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「更生よりも息子を返してほしい」母の悲痛な叫び 大学生への傷害致死罪の少年に懲役10年を求刑 少年は、当時17歳で保護観察中だった2024年2月23日の未明、熊本市中央区安政町の路上で面識のない男子大学生2人に暴行を加え、1人を外傷性くも膜下出血で死亡させた。

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「かわいい子が一人暮らしをしている」 その一言が 20歳の女性の人生を 永遠に変えた。 3人の男が押し入った。 22時間 彼女は逃げられなかった。 2002年、福島県郡山市。 「福島県郡山監禁強姦事件」。 2002年9月2日午後6時30分、宅配便業者を装った男が20歳の女子大生の部屋のドアを開けさせ、3人の男が室内へ押し入った。翌日午後4時30分まで22時間にわたり監禁し、性的暴行を繰り返した。 彼女はどんな状況に置かれたのか 犯人たちは事前に謀議を重ね、計画的に犯行に及んだ。被害者をテープで縛りつけ、お互いを偽名で呼び合うなど、大人顔負けの犯罪計画だった。 犯行で奪った現金やカードで40万円以上を搾取し、その金を女性の抵抗を抑圧するための道具購入にあてた。 これは衝動犯罪ではなかった。 計画された組織的な犯行だった。 逮捕されたのは3人 成人の中島順司(当時34歳)と、15歳の服部英之、16歳の国分榮太郎。少年2人は少年法の規定に従い、まず家庭裁判所に送致された。 ここで問題が起きた。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 少年法の壁 2001年4月、少年法が改正され、刑事罰を問える年齢が16歳以上から14歳以上に引き下げられた。しかし改正後も、15歳以下の少年が検察へ逆送され刑事罰を問われたケースは一度もなかった。 法律は変わった。 しかし運用は変わっていなかった。 22時間監禁した。 計画的に性的暴行を加えた。 それでも「少年」という理由で保護処分になる可能性があった。 被害者の言葉 「私はこの事件で一生消えない傷が心に残りました。なのに、犯人たちは何年かすると社会に出てくるかと思うと、悔しくてしかたがありません」 その訴えが 歴史を動かした。 🔴 判決 2002年12月4日、福島家裁郡山支部の鈴木桂子裁判官は「少年らは事前に謀議の上、計画的に本件非行を行っている。執ようで非道きわまりない」として、2人を検察へ逆送する決定を下した。「被害者の受けた心の傷が生涯いやされることのない深刻なものであることは誰の目にも明らかであり、少年に対しては厳しい処分を望んでいる」と言及した。 裁判所は服部英之に懲役3年6ヶ月以上6年以下の不定期刑、国分榮太郎に懲役4年以上7年以下の不定期刑を言い渡した。成人の中島順司には懲役11年。 改正少年法施行後、全国で初めて15歳以下の少年が刑事裁判で裁かれた歴史的事件となった。 そして3人は全員、すでに出所している。 最高でも懲役11年。2013年頃には全員が出所し、社会に戻った。当時15歳だった服部英之は20代半ばで出所。人生をやり直せる年齢だった。 22時間 被害者の人生は変わった。 数年後 加害者は社会に戻った。 被害者は言った。 「一生消えない傷が心に残りました」 加害者は やり直せる年齢で出所した。 この非対称を あなたはどう思うか。 少年法は「更生」のための法律だ。 しかしその「更生」の陰で 被害者は一生、消えない傷と生きていく。 15歳が計画的に22時間の性的暴行に加わった。 それでも「少年」だから守られるべきなのか。 あなたは、この判決と 被害者の「一生消えない傷」という言葉を どう受け止めますか。
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「かわいい子が一人暮らしをしている」 その一言が 20歳の女性の人生を 永遠に変えた。 3人の男が押し入った。 22時間 彼女は逃げられなかった。 2002年、福島県郡山市。 「福島県郡山監禁強姦事件」。 2002年9月2日午後6時30分、宅配便業者を装った男が20歳の女子大生の部屋のドアを開けさせ、3人の男が室内へ押し入った。翌日午後4時30分まで22時間にわたり監禁し、性的暴行を繰り返した。 彼女はどんな状況に置かれたのか 犯人たちは事前に謀議を重ね、計画的に犯行に及んだ。被害者をテープで縛りつけ、お互いを偽名で呼び合うなど、大人顔負けの犯罪計画だった。 犯行で奪った現金やカードで40万円以上を搾取し、その金を女性の抵抗を抑圧するための道具購入にあてた。 これは衝動犯罪ではなかった。 計画された組織的な犯行だった。 逮捕されたのは3人 成人の中島順司(当時34歳)と、15歳の服部英之、16歳の国分榮太郎。少年2人は少年法の規定に従い、まず家庭裁判所に送致された。 ここで問題が起きた。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 少年法の壁 2001年4月、少年法が改正され、刑事罰を問える年齢が16歳以上から14歳以上に引き下げられた。しかし改正後も、15歳以下の少年が検察へ逆送され刑事罰を問われたケースは一度もなかった。 法律は変わった。 しかし運用は変わっていなかった。 22時間監禁した。 計画的に性的暴行を加えた。 それでも「少年」という理由で保護処分になる可能性があった。 被害者の言葉 「私はこの事件で一生消えない傷が心に残りました。なのに、犯人たちは何年かすると社会に出てくるかと思うと、悔しくてしかたがありません」 その訴えが 歴史を動かした。 🔴 判決 2002年12月4日、福島家裁郡山支部の鈴木桂子裁判官は「少年らは事前に謀議の上、計画的に本件非行を行っている。執ようで非道きわまりない」として、2人を検察へ逆送する決定を下した。「被害者の受けた心の傷が生涯いやされることのない深刻なものであることは誰の目にも明らかであり、少年に対しては厳しい処分を望んでいる」と言及した。 裁判所は服部英之に懲役3年6ヶ月以上6年以下の不定期刑、国分榮太郎に懲役4年以上7年以下の不定期刑を言い渡した。成人の中島順司には懲役11年。 改正少年法施行後、全国で初めて15歳以下の少年が刑事裁判で裁かれた歴史的事件となった。 そして3人は全員、すでに出所している。 最高でも懲役11年。2013年頃には全員が出所し、社会に戻った。当時15歳だった服部英之は20代半ばで出所。人生をやり直せる年齢だった。 22時間 被害者の人生は変わった。 数年後 加害者は社会に戻った。 被害者は言った。 「一生消えない傷が心に残りました」 加害者は やり直せる年齢で出所した。 この非対称を あなたはどう思うか。 少年法は「更生」のための法律だ。 しかしその「更生」の陰で 被害者は一生、消えない傷と生きていく。 15歳が計画的に22時間の性的暴行に加わった。 それでも「少年」だから守られるべきなのか。 あなたは、この判決と 被害者の「一生消えない傷」という言葉を どう受け止めますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

