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生成AIで作ってる最中の Z80 エミュレータさん、BASICインタプリタをZ80マシン語で動くようにしてみた。 ちゃんとCPU動いてるの視覚化でゲーミングCPUにしてみたよ!Gaming CPU!! 生で触ってコンピュータが動く原理が理解できる環境になったかなあ実装足りてない部分はあるが

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ゲームのプログラミングは面白い♪ 還暦近くなって、またゲームをプログラミングできるとは、思っていなかった。言語やライブラリが進化していること、メモリやCPUが潤沢なことに加え、「こんな処理を作ってほしい」と生成AI に言えば、ちゃんと動作するソースコードを返してくれる。これがデカい。 「最初に python の言語仕様や、pygame の機能を、勉強する」というステップを踏む必要が無い。「こんなプログラムを作って」と言えば、動くプログラムを一瞬で生成してくれる。コードを見ながら、自然と勉強もできてしまう。 今回作ったシューティングゲームでは、「目標に向かって徐々に向きを変える」とかの回転を含む動きの計算を、自動生成してくれたのが助かった。手作業で作ると、「たまたま重なった時」「たまたま正反対を向いている時」とかにバグが残ったりしがち。そういうデバッグに一切時間を使わずに済んだ。 ゲームを動かしながら効果音(SE)を鳴らすには、マルチスレッドのプログラミングが必要で、変数をLockしたりSignal Eventで待ち合せたり、という処理が必要になる。こういう動作は低確率バグの温床になりがちだが、生成AI(Claude)がお手本のコードを示してくれたので、一発で完全に動作した。 python は、初学者向けの非常に洗練された言語だと感じた。厳密性よりも組み易さを優先している。インデントが文法に組み込まれているので、ソースコードも自然と読みやすくなる。以前作ったJavaAppletのプログラムはゼロから自分で勉強して作ったので非常に苦労したが、レガシー過ぎて現状、動作環境が無い。python + pygame なら、当分は動かせるだろうし、多くの人に動かして貰えるだろう。 今の世代の人たちは、こんなに高度なプログラミング環境が、生まれた時から当たり前のようにあるので、羨ましいなぁとも思うが、レトロゲーム作りで苦労した経験があるからこそ、今の環境を有難く感じられるという意味では、あの苦労は何倍にも報われているとも思う。 何はともあれ、ゲームのプログラミングは、やっぱり面白い! ソースコードはこちら:

𡈽方 雅之@プロセス思考

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「グエー死んだンゴ」ってさ、ネットだと軽いノリの断末魔ギャグみたいに見えるんだけど、現実でそれが最後の言葉になった瞬間、笑いってやつが急に重たくなるのよね。笑っていいのか、泣いていいのか、手が止まる。で、止まったところに気づく。「この言葉、ふざけてるんじゃなくて、ふざけるしかなかったんだ」って。 映像の中のお父さんが言う「なんでうちの子が」 これね、親の口から出る言葉として一番まっとうで、一番残酷。答えが出ないから。病気は抽選会じゃないのに、当たった側だけが人生ごと持っていかれる。 しかも類上皮肉腫みたいな希少がんって、名前すら知られてない、、、だから余計に「うちの子が」になるんじゃないかな? で、この話の刺さるところは、息子さんが亡くなったあとに物語が動き出すところです。 予約投稿って、便利な機能だと思う。 だけどあれが今回は時間差の手紙になった。本人はもういないのに、言葉だけが世界に届く。 まるで、遅れて届いた花束に、棘が混じってるみたいなもんだ。 嬉しい。 ありがたい。 でも痛い。 痛いけど、花なのよね。 しかも、普段SNSを見ないお父さんが、葬儀が終わってから息子の人生の続きをスマホで知るわけだよ。 これ、「生きてる時に言えなかったことが、死んだあとに通知で届く」っていう奇跡でもある。 親子って近いようで、いちばん遠い時がある。 照れくさくて、忙しくて、まあそのうちでいいかって先送りして、気づいたら電池切れ、、、 お父さんが「ありがとうって言えなかった」って話、あれは胸に来る。時計の電池より先に、言葉の電池が切れちゃったんだよね、、、 でもさ、希望もあるんだよ。 この件がすごくバズったって事実には、アルゴリズムが悲しみを燃料にして回してる感じは確かにある。 命の尊さでバズらせるな!って声もあるけど、あの投稿が、希少がんの存在を人に知らせたり、寄付が集まったり、「一人じゃなかった」を可視化したのも事実じゃない? つまりSNSってのは、包丁なんだよ。 料理にもなるし、怪我もする。使う側の手つきが問われる💡 息子さんが、病気に「デカすぎ」ってあだ名をつけて、検査のことまで面白い面白くないで語ってた。 これね、強がりってより礼儀なんだよ。 周りを暗くさせないための礼儀。 自分の恐怖を、自分で笑いに変換して、他人の心の負担を軽くする。 芸人みたいなことを、死にかけの若者が病室でやってた。そりゃ人を引き寄せるって言われるよ。笑いは才能だけど、笑いの裏にある痛みは、本人しか背負えない。 「グエー死んだンゴ」をただのネタにしちゃいけない。 あれは、令和に投下された遺言の形式なんだよ。ふざけた形でしか出せない本音がある。 そして、見てる側も、拡散する側も、たまには一拍おいて、リポストの指が動く前に、線香一本分くらいの間を心に置くのもいいんじゃないかしら? 笑っていい。 でも敬意を忘れない。 最後に、親も子も、言葉をケチるなと言いたい。 照れくさいありがとうってのは、もったいぶるほど高くつく。これ、言ったら減るんじゃない。言わないと、気がつくと残高ゼロになる。 息子さんが最後に残したのは、バズでも名言でもなくて、「人間ってやつは、弱い時ほど誰かを笑わせようとする」っていう、静かな証明だったんじゃないかな?

