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【 災害時におけるペットへの対応 】 大阪維新の会 代表・大阪府知事 #吉村洋文 災害時にペットをどう避難所で受け入れるかは非常に重要な課題。 ペットは家族同然の存在だが、一方で避難所は多くの方が共同生活を送る場所なので、配慮が必要。 そのため、ペットと人を分ける専用スペースを設けるなどの工夫を検討している。 実際、ペットがいるから避難所に行かないという方もいるので、受け入れ体制を整えることはとても大切。 今後は民間事業者とも連携しながら、ペットと避難生活を両立できる仕組みを進めていきたいと考えている。 #大阪維新の会

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【一次避難所の問題】能登半島地震 2/2 発災から7か月が経過し、 「復興」が進んでいるかのような報道や 首長の会見があるが、現実はそうではない。 日本で起きた過去災害においても、 7か月間にわたり被災地の広範囲にわたって自宅水道の復旧ができていない、 避難所生活が解消できない、といった状況はまれである。 今回の訪問でも、復興という大きな未来を語ることで、 目の前の復旧の遅れから目を逸らせるような現実にいくつも遭遇した。 まずは、一次避難所の利用者の方々にお話を伺った。 寝床として使用されている段ボールベッド。 寝心地が良い、といった報道はこれまでにもされてきたが、 製品としても半年以上もの避難生活を送る前提では考えられていないだろう。 実際、訪れた避難所では、 半年以上、段ボールベッドで生活をおくり、 エコノミー症候群になった被災者もいらっしゃった。 私も横にならせていただいた。 ただただ、硬い。 今までの人生で、家具売り場などで展示されるベッドには、 すぐお試しで横になってきたこと数十回以上の私であるが、 そのどれよりもはるかに硬い、と感じた。 これでは疲れを取ることは難しく、溜まっていくことになるだろう。 物資提供などで、マットレスが届いた避難所もあるようだが、 バラツキがあり、そのような提供品があるならとリクエストをしたが、 すでに遅く、全員分は貰えなかったという。 避難所生活が7か月以上にまで及んでいる状況と、 仮設住宅完成の遅れを鑑みれば、至急寝床をはじめ、 環境改善を進めなければならない。 経済を回す、という言葉で何かと被災者支援をしぼろうとするのでなく、 日本の優秀な寝具メーカーから深い眠りにつける寝具を、 国が避難生活者のために買い上げて経済を回されてはいかがか。 甘えているのは被災者ではなく、 このような状況を放置している行政や 国が責務を果たさず甘えているのである。 避難所では、 この猛暑で、クーラーによる問題も起こっている。 冷房をつければ室内がまんべんなく同じ温度になるわけではない。 窓際、中央、陽がささない室内の奥で考えれば、 温度差が生まれるのは当然。 クーラーの位置と寝床の位置によって、 暑い、寒いの差は出てくる。 ここ最近、他の避難所で、 クーラーによって体調を崩す高齢者が出た、という。 それにより冷房の使用をセーブ。 それによって子どもが熱中症になったケースがあったという。 高齢者が我慢しろ、子どもが我慢しろ、という話ではない。 様々な世帯が寄り合って一つ屋根の下、 すでに7か月以上、生活を送り続け、 年内にそれを解消できる確約もないこと自体が異常なのだ。 被災者がこれまで我慢を重ね続けた上に、 さらなる我慢を押し付けるのではなく、 今ある条件の中で、 最大限の解消方法を見つけることが求められる。 例えば。 仮設住宅は完成しているが、 入居希望者がおらず部屋が空いている、という物件を利用できないか。 珠洲市において、 完成した仮設住宅のうち38戸の入居が決まっていない。 空き部屋の半分近く、17戸がワンルーム(20㎡)という単身世帯を想定した物件。(R6年7月30日時点) そうであるなら、事情や問題を抱える世帯を優先的に、 1つの家族が2戸の仮設住宅に分散しても良い、 冬頃に完成する広めの仮設住宅に 後から移って、1つの仮設で家族が暮らせば良い、とは考えられないか。 しかし、そのような運用は現在、不可能である。 基本、一度申請すれば二度目の申請はできない仕組みになっている。 この1世帯1申請という運用を改めるべきだ。 今こそ、被災者を避難所に閉じ込めない柔軟運用を始める時だ。 これが改められれば、 自宅から少し離れた地域の仮設なら空いているが、 自宅近くの仮設ができるまであと数ヶ月、避難所で暮らすしかない、 という問題も一部解消されるのではないか。 それぞれの避難者の事情を鑑みて1度ではなく、 2度であっても申請を認める運用に改めるべきである。 7か月以上もプライバシーなど保てない生活から、 多くの人々を救済する必要がある。 【一次避難所の洗濯問題】 発災から7か月が過ぎ、 自宅の蛇口をひねっても水が出ない状況のなか、この酷暑である。 その影響に苦しんでいるのは在宅避難者だけではなく、 避難所利用者も大変な思いをしている。 その1つが洗濯問題だ。 以前は避難所によってはランドリーカーなど配置されることもあったが、 今は撤収され、洗濯機などの設置はされず、 「経済を回す」という理由のもと、自分でなんとかしろという状況。 話を伺った避難所利用者の方は、 早朝にコインランドリーまで車で移動し、週2回、 たまった家族の衣類を洗濯しているという。 ここにかかるコストは1回あたり、1300円。 ひと月の洗濯代が1万円をこえることになる。 災害に遭っていない一般家庭の洗濯のコストはいくら位だろうか。 ネットで検索すると、 (2024.5.27時点)で見ると、 <ヒーター式乾燥の縦型洗濯機> ・洗濯及び乾燥1回の電気代 約71円 ・水道代 約40円 =計111円 <ヒーター式乾燥のドラム式洗濯機> ・洗濯及び乾燥1回の電気代約54円 ・水道代約22円 =計76円 災害によって多くを失った人々が、 生活する上で欠かせない洗濯をするためには、 被災していない人々の何倍ものお金を支払わなければならない状態。 「経済を回す」、という理屈によってこのような不条理を認めるわけにはいかない。 経済を回すというなら、多くを失った人々のなけなしのお金をしぼり取るのではなく、 自宅の上下水が使用できるまでは、経済的な補助を出すべきだし、 その気がないならば、せめて、各避難所にランドリーカー設置や 各避難所に洗濯機の設置をマストにする必要がある。 まずは政府への要望書で、その先も強く求めてゆく。

れいわ 山本太郎 消費税廃止!住まいは権利!

