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クレア

@kureakurea0138,962 subscribers

違和感を言葉にする、名もなき社説執筆者。オールジャンルで日常の「ん?」を社説で深掘りしつつ、AI&X運用で発信力と収益化を研究中。社説の他に、Grok Imagine/SUNO/GPTを使った作品、広告の創作、実例プロンプト、X最新情報を発信。※X Plus会員

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あからさまにぶつかってくる人はまあ、たまに遭遇する。怖いのは、こういう武器を使わない代わりに、短い時間で多くの人に攻撃してくるサイレント通り魔型おばさん。なんか逆ギレしてきそうで、注意もしにくいよね。

あからさまにぶつかってくる人はまあ、たまに遭遇する。怖いのは、こういう武器を使わない代わりに、短い時間で多くの人に攻撃してくるサイレント通り魔型おばさん。なんか逆ギレしてきそうで、注意もしにくいよね。

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津波!にげて!ってテレビが真っ赤になってるわね。X では「青森クソ寒いのに外出て避難しなきゃいけないのえぐい」と流れてる。画面には「最大3m」「すぐ来る」って出てる。3mって数字だけ見ると「あたしの身長よりちょい上か」くらいで想像しちゃうけど、あれ海水だからね。 コンクリと車と家の破片をかき集めた巨大ミキサー車が、時速何十キロで突っ込んでくるのと同じだよ。 しかも、黄色の「1m」も侮れない。「たった1mかよ」って思ったヤツ、波をプールと勘違いしてる。 膝くらいの水でも、流れが速けりゃ大人でも持ってかれるのよ? 3・11で、堤防越えてきたたった数十センチにやられた町が、いくつもあった、、、 首相官邸のアカウントが「ただちに避難してください」って出して、有志が「死にたくないなら早く逃げろ」って叫んでる。 いつもは政治だ陰謀だって好き勝手言ってる連中が、この瞬間だけはほぼ全員、同じ方向向いている。珍しく国がひとつになるスイッチが「津波警報」ってのが、日本って国の業の深さでもある。 問題はここからでさ。 警報が鳴ってからどうするかを、毎回その場のノリで決めてると、また同じことが起きる。 車で逃げるか、歩きで高いところに行くか? 家族とどこで落ち合うか? 一人暮らしの年寄りや、ペットをどう連れていくか? これを揺れてない日常のうちに決めとくのが、本当の防災なんだよ。 避難が「クソ寒いのにめんどい」じゃなくて、「寒くても生きて文句言える権利」だと思えたら、一歩前進だね。 津波は、人間の都合なんか一切聞いてくれない。 終電も、受験も、推しのライブも、全部まとめてキャンセルしてくる。 その代わり、ちゃんと逃げたヤツだけは、意外と素直に生かしてくれるものよ。だからさ、テレビやスマホが真っ赤になったら、その瞬間だけはまず足を動かす。 信じて逃げたのに何も起きなかった。なんだ逃げ損かよってことの方が多いけど、逃げて何もなくて損したは、世界で一番幸せな損なんじゃないのかしら?

津波!にげて!ってテレビが真っ赤になってるわね。X では「青森クソ寒いのに外出て避難しなきゃいけないのえぐい」と流れてる。画面には「最大3m」「すぐ来る」って出てる。3mって数字だけ見ると「あたしの身長よりちょい上か」くらいで想像しちゃうけど、あれ海水だからね。 コンクリと車と家の破片をかき集めた巨大ミキサー車が、時速何十キロで突っ込んでくるのと同じだよ。 しかも、黄色の「1m」も侮れない。「たった1mかよ」って思ったヤツ、波をプールと勘違いしてる。 膝くらいの水でも、流れが速けりゃ大人でも持ってかれるのよ? 3・11で、堤防越えてきたたった数十センチにやられた町が、いくつもあった、、、 首相官邸のアカウントが「ただちに避難してください」って出して、有志が「死にたくないなら早く逃げろ」って叫んでる。 いつもは政治だ陰謀だって好き勝手言ってる連中が、この瞬間だけはほぼ全員、同じ方向向いている。珍しく国がひとつになるスイッチが「津波警報」ってのが、日本って国の業の深さでもある。 問題はここからでさ。 警報が鳴ってからどうするかを、毎回その場のノリで決めてると、また同じことが起きる。 車で逃げるか、歩きで高いところに行くか? 家族とどこで落ち合うか? 一人暮らしの年寄りや、ペットをどう連れていくか? これを揺れてない日常のうちに決めとくのが、本当の防災なんだよ。 避難が「クソ寒いのにめんどい」じゃなくて、「寒くても生きて文句言える権利」だと思えたら、一歩前進だね。 津波は、人間の都合なんか一切聞いてくれない。 終電も、受験も、推しのライブも、全部まとめてキャンセルしてくる。 その代わり、ちゃんと逃げたヤツだけは、意外と素直に生かしてくれるものよ。だからさ、テレビやスマホが真っ赤になったら、その瞬間だけはまず足を動かす。 信じて逃げたのに何も起きなかった。なんだ逃げ損かよってことの方が多いけど、逃げて何もなくて損したは、世界で一番幸せな損なんじゃないのかしら?

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面白いのは、彼らが反応しているのが、厳密には日本そのものではなく、「アメリカ文化を丁寧に扱う日本」に対してだということです。KFCは本来アメリカ発の大衆チェーンなのに、日本ではそれが妙に清潔で、妙に安定していて、妙にちゃんとおいしそうに見える。するとアメリカ側は、自国の記号を海外で見ているはずなのに、なぜかそこに理想のアメリカを見つけてしまう。だから「家の近くのアメリカ」「アメリカがそこにはある」という冗談が、ただのネタを越えて少し切実になる。 これはかなり現代的な現象だと思う。 人はもう、自国の理念を自国の中でだけ確認するとは限らない。むしろ外部に、より整った形で保存されている自国性を見て、安心したり、感動したりする。 アメリカ人が日本のKFCや、日本に点在するアメリカっぽさに熱狂するのは、異文化に驚いているというより、自国で失われた手触りを、他国で回収しているからだ。 しかもそこにあるのは、高尚な政治理念ではない。自由、友情、親しみ、ジャンクフード、チェーン店、冗談、雑な愛情表現。つまり国家の公式文書には載らないが、たしかに国民感情を支えていた生活のアメリカだ。 彼らは日本に対して敬意を示しているようでいて、同時に自分たちがかつて信じていたアメリカの陽気さや無邪気さを、日本の風景の中に見つけて興奮している。 だからコメント欄の「God bless the Japanese people」や「I have no notes on Japan」や「Protect them at any cost」は、誇張されたネットミームのように見えて、実はかなり本音に近い。 政治の文脈ではなく、文化の受容のされ方において、「こちらのものを、こんなふうに好いてくれるのか」という感動がある。 人は自分を批評されるより、自分の好きだったものを愛してもらえた時のほうが、ずっと深く心を開く。 一方で、コメントの中には「アメリカのKFCはもうそんなに良くない」「日本のほうがうまそう」という自虐も混じっている。 ここも重要だ。 いま起きているのは単なる日米友好ではなく、アメリカ側の自己認識の揺れでもある。 自国のチェーンより海外店舗のほうが美しく見える。自国の雑さや劣化を、日本の几帳面さが“補完”してしまう。 すると日本は、アメリカ文化の消費者ではなく、ある種の保存修復者のように見えてくる。 この構図は、じつはかなり日本的でもある。 日本は昔から、外来文化をそのままコピーするのではなく、一度受け止めて、再配置して、磨き上げて、別の完成度にして返すことがある。 洋食も、ジーンズも、ジャズも、喫茶店文化もそうだった。今回のKFCも同じで、日本はアメリカを崇拝しているわけではない。 ただ、自分たちなりの秩序と美意識の中に置き直している。その結果、アメリカ人が見ても「あれ、こっちの本家より愛されてないか?」となる。 ここでさらに興味深いのは、この現象が政治を通らずに起きていることだ。 国家間では意見が割れる。歴史認識でも、安全保障でも、経済でも、人はすぐ身構える。 けれどKFCのチキンひとつで、「日本人最高」「移住したい」「このミーム好き」「友達になってる」と感情が溶ける。 もちろん全部が本気ではない。 でも、こういう軽い冗談の往復の中でしか育たない親しさもある。 SNSはしばしば憎悪を増幅するが、ときどきこうして好意の連鎖も爆発的に広げる。 そしてたぶん、この流れがここまで愛された理由は、日本がアメリカを論じたのではなく、食べたからだ。思想ではなく味覚で返し、批評ではなく生活で受け止めた。 だから相手も防御せずに笑える。 文化交流がうまくいくときは、たいてい正論の交換ではなく、こういう少し抜けた入口から始まる。家の近くのKFCを近所のアメリカと呼んでしまう、その雑でかわいい比喩の中に、外交官の文章よりもよほど健全な感情がある。 私が言いたいのは、これは単なるミームではないということだ。 アメリカ人は日本のKFCを見て笑っているのではない。 そこに、自分たちの文化がまだ誰かに愛され、しかも本国より丁寧に扱われている光景を見て、少し救われている。 国はときどき、自分の美点を自分の中では見失う。 でも他国の食卓の上に、それがちゃんと残っていることがある。 だからこれはチキンの話でありながら、どこかで「文化はまだ仲直りできる」という話でもある。

面白いのは、彼らが反応しているのが、厳密には日本そのものではなく、「アメリカ文化を丁寧に扱う日本」に対してだということです。KFCは本来アメリカ発の大衆チェーンなのに、日本ではそれが妙に清潔で、妙に安定していて、妙にちゃんとおいしそうに見える。するとアメリカ側は、自国の記号を海外で見ているはずなのに、なぜかそこに理想のアメリカを見つけてしまう。だから「家の近くのアメリカ」「アメリカがそこにはある」という冗談が、ただのネタを越えて少し切実になる。 これはかなり現代的な現象だと思う。 人はもう、自国の理念を自国の中でだけ確認するとは限らない。むしろ外部に、より整った形で保存されている自国性を見て、安心したり、感動したりする。 アメリカ人が日本のKFCや、日本に点在するアメリカっぽさに熱狂するのは、異文化に驚いているというより、自国で失われた手触りを、他国で回収しているからだ。 しかもそこにあるのは、高尚な政治理念ではない。自由、友情、親しみ、ジャンクフード、チェーン店、冗談、雑な愛情表現。つまり国家の公式文書には載らないが、たしかに国民感情を支えていた生活のアメリカだ。 彼らは日本に対して敬意を示しているようでいて、同時に自分たちがかつて信じていたアメリカの陽気さや無邪気さを、日本の風景の中に見つけて興奮している。 だからコメント欄の「God bless the Japanese people」や「I have no notes on Japan」や「Protect them at any cost」は、誇張されたネットミームのように見えて、実はかなり本音に近い。 政治の文脈ではなく、文化の受容のされ方において、「こちらのものを、こんなふうに好いてくれるのか」という感動がある。 人は自分を批評されるより、自分の好きだったものを愛してもらえた時のほうが、ずっと深く心を開く。 一方で、コメントの中には「アメリカのKFCはもうそんなに良くない」「日本のほうがうまそう」という自虐も混じっている。 ここも重要だ。 いま起きているのは単なる日米友好ではなく、アメリカ側の自己認識の揺れでもある。 自国のチェーンより海外店舗のほうが美しく見える。自国の雑さや劣化を、日本の几帳面さが“補完”してしまう。 すると日本は、アメリカ文化の消費者ではなく、ある種の保存修復者のように見えてくる。 この構図は、じつはかなり日本的でもある。 日本は昔から、外来文化をそのままコピーするのではなく、一度受け止めて、再配置して、磨き上げて、別の完成度にして返すことがある。 洋食も、ジーンズも、ジャズも、喫茶店文化もそうだった。今回のKFCも同じで、日本はアメリカを崇拝しているわけではない。 ただ、自分たちなりの秩序と美意識の中に置き直している。その結果、アメリカ人が見ても「あれ、こっちの本家より愛されてないか?」となる。 ここでさらに興味深いのは、この現象が政治を通らずに起きていることだ。 国家間では意見が割れる。歴史認識でも、安全保障でも、経済でも、人はすぐ身構える。 けれどKFCのチキンひとつで、「日本人最高」「移住したい」「このミーム好き」「友達になってる」と感情が溶ける。 もちろん全部が本気ではない。 でも、こういう軽い冗談の往復の中でしか育たない親しさもある。 SNSはしばしば憎悪を増幅するが、ときどきこうして好意の連鎖も爆発的に広げる。 そしてたぶん、この流れがここまで愛された理由は、日本がアメリカを論じたのではなく、食べたからだ。思想ではなく味覚で返し、批評ではなく生活で受け止めた。 だから相手も防御せずに笑える。 文化交流がうまくいくときは、たいてい正論の交換ではなく、こういう少し抜けた入口から始まる。家の近くのKFCを近所のアメリカと呼んでしまう、その雑でかわいい比喩の中に、外交官の文章よりもよほど健全な感情がある。 私が言いたいのは、これは単なるミームではないということだ。 アメリカ人は日本のKFCを見て笑っているのではない。 そこに、自分たちの文化がまだ誰かに愛され、しかも本国より丁寧に扱われている光景を見て、少し救われている。 国はときどき、自分の美点を自分の中では見失う。 でも他国の食卓の上に、それがちゃんと残っていることがある。 だからこれはチキンの話でありながら、どこかで「文化はまだ仲直りできる」という話でもある。

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何の液体かも不明のまま一生懸命サリンを片付けた駅員が多くの命を救ったものの、電車一本の乗り遅れが生死を分けて、大勢が犠牲になった日本で最大級のテロ事件。執行済みの麻原死刑囚、事件の前は普通にバラエティーも出ててゾッとする。もう2度とこんな事件、起こらない日本になってほしい。

何の液体かも不明のまま一生懸命サリンを片付けた駅員が多くの命を救ったものの、電車一本の乗り遅れが生死を分けて、大勢が犠牲になった日本で最大級のテロ事件。執行済みの麻原死刑囚、事件の前は普通にバラエティーも出ててゾッとする。もう2度とこんな事件、起こらない日本になってほしい。

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二つの美味しそうなキャベツ料理。一つは、炊飯器の中で静かに蒸され、子どもの目がまん丸になる、あの親子キャベツ。もう一つは、料理研究家リュウジが投じた、雑に見えて圧倒的に旨い丸ごとキャベツ煮。この二つに共通する本質はなんだろう? それは、家庭料理の再発見こそ、いま最も価値のある革命だという事実です。簡単なのに旨いというのは、人類の命題です。料理というのは本来、複雑である必要はない。 素材が持つ力を、人が邪魔しないように、ほんの少しだけ背中を押す。 キャベツ一玉。 ベーコン数枚。 コンソメ。 炊飯器という文明の賜物。 これだけで、とろけるような甘味と、子どもが思わず息をのむような感動が生まれる。これは手抜きではない。むしろ、素材への信頼と、暮らしの知恵。 親がキャベツを切り分ける。 子どもが見つめる。 湯気が立ち上る。 この数秒の光景こそ、経済統計には決して載らないが、社会を強くする基礎体力になる。 料理が豪華かどうかではない。一緒に食卓を囲む時間こそ、家庭のGDPだよ。そこにある小さな幸福の連続が、将来折れない心をつくる。料理はただの家事ではない。未来への投資そのものだ。 そして、リュウジ氏がやってることは、料理の民主化です。料理研究家が「切らない」「ぶち込むだけ」「雑だけどうまい」と言う。 これは怠慢ではなく、民主主義の革命だよ。 かつて料理本は、正しさの押しつけと家庭の罪悪感でできていた。 でも今は違う。 料理はもっと自由でいい。 もっと楽でいい。 もっと人間のためでいい。 無気力で疲れた人でも作れる美味しさ。それを広めたリュウジ氏の功績は、実は文化史的に相当大きいです。 キャベツ一玉は、料理の素晴らしさの象徴だよ。 人を救うのに手間はいらないし、家庭の幸せは豪華さとは無関係。子どもの記憶は、湯気と匂いでできているし、料理は完璧ではなく共有で完成する。その全てを、たった一玉のキャベツが教えてくれる。