1,066,342 views • 3 months ago

少女が苦しむ姿を見たかった。 それが加害者の性癖だった。 9歳の侑子ちゃんは お腹から血を流し、うつ伏せで倒れていた。 防御創はなかった。 衣服の乱れもなかった。 指紋も足跡も目撃情報もなかった。 事件は14年間闇の中だった。 そして加害者はその間に 4人の少女を襲っていた。 2004年9月3日、岡山県津山市。 「津山小3女児殺害事件」。 2004年9月3日午後3時35分頃、岡山県津山市総社に住んでいた小学3年の筒塩侑子(つつしお ゆきこ)ちゃん(当時9歳)が、自宅で殺害されているのが発見された。発見したのは学校から帰宅した高校生の姉(当時15歳)だった。 侑子ちゃんはどんな子だったのか。 司法解剖の結果、侑子ちゃんは胸や腹などを幅の狭い凶器で数ヶ所刺されていた。死因は失血死か窒息死だった。衣服に乱れは全くなく、手に防御創もなく、首を絞めた跡や口や鼻を抑えた形跡もなかった。室内に物色した形跡もなかった。 抵抗の痕跡すらなかった。 何もかもがわからなかった。 何が起きたのか。 犯人の指紋や足跡、目撃情報もなく、犯行の動機も全てが不明だった。事件は長年未解決のままだった。 2008年3月19日、侑子ちゃんが通っていた津山市立北小学校で卒業式が行われた。亡くなった侑子ちゃんにも卒業証書が授与された。 同級生が卒業する日、侑子ちゃんは卒業証書を受け取った。 本人はもういなかった。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 加害者はその14年間、何をしていたのか。 2000年、兵庫県明石市で女児6人に対し、腹部をげんこつで殴ったり、下腹部を触ったりするなどした暴行・強制わいせつの罪で有罪判決(執行猶予付き)を受けた。 2004年、津山で侑子ちゃんを殺害した。捜査の手は及ばなかった。 2009年、兵庫県姫路市・三木市・太子町で少女5人の腹部を殴るなどし、懲役4年の実刑判決を受けた。 2015年、姫路市で中学3年の女子生徒をナイフで刺し重傷を負わせた。 侑子ちゃんを殺害した後も 少女たちへの暴行を繰り返していた。 6人。5人。そして中学生。 加害者は「少女が苦しむ姿を見ることで性的に興奮する」という性癖を持っていた。 14年間、誰も気づかなかった。 その間に何人もの少女が被害に遭った。 🔴 逮捕と判決 2018年5月、別の殺人未遂事件で服役していた勝田州彦(当時39歳)が被疑者として逮捕された。事件発生から実に14年が経っていた。 2022年1月、岡山地裁は無期懲役の判決を言い渡した。勝田は裁判で無罪を主張し続けていたが、2023年9月、最高裁が上告を棄却し、無期懲役が確定した。 無罪を主張し続けた5年間。 2024年、フリーライター宛の手記で初めて自身が真犯人であることを認めた。 14年間、誰も捕まえられなかった。 その間に加害者は6人、5人、1人の少女を傷つけた。 逮捕後も5年間、無罪を主張した。 判決確定後にようやく罪を認めた。 侑子ちゃんが死んだ年、加害者を止められなかった。 その後に被害を受けた少女たちも救えなかった。 もし2004年に逮捕されていたら、 その後の被害者は生まれなかったのではないか。 あなたは、14年間捕まらなかった加害者がその間に何人もの少女を傷つけ続けたこの事件に、何を思いますか。
