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魔法と不思議に満ちたヴァンパイアライフシム 『Moonlight Peaks』2026年7月7日 リリース予定 日本語対応 ドラキュラ伯爵の血を引く若き吸血鬼となって、人間や魔女、狼人間、人魚たちが暮らす町でスローライフ!最大の特徴は月夜に繰り広げられる「魔法の農業」と、夜の住人たちとのディープな交流!呪われた作物を育て、ポーションを調合し、住人との恋愛や友情を育みながら、自分だけの物語を紡いでいく幻想的なライフシミュレーション Steam:

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今日で、7人のWESTꓸが最後だ。 まだこの言葉を書くことにも、どこか現実味がない。 WESTꓸを好きになって、たくさん笑った。たくさん泣いた。 会える日を楽しみにして、チケットを握りしめ、何を着ていこう、何を持っていこうと考え、会いに行き。 ライブが終われば「やっぱ最高だな」と余韻に浸りながら友だちと本人不在打ち上げで乾杯。 何気ないブログの一言に救われたり、くだらないことで笑ったり、7人がわちゃわちゃしているだけで嬉しかったり。 そんな日々が、私の生活の中に当たり前みたいに存在してた。 WESTꓸがいることが当たり前で、7人でいることが当たり前で、またすぐ会えると思ってた。 だからこそ、今こうして「最後」という言葉を使わなきゃいけないことが、やっぱり寂しい。 もっと7人を見たかった。 もっと7人で笑っているところを見たかった。 もっとくだらないことで騒いでいるところも、ステージの上でふざけているところも、歌っているところも、7人にしか作れない空気を、まだまだ見ていたかった。 正直、全部を綺麗な思い出にできるほど、私は器用じゃないんだけども。 楽しかったことだけじゃない。嬉しかったことだけじゃない。悲しかったことも、悔しかったことも、どうしてって思ったことも、受け入れられなかったことも、たくさんあった。 それでも、振り返ってみれば、私の中に残っているのは、やっぱり7人と過ごした時間そのものなんだと思います。 7人がくれた言葉。 7人が歌ってくれた歌。 7人が見せてくれた景色。 7人の笑っていた顔。 会場いっぱいに響いた声。 自然に会場に広がる虹色。 広い夜空の下で一緒に見た花火。 一緒に笑った時間。 一緒に泣いた時間。 そのひとつひとつが、私の人生の中にちゃんと残っています。 WESTꓸを好きにならなかったら出会えなかった人も、行かなかった場所も、見なかった景色も、知らなかった感情も、きっとたくさんある。 WESTꓸを好きだったことで、私の日常は確かに変わりました。 しんどい日にも、WESTꓸがいた。 何もしたくない日にも、WESTꓸを見れば笑えた。 楽しみが欲しい日には、次に会える日を楽しみにできた。 「推し」という言葉だけでは片付けられないくらい、WESTꓸは私の生活の一部でした。 だから、今日で終わるからといって、その時間まで終わってしまうわけじゃないと思っています。 7人が7人でいた時間は、もう誰にも消せない。 どんな未来になっても、7人でWESTꓸとして歩いてきた時間がなくなることはない。 7人が出会ったことも、7人で始めたことも、7人で笑ったことも、7人で泣いたことも、7人でここまで来たことも。 全部、本当のことだから。 私はたぶん、これから先もふとした瞬間に「WESTꓸが7人だったらどうなってたんやろ」って思うんだと思う。 誰かの新しい曲を聴いたとき。どこかでWESTꓸの曲が流れたとき。昔の映像を見返したとき。7人の名前を見たとき。 虹を、見た時。 きっと何度でも、7人だった頃を思い出す。 忘れなくていい。綺麗に忘れなくていい。無理に前を向かなくてもいい。 大切だったものが終わるとき、寂しいと思うくらい大切にできたこと自体が、きっと幸せなことなんだなと思えます。

