
moai1234
@b_wings1234 • 6,995 subscribers
主にレトロゲームについて様々な角度から呟きます。ゲーム紹介というよりはゲームエッセイ、ゲーム雑誌で言うところのはみ出しコラム的な読み物を目指してます。 リブルラブル、ウィザードリィ、B-WINGSがフェイバリット。アーケード多めですがPCゲーム、家庭用、電子ゲームも大好きです。あと音楽、特にメタルが好きです。
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【祝40周年:ダーウィン4078】 「一直線に進むばかりが成長じゃない」 ダーウィン4078をプレイしていると、そんなことを思う。ご存じの通り本作は他に類を見ない独自性を持ったSTGだ。EVOLというエネルギー体を吸収することで自機がパワーアップしていく。これを本作では「進化」と呼び、(続く) 自機はそのたびに姿を変え、攻撃方法もガラリと変化していく。 基本的にはEVOLを取れば取るほどショットは強力になる(弱いものも混じっている)のだが、ある時点で進化は打ち止めとなる。 普通にプレイしていたら「ああ、進化はここまでなんだな」と思うだろう。だがダーウィン4078の進化体系は一直線ではないのだ。 自機がとある形態まで進化したらEVOLを取らずにおき、わざと一段階「退化」させた後にEVOLを取る。すると別の進化体系に移行するのである。ここからさらにEVOLを取り続けて進化の上限に達してから被弾すると、本作最強の形態BLACK DEAMEに「逆進化」する。 自機は巨大なコウモリのような姿になって自らの分身を飛ばして攻撃をするのだが、この威力が凄まじい。分身が画面を覆い尽くし、あっという間に敵を殲滅する爽快感は得も言われぬものがある。 しかも敵の通常弾に対しては無敵というおまけ付き。攻守に優れた最強のBLACK DEAMEだが、一定時間EVOLを取らないと最弱の形態に一気に退化してしまうというリスクも抱えている。 他にも、特定の条件で形態が変わる「突然変異」と呼ばれるパワーアップ(なのか?)もある。 このようにダーウィン4078のパワーアップは一本道ではない。進化と退化を何度も往復し、途中で別系統に移行したり、突然自分の姿が変わったり、最強から最弱に容易に転落したりもする。 ああ、これはまるで人生の歩みのようではないか。 順調かと思えば突然つまずき、別の道に進んだら意外とうまくいくこともある。逆に全てを手に入れたように見えても、一瞬で失うことだってある。 一直線に進むばかりが成長じゃないなんて、40年前は全くそんなことは思わなかった。しかし40年経って改めてこのゲームをプレイしてみて、ふとそう感じたのである。 これは私個人の解釈であり、このゲームにそういう意味が込められているのかは分からない。でもこの先の人生でつまずいても、「大丈夫、きっと別系統の進化が待ってる」と思えるような気がするようになったのは、一つの収穫であると思っている。 それはもしかしたら、私が私なりに「進化」した証なのかもしれない。 まあ、そうだとしてもEVOL一個分にも満たないわずかな進化なのだろうけど(笑)#レトロゲーム
moai123428,118 views • 2 days ago

ギャラガは色々な意味で神懸かったゲームで、あのチャレンジングステージも実は奇跡的な経緯で生まれています。 きっかけはバグでした。 開発者の横山さんがチャレンジングステージの内容を決めかねていたところ、プログラマーの小川さんが「これ何かに使えないかな?」と、ある画面を見せました(続く) そこには、画面外から編隊を組むためにギャラガ軍団が飛んできて、でも編隊を組まずにそのままビューっと画面外へ飛んでいくというバグ画面が映っていました。しかもギャラガ軍団はミサイルを一切撃たず、本当に現れて飛んでいくだけ。 これを見た横山さんは「これを撃ったら面白いんじゃないか」と閃きました。そこからアイデアが広がり、あのバリエーション豊かなチャレンジングステージが完成したのだそうです。 バグが出なければあの印象的なチャレンジングステージは生まれなかったかもしれない…そう考えると、その偶然に感謝したくなります。 もちろん、その偶然を拾い上げて形にした横山さんや小川さんらのセンスがそもそも神懸かり的であるわけで、それも含めてギャラガは正に「ゲームの神様に愛されしゲーム」だなと私は思うのです。#レトロゲーム
moai1234205,862 views • 1 month ago

