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Ana Sayfaya Dön

SHOGUN BURGER心斎橋店の売上の95%はインバウンド。昼はもちろん、夜は20時から列ができ始める。 心斎橋商店街は「ホテル帰る前の買い物ゾーン」。だから勝負は20時以降、いや本当のバブルは23時以降。他の飲食店が閉まってから。 深夜2時まで営業すれば、売上倍増は確定だと思ってる。大阪は目を瞑っていても勝てそう。

230,018 görüntüleme • 1 yıl önce •via X (Twitter)

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Benzer Videolar

17歳の彼女が、Googleマップだけで週1万400ドルを稼いでいる。 Webサイトを作った経験は、一度もない。 最初に聞いたときは笑ってしまった。 でも、Stripeの売上画面を見せられて、冗談ではないと分かった。 彼女がやっていることはシンプルだ。 Googleマップを開き、「フィラデルフィア タコス」と検索する。 評価は4.7以上なのに、サイトが2013年のまま止まっている店を見つける。 その店の情報をサイト作成ツールに入れるだけで、新しいWebサイトが完成する。 かかる時間は20分。 半年前まで、彼女はマクドナルドで時給9ドルで働いていた。 クローゼットには、今もその制服が残っている。 完成したサイトを、その店に送る。 店名を入れた状態で。 あとは寝るだけだ。 あるタコス店のオーナーは、送られてきたリンクを開いた。 そして娘に見せて、こう言った。 「ミラ、これ、うちの店なのか?」 その晩、彼は4,800ドルを支払った。 火曜日には、「これって本物? いくら?」というメッセージが届いた。 一般的なWeb制作会社なら、4人が6週間かけて1万4,500ドル請求する仕事。 彼女なら、費用はゼロ。ひとりで、20分。 初月の売上は800ドル。 2か月目には4,100ドル。 そして先週は、1万400ドルに達した。 父親は今でも、彼女がマクドナルドで働いていると思っている。 彼女が見つけたのは、Googleマップだった。 あなたにもできる。

喪黒金造

473,104 görüntüleme • 15 gün önce

【ダウンタウンよ見ているか?】 昨年水曜日のダウンタウンという番組で日本一のシャッター商店街に認定された我らが西柳ヶ瀬。あの時はふざけるなという怒りの声。もう西柳ヶ瀬は終わったという諦めの声、いろいろな批判の声も多数あがった。 私もあの番組を苦虫を噛む想いで見ていた。 でもね今は思う。 日本一のシャッター商店街に任命してくれて本当にありがとうと。 この「日本一のシャッター商店街」という称号は、このまちに、「変わらないといけないという強い意志」を生み出してくれた。 今年度、私が理事長になるにあたって、掲げた目標。 「西柳ヶ瀬を何とかする!」 その時には何とかするとは思ったものの、何をするかは決まっていなかった。正直どこから手を付けていいかがわからなかった。 そこで、グランベール岐山支配人に相談に行った。すると支配人は変なことを言い出す。「水野さん、西柳ヶ瀬という言葉はちょっと悪いイメージもついている。ここはあえて新しいブランディングネームとして、奥柳ヶ瀬という言葉を使ってみてはどうだろうか?」と。 これを聞いたとき、私には何かが見えた気がした。 この日本一のシャッター商店街が変わる。 そうして、始まった奥柳ヶ瀬プロジェクト。 まずは、世間に注目を浴びるために奥柳ヶ瀬夜市をやろうと決めた。 でも、残念ながら西柳ヶ瀬には人手も足りない。 どうしようか。 そんな時にいきてきたのが、この「日本一のシャッター商店街を何とかしよう」というビジョン。この想いと奥柳ヶ瀬という変な言葉につられて多くの協力者が現れた。 こうして実行委員会が形成され、あれよあれよとプロジェクトが動き出した。 クラファンで行った1万円の参加費を取る廃墟ツアーはなんとすぐに完売御礼。そして総額122万円もの金額があつまった。 こうして、このお金のおかげでこの夜市のプロジェクトができるようになった。 その後もメディアの注目を多く浴び、本日9/21奥柳ヶ瀬夜市は本番を迎えた。 正直、どうなるか不安だった。 恐らく身内だけの小さなイベントになってしまうのではないかと。 元々危ないエリアでもあったため、イベント開催で多くのトラブルも起きるのではないかと危惧をしていた。 しかしどうだろうか。 蓋を開ければ大盛況。 全盛期を彷彿させる多くの人が西柳ヶ瀬にあふれているではないか。 バブルの遺産オーロラネオンがこの夜市にとてもいい雰囲気を与えてくれた。 大人だけでなく、子連れのファミリーも多く来てくれていた。 昔から西柳ヶ瀬を支えてきた地元の皆さんも本当に喜んでくれていた。 私にとってそれが何よりうれしい。 もうだめだと思っていた西柳ヶ瀬。 それがこの奥柳ヶ瀬というプロジェクトによって、何か変わるかもしれない!という大きな期待に変わったと言ってくれた。 実際にこの西柳ヶ瀬ではこのプロジェクトをやり出してから新規テナントの出店があったり、ビルの売買が進んでサウナができる計画も動き出した。 こんなことは直近10年全くなかった。 これもすべてのきっかけはあの憎っくき水曜日のダウンタウンだった。 今ではあの憎さが、大きな感謝に変わった。 あの時、水曜日のダウンタウンに日本一のシャッター商店街の称号をもらっていなければこのようには絶対なってなかったはずだ。 ダウンタウンよあの時はムカついてしまいごめんなさい。 でもね、今は本当に感謝している。 今後もこの日本一のシャッター商店街の逆襲は続く。 いつか、松本さんがテレビに復帰され、西柳ヶ瀬(奥柳ヶ瀬)も再生したあかつきには、もう一度番組で取り上げてくれたらうれしいな。 そんな日をめざして、またこの西柳ヶ瀬を奥柳ヶ瀬プロジェクトを推し進め必ず再生してみせる。 ダウンタウンよ本当にありがとう。 柳ケ瀬を代表してお礼を申し上げる。

水野琢朗/柳ケ瀬の逆境理事長

1,025,880 görüntüleme • 1 yıl önce