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少女が苦しむ姿を見たかった。 それが加害者の性癖だった。 9歳の侑子ちゃんは お腹から血を流し、うつ伏せで倒れていた。 防御創はなかった。 衣服の乱れもなかった。 指紋も足跡も目撃情報もなかった。 事件は14年間闇の中だった。 そして加害者はその間に 4人の少女を襲っていた。 2004年9月3日、岡山県津山市。 「津山小3女児殺害事件」。 2004年9月3日午後3時35分頃、岡山県津山市総社に住んでいた小学3年の筒塩侑子(つつしお ゆきこ)ちゃん(当時9歳)が、自宅で殺害されているのが発見された。発見したのは学校から帰宅した高校生の姉(当時15歳)だった。 侑子ちゃんはどんな子だったのか。 司法解剖の結果、侑子ちゃんは胸や腹などを幅の狭い凶器で数ヶ所刺されていた。死因は失血死か窒息死だった。衣服に乱れは全くなく、手に防御創もなく、首を絞めた跡や口や鼻を抑えた形跡もなかった。室内に物色した形跡もなかった。 抵抗の痕跡すらなかった。 何もかもがわからなかった。 何が起きたのか。 犯人の指紋や足跡、目撃情報もなく、犯行の動機も全てが不明だった。事件は長年未解決のままだった。 2008年3月19日、侑子ちゃんが通っていた津山市立北小学校で卒業式が行われた。亡くなった侑子ちゃんにも卒業証書が授与された。 同級生が卒業する日、侑子ちゃんは卒業証書を受け取った。 本人はもういなかった。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 加害者はその14年間、何をしていたのか。 2000年、兵庫県明石市で女児6人に対し、腹部をげんこつで殴ったり、下腹部を触ったりするなどした暴行・強制わいせつの罪で有罪判決(執行猶予付き)を受けた。 2004年、津山で侑子ちゃんを殺害した。捜査の手は及ばなかった。 2009年、兵庫県姫路市・三木市・太子町で少女5人の腹部を殴るなどし、懲役4年の実刑判決を受けた。 2015年、姫路市で中学3年の女子生徒をナイフで刺し重傷を負わせた。 侑子ちゃんを殺害した後も 少女たちへの暴行を繰り返していた。 6人。5人。そして中学生。 加害者は「少女が苦しむ姿を見ることで性的に興奮する」という性癖を持っていた。 14年間、誰も気づかなかった。 その間に何人もの少女が被害に遭った。 🔴 逮捕と判決 2018年5月、別の殺人未遂事件で服役していた勝田州彦(当時39歳)が被疑者として逮捕された。事件発生から実に14年が経っていた。 2022年1月、岡山地裁は無期懲役の判決を言い渡した。勝田は裁判で無罪を主張し続けていたが、2023年9月、最高裁が上告を棄却し、無期懲役が確定した。 無罪を主張し続けた5年間。 2024年、フリーライター宛の手記で初めて自身が真犯人であることを認めた。 14年間、誰も捕まえられなかった。 その間に加害者は6人、5人、1人の少女を傷つけた。 逮捕後も5年間、無罪を主張した。 判決確定後にようやく罪を認めた。 侑子ちゃんが死んだ年、加害者を止められなかった。 その後に被害を受けた少女たちも救えなかった。 もし2004年に逮捕されていたら、 その後の被害者は生まれなかったのではないか。 あなたは、14年間捕まらなかった加害者がその間に何人もの少女を傷つけ続けたこの事件に、何を思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

