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硤合憲三氏「受賞できても文句は言われないだろう」 硤合憲三 東京理科大名誉教授は受賞について「受賞できても文句は言われないだろう」と述べる一方、選考基準は財団が決めるため分からないと説明。 生命科学の「基本の基本」として、鏡像異性体の一方で生命が成り立つ認識が深まることを喜んだ。

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【ノーベル化学賞受賞 “生命起源の謎”に迫る研究とは】 | ノーベル化学賞に東京理科大学の硤合憲三名誉教授が選ばれた。日本からの受賞は3年連続で、化学賞の受賞は2年連続 ▼硤合さんが行った研究とは? 生命をつくるアミノ酸には『右手型』と『左手型』のような似て非なる二つの型がある →地球上の生命はなぜか『左手型』を一方的に使っている なぜ生命は左手型だけを選ぶのかは長年の謎 →硤合さんはこれを研究し、最初は約0.00005%というごくわずかな偏りだったのが、自己増殖して最終的には99.5%まで増幅するという仕組みを化学的に世界で初めて実証した 日本科学未来館 加藤昂英さん 「生き物の中のアミノ酸は左手型のアミノ酸を使っている。右手型のアミノ酸を使っても生き物はできそうな感じがあるかなと思う。どちらでも使えそうな感じがあるんですけれども、でも結果としては、左手側だけを生き物が使っている」 「それがどうしてなのかが謎だったが、硤合先生の『不斉自己触媒反応』という反応をやることで、もしかしたらたまたまそうなっただけかもしれないが、わずかな違いがどんどん増幅されていって、最終的にはどちらか片方にすごく偏ってしまう、。ういった反応だった」 「そういったことが、もしかしたら生命が誕生したときに起こっていたのかもしれない。まさにそこが生命の起源の謎に迫り得る研究と言えるかと思う」 ▼この研究が今後どういう分野に生かされるのか 「基礎研究の受賞というところもあるので、そういった基礎化学、人類や生命の起源とは何なのかというところに迫る研究」 「応用面でいえば、医薬品の合成などもあるかと思う。医薬品も左手・右手というのをきちんと設計して、きちんとしたものをつくらないと人体に悪影響が出てきたりするので、そういったものをきちっとつくっていく、そういう1ツールになり得る」 (Q日本の研究者の功績が世界的に評価されていることについての受け止めは?) 「やはり基礎研究の成果、基礎科学の成果がノーベル賞受賞ということになったのは率直にうれしいなと思っている」

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【「前人未到の領域 面白い」ノーベル化学賞の硤合憲三さんの素顔】 | 東京理科大学 名誉教授 硤合憲三さん(76) 「皆さん、外で長い時間過ごされると思う。そこに志木市の公園があって、お手洗いもありますから。コンビニはそこに」 今年のノーベル化学賞受賞が決まった東京理科大学名誉教授の硤合憲三さん。発表から一夜明けた8日は自転車を押してコンビニへ向かう姿が。報道陣を気遣うなど素朴な人柄も垣間見えた 大学では多くの学生や関係者が集まり、拍手と花束で硤合さんを出迎えた 1950年に広島で生まれた硤合さん。高校時代はバスケと数学に打ち込んでいたという 高校の同級生 大崎裕章さん 「彼は受験勉強にはあまり興味がない。興味のあることに対しては深く深く入って勉強していた」 「公式を解いたりとか、世の中で解けていない問題を解いてやるっていう」 大学で学び始めたのが有機化学。長年、東京理科大学を拠点に研究を続けた 東京理科大学 名誉教授 硤合憲三さん(76) 「少し暗いところを、頭にヘッドライトをつけて、そこをずっとたどっているような気分で、そういう研究ですね」 ▼硤合さんの発見は“生命の起源”に迫る可能性を秘める アミノ酸などの物質には、鏡に映したように対になっている『右手型』と『左手型』があるが、人間を含めた生命体はほぼ片方のみしか持っていない。