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【熊本地震】"子どもの行動が迷惑になるのでは" 避難所に行けない…自閉症の子をもつ親の葛藤 熊本・宇城市で被災したある家族は子どもが自閉症だという。「そういう目で見られるのもきついし、なかなか避難所に行けない」「避難所で子どもが笑った場合、居るに耐えない」と話した。

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#ひなた君を守りたい 面会時間になり、孫が虐待加害者(親権者実父)のもとに行きたくない旨を訴える音声(毎回この状態だった) 途中、何度も新たに別の遊びを始めようとしたり、ドアを閉めたりと少しでも遅らせようと、行かなくて済むようにしようと、子供なりに抵抗している 語彙力が足らず、理由までは言えていないかもしれない、 でも、孫は「実父のもとに行きたくない」というのが「本心」であることは、間違いなく確実であり、この時点でも理解できるし、伝わってくる。 裁判所は、子供の意思や言葉を全く聞こうとしない 行きたくないという、子供本人の本心が採用されないどころか、被害者本人の証言や加害現場の音声証拠、親権者らの虐待によるPTSD発症との診断書でさえ無視である 結果、被害児が加害者のもとにまた行かねばならない状況を作り出している。 裁判所は、子供の、健全に生きようとする権利までをも奪う つまり、子供自身の被害を見ようとしていないから。 どうでもいいから。 子供だからって、何も言ってこないだろうからって、子供をバカにし過ぎだろう。 被害当事者であるにもかかわらずこの扱い 弱者として守られるどころか人○し 逆の場合の、「行きたい」という子供の本心を裁判所が無視し、 無実の親との断絶を作り出している場合も多い そんなに子供の意思や言葉を無視する必要性はどこにあるのか いや、 裁判所は、楽に早く終わる側を勝たせたいだけ。 子供の本心を探ろうともしない。どうでもいいし、調査する気もない。仕事が増えたら困るのだろう。 子供の本心より大切なものはないはずである 子供の権利を侵害することは、裁判官であろうと許されない

#ひなた君を守りたい 虐待する父親から孫を守るため裁判中の山本純子、今生きている孫を虐待者に渡せない

197,275 次观看 • 10 个月前

【“熊本地震”停電・断水続く】避難所開設難航…200人超が車中泊 | 最大震度7を観測した氷川町では5人が心肺停止 住宅は101棟が全壊し、124棟が半壊の被害 ▼“猛暑日”のなか住民は片付けに追われる 住民 「私もずっと療養中で、エアコンつけっぱなし。こたえます。焦っても仕方ないから、少しずつ片付けていく以外ない。もうどうしようもない。家族3人で片付けできない」 町内のほぼ全域で停電と断水が続き、復旧のめどは立たず… 町役場では自衛隊による給水活動が行われる (Q.座ってるだけで汗がでますね) 「汗がもう…家に入りたいんだけど。クーラーつけたいんだけど。あんなに壊れてるから、家の中にはちょっと入れない。 だから時間がたったら今度は、車にエンジン、クーラーつけて、 一時入って、また出ようかなと思って」 (Q.ずっと車の中にいないのは、ガソリンなども限りあるから) 「はい。なんかガソリンスタンドも1000円までとかって」 →ガソリンスタンドで購入制限が設けられているため、車のクーラーの使用を節約 ▼自衛隊による支援物資の輸送が本格化 →被災地の要請を待たずに行う“プッシュ型” 避難所などで使用するクーラー約300台を輸送機に積み、入間基地から熊本空港に向け出発 ▼町内に11カ所ある避難所の開設は思うように進まず 28日、車中泊で避難する人のため小中学校のグラウンドを開放し、237人が利用 →停電により屋内避難が難しいと判断 10年前の熊本地震を受けて組まれた“相互支援体制”に基づき、佐世保市や北九州市などからも応援の職員が入る 応援に来た 佐世保市の職員 (Q.避難所開設が難しかった) 「氷川町が避難所をなぜ、初日から開けられなかったか。電源がなかった。この暑い時期に空調がない所に避難できるかというところ。あと水がない。そういう状況の中で、電源車を確保して、電源を確保したと聞いている」 ▼町内3カ所の小中学校で屋内の指定避難所が開設 9人で避難 「きのうは車中泊で数台に分かれて過ごした」 (Q.家族は何人) 「祖母と祖母の娘夫婦と私たちの家族が6人。合計9人」 「ガソリンがぎりぎりだったので、ガソリンが尽きてしまって、どうしようかと思っていた。きのうは3台に分かれて寝たが、2台がガソリン無くなったので」 「何とかきょうはガソリンを入れることができたので、移動はできるが満タンではないので、できるだけ節約しようと」 電気だけではなく、断水の解消にも“長期化”の懸念が… 氷川町 藤本一臣 町長 「浄水場が被災しまして、水が作れない状態です。給水車等による配水しか、もう手段がないということで、継続的にたぶん数カ月間続けていかなければならないと」 「食料と水については、継続的にご支援をいただきたい」