2,286,680 次观看 • 1 年前

1月11日から能登半島を再度訪問。 福祉避難所についてのリポートは → 本日は今回の災害に関わる支援者などから 輪島で聞いた声をお伝えする。 -- Q 能登半島は初めて? A 5月にここで震度6強の大きい地震があった。 その支援に入ってた。 その時のつながりで連絡もらって 何とかして行きますって、きた感じです。 Q 寝泊まりは? A レンタカーの軽自動車で車中泊。 Q こちらでの活動は? A 熊本の地震の時も避難所運営に関わったりしたので、 そういったお手伝いを。 今回これから応援でくる行政の職員さんは当然 避難所の運営の経験ない人たちが多いからシェアしていくことになると思う。 Q こちらで見た避難所の運営はどういうものでしたか。 A 今は急性期なんで混乱してる。 ご飯もないけど、これから避難所生活は長期化する。 元の生活に戻していく目標なので長期で進めることになる。 今いわゆる関連死につながる可能性がすごい高い。 見られました? 体育館とかの避難所。 これだけ寒いしホコリっぽい。 土足厳禁になったのは数日前という避難所もある。 地べたで寝るとものすごい寒いので、底上げしないと。 ダンボールベットだと、床から40cmくらい底上げできて寒さも違うし、 床に直接寝てた時よりも、埃を吸い込まなくて済む。 おじいちゃん、おばあちゃんとか膝の調子の良くない人は、 地面に座った状態から立ち上がるの辛いじゃないですか。 やっぱりベッドぐらいの高さだと楽になるし、 座りやすいからトイレにも行きやすくなる。 その先は間仕切りも含めてやっていくことで その避難所の衛生環境を保つ、ってことなんですけど、 そういったところを一つずつ関わる職員さんたちに、 このフェーズはこうやっていこう、このフェーズでは、 と伝えていく役割をやっていきます。 Q 総務省が440人ほど地方自治体からの応援を 能登半島に派遣しているという話ですけど、 増強されている感じはありますか? A 応援が一番増えたのは今週、 というか昨日、おとといから派遣チームが一気に増えてきた感覚。 Q 彼らの対応能力は? A 対応能力っていうか、ルーキーは多めだったりする訳ですけど、 今のところまだそういうことは分からない状態ですかね。 もちろんルーキーでない方もいます。 人数を多く出せるのは、力のある都道府県とか、政令市。 人数がいるところじゃないと多く出せないでしょうね。 被災経験があって、ノウハウある人が 大人数送り込まれている訳ではないと思います。 Q 大変なことは? A 一番しんどいのは当然ですが、 被災自治体の職員さん達が被災してること。 避難者として避難してる人が避難所運営せざるを得なくなっちゃってる。 イロハも分からない、避難所の運営っていうものも頭の中に全く無い人たちが避難者として避難して行政職員なんだから助けてあげて、という中で、 自分がやらなきゃ、という状態。 ご飯どうやってもらいに行ったらいいんだろうって電話して、とか。 物資倉庫から避難所にシステマチックに届かない混乱してる状態で とりに行かなきゃいけない、っていうような時期がちょっと前まであった。 今は少しずつ自衛隊が回っていくって流れとかできたり、 応援の職員の人たちが来たりでサポートは始まってますけど。 それでもまだ道の状況が悪くて一日一食とか場合によって届かないっていう日もあったり。今日行った避難所では、昨日の朝ご飯が、薄いサラダ味のせんべい数枚だった避難所もある。 大きめの避難所はそれなりにフォローされやすいけど、 そうでないとこはまだ厳しいとこもある。 市からの配食は、大体一食。一日一食。 あとは民間だったり、住民の持ち寄りだったり。 発災後はお正月の料理とか、家にあったものをみんなに持ってきてもらって、 それをちょっと温めて食べるみたいなのを正月の三が日ぐらいまでやっていたと聞きますね。 Q 1月6日に珠州で民間の炊き出しやってる人から聞いたのは、 自衛隊に炊き出ししてくれないのか、と聞いたら食材がないから無理と言われたと。 A できる資材とノウハウがあるのにもったいないですね。 何とかしてください。 Q 避難所の運営を考えたとき。 是正が必要な問題は? 発災初日、2日目とか初期の段階が大混乱はわかりますが、 今でもご飯がちゃんと出てないのはやっぱりキツいなと思います。 避難所は普通に3食、出すのが基本なので。 せめて、おにぎりとかパンとかでも、 もうちょっというとお弁当みたいなところも出して欲しい。 あったかい食事っていうのが最終的にはゴールかなと思いますけど。 これからどんどん段階的に改善していかなきゃいけないのは、食事とトイレ。 お風呂は入れてない人も多いので、お風呂も改善しなきゃいけないし、 もうちょっと寝床をちゃんと確保してきれいにするとか、 プライベートの空間も作っていく、とかですかね。 今、行政として頑張ってるな、と思うのが、二次避難。 ホテル避難はいい取り組みと思う。 あれは国でしかやれないような取り組みだから。 本当に避難所過密だったし、だいぶ間引かれて、 人が減ってきているんですけど、 それは別の地域の身内のところに行ったり、家に戻ったりとか。 もちろん地元を出られた人もいるようですが。 その二次避難的なことは始まってますが、 今の所、1日数十単位でしか動いてないみたいで、 バスがなかなか手配できなかったりもあると聞いてます。 今日行く予定だった人たちがバスが来れなくて行けなくなった、って話があった。 そうなるとなかなか厳しいですよね。 Q 食事、トイレ、お風呂。 この三つが安定し出すのって、 様々な災害現場や避難所を見てきた立場から見て、 どれぐらい掛かりそうですか? A その3つが安定するのって、やっぱりライフラインが戻ってこないと安定しない。 今電気がついてるところはエアコンも使えたりするけど、 水道が使えなければ、トイレは簡易トイレになる。 外に置いてる簡易トイレまで移動が難しい高齢者とかは袋に用を足すこともあるが、 嫌じゃないですか、そんなの。失敗して汚したりして皆に迷惑かけるとか考えると トイレに行きたくなくなる。 