クレア

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ぶっちゃけ、算数の「くり下がり」って、教える方も教わる方も地獄じゃない? 特に支援級の子たちにとって、あの「10を借りてくる」っていう概念はマジで高い壁なんだよね。 でもさ、今回「くり下がりのあるひき算マスター」を先生に紹介してみたら、予想外に嬉しい反応が返ってきて。 「10円がバラけて1円玉が10個になる演出がいい!」って、子供たちが目をキラキラさせてたらしい。 正直、ひっ算を見ただけで泣きそうになってた子が、夢中で画面を叩いてる姿を想像するだけで……もう、胸が熱くなる。 127回くらい「できない!」って言ってた子が、10分後には「できた!」って笑ってるんだよ。凄くない? 実際、現場の先生からはこんな声が届いてるんだよね。 ・ひっ算を諦めていた子が、これならやりたいって自走し始めた ・正解するたびにガッツポーズして喜んでる ・休憩時間になっても「もっとやる!」って夢中になってた これ、マジで奇跡に近い変化だと思うんだよね。 あ、ちょっと話逸れるけど、やっぱり「見える化」って大事なんだなって痛感した。 嫌いだった算数が「面白い!」に変わる瞬間って、五感でパッと理解できた時なんだよね……。 実は、使ってくれた他の先生やママパパの感想も、もっと聞いてみたいんだよね。 「うちの子、こんな顔してたよ!」っていうエピソード、ここだけの話、マジで大好物だからさ。 もし使ってみた感想があれば、ぜひポストしてほしい。 全部読みに行くし、全力で引用RTさせてもらうからさ。 みんなで、子供たちの「できた!」っていう輝く瞬間をシェアしたい。 待ってるよ。 👉プロフィールにnoteのリンクあります