2,671,276 views • 1 month ago

【江別男子大学生集団リンチ殺害事件】 「強盗致死罪で起訴」 ※本来なら無期懲役か死刑しか存在しない ---暴行の内容--- ・被害者を全裸にさせる ・髪にライターで火をつける ・背中にタバコを押し付ける ・何時間にも渡る複数人での集団暴行 ・顔を執拗に殴られ蹴られまくる 「被害者は全裸にされて公園で捨てられていた」 被害者は全身の血液20〜30%を失い、外傷性くも膜下出血、硬膜下出血、腰椎の骨折などの重傷を負って死亡 この少年は「笑いが止まらない」などと暴行中に発言 検察側は「酌量の余地はない」と言いながら 少年法割引で懲役 10年~15年以下の不定期刑を求刑 弁護側は「被告人は16歳で人格形成の途中段階である」などとして懲役5年以上、10年以下の不定期刑を求めてる 【こんな奴の更生に期待が出来る】だそうだ 少年法は撤廃一択 治安を悪化させるだけの悪法 ------------------------------------- 「被害者の父親の意見陳述」 私は被害者の父親です。 事件から1年7か月以上が経ち、 今日までできることは線香をあげることのみでした。 死刑か無期懲役しかない。 そうでないと息子が報われない。 息子は手がかからない子でした。 勉強をしろと私から言ったことが無かった。 息子とは車で2人で旅行に行った。 スケジュールはすべて息子が立ててくれていた。 20歳という若さで、好きな仕事に就くこともなく将来を奪われた。 なぜうちの息子がこんなことになったのか。 計画的ですよね? とんでもないです。 死刑でなければ、無念で無念で仕方がない。 私は死刑か無期懲役かしか考えられない。 ------------------------------------- 「被害者の母親の意見陳述」 私は被害者の母です。 今も、悲しみや息子に二度と会えないさみしさ、 どうにもならない気持ちに日々悩んでいます。 息子は勉強だけでなく、部活や生徒会も頑張っていた。 1人暮らしを始めてからは気が合う友達もでき、ボランティアなどをしながら忙しくも充実した日々を過ごしていたユーモアのある子だった。 江別警察署から、遺体が息子かもしれないと連絡が来たときは震えが止まらず頭の中が真っ白になった。 やっと会えた息子はいつもと違う顔をしていた。 名前を呼んでも答えない。 息子が受けた暴行を知ると胸が苦しくなる。 犯人がにくい。 息子がなぜこんな目に合ったのか分からない。 息子の無念を晴らすために極刑を望みます。

