Loading video...

Video Failed to Load

Go Home

茨城県下妻市の大宝八幡宮で9月第一土曜日夜に行われる「タバンカ祭」を久しぶりに拝観した。 14世紀、神仏習合時代の別当寺賢了院が火事になった際に畳と鍋ぶたで火を消し止めた、という故事を再現したとされる火祭りである。 白装束姿の神人が畳と鍋蓋を叩きつけて燃え盛る松明を消す所作をする…のだが、これは本質は火祭りなので火を煽っているかんじ。 要するに忌火、神火、であり、叩きつけると同時に神人は松明を持って拝観者に火の粉を浴びせる、火の粉を浴びた者は無病息災となり、特に火事の難を逃れる、とされる面白シュールでもある大変楽しいお祭りである。

39,865 views • 20 days ago •via X (Twitter)

0 Comments

No comments available

Comments from the original post will appear here

Related Videos

生憎の強い雨となった9月16日の鶴岡八幡宮例祭、流鏑馬の後に行われる放生祭は、全国の八幡社で行われる放生会と同義である。放生会とは生き物を解き放って(放生)その生命を救い功徳を積むという仏教思想に基づく儀式である。最初期の神仏習合の神である宇佐の八幡神は奈良時代の隼人征伐に於いて軍神として朝廷軍を守護し勝利に導いたが、多くの殺生に関わった事を悔いて戦後託宣し、放生の儀式を行って生命を救うことを宣言した。これが仏教色が取り払われた八幡系神社でも今も続く放生の祭の起源である。 各地の八幡社では魚を放つ(生態系破壊の為行わなくなったりしてるが)のがポピュラーであるが、鶴岡八幡宮での放生は雅なことに鈴虫を放つ。秋だからね。 そして拝殿にて神事を行い、巫女による神楽舞が舞われる。この舞は「萬代の舞」と言って、鎌倉幕府3代将軍源実朝の詠んだ歌に合わせて舞われる、という鶴岡八幡宮オリジナルの舞とのこと(同様の名の舞が宮城の大崎八幡宮にもある)、大社レベルは独自の舞があって流石だなと思いながら美しい舞を拝観した。 そして、鶴岡八幡宮の祭神の一柱である3代将軍実朝の歌で舞う、というのが凄みがあるというか、この舞が舞われる拝殿の先、上宮に繋がる階段で実朝は暗殺されたのであって、歴史の重みを感じると共に、この舞は実朝の鎮魂の舞なのではないか、と思うたのであります。 生き物を慈しみ生命を放つ放生と悲運の将軍の鎮魂が重なっている…というような感想を持った、雨の中の放生祭でありました。

幣束

15,614 views • 6 days ago

親愛なる日本の友人たち🇯🇵🔥 この神秘的な仮面の力を見てください!👇 これはただの仮面ではありません。ヨルバの地、オグボモショで「ダナフォジュラ」と呼ばれる、最も強力で重要なエグングン(仮面をまとった祖霊)なのです🖤🔥 錆びた鎖、乾いた草、そして炎が舞い上がる光景——このエグングンは、自ら炎の中に飛び込むことで知られています。乾燥した草を被せて火を点けると、仮面をまとった者はうめき声をあげながら「寒い、寒い」(オトゥトゥ)と叫びます。すると人々はさらに乾いた草と火を加え、その声を鎮めるのです。 しかし、このエグングンには恐るべき掟があります。それは「二度と他の火を見てはならない」ということ。ダナフォジュラが現れる時、道端で調理をしている女性たちはすぐに火を消し、すべての炎を隠さねばなりません。もし誰かがそれを怠れば、この仮面はその手や足を鍋の中に突っ込み、揚げ油であれ、熱いポリッジであれ、アマラ(ヤム粉の料理)であれ、すべてを瞬時に黒く変えてしまうというのです。 この力は今もなお生きているのです。 起源の物語: ダナフォジュラは「アラカス・アボンデ」家系に伝わる仮面で、「アカス・オーグン」(護符の塊)という名前に由来します。二年に一度しか現れないこの仮面は、あまりに力が強く、準備に膨大な時間を要するため、毎年は出られないと言われています。出現の7日前からその衣装を特別な薬草浴(アグボ)に浸し、数々の供儀が捧げられます。 この仮面は戦いを仕掛けることはありませんが、決して他のエグングンと対峙してはならない存在。それがもたらす結果はあまりに破壊的だからです。 日本の皆さん、この「火をまとう祖霊」の姿、どこか日本の火の神や、荒々しい山伏の修行を思い出させませんか?🔥 それとも、刀鍛冶が炎と鉄を前にして見せる、真剣な眼差し。 皆さんのご意見や、日本に伝わる「火」や「祖霊」にまつわる神話があればぜひ教えてください!これからも豊かな文化交流を続けましょう🇳🇬🤝🇯🇵