今感染症も出てきていてノロとかコロナもあるしインフルも出てる。 あれだけ密集した環境で今生活せざるを得ないので衛生面での対策ってすごい急がれていて、高齢者の方々も咳してる人が結構いる避難所とかもあったりして。 支援する側も緊張感ある。今ピリピリしてます。 入ってる医療チームもそういうのをなくさないといけないって 頑張ってますけど、なかなか。 Q これまでの災害に比べて避難所の数は多いですか? A 多いです。 家屋の倒壊が圧倒的に多くて、 津波被害は別として、 東日本の震災でもこんなに倒壊した家を私は見たことがない。 熊本地震でも結構倒壊してましたけど、この規模じゃない。 半島の先っぽで元々インフラも社会的なリソースの配分されてなかった地域が被災して、支援しようにも、何かモノを手に入れようにも、大変だな、と思います。 Q いま、不安に思ってることは? A 1番は復興のイメージが全くつかない。 支援する側もイメージできない。 どうなっちゃうんだろうな、って。 これからどうするのか、 のイメージを政治の側から伝えられていない。 インフラが戻るにも時間がかかる。 僕らにはインフラ戻すノウハウはないので、 それを担うのは公共工事的なものでしょうけど、 ちょっと想像がつかない。 今、避難してる人たちがいる。 そこから手を離したら、命に関わると思ってるから必死でやる。 だから、やるんだけど。どこまでやるのか、っていうのが、全く見えない。 まずは、二次避難を加速させる、今ある制度をどんどん使って避難してもらって、 ホテルで、暖かいところでお風呂も入れるしトイレも水洗ですし、 通常の生活に近いことができるので。 家から離れちゃうけど、まずは、それをやってもらいたいなと思う。 一方で、地元から離れたくない方々の生活環境もやっぱり早く整えていく、 っていうのは求められますね。 Q 政府が1つだけ何でもやる、すぐやる、と言われたら何を求めますか A 仮設住宅を爆速で作って欲しい。 一時避難ではなく、 被災された方々を全く別の土地にずっと住んでもらうことは、 この街が終わることなので、この街を終わらせないっていう選択肢を取るんだったら、 2次避難と仮設建設を爆速で。 中には諦めて他に街をつくろう、と言う人もいるかも知れないですけど それを望まない人たちもいると思う。 国が大きな方針を早く出す方が良い。 もう一つはやっぱりもっと騒がないとだめだと思う。 全然支援っていうのか、なんだろう、ムーブメントが起こってなくて。 今、能登半島を支援しようみたいな、東日本や熊本の時のような、 一体感、被災地を応援しようみたいなのが盛り上がってるように感じない。 メディアも含めてですけど。 Q なるほど。私は秋田県の豪雨報道と比較してしまってた。 秋田は一瞬で全国放送では扱われなくなったじゃないですか。 それと比べたら、能登半島はまだ扱いがあるな、 と思ってしまってました。 A ちゃんともっと騒いでいいと思います。 自民党の裏金のニュースみたいな話と混じって だんだん能登半島が薄れてる印象があって心配してます。 -- 避難所の運営についても事実上、被災自治体に丸投げ。 心あるボランティアが入ってきて運営を手伝う、 ということが当たり前のようにこの国では繰り返し行われてきた。 毎年起こる様々な災害への経験値はかなりのものだが、 その経験を国として蓄積する努力や それに対する予算措置に本気を出さずにここまで来たのが日本政府である。 これでどうやって首都圏直下や南海トラフに向き合うのだろうか。 さらなる棄民が待っているとしか想像できない。 だからこそ、災害省を立ち上げ、ノウハウを持つNPOなどを雇用し、 全国の自治体をトレーニングしていく必要があるはず。 私たちとしてもこれまで通り、強く政府に求めていく。 他にも避難所の運営などにも関わるNPOの方にお話を伺った。 -- Q 今の状況は? A 10日経ったけど初期みたいな感じ。 電気も通った地区もあるんで、 5日前に来たときより、 ちょっと雰囲気変わってるけど、やっぱり初期の感じ。 Q 輪島に入った時は? A 今回どうしてもこの状況なんで ロジスティクス難しいじゃないですか。 物流系、過去イチ上手くいってない。 僕が来たときは皆、食糧足りてる、って言ってたんです。 みんな大丈夫って言うんです。 聴き方の問題もあったんでしょうね。 実は三食は食べてなかった。 最初はみんな多分、家に帰って食料持ってきてた。 それがそろそろ尽きて来て。 なんか最初に聞いた時よりご飯がない、っていう人、増えたな、と。 状況が悪化してるぞ、と。 避難所回ってみてもびっくりしました 今日の2日前から、下足管理をやり出した、という所もありました。 僕が最初に訪れた避難所だと、 最初の日から4日間は施設内も土足で過ごしていたようです。 自分の布団というかマットの上だけは靴を脱ぐ。 それ以外は、外を歩いたり、 トイレ行ったままの靴でそのまま避難所内を行ったり来たりしますから。 埃っぽいし、他にも様々持ち込むことになったんでしょう。 津波警報が出て、みんなとりあえずそれで走ってきて、 着の身着のまま的な人たちが帰れなくなった。 だから通常より人も多くなって過密状態に。 体調を崩す原因の1つに、体育館があまりにも寒い上に、 布団やマットを直接床にひいて寝るから、さらに冷える。 地面の埃の問題も含めてダンボールベッドを、 となるけど使えない。 それをおくと、 今の収容数が収まらなくなるからって事情があったり。 避難所利用者が減らないと置けない、と。 数が大きく減らないのは、出る人もいるけど、 なんとか自宅で耐えてたけど、とか車中泊が無理になって 入ってくる人もいるみたいで。 本当なら、 避難所の人数が半分になってちゃんとケアできる状態、って感じかな。 今、感染症がすごい流行っちゃってるので。 避難所の中で防ぎようがない。 ゾーニングできないです。 支援に入ってる医療従事者から隔離の方針は諦めた、って聞きました。 輪島市長が2次避難にかなり力を入れているようですから。 とにかく急がないと、という気持ち。 