あおい みゆ

77,972 views • 1 month ago

「無実だ」と 一審から言い続けた。 2018年、今西貴大さんは2歳の養女への傷害致死・強制わいせつ致傷・傷害の罪で逮捕・起訴された。 すべての罪を一貫して否認した。 裁判員裁判で傷害罪は無罪となったが、残りの罪で懲役12年とされた。 医学鑑定は言った。 「交通事故に匹敵する外力なしに、あの傷はつけられない」 最高裁は全員一致で検察の上告を棄却した。 7年後、ようやく無罪が確定した。 大阪市。 「大阪2歳養女傷害致死冤罪事件」。 今西貴大さん(37歳)は2018年、当時2歳の養女に虐待を加えたとして傷害致死・強制わいせつ致傷・傷害の罪で逮捕・起訴された。本人は一貫して否認。裁判員裁判では傷害罪は無罪となったが、懲役12年の判決が下された。 今西さんはどんな状況に置かれたのか。 今西さんは語った。 「7年以上ものあいだ置かれていた被告人という立場から、ようやく解放されました。いまは、ほっとした気持ちで胸がいっぱいで、言葉も見つかりません」 7年以上、被告人だった。 一貫して「無実」と言い続けた。 何が問題だったのか。 高裁の判決は指摘した。 「頭にけがを残すことなく、交通事故に匹敵するほどの外力を加えることができるかどうかは、常識に照らして相当、疑問がある」 「被告人の供述や被害児の母親の証言を通じてみても、被告人が身体的虐待を加えていたことを示す事情は、見出せない」 医学的に「あの傷はつけられない」と言った。 証言からも、虐待の証拠は見出せなかった。 それでも、一審は懲役12年だった。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 2021年3月25日、大阪地裁(裁判員裁判)は懲役12年の有罪判決を下した。控訴審では医学的鑑定により今西さんの犯行ではありえないことが示され、結審とともに保釈。2024年11月28日、大阪高裁で逆転無罪を言い渡した。 一審の裁判員は、12年と判断した。 医学鑑定が「ありえない」と示した。 高裁でようやく、無罪になった。 今西さんは語った。 「人質司法や冤罪が多くの人生を破壊している」 自らの体験を生かして弁護士を目指していると語った。 「人質司法が、多くの人生を破壊している」 これは今西さんだけの言葉ではない。 🔴 最終判決 2026年3月3日付で、最高裁判所第三小法廷は検察側の上告を「全員一致」で棄却した。大阪高裁の逆転無罪判決が確定した。 一審で懲役12年、有罪とされた。 医学鑑定で「ありえない」と示された。 高裁で逆転無罪になった。 最高裁で全員一致で確定した。 それでも、7年以上かかった。 裁判員は医学の専門家ではない。 「虐待に見えた」という印象が、12年を生んだ。 今西さんが7年以上を失った間に 日本では何人の冤罪が生まれたのか。 あなたは、医学的に「ありえない」と示された犯行で7年以上被告人にされた今西さんの事件を通じて、この国の「人質司法」と「裁判員制度」に、何を思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