🅱🆄🆂🅷🅸🅳ō

41,729 views • 6 months ago

千葉県君津市清和市場の諏訪神社にて毎年12月5日に行われる「猪鹿切(ししきり)祭」を6年ぶりに拝観した。祓い清めた鶏肉(※かつては当地周辺で捕れた兎や猪などの獣肉を使用していた)を旧社家の奉仕者が古式に則り包丁を入れ神前に供えた後、この肉を皆で奪い合う、という(多分)日本で唯一の肉の掴み取りの祭礼である。この祭りは地元の方々にはお馴染みの行事であり、桶の中の肉は一瞬で無くなる。この肉を食べれば無病息災となる。 そして、この祭りの何がすげえかと言えばそれは当社が諏訪神社であること。勿論信濃諏訪大社からの分霊。即ち古より、鳥獣はその肉を食されることで人の血肉となって彼等もまた成仏の機縁となる「慈悲之殺生業尽有情」の論理を説き、仏教の不殺戒が浸透した後も肉食を許可した、狩猟を司る諏訪の神を体現した祭りが、信濃から離れたこの房総の地で脈々と行われている、という所である。 故に当社は「御狩大明神」と呼ばれる。さらにこの祭りは「房総のミカリ習俗」という房総半島の南方で行われる物忌の習俗の一環でもあり、非常に非常に大変に興味深いのである! 東国の地で今に残る諏訪信仰の形を再見することができた。

幣束

127,355 views • 9 months ago

日本に行った人が、帰ってから苦しくなることがある。日本で見たものは、特別なイベントじゃない。電車がだいたい時間に来ること。人が列をつくること。店で「ありがとう」と言われること。夜の道が、怖くないこと。そういう小さな当たり前。でも、その小さな当たり前が、帰国した瞬間に刃になる。 自分の国の音が、急に大きく聞こえる。怒鳴り声。クラクション。割り込み。投げるような言葉。前は平気だったのに、平気じゃなくなる。日本が良すぎたからじゃない。比べる目が、できてしまったからだ。 この痛みは、普通な感覚。違う世界を一度見た人にだけ起きる、ふつうの揺れ。 ただ、ここで気をつけたいことがある。旅先は、少しだけ夢に似ている。短い時間の中で、いい場面が多く見える。だから日本は完璧だと思いすぎると、自分のいる場所が全部ダメに見えてしまう。すると心が、帰る場所を失う。 じゃあ、どうしたらいいのか。 答えは、全部を日本にしようとしないこと。 日本で好きだったことを、ひとつだけ持ち帰る。 朝、靴をそろえる。 人にぶつかったら小さく「すいません」と言う。 時間を守る。部屋を少し整える。 たったそれだけで、心は夢が終わったじゃなくて、夢を生活に変えたと思える。 そしてもう一つ大事なのは、ひとりにならないこと。日本が好きだった人は、日本が好きな人と話せばいい。好きは、誰かと分けると、痛みじゃなくなる。 日本を忘れられないのは、弱いからじゃない。日本に来てくれた人の中に「こう生きたい」が生まれたからだ。 その気持ちを大切にすれば大丈夫。夢は、逃げるためじゃなく、戻ってきたあとに生きるためにある。

クレア

383,105 views • 8 months ago