleme • 6 ay önce

🔵8/13チャーリー・ウォードYouTube和訳😃 天蓋までの距離は約145kmで、多くのロケットはそこに衝突して爆発している🔥 🗣️チャーリー:2026年8月13日木曜日、私は今もシンガポールに滞在中だ。 欧米のニュースとこちらでのニュースを比べてみると非常に興味深い。 つい最近、こちらでテレビ放送されたニュースで、宇宙へ向かうはずだったロケットが打ち上げられ、ほんのわずかな距離を進んだ後、約90マイル(約145km)の地点で爆発したという報道があった。 爆発したのは、それが天蓋(ファーマメント)に衝突したからだ。 イーロン・マスクが7機のロケットを打ち上げたが、一番遠くまで到達したものでも93マイルだった。 なので、宇宙が何千、何万マイルも先にあると思っている人は、考えを改めるべきだ。 天蓋が存在するのだ。聖書にもそう記されている。天蓋があるのだ。 その天蓋は93マイル先の距離にある。 イーロン・マスクがロケットを打ち上げることができたのもそこまでが限界だった。 ロシアも中国も同様に、約90マイルの地点で同じことが起こっている。 爆発の様子を拡大して見ると、単に水の壁にぶつかっているだけだと分かる。 聖書にはそれが非常に明確に記されている。 それは天蓋なのだ。 それなのに我々はNASAやGoogleが流布する嘘を信じ込まされ、太陽や月は何百万マイルも彼方にあると思い込まされている。 昨夜イビサ島にいた人達は、26年ぶりの日食ショーを目撃しただろう。 月が太陽の真正面を横切り、その大きさは実質的に全く同じに見えた。 問題は、実際の大きさの違いはどうなのか、ということだ。 しかし彼らが過去に我々に伝えてきたことを聞いても、全く理屈に合わない。 そして真実について言えるのはただ一つ、真実こそが理屈に合っているということだ。

🍊MIKANA(MIKA)🍊

10,362 görüntüleme • 1 ay önce

トランプ大統領が外交的解決を模索する声明を出した、まさにその直後のことです。 イスラエル軍がイランの民間インフラを攻撃していたことが明らかになりました。🚨 タッカー・カールソン氏のインタビューに応じたのは、イスラエルの元クネセト議長です。 この人物が語った言葉が、非常に重要なんです。 「誰も何も分かっていない。 この混乱の中で、軍はただ釘を打ち続けるだけだ」 イスラエルには戦略などない、というのがこの元議長の見立てです。 あるのは多くの戦術の積み重ねだけで、それが偶然、戦略のように見えることがあると。 トランプ大統領が停戦への扉を開こうとした瞬間、イスラエルはその扉を蹴り飛ばした。 これが今回の紛争全体を通じて繰り返されてきたパタンです。😤 トランプ大統領が出口を探せば、イスラエルはその前に緊張を高める。 元議長はさらにこう語っています。 「イスラエルはイランという怪物を排除したい。 その脅威の一部は本物であり、一部は私たち自身が膨らませてしまったものだ」 つまり、本物の敵と、自分たちが生み出した幻の敵、両方と戦っているということです。 そして、この衝突の核心にあるのは一つの構図です。 異なる目標を持つ二つの国が、ハンドルを握る唯一の手になろうとして争っている。🌍 アメリカとイスラエル、同盟国のはずの両国の亀裂が、いよいよ表面化してきています。