ぴみ

95,425 views • 7 days ago

🇺🇸アメコミ黒人作家のBrian Howard Blackton Jr.氏 「創作の自由」とは? ドラゴンボールなどの愛を語り、クリエイターは社会的なチェックリスト(ポリコレ)ではなく、自分が本当に描きたい物語を描くべきだと語ったと主張。 動画吹替の文字起こし 👇👇👇👇👇👇👇👇👇👇 子どもの頃、僕はスパイダーマン、バットマン、X-MEN、スーパーマン、そしてもちろんドラゴンボールZが大好きだった。 そのキャラクターたちは、誰一人として私に似ていなかった。 それでも僕は彼らとつながっていた。 なぜなら優れたキャラクターは人種だけではなく、痛み、野心、動機、希望によって人とつながるから。 地元の黒人の子どもたちは、みんなドラゴンボールZが大好きだった。 みんな悟空やベジータになりたがっていたし、彼らの人種なんて関係なかった。私たちは自分たちがそのキャラクターだと分かっていた。 嘘をつくなよ。君たちの中にも、自分の部屋でスーパーサイヤ人に変身しようとした人がいるだろう。 誰も彼らの人種なんて気にしていなかった。 僕たちは彼らの旅路に共感していたんだ。 私がVenus and Ryan Comicsで物語を作る時も、同じ考え方をしている。 黒人、白人、ラテン系、アジア系に関係なく、章を読めば、ヘゼカイア、アイザイア、ケイレブ、そしてヴァリアン本人にも共感できるはずだ。 デュレル・ブルックス、ダスト・ディフェンダーにも、彼が黒人であっても共感できるべきだ。 なぜなら、これらのキャラクターは苦難と向き合い、誰もが共感できる動機を持っているからだ。 結局のところ、私は黒人クリエイターが創作の箱に押し込められるべきだとは思わない。 私たちは実験し、自由に創作し、他の文化から影響を受け、そして何より、自分たちが語りたい物語を語ることを許されるべきだ。 社会的なチェックリストを満たすために作られた物語ではなく。クリエイターが本物の自分として創作する自由を失った瞬間、アートは情熱ではなくパフォーマンスになってしまう。 正直、私は自分ではない何者かのふりをして成功するくらいなら、自分自身のまま失敗する方がいい。 そこで聞きたい。今のクリエイターたちは、アイデンティティの期待に合わせるよう圧力を受けていると思うか? そして、アーティストは自分の人種や文化を特定の形で代表する義務があると思うか? そして、アーティストは自分の人種や文化を特定の形で代表する義務があると思うか? コメント欄で教えてください。動画を見てくれてありがとう。 Brian Howard Blackton Jr.でした。

MASARUの海外ニュース吹替&字幕局(フォロー返します)

263,369 views • 4 months ago

自分を馬鹿にしてた人を見返すって あまり、存在しないのかもしれない。 学生時代、毎日「●ね」と言ってきた人が、バンドし始めてMVの再生数が増えてきたときに、インスタをフォローしてきたことがある。 またある日には、自分をハブってた同級生からフェイスブックに友達申請が来た。 そして私の友達に「本当に凄いと思う。あのときのこと謝りたい」と言っていたらしい。 でも、そういうのって見返したんじゃないなって。むしろ見くびられているなと思う。まだ連絡を取れる、謝れば許してくれると。あの頃の私のままだと、相手はどこかで思ってる。 私は覚えている。何度も投げられたゴミと、ゴミのような言葉。イヤホンをつけて、耳元で音楽を聴いて耐えていた日々。耳を塞ぐ手段として音楽が機能していた日々。 だからあの人たちとは関係ない世界で生きていく。連絡も取らない。私がすることは、ただ音楽を作り、鳴らし、広げること。 怒りは原動力になるし持っている。復讐の気持ちも忘れない。それは二度とあの人たちと関わらないため。私のやりたいことを邪魔されないため。 幸せになることが復讐というより 私が音を鳴らすという こんな贅沢な幸せの中に あの人たちなんて入れてあげない! 人生は甘くないのだと何度も言われたし、酷いイジメや理不尽な環境に置かれたとき、私も何度もそう思った。 でも、今は自分を赦したいと思う。 傷つけてきた人のことは許さない。 その代わり、嫌な人を自分の人生の中に入れないことを、許している。 甘い蜜を啜ることを禁じていたのは、ずっと私自身だった。 私より若い人や、もう若くないと嘆く人が この曲を聴く間、人生の甘さを許せますように。 若者よ、聞け! 人生は、ちゃんと甘い。

M1LKYWAY(伊集院香織 / Kaori Ijuin)◆ボールドアズ君上映中!