カフロイ@ICT支援の杜

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実績とはまた違って、これは勝手に作って勝手に送りつけたRainBrainのガワなんだけど ストリーマー用にカスタマイズしたこだわりがあるので見て聞いてほしい。 ・Vのガワが真正面向いてる意味をあまり感じていないので、試しに斜めで作ってみた。ゲーム系ストリーマー(実写)みたいな感じに目線を実写ベースに合わせたほうが「ああ、今コメント確認してるんだな~」ってのがわかりやすいかなって思ったんだけど、結果としてはどうなんだろう。(感想で「どうして正面向いてないの?」って言われてるところも見たのでやっぱり違和感あるのかもなぁとは思う。) 私としては正面よりもむしろ画面から得られる情報が多くない?横顔も作れるし高可動域に見えて楽しかったな、というのが作ってみた感想。正面絵よりも立体を動かす難易度と手間は高くなるかなという感覚もある。 ・ストリーマーは配信環境が大抵2ディスプレイ思われるので、ゲーム画面を見た状態で、サブモニターにカメラをつけてゲーム画面を見た状態でキャリブレーションしてもらう。 コメントはサブモニター側で見ていると思われるので、そちらを確認する時に視線がこちら側に向くようにホームポジションを設定。けっこううまくいった。 ・LOLをよくやっているのでマウスのカーソルとクリックが追従したらおもろいと思ったので連動して動くように。 ・ハイライトや影を1色にしてLive2D側で形を変形させて制御したんだけどこれも立体感が出て面白かった。これを発展させた感じのモデル作りたいなぁというのが次モデル作る時の目標。 絶対こんなん売れないし、自分で作って自分で着る気にもなれないのでいきなり送りつけて使ってくれたRainBrain君に感謝。作ってて楽しかった~

津留崎 優🌸ファ美肉16巻19日発売!