二つの美味しそうなキャベツ料理。一つは、炊飯器の中で静かに蒸され、子どもの目がまん丸になる、あの親子キャベツ。もう一つは、料理研究家リュウジが投じた、雑に見えて圧倒的に旨い丸ごとキャベツ煮。この二つに共通する本質はなんだろう? それは、家庭料理の再発見こそ、いま最も価値のある革命だという事実です。簡単なのに旨いというのは、人類の命題です。料理というのは本来、複雑である必要はない。 素材が持つ力を、人が邪魔しないように、ほんの少しだけ背中を押す。 キャベツ一玉。 ベーコン数枚。 コンソメ。 炊飯器という文明の賜物。 これだけで、とろけるような甘味と、子どもが思わず息をのむような感動が生まれる。これは手抜きではない。むしろ、素材への信頼と、暮らしの知恵。 親がキャベツを切り分ける。 子どもが見つめる。 湯気が立ち上る。 この数秒の光景こそ、経済統計には決して載らないが、社会を強くする基礎体力になる。 料理が豪華かどうかではない。一緒に食卓を囲む時間こそ、家庭のGDPだよ。そこにある小さな幸福の連続が、将来折れない心をつくる。料理はただの家事ではない。未来への投資そのものだ。 そして、リュウジ氏がやってることは、料理の民主化です。料理研究家が「切らない」「ぶち込むだけ」「雑だけどうまい」と言う。 これは怠慢ではなく、民主主義の革命だよ。 かつて料理本は、正しさの押しつけと家庭の罪悪感でできていた。 でも今は違う。 料理はもっと自由でいい。 もっと楽でいい。 もっと人間のためでいい。 無気力で疲れた人でも作れる美味しさ。それを広めたリュウジ氏の功績は、実は文化史的に相当大きいです。 キャベツ一玉は、料理の素晴らしさの象徴だよ。 人を救うのに手間はいらないし、家庭の幸せは豪華さとは無関係。子どもの記憶は、湯気と匂いでできているし、料理は完璧ではなく共有で完成する。その全てを、たった一玉のキャベツが教えてくれる。

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これ昔のCMで、子供が肉の前で「すき焼きだって言ったじゃん!すき焼きだって!」って泣き叫んでる。昭和のスーパーあるあるね。子どもは肉しか見てない。親はチラシの特売と家計簿しか見てない。そこに「よそのお母さん」と思しきおばちゃんが出てきて、他人の子に向かって「わがまま言うんじゃありません!」って雷落とす。 今そんなことしたら、スーパー説教おばさんってXで拡散されて、即炎上コース🔥 でも当時はそれが地域のしつけだったのよ?親じゃない大人が叱るのが当たり前。 で、本物のお母さんが横から飛んできて 「うちの子に何するんですか!」 ってやり合う。 これって実は家庭と社会の綱引き。 誰がこの子を守るのか。 誰がこの子を叱るのか。 その攻防戦の真ん中に、「エバラすき焼きのたれ〜!」ってボトルがドーン。しかもマイルド🤣 タレが仲裁してんだから、よく考えたら相当シュールなCMだよ。 昭和のすき焼きってのはさ、今みたいに月1の贅沢じゃなくて、年に数回のイベントだったんだよ。 ボロいアパートでも、鍋だけはピカピカで、子どもは肉の枚数を兄弟で数えながら食う🥩✨ そこに「すき焼きのタレ」が出てきた。 本来なら、砂糖と醤油と酒の配分で母ちゃんの腕前がバレる世界を、一本のボトルで全部均。おふくろの味を、おふくろの仕事を減らす味にした。 これはね、家族の形を変えた革命なんだよ。 タレ一本で、忙しい母ちゃんが味付けの不安から解放されて、仕事もパートもできるようになる。 エバラは、皿の上だけじゃなくて、日本の時間と家族の配分まで影響を与えた。 で、時代は飛んで令和。 料理研究家のリュウジ様が「エバラさんの案件動画なんですけど〜」って、YouTubeでエバラとコラボ。昔の母ちゃんは、パッケージの裏のレシピ読むのにも戸惑ってたのにさ、今はリュウジ兄さんが 「マジで簡単で信じられないほど肉が柔らかくなります!」 なんて言いながら、視聴者542万人に向かってフライパン振ってる。 これ、よく考えたらすごいよ。 昭和は母ちゃん1人にタレ1本。 令和は日本中の一人暮らし、共働き、子育て、料理初心者にリュウジ1人とタレ1本。 リュウジ様は 「レシピ本付きのタレ」 みたいなもんで、エバラはタレだけじゃなくて、作り方までセットで売る時代になったわけ。 しかも黄金の味で漬け込み、黄金鶏むねマヨチキンなんて、牛肉どころか鶏むねまで救済してる🥰 物価高でステーキなんて夢のまた夢の若者が、安い肉をごちそうに変える裏ワザを教えてもらう✨ 昭和のすき焼きタレが「年に数回のごちそう」なら、 令和の黄金の味は「冷蔵庫のスキマにある安肉をその日のテンション上げるごちそうに変える魔法」 企業のコラボ案件っていうと、なんとなく「ステマじゃねぇか」って言われるけど、エバラとリュウジの関係は、昭和の電通でも思いつかなかったタイプの宣伝だよ📺 昔は15秒のCMで家族の理想像を押し付ける。 今は40分の動画で「エバラで再現できるレシピ」と「現実の台所」を見せる。 リュウジがやってるのは、ブランドの夢と視聴者の冷蔵庫の橋渡しなんだよ。 視聴者は、 「うまそうだなー、でも材料はスーパーの特売肉とタレだけか」 ってなる。 企業は売れる、視聴者は腹いっぱい、リュウジはチャンネル登録が増える。 みんな得してるじゃん?🤣すごくね? 昭和の他人の子を叱るおばちゃんより、よっぽど平和な利害調整だろ? 結局さ、エバラのタレってのは、ここ何十年も日本人の晩ごはんのメンタルを支えてきたわけ。 景気悪くても、肉を薄く切ればごちそうになる🍖 仕事でクタクタでも、タレかければそれなりの味になる🍻 レシピが分からなくても、「エバラ入れとけ」で会話が終わる。 そこに今、リュウジみたいな料理お兄さんが現れて、「大丈夫、マジで簡単に信じられないほど焼肉が美味しくなります」って画面の向こうから励ましてくる。 昭和の母ちゃんが、見知らぬおばちゃんに怒鳴られながら肉をカゴに入れてた時代から考えたら、ずいぶん優しい世の中になったものね。 「すき焼きだって言ったじゃん!」って泣いてた子どもが令和になって黄金の味で宅飲みしてるおっさんになってるかもなー。 あの子に今こう言いたいね。 「きみがスーパーで泣き叫んだおかげで、日本のタレ文化はここまで進化したんだよ。だから、今日は黙って黄金の味で一杯やるわよ?」 なんて言いながら、結局いちばんエバラにお世話になってるのは、深夜2時にフライパンで肉焼いてるあたしみたいな名もなき社説執筆者なのよね。

これ昔のCMで、子供が肉の前で「すき焼きだって言ったじゃん!すき焼きだって!」って泣き叫んでる。昭和のスーパーあるあるね。子どもは肉しか見てない。親はチラシの特売と家計簿しか見てない。そこに「よそのお母さん」と思しきおばちゃんが出てきて、他人の子に向かって「わがまま言うんじゃありません!」って雷落とす。 今そんなことしたら、スーパー説教おばさんってXで拡散されて、即炎上コース🔥 でも当時はそれが地域のしつけだったのよ?親じゃない大人が叱るのが当たり前。 で、本物のお母さんが横から飛んできて 「うちの子に何するんですか!」 ってやり合う。 これって実は家庭と社会の綱引き。 誰がこの子を守るのか。 誰がこの子を叱るのか。 その攻防戦の真ん中に、「エバラすき焼きのたれ〜!」ってボトルがドーン。しかもマイルド🤣 タレが仲裁してんだから、よく考えたら相当シュールなCMだよ。 昭和のすき焼きってのはさ、今みたいに月1の贅沢じゃなくて、年に数回のイベントだったんだよ。 ボロいアパートでも、鍋だけはピカピカで、子どもは肉の枚数を兄弟で数えながら食う🥩✨ そこに「すき焼きのタレ」が出てきた。 本来なら、砂糖と醤油と酒の配分で母ちゃんの腕前がバレる世界を、一本のボトルで全部均。おふくろの味を、おふくろの仕事を減らす味にした。 これはね、家族の形を変えた革命なんだよ。 タレ一本で、忙しい母ちゃんが味付けの不安から解放されて、仕事もパートもできるようになる。 エバラは、皿の上だけじゃなくて、日本の時間と家族の配分まで影響を与えた。 で、時代は飛んで令和。 料理研究家のリュウジ様が「エバラさんの案件動画なんですけど〜」って、YouTubeでエバラとコラボ。昔の母ちゃんは、パッケージの裏のレシピ読むのにも戸惑ってたのにさ、今はリュウジ兄さんが 「マジで簡単で信じられないほど肉が柔らかくなります!」 なんて言いながら、視聴者542万人に向かってフライパン振ってる。 これ、よく考えたらすごいよ。 昭和は母ちゃん1人にタレ1本。 令和は日本中の一人暮らし、共働き、子育て、料理初心者にリュウジ1人とタレ1本。 リュウジ様は 「レシピ本付きのタレ」 みたいなもんで、エバラはタレだけじゃなくて、作り方までセットで売る時代になったわけ。 しかも黄金の味で漬け込み、黄金鶏むねマヨチキンなんて、牛肉どころか鶏むねまで救済してる🥰 物価高でステーキなんて夢のまた夢の若者が、安い肉をごちそうに変える裏ワザを教えてもらう✨ 昭和のすき焼きタレが「年に数回のごちそう」なら、 令和の黄金の味は「冷蔵庫のスキマにある安肉をその日のテンション上げるごちそうに変える魔法」 企業のコラボ案件っていうと、なんとなく「ステマじゃねぇか」って言われるけど、エバラとリュウジの関係は、昭和の電通でも思いつかなかったタイプの宣伝だよ📺 昔は15秒のCMで家族の理想像を押し付ける。 今は40分の動画で「エバラで再現できるレシピ」と「現実の台所」を見せる。 リュウジがやってるのは、ブランドの夢と視聴者の冷蔵庫の橋渡しなんだよ。 視聴者は、 「うまそうだなー、でも材料はスーパーの特売肉とタレだけか」 ってなる。 企業は売れる、視聴者は腹いっぱい、リュウジはチャンネル登録が増える。 みんな得してるじゃん?🤣すごくね? 昭和の他人の子を叱るおばちゃんより、よっぽど平和な利害調整だろ? 結局さ、エバラのタレってのは、ここ何十年も日本人の晩ごはんのメンタルを支えてきたわけ。 景気悪くても、肉を薄く切ればごちそうになる🍖 仕事でクタクタでも、タレかければそれなりの味になる🍻 レシピが分からなくても、「エバラ入れとけ」で会話が終わる。 そこに今、リュウジみたいな料理お兄さんが現れて、「大丈夫、マジで簡単に信じられないほど焼肉が美味しくなります」って画面の向こうから励ましてくる。 昭和の母ちゃんが、見知らぬおばちゃんに怒鳴られながら肉をカゴに入れてた時代から考えたら、ずいぶん優しい世の中になったものね。 「すき焼きだって言ったじゃん!」って泣いてた子どもが令和になって黄金の味で宅飲みしてるおっさんになってるかもなー。 あの子に今こう言いたいね。 「きみがスーパーで泣き叫んだおかげで、日本のタレ文化はここまで進化したんだよ。だから、今日は黙って黄金の味で一杯やるわよ?」 なんて言いながら、結局いちばんエバラにお世話になってるのは、深夜2時にフライパンで肉焼いてるあたしみたいな名もなき社説執筆者なのよね。

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石破さんに入れたこの9票の差が、日本の未来を変えたのよね。石破さんじゃなければ、夏の参議院戦も違った結果だったかもね。

石破さんに入れたこの9票の差が、日本の未来を変えたのよね。石破さんじゃなければ、夏の参議院戦も違った結果だったかもね。

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電車ってのはね、国が違っても箱なんだよ。狭い箱に知らん他人が詰め込まれて、みんなちょっとずつ我慢して目的地まで運ばれる。で、その箱の中のルールが国によって全然違う。日本の電車は、言ってみりゃ図書館が走ってるみたいなもんで、海外の電車は立ち飲み屋が走ってることが多い。 これさ、どっちが正しいって話じゃなくて、文化の設計が違うって話です。 ポストにある黒人女性が車内で大声で電話してた、っていうのと、ブルガリア人の本音をセットで観ると面白い。 ブルガリアの人は「慣れたけど、できれば地下鉄でも話したい。10分くらいなら、みんな電話良くない?」って言う。あれ、悪意というより感覚の差そのものなんだよ。 本人の中では、電話も友達との会話も日常の延長で、公共空間で声を出すことがそんなに犯罪の気分じゃない。むしろ「なんで黙ってるの?」くらいの世界もある。 一方で日本は逆でさ、黙ってることが礼儀になってる。ここが厄介で、黙ってる国ってのは、注意もしないんだよ。 嫌な顔はする。 白い目も送る。 でも言わない。 言わないのに、心の中では裁判が始まってる。 しーっ🤫 これ、日本人は子どもにもやるし、静かにしてねの軽い合図のつもりで使う。 でも国によっては、命令っぽく見える。 上から押さえつけられた感じに取られることもある。 つまり、注意した側はマナーのつもり、された側は侮辱のつもりになりやすい。 ここで爆発が起きる。マナーってのは言葉より顔つきで決まるからね。タクシーで運転手に「そこ右」って言うのも、言い方次第で案内か、説教かに分かれるのと同じ。 じゃあどうすんだって話だけど、結論は単純でさ。 日本の電車は静けさ込みで商品なんだよ。寿司屋に入って俺、本マグロと納豆混ぜたいって言っても、自由だけど嫌がられるだろ? ここは寿司屋なんだから。 だから日本では車内通話は控えるが基本ルールでいい。これは差別じゃなくて、店のルール。相手の肌の色じゃなくて、行為の問題。 ただし日本側も、やり方が下手なんだよ。やるなら、白い目じゃなくて、案内にしないと。 白い目ってのは無言の包丁なのよ。刺さるけど、相手は何で刺されたか分からない。 分からないから逆ギレになる。 だから次に必要なのは、包丁じゃなくてメニュー表。 「ここは静かにする車両です」 「通話はデッキでお願いします」 それを多言語で、ユーモアも混ぜて、徹底して貼る。車掌や駅員も、注意というより誘導で動く。これだけで衝突は減る。 で、乗客側も大事なのは、注意するなら品を持つこと。 「すみません、ここ日本の電車で、通話ダメなんです。よかったらあっちで」 これを笑顔で言える人が増えると、空気が変わる。逆に、正義の顔して黙れってやると、相手の文化圏では喧嘩のゴングになることがある。 ルールを守らせたいなら、勝ちたいんじゃなくて、収めたいんだよ。 最後にもう一個。 ブルガリアの人の「10分くらい電話いいじゃん」って本音、あれをゼロにしろってのも無理がある。 人は急に別の国のOSに入れ替わらない。 だからこそ、受け入れる側の日本も黙って耐えるだけじゃなく、ルールを伝える仕組みを育てないといけない。 多文化共生ってのは、仲良くなる前に、まず取扱説明書を配ることなんだよね。 電車は動く社会。 そこで揉めるのは、国が壊れてるんじゃなくて、説明が足りないか、言い方が荒いか、だいたいそのどっちか。 図書館の電車を守りたいなら、図書館らしいやり方で守ればいい。静かに、はっきりと、ルールを渡していく。