126,876 views • 8 months ago

自分を馬鹿にしてた人を見返すって あまり、存在しないのかもしれない。 学生時代、毎日「●ね」と言ってきた人が、バンドし始めてMVの再生数が増えてきたときに、インスタをフォローしてきたことがある。 またある日には、自分をハブってた同級生からフェイスブックに友達申請が来た。 そして私の友達に「本当に凄いと思う。あのときのこと謝りたい」と言っていたらしい。 でも、そういうのって見返したんじゃないなって。むしろ見くびられているなと思う。まだ連絡を取れる、謝れば許してくれると。あの頃の私のままだと、相手はどこかで思ってる。 私は覚えている。何度も投げられたゴミと、ゴミのような言葉。イヤホンをつけて、耳元で音楽を聴いて耐えていた日々。耳を塞ぐ手段として音楽が機能していた日々。 だからあの人たちとは関係ない世界で生きていく。連絡も取らない。私がすることは、ただ音楽を作り、鳴らし、広げること。 怒りは原動力になるし持っている。復讐の気持ちも忘れない。それは二度とあの人たちと関わらないため。私のやりたいことを邪魔されないため。 幸せになることが復讐というより 私が音を鳴らすという こんな贅沢な幸せの中に あの人たちなんて入れてあげない! 人生は甘くないのだと何度も言われたし、酷いイジメや理不尽な環境に置かれたとき、私も何度もそう思った。 でも、今は自分を赦したいと思う。 傷つけてきた人のことは許さない。 その代わり、嫌な人を自分の人生の中に入れないことを、許している。 甘い蜜を啜ることを禁じていたのは、ずっと私自身だった。 私より若い人や、もう若くないと嘆く人が この曲を聴く間、人生の甘さを許せますように。 若者よ、聞け! 人生は、ちゃんと甘い。

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38,574 views • 6 months ago

【ミャンマー人が告訴“日常的暴力”】「ご主人様は誰だ」 | 北海道・京極町の農業法人で特定技能労働者として働いていたミャンマー人男性が、日常的に暴力を受けていたとして、法人関係者2人を暴行と傷害の疑いで刑事告訴 金属製の棒で頭や腕などを繰り返し殴られるなどの暴行を受けたと訴え ▼“日常的な暴力”の内容は… 農業法人の関係者 「日本の法律ってそうやって決まっているんだ。わからんか、このやろう」 「ちょっと来い、来いってだから。教えてやっから」 別の日には… 農業法人の関係者 「日本のご主人様は誰だ。お前たちの先生は誰だ、お金くれる人は誰だ」 「そんなんだったら明日から休憩しないで仕事せえ。休憩も休みもやらんから。やれるんならやれ」 「なんだったら別のやつ呼んで、お前らみんな辞めさせてもいいんだぞ」 「インドネシアに全部取り換えてもいいんだぞ」 札幌地域労働組合は農業法人で働いていたミャンマー人労働者6人を保護 職場で繰り返されていたのは、暴行や暴言、セクハラだったと証言 農業法人の関係者 「仕事する気ないなら帰れ。今すぐ帰してやるぞ」 「在留カード出せ、今すぐ取り消してやるから出せ」 被害を訴えるミャンマー人 「恐怖のあまり、朝起きるのも怖くなった」 「夜が明けて仕事に行ったら、またどんなつらい目にあうのか。また虐待を受けるのか、また蹴られるのか、またやられるのか」 「そう考えて、起きるのがとても怖かった」 「雇用主は女性に対して少しいやらしい目で見ていたと思う」 「お尻を見たり叩いたり、胸を手で押したりしていた」 他にも、契約通りに休みを取れない、賃金の未払いがあったと訴え インドネシア人の同僚 「この問題があって…」 (Q.明日からは違う職場に行く) 「うん、そう」 ▼刑事告訴された2人の人物は… 農業法人を実質的に取り仕切っているとされる親子で、町議会議員でもある父親と次男 →それぞれ“社長”“専務”と呼ばれていたという 農業法人の登記簿には2人の名前は役員欄になく、代表取締役も別の人物 →農業法人と同じ住所に似た名称の別会社が登記 別会社の役員欄には刑事告訴された親子2人の名前があり、そこは外国人の『技能実習生』を受け入れていた 2022年3月、国は別会社の技能実習計画の認定を取り消し →理由は「技能実習生の人権を著しく侵害する行為を行った」というもの 厚生労働省などによると、技能実習計画の認定を取り消された法人やその処分の原因となった当時の役員などは、原則取消しから5年間、特定技能外国人を受け入れ不可 ミャンマー人労働者らが被害を訴えている農業法人の設立は、別会社への処分から1カ月半後 札幌地域労働組合は、名義上の代表者には勤務実態がなく、業務の指示も親子が出していた →実質的に「親子が経営を担っていた可能性がある」と指摘 先週のANNの取材には、暴行などについて「調査・精査中」としている ▼日本への印象に変化も 被害を訴えるミャンマー人 「親は『日本に行くな』『別れたくない』と言いました」 「私はいかに日本が美しく、日本人が優しいかを考えて、一生懸命働こうと来日しました」 「今は全然希望がない。やり切れない。仕事を続けることも同じ目に遭うことも怖いです」