報道ステーション+サタステ

121,463 次观看 • 10 天前

1月11日から能登半島を再度訪問。 福祉避難所についてのリポートは → 本日は今回の災害に関わる支援者などから 輪島で聞いた声をお伝えする。 -- Q 能登半島は初めて? A 5月にここで震度6強の大きい地震があった。 その支援に入ってた。 その時のつながりで連絡もらって 何とかして行きますって、きた感じです。 Q 寝泊まりは? A レンタカーの軽自動車で車中泊。 Q こちらでの活動は? A 熊本の地震の時も避難所運営に関わったりしたので、 そういったお手伝いを。 今回これから応援でくる行政の職員さんは当然 避難所の運営の経験ない人たちが多いからシェアしていくことになると思う。 Q こちらで見た避難所の運営はどういうものでしたか。 A 今は急性期なんで混乱してる。 ご飯もないけど、これから避難所生活は長期化する。 元の生活に戻していく目標なので長期で進めることになる。 今いわゆる関連死につながる可能性がすごい高い。 見られました? 体育館とかの避難所。 これだけ寒いしホコリっぽい。 土足厳禁になったのは数日前という避難所もある。 地べたで寝るとものすごい寒いので、底上げしないと。 ダンボールベットだと、床から40cmくらい底上げできて寒さも違うし、 床に直接寝てた時よりも、埃を吸い込まなくて済む。 おじいちゃん、おばあちゃんとか膝の調子の良くない人は、 地面に座った状態から立ち上がるの辛いじゃないですか。 やっぱりベッドぐらいの高さだと楽になるし、 座りやすいからトイレにも行きやすくなる。 その先は間仕切りも含めてやっていくことで その避難所の衛生環境を保つ、ってことなんですけど、 そういったところを一つずつ関わる職員さんたちに、 このフェーズはこうやっていこう、このフェーズでは、 と伝えていく役割をやっていきます。 Q 総務省が440人ほど地方自治体からの応援を 能登半島に派遣しているという話ですけど、 増強されている感じはありますか? A 応援が一番増えたのは今週、 というか昨日、おとといから派遣チームが一気に増えてきた感覚。 Q 彼らの対応能力は? A 対応能力っていうか、ルーキーは多めだったりする訳ですけど、 今のところまだそういうことは分からない状態ですかね。 もちろんルーキーでない方もいます。 人数を多く出せるのは、力のある都道府県とか、政令市。 人数がいるところじゃないと多く出せないでしょうね。 被災経験があって、ノウハウある人が 大人数送り込まれている訳ではないと思います。 Q 大変なことは? A 一番しんどいのは当然ですが、 被災自治体の職員さん達が被災してること。 避難者として避難してる人が避難所運営せざるを得なくなっちゃってる。 イロハも分からない、避難所の運営っていうものも頭の中に全く無い人たちが避難者として避難して行政職員なんだから助けてあげて、という中で、 自分がやらなきゃ、という状態。 ご飯どうやってもらいに行ったらいいんだろうって電話して、とか。 物資倉庫から避難所にシステマチックに届かない混乱してる状態で とりに行かなきゃいけない、っていうような時期がちょっと前まであった。 今は少しずつ自衛隊が回っていくって流れとかできたり、 応援の職員の人たちが来たりでサポートは始まってますけど。 それでもまだ道の状況が悪くて一日一食とか場合によって届かないっていう日もあったり。今日行った避難所では、昨日の朝ご飯が、薄いサラダ味のせんべい数枚だった避難所もある。 大きめの避難所はそれなりにフォローされやすいけど、 そうでないとこはまだ厳しいとこもある。 市からの配食は、大体一食。一日一食。 あとは民間だったり、住民の持ち寄りだったり。 発災後はお正月の料理とか、家にあったものをみんなに持ってきてもらって、 それをちょっと温めて食べるみたいなのを正月の三が日ぐらいまでやっていたと聞きますね。 Q 1月6日に珠州で民間の炊き出しやってる人から聞いたのは、 自衛隊に炊き出ししてくれないのか、と聞いたら食材がないから無理と言われたと。 A できる資材とノウハウがあるのにもったいないですね。 何とかしてください。 Q 避難所の運営を考えたとき。 是正が必要な問題は? 発災初日、2日目とか初期の段階が大混乱はわかりますが、 今でもご飯がちゃんと出てないのはやっぱりキツいなと思います。 避難所は普通に3食、出すのが基本なので。 せめて、おにぎりとかパンとかでも、 もうちょっというとお弁当みたいなところも出して欲しい。 あったかい食事っていうのが最終的にはゴールかなと思いますけど。 これからどんどん段階的に改善していかなきゃいけないのは、食事とトイレ。 お風呂は入れてない人も多いので、お風呂も改善しなきゃいけないし、 もうちょっと寝床をちゃんと確保してきれいにするとか、 プライベートの空間も作っていく、とかですかね。 今、行政として頑張ってるな、と思うのが、二次避難。 ホテル避難はいい取り組みと思う。 あれは国でしかやれないような取り組みだから。 本当に避難所過密だったし、だいぶ間引かれて、 人が減ってきているんですけど、 それは別の地域の身内のところに行ったり、家に戻ったりとか。 もちろん地元を出られた人もいるようですが。 その二次避難的なことは始まってますが、 今の所、1日数十単位でしか動いてないみたいで、 バスがなかなか手配できなかったりもあると聞いてます。 今日行く予定だった人たちがバスが来れなくて行けなくなった、って話があった。 そうなるとなかなか厳しいですよね。 Q 食事、トイレ、お風呂。 この三つが安定し出すのって、 様々な災害現場や避難所を見てきた立場から見て、 どれぐらい掛かりそうですか? A その3つが安定するのって、やっぱりライフラインが戻ってこないと安定しない。 今電気がついてるところはエアコンも使えたりするけど、 水道が使えなければ、トイレは簡易トイレになる。 外に置いてる簡易トイレまで移動が難しい高齢者とかは袋に用を足すこともあるが、 嫌じゃないですか、そんなの。失敗して汚したりして皆に迷惑かけるとか考えると トイレに行きたくなくなる。 