これは生命の長年の謎だった 硤合さんは、最初はほぼ同じ量でも、ほんの少しの違いでどちらかだけがどんどん増え、最終的にその型だけになる反応を発見 →これが『偏りの謎』、ひいては『生命の起源』そのものを解くカギになる可能性 ▼教え子に聞く硤合さんの“素顔” 教え子は、硤合さんは「配慮の人」と話す 東京理科大学 川﨑常臣教授 「例えば外国からお客さんをお呼びすると、この出口から出るとエレベーターがある、この出口は階段を歩かなくてはいけない、重い荷物を持っていると大変だからこっちの出口を案内してとか。本当に細かいことまで配慮されていろんなことをする」 この姿勢こそが研究者としての凄みにつながっているという 「非常に細かいところまで注目されて、細かく分析、解析をして、それを次の方針に転換して硤合先生独自のアイデア、考え方を次の研究に注入してうまくいくことが非常に多いのではないかと」 ▼硤合さんに話を聞く 荒井理咲子アナウンサー 「科学者を志したきっかけは?」 東京理科大学 名誉教授 硤合憲三さん(76) 「本人の持って生まれた方向性というか、そうだと思うんですよね。研究者になりたいというのは、今のサイエンスじゃなくても人文科学・文学・歴史学でも、研究やりたいということは本人の素質だと思うんです」 荒井理咲子アナウンサー 「会見で自身の研究を『暗闇の中ヘッドライトをつけて探す』と表現されていたが、なぜ研究を続けてこられたのか」 東京理科大学 名誉教授 硤合憲三さん(76) 「意気込んでいるわけじゃないんですが、不斉自己触媒反応そのものはまさに前人未到の領域」 「ズバリすごいのが見つからなくても、検討した範囲では、こういう結果だったというのは、それはそれなりの結果というかな。私は非常に面白いテーマと思って」 「基礎研究はファンダメンタルというか根底の方。奥が深いというと偉そうになるが、可能性としてはそういうことになる」 「応用はできるに越したことはないが、基礎は基礎で面白い。それはそれで評価していただいたということで、基礎研究を行っている皆さんにも喜んでもらえるんじゃないか」 (Q根源に迫るのは時間も労力も要るのでは) 「だけど面白いというか、やりがいがあること。『これが根源です』とは言えないが大事なこと。そういうことに携われるのは生きがいの一つ」

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【悲報】立憲水岡さん、いつまでも決めない姿勢を堀田記者にガチ説教されてしまう 三党合流や統一地方選をめぐり 立憲・水岡氏が堀田記者からガチ説教 堀田記者はまず 公明党の動きを指摘 「公明党さんは断固として公明党が残る」 「来年の統一地方選も公認者をどんどん出してます」 一方で立憲については 「それに対して立憲民主党は出してませんよね」 と直撃 さらに 「水岡さんしっかりしてください」 「立憲民主党があるんだということを 全国の地方議員に示してやってください」 「そうじゃないと彼らがかわいそうですよ」 かなり強い 公明党は統一地方選に向けて公認候補を出している ↓ 中央が方針を示して動いている ↓ 一方で立憲は動きが見えない ↓ 地方議員が不安になる ↓ 「立憲はなくなるのでは」と見られれば票が離れる ↓ 堀田記者が「しっかりしてください」と説教 水岡氏も 「叱咤のお声をいただいた」 「極めて脆弱と言われれば否めない」 「堀田さんのお叱りはしっかりと受け止める」 と受け止める形に これはもう 記者会見というより 地方組織を心配する記者からの説教 立憲は 「仲間の意見を聞く」 「都道府県連の意向を聞く」 と言えば聞こえはいい しかし外から見れば 中央が決めない 方針が見えない 地方が置き去り この構図に見える 公明党がさっさと動いている横で 立憲がいつまでも決められないなら 地方議員が不安になるのは当然だ 決めない政治は優しさではない 組織を弱らせるだけだ

