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【Pick UP!!】なかちゃん 本日開催されるツイキャスvsふわっちの野球の試合 大阪の豊中市にあるローズ球場(12時開始)が会場になっている ちなみにスタメンではなく代走で出場予定だが足底筋膜炎により踵が痛いらしい 両軍とも配信者で運動不足の中年ばかりなので怪我人が出る可能性があり

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「グエー死んだンゴ」ってさ、ネットだと軽いノリの断末魔ギャグみたいに見えるんだけど、現実でそれが最後の言葉になった瞬間、笑いってやつが急に重たくなるのよね。笑っていいのか、泣いていいのか、手が止まる。で、止まったところに気づく。「この言葉、ふざけてるんじゃなくて、ふざけるしかなかったんだ」って。 映像の中のお父さんが言う「なんでうちの子が」 これね、親の口から出る言葉として一番まっとうで、一番残酷。答えが出ないから。病気は抽選会じゃないのに、当たった側だけが人生ごと持っていかれる。 しかも類上皮肉腫みたいな希少がんって、名前すら知られてない、、、だから余計に「うちの子が」になるんじゃないかな? で、この話の刺さるところは、息子さんが亡くなったあとに物語が動き出すところです。 予約投稿って、便利な機能だと思う。 だけどあれが今回は時間差の手紙になった。本人はもういないのに、言葉だけが世界に届く。 まるで、遅れて届いた花束に、棘が混じってるみたいなもんだ。 嬉しい。 ありがたい。 でも痛い。 痛いけど、花なのよね。 しかも、普段SNSを見ないお父さんが、葬儀が終わってから息子の人生の続きをスマホで知るわけだよ。 これ、「生きてる時に言えなかったことが、死んだあとに通知で届く」っていう奇跡でもある。 親子って近いようで、いちばん遠い時がある。 照れくさくて、忙しくて、まあそのうちでいいかって先送りして、気づいたら電池切れ、、、 お父さんが「ありがとうって言えなかった」って話、あれは胸に来る。時計の電池より先に、言葉の電池が切れちゃったんだよね、、、 でもさ、希望もあるんだよ。 この件がすごくバズったって事実には、アルゴリズムが悲しみを燃料にして回してる感じは確かにある。 命の尊さでバズらせるな!って声もあるけど、あの投稿が、希少がんの存在を人に知らせたり、寄付が集まったり、「一人じゃなかった」を可視化したのも事実じゃない? つまりSNSってのは、包丁なんだよ。 料理にもなるし、怪我もする。使う側の手つきが問われる💡 息子さんが、病気に「デカすぎ」ってあだ名をつけて、検査のことまで面白い面白くないで語ってた。 これね、強がりってより礼儀なんだよ。 周りを暗くさせないための礼儀。 自分の恐怖を、自分で笑いに変換して、他人の心の負担を軽くする。 芸人みたいなことを、死にかけの若者が病室でやってた。そりゃ人を引き寄せるって言われるよ。笑いは才能だけど、笑いの裏にある痛みは、本人しか背負えない。 「グエー死んだンゴ」をただのネタにしちゃいけない。 あれは、令和に投下された遺言の形式なんだよ。ふざけた形でしか出せない本音がある。 そして、見てる側も、拡散する側も、たまには一拍おいて、リポストの指が動く前に、線香一本分くらいの間を心に置くのもいいんじゃないかしら? 笑っていい。 でも敬意を忘れない。 最後に、親も子も、言葉をケチるなと言いたい。 照れくさいありがとうってのは、もったいぶるほど高くつく。これ、言ったら減るんじゃない。言わないと、気がつくと残高ゼロになる。 息子さんが最後に残したのは、バズでも名言でもなくて、「人間ってやつは、弱い時ほど誰かを笑わせようとする」っていう、静かな証明だったんじゃないかな?