電車ってのはね、国が違っても箱なんだよ。狭い箱に知らん他人が詰め込まれて、みんなちょっとずつ我慢して目的地まで運ばれる。で、その箱の中のルールが国によって全然違う。日本の電車は、言ってみりゃ図書館が走ってるみたいなもんで、海外の電車は立ち飲み屋が走ってることが多い。 これさ、どっちが正しいって話じゃなくて、文化の設計が違うって話です。 ポストにある黒人女性が車内で大声で電話してた、っていうのと、ブルガリア人の本音をセットで観ると面白い。 ブルガリアの人は「慣れたけど、できれば地下鉄でも話したい。10分くらいなら、みんな電話良くない?」って言う。あれ、悪意というより感覚の差そのものなんだよ。 本人の中では、電話も友達との会話も日常の延長で、公共空間で声を出すことがそんなに犯罪の気分じゃない。むしろ「なんで黙ってるの?」くらいの世界もある。 一方で日本は逆でさ、黙ってることが礼儀になってる。ここが厄介で、黙ってる国ってのは、注意もしないんだよ。 嫌な顔はする。 白い目も送る。 でも言わない。 言わないのに、心の中では裁判が始まってる。 しーっ🤫 これ、日本人は子どもにもやるし、静かにしてねの軽い合図のつもりで使う。 でも国によっては、命令っぽく見える。 上から押さえつけられた感じに取られることもある。 つまり、注意した側はマナーのつもり、された側は侮辱のつもりになりやすい。 ここで爆発が起きる。マナーってのは言葉より顔つきで決まるからね。タクシーで運転手に「そこ右」って言うのも、言い方次第で案内か、説教かに分かれるのと同じ。 じゃあどうすんだって話だけど、結論は単純でさ。 日本の電車は静けさ込みで商品なんだよ。寿司屋に入って俺、本マグロと納豆混ぜたいって言っても、自由だけど嫌がられるだろ? ここは寿司屋なんだから。 だから日本では車内通話は控えるが基本ルールでいい。これは差別じゃなくて、店のルール。相手の肌の色じゃなくて、行為の問題。 ただし日本側も、やり方が下手なんだよ。やるなら、白い目じゃなくて、案内にしないと。 白い目ってのは無言の包丁なのよ。刺さるけど、相手は何で刺されたか分からない。 分からないから逆ギレになる。 だから次に必要なのは、包丁じゃなくてメニュー表。 「ここは静かにする車両です」 「通話はデッキでお願いします」 それを多言語で、ユーモアも混ぜて、徹底して貼る。車掌や駅員も、注意というより誘導で動く。これだけで衝突は減る。 で、乗客側も大事なのは、注意するなら品を持つこと。 「すみません、ここ日本の電車で、通話ダメなんです。よかったらあっちで」 これを笑顔で言える人が増えると、空気が変わる。逆に、正義の顔して黙れってやると、相手の文化圏では喧嘩のゴングになることがある。 ルールを守らせたいなら、勝ちたいんじゃなくて、収めたいんだよ。 最後にもう一個。 ブルガリアの人の「10分くらい電話いいじゃん」って本音、あれをゼロにしろってのも無理がある。 人は急に別の国のOSに入れ替わらない。 だからこそ、受け入れる側の日本も黙って耐えるだけじゃなく、ルールを伝える仕組みを育てないといけない。 多文化共生ってのは、仲良くなる前に、まず取扱説明書を配ることなんだよね。 電車は動く社会。 そこで揉めるのは、国が壊れてるんじゃなくて、説明が足りないか、言い方が荒いか、だいたいそのどっちか。 図書館の電車を守りたいなら、図書館らしいやり方で守ればいい。静かに、はっきりと、ルールを渡していく。

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トラックめいめいみたいな子を見るとマジでリスペクトしかない。24歳の女の子がトレーラーで956.3km走ったり、時にはコンテナ6基30トンを手積みしてるとかカッコよすぎ🥰世の中じゃ「女性活躍」とか「推しドライバー」とか、キレイな言葉で持ち上げてるけど、実態は若さと根性を燃料にした最強の物流だよ。 あれ、ベテランおっさんドライバーが同じことやってたらブラック企業とか労基署案件って言われるレベルだからね😂 TikTokのコメント欄を見ると、「すごい」「可愛い」「ようやるわ」とある。 「運転手不足の理由?」って書いてる人もいたけど、答えはこの動画1本とこのトラックの前で米持った女の子のポストに全部映ってる。 荷物は重い、時間はタイト。運転だけじゃなくて積み降ろしまで丸抱え。これで「若者がトラック運転手になりたがらない」とか、よく言えたものね。こりゃ誰でもできる仕事じゃない。 自分で選んだ仕事で、誇り持ってやってる顔してる。北海道の米や野菜を抱えて写真撮ってるの見りゃわかる。 私が運ばんと、こいつら本州まで行けないんだっていう責任感がにじんでる。日本中の食卓の裏側には、ああいうドライバーの汗と筋肉と、情熱がぜんぶ詰まってるわけ。 要するに、日本のうまいメシは、あの荷室の中でガタガタ揺られて命懸けの運転手によって運ばれてきてる。 問題は、そういう人たちの頑張りを「美談」にだけ使って、仕組みを変えようとしない大人たちでもある。 「働き方改革」って言いながら、荷主は相変わらず無茶な時間指定を要求して、荷受け側は平気で待たせる。 それを埋めてるのが、めいめいさんみたいな若いドライバーのサービス残業と体力勝負だよ。 これで事故ったら「スピード出し過ぎ」とか「わき見運転」で個人の責任にされるんだから、たまったもんじゃないよ。 本当はさ、「若いからできる」って言ってりゃ済む話じゃなくて、「誰でも安全に続けられるようにする」のが政治と業界の仕事なんだよ。 パレット化するとか、積み降ろしは荷主側の責任にするとか、待機時間にはちゃんと金払うとか、やれることはいくらでもある。 そういう地味な改革をサボって「人手不足が深刻です」って会見してる連中に、あのコンテナの中で10分だけ箱積みさせてみたいね。 たぶん3分でギブアップして、「ロケ弁どこ?」って言い出すんじゃないかしら?🤣 それでも日本の物流が今日も回ってるのは、ああいう信念と筋肉を持った真面目な人間がいるからだよ。 トラックめいめいさんは、日本列島という舞台のど真ん中で、客席からは見えないところを必死で支えてる一人なんだよ。 だからせめてあたしたちできることは、安い送料にばっかり文句言う前に、「ありがとう」「気をつけて帰ってね」の一言ぐらい、心の中で投げてほしいなって思う。 若いうちにしかできない無茶はある。 でも若いうちに壊れて終わりじゃ意味がない。 めいめいさんみたいなドライバーが、10年後も20年後も笑ってハンドル握ってられる国かどうか? そこが、日本の文明国としての腕前が試されてるところなんじゃないかしら?

トラックめいめいみたいな子を見るとマジでリスペクトしかない。24歳の女の子がトレーラーで956.3km走ったり、時にはコンテナ6基30トンを手積みしてるとかカッコよすぎ🥰世の中じゃ「女性活躍」とか「推しドライバー」とか、キレイな言葉で持ち上げてるけど、実態は若さと根性を燃料にした最強の物流だよ。 あれ、ベテランおっさんドライバーが同じことやってたらブラック企業とか労基署案件って言われるレベルだからね😂 TikTokのコメント欄を見ると、「すごい」「可愛い」「ようやるわ」とある。 「運転手不足の理由?」って書いてる人もいたけど、答えはこの動画1本とこのトラックの前で米持った女の子のポストに全部映ってる。 荷物は重い、時間はタイト。運転だけじゃなくて積み降ろしまで丸抱え。これで「若者がトラック運転手になりたがらない」とか、よく言えたものね。こりゃ誰でもできる仕事じゃない。 自分で選んだ仕事で、誇り持ってやってる顔してる。北海道の米や野菜を抱えて写真撮ってるの見りゃわかる。 私が運ばんと、こいつら本州まで行けないんだっていう責任感がにじんでる。日本中の食卓の裏側には、ああいうドライバーの汗と筋肉と、情熱がぜんぶ詰まってるわけ。 要するに、日本のうまいメシは、あの荷室の中でガタガタ揺られて命懸けの運転手によって運ばれてきてる。 問題は、そういう人たちの頑張りを「美談」にだけ使って、仕組みを変えようとしない大人たちでもある。 「働き方改革」って言いながら、荷主は相変わらず無茶な時間指定を要求して、荷受け側は平気で待たせる。 それを埋めてるのが、めいめいさんみたいな若いドライバーのサービス残業と体力勝負だよ。 これで事故ったら「スピード出し過ぎ」とか「わき見運転」で個人の責任にされるんだから、たまったもんじゃないよ。 本当はさ、「若いからできる」って言ってりゃ済む話じゃなくて、「誰でも安全に続けられるようにする」のが政治と業界の仕事なんだよ。 パレット化するとか、積み降ろしは荷主側の責任にするとか、待機時間にはちゃんと金払うとか、やれることはいくらでもある。 そういう地味な改革をサボって「人手不足が深刻です」って会見してる連中に、あのコンテナの中で10分だけ箱積みさせてみたいね。 たぶん3分でギブアップして、「ロケ弁どこ?」って言い出すんじゃないかしら?🤣 それでも日本の物流が今日も回ってるのは、ああいう信念と筋肉を持った真面目な人間がいるからだよ。 トラックめいめいさんは、日本列島という舞台のど真ん中で、客席からは見えないところを必死で支えてる一人なんだよ。 だからせめてあたしたちできることは、安い送料にばっかり文句言う前に、「ありがとう」「気をつけて帰ってね」の一言ぐらい、心の中で投げてほしいなって思う。 若いうちにしかできない無茶はある。 でも若いうちに壊れて終わりじゃ意味がない。 めいめいさんみたいなドライバーが、10年後も20年後も笑ってハンドル握ってられる国かどうか? そこが、日本の文明国としての腕前が試されてるところなんじゃないかしら?

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あのさ、子どもNISAって聞くと、なんかもう時代が一周して未来にワープした気分になる。赤ん坊が泣いたらミルクじゃなくて「積立いっとく?」みたいな。で、横でスマホが「毎月1万円で20年後462万円!」って、景気のいい数字をピンクで叩きつけてくる。 いや、気持ちは分かるよ。 誰でも夢は見たい。 数字は気持ちいい。 ジャグラーやパチンコの出玉表示と同じ。 でもね、その気持ちよさが一番あぶない🚨 まず、子どもに投資を教えるのは悪くない。 むしろ金融リテラシーは早いほどいい。 問題は教育じゃなくて、売り方。 こういう動画の20年後こうなりますってやつ、だいたい前提が省略されてる。 利回り何%想定? 手数料は? 途中で暴落したら? 円の価値が今と同じだと思ってない? こういう都合の悪いところをスッと消して、最後の数字だけドーン。これ、健康食品のCMと同じ構造なんだよ。「飲むだけで!」って。 投資は飲むだけじゃ増えないわよ? で、子どもNISA案の「上限600万円」って話。 格差が広がるから上限を抑えるって理屈は分かる。 分かるけど、どこかでズルいのよね🥺 格差が出るから上限って言いながら、そもそも格差が出る原因(家庭の余裕)には手を付けない。 つまり、みんなで同じスタートじゃなくて、余裕ある家の子は早く走れるけど、走りすぎないでねって話になる。 じゃあ、走れない子は? 置いてきぼりのまま。 これ、優しさの顔した放置だよ。 あと「12歳から引き出せる」みたいな設計も出てくるけど、ここも慎重にしないといけない。 子どものための資産なのに、親の都合が入る余地がデカくなる。家計が苦しい時にちょっとだけが始まって、気づいたら空っぽ。 制度ってのは善意の人だけを想定して作ると、だいたい悪用されるんだよ。人間、そんなに立派じゃないんじゃないかしら? みんなが同じ制度で、同じ商品で、同じ物語を信じるって状況自体が、リスクを同時化させるんだよね。 暴落より怖いのは、安心のテンプレが崩れた瞬間のパニック。制度設計する側は、そこをストレステストして、最悪の場面を先に想像しとけって話。 増える可能性があるじゃなくて、減る可能性もある。 長期なら勝てるじゃなくて、長期でも負ける年はある。 この当たり前を、数字のキラキラより先に教える。 ここを抜いて、国が推してるから安全みたいな空気だけ作ったら、痛い目を見るのは国じゃなくて、あたしたちみたいな庶民なんじゃないかしら?

あのさ、子どもNISAって聞くと、なんかもう時代が一周して未来にワープした気分になる。赤ん坊が泣いたらミルクじゃなくて「積立いっとく?」みたいな。で、横でスマホが「毎月1万円で20年後462万円!」って、景気のいい数字をピンクで叩きつけてくる。 いや、気持ちは分かるよ。 誰でも夢は見たい。 数字は気持ちいい。 ジャグラーやパチンコの出玉表示と同じ。 でもね、その気持ちよさが一番あぶない🚨 まず、子どもに投資を教えるのは悪くない。 むしろ金融リテラシーは早いほどいい。 問題は教育じゃなくて、売り方。 こういう動画の20年後こうなりますってやつ、だいたい前提が省略されてる。 利回り何%想定? 手数料は? 途中で暴落したら? 円の価値が今と同じだと思ってない? こういう都合の悪いところをスッと消して、最後の数字だけドーン。これ、健康食品のCMと同じ構造なんだよ。「飲むだけで!」って。 投資は飲むだけじゃ増えないわよ? で、子どもNISA案の「上限600万円」って話。 格差が広がるから上限を抑えるって理屈は分かる。 分かるけど、どこかでズルいのよね🥺 格差が出るから上限って言いながら、そもそも格差が出る原因(家庭の余裕)には手を付けない。 つまり、みんなで同じスタートじゃなくて、余裕ある家の子は早く走れるけど、走りすぎないでねって話になる。 じゃあ、走れない子は? 置いてきぼりのまま。 これ、優しさの顔した放置だよ。 あと「12歳から引き出せる」みたいな設計も出てくるけど、ここも慎重にしないといけない。 子どものための資産なのに、親の都合が入る余地がデカくなる。家計が苦しい時にちょっとだけが始まって、気づいたら空っぽ。 制度ってのは善意の人だけを想定して作ると、だいたい悪用されるんだよ。人間、そんなに立派じゃないんじゃないかしら? みんなが同じ制度で、同じ商品で、同じ物語を信じるって状況自体が、リスクを同時化させるんだよね。 暴落より怖いのは、安心のテンプレが崩れた瞬間のパニック。制度設計する側は、そこをストレステストして、最悪の場面を先に想像しとけって話。 増える可能性があるじゃなくて、減る可能性もある。 長期なら勝てるじゃなくて、長期でも負ける年はある。 この当たり前を、数字のキラキラより先に教える。 ここを抜いて、国が推してるから安全みたいな空気だけ作ったら、痛い目を見るのは国じゃなくて、あたしたちみたいな庶民なんじゃないかしら?