報道ステーション+サタステ

312,005 views • 1 month ago

NYの9月11日テロから25年。いつもは個人的なこと書かないけど、今日は私の人生にとって大切な日なので、書きます。#9月11日 実は私はその頃NYに住んだばかりで、あの日をある程度体験したヒトなのです。 World Trade Centerからは少し離れた場所だけど、朝、バイト先に着いてしばらくして、ニュースで、NYだけでなくペンタゴンもやられたと知った。 外に出ると危ないと残る子たちもいたが、私はやはり自宅へ帰ろうと思った。 もうその時点で外に出ると、ダウンタウンのほうにWTCが破壊された原爆のそれのように大きなきのこ雲が見えていた。(添付した写真が私が見たのに近い) 歩道にはダウンタウンのほうから灰を体中にかぶった灰色の人たちが、あの現場から上のほうへ上のほうへと歩いてきていた。ゾンビに見えた。 皆、口をハンカチや手などで覆い、下のほうへ向かっ て歩く人は一人もいなかった。 なんとか地下鉄駅にたどり着いたら「閉鎖している のでバスで行け」というので、バス停へ。来たバスは 満員だけど運よく乗れた。 ところが、バスがミッドタウンのEmpire State Buildingに近づいてくると、バスの中では「今度はここに飛行 機が突っ込む」というデマが湧き、人々が狂ったよ うに他人を押しのけはじめた。 彼らは走っているバスから無理やり降りようとし、 人々が雪崩のように出口のほうに殺到する阿鼻叫喚の 事態に。 私も一瞬「もはやこれまでか」と思ったが、あるひと つのことに救われた。 後部座席のほうの黒人女性たちが、なんとその狂乱の さなかに「神はあなたとともにいる」とゴスペルを歌 いだしたのだ。最初は一人、そしてまた一人・・と次々に歌声が増えた。 その歌はなによりも力強く、凛々しく、私はバスを降りるよりなぜかこの女性たちと一緒にいたい、と思った。 心の表面は不安でいてもたってもたまらないのに、私の魂は、子供の頃にやさしく自分の眠りを包んだタオ ルケットのような彼女たちの歌にくるまれてしずかに 呼吸していた。 守られていた。 そして、人々が次々に降り、彼女たちと私とごく少数の人を載せたバスは、Grand Central Stationに到着。 ここからはもうバスも電車も機能しなくなっていたので、そこから家まで歩き。 40ブロック位、セントラルパークの中も通って自宅の あるアッパーウエストまで歩いたが、 あの、インディアンサマーの、心に突き刺さるほどの雲一つない澄ん だ青空を、私は一生忘れない。人生で最も美しい青空、と思った。 そしてNYでは数日ほど、道を歩く見知らぬ人々と「お 互い生き延びているので、がんばろう」みたいなア イコンタクトが多かった。彼ら彼女らの視線は、 恐怖と愛と連帯に満ちていた。知らない人たちなの に、みんながつながっている感じだった。 World Trade Centerで亡くなった人々の中には日本人も 24名いた。今私が住んでいるビルに住んでいた日本人 の方もお亡くなりになってます。 皆さん、どうか、どうか、一日一日を大切に生きてください。 生きてる間にできる限り愛の言葉や優しい言葉を伝えてください。 もしかしたらその人は突然明日いなくなるかもしれない、 それか、あなた自身がいなくなるかもしれない、ので。 追記:NYで多くの消防士、警察官などの人々が、帰っ てこれない可能性を知りながら崩れ落ちるビルの中に 救命のために入り、命を落としました。 世界は、人間はまだまだ捨てたもんじゃない、です。