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ADHDの地獄あるある! 語彙力、パンチラインの多い一般人、 ほとんどが資本主義の底辺……! ↓動画内の語り、全文文字起こし なぜかって、求職サイトの適職診断における、『あなたは芸術家タイプです』と一緒で、言語力が変な尖り方をしている人、『すこぶる面倒くさい奴』になりがちだから。 極端な話、とげとげしい言葉/思考によって、社会性が削れちゃって労働者として壊れる。 とりわけ発達障害の民は、不安症も併発している率が高いゆえに、憂鬱なワードの数、闇のボキャブラリーが増えやすくてめちゃくちゃ危ない。 やはりね、『学びってのは諸刃の剣』みたいなもんで、天国も地獄も、幸せも不幸せも、愛も憎しみも、同時並行で強化しちゃうんだよ。 すなわち、言葉数が増えるごとに、『世界の解像度』が高まるから、見たくなかったこと、知りたくなかったことまでもが巨大化して、心にズカズカと突っこんでくる。 まるで寝た子を起こす――悪魔に贈る目覚まし時計、この世の残酷さ、マジで嫌な部分が飛び起きちゃうんだよ。 「ピピピピピピピピピ♪」って、さらなる異常のはじまり、サタンの起床! すると、「本気で努力したのに不幸になった!」とか、「今までの人生は何だったんだよ!」とかで、ドラマ作品ばりに病んじゃって発狂。 その結果、救いを求めて小説を読んだり、自己啓発の界隈に入ったり、占いとかスピリチュアルに傾倒したり、ヴィーガンになったりフェミニストになったりと、ヒトは救いを求めて彷徨うわけですよ。 もちろんこの試行錯誤が、『良い会社に転職する為』『身も心も安定させる為』とかで、健康かつ健全な方向であれば良いんだけれど、ネガティブ方面に振り切っちゃうとヤバい! たとえば、「この世界は腐っている!」とか、「資本主義が庶民を不幸にしている!」とか、「生きる意味ってあるのか?」とか、「反出生主義を考えるべきだ!」とかを、学者でも物書きでもないのに延々と考え始めると、ぎっとぎとに脳が毒されてゆく。 しかもADHDの人間はとくに、『今すぐ得られる報酬』に弱いから、たとえ自分を不幸にする概念――絶望的なニュースであっても、なんとなく納得さえできれば中毒になって、もっと地獄の蓋をあけようとするんだよ。 挙句の果てには、「日本社会は終わっているよね?」「自分はなぜ不幸なのか?」みたいな問いに、どっろどろの語彙力と気持ち悪く光らせた表現力で、喋ったり書いたり妄想したりしちゃうから、ズタボロに自滅してゆく。 説得力のある自虐って、すこぶるドーパミンが分泌するから。 やっぱりね、一般社会で気持ちよく過ごす為には、 『矛盾を楽しんで情熱的に生きる』 ってことが大切なんだよね。 簡単な話、人それぞれ『正義』も『価値観』も方向性が違うから、わやくちゃなカオスを丸飲みして、「みんなで笑えりゃなんでも良いじゃん!」っていう、爽快感のある『雑さ』を持っている奴がいちばん強い。 「もっと熱くなれよ!」の松岡修造とか、「元気があれば何でもできる!」の猪木とか、抽象的でふわっふわとしながらも、『謎にすごい熱量』でバッキバキの状態が最強! つまり、普通の現実世界だと、すんごい面白い思想/言語感覚なんかよりも、頭がおかしいレベルの陽キャとか、「なぜ急に叫んだの?」って猿ガキとか、ジジイなのに生命力がヤバい奴とか、ぐちゃぐちゃっとした勢いの『人間力』が求められるんですよ。 なぜかって、日本最高峰の漫才師が集うM-1グランプリでさえも、お茶の間の視聴者である僕たちが、あまりにもぼーっとしていたり、無性にイライラしていたりすると、目の前のネタに集中できなくて、全然笑えなかったりするじゃん。 とにかく残念なことに、客が能動的になってくれないと、人生最大の魂を込めたボケとツッコミであっても、ただの鳥のフンみたいな、どうでも良いもんになっちゃう。 そう考えりゃ、みんな忙しくて余裕がない現代社会、それも会社組織において訳の分からんリーマンがさ、毒舌エッセイスト気取りで、小難しい言葉を連打してきても、「発想がかっけぇ!」「思想がお洒落だ!」って、心から尊敬するってほぼないんだよ。 つまり、おもっきり笑うとか、涙を流すほど感動するとか、誰かの語りに圧倒されるという体験って、実は前準備がガッツリと必要なんだよね。 そのために、吉本であれサンミュージックであれ、お笑いの舞台なんかでは、若手芸人による前説――爆笑できる空気づくりをすると。 そして恐ろしいのは、語彙が増えて世界の解像度が上がると、「満員電車って憲法違反じゃん! 0.5畳のキッチンって人権侵害じゃん!」とか、「みんなに夢を与えたいですってアイドル、夢は自分で掴んで広げるもんでしょ、若くして富と名声を得たいだけっしょ? おまえが落下した方が相対的に夢が広がるよ」みたいに、世の中の歪みポイントが目に入りやすくなって、チクチク言葉をこしらえてぶん投げたくなるんだよね。 これに近い話として最近、若き頃からweb検索が可能だったZ世代って、自分を正当化する知識を積み重ねまくって、権利意識が拡張されやすいから、「確かに正論なんだけれど扱いにくいなー」ってことで、地雷原のように思われやすくて。 でもって最悪な場合だと、ぎりっぎりまで、「その通り! あなたが正しいね!」ってことで、周りがわざと負けてあげて適当に泳がすもんだから、『正しさだけで補強しためんどくさい若手』になって、最終的にぽつーんっと孤立してゆく。 その一方で、戦略的な『適当さ』『雑さ』を楽しめる奴らは、言語化なんて不要の熱量で支えあって、正論モンスターたちをごぼう抜きしてゆくと。 そんで僕が好きな本、『ものぐさ精神分析』にこう書かれていて。 『人間の言語の語彙がべらぼうに多いのは、言語の豊かさの証しではなく、貧困さ、機能不全の証しである。本当に欲しいものなら一つですむが、それが得られないので代用品をたくさんかき集めるかのように……』 つまり、ゴミ屋敷の住人と一緒で、脳も心も疲れ果てて、寂しい暮らしだと、「備えがなきゃ不安だ!」ってことで、なんでもかんでも拾い集めたくなるってこと。 しかも一度その状況になると、もっと頭がこんがらがってゆくから、その混沌とした不安を抑え込むために、どぶさらいでネコババ、自販機の下に手を伸ばすみたいに、また新たな語彙/表現を探し求めるんだよね。 もはや、我々の頭ん中は、切ない気持ちのゴミ捨て場。 その結果、腐った迷路に閉じ込められたみたいに、自分が何を考えているのか、自分が何を目指しているのか、頭がごちゃついて意味不明になって、さらに悪循環、迷走の日々になってゆく。 ※毎日22時30分あたりまでにYouTube配信をスタートしているゆえ視聴してくれ。単発動画も定期的にupっている!

ADHDマン黒髪ピピピ

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