アーケード版「熱血硬派くにおくん」が稼働開始40周年を迎える直前の4月(※)に、本作の開発者である岸本良久さんが逝去されたのは本当に残念でならない。岸本さんの追悼と、くにおくん40周年に際し私なりに本作の魅力について語りたいと思う。本作はベルトスクロールアクションゲームの源流の(続く) 一つとされ、ビデオゲーム史において非常に重要な作品に位置づけられる。その革新性については既に多くの方が語り尽くしているので、私は少し視点を変えてこのゲームを捉えたい。※本作の稼働開始は1986年5月という情報に基づく 私が注目したのは「くにおくんの向き」である。 くにおくんは、近くにいる敵の方を向き続ける習性がある。だから後方から敵が迫った時にレバーを逆方向に入れても、すぐに後ろを振り向くことはしない。後方の敵に対しては、くにおくんが向いている方の反対方向のボタンを押すと後ろ蹴りが出るので、主にこれで対応することになる。 この操作系は同じく岸本さんが手がけたダブルドラゴン(以下DD)では採用されておらず、DDではレバーを入れた方向に自由に主人公の向きを変えられる。正直、DDの操作系の方が直感的で操作しやすいので、この変更は私にはありがたかった。 だが、くにおくんの「常に敵の方を向き続ける」という習性は、熱血硬派くにおくんというゲームのコンセプトによくフィットしていると私は思っている。本作は格闘アクションゲームというより「喧嘩アクションゲーム」と言えるものだからだ。 岸本さんはインタビューで「高校生の喧嘩をテーマにしたゲームを作りたかった」と語られていた。実際のケンカを想定した場合、くにおくんの「目の前の敵にはパンチ、後方から迫る敵には後ろ蹴り」という仕様は飲み込みやすくなる。 そして何より、必ず敵の方を向くという習性は、くにおくんというキャラクターにピッタリ合っている。常に真正面から敵にぶつかっていく熱血で硬派なくにおくんのキャラクターをよく表していると思うのだ。 個人的な思いであるが、その様子は、常にゲームと真正面から向き合って開発をされてきたであろう岸本さんの姿に重なるようにも思える。 岸本さんが逝去されてから改めて本作をプレイしてみたところ、その思いはより強くなった。くにおくんは、岸本さんそのものだったのではないのだろうかと。 くにおくんというゲームはDDに進化してベルトスクロールアクションというジャンルそのものを定義しつつ、ドッジボールなど親しみやすい形でケンカ以外にも活躍の場を広げ、大きく成長していった。 だがその魂は、やはりこのアーケード版にあるように思う。向き合うべきものから決して目を離さない熱血で硬派なくにおくんに触れるということは、同時に岸本さんの思いに触れるということでもあるのかもしれない。40周年という節目は、その絶好の機会だと思う。 現在はアケアカやイーグレットツーミニなどで手軽に楽しめるので、ぜひ多くの方にアーケード版を楽しんでいただきたい。 この、ゲーム史において非常に重要かつ類まれなる熱さを有した傑作「熱血硬派くにおくん」を開発して下さった岸本さんに、改めて感謝したいと思う。岸本さん、素晴らしいゲームを本当にありがとうございました。 #レトロゲーム
moai1234315,395 views • 2 months ago

【源平討魔伝40年の偉業/異形】 巻ノ終:異形の終劇 多くの場合、ゲームをクリアすればガッツポーズを取りたくなる。だが源平は違った。初めてクリアした時、あまりのショックに私はしばらく席を立てなかった。 仇敵の頼朝を遂に倒した景清。しかし同時に彼は膝から崩れ落ち、塵と化してしまう(続く) やっとここまで来たのに、なんで。 遂に悲願を果たしたのに、どうして。 景清の操作者であり、彼の旅路をずっと見届けてきた観察者でもある私たち「ぷれいや」は知っている。景清が地獄よりも険しい道のりを経て、七難八苦の末にようやくここまで辿り着いたことを。なのに、なぜ。 勝ち鬨の声も上げずに塵と化した景清に、ぷれいやは幾度も「なぜ」を投げかけるが景清は戻って来ない。 景清の魂を思わせる桜の花びらが舞う中に流れる伝説のエンディングメッセージ。ナムコの偉大なる先達の急逝や退社を前にした源平開発チームの心境も込められていたということを知ったのは、ずいぶん後のこと。 しかしそれを知らなくてもこのメッセージは、ぷれいやの心を大きく震わせるものだった。 アーケードゲームのエンディングらしからぬこの異形の終劇を前にして、私は言葉にならない感情に包まれていた。 だが、今なら分かる。 あれは「無常感」だ。 平家の滅亡も、景清の仇討も、全ては無常。 悲しい結末とか、バッドエンドとか、そういうんじゃない。 諸行無常、それだけだ。 私がそんな感情を抱いたゲームなんて他に無かった。それはもしかしたらアーケードゲームが映画に限りなく近づいた初めての瞬間であり、ゲーム史に名を刻む偉業が生まれた瞬間だったのかもしれない、と言ったら言い過ぎだろうか。 このエンディングメッセージが流れる時、桜の花びらは上から下に落ちるのではなく、下から舞い上がっていく。地獄から蘇った景清の魂が、悲願を果たして天に昇っていったことを暗示しているかのように。 もうじき、桜舞う春が来る。 40年目の桜にも、ぷれいやは景清の魂を見ることだろう。 ーーーーー 以上、四回に亘ってお送りした源平討魔伝についてのポストはこれで終わりです。 4回のポストを書き上げるなかで、源平討魔伝というゲームは異形でありながら数々の偉業を成し遂げたことを改めて実感できました。この偉大なゲームを開発された源平プロの皆様には本当に感謝の限りです。 そしてお読み下さった皆様も、毎回長文にお付き合い下さり、ありがとうございました! まことに、ありがたや…。 源平討魔伝40年の偉業/異形、「完」 #源平討魔伝 #レトロゲーム
moai1234585,461 views • 4 months ago

