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連続幼女誘拐4人殺害⚠️ 1989年 埼玉•東京 宮崎勤 死刑囚 相次いで発生した幼女4人誘拐殺人事件の犯人💥 宮崎は幼女にわいせつ行為をしている所を父に見つかり通報される •平成20年死刑執行 •女児の遺骨を被害者・新聞社に送りつける異常行動 通報した父親は息子が連続殺人犯だと知らなかった…

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【内田梨瑚被告に懲役27年判決】遺族「こんなに軽いものなのか」 | 2024年4月、北海道旭川市の神居古潭で、17歳の女子高校生が橋から転落して死亡した事件 殺人や不同意わいせつ致死などの罪に問われた内田梨瑚被告に、求刑通りとなる懲役27年の判決が言い渡された ▼最大の争点は『殺意』と『殺人の実行行為』の有無 内田被告は 『殺意はなく、橋から落下させてもいない』 と一貫して否認し続けてきた しかし、懲役23年の実刑が確定している共犯の女は 『高校生の肩甲骨のあたりを内田被告が押した』 と証言 検察は、直接手を下していないとしても、執拗に暴行し、“落ちろ”“死ねや”と何度も怒鳴るなどしたことが殺人の実行行為にあたるとして、懲役27年を求刑 ▼旭川地裁は一連の行為を“殺人の実行行為”と認める 田中結花裁判長 「被害者は心身ともに追い詰められ、もはや被告らの命令に応じて橋から落ちる以外の行為を選択することができない精神状態に陥っていたと認められる」 旭川地裁は内田被告が高校生を押したとは認定しなかったものの、一連の行為を「殺人の実行行為」と認め、「わいせつ行為と死亡との因果関係」も認めた 「被告の行為は、被害者が橋から誤って落下したか、自ら落下したかのいずれかであっても、殺人の実行行為に該当すると認められる」 「被害者に多大な絶望感や恐怖心を味わわせたうえで、繰り返し死を迫って橋の上から落下させている。犯行は非常に残虐で卑劣」 「公判でも不合理な供述で事実関係を否定しており、真摯な反省をくみ取ることはできない」 そのうえで、内田被告が果たした役割は共犯の女よりも大きいとして、求刑通り懲役27年の判決を言い渡した ▼内田梨瑚被告の様子は― 身動きすることなく判決を聞いていた内田被告 閉廷後に接見した弁護士によると、内田被告が“押したこと”が認定されなかったことに安心していたという →控訴については相談して後日決めるとしている ▼亡くなった女子高校生の遺族は― 「残忍で想像を絶するほどの苦痛を受けて命を失った娘への罪が、こんなに軽いものなのかと思っています」 「亡くなった娘にどのように報告すればよいのか考えると、親として情けない気持ちになります」 「今後、娘のような被害に遭う人、私たち家族のような思いをする人を生じさせる犯罪がなくなることを強く願っています」

報道ステーション+サタステ

50,451 views • 24 days ago

【栃木強盗殺人】「普通のバイトだと思っていた」という少年も | 栃木・上三川町の強盗殺人事件で、少年らが殺したのか、被害者の自宅で飼い犬が死んでいるのが見つかった また、指示役とみられる夫婦は、実行役の少年らとアプリで通話しながらリアルタイムで指示を出していた可能性があることが判明 ▼被害女性には20カ所に及ぶ刺し傷や殴られた痕 警察は犯行に要した時間が約5分だったとみている 捜査関係者によると、現場では被害女性が飼っていた犬が死んでいたのが見つかった。少年らが吠えられるのを警戒し、殺した可能性 →警察は動物愛護法違反の疑いでも捜査する方針 ▼指示役とみられる夫婦が“リアルタイムで指示”か 犯行中にアプリで通話をつなぎ、少年らが計画通りに犯行を実行しているのか監視していた可能性 また、夫婦と少年らはサービスエリアで事前に集合し、その場で犯行に使われた凶器を渡した可能性 一方、実行役とされる少年の中には「普通のバイトだと思っていた」という趣旨の供述をする者もいるという →捜査関係者への取材で、夫婦が少年らに対し脅すような行動をとっていたことも新たに判明 ▼夫婦の妻の周辺では事件直前に“ある変化” 妻とみられる人物は2019年ごろから、都内各所にある月謝約6000円のダンススクールの会員になりレッスンを受ける 口座から引き落とされる形の月謝が2025年後半から滞るようになり、2026年3月には4度目の未納に →4月にスクールを“除籍処分”に 容疑者夫婦は事件当時、共に無職 事件に関しては警察に対し「自分たちは関係ない」という趣旨の話をしているという

