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【速報】しょう 去年3月に最上あいを滅多刺しにして殺害した高野氏 今年7/10に第4回公判で検察官から懲役20年を求刑された しょうは傍聴席に座りたかったが抽選でハズレる代わりに傍聴した人から話を聞く 裁判官は高野氏の発達障害を認めず反省の色が見えないと懲役16年の判決をくだした

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熊谷警察署で取り調べ中、 被疑者は脱走した。 「タバコを吸いに行く」と言って そのまま戻らなかった。 3日間の逃走の末、 6人が殺された。 10歳の美咲さん。 7歳の春花さん。 その母・美和子さん。 夫は 3人を一度に失った。 裁判員裁判は死刑を選んだ。 高裁は無期懲役に覆した。 警察は逃走の事実を 住民に知らせなかった。 2015年9月、埼玉県熊谷市。 「熊谷6人殺害事件」。 2015年9月13日、熊谷警察署で任意同行され取り調べを受けていたペルー国籍のナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン(当時30歳)が、喫煙を装って逃走した。3日間にわたる逃走の間に3軒の住宅に侵入し、男女6人を次々に殺害した。 被害者はどんな人たちだったのか。 加藤裕希さんは、妻・美和子さん(41歳)、長女・美咲さん(10歳、小学5年)、次女・春花さん(7歳、小学2年)の3人を一度に失った。事件発生約4ヶ月前に撮影された美咲さんと春花さんの写真が、今も加藤さんの手元に残されている。 加藤さんは語った。 「本心を言えば、もう死にたいという気持ちです。私は全部を失って生きる希望がありません」 家族3人を 一度に奪われた。 何が起きたのか。 9月14日夕方、ナカダは熊谷市内の住宅に押し入り、50代の夫婦を殺害した。15日から16日にかけて、80代の女性を殺害。その後、加藤さんの自宅に侵入し、妻と娘2人を殺害した。後の捜査で、長女・美咲さんに性的加害をしていたことも明らかになった。 ナカダは加藤さん宅で発見された際、2階から飛び降り頭部を強打。意識不明の重体となったが、9月24日に意識を回復し、10月8日に逮捕された。 3人を殺害したあとも その場にとどまっていた。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 埼玉県警は何をしていたのか。 ナカダが逃走した翌日、9月14日に最初の夫婦が殺害された。県警は事件発生から約7時間後、ナカダを参考人として全国手配していた。つまり「男の犯行」とほぼ断定し、逃走の事実とさらなる事件発生の危険性を認識していた。 それでも県警は地域住民にこの事実を広報しなかった。 加藤さんが家族を殺された後になって、初めてナカダの逃走を知った。 危険性を認識していた。 それでも知らせなかった。 🔴 判決と二重の闘い 2018年、さいたま地裁の裁判員裁判は死刑判決を言い渡した。検察側は「金を奪う目的で6人を殺害した」「自己防衛的な行動を取っており違法性を認識していた」として完全責任能力を主張した。 しかし2019年、東京高裁は一審を破棄し、統合失調症による心神耗弱を理由に無期懲役とした。検察は上告を断念。弁護側のみが上告したが、2020年9月、最高裁は上告を棄却し、無期懲役が確定した。 6人を殺害したにもかかわらず、 心神耗弱が認定され、 判決は無期懲役となった。 加藤さんは被害者参加制度を利用し、法廷でナカダに直接問いかけた。判決確定後、加藤さんは語った。 「司法はもっと被害者に寄り添ってほしい。控訴審が無期懲役としたのは誤審だと思う」 刑事裁判で終わりではなかった。 加藤さんは「最初の事件の段階で住民に注意喚起していれば家族の被害は防げた」として、埼玉県を相手に国家賠償請求訴訟を起こした。 2022年、さいたま地裁は請求を棄却。2023年、東京高裁も控訴を退けた。 「県警の対応は不合理だとは言えない」 とされた。 刑事裁判で無期懲役になった。 民事訴訟でも県の責任は認められなかった。 加藤さんは2024年、最高裁に上告した。 「これが最後になる」 と語った。 危険人物が逃走していた。 県警はそれを知っていた。 住民には知らされなかった。 3人が殺された。 裁判では死刑が無期懲役に覆った。 県の責任も認められなかった。 加藤さんは家族の遺影を前に、 今も一人で生き続けている。 あなたは、危険性を認識していながら住民に知らせなかった県警の対応と、6人を殺害したにもかかわらず無期懲役となったこの判決に、何を思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

