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【速報】 吉野達彦にまさかの3分での敗北を喫した佐藤孝亮の前に #basara_pw の中野貴人が登場。 そこからはカオス過ぎてまとめられませんのでご自身の目でお確かめください。 12月30日大日本プロレス後楽園ホール大会ではいったい何が起きるのか… #bjw

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いさ議員「松井氏と木下秘書と思われる方の会話の音声が公表されたが、その音声は木下秘書本人か?」高市総理「有料会員になりたくなかったので確認してない、時間的にもできなかった」いさ議員「何のための事前通告ですか?私が役所に事前通告のお願いをしたのは、昨日の昼過ぎぐらいですよ」 ---文字起こし--- 2026/6/4 衆議院予算委員会 い「昨日この松井氏と木下秘書と思われる方の会話の音声が(週刊文春で)公表されました。事前に通告で総理のサイドにお願いしていたのは、その音声が木下秘書本人かどうか確認してほしいというふうにお願いをしておりましたが、結果いかがだったでしょうか?」 ---(中略)--- 高「ご指摘のオンラインというものを確認しようと思いましたら、これ会員制の有料オンラインなんですね。これまでもこちらの言い分は関係なく、私の面識のない方の言い分を非常にイメージ操作をして報道してこられた、そこの有料オンライン会員になろうとは思いませんでした。 またその方法もありませんでしたので、確認できませんでした。結論として、今朝までに確認することはできませんでした。これはもう時間的なもの、その時点でもまだまだ数十問分の答弁の読み込みが残っておりましたので、有料会員になって音を確認するといったことは、私自身は、とてもできなかったということでございます」 委「いさ君」 い「これ何のための事前通告ですか?」 ---(中略)--- い「役所の方には皆さんに対して、『これはしっかり事前に通告してくださいね』ということでお願いもして、『分かりました』となって、それが昨日の昼過ぎぐらいの時間帯ですよ。その間、もちろん総理ご自身が私の質問を見たのはもしかしたら夜中の3時だったかもしれませんよ。でも事前通告で、これが一番の肝で今回質問も用意させていただいて、それが『前提が何もできませんでした』というのは、私はそれは通らないと思います」

maku

13,468 次观看 • 1 个月前

あまこま混成12「7か箇所骨折で最後までにやり抜いた日本の十種選手」 今回は、皆さんにぜひ知っておいてほしい、日本が誇る十種競技選手についてお話ししたいと思います。 その選手の名前は、松田克彦さん。 僕が卒業した順天堂大学の大先輩にあたる方です。 松田さんは、1993年にドイツのシュトゥットガルトで開催された世界陸上に、十種競技の日本代表として出場された選手です。日本選手権でも優勝し、当時の日本記録も樹立された、まさに日本のトップ選手でした。 松田さんの後には、同じく順天堂大学の金子宗弘さんが8000点にあと5点と迫る7995点の日本記録を出すなど、当時の順天堂大学は十種競技がめっちゃ強い大学だったんです。 僕が生まれたのが1987年なので、松田さんや金子さんが活躍されていた時代は正直4-5歳くらい小さくて、おそらく十種競技という種目すら知らなかったですが、順天堂大学へ進学する時に自分で色々と調べる中で、こんなにもすごい選手がいた大学なんだと知りました。そして、高校の恩師とのご縁もあって、高校時代から何度か練習を見ていただく機会に恵まれたんです。 大学に進んでからは、当時混成競技を指導してくださる方がいなかったので、平成国際大学で監督をされていた松田さんのもとへ、年に3回ほどトレーニングを習いに行っていました。 そんなご縁もあって、松田さんが世界大会で活躍されたすごい選手だということはもちろん知っていたのですが、その世界陸上での競技を映像で見たことはありませんでした。僕が大学生の頃は、まだYouTubeにもそういった映像はなかったように思います。 ただ、伝説として語り継がれている話がありました。 周りの方々から伝え聞いた、1993年のシュトゥットガルト世界陸上での話です。 何度も話ししていますが、十種競技は2日間で10種目の競技を行う過酷なスポーツですが、その中でも棒高跳は特に勝負の鍵を握る難しい種目です。 その棒高跳で、松田さんにアクシデントが起こります。 ポールの突っ込みがうまくいかず、マットまで届かずに助走路側に戻されてしまうことがあるのですが、その際の着地に失敗し、なんと背中、肋骨、手首、肘など、計7カ所を骨折する大怪我を負ってしまったそうです。 正直普通であれば、その場で棄権です。 海外の選手であれば、おそらく誰もが競技を辞めていたでしょうし、当時の周りの選手たちはなんで辞めないのかと思われたかもしれません。 しかし、松田さんは違いました。 骨折した体のまま、その後のやり投、そして最終種目の1500mを最後までやり抜いたんです。 そして、その伝説の映像をYouTubeで見つけたのは、今から7、8年ほど前のことです。 棒高跳で怪我を負った後、明らかに満身創痍の状態で最後の1500mを走り抜き、ゴールした瞬間に倒れ込む松田さんの姿。順位は最下位だったかもしれません。でも、その姿はカッコよく見えました。 海外の選手ならやめてしまうような状況でも、最後まで戦い抜く。 もしかしたら、これが最後の世界陸上になるかもしれない、という想いがあったのかもしれません。 以前、松田さんご本人から「俺は骨折してもやったんだから、お前もやりきれよ」と、笑いながら言われたことがあります。その言葉の裏にある、壮絶な経験と覚悟を、映像を見て改めて感じました。 この映像には、本当に心を揺さぶられました。 日本の十種競技に、こんなにも偉大な「戦うデカスリート」がいたということを、皆さんにもぜひ知ってもらいたいです。 #あまこま世界陸上 #あまこま混成

