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気仙沼大島の橋の下にイルカ🐬の群れが迷い込んでいます。大体10匹はいました。 次に見いったらイルカはいるかな?

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2023年10月29日 晴れ。【イルカショーの裏側を見ろ】 9時42分、太地町燈明崎の東方向から西へ向かって猟師達の船(バンガーボート)が大きなイルカの群れを追いかけていた。 イルカの群れは途中で2つに分断され、猟師達は二手に分かれて追いかけていたが、東方向へ逃げたイルカ達を追っていた猟師達の船は、二手に分かれてから数分で追うのを止め、もう一つの群れを追いかけている船団に加わった。※猟師達は、乳飲み子が多かった為に、わざと群を2つに分断した可能性が高い。 西方向へ逃げていたイルカの群れは、燈明崎北西に設置してある定置網付近で、更に分断し、分断した一つの群れが太地港方向へどんどん追われて来てしまった。 ※港付近は浅瀬になるため、イルカにとっては逃げる事が困難になる。 最終的には港付近まで追われてしまったイルカの群れが、畠尻湾へ押し込まれ、網を張られてしまった。 捕まってしまったのはカズハゴンドウの家族。 カズハゴンドウは、とてもおとなしい性格な為、無抵抗のまま追いかけられ、無抵抗のまま殺されてしまう。 猟師達はイルカ達を殺すためにスキフボートのエンジンを使い、畠尻湾奥の影浦湾に押し込んでゆく。 パニックで網に絡まってしまったイルカ達もいた。 網に絡まってしまったイルカは、ダイバーに羽交い締めにされ、スキフボートに乗った猟師達に網でくるまれ、強制的に影浦湾奥の殺害場所のグレーシートの下へ連れてゆかれた。 最終的にすべてのイルカが殺害場所のグレーシートの下へ連れて行かれて拘束された。 殺害場面を撮影させない為に閉じる黒いカーテンが完全に閉まる前に、1艘のスキフボートが殺害場所のグレーシートの下から出てきた。 スキフボートの上は、シルバーのシートで覆われていたが、シートの下でイルカが最後の力を振り絞り、尾びれをバタバタさせていた。 殺害場所に押し込まれてたイルカ達は個別にロープで固定され、逃げられないようにされ、噴気孔の後ろに先が尖った金属棒を繰り返し突き刺され、脊髄をグチャグチャに損傷させられ、出血多量で痙攣しながら苦しんで暴れ、家族の目の前で殺されてゆく。 殺されたイルカは合計24頭。 ※スキフの上に乗せられたイルカの頭数は不明であり、最低でも2頭の赤ちゃん。 尾びれを黒いロープで縛られた遺体は、3艘のスキフボートにそれぞれ8頭ずつ引き摺られ、太地漁港の市場に運ばた。 そして解体場で頭を刃物で切断され、背びれ、胸びれ、尾びれと切断され、腹を切り裂かれて内臓を引き抜かれ、体をバラバラに切り刻まれて食肉となった。 そもそも、日本では、鯨類(クジラ、シャチ、イルカ)の捕獲は、法律で禁止されている。 しかし、この法律には抜け穴が作られていて「都道府県知事が許可をする場合は捕獲が出来る」という事になっている。 知事が許可を出しているのは、北海道、青森県、岩手県、宮城県、千葉県、静岡県、和歌山県、沖縄県の計8都道府県。 この8都道府県の、2019年の小型鯨類(イルカ)の捕獲総数1840頭の内、最初から食肉にする目的の「突きん棒猟」および「小型捕鯨」にて捕殺したイルカは866頭であるのに比べ、「生体販売」する事が可能な「追込み猟」で捕獲・もしくは捕殺したイルカは974頭。 そして、この「追込み猟」の許可を出しているのは、現在、和歌山県知事のみ。 つまり「和歌山県 太地町」の猟師のみが日本で唯一「イルカ追い込み猟」を行っている。 そして、この「追込み猟」で捕獲したイルカは、どのように利用しても良いという事になっているが、それぞれの販売価格は、全く異なる。 イルカを食肉にした場合、1頭あたり、1万5千円~5万円程度だが、イルカを生きた状態で水族館などに生体販売する場合、調教が終った後の販売価格として、1頭あたり、450万円~650万円で販売される。 食肉にすると5万円。 生体販売すると650万円。 太地町のイルカ猟の7割~8割が生体販売からの収入。 ※2019年に太地町で捕獲されたイルカ998頭の内「突きん棒猟 24頭」「追込み猟 974頭」。割合として、全体の97%が生体販売可能な追い込み猟で捕獲され、最初から食用目的で捕獲しているのは、わずか2.4%。 また、太地町の追い込み猟は、1969年に太地町営施設の「くじらの博物館」が建設された際に、生きたイルカを展示してお客を集めようとして、客引き用の生きたイルカを捕獲する為に始められたもので、開始から54年しか経っていない。 つまり太地町のイルカ追い込み猟は「食文化」でもなければ「伝統」でもない。 世界中の水族館で行われている、イルカショーのための、新しい生体販売ビジネスだ。

ヤブキ レン

54,032 просмотров • 2 лет назад

久しぶりに京大のキャンパスを歩き回った感想。むかしカオス度70%、いま7%。むかしの教養部の図書館(今の吉田南総合図書館)は誰でも入れるゆるい雰囲気で、近所の高校生のカップルが放課後よくイチャイチャしていたが、そんなの今では考えられない。休みの間もいつもダラダラ開いていた中央食堂も今は休み中は閉店。ダラダラするとこないやん笑。 むかしは門も建物も教室も365日24時間開いていて、よく教室に夜中に集まったり泊まったりしたものだが、いつの間にかすべてカギがかけられるようになった。 またキャンバス内にはホームレスやわけがわからない人たちが暮らしていたが、今はおそらくそんな人たちは締め出されるのだろう(もっとも居心地が悪くて来たいとも思わないかもしれないが)。 京大に限らず東大も含めていろんな大学に僕たちは夜中に忍び込んだりしていたものだが、むかしの大学には誰でも受け入れる包容力のようなものがあった(現状は知らないが、海外ではコロンビア大学もウィーン大学もそうだった)。京大では籍もないのに普通に授業を受けているやつがいたし、僕たちは基本的にどの学部の授業でも「興味があります」と言ったら教授たちから歓迎された。 「貧すれば鈍する」の部分もあるだろうが、タテカン禁止や吉田寮解体に見られるように反動的な力が働いていることも否めない。 機能性と効率性から言えば、キャリアの一環として勉強する場所としては今の方がすぐれているのかもしれないが、大学を専門学校のようにしてムダをなくしたことで失ったものも大きいと考えるのは僕だけではないはず。みなさん、どう思いますか?

春の岬少年☆どーどーちゃん❤️☆妹尾真則

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