今感染症も出てきていてノロとかコロナもあるしインフルも出てる。 あれだけ密集した環境で今生活せざるを得ないので衛生面での対策ってすごい急がれていて、高齢者の方々も咳してる人が結構いる避難所とかもあったりして。 支援する側も緊張感ある。今ピリピリしてます。 入ってる医療チームもそういうのをなくさないといけないって 頑張ってますけど、なかなか。 Q これまでの災害に比べて避難所の数は多いですか? A 多いです。 家屋の倒壊が圧倒的に多くて、 津波被害は別として、 東日本の震災でもこんなに倒壊した家を私は見たことがない。 熊本地震でも結構倒壊してましたけど、この規模じゃない。 半島の先っぽで元々インフラも社会的なリソースの配分されてなかった地域が被災して、支援しようにも、何かモノを手に入れようにも、大変だな、と思います。 Q いま、不安に思ってることは? A 1番は復興のイメージが全くつかない。 支援する側もイメージできない。 どうなっちゃうんだろうな、って。 これからどうするのか、 のイメージを政治の側から伝えられていない。 インフラが戻るにも時間がかかる。 僕らにはインフラ戻すノウハウはないので、 それを担うのは公共工事的なものでしょうけど、 ちょっと想像がつかない。 今、避難してる人たちがいる。 そこから手を離したら、命に関わると思ってるから必死でやる。 だから、やるんだけど。どこまでやるのか、っていうのが、全く見えない。 まずは、二次避難を加速させる、今ある制度をどんどん使って避難してもらって、 ホテルで、暖かいところでお風呂も入れるしトイレも水洗ですし、 通常の生活に近いことができるので。 家から離れちゃうけど、まずは、それをやってもらいたいなと思う。 一方で、地元から離れたくない方々の生活環境もやっぱり早く整えていく、 っていうのは求められますね。 Q 政府が1つだけ何でもやる、すぐやる、と言われたら何を求めますか A 仮設住宅を爆速で作って欲しい。 一時避難ではなく、 被災された方々を全く別の土地にずっと住んでもらうことは、 この街が終わることなので、この街を終わらせないっていう選択肢を取るんだったら、 2次避難と仮設建設を爆速で。 中には諦めて他に街をつくろう、と言う人もいるかも知れないですけど それを望まない人たちもいると思う。 国が大きな方針を早く出す方が良い。 もう一つはやっぱりもっと騒がないとだめだと思う。 全然支援っていうのか、なんだろう、ムーブメントが起こってなくて。 今、能登半島を支援しようみたいな、東日本や熊本の時のような、 一体感、被災地を応援しようみたいなのが盛り上がってるように感じない。 メディアも含めてですけど。 Q なるほど。私は秋田県の豪雨報道と比較してしまってた。 秋田は一瞬で全国放送では扱われなくなったじゃないですか。 それと比べたら、能登半島はまだ扱いがあるな、 と思ってしまってました。 A ちゃんともっと騒いでいいと思います。 自民党の裏金のニュースみたいな話と混じって だんだん能登半島が薄れてる印象があって心配してます。 -- 避難所の運営についても事実上、被災自治体に丸投げ。 心あるボランティアが入ってきて運営を手伝う、 ということが当たり前のようにこの国では繰り返し行われてきた。 毎年起こる様々な災害への経験値はかなりのものだが、 その経験を国として蓄積する努力や それに対する予算措置に本気を出さずにここまで来たのが日本政府である。 これでどうやって首都圏直下や南海トラフに向き合うのだろうか。 さらなる棄民が待っているとしか想像できない。 だからこそ、災害省を立ち上げ、ノウハウを持つNPOなどを雇用し、 全国の自治体をトレーニングしていく必要があるはず。 私たちとしてもこれまで通り、強く政府に求めていく。 他にも避難所の運営などにも関わるNPOの方にお話を伺った。 -- Q 今の状況は? A 10日経ったけど初期みたいな感じ。 電気も通った地区もあるんで、 5日前に来たときより、 ちょっと雰囲気変わってるけど、やっぱり初期の感じ。 Q 輪島に入った時は? A 今回どうしてもこの状況なんで ロジスティクス難しいじゃないですか。 物流系、過去イチ上手くいってない。 僕が来たときは皆、食糧足りてる、って言ってたんです。 みんな大丈夫って言うんです。 聴き方の問題もあったんでしょうね。 実は三食は食べてなかった。 最初はみんな多分、家に帰って食料持ってきてた。 それがそろそろ尽きて来て。 なんか最初に聞いた時よりご飯がない、っていう人、増えたな、と。 状況が悪化してるぞ、と。 避難所回ってみてもびっくりしました 今日の2日前から、下足管理をやり出した、という所もありました。 僕が最初に訪れた避難所だと、 最初の日から4日間は施設内も土足で過ごしていたようです。 自分の布団というかマットの上だけは靴を脱ぐ。 それ以外は、外を歩いたり、 トイレ行ったままの靴でそのまま避難所内を行ったり来たりしますから。 埃っぽいし、他にも様々持ち込むことになったんでしょう。 津波警報が出て、みんなとりあえずそれで走ってきて、 着の身着のまま的な人たちが帰れなくなった。 だから通常より人も多くなって過密状態に。 体調を崩す原因の1つに、体育館があまりにも寒い上に、 布団やマットを直接床にひいて寝るから、さらに冷える。 地面の埃の問題も含めてダンボールベッドを、 となるけど使えない。 それをおくと、 今の収容数が収まらなくなるからって事情があったり。 避難所利用者が減らないと置けない、と。 数が大きく減らないのは、出る人もいるけど、 なんとか自宅で耐えてたけど、とか車中泊が無理になって 入ってくる人もいるみたいで。 本当なら、 避難所の人数が半分になってちゃんとケアできる状態、って感じかな。 今、感染症がすごい流行っちゃってるので。 避難所の中で防ぎようがない。 ゾーニングできないです。 支援に入ってる医療従事者から隔離の方針は諦めた、って聞きました。 輪島市長が2次避難にかなり力を入れているようですから。 とにかく急がないと、という気持ち。 