林田章紀@対馬

30,204 次观看 • 11 个月前

ロードキルで保護したタヌキ、ポンちゃん。 あの黒い分泌物を見た時、違和感が残りました。 ただの出血ではない。体の内側で、何かが進んでいる色でした。 呼吸は落ち着く時間と荒れる時間の差が大きく、左後肢もほとんど使えない。 それでも食べて、排泄の時には一瞬だけ体を起こす。そういう状態が続いていました。 体を起こしたあと、ゆっくりと力が抜けていく。その重さが手に残る。 数日前から、乳首の張りや体の反応にわずかな変化がありました。 確証はないまま、頭のどこかに引っかかっていました。 そして昨日。 呼吸が一段階変わり、落ち着きなく体勢を変える時間が増え、 小さな鳴き声とともに、陣痛が始まりました。 1頭目は、生きて産まれてきましたが、十分に力みきれず、まもなく息を引き取りました。 手の中に残る体温が、少しずつ静かに落ちていくのを感じました。 処置の間にも呼吸は上下し、体力の消耗が目に見えて進んでいく。 間を置かずに再び腹圧がかかり、2頭目は胎膜に包まれたままの未熟な状態で出てきました。 数日前から続いていた黒い分泌物。 あれはすでに、いくつかの命が先に失われていた痕跡だったのかもしれません。 呼吸、出血、分娩、体力の消耗。 ひとつひとつを見ながら、その都度判断を重ねていく。 救えたかもしれない命と、最初から間に合っていなかった命。 そのどちらも、この子の中にありました。 それでも、この子は、まだ生きています。 ここまで見てきて、救えなかったものの重さも、正直に残っています。 この子が、守ろうとしていたもの。 この子が、残そうとしていたもの。 それが何だったのかは、もう確かめることはできません。 ただ、その先に繋がるはずだった時間だけが、ここで静かに途切れている。 それでも。 この子の中で確かに始まっていたものを、なかったことにはしたくない。 だからこそ、この子だけは、なんとか繋ぎ止めたいと思っています。

SCIENCE FACTORY ltd.