3,925,587 views • 1 month ago

「無実だ」と 一審から言い続けた。 2018年、今西貴大さんは2歳の養女への傷害致死・強制わいせつ致傷・傷害の罪で逮捕・起訴された。 すべての罪を一貫して否認した。 裁判員裁判で傷害罪は無罪となったが、残りの罪で懲役12年とされた。 医学鑑定は言った。 「交通事故に匹敵する外力なしに、あの傷はつけられない」 最高裁は全員一致で検察の上告を棄却した。 7年後、ようやく無罪が確定した。 大阪市。 「大阪2歳養女傷害致死冤罪事件」。 今西貴大さん(37歳)は2018年、当時2歳の養女に虐待を加えたとして傷害致死・強制わいせつ致傷・傷害の罪で逮捕・起訴された。本人は一貫して否認。裁判員裁判では傷害罪は無罪となったが、懲役12年の判決が下された。 今西さんはどんな状況に置かれたのか。 今西さんは語った。 「7年以上ものあいだ置かれていた被告人という立場から、ようやく解放されました。いまは、ほっとした気持ちで胸がいっぱいで、言葉も見つかりません」 7年以上、被告人だった。 一貫して「無実」と言い続けた。 何が問題だったのか。 高裁の判決は指摘した。 「頭にけがを残すことなく、交通事故に匹敵するほどの外力を加えることができるかどうかは、常識に照らして相当、疑問がある」 「被告人の供述や被害児の母親の証言を通じてみても、被告人が身体的虐待を加えていたことを示す事情は、見出せない」 医学的に「あの傷はつけられない」と言った。 証言からも、虐待の証拠は見出せなかった。 それでも、一審は懲役12年だった。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 2021年3月25日、大阪地裁(裁判員裁判)は懲役12年の有罪判決を下した。控訴審では医学的鑑定により今西さんの犯行ではありえないことが示され、結審とともに保釈。2024年11月28日、大阪高裁で逆転無罪を言い渡した。 一審の裁判員は、12年と判断した。 医学鑑定が「ありえない」と示した。 高裁でようやく、無罪になった。 今西さんは語った。 「人質司法や冤罪が多くの人生を破壊している」 自らの体験を生かして弁護士を目指していると語った。 「人質司法が、多くの人生を破壊している」 これは今西さんだけの言葉ではない。 🔴 最終判決 2026年3月3日付で、最高裁判所第三小法廷は検察側の上告を「全員一致」で棄却した。大阪高裁の逆転無罪判決が確定した。 一審で懲役12年、有罪とされた。 医学鑑定で「ありえない」と示された。 高裁で逆転無罪になった。 最高裁で全員一致で確定した。 それでも、7年以上かかった。 裁判員は医学の専門家ではない。 「虐待に見えた」という印象が、12年を生んだ。 今西さんが7年以上を失った間に 日本では何人の冤罪が生まれたのか。 あなたは、医学的に「ありえない」と示された犯行で7年以上被告人にされた今西さんの事件を通じて、この国の「人質司法」と「裁判員制度」に、何を思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