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【悲報】中道さん、立憲に戻れないくらい立憲に不満がありそう 中道改革連合の合流破談をめぐって 泉健太氏の分析がかなり生々しい 泉氏いわく、公明党はむしろ分かりやすかった 公明党は連立離脱後 斉藤鉄夫氏が 「中道改革の軸になる」 と述べており、中道ができた時の基本政策に沿って 「もう一回みんなで党を作りませんか」 とボールを投げてきた つまり公明党側は、ある意味で一貫していた 問題は、それを受け切れなかった側 泉氏は 「旧立憲系の方がちょっと足りなかった」 と指摘されると、さらに踏み込んで 「だいぶ足りなかった」 とまで発言 公明系が一緒にやろうとボールを投げたなら 立憲側はまず説明すべきだった 両党合わせて1043万票は多いが十分ではない 野党の中ではダントツでも 本当はもっと出るはずの票が出なかった だから次に向けて、立憲側が公明党との連携を どう考えるのか、もう一回決め直す必要があった そしてそれは 「立憲側の責任」 だと これ、普通に考えると中道側が 立憲にすんなり戻れる空気じゃない 戻るにしても、立憲側が何を反省し 何を変えるのかを示さない限り ただの出戻りでは支持者に説明できない 中道崩壊というより 立憲への不信がかなり深い話に見える

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「命を優先する」―― さとうさおり氏が、リーダーとして絶対に言ってはいけなかった一言 さとうさおり氏の辞職表明を見て、多くの人が感じた違和感。 「何かがおかしい。でも、うまく言葉にできない」 その正体は、辞職したことそのものではないと思う。 問題は、 「命を優先する」 と言って去ったことだ。 最初に断っておきたい。 命を守ることが悪いのではない。 本当に身の危険があるなら、逃げればいい。 議員を辞めてもいい。 家族や自分自身の安全を最優先することを、誰も責めることはできない。 しかし、だからこそ私は思う。 政治家として、そして人を率いてきたリーダーとして、「命を優先する」という言葉だけは使うべきではなかった。 なぜなら、それは単なる辞職理由ではないからだ。 その一言は、それまで彼女自身が作ってきた「戦うリーダー」という物語を、自分の手で壊してしまう言葉だからである。 さとう氏は、強い言葉で支持を集めてきた。 隠すな。 公開しろ。 説明しろ。 おかしいものには声を上げろ。 東京都にも、既存政治にも遠慮しない。 普通の政治家が躊躇するところまで踏み込む。 だから、多くの人が期待した。 この人なら逃げない。 この人なら最後まで戦う。 そう思った人も少なくなかったはずだ。 ところが、自分自身が説明を求められる側になったとき、 「今後の人生に大きく関わる事情」 「自分だけに関わる問題ではないので詳細は話せない」 そして最後に、 「命を優先する」 と語った。 ここで、これまでの人物像との間に大きな亀裂が入った。 「命を優先します」 これは、非常に強い言葉だ。 強すぎると言ってもいい。 なぜなら、この言葉を出された瞬間、誰も反論できなくなるからだ。 「それでも議員を続けろ」 とは言えない。 「命より議席を優先しろ」 などと言えるはずもない。 つまり、この一言が出た瞬間に、 なぜ辞めるのか。 何が起きたのか。 なぜ休養では駄目なのか。 なぜ議員を辞める必要があるのか。 辞めれば何が解決するのか。 という、本来有権者に説明されるべき問いが、全部止まってしまう。 だから私は、この言葉が一番まずかったと思う。 命を説明したのではない。 結果として、 「命」という反論不能な言葉によって、説明そのものを終了させてしまった。 そう見えてしまうからだ。 もちろん、本当に命に関わる事情があった可能性は否定できない。 