Q 2次避難が進みにくい理由はありますか? A ハッキリとは分からないけど、気質もあるかも知れません。 離れたくない、という気持ちや、今ここを離れる自分は 裏切り者になるのでは、とか色々あるよう気がします。 意外とハードル高いですね。 Q 門前町の自主避難所にいった時、 40代前半の男性が聞いてください、と声を掛けてきた。 自分の入ってるグループラインで同じ趣旨の相談が複数あるらしく、 2次避難に行こうとする者に裏切り者のレッテルを張って 何とか残らせようという動きがある、と。 こういった引き止めなどのやり取りに、 被災した住民や地元自治体職員のエネルギーが奪われることを避けるためにも、 説得要員を国が送り込むなど一歩踏み込むように政府に強く求めますね。 A 国がどこまで理解してるか。 例えば、 申し訳ないけど県レベルのお金じゃどうこう絶対できないですから。 国がやっぱり本気で予算出すっていうかね、 最後までやりますって言ってくれないと。 自治体として再建できるのか、 ぐらいのレベルの災害を受けたとこもあるじゃないですか。 国がどこまで本気なのかが問われてるんですけどね。 -- 今回の災害は被災者はもちろんのこと、 支援者の疲弊がこれまでの比較にならないとよく聞く。 さらに別のNPOの方から疲弊の原因についてお話を伺った。 -- Q 支援者の疲弊が凄まじいと聞きます。 原因は何でしょうか? A あくまで私の感覚だけど、 被害大きすぎて見えないって部分。 ゴールというか、どこに落ち着けば、どこを目指して行けば終わるのか、 っていうのが想像がつかない。 どこまで走ればいいんだって。どこまで伴走したらいいんだろうって。 たぶん結構、みんな思ってると思う。 Q しかも行政側と違って、交代要員がいないですもんね、皆さんは。 ひと息つくこともできない。 A 被災した住民の方がもっと大変だから。 何だろう。 もともと人口とか経済とかも右肩上がりではなかった町が 大きな揺れに襲われた。 インフラも破壊されてイチからになるでしょ。 あの美しい街並み、旧市街っていうんですか、 壊滅的になった街を、元に戻すと言っても雰囲気変わるだろうし、 どうやって戻すんだろうっていうのは、僕らも想像つかない。 もし、元に戻しても、また大きな揺れに襲われる可能性もある。 10年以上前にも大きな地震があったし、去年の5月にもあった。 その時々に支援したりで繋がった能登半島の仲間が今回の震災で亡くなったり。 すごくキツいです。 前回、被災して全財産注ぎ込んで家を修復した人は、 もう一度家を建ててこの街でやり直すだろうか。 そういう人は、どれくらいいるだろうか。 そういった人々のために国が支援するなら、 これまでとは比べ物にならないくらいの お金をかける必要があるんだけど、 その覚悟は政治にはあるのか。 政治は大きな方針も示さない。 能登半島の復興をどうするのか、 イメージが彼らの中にはないのかも知れない。 NPOの仲間たちはそれぞれ、喪失感や色んな感情の中で、 先が全く見えないまま活動してるんだけど、 どこまで走るのか、どこで落ち着くのか全くゴールが見えないままやっていくと、 やっぱり気持ちは落ち込んでいきます。 俺らは基本、元に戻すぞ、って復興で人が集まって、 被災された人が笑顔になるってことがモチベーションで動いてるから。 ありがとう、って言われたら、やってて良かったって自分も救われるし。 でも、 やっぱり国がちゃんとした大方針を示さずに、 ここまで来てるのはマズイ。 発災から何日も経ってるのに。 能登半島をどうするのか、って話を政治が示しもせず、 現場に励ましにも住民に安心する言葉も伝えに来ない。 この間、住民の方が、 街を見るたびにもう復興じゃないんじゃないかって思う、と。 何言ってるの、って励ます言葉の先が見つからない。 どうなるかは自分も知らないから。 ブルーシートを屋根に張る、作業ってあるじゃないですか。 一部損壊ってお家の人の屋根に貼るんですけど。 カワラ屋さんが来るまでの繋ぎとして。 もちろん今回も住民の方が望めば張るんですけど、 先が見えないと、張っていいのか、って考えちゃうって仲間がいうんです。 今から雪降って、という状況が続くと、 多分カビだらけになるんですよ家の中。 住める状況じゃなくなる。 判定では一部損壊、ってなっても、 その住民さんにとっては、 全壊だったら良かったのに、ってなってしまう可能性もある。 住民間で分断にもつながりかねない話。 だから本気で能登半島を復興させるなら、 このエリアは全体を全壊の扱いにする、 とか何か新しいやり方をやって欲しいなと思う。 ブルーシートの話にしても支援者の考えは1つじゃないから。 みんなそれぞれ寄り添い方が違う。 あとのことは考えずに住民さんが望んでるなら喜んで張るよ、って人もいる。 みんな本当は向かってる先は一緒なはずだけど、 どこを目指していくのかが明確に示してくれないと、 支援者の間でもバチバチ始まっちゃうし、分断されちゃいかねない。 仲間同士で目の前の命を助けるってこと以外、 方向性は決めないでスタートしてるんだよね。 ビジョンが欲しい。 しっかりちゃんと金出しますじゃないけど、 最後までちゃんと暮らしを支えますじゃないけど。 それは多分首長じゃできないと思うんですよ。 お金の問題は県もできないと思うんです、そこは。 仮設2年で終わりですって、言われてもやっぱ無理があって。 復興住宅みたいな形でみんながこうちゃんと 集まって生活できるような場所が欲しいですよね ちっちゃな家庭菜園のなんかがあるとか。 たぶん過去にも似たような取り組みもあったと思う。 先をイメージできるような、 希望を見せないと暗闇の中でエネルギー生まれないよ。 希望があればまだ前向いていけるけど。 -- 近々、初めて現場に入られる 総理 岸田文雄 および県知事 はせ浩(馳浩)前石川県知事 には届いていない声もあると考える。 ぜひ目を通してヴィジョンを示していただきたい。 発災後2度、4日間ほどしか現場には入れていないが、 様々な声を聞き、見てきた立場として 私たちのヴィジョンを示せるよう準備を行いたい。

