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Ana Sayfaya Dön

【速報】38年前の福井中学生殺害で再審認める 服役後男性申し立て 高裁 38年前、福井市で女子中学生が殺害された事件で、名古屋高等裁判所金沢支部は、殺人の罪で服役した前川彰司さん(59)が求めていた再審=裁判のやり直しを認める決定を出しました #nhk_video

297,692 görüntüleme • 1 yıl önce •via X (Twitter)

10 Yorum

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ワタナベ1 yıl önce

この人刑期終えて出所してるんだな。 これが冤罪だとしたら真犯人を逃してる事になるから、検察は有罪の正当性を必死で主張するはずだし。 警察の捜査は重要で、取り調べの全面録画は必然だと思う。

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コラムニスト-1.0 としどん1 yıl önce

他に真犯人が見つかってから再審を認める制度にしないと、被害者が浮かばれんよ。

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水瓶如月1 yıl önce

検察はクズだな 真犯人を埋没させやがって 殺害された被害者が浮かばれん 検察官も国民審査しなかんでしょ

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Rei1 yıl önce

そこまでして自分達の手柄にしたいとか担当刑事最低

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Ⓐ Ⓑ Ⓒ1 yıl önce

やっぱり証拠って物的なモノに限るのか?今流行りの闇バイトも自身のスマホを使っているのならばスクショ撮っておいてDonの摘発に繋げれば良いのに…

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デュー1 yıl önce

とっくに世代交代してるであろう下の世代が上の尻拭いさせられるのアホくさすぎる 交代してるからこそしがらみなく再審できるのかもだけど

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合格~(゚ー゚*)❇️1 yıl önce

袴田さんの件にしても 警察の捜査に凄く不信感。何度も再審取り消され 心が折れた事でしょう。 無罪なら本当の犯人がまだどこかでのうのうと暮らしている可能性もあるのが許せない