報道ステーション+サタステ

346,766 views • 1 month ago

16歳の息子を殺された。 しかし母親は 「犯人の名前」すら知らされなかった。 少年法が守ったのは 被害者ではなく 加害少年だった。 1996年、大阪市西淀川区。 「武孝和さん事件」。 武孝和さん。 当時16歳。 普通の高校生だった。 家族がいて、未来があった。 しかし1996年11月、他校の少年らによる暴行によって命を奪われた。 母・武るり子さんは語る。 「何が起きたのか知りたかった」 しかし当時の少年法では、加害少年の情報は厳しく守られていた。 何が起きたのか。 遺族は 審判を傍聴できない。 記録も読めない。 意見も言えない。 犯人の名前すら教えてもらえない。 息子が殺された。 それでも母親は 事件の中に入ることができなかった。 人が死んだ。 しかし遺族は 「外側」に置かれた。 武さんは問い続けた。 「なぜ遺族が締め出されるのか」 その後、武さんは「少年犯罪被害当事者の会」を立ち上げた。 少年事件で子どもを失った遺族たちと共に、25年以上声を上げ続けた。 毎年開かれる集会「WILL」。 亡くなった子どもたちを追悼する集まりは 「もうひとつのこどもの日」と呼ばれている。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 国は長い間 「加害少年の更生」を最優先してきた。 その一方で 被害者遺族は置き去りにされた。 犯人の名前も知らされない。 審判も見られない。 何が起きたのかも分からない。 「更生」のために 遺族は沈黙を強いられた。 26年前から 武さんは問い続けている。 「遺族は、なぜ何も知ることができないのか」 🔴 判決と制度改正 武るり子さんら遺族の活動によって、その後、日本の少年法は改正された。 被害者遺族による意見陳述や、記録閲覧など、一部の権利が認められるようになった。 さらに2025年には、刑務所や少年院が被害者や遺族の思いを加害者に伝える「心情等伝達制度」が始まった。 しかし、それは息子を失ってから約30年後だった。 16歳の少年は死んだ。 しかし母親は 犯人の名前すら知らされなかった。 少年の未来は守られる。 では、 殺された16歳の未来は、誰が守るのか。 あなたは、遺族が「犯人の名前すら知らされない制度」を正しいと思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