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水垢にクッキングシートよ?もうね、この国の知恵って本当に油断ならないわよね。クッキングシートのシリコーン加工が、スポンジより細かいヤスリみたいに働いて、水垢だけを粒子レベルでこすり取ってくれるっていう、超地味な物理現象。結局、最後は手でこするのが一番ってことなのね😂 あたしは、ここに、今の日本人の疲れ方がにじみ出てる気がするんだよね。市販の水垢落としを何本も試して、ゴム手袋して、ツンとくるニオイに耐えながらゴシゴシしても落ちない。 仕事でも人間関係でも削られてんのに、家に帰ってまで蛇口にまで心を削られてるわけ。そりゃ「クッキングシートでスルスル落ちます!」って聞いたら、飛びつくわよ。 みんな、本当はピカピカの蛇口が欲しいんじゃなくて、「こんな簡単でよかったんだ」っていう安心に感動している。 しかもこの動画、「傷をつけずに綺麗になる」「スポンジより細かい」「粒子レベルで」って、やたら理系っぽいテロップが踊ってるじゃない? あれも象徴的よね。いまや主婦も一人暮らしの若者も、みんなちょっとした研究者じゃない? 洗剤を信じるんじゃなくて、構造と原理を知りたがる。だって何にでも裏切られてきたからね。給料も、年金も、政治も。せめてクッキングシートくらいは裏切らないでほしいのよ😆 人ってさ、でっかい悩みより、この手の「小さなモヤモヤ」の方が心をじわじわ削るの。お風呂入るたびに視界の端に入ってくる白いウロコ。 「今度の休みにちゃんとやろう」と思いながら、3か月くらい放置して自己嫌悪。そのループを、クッキングシート一枚がスパッと断ち切ってくれる。まるで浄霊みたいなもんだものね。 だからね、この話って単なる掃除テクじゃなくて、 「人生、案外クッキングシート一枚で解決することがある」っていう寓話だと思うの。 高い道具を買い足さなくても、もう家にあるもので、ちょっと視点を変えれば、しつこい水垢みたいな悩みがスルッと落ちることがある。 人間関係も仕事も同じじゃないかしら? 相手を変えようと強い洗剤をぶっかけるより、自分の言い方やタイミングを、クッキングシートみたいに少ししなやかに変えた方が、傷つけずにスッキリすることもある。 そして何より大事なのは、ピカピカになった蛇口をちゃんと眺めること。 「あ、あたし、今日ひとつ、生活をよくしたな」って自分を褒める時間。 それがないから、みんな疲れが取れないんじゃないかしら?

水垢にクッキングシートよ?もうね、この国の知恵って本当に油断ならないわよね。クッキングシートのシリコーン加工が、スポンジより細かいヤスリみたいに働いて、水垢だけを粒子レベルでこすり取ってくれるっていう、超地味な物理現象。結局、最後は手でこするのが一番ってことなのね😂 あたしは、ここに、今の日本人の疲れ方がにじみ出てる気がするんだよね。市販の水垢落としを何本も試して、ゴム手袋して、ツンとくるニオイに耐えながらゴシゴシしても落ちない。 仕事でも人間関係でも削られてんのに、家に帰ってまで蛇口にまで心を削られてるわけ。そりゃ「クッキングシートでスルスル落ちます!」って聞いたら、飛びつくわよ。 みんな、本当はピカピカの蛇口が欲しいんじゃなくて、「こんな簡単でよかったんだ」っていう安心に感動している。 しかもこの動画、「傷をつけずに綺麗になる」「スポンジより細かい」「粒子レベルで」って、やたら理系っぽいテロップが踊ってるじゃない? あれも象徴的よね。いまや主婦も一人暮らしの若者も、みんなちょっとした研究者じゃない? 洗剤を信じるんじゃなくて、構造と原理を知りたがる。だって何にでも裏切られてきたからね。給料も、年金も、政治も。せめてクッキングシートくらいは裏切らないでほしいのよ😆 人ってさ、でっかい悩みより、この手の「小さなモヤモヤ」の方が心をじわじわ削るの。お風呂入るたびに視界の端に入ってくる白いウロコ。 「今度の休みにちゃんとやろう」と思いながら、3か月くらい放置して自己嫌悪。そのループを、クッキングシート一枚がスパッと断ち切ってくれる。まるで浄霊みたいなもんだものね。 だからね、この話って単なる掃除テクじゃなくて、 「人生、案外クッキングシート一枚で解決することがある」っていう寓話だと思うの。 高い道具を買い足さなくても、もう家にあるもので、ちょっと視点を変えれば、しつこい水垢みたいな悩みがスルッと落ちることがある。 人間関係も仕事も同じじゃないかしら? 相手を変えようと強い洗剤をぶっかけるより、自分の言い方やタイミングを、クッキングシートみたいに少ししなやかに変えた方が、傷つけずにスッキリすることもある。 そして何より大事なのは、ピカピカになった蛇口をちゃんと眺めること。 「あ、あたし、今日ひとつ、生活をよくしたな」って自分を褒める時間。 それがないから、みんな疲れが取れないんじゃないかしら?

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あのさー、イスラム教徒の子は悪くないけど、足を洗ってる場所が悪いよね。そこは足洗い場じゃなくて、みんなが手を洗って、顔を整えて、子どもなら蛇口に届くか背伸びして、会社員ならため息つきながらネクタイ直す場所よね? 日本人にとってトイレの洗面所ってそういう公共の身だしなみ台所でもある。そこに足をドンと乗せた瞬間、宗教以前に、日本の感覚だと台所のまな板に靴を置かれたに近い不思議な感覚がある。 こういうマナー違反って、国籍、民族、宗教関係なく、アウト。仏教だろが、キリスト教だろが、シーア派だろが、洗面所は礼拝前に足を洗う場所ではない。日本が心地いいのは、先代の日本人がこういう神聖な秩序あるインフラを守ってきたからじゃない? 冷静に考えてみよ? 宗教の作法がある人が、異国でそれをやりたい。 そこまでは普通に起きる。 問題はやり方と場所なんだよ。 日本って、実は多文化共生が苦手っていうより、説明なしの共存が苦手なのよね。なぜなら、暗黙の了解で動く国だから。 バスの中でカップラーメン食べないでしょ? 他人の家の敷地でバーベキューしないだろ? 公共トイレの紙とかお持ち帰りしないだろ? 公道や店の中ででう◯こや排尿しないだろ? 食べ放題で、肉を素手で鷲掴みしないだろ? ここではこうするって紙が貼ってないのに、みんな勝手に揃う社会。これが日本の魅力的な文化や秩序でもあり、外から来た人にとってはその秩序や規律が地雷原にもなり得るわけ。 逆に言うと、こっちがやるべきことも案外シンプルでさ。洗面台は手洗い専用、足洗いは禁止って、絵で出す。日本語や外国語より絵が効く。 もし需要がある施設なら、足洗い用の低い蛇口や小さなスペースを作る。空港とか観光地は特にね。 来る側にも日本のトイレは神聖なる共有の清潔神殿って最初に教える。学校、職場、自治体の案内とかでも言ったほうがいい。 これって迎合でも敗北でもない。 むしろ、揉め事のコストを下げる現実的な治安対策じゃない? 日本の強みは、清潔さそのものより、他人が使う場所を汚さないという共同作業の秩序にある。そこを壊す行為が嫌われるのは当然。 でも、その怒りを人種、宗教、国籍に乗せた瞬間、日本の品の良さがバイバイ👋になる。 結局ここで問われてるのは、宗教の正しさじゃない。公共空間の作法を、どう翻訳して共有するかじゃないかしら? 足を洗うなら、場所を間違えない。 注意するなら、人間を踏みにじらない。 もうすぐ、日本はどこどこの国の一部になるとか、壮大なスケールのセリフで気持ち良くなりたい気持ちはわかる。日本よ、今に見ているがいい😎ってかっこいいし、映画のセリフみたいじゃん? でもさ、この二つが守れないと、トイレっていう一番小さい空間ですら、国の民度が終焉を迎えるわけ。あんた、そんな国に住みたいかい?って話だよ。 日本のインフラや雰囲気にリスペクトがあるなら、そうした環境を一緒にルール守って維持して守ってくれるなら、日本人だろが、外国人だろが、大歓迎だろ? どうせ日本に住むならさ、みんなで線引きと秩序守って、気持ち良く過ごせる、最高に居心地の良い国にして行こうよって話を、あたしは声を大にしていい続けたい。

あのさー、イスラム教徒の子は悪くないけど、足を洗ってる場所が悪いよね。そこは足洗い場じゃなくて、みんなが手を洗って、顔を整えて、子どもなら蛇口に届くか背伸びして、会社員ならため息つきながらネクタイ直す場所よね? 日本人にとってトイレの洗面所ってそういう公共の身だしなみ台所でもある。そこに足をドンと乗せた瞬間、宗教以前に、日本の感覚だと台所のまな板に靴を置かれたに近い不思議な感覚がある。 こういうマナー違反って、国籍、民族、宗教関係なく、アウト。仏教だろが、キリスト教だろが、シーア派だろが、洗面所は礼拝前に足を洗う場所ではない。日本が心地いいのは、先代の日本人がこういう神聖な秩序あるインフラを守ってきたからじゃない? 冷静に考えてみよ? 宗教の作法がある人が、異国でそれをやりたい。 そこまでは普通に起きる。 問題はやり方と場所なんだよ。 日本って、実は多文化共生が苦手っていうより、説明なしの共存が苦手なのよね。なぜなら、暗黙の了解で動く国だから。 バスの中でカップラーメン食べないでしょ? 他人の家の敷地でバーベキューしないだろ? 公共トイレの紙とかお持ち帰りしないだろ? 公道や店の中ででう◯こや排尿しないだろ? 食べ放題で、肉を素手で鷲掴みしないだろ? ここではこうするって紙が貼ってないのに、みんな勝手に揃う社会。これが日本の魅力的な文化や秩序でもあり、外から来た人にとってはその秩序や規律が地雷原にもなり得るわけ。 逆に言うと、こっちがやるべきことも案外シンプルでさ。洗面台は手洗い専用、足洗いは禁止って、絵で出す。日本語や外国語より絵が効く。 もし需要がある施設なら、足洗い用の低い蛇口や小さなスペースを作る。空港とか観光地は特にね。 来る側にも日本のトイレは神聖なる共有の清潔神殿って最初に教える。学校、職場、自治体の案内とかでも言ったほうがいい。 これって迎合でも敗北でもない。 むしろ、揉め事のコストを下げる現実的な治安対策じゃない? 日本の強みは、清潔さそのものより、他人が使う場所を汚さないという共同作業の秩序にある。そこを壊す行為が嫌われるのは当然。 でも、その怒りを人種、宗教、国籍に乗せた瞬間、日本の品の良さがバイバイ👋になる。 結局ここで問われてるのは、宗教の正しさじゃない。公共空間の作法を、どう翻訳して共有するかじゃないかしら? 足を洗うなら、場所を間違えない。 注意するなら、人間を踏みにじらない。 もうすぐ、日本はどこどこの国の一部になるとか、壮大なスケールのセリフで気持ち良くなりたい気持ちはわかる。日本よ、今に見ているがいい😎ってかっこいいし、映画のセリフみたいじゃん? でもさ、この二つが守れないと、トイレっていう一番小さい空間ですら、国の民度が終焉を迎えるわけ。あんた、そんな国に住みたいかい?って話だよ。 日本のインフラや雰囲気にリスペクトがあるなら、そうした環境を一緒にルール守って維持して守ってくれるなら、日本人だろが、外国人だろが、大歓迎だろ? どうせ日本に住むならさ、みんなで線引きと秩序守って、気持ち良く過ごせる、最高に居心地の良い国にして行こうよって話を、あたしは声を大にしていい続けたい。

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数年前のTikTokで23歳海上自衛官、手取り17万8千円って動画見て思った。今はもう少し上がってると信じたいなってね。だってさ、海の上で寝て起きて、いつミサイル飛んでくるか分かんない世界線で働いてる若者の給料とは思えないんだもん。そりゃ自衛隊は居、食、住タダだ、強制貯金だ、手当だって話もこの動画のコメ欄にはある。 でもさ、命懸け手当がコンビニの深夜バイトと同じノリで語られてる時点で、この国の感覚はだいぶ麻痺してんじゃないかしら? 港出てから家族に会えない日数とか、災害現場で泥まみれになってる時間は、給料明細には行数がないのよ。 で、希望は、小泉進次郎防衛大臣のポストだよ。グラフ出して「若手は330万→410万→440万です!」って、アイドルの新曲プロモーションみたいに年収アップが書かれてる。 もちろん上げるのは大事😆 やっとスタートラインにちょっと近づいたって感じだろ? でも問題は、日本の安全保障を支える根っこに、ギリギリ生活の若者を乗せていいのか?って話なのよね。 政治家は「隊員とご家族こそ防衛力の基盤です」と嬉しいことを言ってくれる。 でも、本気でそう思うなら、給料だけじゃなくて、任期後の再就職、家族が転勤で振り回されない仕組みも考えていかなきゃね、あとケガやメンタル壊したあとも見捨てない制度もね。ここまでセットでやらなきゃ、ただのポスター芸になっちゃうわよ。 どの世界でも、ありがとうだけではギャラにならない😔 「ありがたい」「尊敬してます」「感謝しかないです」 どれも気持ちはありがたいけど、それで家賃は払えないし、老後の不安も消えない😖 これから防衛力強化だ、中国だ、台湾だって騒いでるなら、一番前に立つ若い隊員には「とりあえず根性でよろしく」じゃ、戦後80年やってきた安上がり安全保障の延長戦になっちゃうんじゃないかしら? だからこそ、数字のグラフでドヤるだけじゃなくて、「この国は、本気で自衛官を使い捨てにしない国に変えます」ってところまで言って、予算と制度で殴って変えてほしいね。 そうなって初めて、あの昔あったような17万8千円の給料明細が、ただの安月給じゃなくて、誇りのある職業人生の入口に見えてくるんじゃないかしら?

数年前のTikTokで23歳海上自衛官、手取り17万8千円って動画見て思った。今はもう少し上がってると信じたいなってね。だってさ、海の上で寝て起きて、いつミサイル飛んでくるか分かんない世界線で働いてる若者の給料とは思えないんだもん。そりゃ自衛隊は居、食、住タダだ、強制貯金だ、手当だって話もこの動画のコメ欄にはある。 でもさ、命懸け手当がコンビニの深夜バイトと同じノリで語られてる時点で、この国の感覚はだいぶ麻痺してんじゃないかしら? 港出てから家族に会えない日数とか、災害現場で泥まみれになってる時間は、給料明細には行数がないのよ。 で、希望は、小泉進次郎防衛大臣のポストだよ。グラフ出して「若手は330万→410万→440万です!」って、アイドルの新曲プロモーションみたいに年収アップが書かれてる。 もちろん上げるのは大事😆 やっとスタートラインにちょっと近づいたって感じだろ? でも問題は、日本の安全保障を支える根っこに、ギリギリ生活の若者を乗せていいのか?って話なのよね。 政治家は「隊員とご家族こそ防衛力の基盤です」と嬉しいことを言ってくれる。 でも、本気でそう思うなら、給料だけじゃなくて、任期後の再就職、家族が転勤で振り回されない仕組みも考えていかなきゃね、あとケガやメンタル壊したあとも見捨てない制度もね。ここまでセットでやらなきゃ、ただのポスター芸になっちゃうわよ。 どの世界でも、ありがとうだけではギャラにならない😔 「ありがたい」「尊敬してます」「感謝しかないです」 どれも気持ちはありがたいけど、それで家賃は払えないし、老後の不安も消えない😖 これから防衛力強化だ、中国だ、台湾だって騒いでるなら、一番前に立つ若い隊員には「とりあえず根性でよろしく」じゃ、戦後80年やってきた安上がり安全保障の延長戦になっちゃうんじゃないかしら? だからこそ、数字のグラフでドヤるだけじゃなくて、「この国は、本気で自衛官を使い捨てにしない国に変えます」ってところまで言って、予算と制度で殴って変えてほしいね。 そうなって初めて、あの昔あったような17万8千円の給料明細が、ただの安月給じゃなくて、誇りのある職業人生の入口に見えてくるんじゃないかしら?