Q 2次避難が進みにくい理由はありますか? A ハッキリとは分からないけど、気質もあるかも知れません。 離れたくない、という気持ちや、今ここを離れる自分は 裏切り者になるのでは、とか色々あるよう気がします。 意外とハードル高いですね。 Q 門前町の自主避難所にいった時、 40代前半の男性が聞いてください、と声を掛けてきた。 自分の入ってるグループラインで同じ趣旨の相談が複数あるらしく、 2次避難に行こうとする者に裏切り者のレッテルを張って 何とか残らせようという動きがある、と。 こういった引き止めなどのやり取りに、 被災した住民や地元自治体職員のエネルギーが奪われることを避けるためにも、 説得要員を国が送り込むなど一歩踏み込むように政府に強く求めますね。 A 国がどこまで理解してるか。 例えば、 申し訳ないけど県レベルのお金じゃどうこう絶対できないですから。 国がやっぱり本気で予算出すっていうかね、 最後までやりますって言ってくれないと。 自治体として再建できるのか、 ぐらいのレベルの災害を受けたとこもあるじゃないですか。 国がどこまで本気なのかが問われてるんですけどね。 -- 今回の災害は被災者はもちろんのこと、 支援者の疲弊がこれまでの比較にならないとよく聞く。 さらに別のNPOの方から疲弊の原因についてお話を伺った。 -- Q 支援者の疲弊が凄まじいと聞きます。 原因は何でしょうか? A あくまで私の感覚だけど、 被害大きすぎて見えないって部分。 ゴールというか、どこに落ち着けば、どこを目指して行けば終わるのか、 っていうのが想像がつかない。 どこまで走ればいいんだって。どこまで伴走したらいいんだろうって。 たぶん結構、みんな思ってると思う。 Q しかも行政側と違って、交代要員がいないですもんね、皆さんは。 ひと息つくこともできない。 A 被災した住民の方がもっと大変だから。 何だろう。 もともと人口とか経済とかも右肩上がりではなかった町が 大きな揺れに襲われた。 インフラも破壊されてイチからになるでしょ。 あの美しい街並み、旧市街っていうんですか、 壊滅的になった街を、元に戻すと言っても雰囲気変わるだろうし、 どうやって戻すんだろうっていうのは、僕らも想像つかない。 もし、元に戻しても、また大きな揺れに襲われる可能性もある。 10年以上前にも大きな地震があったし、去年の5月にもあった。 その時々に支援したりで繋がった能登半島の仲間が今回の震災で亡くなったり。 すごくキツいです。 前回、被災して全財産注ぎ込んで家を修復した人は、 もう一度家を建ててこの街でやり直すだろうか。 そういう人は、どれくらいいるだろうか。 そういった人々のために国が支援するなら、 これまでとは比べ物にならないくらいの お金をかける必要があるんだけど、 その覚悟は政治にはあるのか。 政治は大きな方針も示さない。 能登半島の復興をどうするのか、 イメージが彼らの中にはないのかも知れない。 NPOの仲間たちはそれぞれ、喪失感や色んな感情の中で、 先が全く見えないまま活動してるんだけど、 どこまで走るのか、どこで落ち着くのか全くゴールが見えないままやっていくと、 やっぱり気持ちは落ち込んでいきます。 俺らは基本、元に戻すぞ、って復興で人が集まって、 被災された人が笑顔になるってことがモチベーションで動いてるから。 ありがとう、って言われたら、やってて良かったって自分も救われるし。 でも、 やっぱり国がちゃんとした大方針を示さずに、 ここまで来てるのはマズイ。 発災から何日も経ってるのに。 能登半島をどうするのか、って話を政治が示しもせず、 現場に励ましにも住民に安心する言葉も伝えに来ない。 この間、住民の方が、 街を見るたびにもう復興じゃないんじゃないかって思う、と。 何言ってるの、って励ます言葉の先が見つからない。 どうなるかは自分も知らないから。 ブルーシートを屋根に張る、作業ってあるじゃないですか。 一部損壊ってお家の人の屋根に貼るんですけど。 カワラ屋さんが来るまでの繋ぎとして。 もちろん今回も住民の方が望めば張るんですけど、 先が見えないと、張っていいのか、って考えちゃうって仲間がいうんです。 今から雪降って、という状況が続くと、 多分カビだらけになるんですよ家の中。 住める状況じゃなくなる。 判定では一部損壊、ってなっても、 その住民さんにとっては、 全壊だったら良かったのに、ってなってしまう可能性もある。 住民間で分断にもつながりかねない話。 だから本気で能登半島を復興させるなら、 このエリアは全体を全壊の扱いにする、 とか何か新しいやり方をやって欲しいなと思う。 ブルーシートの話にしても支援者の考えは1つじゃないから。 みんなそれぞれ寄り添い方が違う。 あとのことは考えずに住民さんが望んでるなら喜んで張るよ、って人もいる。 みんな本当は向かってる先は一緒なはずだけど、 どこを目指していくのかが明確に示してくれないと、 支援者の間でもバチバチ始まっちゃうし、分断されちゃいかねない。 仲間同士で目の前の命を助けるってこと以外、 方向性は決めないでスタートしてるんだよね。 ビジョンが欲しい。 しっかりちゃんと金出しますじゃないけど、 最後までちゃんと暮らしを支えますじゃないけど。 それは多分首長じゃできないと思うんですよ。 お金の問題は県もできないと思うんです、そこは。 仮設2年で終わりですって、言われてもやっぱ無理があって。 復興住宅みたいな形でみんながこうちゃんと 集まって生活できるような場所が欲しいですよね ちっちゃな家庭菜園のなんかがあるとか。 たぶん過去にも似たような取り組みもあったと思う。 先をイメージできるような、 希望を見せないと暗闇の中でエネルギー生まれないよ。 希望があればまだ前向いていけるけど。 -- 近々、初めて現場に入られる 総理 岸田文雄 および県知事 はせ浩(馳浩)前石川県知事 には届いていない声もあると考える。 ぜひ目を通してヴィジョンを示していただきたい。 発災後2度、4日間ほどしか現場には入れていないが、 様々な声を聞き、見てきた立場として 私たちのヴィジョンを示せるよう準備を行いたい。