れいわ 山本太郎 消費税廃止!住まいは権利!

1,801,865 次观看 • 2 年前

【なぜ教育無償化は「所得制限なし」なのか】 Q. 一部の世論調査では「所得制限を設けるべき」という意見の方が、「所得制限を撤廃して無償化すべき」という意見よりも多いという結果が出ています。それについての受け止めと、改めて考え方をお聞かせください。 ■ #前原誠司 共同代表 まず、所得制限を求める意見が多いという調査結果についてですが、私は 「その意見を持っているのは誰なのか」 を正しく分析する必要があると考えています。 所得制限を求める背景には何があるのか。 この議論の前提として、その 「声の正体」 を明らかにしなければなりません。 税金はすべての人が納めています。 しかし、所得制限があることで「支援を受けられる人」と「受けられない人」が線引きされた瞬間、こうした疑問が生まれます。 「なぜ自分たちは税金を払っているのに、サービスを受けられないのか?」 「なぜ自分たちは施しを受ける側なのか?」 この違和感が社会の分断を生むのです。 ■所得制限があることで生まれる不公平 所得制限を設けるということは、国が「あなたは支援を受けるべき人」「あなたは受ける必要のない人」と 一方的に線引きをする ということです。 しかし、税の負担はすべての国民に求められています。 この不均衡な構造が、 「税金を払っているのに恩恵を受けられない」という不満を生むのです。 また、支援を受ける側の方々も、「施しを受ける」という構図に置かれることで、 「本当に自分は公平に扱われているのか?」 という意識を持たざるを得ません。 これこそが社会を分断させる本質的な原因なのです。 ■みんなが支え合う社会こそが公平な社会 私たちが目指すのは 「みんなが負担し、みんなが支え合う社会」 です。 低所得者の方々も「助けてもらう側」ではなく、「自分たちも税を納め、堂々とサービスを受けられる」という誇りを持てる社会。 また、所得の多い方々も「自分たちは多くの税を納めているからこそ、当然の権利として支援を受けられる」と考えられる仕組みが必要です。 つまり、所得制限を設けることで公平性が生まれるのではなく、むしろ社会の対立を生み、不公平を助長する結果になる のです。 ■教育はすべての子どもに平等に提供されるべき 教育の機会はすべての子どもたちに平等に提供されるべきもの です。 教育の無償化が 「一部の人だけのもの」ではなく、「社会全体で守るべきもの」 になれば、それが日本全体の未来を支える力になります。 これは単なる政策の話ではありません。 これは 「社会をどう作るのか」という哲学の問題です。 だからこそ、所得制限の是非を表面的に議論するのではなく、その背景を深く掘り下げ、社会全体のあり方をしっかりと考えるべきです。 日本維新の会は 「すべての子どもに等しく教育の機会を」 という信念のもと、所得制限のない教育無償化を推進していきます。 #日本維新の会 #教育無償化

日本維新の会

69,012 次观看 • 1 年前

スタンドバイミー、これ英語のままでも胸に刺さるのに、字幕がそっと手を添える。「そばにいて欲しい」たったそれだけの一行が、胸の奥の、普段は鍵をかけてある引き出しを開けてしまうのよね。思い出は、たいてい音で戻ってくる。匂いでも戻るが、音はずるい。音は、時間を飛び越える。あの頃の自分の呼吸の速さ、汗の薄い塩味、夕方の影の伸び方まで一緒に連れてくる。映画の少年たちが歩いているだけなのに、こちらの心のほうが追いかけて走り出す。 この現象に理由は要らない。理由なんて、涙のあとから遅れてくる。TikTokのコメント欄には、同じ場所を押さえられた人たちの声が並ぶ。 子どもの頃の友達は宝石。 けれどいつか別れが来る。 もう二度とあの頃のような友人には出会えない。 涙が出る、なんでだ。 人が泣くのは、悲しいからだけじゃない。それは、もうあの頃に戻れないからだ。戻れない場所を、心が知ってしまったときに、涙は勝手に溢れてくる。 子どもの友情は、キャバクラやホスト、マッチングアプリのように金勘定ではない。結婚のような契約書もない。損得も、値札も、身長や年収とか、条件もついていない。 隣にいる理由は、ただ隣にいたいからだけで、世界はそれで成立していた。くだらないことで喧嘩し、翌日には何事もなかったように笑い、帰り道の石ころを蹴りながら、未来のことなど考えもしない。あの無駄の中に、人生の芯があった。それが友達じゃない? 大人になると、無駄を削る。 効率を磨く。正しさを整列させる。 その結果、生活は滑らかになっていくのに、心だけがざらついていく、、、 友だちに会うことは予定表の隙間に押し込まれ、会えないことに慣れる練習をしてしまう。 忙しさは、言い訳としては完璧だよ。 誰も責められない。 だからこそ、気づかないうちに一番大事なものが痩せていく、、、 そういう中、ニュースが重たい石を落とす。スタンド・バイ・ミーで知られる監督が、妻とともに自宅で亡くなっていたという。刺し傷があり、捜査は殺人事件として進められているという。 映画が映したのは少年たちの一度きりの夏で、現実は、救いのない形で幕を閉じるかもしれない。人生の皮肉は、いつも小説より露骨だよね。 こういうとき、人は意味を探す。 意味を付けて、納得して、箱にしまって、自分たちの生活に戻る。でも人生は、教訓のために起きているわけじゃない。 悲しみは、たいてい整理されることを拒む。 ただ重く、ただ冷たく、胸に居座る。 それでも、あの歌が流行る。 流行るという言葉では軽すぎるか。 必要になって、流れてくる。 「Stand by me」は、立派なことを言えという命令じゃない。 英雄になれという話でもない。 逃げないで隣にいろというだけのことだよ。 正論で殴らない。 説教で片づけない。 勝手に解決しない。 ただ、隣にいる。 その静かな不器用さが、人を生かす。 だから、涙が出る。 あの頃、隣にいた人の顔を、もうはっきり思い出せなくなっている自分に気づいて泣く。 同時に、思い出せないのに胸が温かくなることにも泣く。 人は、忘れる。けれど完全には失わない。 友情は、消えるというより、形を変える。握手の温度が、いつのまにか胸の奥の灯りになって、暗いところを照らす。 「もう二度とあの頃の友人には出会えない」 それは半分ほんとうで、半分うそだよ。 同じ形では来ない。 もう、あの夏は戻らない。 でも別の形で来る。 職場でも、近所でも、たまたま同じ夜を越えた人でもいい。 痛みを知った者同士は、黙って隣に座れることがある。 言葉がなくても、湯気の立つカップひとつで、心がほどける瞬間がある。 夜が来て、地面が暗くなり、月明かりだけが頼りだと思える日がある。 そんな日こそ、隣に一つだけ人の気配があることが、救いになる。 世界は大げさな奇跡で回っていない。小さなそばにいるが、何度も何度も積み重なって、ようやく朝になる。 泣いていい。泣いたあとで、誰かの隣に立てるなら、なおいい。それが、この歌の続きじゃないかな?