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いしかわ えいじ1 yıl önce

こういう事をいうとあれだけど暴力団員の知人がいるって時点で普通じゃない

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totto|人事・採用1 yıl önce

冤罪の可能性ってことですか

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🌸理未🎶🍓1 yıl önce

再審の重要性を理解できているみたい

Benzer Videolar

一審は無罪とした。 「証拠がない」と言った。 検察は控訴した。 二審は逆転有罪にした。 暴力団員の「証言」だけで、懲役7年が確定した。 前川彰司さんは服役した。 出所してからも、無実を主張し続けた。 逮捕から39年。 2025年7月18日、ようやく無罪が確定した。 1986年3月19日、福井県福井市。 「福井女子中学生殺人事件・前川彰司冤罪事件」。 1986年3月19日夜、福井市の市営住宅で中学3年の女子生徒(当時15歳)が自宅で殺害された。顔や首など50数か所を刺され、電気コードで首を絞められていた。残忍な犯行で地域に衝撃が走った。 福井県警は捜査に難航した。 事件から1年後の1987年3月。 薬物事件で逮捕・勾留中の暴力団組員の「証言」をもとに、前川彰司さん(当時21歳)が殺人容疑で逮捕された。 前川さんはどんな人だったのか。 逮捕以来一貫して「私は殺していない」と無実を主張し続けた。長時間にわたる取調べと自白強要にも屈しなかった。逮捕から39年、闘い続けた。 何が問題だったのか。 前川さんを犯人とする物的証拠は、一切なかった。 唯一の有罪根拠は、複数の「関係者の証言」だった。暴力団組員が「前川が血のついた服を着て戻ってきた」と証言した。別の者が「前川から犯行を告白された」と証言した。 しかし、その暴力団組員は勾留中に、自分の刑事事件を有利にするために証言を取引材料にしていた。証言は何度も変遷した。血のついた服は、最後まで発見されなかった。 さらに、警察は証言者に「利益」を与えていた。勾留中なのに寿司の差し入れを認め、移監の要望を聞いた。重要証人には、私的交際関係がないにもかかわらず結婚祝いの金銭を渡していた。 証人と証人を直接面会させ、供述を「汚染」した。 1990年9月、一審・福井地裁は「証言の信用性がない」として無罪判決を言い渡した。 しかし検察は控訴した。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 1995年2月、名古屋高裁金沢支部は「証言が大筋で一致する」として逆転有罪、懲役7年を言い渡した。1997年、最高裁は審理もせず上告を棄却。一審が「信用できない」と断じた証言が、なぜか上級審で「一致する」とされた。 一審は「信用できない」と言った。 高裁は「大筋で一致する」と言った。 前川さんは服役し、満期出所後の2004年に再審請求を申し立てた。 2011年、高裁支部が再審開始を決定。 しかし検察が異議申立て。 2013年、名古屋高裁が再審開始を取り消した。 ようやく開いたドアを、検察が閉めた。 前川さんは2022年、第2次再審請求を申し立てた。今度は裁判所の積極的な訴訟指揮により、検察から新たに287点の証拠が開示された。 隠されていた証拠が、287点、出てきた。 🔴 再審無罪確定 2024年10月23日、名古屋高裁金沢支部が再審開始を決定。検察は異議申立てを断念。2025年3月6日、第1回再審公判。2025年7月18日、再審無罪判決。検察は上告せず、同年8月1日に無罪が最終確定した。 判決は、警察が証人に不当な利益を与えて「供述を汚染した可能性が否定できない」と認定。検察が不利益な事実を隠して訴訟活動を行ったことについて「公益を代表する検察官としてあるまじき不誠実で罪深い不正」と断罪した。 物的証拠は一切なかった。 暴力団員の「証言」だけで懲役7年になった。 警察は証人に利益を与え供述を誘導した。 検察は不利益な証拠を隠し続けた。 一審の無罪は、検察の控訴で覆された。 再審開始を、検察の異議で一度は取り消した。 287点の証拠が、隠されていた。 逮捕から39年後。 ようやく「無罪」の2文字が届いた。 しかし、真犯人は今も特定されていない。 時効は、すでに成立している。 あなたは、物的証拠ゼロで39年間闘い続けた前川さんと、証拠を隠し再審を妨害し続けた検察・警察の行為を、どう思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

4,306,876 görüntüleme • 8 gün önce

警察や検察が、証拠をねつ造したり、隠ぺいしたりして、 何の罪もない人が有罪になっている事件が相次いでいます。 だからこそ、罪のない人へのえん罪をなくすため、真実を明らかにするために再審法改正が必要です。 袴田巖さんは、事件から58年たって、やっと無罪との判決が出されました。 なぜこんなにも時間がかかるのかと言えば、警察や検察が真実を明らかにするための証拠を出さなかったり、再審開始決定が裁判所で出されても検察官が不服申し立てをして、再審にいく手前で妨害するからです。 反論があるのであれば、再審公判の中で主張ができます。 そして、残念ながら裁判官が真実を明らかにしようというやる気がないと言わざるを得ない状況もありました。 こうしたことが積み重なり、袴田巖さん、姉のひで子さんの人生は大半を奪われてしまったのです。 こうした理不尽なことで人生をめちゃくちゃにさせないためにも再審法の改正が必要です。 法務大臣が法制審議会に諮問をして再審の法改正に関する議論をしていますが、法制審議会刑事法(再審関係)部会のメンバーの構成が、公正ではないのです。 えん罪被害当事者が委員として入っていないのに、証拠をねつ造したり、隠ぺいしたりして深刻な人権侵害を引き起こした側の警察、検察、誤った判断をしてしまった裁判所からの委員がいます。 また、再審法で何本も論文を書いた、再審法の専門的知見がある学者、研究者の方々が無視をされ、委員に入りませんでした。 超党派の再審法改正議連で衆議院に法案を出しているのに、 自民党国会議員の中で、このフェアではない法制審の議論の推移を見守る的な対応をしている国会議員がいます(再審法改正議連に入っている自民党議員とは別の議員たち)。 フェアでないことを知っていてわざと見過ごしているのでしょうか・・・。 検察関係者も多い法務省の中からは改革が難しい問題です。 そもそも法制審がフェアでないことを見抜き、自分たちで立法することこそ、国会議員の役割です。 10月7日、日本弁護士連合会の皆様が、「国会主導での再審法改正の実現を求める院内会議」を衆議院議員会館で開催され、私も参加しました。 袴田巖さんのお姉様のひで子さん、福井中学生殺害事件えん罪被害者の前川彰司さん、大川原化工機事件で無実なのに東京拘置所に拘束され、胃がんで適切な治療が必要なのに保釈が認められず拘束され続け、亡くなられた相嶋静夫さんのご長男の方がお話をしてくださいました。 隠ぺい、ねつ造、人権無視の警察、検察、裁判所のあり方が浮き彫りになりました。 法制審議会刑事法(再審関係)部会の委員でもある 鴨志田祐美弁護士、村山浩昭弁護士(袴田さんの再審開始と保釈を認めた裁判官だった方)から、法制審議会部会の議論の様子を伺いました。 えん罪被害者の人生を壊してきたことの罪深さをおもんばかることがないような議論だと痛感し、ひどすぎて体調を壊すような状況であることをお聞きし、涙が滲んできました。 再審法改正で動かない国会議員は、かなり問題がある国会議員です。