山本太郎

1,808,527 次观看 • 2 年前

【震災遺構】津波が襲ったビルを残している“思い”とは | 小木逸平アナウンサー 「東日本大震災からまもなく15年。街の姿はまるっきり変わり、人と人との結びつきも、そのあり方の模索が続いている」 ▼かさ上げ地の下に建つ震災遺構『米沢商会』 「米沢商会はパッケージやお菓子の材料を販売し、長年、地域で親しまれてきたお店」 「このビルを震災遺構として、個人で残し続けている米沢祐一さんに話を伺う」 「米沢さんは父・母・弟を津波で亡くすも、ご自身はこのビルにいて、奇跡的に津波から逃れた」 (Q.地震のあと、避難できなかったということか?) 米沢商会 米沢祐一さん 「いえ、両親と弟はすでに避難所に避難していた。私だけが避難せずにこのビルに残っていた」 「なぜかと言うと、ここから30秒ほどで避難所まで行けたため、ビル3階の様子を見てから避難してもまったく遅くないだろうという考えだった」 (Q.それが“危ない”と変わったのはいつ?) 「たまたまビルの窓を見ると、窓の外が真っ黒になっていて、津波がもう目の前まで迫っていた」 「これはまずいと思い、もっと高い所に行かなければということで、屋上へ向かう階段を駆け上がった」 (Q.屋上まで上がった時の状況は) 「見渡すかぎり、全部真っ黒だった。人の家の屋根など一つも見えない状況」 「屋上にはしごがあり、そのはしごを駆け上がっている途中に、屋上を津波が超えてきた」 「津波がどんどん水位を上げてきたので、最終的には煙突まで駆け上がり、ぎりぎり津波に耐えた」 (Q.煙突の上にいた時の光景は) 「全部真っ黒、360度津波で、嵐のところに一人しゃがんでいるような状態だった」 (Q.両親や弟が避難していた避難所は見えていたか) 「後ろをぱっと振り返ると、本当だったら避難所が見えるはずだが、津波の底に沈んで市民会館は見えなかった」 (Q.つらい思いをしたこのビルをなぜ残そうと思ったか) 「ここが自分の命を助けてくれた命の恩人であるということ、そして家族との思い出もある」 「現物を残しておけば、津波を知らない世代の方たちにも、これを一目見ただけで津波の怖さや津波の到達地点を分かってくれるのではないかと、防災に役立つと思い、残そうと思った」 (Q.改めて防災の意識として伝えたいこと) 「地震に限らず、災害に遭遇した際はどうしても“自分だけは大丈夫だ”とか、こんなもんだろうと軽く考えがちだが、決してそうではなく、1秒でも早く避難の行動を取る、それが一番大切なことだと思う」 小木逸平アナウンサー 「建物はもの言わぬ語り部であるが、何よりも雄弁に津波の怖さを発信し続けている」 「15年が経ち、当時を伝えるものがどんどん少なくなるなか、より重要性を増していると感じた」

報道ステーション+サタステ

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【一次避難所の問題】能登半島地震 2/2 発災から7か月が経過し、 「復興」が進んでいるかのような報道や 首長の会見があるが、現実はそうではない。 日本で起きた過去災害においても、 7か月間にわたり被災地の広範囲にわたって自宅水道の復旧ができていない、 避難所生活が解消できない、といった状況はまれである。 今回の訪問でも、復興という大きな未来を語ることで、 目の前の復旧の遅れから目を逸らせるような現実にいくつも遭遇した。 まずは、一次避難所の利用者の方々にお話を伺った。 寝床として使用されている段ボールベッド。 寝心地が良い、といった報道はこれまでにもされてきたが、 製品としても半年以上もの避難生活を送る前提では考えられていないだろう。 実際、訪れた避難所では、 半年以上、段ボールベッドで生活をおくり、 エコノミー症候群になった被災者もいらっしゃった。 私も横にならせていただいた。 ただただ、硬い。 今までの人生で、家具売り場などで展示されるベッドには、 すぐお試しで横になってきたこと数十回以上の私であるが、 そのどれよりもはるかに硬い、と感じた。 これでは疲れを取ることは難しく、溜まっていくことになるだろう。 物資提供などで、マットレスが届いた避難所もあるようだが、 バラツキがあり、そのような提供品があるならとリクエストをしたが、 すでに遅く、全員分は貰えなかったという。 