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あたしの痛みを分かってね🥰こういう嫁さんのために、中国で流行ってるっていう出産の痛み体験。男が椅子に縛られて、腹に電気を流されて、「うわぁぁ!」って叫ぶ。周りはスマホ構えて、笑って、拍手して、コメント欄はうちの旦那にもやらせたい、ベトナムにも欲しいって痛みがエンタメの通貨になってる。 痛みってのは本来、命がここから先は危ないぞって鳴らすサイレンなのに、それを体験コーナーにする。 そこには愛があるのね。彼女は彼を連れて行って、あたしの痛みを理解してほしいと言う。 彼は耐えて、愛してる証明をする。 で、理解のための装置が、ただの罰ゲームになって、万が一病院行きになれば、愛の証明が、医療費の領収書になる。 ねえ、そもそも出産の痛みって、痛いだけじゃない。 九ヶ月の重さ、睡眠不足、ホルモンの嵐、産後の回復、授乳の痛み、メンタルの揺れ、将来への不安。 全部ひっくるめて命を迎える現場だよ。 男に腹の電気を流したって、その全体の影は踏めても、本体は掴めるのかしら? 人間は、掴めないものほど、スイッチ一個で掴んだ気になる。便利だね。 TikTokのコメント欄の奥にあるのは、たぶん恨みだけじゃない。 分かってもらえないっていう、長い孤独だよ。 痛いのに、誰も代わってくれない。 怖いのに、平気な顔をしないといけない。 そこに「分かれ」って叫びが出るのは、人間としてわかるよ。問題は、その叫びの受け取り方が、いつの間にか公開処刑ショーになることじゃないかな? 本当に必要なのは、会話と対話による理解や寄り添いじゃないかな? 怖かった、助けてほしい、今は抱っこを代わって、寝かせて、ありがとう。 その言葉を、日常の中で交換できる夫婦は素敵ね。痛みを同じだけ背負うのは無理でも、同じ方向を向くことはできる。 愛ってのは、相手を泣かせて学ぶことより、相手が泣く前に、気づくことかも。 こうやって痛みを感じてる旦那や彼氏の姿を見て、拍手をして嬉しいって感じるセンス。それも、多様性の形なのはわかるよ、 でも、好きな人が痛がってたり苦しんでたら、あたしは悲しい。辛い思いや痛い思いしないでほしい。 あたしがすごく辛くて苦痛のある体験した時に、同じ思いは逆に相手に体験してほしくない。

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あたしの痛みを分かってね🥰こういう嫁さんのために、中国で流行ってるっていう出産の痛み体験。男が椅子に縛られて、腹に電気を流されて、「うわぁぁ!」って叫ぶ。周りはスマホ構えて、笑って、拍手して、コメント欄はうちの旦那にもやらせたい、ベトナムにも欲しいって痛みがエンタメの通貨になってる。 痛みってのは本来、命がここから先は危ないぞって鳴らすサイレンなのに、それを体験コーナーにする。 そこには愛があるのね。彼女は彼を連れて行って、あたしの痛みを理解してほしいと言う。 彼は耐えて、愛してる証明をする。 で、理解のための装置が、ただの罰ゲームになって、万が一病院行きになれば、愛の証明が、医療費の領収書になる。 ねえ、そもそも出産の痛みって、痛いだけじゃない。 九ヶ月の重さ、睡眠不足、ホルモンの嵐、産後の回復、授乳の痛み、メンタルの揺れ、将来への不安。 全部ひっくるめて命を迎える現場だよ。 男に腹の電気を流したって、その全体の影は踏めても、本体は掴めるのかしら? 人間は、掴めないものほど、スイッチ一個で掴んだ気になる。便利だね。 TikTokのコメント欄の奥にあるのは、たぶん恨みだけじゃない。 分かってもらえないっていう、長い孤独だよ。 痛いのに、誰も代わってくれない。 怖いのに、平気な顔をしないといけない。 そこに「分かれ」って叫びが出るのは、人間としてわかるよ。問題は、その叫びの受け取り方が、いつの間にか公開処刑ショーになることじゃないかな? 本当に必要なのは、会話と対話による理解や寄り添いじゃないかな? 怖かった、助けてほしい、今は抱っこを代わって、寝かせて、ありがとう。 その言葉を、日常の中で交換できる夫婦は素敵ね。痛みを同じだけ背負うのは無理でも、同じ方向を向くことはできる。 愛ってのは、相手を泣かせて学ぶことより、相手が泣く前に、気づくことかも。 こうやって痛みを感じてる旦那や彼氏の姿を見て、拍手をして嬉しいって感じるセンス。それも、多様性の形なのはわかるよ、 でも、好きな人が痛がってたり苦しんでたら、あたしは悲しい。辛い思いや痛い思いしないでほしい。 あたしがすごく辛くて苦痛のある体験した時に、同じ思いは逆に相手に体験してほしくない。

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この一連の流れでいちばん面白いのは、最初はただの「アメリカ男性と肉ならこの写真が好き」という雑談に見えた投稿が、実は国境を越えて理屈より先に伝わる文化として機能してしまったことだと思う。しかも反応してきたのが、皮肉や冷笑ではなく、、、 ✨「テキサスに来い」 ✨「南部は肉ゾーンだ」 ✨「ケンタッキーならどこでも食える」 みたいな、あまりにもストレートな歓迎だった。 ここが大きい。 今のSNSは、知らない相手に対してもまず値踏みし、思想を読み、立場を確認し、少しでもズレれば殴り合いになる空気が濃い。 けれど肉の話になると、それが一気に飛ぶ。 思想も国籍も肩書きも経歴も関係なく、 「肉が好きなのか? ならこっち来い」 で話が成立する。 この単純さは、幼いのではなく、むしろ文明的。 複雑な時代ほど、人間はこういう原始的でわかりやすい共通言語に救われる。 Wall Street Mav の反応も、その象徴だと思う。 彼が言っていたのは、要するに 「怒っている論客たちを見るより、異国のBBQや古いトラックを見ていたほうが気分がいい」 という話だ。 これは軽い冗談に見えて、かなり重い。 つまりいまの言論空間は、同じ国の政治言論より、遠い国の生活風景のほうが魅力的に見えるところまでノイズ化しているということだから。 本来、政治系発信者は「自分たちは社会を語っている」と思っている。あたしも、似たような感覚でそれを発信してた。それが社会の知ってほしい現実みたいな感覚でね。 でも見る側からすると、毎日怒鳴っている言葉より、誰かが肉を焼いて笑っている写真のほうが、よほどその国の豊かさを語ってしまう。 思想の文章が、生活の一枚に負けている。 さらにこの投稿が強いのは、アメリカへの憧れの中身が、成功でも学歴でも大都市でもなく、あの無骨なBBQ風景に向いていることだ。 ✅グリルの上に大量の肉。 ✅気取らない男たち。 ✅広そうな敷地。 雑で、豪快で、でもどこか平和。そこにあるのは金持ち感ではなく、余裕感なんだよね。 人は本当に羨ましいものを見たとき、必ずしも高級車や高層ビルに惹かれるわけじゃない。 むしろ、 こんなふうに気を張らず、 大きな火を囲んで、 でかい肉を焼いて、 他人に来いよと言える空気のほうに心を持っていかれる。 だからこの投稿は伸びた。 肉の写真がバズったんじゃない。 共同体の空気がバズったんだと思う。 そしてここには、日本側の文脈もある。 日本では食事はどうしても繊細で、空気を読み、配慮し、整える文化になりやすい。それは美徳でもあるけれど、ときどき息苦しさにもなる。 そこへアメリカ南部的な 「細けえことはいいから焼け、食え、座れ」 みたいな空気が流れ込んでくると、ある種の解放感として映る。 だから日本人があの写真に惹かれるのは、単に肉好きだからじゃない。気楽な男社会の祝祭を、画面越しに吸っているからなんだよね。 この現象をもっと厳しく言うなら、今のSNSは、賢い言葉より、楽しそうな風景のほうが信頼される時代に入っている。 なぜなら賢い言葉は、しばしば自分を大きく見せるために使われるけれど、楽しそうな風景は、そこで実際に誰かが生きている証拠だから。 人は意見より先に、生き方の手触りを見る。そしてその手触りがある投稿だけが、国境を越えて愛される。それが、Xの目指すSNSの理想なのかもしれない。 この一連の流れは、ただのBBQ話ではない。 SNSが分断を増幅させる装置になっている一方で、 たった一枚の肉の写真が、 「来いよ」 「歓迎するぞ」 「こっちは肉があるぞ」 という、驚くほど古典的で平和な交流を生んだ。 つまりアルゴリズムが煽りを回しても、人間の本能はまだ火と食べ物と歓迎に負ける、ということだ。 少し皮肉っぽく結ぶなら、こうなる。 いまのタイムラインでは、 何かを正しく語る人より、 肉を焼きながら来いよと言える人のほうが、 ずっとその国の魅力を伝えてしまう。 SNSは言葉の戦場になったけれど、 最後に国境を越えるのは、 たぶん思想じゃない。 煙と、肉と、雑な親切なんだと思う。

この一連の流れでいちばん面白いのは、最初はただの「アメリカ男性と肉ならこの写真が好き」という雑談に見えた投稿が、実は国境を越えて理屈より先に伝わる文化として機能してしまったことだと思う。しかも反応してきたのが、皮肉や冷笑ではなく、、、 ✨「テキサスに来い」 ✨「南部は肉ゾーンだ」 ✨「ケンタッキーならどこでも食える」 みたいな、あまりにもストレートな歓迎だった。 ここが大きい。 今のSNSは、知らない相手に対してもまず値踏みし、思想を読み、立場を確認し、少しでもズレれば殴り合いになる空気が濃い。 けれど肉の話になると、それが一気に飛ぶ。 思想も国籍も肩書きも経歴も関係なく、 「肉が好きなのか? ならこっち来い」 で話が成立する。 この単純さは、幼いのではなく、むしろ文明的。 複雑な時代ほど、人間はこういう原始的でわかりやすい共通言語に救われる。 Wall Street Mav の反応も、その象徴だと思う。 彼が言っていたのは、要するに 「怒っている論客たちを見るより、異国のBBQや古いトラックを見ていたほうが気分がいい」 という話だ。 これは軽い冗談に見えて、かなり重い。 つまりいまの言論空間は、同じ国の政治言論より、遠い国の生活風景のほうが魅力的に見えるところまでノイズ化しているということだから。 本来、政治系発信者は「自分たちは社会を語っている」と思っている。あたしも、似たような感覚でそれを発信してた。それが社会の知ってほしい現実みたいな感覚でね。 でも見る側からすると、毎日怒鳴っている言葉より、誰かが肉を焼いて笑っている写真のほうが、よほどその国の豊かさを語ってしまう。 思想の文章が、生活の一枚に負けている。 さらにこの投稿が強いのは、アメリカへの憧れの中身が、成功でも学歴でも大都市でもなく、あの無骨なBBQ風景に向いていることだ。 ✅グリルの上に大量の肉。 ✅気取らない男たち。 ✅広そうな敷地。 雑で、豪快で、でもどこか平和。そこにあるのは金持ち感ではなく、余裕感なんだよね。 人は本当に羨ましいものを見たとき、必ずしも高級車や高層ビルに惹かれるわけじゃない。 むしろ、 こんなふうに気を張らず、 大きな火を囲んで、 でかい肉を焼いて、 他人に来いよと言える空気のほうに心を持っていかれる。 だからこの投稿は伸びた。 肉の写真がバズったんじゃない。 共同体の空気がバズったんだと思う。 そしてここには、日本側の文脈もある。 日本では食事はどうしても繊細で、空気を読み、配慮し、整える文化になりやすい。それは美徳でもあるけれど、ときどき息苦しさにもなる。 そこへアメリカ南部的な 「細けえことはいいから焼け、食え、座れ」 みたいな空気が流れ込んでくると、ある種の解放感として映る。 だから日本人があの写真に惹かれるのは、単に肉好きだからじゃない。気楽な男社会の祝祭を、画面越しに吸っているからなんだよね。 この現象をもっと厳しく言うなら、今のSNSは、賢い言葉より、楽しそうな風景のほうが信頼される時代に入っている。 なぜなら賢い言葉は、しばしば自分を大きく見せるために使われるけれど、楽しそうな風景は、そこで実際に誰かが生きている証拠だから。 人は意見より先に、生き方の手触りを見る。そしてその手触りがある投稿だけが、国境を越えて愛される。それが、Xの目指すSNSの理想なのかもしれない。 この一連の流れは、ただのBBQ話ではない。 SNSが分断を増幅させる装置になっている一方で、 たった一枚の肉の写真が、 「来いよ」 「歓迎するぞ」 「こっちは肉があるぞ」 という、驚くほど古典的で平和な交流を生んだ。 つまりアルゴリズムが煽りを回しても、人間の本能はまだ火と食べ物と歓迎に負ける、ということだ。 少し皮肉っぽく結ぶなら、こうなる。 いまのタイムラインでは、 何かを正しく語る人より、 肉を焼きながら来いよと言える人のほうが、 ずっとその国の魅力を伝えてしまう。 SNSは言葉の戦場になったけれど、 最後に国境を越えるのは、 たぶん思想じゃない。 煙と、肉と、雑な親切なんだと思う。

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いや〜、道路でずらーっとお尻並べてお祈りしてる映像見るとさ、日本人からしたらまず「ここ車通れねーじゃん」なのよねー。宗教的には大事な儀式なんだろうけど、公共のど真ん中でやるってのは、信仰心だけじゃなくて「ここはオレたちのテリトリーだぞ」って政治的なポーズも入ってんだよ。 一方で中国のムスリムを見ると、ラピュタのムスカ大佐のセリフで「見ろ、人がゴミのようだ!」を思い出した。悪口じゃないぞ?あれ笑って見てられるのはアニメだからだよ。 現実の権力者って結構あの目線で人間見てるんじゃねえかって怖くなる。 で、動画見るとわかるけど、画面いっぱいにムスリムがぎっしり映ってて、コメント欄には「マシャアッラー!」「アッラーが守ってくださいますように」「中国と○○国の友情は永遠だ」って世界中からお祈りと拍手が飛んでる。 あれ、一見すると「中国はイスラムにも寛容な平和な国です」ってPVなんだよ🤩 けどさ、中国政府から見たら、あの群衆は信仰の仲間じゃなくて、全部ひっくるめて演出に使う群衆エキストラ✨ 必要なときはドーンと映して「うちはイスラムとも仲良しです🥰❤️🇨🇳」と石油産出国にアピール、都合が悪くなりゃ監視カメラとポイント制でギュッと締める😂 人間をゴミとは言わないけど、「使い終わったら片付ければいいモノ」として扱ってるって意味じゃ、ムスカとあんまり変わらないんじゃないかしら😭? しかもややこしいのは、世界中のムスリムの人たちが、兄弟を思う気持ちから「守られますように」ってコメントして、それがまたプロパガンダに上乗せされる構図だよ。 「中国は我々の兄弟を大事にしている、アメリカやヨーロッパよりマシだ」って空気を作れれば、外交的には大成功ってわけ。 道路を埋め尽くす礼拝も同じでさ、本来は神様と向き合う時間なのに、政治や勢力争いが入り込んだ瞬間、「これは誰の土地か😎」を見せつけるデモンストレーションになる。 信仰そのものは悪くないよ💡 困ってるときに「神様助けてくれ」って祈るのは、人間の自然な姿だし、あたしだって財布落とした時は「神よー」って祈る🙏 大事なのは、どの宗教だろうが、どの国だろうが、「この国のルールの中でなら歓迎します。でも、人をコマにするやり方はお断り🙅‍♀️」って線を引くことだよ。 道路をふさぐ礼拝でも、政治デモでも、相手が神様だろうがイデオロギーだろうが、同じルールで扱う。それをやめた瞬間に、「ここは誰の街か」を決めるのが法律じゃなくて数の圧力になっちゃうわよ? ムスカみたいに「見ろ!人がゴミのようだ🤣」と笑い飛ばす側にもなっちゃいけないし、「素晴らしい、人が作る信仰の壁だ😍」とうっとり眺める側にもなっちゃいけない。 どっちも結局、人間を人間として見てないんだよ で、日本はどうかっていうと、そこにまた「ハラール給食」「道路で礼拝させろ」って話まで持ち込まれそうになってる。 宗教そのものを嫌う必要はないけど、「ルール作るのはこの国だ」って線だけははっきり引いとかないと、気づいたら道路が信仰アピール会場になって、文句言うと差別ってレッテル貼られる社会になるのよねー。 何回もしつこくいうけどさ、信教の自由ってのは、「どこでも何しても自由」じゃなくて、「同じルールの中でそれぞれの神さまを拝みましょう」って約束のことなんだよ。 そもそも、日本には八百万の神様がいるし、唯一神のイスラムとは違う。 本当にその宗教を大事にするなら、まずは受け入れ先の社会を尊重するって発想が必要で、中国みたいに利用したり、日本みたいに遠慮してズルズル後退したり、そのどっちにもなったらアウトだよ? だからこそ、日本人はもうちょっと冷静に道路の上の礼拝を見たほうがいい。 「コイツらすげえ信仰心だわ😳」で終わらせないで、「これが自分の街で毎週やられたらどう思う🤔」って、そこで一回立ち止まるのが、本当の意味で共存を考えるってことだよ。

