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Ana Sayfaya Dön

#私だけの70年代ヒーロー選手権 『スーパーロボット レッドバロン』 こちらは現在進行形で毎週日曜夜にさいはてメンバーで同時視聴している作品 何かの写真でバロンを見た時『なんだこのだせーロボは』とか思ってた自分を50m位助走をつけてぶん殴りたい程におもろい!!😂👍 #レッドバロン

41,999 görüntüleme • 2 yıl önce •via X (Twitter)

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Benzer Videolar

blender生活4周年!! なんとなく「面白そう」で2022年から始めたblender生活ですがあっという間でした。メンターもおらず、Youtube、ネット記事やXの投稿をみながらせっせと独学で勉強していきました。 0から始めたblenderでたくさんの作品を作り、ご依頼をうけたり、コンテストの賞をいただいたり。 昨年は書籍出版もさせていただきました。 ただのおっちゃんサラリーマンがこうして続けられているのも、たくさんの方々に見ていただいて応援していただけているからで、モチベーションにもつながっています。 そして少しずつでも上達できたのは、やはり継続できたことが一番の要因かな、と思っています。私と同時期に #blender初心者 タグをつけていたかたは、ほとんど見かけなくなってしまいました。しかし、続けている方々は確実に表現力が高くなって、活躍されておりいまもフォローさせていただいて作品や進捗を拝見させていただいています。 もう一つ上達の要因として大事だと思っているのが、すごい作品やモデルをみて、「自分もあんなの作ってみたい!!」と思う気持ちです。これがあったから、常にチャレンジを続けられたと思っています。 5年目もまだまだ学ぶことがあり果てしなき道ですが、このblender道を楽しんでいきたいと思います!! #Blender

0から始めるblender生活

50,598 görüntüleme • 6 ay önce

AEW女子世界王者テクラが、#ForbiddenDoor でスターライト・キッドを下し、王座を守り抜くと誓います。 「一度だけ憎しみは横に置いて話そうか。私もあんたと同じだった。同じ道場で鍛えられ、同じような厳しい日々を経験してきた。本当に同じだった。 なのに、あんたはどうなった? 日本ではヒーローになった。みんなから愛されて、称賛されている。じゃあ私は? 私の犠牲は何をもたらした? 何もなかった。会社から追い出された。日本からも追い出された。全部、自分ひとりでやるしかなかった。 そして今になって、なぜかあんたは私の後を追ってここまで来た。トニー・カーンは言ったそうね。『あなたはAEW以外で一番好きなレスラーだ』って。でも私は誰かのお気に入りになんて興味ない。私が気にしているのは、このベルトだけ。 私がスターダムのロゴにツバを吐いたことを許せない? 私のリングであんたを叩き潰して、そのマスクを剥ぎ取って、熱々のものをぶち込んでやる。もっと許せなくなるだろうね。 だからスターライト・キッド。あんたは向こう側で偉大なレスラーをやっていればいい。だって、この扉のこちら側を支配しているのは私なんだから」 #AEWDynamite

AEW ジャパン

122,596 görüntüleme • 2 ay önce

ロバーツ監督、通算1000勝!選手に感謝 「名監督を作るのは、偉大な選手たちさ」 ■ 「私は皆さんのようなスター選手ではなかった」スピーチ全文 「素晴らしい試合だった。見ていて本当に楽しかったよ。 みんなにこれだけは伝えておきたい。私は現役時代、メジャーで10年間プレーしたけれど、今ここにいるみんなが打つようなヒットもホームランも打てなかった。誰もが知っての通り、私は君たちの足元にも及ばない選手だったんだ。 でもね、これだけは胸を張って言える。私は本当に良いチームメイトになろうと努力し続けたということ。そして今、こうして君たちを率い、これまで関わってくれたすべての選手たちと共に戦えていること以上に、満たされることは他にない。今日のように、君たちが質の高い素晴らしい野球をする姿を見られること。誓って言うが、私はここにいる一人ひとりに対して、心からそう思っているよ」 ■ 「1000勝は私の数字ではない」紡いできた11年の絆 「だから、1000勝と言っても、大切なのは勝ち星そのものじゃないんだ。私にとって重要なのは、君たちがお互いを信じ合い、そして私やコーチ陣、フロント陣を信じ続けてくれること。当然だが、私がグラウンドに出てみんなの代わりにプレーしたわけでも、マウンドに上がって投げたわけでもない。私はただ君たちをサポートし、コーチやトレーナー、フロントが君たちを支えてきただけだからね。 だからこれはチーム全員で成し遂げた偉業だ。今この部屋にいるメンバーだけでなく、11年前から関わってくれた数多くの選手たちのものでもある。中には名前を忘れてしまうほど昔の選手もいるけれど(笑)、彼らも私のために戦ってくれた一員なんだ。それこそがドジャースという組織なんだよ」 ここで周囲の選手たちから「いいチームメイトだった話をしてただろ!」「素晴らしいチームメイトだよ!」「ただ単に歳をとったってことさ!」と愛のあるツッコミが飛び、笑いに包まれます。 「ああ、確かに歳をとったよ、ミギー。本当に歳をとった。 でもね、初陣の日にガチガチに緊張して、試合展開の早さに圧倒されていたあの頃の私から、今はただどっしりと腰を据え、ハンドルから手を離して、君たちが自分らしく素晴らしい野球をするのを見守っていられるようになった。それこそが私にとって最大の喜びであり、一番の業績なんだ。 これが私の1000勝だと分かってはいるけれど、これを達成してくれたみんなには感謝してもしきれない。アレックス、君のスタッフたちもありがとう。そしてコーチ陣、フロントを代表して来てくれたゴメス、そして11年間私のもとでプレーしてくれたすべての選手たちに。ここにいる一人ひとりにグラスを掲げたい。私を名監督にしてくれて、本当にありがとう。 私がいつもコーチ陣に言っている言葉がある。 『何が良いコーチや監督を作るのか? それは、偉大な選手たちだ』とね。 まさに君たちのことさ。みんな、おめでとう! 乾杯しよう、グラスを上げて! これは何だい? シャンパンか! テキーラのチェイサーかと思ったよ(笑)よし、シャンパンだね。みんな、乾杯!」 Los Angeles Dodgers #ドジャース ⓒSportsNetLA