トッポ

15,083 görüntüleme • 6 ay önce

【クレムリンアドバイザーSergey Karaganov(プーチン大統領、クレムリンの政策に影響を与えている人物) BBCでのインタビュー(テキスト翻訳)】 Sergey Karaganov; 「ヨーロッパは、世界のあらゆる問題の中心だ。 二度の世界大戦を引き起こし、最悪のイデオロギーを生み出した。 ヨーロッパを当面の間、世界政策や世界政治の中心から排除しなければならない。 そのためには、ウクライナを打倒する必要がある。 いわゆる、我々はウクライナで戦っているが、ウクライナ人と戦っているのではない。我々はヨーロッパと戦っているのだ。」 しかし、ヨーロッパは今、防衛強化に奔走している。 EUはこれをヨーロッパにとっての「分岐点」と表現した。 マクロン大統領は「ロシアはヨーロッパ全体にとっての脅威だ」と述べている。 明らかに、ヨーロッパはロシアがウクライナで止まらず、さらに進むことを恐れている。 つまり、ヨーロッパは恐れるのが正しいのか? Sergey Karaganov: 「ロシアはヨーロッパを必要としていない。なぜ我々が占領しなければならないのか? つまり、ヨーロッパが堕落した「道徳的なガラクタ」になってしまった以上、我々には必要ない。我々が戦いを始めた唯一の理由は、27年間にわたりNATOの拡張について予測し、警告してきたにもかかわらず、それがロシアの国境に迫ってきたからだ。それが戦争の理由だ。」 では、ロシアはどのように対応するのか? Sergey Karaganov: 「現在ヨーロッパで言われ、行われていることに対して、ロシアはどのように応じるべきだと考えるのか? 我々は彼らの——つまり、ヨーロッパのエリートたちの「道徳的な背骨」を粉砕しなければならない。これは、近代史の中で我々がすでに二度成し遂げたことだ。」 では、「ヨーロッパの道徳的な背骨を粉砕する」とは具体的に何を意味するのか? Sergey Karaganov: 「それは、彼らの攻撃性が彼ら自身にとって害となることを示すことだ。特にエリートたちにとって、だ。」 最近、あなたが「核エスカレーション」または「核抑止の階段を上る必要性」について話しているのを聞いた。どこまでその階段を上る覚悟があるのか? Sergey Karaganov; 「必要であれば、最後の段階までだ。だが、願わくば、その段階はすでに過ぎていることを望む。実際、我々が階段を上り始めた後、アメリカ人は後退し始めた。」 例えば、ヨーロッパへの先制核攻撃を完全に排除するのか? なぜ、今ではないのか? Sergey Karaganov; 「今はしない。しかし、原則的には、こういう状況が続けばヨーロッパを罰するべきだと私は考えてきた。」 つまり、先制攻撃か? Sergey Karaganov; 「先制攻撃だ。そして、それを我々は何の報復も受けることなく実行できる。しかし、私は公的にも私的にもこう言っている——それは極めて困難な道徳的決断であり、すべきではない。しかし、もし追い詰められたならば、我々はそれを実行できるし、アメリカは決して反撃しないだろう。」 ヨーロッパへの先制核攻撃を示唆すること自体、無責任であり、最悪の場合は狂気の沙汰だと言う者もいる。 Sergey Karaganov; 「思い出して欲しい。NATOの公式な政策は「先制攻撃」を前提としている。NATOはこの前提のもとに構築された。それはNATOのドクトリンの一部だ。 だからこそ、ロシア——私のような者たち——は、NATOが何十年も続けてきたことをそのまま反映しているに過ぎない。」 NATOについてだが、現在、NATOの弱さや、アメリカがNATOにどれほど本気なのかについて多くの議論がなされている。これは、ロシアが将来的にバルト三国などのNATO加盟国に軍を送る可能性を高めるのか? Sergey Karaganov; 「当然だ。つまり、もしNATO加盟国が我々の安全を直接脅かすならば、それはあり得る。しかし、そもそも私はずっと近隣諸国に言ってきた。 ヨーロッパの安全を守る最良の方法は、ロシアと良好な関係を持つことだ。友好的であること、それがより良い、正しい道ではないか?なぜ我々が、ヨーロッパの一部の国々が変えてしまった「このゴミ捨て場」に行かなければならないのか? 我々には十分すぎるほどの資源がある。土地も発展のために十分ある。」 確認したいのだが、ロシアの目的はウクライナとの何らかの合意を目指すことなのか? それともキエフの無条件降伏を確実にすることなのか? Sergey Karaganov; 「まず第一に、最良の結果は当然、完全な降伏だ。 ウクライナとヨーロッパの両方だ。戦争は何らかの形で終わらせなければならない。 そして、ウクライナは完全に非武装化され、中立化され、平和に生きるべきだ。ロシアに対する「槍の穂先」として利用されることがあってはならない。 もしそうなれば、戦争は再開することになる。」 そもそも、この戦争は必要なかったのではないか? そもそも西側がロシアを攻撃する危険など、本当にあったのか? ウクライナがロシアを侵略する可能性があったのか? Sergey Karaganov; 「我々は、君たちや君たちの指導者たちと1997年以来、公然と話してきた。もしNATOの拡張…、それ自体が軍事的・政治的侵略であり、脅威となる…を続ければ、戦争は起こるだろうと。だから、戦争は起こったのだ。」 現在、西側では「ロシアは妥協の姿勢を全く見せていない」「モスクワは一切譲歩していない」との批判が高まっている。それに対してロシアはどう応じるのか? Sergey Karaganov; 「なぜ譲歩する必要がある? 我々は27年間も攻撃され続けてきたのだ。 我々は反撃している。そして、勝利している。」 しかし、ロシアが3年前にウクライナへの全面侵攻を開始したのではないか? Sergey Karaganov;「違う。我々は27年間、いや28年間、NATOの軍事的・政治的侵略と戦ってきたのだ。」