もとむら伸子(本村伸子)

59,196 görüntüleme • 9 ay önce

「無実だ」と 一審から言い続けた。 2018年、今西貴大さんは2歳の養女への傷害致死・強制わいせつ致傷・傷害の罪で逮捕・起訴された。 すべての罪を一貫して否認した。 裁判員裁判で傷害罪は無罪となったが、残りの罪で懲役12年とされた。 医学鑑定は言った。 「交通事故に匹敵する外力なしに、あの傷はつけられない」 最高裁は全員一致で検察の上告を棄却した。 7年後、ようやく無罪が確定した。 大阪市。 「大阪2歳養女傷害致死冤罪事件」。 今西貴大さん(37歳)は2018年、当時2歳の養女に虐待を加えたとして傷害致死・強制わいせつ致傷・傷害の罪で逮捕・起訴された。本人は一貫して否認。裁判員裁判では傷害罪は無罪となったが、懲役12年の判決が下された。 今西さんはどんな状況に置かれたのか。 今西さんは語った。 「7年以上ものあいだ置かれていた被告人という立場から、ようやく解放されました。いまは、ほっとした気持ちで胸がいっぱいで、言葉も見つかりません」 7年以上、被告人だった。 一貫して「無実」と言い続けた。 何が問題だったのか。 高裁の判決は指摘した。 「頭にけがを残すことなく、交通事故に匹敵するほどの外力を加えることができるかどうかは、常識に照らして相当、疑問がある」 「被告人の供述や被害児の母親の証言を通じてみても、被告人が身体的虐待を加えていたことを示す事情は、見出せない」 医学的に「あの傷はつけられない」と言った。 証言からも、虐待の証拠は見出せなかった。 それでも、一審は懲役12年だった。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 2021年3月25日、大阪地裁(裁判員裁判)は懲役12年の有罪判決を下した。控訴審では医学的鑑定により今西さんの犯行ではありえないことが示され、結審とともに保釈。2024年11月28日、大阪高裁で逆転無罪を言い渡した。 一審の裁判員は、12年と判断した。 医学鑑定が「ありえない」と示した。 高裁でようやく、無罪になった。 今西さんは語った。 「人質司法や冤罪が多くの人生を破壊している」 自らの体験を生かして弁護士を目指していると語った。 「人質司法が、多くの人生を破壊している」 これは今西さんだけの言葉ではない。 🔴 最終判決 2026年3月3日付で、最高裁判所第三小法廷は検察側の上告を「全員一致」で棄却した。大阪高裁の逆転無罪判決が確定した。 一審で懲役12年、有罪とされた。 医学鑑定で「ありえない」と示された。 高裁で逆転無罪になった。 最高裁で全員一致で確定した。 それでも、7年以上かかった。 裁判員は医学の専門家ではない。 「虐待に見えた」という印象が、12年を生んだ。 今西さんが7年以上を失った間に 日本では何人の冤罪が生まれたのか。 あなたは、医学的に「ありえない」と示された犯行で7年以上被告人にされた今西さんの事件を通じて、この国の「人質司法」と「裁判員制度」に、何を思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