避難所生活が7か月以上にまで及んでいる状況と、 仮設住宅完成の遅れを鑑みれば、至急寝床をはじめ、 環境改善を進めなければならない。 経済を回す、という言葉で何かと被災者支援をしぼろうとするのでなく、 日本の優秀な寝具メーカーから深い眠りにつける寝具を、 国が避難生活者のために買い上げて経済を回されてはいかがか。 甘えているのは被災者ではなく、 このような状況を放置している行政や 国が責務を果たさず甘えているのである。 避難所では、 この猛暑で、クーラーによる問題も起こっている。 冷房をつければ室内がまんべんなく同じ温度になるわけではない。 窓際、中央、陽がささない室内の奥で考えれば、 温度差が生まれるのは当然。 クーラーの位置と寝床の位置によって、 暑い、寒いの差は出てくる。 ここ最近、他の避難所で、 クーラーによって体調を崩す高齢者が出た、という。 それにより冷房の使用をセーブ。 それによって子どもが熱中症になったケースがあったという。 高齢者が我慢しろ、子どもが我慢しろ、という話ではない。 様々な世帯が寄り合って一つ屋根の下、 すでに7か月以上、生活を送り続け、 年内にそれを解消できる確約もないこと自体が異常なのだ。 被災者がこれまで我慢を重ね続けた上に、 さらなる我慢を押し付けるのではなく、 今ある条件の中で、 最大限の解消方法を見つけることが求められる。 例えば。 仮設住宅は完成しているが、 入居希望者がおらず部屋が空いている、という物件を利用できないか。 珠洲市において、 完成した仮設住宅のうち38戸の入居が決まっていない。 空き部屋の半分近く、17戸がワンルーム(20㎡)という単身世帯を想定した物件。(R6年7月30日時点) そうであるなら、事情や問題を抱える世帯を優先的に、 1つの家族が2戸の仮設住宅に分散しても良い、 冬頃に完成する広めの仮設住宅に 後から移って、1つの仮設で家族が暮らせば良い、とは考えられないか。 しかし、そのような運用は現在、不可能である。 基本、一度申請すれば二度目の申請はできない仕組みになっている。 この1世帯1申請という運用を改めるべきだ。 今こそ、被災者を避難所に閉じ込めない柔軟運用を始める時だ。 これが改められれば、 自宅から少し離れた地域の仮設なら空いているが、 自宅近くの仮設ができるまであと数ヶ月、避難所で暮らすしかない、 という問題も一部解消されるのではないか。 それぞれの避難者の事情を鑑みて1度ではなく、 2度であっても申請を認める運用に改めるべきである。 7か月以上もプライバシーなど保てない生活から、 多くの人々を救済する必要がある。 【一次避難所の洗濯問題】 発災から7か月が過ぎ、 自宅の蛇口をひねっても水が出ない状況のなか、この酷暑である。 その影響に苦しんでいるのは在宅避難者だけではなく、 避難所利用者も大変な思いをしている。 その1つが洗濯問題だ。 以前は避難所によってはランドリーカーなど配置されることもあったが、 今は撤収され、洗濯機などの設置はされず、 「経済を回す」という理由のもと、自分でなんとかしろという状況。 話を伺った避難所利用者の方は、 早朝にコインランドリーまで車で移動し、週2回、 たまった家族の衣類を洗濯しているという。 ここにかかるコストは1回あたり、1300円。 ひと月の洗濯代が1万円をこえることになる。 災害に遭っていない一般家庭の洗濯のコストはいくら位だろうか。 ネットで検索すると、 (2024.5.27時点)で見ると、 <ヒーター式乾燥の縦型洗濯機> ・洗濯及び乾燥1回の電気代 約71円 ・水道代 約40円 =計111円 <ヒーター式乾燥のドラム式洗濯機> ・洗濯及び乾燥1回の電気代約54円 ・水道代約22円 =計76円 災害によって多くを失った人々が、 生活する上で欠かせない洗濯をするためには、 被災していない人々の何倍ものお金を支払わなければならない状態。 「経済を回す」、という理屈によってこのような不条理を認めるわけにはいかない。 経済を回すというなら、多くを失った人々のなけなしのお金をしぼり取るのではなく、 自宅の上下水が使用できるまでは、経済的な補助を出すべきだし、 その気がないならば、せめて、各避難所にランドリーカー設置や 各避難所に洗濯機の設置をマストにする必要がある。 まずは政府への要望書で、その先も強く求めてゆく。