Акичка

34,164 görüntüleme • 1 yıl önce

いつも楽観的だったゲイツ氏が、初めて「AIの負の側面が正の側面を上回る可能性」に言及した。AIへの期待が薄れたからではない。進歩が予想以上に速いから慎重になったのだ。AIの能力が指数関数的に伸びるなら、社会側の議論や制度設計も、従来の時間感覚では間に合わなくなる。 ビル・ゲイツ「「私のメモはいつも100%楽観的だ」と思っている方には、今回は違うと言っておきます。メモを読んだ多くの人が注目したのは、私が「慎重に対処しなければ、AIの負の側面が正の側面を上回る可能性がある」と認めたことです。私がこのようなことを言ったのは、これが初めてでした。 こうした課題の中には、私自身も完全な解決策を持っていないものがあります。世界規模の取り組みが必要です。理想論のように聞こえるかもしれませんが、本当にそれが必要なのです。 AIが登場すれば、私もその議論に参加する一人になるだろうとは以前から考えていました。そして私が提供できる独自の視点は、財団での活動を通じたものだと思っていました。たとえば、気候変動に直面する貧しい農家のために、AIを使ってより良い作物を作る。あるいは、マラリアを減らすだけでなく、根絶するための新しい手段としてAIを使う、といったことです。私は興味深いことに二つのキャリアを歩んできました。一つはテクノロジーの世界で、もう一つは現在の、財団を通じて公平性に取り組む世界です。 私はこれまで、いくつものことについて間違ってきました。しかし、AIについて業界外からの関与がほとんどないという空白を目にして、自分が感じている衝撃を伝える責任があると思いました。 「AIはそこまで優秀にはならないだろう」と考えて心配していない人や、「こうした問題に直面するのは何世代も先だ」と考えている人がいます。しかし、私はテクノロジー分野での経験から、そうではないと分かっています。 最終的には、私など何千人、何万人といる発言者の一人にすぎない存在になるべきです。さまざまな背景を持つ人々にもっと議論へ参加してもらい、この先どう進むべきかを一緒に考えてほしい。それが私のメッセージです」