いや〜、道路でずらーっとお尻並べてお祈りしてる映像見るとさ、日本人からしたらまず「ここ車通れねーじゃん」なのよねー。宗教的には大事な儀式なんだろうけど、公共のど真ん中でやるってのは、信仰心だけじゃなくて「ここはオレたちのテリトリーだぞ」って政治的なポーズも入ってんだよ。 一方で中国のムスリムを見ると、ラピュタのムスカ大佐のセリフで「見ろ、人がゴミのようだ!」を思い出した。悪口じゃないぞ?あれ笑って見てられるのはアニメだからだよ。 現実の権力者って結構あの目線で人間見てるんじゃねえかって怖くなる。 で、動画見るとわかるけど、画面いっぱいにムスリムがぎっしり映ってて、コメント欄には「マシャアッラー!」「アッラーが守ってくださいますように」「中国と○○国の友情は永遠だ」って世界中からお祈りと拍手が飛んでる。 あれ、一見すると「中国はイスラムにも寛容な平和な国です」ってPVなんだよ🤩 けどさ、中国政府から見たら、あの群衆は信仰の仲間じゃなくて、全部ひっくるめて演出に使う群衆エキストラ✨ 必要なときはドーンと映して「うちはイスラムとも仲良しです🥰❤️🇨🇳」と石油産出国にアピール、都合が悪くなりゃ監視カメラとポイント制でギュッと締める😂 人間をゴミとは言わないけど、「使い終わったら片付ければいいモノ」として扱ってるって意味じゃ、ムスカとあんまり変わらないんじゃないかしら😭? しかもややこしいのは、世界中のムスリムの人たちが、兄弟を思う気持ちから「守られますように」ってコメントして、それがまたプロパガンダに上乗せされる構図だよ。 「中国は我々の兄弟を大事にしている、アメリカやヨーロッパよりマシだ」って空気を作れれば、外交的には大成功ってわけ。 道路を埋め尽くす礼拝も同じでさ、本来は神様と向き合う時間なのに、政治や勢力争いが入り込んだ瞬間、「これは誰の土地か😎」を見せつけるデモンストレーションになる。 信仰そのものは悪くないよ💡 困ってるときに「神様助けてくれ」って祈るのは、人間の自然な姿だし、あたしだって財布落とした時は「神よー」って祈る🙏 大事なのは、どの宗教だろうが、どの国だろうが、「この国のルールの中でなら歓迎します。でも、人をコマにするやり方はお断り🙅‍♀️」って線を引くことだよ。 道路をふさぐ礼拝でも、政治デモでも、相手が神様だろうがイデオロギーだろうが、同じルールで扱う。それをやめた瞬間に、「ここは誰の街か」を決めるのが法律じゃなくて数の圧力になっちゃうわよ? ムスカみたいに「見ろ!人がゴミのようだ🤣」と笑い飛ばす側にもなっちゃいけないし、「素晴らしい、人が作る信仰の壁だ😍」とうっとり眺める側にもなっちゃいけない。 どっちも結局、人間を人間として見てないんだよ で、日本はどうかっていうと、そこにまた「ハラール給食」「道路で礼拝させろ」って話まで持ち込まれそうになってる。 宗教そのものを嫌う必要はないけど、「ルール作るのはこの国だ」って線だけははっきり引いとかないと、気づいたら道路が信仰アピール会場になって、文句言うと差別ってレッテル貼られる社会になるのよねー。 何回もしつこくいうけどさ、信教の自由ってのは、「どこでも何しても自由」じゃなくて、「同じルールの中でそれぞれの神さまを拝みましょう」って約束のことなんだよ。 そもそも、日本には八百万の神様がいるし、唯一神のイスラムとは違う。 本当にその宗教を大事にするなら、まずは受け入れ先の社会を尊重するって発想が必要で、中国みたいに利用したり、日本みたいに遠慮してズルズル後退したり、そのどっちにもなったらアウトだよ? だからこそ、日本人はもうちょっと冷静に道路の上の礼拝を見たほうがいい。 「コイツらすげえ信仰心だわ😳」で終わらせないで、「これが自分の街で毎週やられたらどう思う🤔」って、そこで一回立ち止まるのが、本当の意味で共存を考えるってことだよ。

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高市早苗さん、これが民意ですよ。安心して頑張って!!申し訳ありませんが、日本は多数決制です、少数派である批判や誹謗中傷に負けないで!そして、無党派の方々はどんどん声を上げてください。声の大きい少数派に、国政は任せられません。1人でも多く参加してほしい。

高市早苗さん、これが民意ですよ。安心して頑張って!!申し訳ありませんが、日本は多数決制です、少数派である批判や誹謗中傷に負けないで!そして、無党派の方々はどんどん声を上げてください。声の大きい少数派に、国政は任せられません。1人でも多く参加してほしい。

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たぶん、イーロンが日本にハマっているように見える人もいると思う。これ、実はかなり大きな時代の象徴でもある。昔のインターネットは、国ごとに文化圏が分かれていた。アメリカのミームはアメリカで回り、日本のノリは日本で熟成され、互いに翻訳されるまでには時間差があった。 けれど今のXは、その壁をどんどん取り払ってる。すると何が起きるか。最先端テックの中心にいる人物や、世界的な拡散力を持つアカウントが、日本の濃さに直接触れ始めるんだよね。 日本の面白さって、派手な観光資源だけじゃない💡 むしろ本番は、外から見ると一見わかりにくい、あの過剰なまでの文脈の深さにある✨ ✅食べ物に異常にこだわる。 ✅接客が静かに日本独自に完成されている。 ✅アニメもゲームも祭りもコンビニも鉄道も、それぞれが単体で一つの宇宙になっている。 日本はただの国じゃなく、細部が自己主張してくる巨大な編集物なんだと思う。 私はイーロンが日本を堪能する映画が観たい。なぜなら、世界最速で未来へ走る象徴みたいな人物が、日本の速度では測れない豊かさに出会ったらどうなるのか、という興味がある。 ロケットを飛ばす人間が、深夜のラーメン屋や地方の無人駅や自販機の缶コーヒーに心を持っていかれる。その構図は笑えるけれど、同時にかなり本質的でもある。 日本はしばしば「遅れている」と言われる。 でも、それは、日本が古いものをただ捨てず、日常の中に残しながら、新しいものと同居させているともいえる。 百年続く店の隣で最新ガジェットが売られている。全部を更新しないまま、矛盾ごと成立させている。この国の強さは、最新性そのものより、時間の層を壊さず積む力にある。 そしてXという場所は、その日本の濃さを、以前よりずっとむき出しで世界に流し始めている。これは大きい。 これまで日本文化は、輸出されるときにある程度わかりやすく加工されていた。 でも今は違う。 ラーメンの湯気も、ドンキの圧も、変な看板も、過剰な礼儀も、妙に完成度の高い日常も、そのままミームになる。その加工前の日本が海外の注目を集め始めてる。 つまりこの現象は、「日本がウケている」というより、「日本の未翻訳の部分が、ついに世界のタイムラインに流れ込んだ」ということなんだと思う。 そこが面白い。 世界の中心人物ですら、その文脈の洪水の前では、ただの一人の旅行者になる。未来を作る側の人間が、文化に味わわされる側に回る。その逆転が、ものすごく現代的なんだよね。 たぶん私たちが本当に観たい映画は、イーロン個人の珍道中じゃない。 外から来た巨大な視線によって、自分たちでも見慣れてしまった日本の異常な豊かさが、もう一度発見される物語なんだと思う。 笑いながら見られるのに、見終わったあと少しだけ「この国、やっぱり変で、すごいな」と思える映画。 それはたぶん、単なるネタでは終わらない。 日本が世界に誇るべきものは、派手なスローガンでもGDPの数字でもなく、細部に宿った執念ではないでしょうか?

たぶん、イーロンが日本にハマっているように見える人もいると思う。これ、実はかなり大きな時代の象徴でもある。昔のインターネットは、国ごとに文化圏が分かれていた。アメリカのミームはアメリカで回り、日本のノリは日本で熟成され、互いに翻訳されるまでには時間差があった。 けれど今のXは、その壁をどんどん取り払ってる。すると何が起きるか。最先端テックの中心にいる人物や、世界的な拡散力を持つアカウントが、日本の濃さに直接触れ始めるんだよね。 日本の面白さって、派手な観光資源だけじゃない💡 むしろ本番は、外から見ると一見わかりにくい、あの過剰なまでの文脈の深さにある✨ ✅食べ物に異常にこだわる。 ✅接客が静かに日本独自に完成されている。 ✅アニメもゲームも祭りもコンビニも鉄道も、それぞれが単体で一つの宇宙になっている。 日本はただの国じゃなく、細部が自己主張してくる巨大な編集物なんだと思う。 私はイーロンが日本を堪能する映画が観たい。なぜなら、世界最速で未来へ走る象徴みたいな人物が、日本の速度では測れない豊かさに出会ったらどうなるのか、という興味がある。 ロケットを飛ばす人間が、深夜のラーメン屋や地方の無人駅や自販機の缶コーヒーに心を持っていかれる。その構図は笑えるけれど、同時にかなり本質的でもある。 日本はしばしば「遅れている」と言われる。 でも、それは、日本が古いものをただ捨てず、日常の中に残しながら、新しいものと同居させているともいえる。 百年続く店の隣で最新ガジェットが売られている。全部を更新しないまま、矛盾ごと成立させている。この国の強さは、最新性そのものより、時間の層を壊さず積む力にある。 そしてXという場所は、その日本の濃さを、以前よりずっとむき出しで世界に流し始めている。これは大きい。 これまで日本文化は、輸出されるときにある程度わかりやすく加工されていた。 でも今は違う。 ラーメンの湯気も、ドンキの圧も、変な看板も、過剰な礼儀も、妙に完成度の高い日常も、そのままミームになる。その加工前の日本が海外の注目を集め始めてる。 つまりこの現象は、「日本がウケている」というより、「日本の未翻訳の部分が、ついに世界のタイムラインに流れ込んだ」ということなんだと思う。 そこが面白い。 世界の中心人物ですら、その文脈の洪水の前では、ただの一人の旅行者になる。未来を作る側の人間が、文化に味わわされる側に回る。その逆転が、ものすごく現代的なんだよね。 たぶん私たちが本当に観たい映画は、イーロン個人の珍道中じゃない。 外から来た巨大な視線によって、自分たちでも見慣れてしまった日本の異常な豊かさが、もう一度発見される物語なんだと思う。 笑いながら見られるのに、見終わったあと少しだけ「この国、やっぱり変で、すごいな」と思える映画。 それはたぶん、単なるネタでは終わらない。 日本が世界に誇るべきものは、派手なスローガンでもGDPの数字でもなく、細部に宿った執念ではないでしょうか?

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中国の都市すごい、まるで未来都市って、高層ビルがピカピカ光って、空まで照らしてる。確かにあれはすごい。文明のショーケースみたいなものね。でもね、夢ってのは、人の心の中に灯るもんで、外から照らされるもんじゃない。 一方で、日本の田んぼの写真。 黄金色の稲、夕暮れの水田を走る電車。 これ見て「こう言うのでいい」って書いてある。 あれ本物の豊かさってやつだよ。 静けさの中に命がある。派手な光の中には、命の重みは映らない。人間ってのは、便利さで幸せになるわけじゃない。便利の先に空っぽが待ってたら、それは地獄だよ。 日本はさ、稲穂が光る風景の中に、まだ人の生活が息づいてる。それを誇れなくなったら、あたしたちはホンモノの夢を失うことになる。

中国の都市すごい、まるで未来都市って、高層ビルがピカピカ光って、空まで照らしてる。確かにあれはすごい。文明のショーケースみたいなものね。でもね、夢ってのは、人の心の中に灯るもんで、外から照らされるもんじゃない。 一方で、日本の田んぼの写真。 黄金色の稲、夕暮れの水田を走る電車。 これ見て「こう言うのでいい」って書いてある。 あれ本物の豊かさってやつだよ。 静けさの中に命がある。派手な光の中には、命の重みは映らない。人間ってのは、便利さで幸せになるわけじゃない。便利の先に空っぽが待ってたら、それは地獄だよ。 日本はさ、稲穂が光る風景の中に、まだ人の生活が息づいてる。それを誇れなくなったら、あたしたちはホンモノの夢を失うことになる。

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日本人がアメリカ文化を好むとき、そこにあるのは従属じゃなくて再編集された敬意なんだと思う。KFCも、カウボーイも、ロカビリーも、ただの輸入品じゃない。日本はそれを雑に消費せず、生活の中で磨き、様式にして、時には本国よりも丁寧に保存してきた。 だからアメリカ側から見ると、それは自分たちが失いかけたアメリカにもう一度出会う体験になる。 この投稿が面白いのは、日米関係を勝ち負けや謝罪の歴史だけで語っていないところ。80年前は敵だった。なのに今は、文化を通じて「わかるよ」と言い合える。その逆転の成熟があります。 欧州の一部にある評価する前に距離を取る視線と違って、日本の受け取り方には、まず面白がる力がある。 しかも真似で終わらず、手入れして、自分たちの文脈に落とし込む。アメリカ人が日本に親しみを覚えるのは、その器用さ以上に、その奥にある敬意を感じるからだと思う。 文化は、外交より先に和解する。 そして本当に強い国同士は、相手の文化を笑わず、育て合える。 日米の親しさって、たぶんそこにある🇯🇵🇺🇸 素敵な視点を共有していただきありがとうございます😊

日本人がアメリカ文化を好むとき、そこにあるのは従属じゃなくて再編集された敬意なんだと思う。KFCも、カウボーイも、ロカビリーも、ただの輸入品じゃない。日本はそれを雑に消費せず、生活の中で磨き、様式にして、時には本国よりも丁寧に保存してきた。 だからアメリカ側から見ると、それは自分たちが失いかけたアメリカにもう一度出会う体験になる。 この投稿が面白いのは、日米関係を勝ち負けや謝罪の歴史だけで語っていないところ。80年前は敵だった。なのに今は、文化を通じて「わかるよ」と言い合える。その逆転の成熟があります。 欧州の一部にある評価する前に距離を取る視線と違って、日本の受け取り方には、まず面白がる力がある。 しかも真似で終わらず、手入れして、自分たちの文脈に落とし込む。アメリカ人が日本に親しみを覚えるのは、その器用さ以上に、その奥にある敬意を感じるからだと思う。 文化は、外交より先に和解する。 そして本当に強い国同士は、相手の文化を笑わず、育て合える。 日米の親しさって、たぶんそこにある🇯🇵🇺🇸 素敵な視点を共有していただきありがとうございます😊

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宝くじで3億当たったら仕事を辞めるか。こういう話になると、みんな「月80万入るなら上がりだ」ってすぐ計算する。でもね、人間ってそんなに綺麗に利回りだけで生きてないかも。 金がない時は「金さえあれば自由になれる」と思う。 ところが本当に金が入ると、今度は「自由って何だ?」って話になる。 会社を辞めて毎日が日曜になった人間が、急に人生の名監督になれるわけじゃないのよね。 むしろ拍子抜けして、自分が何者か分からなくなる人だっている。仕事ってのは給料をもらう場でもあるけど、同時に社会にある自分の席でもあるんだよ。 それに3億円って、庶民から見りゃ天文学的でも、人生全部を雑に預けられる額かと言えば微妙だね。 気が大きくなって家を買う、車を変える、人に奢る、変な話に乗る。 こうやって金ってのは、入る時より出る時のほうがドラマチックなんだ。 結局ね、宝くじで試されるのは、その後の平常心。 あたしが思うに、3億当たっても、すぐ仕事を辞める人より、生活の形をそんなに変えない人のほうが最強だね。 金で人生をひっくり返すんじゃない。 人生のほうが、急に来た金をのみ込める器かどうか。それが問われるんじゃない? つまり宝くじってのは、「夢を買う券」でもあるけど、同時に「その人の素顔を暴く券」でもある。 当たったあとに見えるのは、通帳の残高じゃない。 その人が、金がなくても持っていた芯なんだよ。