46,924 views • 1 month ago

少女が苦しむ姿を見たかった。 それが加害者の性癖だった。 9歳の侑子ちゃんは お腹から血を流し、うつ伏せで倒れていた。 防御創はなかった。 衣服の乱れもなかった。 指紋も足跡も目撃情報もなかった。 事件は14年間闇の中だった。 そして加害者はその間に 4人の少女を襲っていた。 2004年9月3日、岡山県津山市。 「津山小3女児殺害事件」。 2004年9月3日午後3時35分頃、岡山県津山市総社に住んでいた小学3年の筒塩侑子(つつしお ゆきこ)ちゃん(当時9歳)が、自宅で殺害されているのが発見された。発見したのは学校から帰宅した高校生の姉(当時15歳)だった。 侑子ちゃんはどんな子だったのか。 司法解剖の結果、侑子ちゃんは胸や腹などを幅の狭い凶器で数ヶ所刺されていた。死因は失血死か窒息死だった。衣服に乱れは全くなく、手に防御創もなく、首を絞めた跡や口や鼻を抑えた形跡もなかった。室内に物色した形跡もなかった。 抵抗の痕跡すらなかった。 何もかもがわからなかった。 何が起きたのか。 犯人の指紋や足跡、目撃情報もなく、犯行の動機も全てが不明だった。事件は長年未解決のままだった。 2008年3月19日、侑子ちゃんが通っていた津山市立北小学校で卒業式が行われた。亡くなった侑子ちゃんにも卒業証書が授与された。 同級生が卒業する日、侑子ちゃんは卒業証書を受け取った。 本人はもういなかった。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 加害者はその14年間、何をしていたのか。 2000年、兵庫県明石市で女児6人に対し、腹部をげんこつで殴ったり、下腹部を触ったりするなどした暴行・強制わいせつの罪で有罪判決(執行猶予付き)を受けた。 2004年、津山で侑子ちゃんを殺害した。捜査の手は及ばなかった。 2009年、兵庫県姫路市・三木市・太子町で少女5人の腹部を殴るなどし、懲役4年の実刑判決を受けた。 2015年、姫路市で中学3年の女子生徒をナイフで刺し重傷を負わせた。 侑子ちゃんを殺害した後も 少女たちへの暴行を繰り返していた。 6人。5人。そして中学生。 加害者は「少女が苦しむ姿を見ることで性的に興奮する」という性癖を持っていた。 14年間、誰も気づかなかった。 その間に何人もの少女が被害に遭った。 🔴 逮捕と判決 2018年5月、別の殺人未遂事件で服役していた勝田州彦(当時39歳)が被疑者として逮捕された。事件発生から実に14年が経っていた。 2022年1月、岡山地裁は無期懲役の判決を言い渡した。勝田は裁判で無罪を主張し続けていたが、2023年9月、最高裁が上告を棄却し、無期懲役が確定した。 無罪を主張し続けた5年間。 2024年、フリーライター宛の手記で初めて自身が真犯人であることを認めた。 14年間、誰も捕まえられなかった。 その間に加害者は6人、5人、1人の少女を傷つけた。 逮捕後も5年間、無罪を主張した。 判決確定後にようやく罪を認めた。 侑子ちゃんが死んだ年、加害者を止められなかった。 その後に被害を受けた少女たちも救えなかった。 もし2004年に逮捕されていたら、 その後の被害者は生まれなかったのではないか。 あなたは、14年間捕まらなかった加害者がその間に何人もの少女を傷つけ続けたこの事件に、何を思いますか。
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少女が苦しむ姿を見たかった。 それが加害者の性癖だった。 9歳の侑子ちゃんは お腹から血を流し、うつ伏せで倒れていた。 防御創はなかった。 衣服の乱れもなかった。 指紋も足跡も目撃情報もなかった。 事件は14年間闇の中だった。 そして加害者はその間に 4人の少女を襲っていた。 2004年9月3日、岡山県津山市。 「津山小3女児殺害事件」。 2004年9月3日午後3時35分頃、岡山県津山市総社に住んでいた小学3年の筒塩侑子(つつしお ゆきこ)ちゃん(当時9歳)が、自宅で殺害されているのが発見された。発見したのは学校から帰宅した高校生の姉(当時15歳)だった。 侑子ちゃんはどんな子だったのか。 司法解剖の結果、侑子ちゃんは胸や腹などを幅の狭い凶器で数ヶ所刺されていた。死因は失血死か窒息死だった。衣服に乱れは全くなく、手に防御創もなく、首を絞めた跡や口や鼻を抑えた形跡もなかった。室内に物色した形跡もなかった。 抵抗の痕跡すらなかった。 何もかもがわからなかった。 何が起きたのか。 犯人の指紋や足跡、目撃情報もなく、犯行の動機も全てが不明だった。事件は長年未解決のままだった。 2008年3月19日、侑子ちゃんが通っていた津山市立北小学校で卒業式が行われた。亡くなった侑子ちゃんにも卒業証書が授与された。 同級生が卒業する日、侑子ちゃんは卒業証書を受け取った。 本人はもういなかった。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 加害者はその14年間、何をしていたのか。 2000年、兵庫県明石市で女児6人に対し、腹部をげんこつで殴ったり、下腹部を触ったりするなどした暴行・強制わいせつの罪で有罪判決(執行猶予付き)を受けた。 2004年、津山で侑子ちゃんを殺害した。捜査の手は及ばなかった。 2009年、兵庫県姫路市・三木市・太子町で少女5人の腹部を殴るなどし、懲役4年の実刑判決を受けた。 2015年、姫路市で中学3年の女子生徒をナイフで刺し重傷を負わせた。 侑子ちゃんを殺害した後も 少女たちへの暴行を繰り返していた。 6人。5人。そして中学生。 加害者は「少女が苦しむ姿を見ることで性的に興奮する」という性癖を持っていた。 14年間、誰も気づかなかった。 その間に何人もの少女が被害に遭った。 🔴 逮捕と判決 2018年5月、別の殺人未遂事件で服役していた勝田州彦(当時39歳)が被疑者として逮捕された。事件発生から実に14年が経っていた。 2022年1月、岡山地裁は無期懲役の判決を言い渡した。勝田は裁判で無罪を主張し続けていたが、2023年9月、最高裁が上告を棄却し、無期懲役が確定した。 無罪を主張し続けた5年間。 2024年、フリーライター宛の手記で初めて自身が真犯人であることを認めた。 14年間、誰も捕まえられなかった。 その間に加害者は6人、5人、1人の少女を傷つけた。 逮捕後も5年間、無罪を主張した。 判決確定後にようやく罪を認めた。 侑子ちゃんが死んだ年、加害者を止められなかった。 その後に被害を受けた少女たちも救えなかった。 もし2004年に逮捕されていたら、 その後の被害者は生まれなかったのではないか。 あなたは、14年間捕まらなかった加害者がその間に何人もの少女を傷つけ続けたこの事件に、何を思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

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