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例え/喩えツッコミできる人が少ないので どうすれば上手くはめることができるか? 解説していきます 簡単にいうと事柄に対して 抽象化→具体化→映像化 このプロセスを一瞬で行う 三流→抽象化のみ 二流→具体化まで 一流→映像化まで あなたは何流?

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吉田一星|㈱EmbodyMe CEO&エンジニア

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【祝40周年:ダーウィン4078】 「一直線に進むばかりが成長じゃない」 ダーウィン4078をプレイしていると、そんなことを思う。ご存じの通り本作は他に類を見ない独自性を持ったSTGだ。EVOLというエネルギー体を吸収することで自機がパワーアップしていく。これを本作では「進化」と呼び、(続く) 自機はそのたびに姿を変え、攻撃方法もガラリと変化していく。 基本的にはEVOLを取れば取るほどショットは強力になる(弱いものも混じっている)のだが、ある時点で進化は打ち止めとなる。 普通にプレイしていたら「ああ、進化はここまでなんだな」と思うだろう。だがダーウィン4078の進化体系は一直線ではないのだ。 自機がとある形態まで進化したらEVOLを取らずにおき、わざと一段階「退化」させた後にEVOLを取る。すると別の進化体系に移行するのである。ここからさらにEVOLを取り続けて進化の上限に達してから被弾すると、本作最強の形態BLACK DEAMEに「逆進化」する。 自機は巨大なコウモリのような姿になって自らの分身を飛ばして攻撃をするのだが、この威力が凄まじい。分身が画面を覆い尽くし、あっという間に敵を殲滅する爽快感は得も言われぬものがある。 しかも敵の通常弾に対しては無敵というおまけ付き。攻守に優れた最強のBLACK DEAMEだが、一定時間EVOLを取らないと最弱の形態に一気に退化してしまうというリスクも抱えている。 他にも、特定の条件で形態が変わる「突然変異」と呼ばれるパワーアップ(なのか?)もある。 このようにダーウィン4078のパワーアップは一本道ではない。進化と退化を何度も往復し、途中で別系統に移行したり、突然自分の姿が変わったり、最強から最弱に容易に転落したりもする。 ああ、これはまるで人生の歩みのようではないか。 順調かと思えば突然つまずき、別の道に進んだら意外とうまくいくこともある。逆に全てを手に入れたように見えても、一瞬で失うことだってある。 一直線に進むばかりが成長じゃないなんて、40年前は全くそんなことは思わなかった。しかし40年経って改めてこのゲームをプレイしてみて、ふとそう感じたのである。 これは私個人の解釈であり、このゲームにそういう意味が込められているのかは分からない。でもこの先の人生でつまずいても、「大丈夫、きっと別系統の進化が待ってる」と思えるような気がするようになったのは、一つの収穫であると思っている。 それはもしかしたら、私が私なりに「進化」した証なのかもしれない。 まあ、そうだとしてもEVOL一個分にも満たないわずかな進化なのだろうけど(笑)#レトロゲーム