Mimi Yamazaki

30,511 views • 25 days ago

【#null2 落合陽一氏が考える“万博のレガシー”とは】 | メディアアーティスト 落合陽一氏(落合陽一 Yoichi OCHIAI) 「(大屋根)リングをどれだけ残そうとか、“太陽の塔”みたいに残るものを作ろうというのは分かるが、本当に重要なレガシーは『人』」 「日本はカルチャーが弱いとずっと言われてきて、エンタメやIP(アニメなど知的財産)も強いが、アートやカルチャーの難しいのは弱いと言われていた。それがここで強くなったと思う」 「その人たちがたぶん今後、日本のカルチャーを良くしていく」 ▼『人こそがレガシー』万博会場で感じた“変化”とは? メディアアーティスト 落合陽一氏 「椅子を持って暑さ対策をして、この万博を好きでいようとしてくれた人たちが、どんどん体にミャクミャクが“感染”していく」 「その人たちがリピーターになって、ここのカルチャーをつくっていき、つくったカルチャーが伝播し始めた、盛り上がってきたというタイミングで、いつの間にか終わることになってしまった」 「少なくともこの万博に関わった人は、大阪のことが好きになったと思う」 「その人たちはすごく“屈強”で、いろんな困難があっても、文化を愛して並んでくれたりした人たちが、のべ2800万人ここに来たのは、すごく日本にとって意味のあること」 「184日しかないように見えて、ここにいた人たちは日本のことを好きになってくれた」 「日本語がある程度わかる、日本文化に造詣が深い、彼らの一生の記憶の中に、この大阪の184日間が刻まれたのは、日本にとって60年70年の財産」

報道ステーション+サタステ

297,125 views • 11 months ago

日本に行った人が、帰ってから苦しくなることがある。日本で見たものは、特別なイベントじゃない。電車がだいたい時間に来ること。人が列をつくること。店で「ありがとう」と言われること。夜の道が、怖くないこと。そういう小さな当たり前。でも、その小さな当たり前が、帰国した瞬間に刃になる。 自分の国の音が、急に大きく聞こえる。怒鳴り声。クラクション。割り込み。投げるような言葉。前は平気だったのに、平気じゃなくなる。日本が良すぎたからじゃない。比べる目が、できてしまったからだ。 この痛みは、普通な感覚。違う世界を一度見た人にだけ起きる、ふつうの揺れ。 ただ、ここで気をつけたいことがある。旅先は、少しだけ夢に似ている。短い時間の中で、いい場面が多く見える。だから日本は完璧だと思いすぎると、自分のいる場所が全部ダメに見えてしまう。すると心が、帰る場所を失う。 じゃあ、どうしたらいいのか。 答えは、全部を日本にしようとしないこと。 日本で好きだったことを、ひとつだけ持ち帰る。 朝、靴をそろえる。 人にぶつかったら小さく「すいません」と言う。 時間を守る。部屋を少し整える。 たったそれだけで、心は夢が終わったじゃなくて、夢を生活に変えたと思える。 そしてもう一つ大事なのは、ひとりにならないこと。日本が好きだった人は、日本が好きな人と話せばいい。好きは、誰かと分けると、痛みじゃなくなる。 日本を忘れられないのは、弱いからじゃない。日本に来てくれた人の中に「こう生きたい」が生まれたからだ。 その気持ちを大切にすれば大丈夫。夢は、逃げるためじゃなく、戻ってきたあとに生きるためにある。

クレア

383,105 views • 8 months ago