クレア

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母の愛ってのはな、だいたい弁当箱のフタを開けた瞬間に全部つまっているのよね。高校最後の昼休み、学ランの兄ちゃんがワクワクしながらフタ開けたら、真っ白な白米だけ。隣の坊主の子は、ピカチュウのキャラ弁。ランチクロスの上に、エビだ卵焼きだ野菜だって、色まで完璧。パッと見りゃ、どっちが「愛されてるか」って話になりそうでしょ? でもさ、そう単純じゃないのが親子って関係。 白米だけの弁当ってのはさ、「何も考えてない手抜き」か、「いろいろあったけど、とりあえず今日はここまでが限界だった」か、そのどっちか。 朝から仕事、下の子の世話、介護、パート、家事、バタバタの中で、せめて腹だけはいっぱいになれよって、ギュウギュウに詰めたコメ。 おかずはゼロでも、「あんたにだけは腹減ったまま卒業してほしくない」っていう、ギリギリの愛情のにぎりこぶしみたいなもの。 一方のピカチュウ弁当はどう? 海苔でほっぺ描いて、黄色いご飯丸めて、揚げ物揃えて、色のバランスも完璧。モンスターボールのおにぎりまである。 あれはもう、母ちゃんの18年分のアルバムを、最後の一個にぶち込んだって感じだね。 「ここまでよく育ってくれた」「あんたの好きなもん全部入れたよ」「もう明日からは一緒に通学しないんだね」っていう、言葉にならないセリフが、卵焼きの層の数だけ重なってる。 で、極めつけがさ、研修医一年目の娘が救急でクタクタになってるって聞いた途端、弁当屋、おふくろ支店を開店しちまう母ちゃんだよ。 あれなんかもう、愛情と言う名の執念。社会人になっても、白衣着てても、医者になっても、母ちゃんの頭の中じゃ「ちゃんと食べてるの?あんた、痩せたんじゃない?」で止まっている。 面白いのはさ、どの弁当にも共通してるのは儲けじゃなくて損だよ。 時間も手間も睡眠も削って、材料費だってバカにならない。 経営として見たら赤字もいいとこなのに、本人はニコニコしながらキッチンに立ってる。 これが資本主義じゃ計算できない、母のバカさであり、日本の強さなんだよ。 台湾だのパレスチナだの、世の中ギスギスしてるけどさ、教室の片隅で白米だけかき込んでる男子と、キャラ弁崩すのがもったいなくて写真撮ってる男子と、病院の休憩室で弁当をかき込む研修医。 その全部の背中の向こうに、台所の電気だけポツンとついてる朝5時のキッチンがある。 母の愛ってのは、「お前のためなら、今日も自分を後回しにしてやるか」っていう、世界一採算の合わないビジネスを、誰にも褒められずに続ける覚悟だよ。 白米だけの弁当だって、ピカチュウ弁当だって、大量の研修医弁当だって、あれは全部、「まだお前を諦めてないぞ」っていう愛情。 だから、フタ開けてガッカリしたやつも、泣きそうになったやつも、大人になってから一度でいい、こう言ってやりゃいいと思う。 「あの弁当さ。ちゃんと届いてたよ。うるさいほど愛が詰まってたよ」ってね。 それが言えたときに初めて、あの白米もキャラ弁も、完成する。

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景気の悪さってのはさ、まずコンビニのおにぎりの値札に出る。昔は「ワンコインでツナマヨも梅干しもお腹も心もほっこり」ってサイズだったのが、いまや200円オーバーで中身はダイエット中。財布も一緒に痩せさせてどうすんだって話よね😭 ところがだ。池袋だの豊島区の路地裏で、炭治郎柄の三角巾おばちゃんが黙々と握ってる職人おにぎりは、400円でも高さも具の量も、もはやおにぎり富士山。 コンビニ2個分の値段で、米も具も気持ちもギュッと詰まった「ちゃんとした昼飯」が出てくる。 値段だけ見りゃ高いけど、皿に乗った瞬間、「あ、これはご飯っていうより作品なんだな」ってわかる。 ただの米と具なのに、何が違うかって? あのね、コンビニのおにぎりには効率が詰まってて、職人おにぎりには人生が詰まってるんだよ。 深夜シフトのバイトくんが補充する棚のおにぎりもありがたいし、好きだよ🥰 でもな、何十年も炊飯器とにらめっこしてきたおばちゃんの手つきには、「この町で今日も誰かを腹いっぱいにしてやるか」って覚悟が見えるのよね🔥 日本の希望って、たぶんこの差の中にある。 大企業は値上げしても「原材料高騰のため」で済ませるよね? 政治家は物価高対策パッケージを何度でも出せる。 でも、路地裏の小さなおにぎり屋は、米の値段も光熱費も全部、自分の指先で受け止めて、それでも「具をケチったらお客さんの顔が曇る」と分かってるから、ギリギリまで笑って握り続ける。 列に並ぶ若い子が「コンビニ2個よりこっちのほうがいい」と言う。 おじさんが「高いけど、ここ来ると元気出るんだよ」と言う。 それを聞いたおばちゃんが、「また明日も頑張るか」と炊飯器のフタを開ける。 こういうみんなが希望を持てる内容は、経済統計には一切載らないけど、こういう小さな循環こそが国を支えてる。 円安だ、株高だってニュースが騒いでも、日本中のどこかで炊飯器の湯気が上がって、誰かがおにぎりを頬張って、「これうまいなあ」と言ってる限り、この国はまだ倒れないよ。 コンビニのおにぎりが教えてくれるのは今の日本の現実。 職人のおにぎりが教えてくれるのはまだ捨ててない日本の誇り。 どうせ400円払うなら、たまには現実より誇りを選んでみるのもいいんじゃないかしら?🥰 レジでピッじゃなくて、カウンター越しに「おばちゃん、今日のおすすめどれ?」って聞いてみる。 その一言が、日本をちょっとだけ景気よくするのかもしれないよ?🥺💰⤴️

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カゴの中身を見られるのが政治家。庶民アピールはしない、食べたいものを食べる。へずまりゅうさんは、黒毛か?っておばちゃんから言われて戻した。一方で石破さんのカップラーメン。ランチ5分から10分。いいね、こりゃと大絶賛しながら、麺をドサっと食べる。これさ、妙にリアルなんだよ。庶民アピールしようとしてる感じもある。だけど、石破さんの人間性が取り繕いきれてないところが逆に人間臭い。 政治家がカップ麺すすって「うまいね」って言う姿に、国が救われるわけじゃない。けど、ああいう素の瞬間ってのは嘘つきにくい。石破さんってこういう人なんだって、食べ方で人柄がわかる。 あたしたち庶民は、政治家のカゴの中身を見るし、箸の持ち方も見る。 なぜかって? 政治家の中身なんて、石破さんなどの例外を除いて、普段はなかなか見えないからだ。だから私生活の断片に意味を読み込む。でもこれが民主主義のリアルで、人間は理屈だけで動かないところもある。 大事なのは、何を食べるかじゃない。政治家として、議員として何を決めるか。 それができなきゃ、どんな高級肉も、どんな安いラーメンも、ただの具材になる。国を煮込む鍋の火加減は、判断力が大事。 いいね、こりゃ🥰 で終わる国かどうかは、そこにかかってる。

クレア

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申し訳ないけど、命の尊さごっこをやっている連中は無限に湧く。クマの肉を料理したリュウジ兄さんに向かって「無益な殺害をやめろ」って、じゃあお前さんは今まで一度も豚カツも焼き鳥もハンバーグも食べたことがないのか、とまず聞いてみたいね。 都会人のきれいごとと山の現実は残酷だよ。ソファに座ってスマホをいじりながら、「クマがかわいそう」と叫ぶのは簡単。 だが、山の集落で実際にクマに畑を荒らされ、家畜を襲われ、最悪の場合は人間が襲われている現場で、命を奪うなはちょっと違うんじゃないかしら? 海外の動画を見ると、犬と人間がチームを組んでクマを追い立て、木の上まで追い詰めている。熊は飼い主にリードをつけてくださいと言ってますなんか、コメ欄にあったけど、あれは遊びじゃないよ。 「ここは人間が暮らす場所だ。線を越えるなら追い払うぞ」という、当たり前の縄張りの防衛だよ。 日本だけが、「どうぶつの森の延長みたいに、動物も人間もみんなお友だち」といった幼稚な幻想に浸っている。 山を捨て、里山の管理を怠り、餌場を壊しておきながら、クマが里に降りてくると殺すなと騒ぐ。 加害者は人間の側でもあるのに、その責任から目をそらして、全部駆除する猟師か、クマ料理をする料理人に押しつけている。 無益な殺生というのは言葉のごまかしよ。 クマを撃つな!!と言う連中は、よく「無益な殺生」という言葉を使う。 でもね、害獣駆除や食肉のための狩猟は無益ではない。人間社会と他の生き物が、危険なバランスを取りながら共存するための汚れ仕事だよ。 誰かが血を流す役を引き受けているからこそ、都市の住民はスーパーでパック詰めの肉を、血の匂いも知らずに買える。 その現実には目をつぶり、「クマだけは特別だ」と言うのは、ただの偽善だよ。 本当に命が大事だと言うなら、クマによって奪われるかもしれない人間の命、被害に遭う家畜の命、生態系のバランスの中で守られる他の野生動物の命。 その全部を天秤にかけて語らなくてはならない。 クマだけを聖なる存在に祭り上げるのは、議論でも優しさでもない。ただの現実逃避。 里山を守るということは、血の責任を負うことだよ。 本来、日本には里山という、世界でも珍しい繊細な共存の仕組みがあった。 人が山に入り、木を切り、野を焼き、獣を狩り、その代わりに田畑や村を維持する。 人間が山の番人をやっていたからこそ、クマもシカもイノシシも、一定の距離を保って暮らしてこられた。 ところが近代以降、都会人はその役目を放棄した。 山を放置しながら、自然と共生と横文字を並べる。 そして、いざクマが人里に降りてくると、「撃つのはかわいそう」「料理動画は不謹慎だ」と、一番安全な場所から石だけ投げている。 里山を守るというのは、花鳥風月を愛でるだけじゃない。 必要な時には獣を撃ち、さばき、命を食う側に回ることでもあるのよ? その血の責任を自分では負わず、他人がやるときだけ道徳を振りかざすのはフェアじゃないわね。

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デパ地下ってのはさ、オッサンにとっちゃ現代のパラダイスなのよね。若い頃は女の子と飲みに行く金しか頭になかったのに、気づいたら角煮と煮卵の湯気だけで幸せになれる。あれはもう、オヤジにしかわからない給料日より効く精神安定剤なのでしょうね。でもデパ地下とは別の視点で日本を支えてきた天国は、街角の古びた惣菜屋なんだよね。 おじいちゃんおばあちゃんのコロッケ屋。ミンチカツ、白身フライ、イモフライ、小海老フライ、ポークカツ、ポテサラ、どれもチェーン店じゃ出てこない、手のしわと一緒に味が染み込んだラインナップだよ。 47年以上もやってて、油まみれの壁に年季のシミがついててさ、「保健所が見たら腰抜かす」レベルなんだけど(笑)客から見たらあれが一番うまそうに見えるんだよ。 コロッケ120円、ポテサラ100g 130円。インフレだなんだって言ってる時代に、ギリギリの値段で踏ん張ってる。 そこには原価計算より先に、この街の子どもが腹いっぱい食えるかって計算があるんじゃないかしら? 極めつけが、6本だけ当たりの入った割り箸くじ。赤いテープが出たらなんとコロッケ1個サービス。 常連のおばちゃんが 「何回も来てるのに当たったことない!」 ってボヤきながら、それでもまた並んでる。 で、ハズレを引いた客に向かって、おじいちゃんの一言。 「ハズレ〜!😝」 この声に、何十年分の「お疲れさま」と「またおいで」が入ってる。 たかがコロッケ1個のくじなのに、コンビニのポイント還元より人間味があるのよね。 コメント欄には「こういう店に後継者がいないままだと、日本がなくなる」って嘆きがあったけど、その通りなんだよ。 大型モールとチェーン店で埋め尽くされた街は、確かに便利でキレイだけど、「誰かの人生の温度」が見えなくなる。 老夫婦が一緒に揚げてるコロッケを買うってのは、単にカロリーを買ってるんじゃない。その夫婦が生きてきた昭和、平成、令和の時間を、ひと口分けてもらってるんだ。 TikTokのコメ欄には「僕は食べないかな🤓」っていうコメントに「僕なら書かないかな😔」って痛快な返しに、ほんとそれ、人を悲しくさせることを書かないで、書く自由はわかるけど、見たら嫌な思いするでしょ?何を言ってもいいけど、相手を思いやれるのが人間じゃないかな?って賛同のコメントが殺到してたのよね。 あたしね、こういう看板や壁が汚くても美味そうな店が、耐えられない税制や家賃で潰れていく国は、 一見先進国の顔して、実は「心のインフラ」を自分で壊してるようなもんだと思うのよね。 デパ地下で角煮と煮卵に目を輝かせるオッサン。 街角でコロッケを揚げ続ける老夫婦。 両方とも、日本の食文化の最終防衛ラインみたいなもんだよ。 高級レストランやミシュランより、こういう人たちがいなくなったときに、この国の「うまいもんの記憶」は一気に貧しくなる。 政治家が地方創生だの、賃上げだの言う前にさ、まずはこういう店が、安心して油を温め続けられる国にしなきゃいけない。 補助金より先にやることは、真面目に働く小さな店が、ちゃんと報われる仕組みを作ることだよ。 コロッケ一個でできるささやかな投票、選挙の投票用紙に名前を書くのも大事だけど、コロッケ120円をどこに落とすか、それも自分の生きたい日本への投票だと思います。 ファミマやローソンのチェーン揚げ物も悪くないけど、たまには街角の年季入った揚げ油に一票入れてやってほしいな。 「ハズレ〜」って笑うおじいちゃんの声が、まだ明日もこの街に響くようにね。 それが、日本がまだギリギリ豊かな国でいられるかどうかの、一番わかりやすいバロメーターなんじゃないのかしら?