Tsubame

12,308 görüntüleme • 21 gün önce

FF5のガラフ対エクスデスを見ると、正直、今見ると胸が痛い。なぜなら、あの場面には、今の私たちが失いかけているものが、あまりにも綺麗に残っているからだ。映像の豪華さではない。声優の熱演でもない。あの場面の本質は、ゲームシステムと物語が、同じ一点で爆発していることにある。普通、RPGにおいてHPが0になればキャラクターは倒れる。 それはプレイヤーが何十時間もかけて身体に覚え込ませたルールである。 回復しなければ死ぬ。 戦闘不能になれば動けない。 その当たり前を、ガラフは破る。 HPが尽きても立つ。 攻撃されても倒れない。 メテオを撃たれても、フレアに焼かれても、氷に貫かれても、自分が信じていたゲームのルールが、ガラフの意志によって押し返されるのを見ている。 だから感動する。 ここを、今の私たちはよく間違える。感動的な場面を作ろうとすると、つい演出を盛る。声を震わせる。カメラを寄せる。音楽を大きくする。もちろん、それは現代の技術として正しい。プレイヤーに伝えるための手段として必要なこともある。 ガラフの最期は、その逆である。物語が戦闘の中にある。戦闘が物語の証明になっている。HP0というシステム上の死が、キャラクターの意志によって意味を変える。だから、あの小さなドット絵の老人は、現代の美麗なムービーよりも美しい。 ドット絵の制約。 容量の制約。 短い台詞。 プレイヤーの想像力に委ねる余白。 それらが奇跡的に噛み合っていた。 しかし、それだけではない。 あの場面は、ゲームという媒体の本質を理解していた。ゲームは、ただ物語を見せるものではない。プレイヤーがルールを理解し、そのルールの中で行動し、そのルールに慣れたところで、物語がそのルールを揺さぶる。その時、ゲームにしかできない感動が生まれる。 ここを忘れると、映画の劣化版になる。 綺麗な映像。豪華な音楽。重厚な台詞。しかし、プレイヤーはただ見ているだけでは意味がない。 ガラフの場面は、ゲームでしか成立しない。小説なら「死んでもなお立ち上がった」と書ける。だが、HP0なのに倒れない、という感動はゲームにしかない。 プレイヤーがゲームのルールを知っているからこそ成立する。これは、私たちが本来もっと大切にしなければならない財産である。 今のスクエニが、これの再現に必要なのは、現代のゲームにおける「HP0でも立つ」に相当するものを見つけることだ。 たとえば、プレイヤーがずっと信じてきた成長システム。長く使ってきたコマンド、当たり前に開いていたメニュー、守ってきた仲間のAI、セーブやロード、ジョブ、装備、マップ、召喚、パーティ編成。 そういうゲームとしての常識を、物語のある一点で変質させ、キャラクターの覚悟によって、システムの意味が変わる。プレイヤーの操作が、ただの操作ではなく、物語の選択になる。 そこまで設計できれば、今でも名場面は生まれる。 しかし、それは会議で説明しにくい。 「ここでUIの挙動を変えます」 「ここで戦闘不能のルールを一度だけ破ります」 「ここでプレイヤーの常識を裏切ります」 こういう企画は、リスクがある。現代の大規模開発では避けられやすい。けれど、そこを避け続けると、名場面は生まれない。 プレイヤーが信じてきたルールの中で、キャラクターの覚悟を体験させなければならない。 ガラフは「私は命をかけて守る」と長々語ったから感動したのではない。 本当に、命を超えて立ったから感動した。 しかもそれを、戦闘というプレイヤーが最も理解している場所で見せた。 今のスクエニがもう一度こういう場面を作るには、過去作の名場面を綺麗に再現するだけでは駄目だ。 FF5をリメイクして、ガラフのシーンを豪華なムービーにすることはできる。 だが、それだけでは足りない。 本当にやるべきは、現代のプレイヤーが慣れ切ったゲームの文法を、一度だけ感情のために壊すことだ。 システム担当とシナリオ担当が、同じ心臓で設計すること。 バトルと物語を分けないこと。 UIと感情を分けないこと。 演出と操作を分けないこと。 プレイヤーが手を動かした記憶の中に、キャラクターの死や覚悟を刻むこと。 それができた時、初めて「今のスクエニにも名場面は作れる」と言える。 ガラフの最期は、古い名場面ではない。 未来への宿題である。私たちは、あの小さなドット絵の老人に、いまだに問い詰められている。 お前たちは、映像を綺麗にすることばかり考えていないか。物語をムービーに逃がしていないか。ゲームのルールそのものを感動に変える勇気を、まだ持っているか。 エクスデスは叫んだ。 「なぜ死なん」 だが本当に問われているのは、今の私たちの方である。 なぜ、あのような場面をもう一度作れないのか。 答えは、技術が足りないからではない。勇気の置き場所を、少し忘れているからである。

クレア|日常の違和感言語化係

454,826 görüntüleme • 3 ay önce