516,078 görüntüleme • 1 ay önce

熊谷警察署で取り調べ中、 被疑者は脱走した。 「タバコを吸いに行く」と言って そのまま戻らなかった。 3日間の逃走の末、 6人が殺された。 10歳の美咲さん。 7歳の春花さん。 その母・美和子さん。 夫は 3人を一度に失った。 裁判員裁判は死刑を選んだ。 高裁は無期懲役に覆した。 警察は逃走の事実を 住民に知らせなかった。 2015年9月、埼玉県熊谷市。 「熊谷6人殺害事件」。 2015年9月13日、熊谷警察署で任意同行され取り調べを受けていたペルー国籍のナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン(当時30歳)が、喫煙を装って逃走した。3日間にわたる逃走の間に3軒の住宅に侵入し、男女6人を次々に殺害した。 被害者はどんな人たちだったのか。 加藤裕希さんは、妻・美和子さん(41歳)、長女・美咲さん(10歳、小学5年)、次女・春花さん(7歳、小学2年)の3人を一度に失った。事件発生約4ヶ月前に撮影された美咲さんと春花さんの写真が、今も加藤さんの手元に残されている。 加藤さんは語った。 「本心を言えば、もう死にたいという気持ちです。私は全部を失って生きる希望がありません」 家族3人を 一度に奪われた。 何が起きたのか。 9月14日夕方、ナカダは熊谷市内の住宅に押し入り、50代の夫婦を殺害した。15日から16日にかけて、80代の女性を殺害。その後、加藤さんの自宅に侵入し、妻と娘2人を殺害した。後の捜査で、長女・美咲さんに性的加害をしていたことも明らかになった。 ナカダは加藤さん宅で発見された際、2階から飛び降り頭部を強打。意識不明の重体となったが、9月24日に意識を回復し、10月8日に逮捕された。 3人を殺害したあとも その場にとどまっていた。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 埼玉県警は何をしていたのか。 ナカダが逃走した翌日、9月14日に最初の夫婦が殺害された。県警は事件発生から約7時間後、ナカダを参考人として全国手配していた。つまり「男の犯行」とほぼ断定し、逃走の事実とさらなる事件発生の危険性を認識していた。 それでも県警は地域住民にこの事実を広報しなかった。 加藤さんが家族を殺された後になって、初めてナカダの逃走を知った。 危険性を認識していた。 それでも知らせなかった。 🔴 判決と二重の闘い 2018年、さいたま地裁の裁判員裁判は死刑判決を言い渡した。検察側は「金を奪う目的で6人を殺害した」「自己防衛的な行動を取っており違法性を認識していた」として完全責任能力を主張した。 しかし2019年、東京高裁は一審を破棄し、統合失調症による心神耗弱を理由に無期懲役とした。検察は上告を断念。弁護側のみが上告したが、2020年9月、最高裁は上告を棄却し、無期懲役が確定した。 6人を殺害したにもかかわらず、 心神耗弱が認定され、 判決は無期懲役となった。 加藤さんは被害者参加制度を利用し、法廷でナカダに直接問いかけた。判決確定後、加藤さんは語った。 「司法はもっと被害者に寄り添ってほしい。控訴審が無期懲役としたのは誤審だと思う」 刑事裁判で終わりではなかった。 加藤さんは「最初の事件の段階で住民に注意喚起していれば家族の被害は防げた」として、埼玉県を相手に国家賠償請求訴訟を起こした。 2022年、さいたま地裁は請求を棄却。2023年、東京高裁も控訴を退けた。 「県警の対応は不合理だとは言えない」 とされた。 刑事裁判で無期懲役になった。 民事訴訟でも県の責任は認められなかった。 加藤さんは2024年、最高裁に上告した。 「これが最後になる」 と語った。 危険人物が逃走していた。 県警はそれを知っていた。 住民には知らされなかった。 3人が殺された。 裁判では死刑が無期懲役に覆った。 県の責任も認められなかった。 加藤さんは家族の遺影を前に、 今も一人で生き続けている。 あなたは、危険性を認識していながら住民に知らせなかった県警の対応と、6人を殺害したにもかかわらず無期懲役となったこの判決に、何を思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

3,902,843 görüntüleme • 21 gün önce