56,406 次观看 • 2 个月前

20251024 EP05チンウィまとめ☝️ 久しぶりにチンウィの姿をたくさん見られて、心の中にいろんな想いが溢れたので、少しだけまとめてみました。 ------------------------------ チンウィは、誰かのためにだけ泣いて、自分のためには涙を見せない子。 今までずっと「出来すぎ」と言えるほど、まっすぐで優等生のようだったチンウィ。 でもその中には、思うように認められない悔しさや、選ばれなかった悲しさ、そして気遣ってくれるユメキへの申し訳なさもあったのかな… 自分の気持ちが整理できず、無言のまま包み紙をいじっていたあの姿に、初めて「優等生じゃない素のチンウィ」としての姿が見えて……私は少し安心したんです。 いつも努力して、笑顔で、強くあろうとする彼が、「完璧じゃない姿を見せられる場所」が、ちゃんとあるんだと感じたからです。 そして、その場所を作ってくれたのはユメキでした。 ユメキはインタビューでこう語っていました。 ――「追い込まれるほど感情に支配されることに嫌気が差して、“無感情”になることで自分を守っていた。でも今振り返ると、仲間に感情を言葉で伝えるべきだったと思う」――と。 だからこそ、ユメキはチンウィの気持ちに誰よりも寄り添えたのかもしれません。 自分がかつて抱えた苦しさを、彼の中にも見つけたから。 カメラに背を向けさせるようにチンウィをベッドに座らせ、チンウィが自分のために素直に泣けるように、その涙を誰にも見られないようにしてくれたユメキ。 その優しさが、どんな励ましの言葉よりも深く響きました。 静かな思いやりでチンウィを包んでくれたその瞬間、ユメキは確かに、彼の心を守る光になっていました。 自分の弱さを見せたくないチンウィにとって、今日のビハインドを公開したことが正しかったのかはわかりません。 でもあの夜、ユメキがそばにいてくれたこと。その温もりだけで、チンウィも胸の奥がそっと満たされ、心が安らいだと思います。 涙を流したかどうかはわからないけれど、表情が見えなかったからこそ、その沈黙の奥に秘められた想いがより深く胸を打ちました。 二人がお互いを思い合う強さ、優しさ、そして繊細さを、私は目の前でしっかりと見届けました。 こうしてその想いを抱くことができる幸せ――それを感じられるのは、ユメキのおかげです。 心から、ただ感謝の気持ちでいっぱいです。 ありがとうユメキ。 あなたの優しさが、チンウィの心を、そして私の心までも温めてくれました。 この感謝の気持ちは、ずっと忘れません。 そしてチンウィ。 涙を流しても、こらえてもいい。 誰かのためでも、自分のためでも。 どんなあなたも、優しくて、強くて、存在そのものが愛しい。 あなたを大切に想う人達が、いつもあなたの幸せを願っています。 その温もりに包まれ、今日もあなたが心穏やかでいられますように。 #보이즈2플래닛 #BOYS2PLANET #쉬칭위 #ボイプラ2 #チンウィ #許謦宇 #HSUCHINGYU #ユメキ

◡̈ 끝판왕칭위◡̈

30,809 次观看 • 8 个月前

街頭で 高市早苗 さんが語ってくださった言葉の一部をお伝えします。 政治の現場を離れていたこの期間は、私にとって決して楽な時間ではありませんでした。 先が見えない中で、自分は何者なのか、政治家として何ができるのかを、何度も自分に問い直す日々でした。 それでも、立ち止まるわけにはいかない。 そう自分に言い聞かせながら、一人の社会人として働き、政治家としての思いを胸に、民間の現場でサイバーセキュリティや最先端技術に向き合ってきました。 議員ではなくなっても、日本の力を少しでも高める仕事に携わることが、自分にできる責任だと考えてきたからです。 その間、皆様と同じ立場の納税者として税金を納め、有権者として政治を見つめてきました。 政治を遠くから語るのではなく、生活の現実として受け止める時間でもありました。 そんな中で、地元・大阪の皆様から、ふとした場面で掛けていただいた温かい言葉や励ましが、何度も心に残っています。 「見てるで」「頑張りや」。 その一言一言が、苦しい時に前を向く力になりました。 私は大阪で生まれ育ち、いまはこの大阪で、そして日本で、子どもたちと家族とともに暮らす一人の父親です。 大阪の未来も、日本の行く先も、私にとっては切り離せない現実です。 立場がどうであれ、大阪と日本のために何ができるのかを考え、行動し、働き続ける。 この期間で鍛えられたその覚悟だけは、これからも決して揺らぐことはありません。 中山泰秀 #大阪 #日本 #現場主義

中山泰秀🇯🇵Yasuhide NAKAYAMA 大阪4区=大阪市北区,福島区,都島区,城東区

212,070 次观看 • 5 个月前