516,449 views • 2 months ago

「かわいい子が一人暮らしをしている」 その一言が 20歳の女性の人生を 永遠に変えた。 3人の男が押し入った。 22時間 彼女は逃げられなかった。 2002年、福島県郡山市。 「福島県郡山監禁強姦事件」。 2002年9月2日午後6時30分、宅配便業者を装った男が20歳の女子大生の部屋のドアを開けさせ、3人の男が室内へ押し入った。翌日午後4時30分まで22時間にわたり監禁し、性的暴行を繰り返した。 彼女はどんな状況に置かれたのか 犯人たちは事前に謀議を重ね、計画的に犯行に及んだ。被害者をテープで縛りつけ、お互いを偽名で呼び合うなど、大人顔負けの犯罪計画だった。 犯行で奪った現金やカードで40万円以上を搾取し、その金を女性の抵抗を抑圧するための道具購入にあてた。 これは衝動犯罪ではなかった。 計画された組織的な犯行だった。 逮捕されたのは3人 成人の中島順司(当時34歳)と、15歳の服部英之、16歳の国分榮太郎。少年2人は少年法の規定に従い、まず家庭裁判所に送致された。 ここで問題が起きた。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 少年法の壁 2001年4月、少年法が改正され、刑事罰を問える年齢が16歳以上から14歳以上に引き下げられた。しかし改正後も、15歳以下の少年が検察へ逆送され刑事罰を問われたケースは一度もなかった。 法律は変わった。 しかし運用は変わっていなかった。 22時間監禁した。 計画的に性的暴行を加えた。 それでも「少年」という理由で保護処分になる可能性があった。 被害者の言葉 「私はこの事件で一生消えない傷が心に残りました。なのに、犯人たちは何年かすると社会に出てくるかと思うと、悔しくてしかたがありません」 その訴えが 歴史を動かした。 🔴 判決 2002年12月4日、福島家裁郡山支部の鈴木桂子裁判官は「少年らは事前に謀議の上、計画的に本件非行を行っている。執ようで非道きわまりない」として、2人を検察へ逆送する決定を下した。「被害者の受けた心の傷が生涯いやされることのない深刻なものであることは誰の目にも明らかであり、少年に対しては厳しい処分を望んでいる」と言及した。 裁判所は服部英之に懲役3年6ヶ月以上6年以下の不定期刑、国分榮太郎に懲役4年以上7年以下の不定期刑を言い渡した。成人の中島順司には懲役11年。 改正少年法施行後、全国で初めて15歳以下の少年が刑事裁判で裁かれた歴史的事件となった。 そして3人は全員、すでに出所している。 最高でも懲役11年。2013年頃には全員が出所し、社会に戻った。当時15歳だった服部英之は20代半ばで出所。人生をやり直せる年齢だった。 22時間 被害者の人生は変わった。 数年後 加害者は社会に戻った。 被害者は言った。 「一生消えない傷が心に残りました」 加害者は やり直せる年齢で出所した。 この非対称を あなたはどう思うか。 少年法は「更生」のための法律だ。 しかしその「更生」の陰で 被害者は一生、消えない傷と生きていく。 15歳が計画的に22時間の性的暴行に加わった。 それでも「少年」だから守られるべきなのか。 あなたは、この判決と 被害者の「一生消えない傷」という言葉を どう受け止めますか。
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「かわいい子が一人暮らしをしている」 その一言が 20歳の女性の人生を 永遠に変えた。 3人の男が押し入った。 22時間 彼女は逃げられなかった。 2002年、福島県郡山市。 「福島県郡山監禁強姦事件」。 2002年9月2日午後6時30分、宅配便業者を装った男が20歳の女子大生の部屋のドアを開けさせ、3人の男が室内へ押し入った。翌日午後4時30分まで22時間にわたり監禁し、性的暴行を繰り返した。 彼女はどんな状況に置かれたのか 犯人たちは事前に謀議を重ね、計画的に犯行に及んだ。被害者をテープで縛りつけ、お互いを偽名で呼び合うなど、大人顔負けの犯罪計画だった。 犯行で奪った現金やカードで40万円以上を搾取し、その金を女性の抵抗を抑圧するための道具購入にあてた。 これは衝動犯罪ではなかった。 計画された組織的な犯行だった。 逮捕されたのは3人 成人の中島順司(当時34歳)と、15歳の服部英之、16歳の国分榮太郎。少年2人は少年法の規定に従い、まず家庭裁判所に送致された。 ここで問題が起きた。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 少年法の壁 2001年4月、少年法が改正され、刑事罰を問える年齢が16歳以上から14歳以上に引き下げられた。しかし改正後も、15歳以下の少年が検察へ逆送され刑事罰を問われたケースは一度もなかった。 法律は変わった。 しかし運用は変わっていなかった。 22時間監禁した。 計画的に性的暴行を加えた。 それでも「少年」という理由で保護処分になる可能性があった。 被害者の言葉 「私はこの事件で一生消えない傷が心に残りました。なのに、犯人たちは何年かすると社会に出てくるかと思うと、悔しくてしかたがありません」 その訴えが 歴史を動かした。 🔴 判決 2002年12月4日、福島家裁郡山支部の鈴木桂子裁判官は「少年らは事前に謀議の上、計画的に本件非行を行っている。執ようで非道きわまりない」として、2人を検察へ逆送する決定を下した。「被害者の受けた心の傷が生涯いやされることのない深刻なものであることは誰の目にも明らかであり、少年に対しては厳しい処分を望んでいる」と言及した。 裁判所は服部英之に懲役3年6ヶ月以上6年以下の不定期刑、国分榮太郎に懲役4年以上7年以下の不定期刑を言い渡した。成人の中島順司には懲役11年。 改正少年法施行後、全国で初めて15歳以下の少年が刑事裁判で裁かれた歴史的事件となった。 そして3人は全員、すでに出所している。 最高でも懲役11年。2013年頃には全員が出所し、社会に戻った。当時15歳だった服部英之は20代半ばで出所。人生をやり直せる年齢だった。 22時間 被害者の人生は変わった。 数年後 加害者は社会に戻った。 被害者は言った。 「一生消えない傷が心に残りました」 加害者は やり直せる年齢で出所した。 この非対称を あなたはどう思うか。 少年法は「更生」のための法律だ。 しかしその「更生」の陰で 被害者は一生、消えない傷と生きていく。 15歳が計画的に22時間の性的暴行に加わった。 それでも「少年」だから守られるべきなのか。 あなたは、この判決と 被害者の「一生消えない傷」という言葉を どう受け止めますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