ファンタジーゾーン (以降FZ)の続編と言えば「ファンタジーゾーンII オパオパの涙」である(特にSYSTEM16版の出来は感動的)。 だが他にも、初代の系譜を継ぐ堂々たる続編がある。サン電子の「スーパーファンタジーゾーン(以降SFZ)」 である。ナンバリングタイトルではないという理由で、もし(続く) プレイしていないとしたら、それは非常にもったいないことだ。 プレイすればすぐに分かるだろう、これが初代FZを徹底的に研究して生まれたゲームであり、グラフィック、パワーアップパーツ、音楽、ボスのデザイン、全てにおいて初代FZに対する強烈な愛とリスペクトが貫かれていることが。 更にSFZは3ボタン制であり、例えばヘビーボムを抱えながらツインボムで戦うことも出来る。初代に敬意を表しつつゲームとして更に進化した内容になっているのが本当に素晴らしい。 私が「ゲームセンターでこれを遊んでみたかった…!」という思いに至る家庭用ゲームは滅多にないのだが、SFZは間違いなくその一つである。アーケード筐体にメガドラを無理やり入れて、稼働させたいくらいだ。 冒頭に述べた通りSFZの開発・販売はサン電子であり、セガは関わっていない。しかしSFZはPS2のSEGA AGESやメガドライブミニに収録されるなど、FZの血統を引き継いだ作品であると正式に位置づけられている。 もし機会があれば、ぜひともプレイしていただきたい。 他社開発だろうがナンバリングじゃなかろうが関係ない、「我こそが初代FZ直系の後継作である」と言わんばかりの気概を感じられるはずだから。#レトロゲーム
moai123432,344 views • 9 days ago

スペランカーはどんなに高いところから落ちても死なない。 嘘だ! エアプだ! いいえ、本当です。 アーケード版はそうなのです! スペランカーは虚弱の代名詞となっているが、それはあくまでファミコン版の話。 日本ではファミコン版が最も有名だが、最も特殊なスペランカーでもある。(続く) ファミコン版の見た目は原作のAtari版を忠実に再現している。しかし、極端なまでに精密な操作を求められるという点において、洞窟探検ゲームというよりはタイトーの「クレイジーバルーン」に近い方向性なのではないかと私は思っている。 一方、このアイレム製のアーケード版はアスレチック的な展開や隠し要素など、アクションゲームとしての面白さを追求した方向性になっている。 高いところから落ちても死なないという点でファミコン版よりずっとプレイしやすいが、敵やトラップに触れれば一発でミス。エネルギーの減りも速いから決して簡単とは言えない。 なおネットでアーケード版のことを調べると「体力制を採用しておりすぐには死なない」という文言を時々見かけるが、アーケード版に体力制が導入されたのは続編の「スペランカーⅡ 23の鍵」からである。 アクションゲームとしての面白さを追求したアーケード版スペランカーは、「洞窟探検」というコンセプトをストレートに楽しめる逸品なのだが、知名度が低いのが残念なところだ。 スペランカーはファミコン版の印象が強烈で、それゆえ一部でカルト的な人気がある。そのためか、他機種版のスペランカーを「こんなのスペランカーじゃない!」と評する意見も見かけるのだが、スペランカーには色々なバージョンがあって、このアーケード版も間違いなくスペランカーなんだよと伝えたくて、このポストを書いている。 だから、もし以前PS3で出ていたスペランカーコレクションみたいなものが出るとしたら、「みんなでスペランカー」をもじって「これみんなスペランカー」というタイトルで出したらどうだろうかと、ちょっと思っている(笑) #レトロゲーム ※なおアーケード版スペランカーはAntstreamでストリーミングプレイが可能です。
moai1234303,275 views • 7 months ago

ペンゴとBGM「ポップコーン」の相性は最高だ。本作のBGMに「ポップコーン」を使ったのは天才的だと思う。 もう一つの動画は「ポップコーン」の作曲者である故ガーション・キングスレイ氏ご本人がピアノでアレンジ演奏したものだ。こんなにも哀愁が漂う、切なくて美しい曲だったとは…。(続く) お客さんが少ない時のゲーセンで、ペンゴの音楽が鳴っているのが耳に入ると、何とも言えない切なさを感じた。 ペンゴは愉快で楽しいゲームなのに、なぜ切ない気持ちになるんだろうと不思議に思っていたが、それはこの曲が本来持っている強烈な哀感によるものだったのだ。 演奏を終えたキングスレイ氏が柔らかな笑顔で“It's enough.”と言うのも沁みる…。 #レトロゲーム ※ペンゴの動画はセガサターンの「セガエイジス メモリアルセレクション Vol.1」です。
moai1234139,810 views • 6 months ago