【MLB速報】放送地区【大谷速報】

201,650 görüntüleme • 1 ay önce

ケニー・オメガはAEWに戻るために、本当に多くのことを乗り越えてきました。 「ちょうど1年ほど前、病院で憩室炎という病気を宣告された。これが何か知らない人もいるかもしれないけど、簡単に言うと俺の腸の2フィート(約1.5m)切除しなきゃいけなかったんだ。医者から『放っておいたら死んでたかもしれない』って言われたよ。それからの1年はジェットコースターみたいな日々だった。 手術が無事に終わった後、当然俺は2つの質問をした。まず、回復にはどれくらいかかるのか、そして、いつリングに戻れるのか。その時、医者は言ったんだ。『普通の生活に戻れるだけでもラッキーだし、リングに戻るなんて考えない方がいい。昔のケニー・オメガに戻るなんて夢のまた夢だよ』って。 プロレスラーでいるってことは無理をするってことだ。結局俺は、さらに4回も入院して、1回ごとに4週間もかかって。自分に問いかけたんだよ、これは本当に価値があることなのかって。俺にはできるのか? 正直なところ、諦めた方が安全だと思った時もあった。でもその時、気づいたんだ。もし諦めたら、俺は一体この世に何の目的があるんだろうって。 そして数日前、俺はその理論を試してみて、東京で自分の目的を見つけた。そして今夜も再確認した。それは、もし俺がこのリングで、みんなの前で、毎週自分のすべてをかけて戦っていないなら、俺は生きている意味がない。プロレスの神として、ケニー・オメガとして、最高の自分を見せていないなら、俺は生きていないんだ」 #AEWDynamite Kenny Omega