クレア

154,747 次观看 • 7 个月前

【#鎌倉 10mの大津波想定…その時“観光客”どうする?】 年間約1200万人の観光客が訪れる鎌倉 →“#南海トラフ地震”発生時、鎌倉には10mの大津波が34分後に到達する予想 ▼シミュレーションでは“小町通り”にも津波が 鎌倉市は、南海トラフ地震と同規模の津波被害をもたらす相模トラフ地震を想定し、シミュレーション動画を作成 津波や避難ルートに詳しい 中央大学 有川太郎教授 「(小町通りの)辺りも十分に津波が襲ってくると思う。2〜3mくらいの浸水があってもおかしくはない」 ▼海岸の観光客はどう避難すれば? “由比ガ浜”から最寄りの避難場所は約300mの距離にある消防署。普通に歩けば5分ほどで着くものの、実際に災害時を想定しながら歩いてみると多くの課題が ・逃げ始めに時間がかかる 中央大学 有川太郎教授 「3分ぐらいで“津波警報”は出ると思う。避難開始が5分後と想定するのは妥当な数字」 ・避難場所がわからない 周辺一帯が浸水域で、最寄りの避難場所がどこかを知っている必要が 中央大学 有川太郎教授 「なるべく早く高いところに逃げたいが、逃げるところが数カ所しかないのでそこに人が集中するだろうし、人がたまってしまう状態に」 ・津波は思ったより早く来る 中央大学 有川太郎教授 「小さい津波はもっと早く来る。10分で1mくらいの津波は来てもおかしくない。1mぐらいの津波でもひざの下ぐらいまでは来る。十分に人は流れるような状態」 ・歩くのに時間がかかる 東日本大震災で津波被害を受けた地域では、避難する人のに歩く速さが、1分で37mほどだったという調査結果が →通常の約半分の速さ 中央大学 有川太郎教授 「道に迷うと、実際の目的地に到達するまでの時間が非常にかかってしまう。さらに押し合いへし合いになるのでは」 ・階段の場所が分かりづらい 10mの津波の場合、消防署に到着後さらに屋上へ上がる必要が →実際の災害時には消防隊員は緊急出動に向かい、誰もいなくなる可能性 ・収容人数に限界が 鎌倉消防署 高橋浩一署長 「850人の収容人数を予定。地域の住民の方もここ(屋上)を目指して避難してくる方もいると思う。(大勢の観光客の受け入れは)分散しないとどうしても厳しい」 →市では30カ所の津波避難ビルで1万5000人、公園やお寺など22カ所で25万人を分散して受け入れるとするも、海岸から徒歩圏にはあまりないのが実情 ▼高台の避難場所“長谷寺”へのルートにも危険が 中央大学 有川太郎教授 「海に対して平行なので、海沿いを歩くのはどうなのかなと。しかも川がある。川からあふれてくることも十分あり得るので、最も推奨されないルートを通っているかもしれない」 「観光客が知らない土地で、長谷寺に逃げたらいいと知り、ルート検索で最短ルートが出ました、このルートを行きましたとなるのがあまり良くない」 鎌倉市 総合防災課 末次健治 課長 「鎌倉市では津波の避難の誘導標識や海抜表記なども行っている。津波に関しては日本語と英語で(防災放送を)行う。ハザードマップなども含め、事前の備えをしていただきたい。早めに高台に避難して頂く。また浸水域の外に出て頂くのが一番最初の重要な点」 サタデーステーション

報道ステーション+サタステ

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横田記者 公設秘書の方はスーパーマン?会社経営しながら秘書業務もこなしてる。勤務実態がないか、中抜き企業では? 藤田氏 スーパーマンですw この業界は人材が枯渇していて多くの議員は事務所運営に困ってる。うちは維新の中で3本の指に入る事務所で、彼がまとめてる。 スーパーマンがもっと政治の世界に必要 ーー以下全文文字起こしーー 横田氏 フリーの記者の横田ですけども その公設秘書の方は スーパーマンのような方じゃないかと 思ってですね 会社を経営する一方でですね 公設秘書の業務もこなされていると これ勤務実態がほとんどないか あるいはピンハネのための会社で 単なる中抜き企業だったと ほとんど社長業やらなくても 済むような会社だったんじゃないかと 疑わざるを得ないんですけども どちらなんでしょうか? 藤田氏 スーパーマンです(笑) あのね 一つ言っておきますけど 公設秘書の金額っていうのは 確かにありがたいもので 大体年次と年齢と勤務年数で 決められてるんですね だから600万円ぐらいから 800万円ぐらいとか 年次がいってくると 1千万円ぐらいっていうのはあるんですね ただしこの業界っていうのは 非常に人材も枯渇していて 優秀な人材 そして我々機密情報を扱えますから そういう信頼を受ける人材を どう確保するかというのは 非常に難易度が高いし多くの議員は 事務所運営に困っているわけです 皆さん評判を聞いていただいたら いいと思うんですけれども うちの事務所はそういう意味では 事務所能力でいうと 維新の会の中で三本の指に入るものと 自負しています それを事務所長として まとめているのが彼です そして経営者としても非常に優秀 というのは元々でありまして つまりそういう人材を 引っ張ってこようと思ったら 私は専業でやるという秘書だけでは なかなか確保できない そういうことを補完する関係として 兼業届というのは広く認められて 事業をしっかりやる そしてそういう秘密保持というのも ちゃんと切り分けができるという スーパービジネスマンが私は政治の 世界にもっと入ってくるべきだと そういう考え方です