クレア

2,858,313 次观看 • 8 个月前

未承認の若返り技術を、自分の体で試している人々がいるという。当然ながらそれらはまだ、怪しさと希望が混ざったアンダーグラウンドにある。だが、AIが創薬を高速化し、安全性と効果の検証が追いついたとき、老化は正式に治療対象となるかもしれない。 中島聡「ちょっとしたタンパク質、ペプチドを注射することによって人間の体に特定の行動をさせる。インシュリンを出すとか、体の中にある糖分を燃やすとかっていうことが、ある意味コントロールできることがわかってきたので。それを人為的に注射することによって、例えば肌を作り直すペプチドで肌がきれいになるとか。 もしくは、膝の関節が痛んでるんだけど、それを自然のままだと治らないんだけど、あるものを注射すると膝の関節が治るものを見つけようとかっていうのが起こっていて、それの究極のものが「これを注射すると若返る」っていう」 ——「若返りまでできてしまう」 中島「それが徐々に始まってて、今は認可されてないけど、そういうのを打っている人がアメリカに結構いるんですよ。僕の知り合いでも何人かいて」 ——「本当に若返っているんですか?」 中島「いや、わからないです。妙に毛深くなっているから、みんなで狼になるんじゃないかってからかってるんだけど」 ——「毛深くなるんですか?」 中島「いや、たまたま元々毛深いだけかもしれないけど。本当にその僕の友達は打ってるんで。まだ40代後半ぐらいなのに、「もう年を取りたくないから」って言って、認可もされてない、それも怪しい中国で作ったペプチドを打ってるんです」 ——「じゃあ不老不死っていうのは、その究極、若返りが続けば可能かもしれない」 中島「かもしれない。で、それの実験が始まっていて、まだまだちゃんとした人体実験、臨床試験をして、医療行為として認可される段階にはなってないんですけど、もう始めちゃってる人がいるんですよ。 アメリカにはかなりの数がいて、それも時間の問題で日本にも来つつあるし。それからもっといいのは、ちゃんと医学的に効果が証明されて、医薬品として認可されて、安全に投与する時代が——AIを使うことによってそういう効果のあるペプチドを発見することが早くなったことは事実なので——認可のスピードがどこまで上がるかわからないですけど、でも多分起こると思います」