AEW ジャパン

173,381 görüntüleme • 1 yıl önce

🇺🇸【FOX NEWS】トランプ大統領・電話インタビュー ドナルド・トランプ大統領: 「いいかい、ホルムズ海峡を支配するのだって、実際に動いて抑え込んでるのは我々アメリカなんだよ。 イランの連中なんて何もできやしないさ。 中身は空っぽ、文字通り『ゼロ』なんだ。 誰も知らない裏話をしてやろうか。 昨日、あいつらは11時間も会議をやってたんだよ。 あいつらは何でも11時間かけるんだ。 いいか、たった1行の文章の決着をつけるのに、1時間も1分もかけちゃダメなんだよ。 本来なら1分でスパッと終わるべき話なんだから。 で、昨日ようやく全部の合意に達した。 そしたら部屋を出た途端、あいつら手の平を返して電話をかけてきてさ、こう言うんだ。『ちょっと2、3、変更したい点が出まして……』ってね。 私は言ってやったよ。 『変更だと? 誰が変えるって? 我々は1ミリも変更なんかしないぞ』ってね。 いつもこれだ、変更ばかり。 あいつらはただの『交渉のプロ』気取りなんだよ。 それだけさ。 私に言わせれば、大して上手くもないがね。 だって私からは何も勝ち取れなかったろ? 1ドルだって渡してないんだから。 だけど振り返ってみなよ。 この47年間、あいつらは歴代の大統領たちをずーっと手玉に取って、言いくるめてきたんだ。 どの大統領も鼻であしらわれて何もできず、そのせいでイランはどんどん強大になっちまった。 こんなことは47年前にケリをつけておくべきだったんだよ。 最初からのさばらせちゃいけなかった。 だけどクリントンも見逃し、ブッシュも見逃した。 みんなが見逃してきたんだ。 なかでもオバマが一番最悪だったね。 オバマはあっち側の味方についたんだから。 オバマときたら、本当に……まあ、その話はまた別の機会にしよう、とにかく酷かった。 彼はイランをのさばらせた。 あろうことか、彼はイランに17億ドルもの現金を渡したんだぞ。 生のドル紙幣、本物のキャッシュだ。 それをバッグにギチギチに詰め込んでさ、ボーイング757機を丸ごと1台チャーターしてテヘランまで空輸したんだよ。 17億ドルだぞ? あんた、100万ドルの現金だって見たことないだろ? それが17億ドルだ。 飛行機いっぱいの現金をテヘランへ飛ばして、タラップの下で待ってた連中にそのまま引き渡したんだよ。 想像できるかい? あんな大金、見たこともなかった連中だぞ。 それが突然、目の前に17億ドルの現金がドカンと現れたんだ。 それどころか、オバマは何千億ドルもの資金をあいつらに横流しした。 完全にイランの肩を持ったんだ。 オバマのせいで、あいつらはとんでもない力をつけちまったんだよ。 バイデン? あいつは当時副大統領だったけど、おそらく何も言えなかったんだろうね。 だって、あまりにも愚かな人間だからな。 だけど、バイデンたちが政権を握る前に、私が彼らを完全に抑え込んだ。 ストップをかけたんだ。 あの『イラン核合意(JCPOA)』をね、私がものすごい力でぶっ潰してやったんだよ。 私が終わらせた。 あの合意は、我が国がこれまでに署名した中でブッチギリで最悪の契約だ。 歴史上のワースト5に確実に入る悪法だよ。 あれのせいで、イランはすべてを手に入れて、資金を開発につぎ込みまくった。 あの一連の合意を私が破棄していなければ、あいつらはあの時点で核兵器を保有するまで『あと数分』ってところまで迫っていたんだ。 もし私が止めなければ、とっくに核を持ってたさ。 それに、もし私がソレイマニを殺害していなければどうなっていたか。 ソレイマニは、ものすごく優秀だったが同時に狂気に満ちた、とんでもない男だった。 この問題における本物のトップクラスの悪党さ。 ただ、自分の仕事にはめっぽう長けていた。 非常に冷徹で、極めて天才的な将軍だったよ。 だからこそ、私が仕留めてやったんだ。 あいつの殺害は、私の最大の功績の一つさ。 言っておくがねアインズリー、もし私が大統領としてあいつらの計画を根こそぎ叩き潰していなければ、イランは今頃100%核兵器を手にしていたよ。 そうなっていたら、今あるような形の中東なんて、影も形も残っていなかったはずさ」 💯🇺🇸

Elise Vanessa

21,070 görüntüleme • 1 ay önce

ウィル・オスプレイが登場。二人きりで話したいとヤングバックスにリングを譲ってもらい、ケニーの世界王者への返り咲きを心から祝福しました。 「正直に言うと、一時は自分自身を諦めてしまったんじゃないかって思ってた。俺や、ここにいるみんながお前を信じていたかどうかなんて関係ない。一番必要だったのは、お前自身がお前を信じることだった。『ケニー・オメガ』であり続けられるって、自分で信じることだったんだ。俺は先週、最前列で見ていた。あの猛暑の中、25分間戦い続けて、一瞬たりとも諦めなかった。そしてMJFのベルトで殴られた瞬間、『終わった』って思った。夢はここで終わるんだって。でも、お前は1カウントで返した。 このやろう、最高じゃねぇか。 皆さん! "ザ・クリーナー"が帰ってきた! "ベスト・バウト・マシン"が帰ってきた! 史上最高のレスラーの一人が帰ってきたんだ! こんなことは言いたくないんだけどさ。ウェンブリーが近づくにつれて、俺たちの戦いはもっと熱くなる。最高のベルトを懸けて戦う、二人のトップレスラーだからな。 でも今だけは、一人の男として言わせてくれ。10年間、お前は俺のヒーローだった。この10年間、東京ドームをはじめ世界中で戦うお前を見てきた。お前は、俺を最高のレスラーになろうと思わせてくれた。だからリングに立つたび、お前には感謝しかない。俺がリングで見せるものは、お前が築いてきた素晴らしいプロレスへの敬意そのものなんだ。AEWと聞いて、真っ先に思い浮かぶのはケニー・オメガだ。俺は、お前みたいなレスラーに少しでも近づきたいと、それだけを夢見てきた。でも、ケニー。今の俺は本気だ。もう2番手で満足するつもりはない」 #AEWDynamite