おもち

926,020 次观看 • 8 个月前

AIは「史上最速で普及したのに、史上最も嫌われているテクノロジー」になりつつある。仕事を奪われるかもしれない不安だけが増幅され、その果実はごく一部のVCと企業にしか分配されていないように見えるからだ。対立を和らげる鍵は、一般のユーザーや労働者にもオーナーシップを開放することだ。 ヴラド・テネフ「AI企業にとっては、これは実は最も重要なポイントだと私は考えています。AIというカテゴリ全体を見ると、ChatGPTやCursorなどの登場によって、歴史上どんなプロダクトよりも速いプロダクト採用が起き、収益の立ち上がりも最速クラスになっています。 一方で、人々にインタビューしてみると、AIへの印象はソーシャルメディアよりも悪く、『最も嫌われているカテゴリ』になっているのです。なぜなら、誰もソーシャルメディアが自分の仕事を奪うとは心配していませんが、AIについては『この人たち、この企業はあらゆるものを自動化している。自分の仕事はそのリストのどこにあるのか。自動化は簡単なのか、それとも難しいのか』といった根底の恐怖があるからです。人々はそのことに怯えているのです。 そして、もし所有のあり方をもう少し平等なものにする方法を見つけられなければ、私たちは非常にまずい状況に行き着く可能性があると思います。AIはVCのごく一部だけが所有すべきものではありません。実際には、それを分配するための手段をきちんと用意すべきです。 なぜなら、公開市場における個人投資家向け銘柄を見てきたように、何かと戦わずに済ませる最善の方法は、『それのオーナーになってもらうこと』だからです。人はオーナーであれば、その対象を守ろうとするからです」

Tsubame

14,007 次观看 • 7 个月前

FF5のガラフ対エクスデスを見ると、正直、今見ると胸が痛い。なぜなら、あの場面には、今の私たちが失いかけているものが、あまりにも綺麗に残っているからだ。映像の豪華さではない。声優の熱演でもない。あの場面の本質は、ゲームシステムと物語が、同じ一点で爆発していることにある。普通、RPGにおいてHPが0になればキャラクターは倒れる。 それはプレイヤーが何十時間もかけて身体に覚え込ませたルールである。 回復しなければ死ぬ。 戦闘不能になれば動けない。 その当たり前を、ガラフは破る。 HPが尽きても立つ。 攻撃されても倒れない。 メテオを撃たれても、フレアに焼かれても、氷に貫かれても、自分が信じていたゲームのルールが、ガラフの意志によって押し返されるのを見ている。 だから感動する。 ここを、今の私たちはよく間違える。感動的な場面を作ろうとすると、つい演出を盛る。声を震わせる。カメラを寄せる。音楽を大きくする。もちろん、それは現代の技術として正しい。プレイヤーに伝えるための手段として必要なこともある。 ガラフの最期は、その逆である。物語が戦闘の中にある。戦闘が物語の証明になっている。HP0というシステム上の死が、キャラクターの意志によって意味を変える。だから、あの小さなドット絵の老人は、現代の美麗なムービーよりも美しい。 ドット絵の制約。 容量の制約。 短い台詞。 プレイヤーの想像力に委ねる余白。 それらが奇跡的に噛み合っていた。 しかし、それだけではない。 あの場面は、ゲームという媒体の本質を理解していた。ゲームは、ただ物語を見せるものではない。プレイヤーがルールを理解し、そのルールの中で行動し、そのルールに慣れたところで、物語がそのルールを揺さぶる。その時、ゲームにしかできない感動が生まれる。 ここを忘れると、映画の劣化版になる。 綺麗な映像。豪華な音楽。重厚な台詞。しかし、プレイヤーはただ見ているだけでは意味がない。 ガラフの場面は、ゲームでしか成立しない。小説なら「死んでもなお立ち上がった」と書ける。だが、HP0なのに倒れない、という感動はゲームにしかない。 プレイヤーがゲームのルールを知っているからこそ成立する。これは、私たちが本来もっと大切にしなければならない財産である。 今のスクエニが、これの再現に必要なのは、現代のゲームにおける「HP0でも立つ」に相当するものを見つけることだ。 たとえば、プレイヤーがずっと信じてきた成長システム。長く使ってきたコマンド、当たり前に開いていたメニュー、守ってきた仲間のAI、セーブやロード、ジョブ、装備、マップ、召喚、パーティ編成。 そういうゲームとしての常識を、物語のある一点で変質させ、キャラクターの覚悟によって、システムの意味が変わる。プレイヤーの操作が、ただの操作ではなく、物語の選択になる。 そこまで設計できれば、今でも名場面は生まれる。 しかし、それは会議で説明しにくい。 「ここでUIの挙動を変えます」 「ここで戦闘不能のルールを一度だけ破ります」 「ここでプレイヤーの常識を裏切ります」 こういう企画は、リスクがある。現代の大規模開発では避けられやすい。けれど、そこを避け続けると、名場面は生まれない。 プレイヤーが信じてきたルールの中で、キャラクターの覚悟を体験させなければならない。 ガラフは「私は命をかけて守る」と長々語ったから感動したのではない。 本当に、命を超えて立ったから感動した。 しかもそれを、戦闘というプレイヤーが最も理解している場所で見せた。 今のスクエニがもう一度こういう場面を作るには、過去作の名場面を綺麗に再現するだけでは駄目だ。 FF5をリメイクして、ガラフのシーンを豪華なムービーにすることはできる。 だが、それだけでは足りない。 本当にやるべきは、現代のプレイヤーが慣れ切ったゲームの文法を、一度だけ感情のために壊すことだ。 システム担当とシナリオ担当が、同じ心臓で設計すること。 バトルと物語を分けないこと。 UIと感情を分けないこと。 演出と操作を分けないこと。 プレイヤーが手を動かした記憶の中に、キャラクターの死や覚悟を刻むこと。 それができた時、初めて「今のスクエニにも名場面は作れる」と言える。 ガラフの最期は、古い名場面ではない。 未来への宿題である。私たちは、あの小さなドット絵の老人に、いまだに問い詰められている。 お前たちは、映像を綺麗にすることばかり考えていないか。物語をムービーに逃がしていないか。ゲームのルールそのものを感動に変える勇気を、まだ持っているか。 エクスデスは叫んだ。 「なぜ死なん」 だが本当に問われているのは、今の私たちの方である。 なぜ、あのような場面をもう一度作れないのか。 答えは、技術が足りないからではない。勇気の置き場所を、少し忘れているからである。