Tsubame

11,495 次观看 • 2 个月前

ADHDの地獄あるある! 語彙力、パンチラインの多い一般人、 ほとんどが資本主義の底辺……! ↓動画内の語り、全文文字起こし なぜかって、求職サイトの適職診断における、『あなたは芸術家タイプです』と一緒で、言語力が変な尖り方をしている人、『すこぶる面倒くさい奴』になりがちだから。 極端な話、とげとげしい言葉/思考によって、社会性が削れちゃって労働者として壊れる。 とりわけ発達障害の民は、不安症も併発している率が高いゆえに、憂鬱なワードの数、闇のボキャブラリーが増えやすくてめちゃくちゃ危ない。 やはりね、『学びってのは諸刃の剣』みたいなもんで、天国も地獄も、幸せも不幸せも、愛も憎しみも、同時並行で強化しちゃうんだよ。 すなわち、言葉数が増えるごとに、『世界の解像度』が高まるから、見たくなかったこと、知りたくなかったことまでもが巨大化して、心にズカズカと突っこんでくる。 まるで寝た子を起こす――悪魔に贈る目覚まし時計、この世の残酷さ、マジで嫌な部分が飛び起きちゃうんだよ。 「ピピピピピピピピピ♪」って、さらなる異常のはじまり、サタンの起床! すると、「本気で努力したのに不幸になった!」とか、「今までの人生は何だったんだよ!」とかで、ドラマ作品ばりに病んじゃって発狂。 その結果、救いを求めて小説を読んだり、自己啓発の界隈に入ったり、占いとかスピリチュアルに傾倒したり、ヴィーガンになったりフェミニストになったりと、ヒトは救いを求めて彷徨うわけですよ。 もちろんこの試行錯誤が、『良い会社に転職する為』『身も心も安定させる為』とかで、健康かつ健全な方向であれば良いんだけれど、ネガティブ方面に振り切っちゃうとヤバい! たとえば、「この世界は腐っている!」とか、「資本主義が庶民を不幸にしている!」とか、「生きる意味ってあるのか?」とか、「反出生主義を考えるべきだ!」とかを、学者でも物書きでもないのに延々と考え始めると、ぎっとぎとに脳が毒されてゆく。 しかもADHDの人間はとくに、『今すぐ得られる報酬』に弱いから、たとえ自分を不幸にする概念――絶望的なニュースであっても、なんとなく納得さえできれば中毒になって、もっと地獄の蓋をあけようとするんだよ。 挙句の果てには、「日本社会は終わっているよね?」「自分はなぜ不幸なのか?」みたいな問いに、どっろどろの語彙力と気持ち悪く光らせた表現力で、喋ったり書いたり妄想したりしちゃうから、ズタボロに自滅してゆく。 説得力のある自虐って、すこぶるドーパミンが分泌するから。 やっぱりね、一般社会で気持ちよく過ごす為には、 『矛盾を楽しんで情熱的に生きる』 ってことが大切なんだよね。 簡単な話、人それぞれ『正義』も『価値観』も方向性が違うから、わやくちゃなカオスを丸飲みして、「みんなで笑えりゃなんでも良いじゃん!」っていう、爽快感のある『雑さ』を持っている奴がいちばん強い。 「もっと熱くなれよ!」の松岡修造とか、「元気があれば何でもできる!」の猪木とか、抽象的でふわっふわとしながらも、『謎にすごい熱量』でバッキバキの状態が最強! つまり、普通の現実世界だと、すんごい面白い思想/言語感覚なんかよりも、頭がおかしいレベルの陽キャとか、「なぜ急に叫んだの?」って猿ガキとか、ジジイなのに生命力がヤバい奴とか、ぐちゃぐちゃっとした勢いの『人間力』が求められるんですよ。 なぜかって、日本最高峰の漫才師が集うM-1グランプリでさえも、お茶の間の視聴者である僕たちが、あまりにもぼーっとしていたり、無性にイライラしていたりすると、目の前のネタに集中できなくて、全然笑えなかったりするじゃん。 とにかく残念なことに、客が能動的になってくれないと、人生最大の魂を込めたボケとツッコミであっても、ただの鳥のフンみたいな、どうでも良いもんになっちゃう。 そう考えりゃ、みんな忙しくて余裕がない現代社会、それも会社組織において訳の分からんリーマンがさ、毒舌エッセイスト気取りで、小難しい言葉を連打してきても、「発想がかっけぇ!」「思想がお洒落だ!」って、心から尊敬するってほぼないんだよ。 つまり、おもっきり笑うとか、涙を流すほど感動するとか、誰かの語りに圧倒されるという体験って、実は前準備がガッツリと必要なんだよね。 そのために、吉本であれサンミュージックであれ、お笑いの舞台なんかでは、若手芸人による前説――爆笑できる空気づくりをすると。 そして恐ろしいのは、語彙が増えて世界の解像度が上がると、「満員電車って憲法違反じゃん! 0.5畳のキッチンって人権侵害じゃん!」とか、「みんなに夢を与えたいですってアイドル、夢は自分で掴んで広げるもんでしょ、若くして富と名声を得たいだけっしょ? おまえが落下した方が相対的に夢が広がるよ」みたいに、世の中の歪みポイントが目に入りやすくなって、チクチク言葉をこしらえてぶん投げたくなるんだよね。 これに近い話として最近、若き頃からweb検索が可能だったZ世代って、自分を正当化する知識を積み重ねまくって、権利意識が拡張されやすいから、「確かに正論なんだけれど扱いにくいなー」ってことで、地雷原のように思われやすくて。 でもって最悪な場合だと、ぎりっぎりまで、「その通り! あなたが正しいね!」ってことで、周りがわざと負けてあげて適当に泳がすもんだから、『正しさだけで補強しためんどくさい若手』になって、最終的にぽつーんっと孤立してゆく。 その一方で、戦略的な『適当さ』『雑さ』を楽しめる奴らは、言語化なんて不要の熱量で支えあって、正論モンスターたちをごぼう抜きしてゆくと。 そんで僕が好きな本、『ものぐさ精神分析』にこう書かれていて。 『人間の言語の語彙がべらぼうに多いのは、言語の豊かさの証しではなく、貧困さ、機能不全の証しである。本当に欲しいものなら一つですむが、それが得られないので代用品をたくさんかき集めるかのように……』 つまり、ゴミ屋敷の住人と一緒で、脳も心も疲れ果てて、寂しい暮らしだと、「備えがなきゃ不安だ!」ってことで、なんでもかんでも拾い集めたくなるってこと。 しかも一度その状況になると、もっと頭がこんがらがってゆくから、その混沌とした不安を抑え込むために、どぶさらいでネコババ、自販機の下に手を伸ばすみたいに、また新たな語彙/表現を探し求めるんだよね。 もはや、我々の頭ん中は、切ない気持ちのゴミ捨て場。 その結果、腐った迷路に閉じ込められたみたいに、自分が何を考えているのか、自分が何を目指しているのか、頭がごちゃついて意味不明になって、さらに悪循環、迷走の日々になってゆく。 ※毎日22時30分あたりまでにYouTube配信をスタートしているゆえ視聴してくれ。単発動画も定期的にupっている!

ADHDマン黒髪ピピピ

81,883 次观看 • 3 个月前