AEW ジャパン

54,134 görüntüleme • 1 ay önce

シンギュラリティのトリガーである「再帰的自己改善」は、すでに少し前に起きているという。もちろん、まだ全自動ではないが、「進歩のどこまでがAIでどこまでが人間なのか」は曖昧になってきている。著者性が溶けるこの感覚こそ、分単位で進むシンギュラリティの手触りなのだ。 サリム・イスマイル「再帰的自己改善(RSI)がシンギュラリティの本当のトリガーだという話は、以前からしてきました。そしてそれは、すでに少し前に起きているんです。だから今やっているのは、その道筋を加速しているだけです。私たちは今この瞬間にも、産業時代を恒久的に抜けつつあります」 デイブ・ブランディン「ええ、シンギュラリティが分単位で展開していく様子は、私が経験した中で最も興味深いものだと本当に思いますし、アレックスの言うとおりです。いまは、人間がループの中にいて貢献している時期ではあるのですが、進歩のどこまでがAIでどこまでが人間なのかが、本当に曖昧なんです。実際にコーディングしていると、『あれは自分のアイデアだったのか?』となります。 半分は自分のアイデアのようでも、AIが別の案を提案してきて、それを採用していくうちに、結局それが自分のアイデアだったのかどうかも分からなくなります。ただ、いまのモードでは、こうしたコアアルゴリズムの研究の多くが、『500本のテストを走らせて、どのハイパーパラメータが良かったか、どのニューラルトポロジーが良かったかを教えて』という形になっています。相対論を発明したり発見したりするような話ではありません。 いろいろな試行を大量に回して、うまくいったものを選んで再デプロイし、そうするとより賢いAIになって、さらに多くの試行をする——その繰り返しです。私たちはその道筋をかなり進んでいる可能性が高いと思います」

Tsubame

15,386 görüntüleme • 6 ay önce

【お知らせ】 Devil ANTHEM.は2024年12月いっぱい、グループ活動10年をもちまして活動を休止いたします。 活動休止期間は決まっておりません。1ヶ月程度かもしれませんし、もしかしたら長いお休みをいただくことになるかもしれません。 活動休止後の体制につきましても決まっておりません。現メンバー5名でそのまま活動を再開するかもしれませんし、体制が変わるかもしれません。 現状、すべてにおいて何も決まっておりません。 活動休止を選択させていただきました理由としては、 この目まぐるしく変化していくアイドル業界に身をおいていることで、ありがたいことに日々忙しい毎日を送らせていただいております。 それと同時にDevil ANTHEM.というもの、自分たちのことをしっかり見つめる時間というものはなかなかとれるものではありませんでした。 自分自身のこと、将来のこと そして、Devil ANTHEM.というグループの存在意義、居場所 走り続けた10年でもありましたので、この節目のタイミングでしっかり考え見つめ直す機会として、一度「立ち止まる」を選択させていただくことにしました。 ファンの皆様、関係者の皆様にはご心配をおかけすることとなり申し訳ありません。 2024年の1年間はグループ結成10周年の年として全力で駆け抜けたいと思います。 その走っているなかでさまざまなことを考え、活動休止後の答えを見つけられたらと思っております。 2024年12月27日TOKYO DOME CITY HALL ここでのワンマンライブをもって活動休止に入らせていただきます、それと同時にこの日に1年間の答えをファンの皆様にご報告できる機会にできたらと考えております。 2024年、10年目のDevil ANTHEM.をあたたかく見守っていただけますと幸いです。 Devil ANTHEM.メンバー、スタッフ一同

Devil ANTHEM.

859,131 görüntüleme • 2 yıl önce

「リンパ腫の終活。愛猫が大好きだったギターを弾いた途端、脳腫瘍で動けないはずなのに、動いた」 僕は 音楽の奇跡なんて信じない。 綺麗事は好きではない。 奇跡も信じない。 でも、終活を始めて、日課だったはずの 「ギターを聴かせる時間」 を、半年近くやっていないことを思い出した。 ごめんね、こんな当たり前の時間が必要だったよね。 僕はギターは特に上手ではないし、フレーズも何も決めずに、ただ、おもむろにギターを鳴らしただけだった。 それなのに 脳腫瘍で、もう、まともに動くこともままならないポーチーが 動いた。 そして 僕の方を向いて 僕のギターを 聴いてる 「聴いてるわけねーだろ。たまたま偶然だろ」 普段ならそう思う でも、僕にはわかる ぽーちー、ギター、聴いてくれてるんだよね リンパ腫なんてなかった時に、僕の膝に乗ってギターを聴くのが日課だった。(2個目の動画は過去のものです) 今ぽーちーは、きっと、僕の膝に、乗ってるんだよね。乗れてるよ。大丈夫、乗れてるよ。 「大きな音はショック死につながる可能性があるから控えてください」 そう先生に言われていた。 そんな先生の言いつけを破って ギターを弾いた ギターを弾いて よかった だって、これが、僕たちの日常だったんだもんね 僕たちの当たり前は、誰にも奪えないよね これが僕らの終活。 幸せすぎて元々下手なギターがもっと下手くそに。 でも、そんなのどうでもいい。ぽーちーが、聴いてる だからここからは文字通り 「一生」弾き続けるよ。 くそー!急に動くから!動揺してフレーズめちゃくちゃ迷子じゃん!!かっこいい動画にしたかったのに笑!動くなら言えよ!!!笑 僕らの終活に、涙なんて一つもない スーパーウルトラ幸せだ→