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『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は、原作を超えたのか。 結論から言う。 超えた部分もある。だが、原作にしかない怖さも失われた。 長文です。動画も作りました。 映画化としては、かなり成功している。 しかし、すべてが原作以上になったわけではない。 まず、映画が原作を超えたと感じた点を三つ挙げる。 一つ目は、音である。 漫画では、セイレーンの歌声も、波の音も、攻撃の衝撃も、読者が頭の中で想像する。 だが映画では、それらが具体的な音として押し寄せてくる。 特に、かわいらしい画面と、重く響く音の落差がすごい。 人魚をめぐる真相も、漫画ではコマと擬音によって距離を保てたが、 映画では音が付くことで、行為の暴力性が一気に現実へ近づく。 二つ目は、時間である。 漫画は自分の速度で読める。 怖い場面で止まることも、前のページへ戻ることもできる。 一方、映画は観客を決められた速度で物語の先へ運ぶ。 島へ着いた直後の楽しさ。 島民たちとの交流。 セイレーンの出現。 そして真相。 楽しい時間が少しずつ壊れていく流れを、観客は止められない。 この逃げられなさは、映画だからこそ成立した恐怖である。 三つ目は、登場人物の感情である。 ちいかわが怯える呼吸。 ハチワレが状況を理解しようとする声。 ラッコが危険を前にして見せる緊張。 うさぎの予測不能な動き。 漫画では小さな表情の変化として描かれていたものが、 声と動きによって立体的になっている。 特にヒトハとフタバは、真相を知ってから見返すと、 沈黙や視線の一つ一つが別の意味に見える。 これは映像化の大きな成功である。 では、原作の方が優れている部分は何か。 一番は、余白である。 漫画では、残酷な行為そのものをすべて説明しない。 コマとコマの間に、読者が想像する空間がある。 何が起きたのか。 どんな気持ちだったのか。 この先、二人はどうなるのか。 答えを与えすぎないからこそ、読後に不安が残る。 映画は音と動きで情報が増えた分、原作の曖昧さが少し減っている。 もう一つの弱点は、映画として観ると、 中盤の反復が長く感じられる可能性があることだ。 島での楽しい時間と、セイレーンによる被害を丁寧に積み上げる構成は、 原作ファンにはうれしい。 しかし、初めて触れる観客には、 物語の本当の焦点が見えるまで時間がかかるかもしれない。 そして最大の問題は、映像が豪華になることで、 残酷な物語まで娯楽として気持ちよく消費できてしまうことである。 アクションの迫力。 歌の魅力。 かわいい登場人物。 それらが強いほど、本作が描く罪や責任が薄く見える危険もある。 それでも私は、この映画化を高く評価する。 理由は、原作を分かりやすい子ども向け作品に変更せず、 ナガノ作品の不穏さを残したからである。 原作を超えたかどうかを、勝ち負けで決める必要はない。 漫画は、余白で怖がらせる。 映画は、音と時間で逃げ場を奪う。 同じ物語を、異なる方法で怖くした。 映画を観た人は、ぜひ原作も読んでほしい。 映画で具体化されたものと、漫画で最後まで曖昧なまま残されたもの。 その違いを比べたとき、 『人魚の島のひみつ』という物語の異常な完成度が、さらに見えてくるはずである。 あなたは、映画と原作、どちらが怖かったですか。 コメントで教えてください。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

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お金は、貯め込むための数字ではない。自分と社会の間を巡る「エネルギー」なのだ。 瀬知さんの話で、まず印象に残るのが「時間は存在しない」という考え方です。 私たちは、生まれた日から年齢、出社時間、締め切り、年収、家賃まで、あらゆるものを数字で測っています。そのため、時間を絶対的なものだと思い込んでいます。 しかし瀬知さんによれば、私たちが「時間」と呼んでいるものの正体は、すべて「変化」です。 年を取ることも、環境が変わることも、夢に近づくことも、失敗して別の道へ進むことも、すべては変化にすぎない。時計ばかり気にしていると、「もう遅い」「間に合わない」「自分には時間がない」と焦り、せっかくのエネルギーをストレスに奪われてしまいます。 大切なのは、残り時間を数えることではなく、自分が望む変化に向かって動くことです。 そのとき、最初から大きな夢を持つ必要はありません。 「毎朝7時に起きる」 「今日は一ページだけ書く」 「気になっていた人へ連絡する」 そんな小さな目標を一つずつ達成していく。その達成感が次の行動を生み、やがて想像もしなかった場所へ自分を運んでくれるのです。 目指していたAには届かなかったとしても、動き続けた先でBやCという、もっと面白い答えに出会うこともあります。ひとつの夢に執着しすぎると、別の入口が開いていることに気づけません。 そして、時間と同じように、お金も単なる数字ではないと瀬知さんはいいます。 働いてお金を受け取る。買い物をしてお金を渡す。誰かのサービスを利用し、別の誰かの仕事を支える。これはすべて、エネルギーの交換です。 だから重要なのは、「いくら稼ぐか」だけではありません。 むしろ瀬知さんが重視するのは、「何に使うか」です。 ただ衝動的に散財するのではなく、本当に欲しいもの、自分の経験を豊かにするもの、誰かの仕事や社会を少し良くするものへ使う。高価な車でも旅行でも本でも、本人が大切にし、その先に生まれる変化を想像できるなら、それは生きたお金になります。 寄付も、何十万円、何百万円である必要はありません。コンビニの募金箱へ10円を入れることも、店で商品を買うことも、税金を納めることも、お金を社会へ戻す行為です。 もちろん、「使えば必ず同じ金額が戻ってくる」という魔法の話ではありません。使ったお金は実際になくなります。 しかし、お金を使えば新しい経験や出会いが生まれ、「また働こう」「次はこれをやってみよう」という行動の力が湧いてくる。その行動が新たな仕事や収入につながり、再びお金が巡り始めます。 瀬知さんのいう「お金の循環」とは、何もしなくても財布が膨らむ話ではなく、使う、動く、変化する、そして再び生み出すという流れなのです。 人生には、休まなければならない時期もあります。心や体が疲れているなら、無理に前進する必要はありません。ただ、少し元気が戻ったら、ほんの小さなことでいいから再び動いてみる。 時間とは変化であり、お金とはその変化を起こすためのエネルギーです。 そう考えると、本当に問うべきなのは「あと何年あるか」でも「いくら持っているか」でもありません。 限りある人生の中で、あなたは今日、自分の時間とお金というエネルギーを、どんな未来のために使いますか?