山本太郎

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おせっかいかもしれないけど、昔ある男に伝えたことがある。 それ、本当にもったいないからやめた方がいいよって。 その人はマッチングアプリで出会った女性には とりあえず初回は全員奢ると決めていた。 もちろん、それが自分のポリシーならいい。 でも話を聞いていると 「男は奢るものだから。」 ただそれだけだった。 正直、それって一番もったいない。 だって もう次はないな。 価値観が合わないな。 そう思った相手にも、なんとなくお金を使い続けるってことだから。 恋愛ってお金を使うことが大事なんじゃない。 誰に何のために使うか。 そこが大事。 その何千円かを、本当に「また会いたい」と思えた女性とのデートで使えたら。 少し背伸びしたお店に行けたかもしれない。 プレゼントを贈れたかもしれない。 思い出を一つ増やせたかもしれない。 そう考えたら使い方って変わる。 恋愛でも仕事でもそうだけど、軸がある人は お金の使い方にも軸がある。 世間体で動かない。 「男だから。」 「普通はこうだから。」 ではなくて、自分が納得できる選択をする。 実は、こういう小さな判断の積み重ねが恋愛にも表れる。 だから奢る・奢らないの話じゃなくて 自分の軸で行動できる男が、結局一番魅力的なんだと思う。 そしてそういう価値観に合う女と付き合えばいい。 それと、そもそも、財布を出そうともしない女にろくな人はいない。