響介

643,228 görüntüleme • 1 yıl önce

実績とはまた違って、これは勝手に作って勝手に送りつけたRainBrainのガワなんだけど ストリーマー用にカスタマイズしたこだわりがあるので見て聞いてほしい。 ・Vのガワが真正面向いてる意味をあまり感じていないので、試しに斜めで作ってみた。ゲーム系ストリーマー(実写)みたいな感じに目線を実写ベースに合わせたほうが「ああ、今コメント確認してるんだな~」ってのがわかりやすいかなって思ったんだけど、結果としてはどうなんだろう。(感想で「どうして正面向いてないの?」って言われてるところも見たのでやっぱり違和感あるのかもなぁとは思う。) 私としては正面よりもむしろ画面から得られる情報が多くない?横顔も作れるし高可動域に見えて楽しかったな、というのが作ってみた感想。正面絵よりも立体を動かす難易度と手間は高くなるかなという感覚もある。 ・ストリーマーは配信環境が大抵2ディスプレイ思われるので、ゲーム画面を見た状態で、サブモニターにカメラをつけてゲーム画面を見た状態でキャリブレーションしてもらう。 コメントはサブモニター側で見ていると思われるので、そちらを確認する時に視線がこちら側に向くようにホームポジションを設定。けっこううまくいった。 ・LOLをよくやっているのでマウスのカーソルとクリックが追従したらおもろいと思ったので連動して動くように。 ・ハイライトや影を1色にしてLive2D側で形を変形させて制御したんだけどこれも立体感が出て面白かった。これを発展させた感じのモデル作りたいなぁというのが次モデル作る時の目標。 絶対こんなん売れないし、自分で作って自分で着る気にもなれないのでいきなり送りつけて使ってくれたRainBrain君に感謝。作ってて楽しかった~

津留崎 優🌸ファ美肉18巻発売!

26,637 görüntüleme • 1 yıl önce

映画『神はノイズに宿る』 5月18日のクランクインから約2ヶ月半が過ぎ、7月27日現在、編集は9割6分といったところ。 とはいえいつでも7割くらいに戻りかねない。先日の関係者試写会でもそんな感じになったし。 クランクアップだと言ってみんなで打ち上げした6月14日からもう何回も細かい追撮があって、まだ予定しているものもあったりするけど、現時点で自分でも納得いくものになったと思う。 だいぶ急いだ感はあるけど。 いつものペースなら10月くらいになんとか今の状況といったところ。 でも色々事情があって7月15日までに仕上げたくて6月30日にピクチャーロックして整音&MAを依頼。 ただこの時点で劇伴は一曲たりともできていなかったので、1曲完成するたびに送るというような状態で、とても無理を言ったと思う。 劇伴の締切は7月13日。 そこまでひたすら曲作りに没頭。プリプロしている時間もないのですべて本番としてレコーディングをしたけど、やっぱり没曲も出て相当大変だった。 総尺は95分。 企画が立ち上がった時は30分の短編映画の予定だったのに。 結局とてもじゃないけど予算が足りなくてクラウドファンディングを立ち上げる事にした。 確か映画『ボールド アズ、君。』が刈谷日劇で上映されていて、舞台挨拶の最中にスタートしたんだっけ。 最終的には200パーセントを越えるご支援をいただくことができて、予定になかったシーンまで撮影できた、皆ありがとう。 今回自分としては俳優さんとたくさんディスカッションしながら撮影を進められてたくさんの気づきがあったし、考え方も相当変わった。 予算が少ないこととか段取りにかまけて自分本位に進めてしまってはいかんな。監督って基本制作側の立場だけどそれ以上に俳優側の立場に立てないといいものができないと思う。 俯瞰で見る、というのもあくまで作品の内側での話でなければと思った。今回は特に。だから助監督とかには一歩引いて現場として俯瞰で見ておいて欲しい。他の人はどうしてるかはわからんけど。僕は特にアホなのでね。 まあ色々言いつつこれは俳優さんがよいから思えたことだ幸せだ。 打てば響くならそりゃ打つ。遠慮しながらも打つのだ。 あとヘアメイクの2人もすごかった。 技術力は言わずもがな、仕事も早いし本当に気がきく。現場での押し引きが絶妙で、何度も助けられた。100回は助けられた。 こんなに思い入れのある作品が作れた事に感謝しかない。 ヒットするかどうかはまるでわからんし、今は興味もない。 まずは観てほしい。 でも観てもらえる機会があるかなんてわからない。 配給だって映画館だって、そもそも観たいと思ってくれる人がいるのかさえわからない。 それでも作り上げるのが楽しいし好き。 確証もなく作るってこわいけどとんでもなく自由だ。 なによりそこには覚悟が必要なのがいい。 ちょっとしたやつじゃない覚悟。 だから今回で最後かもだし興味持ってもらえたら嬉しいよ。 観てもらえるのはいつになるかわからんけど。 ところで長々と書いたけど病院の待合室で当分自分の順番がこなそうなのでこんなに長くなっている。 そんでもうすぐ呼ばれそうなので終わります。 映画『神はノイズに宿る』 どうかよろしくね。 岡本崇 #神はノイズに宿る