1,066,342 views • 3 months ago

【“娘に性的暴行”父親に懲役8年】 | ▼判決を終えて― 福山里帆さん(25) 「まずは、ほっとしています。やってきたことが、やっと終わって認めていただいた」 福山さんは、中学2年から高校2年までの間、少なくとも8回、実の父親に性的暴行を受けたと訴える 被告の父親は、娘との性行為は認めたものの、『逆らえない状況ではなかった』と無罪を主張 ▼求刑通り、父親に懲役8年の判決 梅澤利昭裁判長 「家庭内という犯行が発覚しづらい状況を悪用し、被害者の人格を無視した卑劣かつ悪質性が高い常習的犯行」 ▼裁判で“叶わなかった”心からの謝罪と反省 「まったく伝わっていない。反省もしていない」 「私が(性交を)望んでいたかのように裁判で言う。私を何だと思っているのだろうと、すごく憤りました」 ▼福山さんが今回の裁判を通して“伝えたかったこと” 「誰かが手を差し伸べて『社会が黙っていないぞ、見ているぞ』と、そういった抑止の効果もあると思う」 「私たちが望む家庭内性被害・性犯罪者をゼロに。子どもが虐げられることなく、誰もが未来を、ただただ未来のことを考えて勉強や部活動に励んでいける未来になってほしい」