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「AIが仕事を奪って人々の賃金がなくなったら、いったい誰が商品を買うのか?」という疑問を抱く人がいる。よくある答えはベーシック・インカムだが、それだけではない。この議論にはそもそも、賃金だけが消え、物価は今のまま残るという前提で考えてしまっているという落とし穴があるのだ。 サリム・イスマイル「もしルールが今のまま変わらないのであれば、その懸念は実際に正しいです。 しかし、ここには大きな誤解を生んでいる前提があります。それは、賃金だけが消える一方で、あらゆるものの価格は現在の水準のままだと考えることです。 これは、二つの指数関数的な変化を線形に考えているということです。ほとんどの人がこの技術について犯している間違いはそこにあります。 私たちは、あらゆる軸が同時に変化しようとしている世界を見ながら、一つ以外の変数をすべて固定してしまいます。価格も、企業も、仕事の形も今のままにして、人間の労働だけを取り除き、「これでは成り立たない」と驚くのです。当然、成り立ちません。 一つの数字だけを変えて、残りの世界は止まったままだと考えているからです。しかし、現実の世界は止まりません。 では、最大の変数である「コスト」を動かして考えてみましょう。AIが実際に崩壊させているのは労働者そのものではありません。調整にかかるコストです。 会議、承認、管理階層、そしてそもそも何かを生産することを高価にしていた間接費です。 それらを取り除けば、ほとんどあらゆるものを作るコストはゼロに近づいていきます。 たとえば物流では、ロボットがトラックから荷物を降ろし、パレットに載せ、仕分け場所まで運び、別のロボットが分類して配送するという仕組みがすでにあります。そうなれば、サプライチェーンや物流のコストはほぼゼロに近づきます。 私たちは、このような例を何度も目にしています。そして10年以上前から言い続けてきました。 テクノロジーは単に自動化するのではありません。非貨幣化するのです。モノの価格を、その限界費用へと近づけていきます。 ポケットの中のカメラは、フィルム、現像、プリント、高価なカメラといった産業のコストをほとんどゼロにしました。現在、写真を1枚撮るための限界費用は、ほぼゼロなのです」

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欲しいソフトウェアを説明するだけで、夜のうちにコードとテストが生成され、翌朝には動くサービスが立ち上がる。リポジトリを巡回するエージェントがテストとコミットを回し、更新と運用を自律化する。そこまでいけば「開発を速くする道具」というより「会社そのものを自動化するOS」の胎動だ。 サム・アルトマン「最初のバージョンを作るときは、欲しいソフトウェアをただ説明するだけになると思います。そしておそらく、システムが一晩かけて考え、コードを書いてテストまでしてくれて、翌朝にはその『本の販売アプリ』のようなものができている、という感じになります。その後、システムが大きく複雑になるにつれて、リポジトリを巡回して作業してくれる、いわば『ソフトウェア工学エージェント』が動くようになります。 それらはテストを書き、コードをコミットし、会社運営に関わる多くの作業も、ソフトウェア開発に限らず自動化できると想像できます。ソフトウェア開発に関しては、『これがどう動くか』がはっきり見える道筋があると思います」 ダン・ボネ「つまり、開発者ははるかに生産的になる、ということですね。今日のように実際にコードを書くのではなく、欲しいものを説明するようになる、という見方ですね」 アルトマン「そう思います」

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