映画『神はノイズに宿る』

25,839 görüntüleme • 1 ay önce

【頭の中で一度バンドが解散した時の話】 2023年のある日、レーベルのオーナーに「バンドを一旦活休するってのもありじゃない?」と言われた。それはきっとバンドのことを思っての提案だったのだと思う。一つのアイデアとしてそういう考え方もあるよ。という強制ではなく、あくまで提案だったし、僕らのことを長いこと見てるオーナーからの、どちらかと言えばポジティブな提案だったんだと思う。 それはわかっていたけど、その時ぼくには余裕がなかった。 何をやっても結果が出ない。前進してる気がしない。そんな数年のバンド活動はバンドにとっても、レーベルにとっても不健康で、確かに一旦活動を止めて別の道を探すというのは至極真っ当な提案だった。 正直なところ、自分たちの年齢やキャリアを考えてもそのタイミングは来ていたと思う。 それとほぼ同時期に、マネージャーにバンドのマネージャーを辞めると言われた。 とても献身的にバンドを支え続けてくれていた方だった。なんならメンバーの誰よりも、多くの言葉を交わした時期が長くあったからこそ、かなりショックだった。全国ツアーが控えていたからそのツアーが終わった後にマネージャーは卒業するということになった。 毎日のように、どこにいくにも、自転車を漕ぎながら新曲のアイデアや次のライブのイメトレをする僕だったけど、その二人の意見が頭の中を支配して何にも考えられなくなっていた。 メンバーは当時、そんなこと知らなかった。というか僕が知らせなかった。自分の心がゆらゆらしていたので伝えられなかった。 毎日漕いでいた自転車を停めて、夕方の汚いコインパーキングの端っこに座り込んで一旦頭の中を整理してみた。 今までやってきたこと、やりたかったこと、できなかったこと、この先の自分の生活。家族のこと。色んなことが頭の中に湧いて出てきた。もしこのままバンドを解散したらどうなるのかなってことを考え始めた時、涙もいっぱいでてきた。 コインパーキングの柵の上に誰かが放置していったコーヒーの空き缶が並んでいて、地面にはタバコの吸い殻がいっぱい捨てられていた。目の前でカラスがピョンピョン飛び跳ねていた姿も鮮明に覚えている。 辛気臭いことを考えてる人間は辛気臭い場所に吸い寄せられるものだ。 辛気臭い人間が辛気臭い場所にうずくまって、ついさっきまで泣いていたんだ。何やってたんだろう。キモすぎる。 そんな自分に急に冷めた僕は、すぐにオーナーに電話をかけて「活休はしない。そして、もし可能ならこのままの関係でバンドを続けたい。」という内容を伝えた。 オーナーは「わかった」とひとこと、言ってくれた。 もうあんな辛気臭い場所には二度と行きたくない。ていうか行かない。そう決めて、あの日から今日まで馬鹿みたいにふざけて、おどけて、曲を作って、演奏してを繰り返してきた。 まだまだ途中だ。 あれから、メンバーと話す機会も増えたし、協力しあって色んなことにトライしては成功したり失敗したりひている。 応援してくれる人の声も前より多く聞こえてくるようになった。 時々、嫌なことを言ってくる人の声も聞こえてくるけど、あのコインパーキングの景色に比べたら屁でもない。 なぜなら、一度本気で、自分で自分を否定したんだから。他人の否定なんて聞いてられるほど暇じゃない。自分が自分を認められることを選択するので手がいっぱいだ。 それを曲にのせて、歌ってみたり、ギターで弾いてみたり。そして、メンバーがそれぞれの自分を持ち寄ってそれを同時に演奏する。ライブする。 だから、バンドは面白い。 15年も続けられたこと、これからも続くこと、改めて幸せに思っている。 この辛気臭い文章は、もう一段階上の景色でふざけて、おどけるために真面目に書いた。ここまで読んでくれてありがとう。 そして、改めてバンドを応援してくれて、協力してくれる方々に感謝しております。 15年の活動ではまだ飽き足らず、これからも精進していくのでよろしくお願いします。 だからこそ それでもまだ、カッコいいと言われたい。 びっくりさせたい。 愛はズボーン Gt.Vo.金城昌秀