クレア

451,141 次观看 • 1 个月前

本動画1トレード目の損切り4秒(-50万)だけ見ていってほしい。 と、共に損切りの考え方について下の方で解説。 この動画の損切り後に大きく跳ねているので、「下手くそだな」と思った方も多いかもしれない。 でも私的には、かなり納得のトレード。 ルールを守って期待値を死守した上で、自分の入っていた位置が間違っていなかったことの確認(実際に跳ねたデータ)が取れたから。 これだけで十分嬉しい。 【損切り解説】 そして、莫大な数を検証してきたからこそ言える、正しい損切りの考え方がある。 損切りした後に反発して、「持っていればプラスだったのに」と思う。 この感情自体を持っている時点で、勝ち続ける心の持ちようではない。 今回の動画も、持ち続けていればかなりのプラスにはなった。 でも私は、プラスで終わることに重きを置いていない。 重きを置いているのは、期待値通りにトレードを収束させること。 私の手法は、跳ねる前提で入る。 だから跳ねなければ損切り。 想定外が起きたら切る。 機械的に終わらせる。 ただそれだけ。 ここに感情は入れない。 多くの人は、損切りした後に反発した結果ばかりを見る。「持っていればよかった」と。 でも、ほぼ同じくらいの確率で、そのまま大きく下落し続けることもある。 ただ、人はなぜか良い方の結果だけを記憶しやすい。 これでは、トレードは崩れていく。 損切りとは負けではない。期待値を守る行為。 ルール通りに損切りできたなら、その時点でトレードは成功。その後の値動きは、自分のトレードとは全く関係ない。 さらに重要なのは、全く同じルールを基にトレードを続けなければ、自分の本当の癖やデータの偏りを一切見ることができないということ。 逆に、同じトレードルールを継続するだけで、たとえ今が負ける手法だったとしても、本質的な改善策は見つかるもの。 これが一番重要なことだと思っている。

Scal_Lab

43,285 次观看 • 1 个月前

AIが「病気を治す」「富を生む」「生産性を高める」という未来像は、多くの人にとって魅力的だし、人々はそういう利点を信じていないわけではない。だが、それだけでは不安は消えない。彼らが本当に聞きたいのは、その未来の中で自分たちは何者として生きるのか、ということだ。 サム・アルトマン「私の問いはこうです。未来における私の役割は何なのか。私の経済的な未来はどうなるのか。私の主体性はどうなるのか。私の子どもたちや家族は、これからも充実した創造的表現を持ち、世界を前に進めるために奮闘し、成長し、長いあいだ機能してきたやり方で共にそれを続けていけるのだろうか、ということです。 そしてAI業界の人たちが、「まあ、仕事はなくなるでしょう」とか、「仕事の50%が消えるでしょう」とか、「仕事の90%が消えるでしょう」と言い、「AIはあらゆる面であなたより賢くなるでしょう」と言い、「ベーシックインカムは与えますが、あなたには実質的に役割はありません」と言う。これはひどいことです。 しかも、「このAI企業は、すべての仕事を破壊するかもしれませんが、世界で最も価値のある企業になります」と言っているわけです。人々はそれを見て、言葉を失ったような、気まずいような反応になるんです。 だから私は、それはひどいメッセージだと思います。私たちが利点を十分に説明してこなかった、という話ではないと思います。実際、人々は私たちの言うことを信じているのです。「がんを治してください」と言われれば、それは素晴らしいことです。けれども私たちAI業界は、人々があらゆる段階で未来を決める主導権をどう保ち、私たちが大切にしているあらゆる意味で本当に意味のある人生をどう持ち続けられるのかを、説明できてこなかったのだと思います」

Tsubame

14,927 次观看 • 1 个月前

池田晶子は、哲学用語を使わない文章のスタイルで、本質を考える「哲学エッセイ」を多く書いた哲学者である。 日本で哲学者というと、99%が大学やアカデミックな場所で教授をしていたり研究をしていたりする人になるが、池田晶子はどこにも所属せずに生涯を通して哲学エッセイを書き続けた「在野の哲学者」とも言える。 ・一見無駄に見える思考や活動が、真の価値や革新の源泉となる 「世の中には、世の中には役に立たないことをする人が必要なのである。 そのような人こそが、本当は役に立つのである。 「無用の用」、役に立たないことを考える人がいなくなれば、世の中どうなるか、明らかであろう。」 (『41歳からの哲学』) ・他者の評価に依存するのではなく、自分自身の内面に価値を見出すことの重要性 「自尊心を持つ、ということと、プライドがあるということは、間違いやすい。 誰も自分が大事で、プライドがあると思っているけれど、それなら他人に侮辱されても腹は立たないはずだよね。 なぜなら、自分で自分の価値を知っているなら、他人の評価を価値としていることになる。 するとそれは自尊心ではなくて、単なる虚栄心だということだ。」 (『14歳からの哲学』)

syounan.tansuke

191,667 次观看 • 9 个月前