ゆめ姉@東大式マッチング攻略

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『ちいかわ』のセイレーンをイメージした、非公式のファンメイド楽曲を制作しました。 イラストはファンアートとして描き、公式の歌詞や楽曲は使用していません。歌詞・楽曲の方向性・世界観については、物語やキャラクターから着想を得て、一からオリジナルで制作しています。 ⚠︎本作品は、公式および関係者の皆さまとは関係のない、個人による非公式のファン作品です。ではどうぞ⤵︎ 『たりないもの』 ゆらり ゆらり 波の下 今日もいい匂いがする 一つ 二つ 数えたら あの子だけが 帰らない 美味しいもの 甘いもの たくさん並ぶ 島の上 楽しい声に 誘われて 小さな子たちが やってくる みんな笑って いるけれど 誰かが何かを 隠してる きれいな海の その下で 悲しい声が 聞こえるの 何度名前を 呼んでみても あの子の声は 返らない 一人分だけ 空いた場所 今でもずっと 残ってる 必ず見つける 逃がさない 波の向こうへ 行ったって 優しい嘘で 隠しても 海はすべてを 覚えてる 誰があの子を 連れていった 誰があの子を 食べたのか 本当のことを 話すまで 私の歌は 終わらない 声を重ねて 歌っても 一人分だけ 響かない 足りない 足りない 足りないの あの子の声が 足りないの どれだけきれいに 歌っても 最後の声が 埋まらない あの子がここへ 戻るまで この歌は 完成しない 暗い夜も 嵐の日も あの子の匂いを 探してる 岩の陰も 森の奥も 島の隅まで 見ているよ 小さな足で 逃げた跡 震える声も 聞こえてる 何もしてないと 言うのなら どうしてそんなに 怖がるの 怖がらなくて いいのにな 本当のことを 言うだけよ だけどまた一つ 嘘をつけば 帰る道は なくなるよ 必ず見つける どこにいても 島の果てまで 追いかける 耳をふさいで 隠れても 私の声は 消えないよ 深い深い 海の底 光の届かぬ 部屋がある あの子を奪った その罪を 忘れぬための 場所がある かわいいもの 優しいもの みんな守って いたかった 一つくらい なくしても 仕方ないなんて 言えないよ 一つ 二つ 三つ 何度数えても 合わないの 足りない 足りない あの子の声が 足りないの ねえ あの子はどこ 誰が食べたの 本当のことを 教えて 私が怒る前に お腹が空いて いたのかな 生きるためだった というのかな どんな理由を 並べても あの子はもう 帰らない 誰かを憎めば 戻るのか 誰かを許せば 消えるのか 答えはどこにも ないけれど この悲しみは 終わらない 声を重ねて 叫んでも 一人分だけ 響かない 足りない 足りない 足りないの あの子の声が 足りないの 最後の一声 埋まらない どれだけ歌っても 届かない あの子がここへ 戻らないなら この歌は 完成しない 必ず見つける 逃がさない 世界のどこへ 行ったって 優しい声で 笑っても その嘘までは 隠せない 深い深い 海の底 永遠の部屋を 用意した あなたが奪った あの子の分まで 一人でずっと 生きていて 犯人を 見つけ出したら 暗い海の底に 閉じ込める 光も声も 届かぬ場所で 永遠の時を 生きてもらう 逃げることさえ 許さない 眠ることさえ 許さない あの子の名前を 忘れぬように 私がそばで 歌ってる 足りない 足りない 足りないの あの子の声が 足りないの どれだけきれいに 歌っても この歌は 完成しない 帰っておいで 帰っておいで もう叶わないと 分かってる 空いた場所を 残したまま 私はずっと 待っている ゆらり ゆらり 波の下 今日も一人を 数えてる 一つ 二つ 数えても やっぱり一人 足りないの

のえぴん

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国民民主 玉木氏 子ども食堂は今は子どもだけの食堂ではなく、いろんな人が来れるように工夫されてる。なぜかというとスティグマにより、貧困のための子ども食堂を開いたというと子や親は恥ずかしくて行けないから。いろんな人の中に生活の苦しい子どもたちが混ざることが必要。 以下全文文字起こし これねいまだに謎なんだけど 子ども食堂に行って なんか飯食ったからけしからんと 言って私にも来るし あとさっき茂木さんが行ったのかな それに対しても言ってるんですけど 多分ご批判されてる方は子ども食堂 行ったことない人なんじゃないですかね 今もう子ども食堂は子どものための食堂にはなってなくて むしろいろんな人が来れるように あえて工夫して運営されてます なぜかというと スティグマって 英語で言うんですけども 例えば貧困のための子供のための 食堂を開きましたって言うと そこに行く子は恥ずかしくて 行けないんですよ だって貧困の子供のための食堂ですよってなって そこに行く人は 自分に要はその子供たちに あるいはその親を含めて 貧困の告白を強いることに なるわけですからね だから結果として 大変生活の厳しいご家庭の子供のための食堂であっていいんですけれど それを幅広くですね 地域に開放したり いろんな人が行けるんだ その中に 非常に生活の苦しい子供たちが 混ざることが実は大事であって ご批判されている方は 一回本当にいろんな地域の子供食堂に 行かれたらいいかなと もちろんね 子供たちがきちんと食べられるようにしていくっていうのは 政治の行政の重要な仕事です これは ただ現実の問題として そういった非常に厳しいですね 特に相対的貧困の中にいる家庭や 子どもたちがいることも事実なので そういったものを民間がですね 中心となってやっているというところに対してですね いろんな支援もしてますけれども ただそういうところに行って 大人がご飯食べたから ダメだっていうのはですね 私は批判としては 正しくない批判だと思いますし 私ももしまた機会があったら子ども食堂にはぜひ行きたいと思いますね これもご批判反論どんどん書いてくれたらいいと思いますが 批判する方は一回子ども食堂に 行かれた方がいいと思います その上でまたお感じになったことをいただければと思います スティグマを貧困の告白を子どもたちに強いるような制度運用は 私は間違っていると思いますから これはもう何言われても堂々と私は 子ども食堂の在り方については 主張していきたいなと思いますので

おもち

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