愛はズボーン-official-

121,578 görüntüleme • 11 ay önce

この度は世間の皆様をお騒がせしてしまい大変申し訳ございませんでした。 5人の方と、同じ時期に付き合っており全員に嘘をついていました。 こんびにこさんには結婚すると言って、ほかの人には、こんびにこさんとはもう終わった相手だと話しました。りくさんを友達と言ったのも、何もないと言ったのも嘘です。 私の言葉を信じてくれた5人を傷つけました。本当にごめんなさい。 こんなことをしておいて言っても、言い訳にしか聞こえないと思います。 でも、5人とも好きでした。誰か一人を選んだら、ほかの人を全部失うのが怖くて、相手ごとに都合のいい嘘をつきました。 お金も受け取っています。Kenさんから、新居の初期費用として320万円を受け取りました。320万円を含め、私が直接受け取ったお金の一部を、奨学金の返済などに使いました。新居のためにもらったお金を違うことに使ったのは、私が悪いです。 こんびにこさんには、私が借りたまま返していないお金があります。佐藤さんが払った594万円は、お店を通した利用料金です。でも、私が将来の話をしたことが、会い続けてもらう理由になったと思っています。 ここまでしておいて、信じてもらえないと思います。でも、最初からお金だけを目的に近づいたわけではありません。私は、ロマンス詐欺をしていたとは思っていません。 また、彼氏たちに言っていなかった仕事もありました。仕事をしている私も私で、別の人になるわけじゃないと思っていました。好きな人たちとの生活のために働いているつもりで……でも、それは隠していい理由にはなりませんでした。 それから、突撃された日のりくさんとのことについて話します。あの日のことは、自分から望んだものではありません。断っていたのに強く迫られて、なかばレイプのような形で、怖くて抵抗できませんでした。私は同意したつもりはありません。りくさんとそういう接触があったのは、あの日の一度だけです。 りくさんを好きだったことと、あの日に同意していたかは、私の中では別です。このことと、私が皆に嘘をついたことも別です。 今日、当事者の方たちと個別に連絡を取り、話し合いを始めました。まだ解決していません。返すべきお金と、説明しなければいけないことを確認しています。 彼氏たちから公開された動画は同意なく公開されたものです。私が不義理な行為をしたこと自体は事実ですが、良識を持った行為とは言えず、強く非難します。 公開された私的な映像は、保存も再投稿もしないでください。仕事で公開に同意したことと、私生活を勝手に出すことは別です。 許してほしいとは言いません。話し合いと、返すべきことから逃げません。 最後に、この度は世間の皆様にご心配とご迷惑をおかけしたことについてお詫びいたします。 大変申し訳ございませんでした。 私、神楽るんは今回の件を強く受け止め当分の間活動を休止したいと思います。 本当に申し訳ございませんでした。
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この度は世間の皆様をお騒がせしてしまい大変申し訳ございませんでした。 5人の方と、同じ時期に付き合っており全員に嘘をついていました。 こんびにこさんには結婚すると言って、ほかの人には、こんびにこさんとはもう終わった相手だと話しました。りくさんを友達と言ったのも、何もないと言ったのも嘘です。 私の言葉を信じてくれた5人を傷つけました。本当にごめんなさい。 こんなことをしておいて言っても、言い訳にしか聞こえないと思います。 でも、5人とも好きでした。誰か一人を選んだら、ほかの人を全部失うのが怖くて、相手ごとに都合のいい嘘をつきました。 お金も受け取っています。Kenさんから、新居の初期費用として320万円を受け取りました。320万円を含め、私が直接受け取ったお金の一部を、奨学金の返済などに使いました。新居のためにもらったお金を違うことに使ったのは、私が悪いです。 こんびにこさんには、私が借りたまま返していないお金があります。佐藤さんが払った594万円は、お店を通した利用料金です。でも、私が将来の話をしたことが、会い続けてもらう理由になったと思っています。 ここまでしておいて、信じてもらえないと思います。でも、最初からお金だけを目的に近づいたわけではありません。私は、ロマンス詐欺をしていたとは思っていません。 また、彼氏たちに言っていなかった仕事もありました。仕事をしている私も私で、別の人になるわけじゃないと思っていました。好きな人たちとの生活のために働いているつもりで……でも、それは隠していい理由にはなりませんでした。 それから、突撃された日のりくさんとのことについて話します。あの日のことは、自分から望んだものではありません。断っていたのに強く迫られて、なかばレイプのような形で、怖くて抵抗できませんでした。私は同意したつもりはありません。りくさんとそういう接触があったのは、あの日の一度だけです。 りくさんを好きだったことと、あの日に同意していたかは、私の中では別です。このことと、私が皆に嘘をついたことも別です。 今日、当事者の方たちと個別に連絡を取り、話し合いを始めました。まだ解決していません。返すべきお金と、説明しなければいけないことを確認しています。 彼氏たちから公開された動画は同意なく公開されたものです。私が不義理な行為をしたこと自体は事実ですが、良識を持った行為とは言えず、強く非難します。 公開された私的な映像は、保存も再投稿もしないでください。仕事で公開に同意したことと、私生活を勝手に出すことは別です。 許してほしいとは言いません。話し合いと、返すべきことから逃げません。 最後に、この度は世間の皆様にご心配とご迷惑をおかけしたことについてお詫びいたします。 大変申し訳ございませんでした。 私、神楽るんは今回の件を強く受け止め当分の間活動を休止したいと思います。 本当に申し訳ございませんでした。