外部の人間には分からない。 第三者が関わっているなら、詳細を公表できないことだってある。 しかし、 「全部話せない」 と 「何も説明できない」 は全く違う。 たとえば、 「安全上の重大な事情が生じた」 「第三者保護のため詳細は明らかにできない」 「議員活動を継続する限り、その問題を解消することが困難である」 「必要な相談や安全確保の手続は取っている」 「これまでの政治的主張を撤回したわけではない」 それくらいは説明できる。 そうすれば、少なくとも、 安全のために退くこと と 政治的に敗北して退くこと を切り分けられる。 しかし「命を優先する」という言葉だけが前面に出れば、受け手には別の物語ができてしまう。 東京都と戦っていた政治家に何かが起きた。 そして命を守るために退いた。 本人がそういう意味で言ったのかどうかは関係ない。 政治家の言葉は、本人の意図だけでは成立しない。 どう受け取られるかまで含めて政治である。 そして、ここからがもっと重要だ。 これは単なる「言葉選びの失敗」ではない。 リーダー論として見ても、かなり深刻な失敗である。 リーダーとは、恐怖を感じない人ではない。 怖いものは怖い。 危険なら撤退する。 場合によっては、逃げる判断だって必要だ。 しかしリーダーには、その次の仕事がある。 自分の恐怖を、自分の中で処理することだ。 そして仲間には、 「何が起きているのか」 「何を守るのか」 「何を撤回しないのか」 「これからどう進むのか」 を示す。 リーダーの役割とは、全員の前で一番勇ましい言葉を叫ぶことではない。 混乱した状況を整理して、周囲に方向を示すことだ。 ところが今回の辞職表明で支持者に残されたのは、方向ではなかった。 不安だった。 「命を優先する」 と言われれば、支持者は当然考える。 そんなに危険なのか。 何があったんだ。 誰かに何かされたのか。 これまで応援してきた活動は危険なのか。 東京都を追及すると、こんなことになるのか。 やちよの会はどうなるのか。 これまで一緒に活動していた人たちはどうするのか。 そして、本人が具体的な説明をしなければ、その空白を支持者自身が埋め始める。 憶測が始まる。 噂が始まる。 陰謀論まで生まれる。 つまり、リーダーが自分で整理すべき不安を、支持者側にそのまま渡してしまった。 私は、ここが今回もっともまずいと思う。 自分の恐怖だけを置いて去ってしまったように見える。 リーダーなら、本来は逆である。 仮に自分が去らなければならなくなったとしても、 「私はここで離れる」 「しかし、この問題提起は間違っていない」 「ここまでは達成した」 「ここから先はこう引き継ぐ」 「皆さんが恐れる必要はない」 「私が去っても、この活動の意味は消えない」 と残す。 これが、リーダーの撤退だ。 戦い続けることだけが勇気ではない。 撤退することだってある。 しかし、 仲間が前を向ける形にして撤退する。 そこまでがリーダーの責任なのである。 政治家には支持者がいる。 もっと言えば、その人の言葉を信じて実際に動いた人がいる。 票を投じた人。 寄附した人。 ポスターを貼った人。 ポスティングした人。 SNSで応援した人。 家族や知人に投票を頼んだ人。 時間を使い、金を使い、ときには人間関係まで使って応援した人たちがいる。 リーダーは、その人たちを動かしてきた。 ならば、自分が突然去るときに、 「私は自分の命を優先します」 だけでは足りない。 自分の人生を守る権利はもちろんある。 しかし同時に、 自分を信じて動いた人たちを、どういう状態で残していくのか。 そこにも責任がある。 今回の違和感は、おそらくここにある。 本人にとっては、 「自分の人生を守るための決断」 だったのかもしれない。 しかし支持者から見れば、 「あなたを信じてここまで来た私たちは、どうすればいいのか」 という話でもある。 リーダーの辞職は、自分一人の人生の決断では終わらない。 だからこそ、退出するときほど、その人のリーダーとしての本質が出る。 