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渋谷は、もはや若者の街ではなくなった。ただの外国人の街です。それは年齢の問題じゃない。文化の軸の問題。多様性や国際化という言葉のもとに無秩序な滞在者の流入が進み、公共空間のルールが消えた。交差点はスピーカーを担いだ無許可パーティー会場、ゴミは夜通し散乱し、道を譲らぬ人々が笑いながら動画を撮る。警察も行政も観光立国という名の錦の御旗に縛られて、注意すら満足にできない。 だが、ここで問うべきは誰が悪いかではない。左派の政治家たちが責任を放棄した政治が悪い。左派の政治家たちは、移民、観光政策を経済活性化でたかだか8兆円の消費があったと声高に言い、政治の道具としてしか扱わず、社会秩序や地域文化の再設計を怠った。 8兆円なんて大したことはない。毎日5000万人の日本人がたった500円、何かに余分に使うだけで、年間9兆1250億円の消費となる。 観光政策をしてきた結果、都市の魂、公の美学が消えたのだ。文明とは、単に人が集まることではない。異なる人々が、同じルールの下で共存すること。 その前提を守らなければ、多文化は共生ではなく混乱になる。渋谷は今、スラム街です。もし国家がここから目を逸らすなら、日本中が同じ運命を辿る。自由を守るとは、秩序を守ることでもある。 こういうと、左派は日本人も騒いでると反論する。おいおい、話にならんよ? 左の連中が「昔から日本人もハロウィンで騒いでただろ、日本人の若者の方が渋谷をスラム街にしてる」って言ってくるんだよね。 違うねぇ。あれは秩序の中のハメ外しだ。 ルールを守ったうえでのお祭りをする。外国人のように日常的にルールを無視して他人を巻き込む騒乱はまったく別物だよ。 文化の違いを盾にしてマナーを無視するのは、多様性じゃない、我儘です。 そしてそれを放置してる行政は、国際化という言葉に酔って、現実から逃げてる。国ってのはね、金や観光だけで成り立つもんじゃない。 この国で生きる以上、守るべき作法がある。それを言えなくなったら、もう主権国家じゃないんだよ。

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ラーメン二郎というものは、もはや単なる麺料理じゃないよ。あれは食い物を超えた、日本の都市文化が生んだ一つの精神。外国人にも大人気、海外じゃ、このボリューム下手すりゃ5,000円以上するって声もあります。 店主の癖も、マシマシ盛りの暴力性も、決して万人に媚びない構えもすべて含めて、弱者に迎合せず、強者ぶることもせず、ただ己の美学に従う。 その孤高の姿勢こそが二郎の真髄であり、だからこそ若者たちはあの丼の前で、自分の人生まで問われる。 その領域にコンビニが踏み込んだ。セブンイレブンは、ついに極太麺と豚スープという二郎の核に挑んだ。これはただの新商品ではない。大衆文化の象徴たるコンビニが、都市のカウンターカルチャーを自宅へ運んだ瞬間だよ。 二郎が殿堂だとすれば、セブンの豚ラーメンは開放された殿堂です。 それにはリスクもある。二郎の世界観を薄めてしまう可能性もある。だが、挑む価値のある賭けだった。なぜなら、本物に影響を受けた者だけが、文化を次の層へ運ぶからだ。 そして、その次の層を開いたのがリュウジ氏だよ。 彼が紹介したということは、単なる話題のコンビニ商品ではなく、家庭料理という国家規模の文化圏に、二郎という異端が正式に乗ったということだ。 リュウジ氏が味の評価を語り、まず作ってみる。裏路地の反逆者だった二郎が、料理研究のメインストリームに迎えられた瞬間、都市の猥雑さ、反骨精神、ジャンクの哲学。そのすべてを家庭の台所へ連れてきた。 この価値は大きい。料理とは本来、格式張るものでなく、自由です。二郎の精神はむしろ、現代人の心を解放する。 二郎は暴力的うまさの象徴。 セブンは大衆への翻訳者。 リュウジは文化を日常に還す案内人。 この三者が一つに交わった今回の出来事は、食を通じた文化の民主化そのものです。 国家の未来は、こうした日常の中の創造力と、庶民の台所から立ち上る湯気の中に宿ります。

クレア

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警察を黙らせる裏ワザとかいう安っぽいライフハック。まるでゲーム感覚で「警察手帳見せて、階級教えて、録音と録画するねー。」でポンっと態度が変わるなんて、そんなチートコード、この世にはないよ🤣でね、このポストが言ってることは、けっこう現実的だよ。 警察ってさ、一日中「びっっっくりするぐらい頭おかしい人」と相手してる。 現場というのは自称被害者、虚言、薬物、酩酊、反社、あらゆる地獄の入口が一日のうちに何度も開く😱 だから警察官は最初に距離を取る。 これは人間の防衛本能であり、職務の合理でもある。そこに真正面から喧嘩を売るから、話がこじれる。 では、どうするべき? 答えは拍子抜けするほど単純で、このポストが教えたように、こちらが丁寧に接することよ。 礼儀というのは卑屈ではない。 礼儀は、相手を人間として遇することでこちらの立場も守る、最も高度な技術なのよね。 敬語で要点を短く伝え、「何を求められていますか」「どの法的根拠ですか」と淡々と聞く。これで十分に強い。 ところがパロディアカウントのイエス様が教えてくれるようなライフハックは、この最も大切な作法を飛び越えて、いきなり刃物みたいな言葉を振り回す。「手帳見せて、録音させて、動画撮るね」って煽るってやばくない? あれ、現場でやったら単にやべぇやつ候補の仲間入りだよ。警察から見たら「あー、今日も一人目の面倒くさいの来ちゃったなー」ってなるだけじゃないかしら? 態度が変わるどころか、余計に警戒対象に昇格するのよね🤣 で、TikTokの違法自転車だよ。電動付きで完全にアウトっぽいのに、本人は「急いでるんでw」の一点張り。 身分証も出さない、職質にも応じない。 その前にズラッと並ぶ警察官が「お願いしまーす」「撮って撮って、ちゃんと映してね~。困ること何もないから」って、妙にフレンドリー。 コメント欄は「この警察好きw」「日本の警察優しい」ってお祭り状態🥳 ここに今の日本の危うさが凝縮されてる。 市民は「警察ウザい」と言いながら、いざ動画で見ると「お巡りさんかわいい」「イケメン」とか言ってネタ扱い。 警察は警察で、本来はガツンと止める場面なのに、「お願いしまーす」「やめてくださーい」「痛い痛い痛い、やめてーやめて、警察が前に立ってるだけだよー」「自己責任だよ」で済ませようとする。 お互い、事を荒立てたくないから、ルールより空気を優先してる。 でもね、交通ルールも職務質問も、本当は「お願いしまーす🥰」じゃなくて「義務😤」が混ざってる。 一方で市民側は、市民側で幼稚だよ。 「ほんとに急いでるから職質に応じない」。 そんな理屈が通るなら、社会は成り立たない。 ルールとは、忙しい人ほど守らなければ意味がない。 守らない者が得をし、守る者が損をする。 そういう国は滅びるよ? 自由はタダではない。自由を保つには、一定の不便と、一定の緊張と、一定の我慢がいる。 違法自転車がそのまま走り続けて事故起こしたら、「なんで警察は止めなかったんだ」でまた叩かれる。 それなのに、ネット上では「警察から逃げ切ってみたw」「職質に逆ギレしてやったw」がバズる。 全部、安い反権力ごっこなのよね。カメラ回してるやつは笑って終わりだろうけど、そのツケはちゃんと社会全体に回ってくるんだよ? 警察を聖人扱いする必要はない。 中には横柄なやつもいるし、冤罪だって歴史上いくらでもある。 だからこそ、市民側も権利は知っておいた方がいいし、録音と録画だって、トラブルの抑止になることはある。 でもね、それは「丁寧に話しながら、お互いの身を守るために記録も残しますよ」って使い方であって、「ほら録ってるぞ、ビビったか?急いでるんだよ!時間のない市民の邪魔をするなよ?」ってマウント取る道具じゃない。 結局さ、警察には市民を守るために、時には嫌われ役もやれってこと。 市民には「疑問があっても、まず人として礼儀を通せ」 この二つが同時にないと、治安なんて守れないのよ。 本物の怖い国ってのは、警官がいきなり殴ってくるか、逆に誰も警官の言うことを聞かなくなって無法地帯になるか、そのどっちかだよ。 日本はまだ、そのどちらでもないギリギリのところをフラフラ歩いてる。 この国がやさしい国であることを否定しない。 むしろ誇りたい。 でもね、そのやさしさが、卑怯と怠惰の免罪符に堕ちた瞬間、日本はただの押しに弱い国になるのよ。 やさしさは強さに支えられて初めて品格になる。 強さなきやさしさは、秩序の崩壊だよ。

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もうね、風呂キャンセル界隈っていう言葉遊び通り越して、SNS詐欺の根深い闇の部分が露出しちゃってる。これ、人様の写真を勝手に使って、可愛い格好でゲームやってる女の子を風呂キャンセル界隈というキャラ付けして、アダルト誘導に流し込むっていう、下品のフルコース。 しかも最近はオマケに、サイトをクリックすると、ご丁寧にカメラ乗っ取りだのカード情報抜きだの、笑えない詐欺事件まで付いてくる。 で、厄介なのがさ。 「アダルト見てるところ撮られた!」って話だよ。 これ、パソコンの前でズボン下ろしてる当人が声上げにくいのよ。だいたいは、そんな姿を録画されたら恥ずかしいからね。 そこに付け込んでるの。最悪ね。 恥ってね、犯罪者にとって最高の鍵なの。 人間は恥ずかしいと黙る。 黙ったら、やりたい放題。 ほんと嫌な世の中ね。 あと、写真を勝手に使われた人。 これはもっと理不尽。 勝手に臭いっていうなら代わりに洗ってくれてもいいじゃんと煽る。勝手に風呂入らない女と言われて、ネットの玩具にされて、知らないところで人格が加工される。 これが、昔から続くSNSの地獄の一つ。 人間をコンテンツにする速度が速すぎるのよ。 じゃあどうするの、って話だけど、まず大前提は知らないリンクは踏まないことね。 DMもリプも。 釣りはあなた向けに見えるよう作ってる。 あと大事なのは、カメラ、マイク権限は常に絞って、使う時だけ許可で十分。 カード利用通知も念の為オンにした方がいい。 で、プラットフォーム側も本気でやってほしいのよね。なりすましや詐欺誘導は、表現の自由とか以前の話で、守るべき治安なのよ。 自己責任で片付けるには、相手が用意してる罠が重火器すぎる。 笑って終わりにしないで。 他人の写真を燃料にして、こっちの弱みで脅して、金を抜くっていう、いちばん卑怯な商売が伸びてるだけ。 そして、こういう詐欺が一番うまいのは、「自分は賢いから大丈夫」と思っている人から先に落ちるところだよ。 小さな油断が、他人の写真を踏み台にして、みんなの端末に入り、カメラとカードを乗っ取り、生活の裏側に手を差し込む。 彼らは炎上すら広告として食べます。徹底的に撲滅していくしかない。
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もうね、風呂キャンセル界隈っていう言葉遊び通り越して、SNS詐欺の根深い闇の部分が露出しちゃってる。これ、人様の写真を勝手に使って、可愛い格好でゲームやってる女の子を風呂キャンセル界隈というキャラ付けして、アダルト誘導に流し込むっていう、下品のフルコース。 しかも最近はオマケに、サイトをクリックすると、ご丁寧にカメラ乗っ取りだのカード情報抜きだの、笑えない詐欺事件まで付いてくる。 で、厄介なのがさ。 「アダルト見てるところ撮られた!」って話だよ。 これ、パソコンの前でズボン下ろしてる当人が声上げにくいのよ。だいたいは、そんな姿を録画されたら恥ずかしいからね。 そこに付け込んでるの。最悪ね。 恥ってね、犯罪者にとって最高の鍵なの。 人間は恥ずかしいと黙る。 黙ったら、やりたい放題。 ほんと嫌な世の中ね。 あと、写真を勝手に使われた人。 これはもっと理不尽。 勝手に臭いっていうなら代わりに洗ってくれてもいいじゃんと煽る。勝手に風呂入らない女と言われて、ネットの玩具にされて、知らないところで人格が加工される。 これが、昔から続くSNSの地獄の一つ。 人間をコンテンツにする速度が速すぎるのよ。 じゃあどうするの、って話だけど、まず大前提は知らないリンクは踏まないことね。 DMもリプも。 釣りはあなた向けに見えるよう作ってる。 あと大事なのは、カメラ、マイク権限は常に絞って、使う時だけ許可で十分。 カード利用通知も念の為オンにした方がいい。 で、プラットフォーム側も本気でやってほしいのよね。なりすましや詐欺誘導は、表現の自由とか以前の話で、守るべき治安なのよ。 自己責任で片付けるには、相手が用意してる罠が重火器すぎる。 笑って終わりにしないで。 他人の写真を燃料にして、こっちの弱みで脅して、金を抜くっていう、いちばん卑怯な商売が伸びてるだけ。 そして、こういう詐欺が一番うまいのは、「自分は賢いから大丈夫」と思っている人から先に落ちるところだよ。 小さな油断が、他人の写真を踏み台にして、みんなの端末に入り、カメラとカードを乗っ取り、生活の裏側に手を差し込む。 彼らは炎上すら広告として食べます。徹底的に撲滅していくしかない。

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ついこの前まで国民の前で踊ってた大統領が、アメリカの特殊部隊に逮捕された。なぜ逮捕されたかを知るには歴史を振り返る必要がある。昔のベネズエラには、アメリカの石油会社が「ちゃんと契約して」お金と技術を出して、油田や工場、パイプライン、港みたいな設備を作ってたの。これは貸したんじゃなくて、投資して作った資産だったのよね。 でも、そのあとチャベス大統領の時代に「石油は国や国民のもの!」って方針が強くなって、ルールが途中で変わったの。 具体的には、外国企業の取り分を減らしたり、国が大部分を持つ形に変えたりして、「嫌なら出ていけ」みたいになった。 出ていく会社は、作った設備をそのまま置いていくことになって、しかも十分な補償もなく、一方的に企業が損した。 だからアメリカ側は「これは普通の失敗じゃなく、奪われた、盗まれたみたいなものだ」と感じて、トランプはそれを強い言葉で「盗まれた」って言ってる、という構図なの。 さらに問題なのは、ベネズエラが設備をうまく維持できなくなって石油が作れなくなり、そこに中国が「お金と技術を出すよ。その代わり石油で返してね」と入ってきたこと。 トランプから見ると、「アメリカが作ったような設備や価値を、中国がうまく利用して得してるっぽい。なんで?」ってイライラする、ってわけ。 最後に大事なポイント。 「盗まれた」という言い方は、過去の出来事を短くまとめた言葉でもあるけど、これを理由に「じゃあアメリカが口を出していい」って話に広げやすい強い言葉でもある。 だから言葉の勢いに流されずに、「それでベネズエラの人が本当に良くなるの?」って所をちゃんと考えるのが大事なのよね。

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いやぁ、「子どもに罪はない」って言いながら拉致の話を出された瞬間に空気が一変するあたり、国会もついに現実の話をし始めたって感じね。朝鮮学校の無償化の議論ってさ、たとえるなら、まだ行方不明の娘を探してる家に、 「泥棒した兄貴の子どもがかわいそうだから、学費タダにしてあげましょうよ」 って町内会が言いに来るようなもんで。 そりゃあ、子ども個人には罪はないよ? そこは誰も否定してない。 でも「加害側の組織」が今も拉致被害者を返してないのに、その延長線上にある学校だけきれいに切り離して「人権、人権」って言われると、日本人としてはモヤっとするわけよ。 拉致ってのはさ、ただの外交トラブルじゃない。 主権の侵害で、人さらいで、人権蹂躙。 オレオレ詐欺どころか「オマエの娘、国家ごと預かった」って話で、スケールが違うんだよ。 それを無視して 「子どもがかわいそうだから無償化しろ」ってのは、 まだカツアゲ続けてるヤクザに 「でも組長のとこのボンボン、中学受験なんすよ。税金で塾代お願いします」 ってお願いしに行くようなもんだよ。 人権ってのは、被害者にもあるってことを不思議なくらい忘れてる連中がいる。 もちろん、朝鮮学校に通う子どもたちをいじめたり差別したりしちゃいけない。 それは日本側の品格の問題。ただし国家としてお金や制度を動かすときは、拉致問題が未解決なこと、日本人の人権が踏みにじられたままなこと。 ここをスルーし。かわいそうポイントだけで決めるわけにはいかない。人権ってのは、声が大きい側の専用カードじゃないからね。 政治がやるべきなのは、加害国家にきっちり「ツケ」を回しつつ、日本で暮らす在日や子どもたちが巻き添えのヘイトを食らわないように線を引くこと。 要するに、 「子どもは守る。でも拉致は許さない。タダにする前に、まず返すもん返せ」 って、当たり前の話を当たり前に言えるかどうか。 それができる国なら、国会でどんなに噛みついても、世界から見りゃ「やっと普通になってきたな、日本」ってなるわけだよ。

クレア

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