神楽るん🐇

2,819,495 görüntüleme • 10 gün önce

ボクは4人兄弟の3番目で、兄ちゃんと、姉ちゃんと、弟がいる。 父ちゃんは、普通のサラリーマンで、毎日電車に揺られて、朝から晩まで働いた。 母ちゃんは自分を後回しにする人で、ときどき美容室には行っていたけど、自分の服を買ったところは見たことがない。ずっと同じ服を着回していた。 近所には「ダイエー」と「イズミヤ」という二つのスーパーがあって、母ちゃんは、毎朝チラシを舐めるように見ては、「今日は、食パンをダイエーで買って、牛乳をイズミヤで買う」という毎日を繰り返していた。10円でも安い牛乳を買い求めて走らせる自転車の後ろには、ボクか、幼い弟が乗っていた。 「誕生日会」があまり好きじゃなかった。 友達の誕生日会では不二家のケーキが振舞われる中、ボクの家の誕生日会は、母ちゃんの手作りのケーキが出された。恥ずかしかったし、友達に申し訳ない気持ちになったことを覚えている。 家の床が抜けるほどの貧乏じゃないけど、裕福ではなかった。サラリーマン家庭で、子供4人を養っているのだから当然だろう。そのことには、子供の頃から気がついていた。 あれは幼稚園から小学校低学年の頃、今でもハッキリと覚えている記憶がある。 年に一度、家族で外食をした。近所のステーキ屋だ。父ちゃんは「好きなものを食べろ」と言ったが、誕生日会があの調子だ。ボクは家計のことを考えてしまう。高いステーキなんて、とても頼めやしない。 だからといって遠慮してしまうと、父ちゃんが傷つくことはわかっていた。 子供に気を使われてしまうことほど、惨めなことはない。子供ながらに一生懸命考えて、「肉はあまり好きじゃなくて、野菜が好きだ」ということにして、「野菜炒め」を頼んだ。 安かったからだ。 肉は、誰かが頼んだものを少し分けてもらった。 「お年玉」も同じ調子だった。 お正月になると、大阪・吹田に住んでいる親戚の家に遊びに行って、「お年玉」をもらった。家計に余裕がないことは分かっていたから、「お年玉」はハナから母ちゃんにあげるつもりでいた。だけど、「家計が大変だから、これを使って」と言って、「お年玉」を渡してしまうと、母ちゃんが傷ついてしまう。足りない頭で一生懸命考えて、「お年玉」を母ちゃんに預けて、返してもらうことを忘れることにした。 兄弟の年齢差が、少し残酷だった。兄ちゃんとボクは5つ離れていて、ボクと弟は6つ離れていた。ボクの服は兄ちゃんの「お下がり」で、その服を弟が着るには、ボロすぎた。 弟は新しく服を買ってもらっていた。姉ちゃんは、一人娘だったので、服を買ってもらっていた。もちろん兄ちゃんは長男なので、服を買ってもらっていた。 服を買ってもらった記憶がないし、そういえば、兄弟の中で、ボクだけ自転車を買ってもらえなかった。理由は、「お下がり」で事足りたらなんだけど、家族の中でボクだけがO型(他は全員A型)だったので、「もしかして、捨て子なのかな?」と本気で疑ったこともある。 誕生日会で不二家のケーキが出てくる友達を羨んだし、洋服や自転車を買ってもらえる兄弟を羨んだ。 こうして、昔の記憶を掘り起こした時に、まず出てきたのは、この思い出なので、他者との比較が招いた「恥ずかしさ」や「嫉妬のようなもの」は、子供心に、それなりに刺さっていたんだと思う。 だけど、だからといって、親を恨んだことは無い。 限られたリソースの中でとても大切に育ててもらっていることは、子供ながらに分かっていた。誕生日ケーキを買うことはできなかったけど、毎年、欠かさず作ってくれた。 母ちゃんは、よく「腰が痛い」と言っていた。 いつだったか、その理由を婆ちゃんが教えてくれた。 赤ちゃんの頃のボクは酷く泣き虫で、起きている間、ずっと泣いていたらしい。本当に、ずっと。 母ちゃんは、父ちゃんを仕事に送り出し、兄ちゃんと姉ちゃんの世話をしながら、掃除洗濯料理をしながら、「ダイエー」と「イズミヤ」を行ったり来たりしながら、いつまでも泣き止まないボクをずっとおぶり続け、それで腰を悪くしたそうだ。ボクは、この罪をどう償おうか。 父ちゃんも、母ちゃんも、必死だった。子供4人を生み育てることで、諦めなきゃいけなかった幸せがたくさんあったと思う。今、自分のタイムスケジュールで好き勝手生きている自分が、いかに甘いかを思い知らされる。 たくさん、お金を稼いで、たくさんチヤホヤされているけど、「それが何だよ」と本気で思う。 どう考えたって、世の中の父ちゃん母ちゃんの方が偉大だし、ボクは、彼らが引き受けている数々の苦労から逃げた男なので、せめて、彼らが束の間、その羽を休められるエンターテイメントを提供しなきゃバチが当たる。 そういえば、婆ちゃんはよく「そんなことをしたら、バチが当たるから」と教えてくれたな。今日も頑張ろう。

西野亮廣(キングコング)

173,539 görüntüleme • 6 ay önce