そして今回、さらに厳しいのは、彼女がこれまで「戦う姿勢」そのものを支持の源泉にしてきたことである。 強い言葉を使う。 権力に食ってかかる。 既得権益を恐れない。 隠されたものを公開させる。 そういう姿勢を見せ続けてきた。 だからこそ、 「命は一つしかない」 という言葉の破壊力が大きかった。 本人としては「自分を大切にする」という当然のことを言っただけなのかもしれない。 しかし、支持者側には、 「最後は怖くなって退いたのか」 という印象が残り得る。 事実がそうだった、と言っているのではない。 そういう物語を、自分の言葉によって成立させてしまった。 それが問題なのだ。 そして、リーダーとして最も避けるべきなのはここだと思う。 「圧力をかければ、この人は退く」 という印象を残すことだ。 仮に本当に何らかの重大な外的事情があったのであれば、なおさらである。 リーダーが退くときに、 「私はここで退く。しかし要求を受け入れたわけではない」 「主張は撤回しない」 「記録は残す」 「問題提起は引き継ぐ」 と明確にしなければならない。 そうしなければ、相手側にも、支持者側にも、 「押された結果、退いた」 という印象が残る。 これは、政治運動を率いる人物にとって非常に大きな問題である。 結局、今回の件で問われているのは、 「辞めるのは弱いのか」 ではない。 そんな単純な話ではない。 問われているのは、 「リーダーとは何か」 ということだ。 リーダーとは、一番大きな声を出す人ではない。 一番勇ましい言葉を使う人でもない。 敵を一番激しく批判する人でもない。 本当にリーダーの資質が問われるのは、 自分自身が追い詰められたとき。 自分自身が説明を求められたとき。 自分自身が撤退しなければならなくなったときだ。 そのときに、 自分の不安を周囲にばら撒くのか。 それとも、 自分が不安を引き受け、周囲には方向を示すのか。 ここに決定的な違いがある。 だから、多くの人が今回感じた違和感を、私はこう表現したい。 「強い人だと思っていた。でも、強い言葉を使うのが上手な人だっただけなのではないか。」 強い言葉を使うことと、強い人間であることは違う。 そして、 強い人であることと、リーダーであることも違う。 リーダーとは、自分が最後まで立っている人ではない。 退かなければならないときでさえ、 残された人が前を向けるようにしてから退く人だ。 今回の辞職表明には、それが見えなかった。 むしろ残されたのは、 「命に関わるほど何か恐ろしいことが起きたらしい」 という巨大な不安と、 「でも詳しいことは分からない」 という空白だった。 これは、リーダーとして最も残してはいけないものではないだろうか。 命を守ることは間違っていない。 逃げることも、必ずしも間違いではない。 辞めることだってある。 しかし、自分を信じてついてきた人たちがいるなら、最後にやるべきことがある。 自分が何を守るために退くのか。 何については一歩も退いていないのか。 そして、自分が去ったあと、仲間はどこへ向かえばいいのか。 それを示すことだ。 だから私は、 「命を優先する」 という言葉こそ、今回もっとも言ってはいけない言葉だったと思う。 命を軽く扱ったからではない。 逆だ。 あまりにも重い言葉を、リーダーとして説明すべきことの代わりに置いてしまったからだ。 命を盾にすれば、誰も反論できない。 しかし、 誰も反論できないことと、誰もが納得することは全く違う。 そして最後に残る問いは、これだ。 リーダーとは、自分が安全な場所まで逃げ切る人ではない。 自分が去ったあとも、仲間が立っていられる場所を残してから去る人ではないか。 今回、多くの人が感じている違和感。 その正体は、辞職への失望だけではない。 「私たちが見ていたのは、本当にリーダーだったのだろうか」 という疑問なのだと思う。

PTA適正化推進委員会 佐藤

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