516,449 views • 2 months ago

時速150キロ以上、 無免許の18歳が、30時間以上車を走らせていた。 朝8時、 集団登校中の児童の列に突っ込んだ。 最後尾にいたのは、 妊娠7ヶ月の母親だった。 3人が死亡。 お腹の赤ちゃんも亡くなった。 7人が重軽傷を負った。 危険運転致死傷罪は適用されなかった。 そして10年後、 裁判記録は、ゴミと一緒に処分されていた。 2012年4月23日、京都府亀岡市。 「亀岡暴走事故」。 2012年4月23日午前8時ごろ、京都府亀岡市篠町で、集団登校中の安詳小学校の児童らの列に軽自動車が突っ込んだ。最後尾を歩いていた保護者の松村幸姫さん(当時26歳、妊娠7ヶ月)と、小学2年の小谷真緒さん(当時7歳)、小学3年の横山奈緒さん(当時8歳)が死亡し、児童7人が重軽傷を負った。 被害者はどんな人たちだったのか。 幸姫さんは、わが子の登校に付き添っていた母親だった。お腹の赤ちゃんには「愛鈴」という名前がつけられていた。父・中江美則さんは、娘の通夜に1100人が訪れ、お腹の子の名前も会場に置かれたと振り返る。 真緒さんと奈緒さんは、まだ小学2年生と3年生だった。 ランドセルを背負って、いつもと同じ朝を歩いていた。 何が起きたのか。 軽自動車を運転していたのは18歳の無免許の少年だった。事故前日の4月22日午前0時頃から友人ら8人前後と車2台に分乗し、京都市内と亀岡市内を入れ替わりながら約30時間にわたり車で走り回っていた。事故直前は疲労でほぼ意識がない状態で運転していたとみられている。 少年は150km以上のスピードで運転していた。 30時間、寝ていなかった。 無免許だった。 それでも、運転を続けた。 午前7時58分ごろ、軽自動車は集団登校する列に突っ込み、最後尾の保護者から順に10人を次々にはねた。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 危険運転致死傷罪が適用されなかった。 少年は2年前にも暴走族として無免許でバイクを運転し、集団暴走の道路交通法違反で逮捕され、保護観察処分を受けていた。検察はこの「常習性」を危険運転致死傷罪の適用根拠として主張したが、裁判では認められず、より軽い自動車運転過失致死傷罪が適用された。 無免許運転を繰り返していた事実があっても、 危険運転致死傷罪は適用されなかった。 事故から2日後、亀岡警察署の担当者が、被害者の同意なく、加害少年の父親に被害者の住所・電話番号を教えていたことも判明した。小学校の教頭も同様に情報を漏らしていた。日弁連は「深刻な二次被害を与える可能性があり、極めて遺憾」と表明した。 被害者の情報は、同意なく加害者側に渡った。 それを漏らした警察官と教頭は、起訴猶予で処分された。 🔴 判決とその後 2013年2月、京都地裁は運転していた少年に懲役5年以上8年以下の不定期刑を言い渡した。検察・遺族側は「軽すぎる」として控訴し、弁護側も「重すぎる」として控訴した。2013年9月、大阪高裁は懲役5年以上9年以下の不定期刑に変更し、双方が上告せず確定した。 同乗していた少年2人と、無免許と知りながら車を貸した少年は、保護処分(少年院送致など)となり、執行猶予がついた。現在も事故現場の近くで生活していると報じられている。 民事訴訟では元少年らに約1500万円の賠償が命じられたが、被害者遺族が求めていた危険運転致死傷罪の適用は、最後まで認められなかった。 父・中江美則さんは、危険運転致死傷罪に無免許運転を加える法改正を求める20万人以上の署名を集めた。その活動は「自動車運転死傷行為処罰法」(2014年施行)の制定につながった。 そして事故から10年後。 中江さんは、神戸連続児童殺傷事件をきっかけに発覚した「重大少年事件記録の廃棄問題」で、娘の事件記録も京都家裁によって既に廃棄されていたことを知った。「裁判所は、娘の叫び、無念、怒りが詰まった記録を、何の断りもなくごみ同然に捨てた」と中江さんは語った。 遺族は、裁判記録は残されるものだと信じていた。 しかし、実際には処分されていた。 無免許で約30時間車を走らせた。 危険運転致死傷罪は適用されなかった。 被害者の個人情報は無断で加害者側に渡った。 漏らした警察官・教頭は不起訴になった。 10年後、事件記録はゴミとして処分された。 3人の命と、1人の胎児の命が奪われた。 それでも、「危険運転」とは認定されなかった。 あなたは、無免許で長時間運転し3人を死亡させても危険運転致死傷罪が適用されず、その裁判記録さえ10年後に処分されたこの国の制度に、何を思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

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