報道ステーション+サタステ

114,764 views • 10 months ago

ランドセルが空き地に落ちていた。 近くの段ボール箱の中に 7歳のあいりちゃんがいた。 下校途中、たった一人で歩いていた。 それだけだった。 検察は死刑を求刑した。 判決は無期懲役だった。 父親は言った。 「あいりは2度殺された」 2005年11月22日、広島市安芸区。 「広島小1女児殺害事件」。 2005年11月22日午後3時すぎ、広島市安芸区矢野西の空き地に置いてあった段ボール箱の中に、小学1年生の女の子が意識不明の状態でいるのを近所の人が見つけた。女の子は近くに住む木下あいりちゃん(当時7歳)と判明し、死亡が確認された。死因は首を絞められたことによる窒息死だった。 あいりちゃんはどんな子だったのか。 同級生の卒業式が開かれた2011年3月18日、学校側は「同級生と一緒に卒業させてあげたい」として卒業証書と同じ文書を作成。校長が「多くの友の中で共に過ごしたことを証します」と伝えて母親に手渡した。母親は「ありがとうございます」と答え、涙ぐんだ。 同級生が卒業する日、 あいりちゃんは卒業証書を受け取れなかった。 何が起きたのか。 事件から8日後の11月30日、遺留品や目撃情報などから近くのアパートに住む当時33歳のペルー人の男(ホセ・マヌエル・トレス・ヤギ)を殺人と死体遺棄の容疑で逮捕した。 広島地検は殺人や強制わいせつ致死などの罪で起訴した。 下校途中、一人で歩いていた。 それだけが理由だった。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 加害者には前科があった。 差し戻し控訴審では、ペルーでの幼い女の子2人に対する性犯罪歴が証拠採用された。しかし広島高裁は「罪を犯したことが確実ではなく、日本国内での前歴や前科と同じように取り扱うことは許されない」として、量刑を考慮するための資料には用いないと述べた。 ペルーで幼い女の子2人への性犯罪歴があった。 それでも量刑の考慮から除外された。 裁判は複雑な経緯をたどった。裁判員裁判のモデルケースとされ、公判前整理手続が行われた。被告は法廷で意味不明の言動を繰り返し、公判が度々中断した。 法廷で意味不明の言動を繰り返した。 公判は何度も中断した。 🔴 判決 検察側は死刑を求刑したが、一審広島地裁は無期懲役を言い渡した。検察と弁護側の双方が控訴するなどし、2010年8月に無期懲役が確定した。裁判は4年余りにわたった。 父・建一さんは語った。「悪魔の存在を主張し続けたことは疑問で、納得いかなかった。性犯罪というのは非常に悪質な犯罪であるので刑罰は重いんだという認識が社会に広まればいい」 検察は死刑を求めた。 ペルーでの性犯罪歴は考慮されなかった。 判決は無期懲役だった。 父親は言った。 「あいりは2度殺された」 7歳のあいりちゃんは下校中に殺された。 段ボール箱に入れられた。 ペルーでの前科は考慮されなかった。 4年かけて無期懲役が確定した。 同級生が卒業する日、 母親は学校から卒業証書を受け取った。 「あいりは2度殺された」という父の言葉は 20年経った今も消えない。 あなたは、ペルーでの幼い女の子への性犯罪歴が量刑に考慮されず、死刑求刑に対して無期懲役となったこの判決を、どう思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

4,964,686 views • 2 months ago

園子温の記者会見を見ました。ある程度の予想はしていましたが、その予想をはるかに超える、極めて不誠実でごまかしに満ちた会見でした。 今回の記者会見を見てわかったのは、まず、園氏が私を訴えた理由は、私が園氏への告発に火をつけたから、ということでした(👇動画)。これは3年前に、園氏が私に内容証明を送りつけてきて、訴訟するぞと脅した際、私が「返答の動画(👇動画後半)」でまさに予想していたことでした。彼は、自身の長年の性加害行為を暴いて、監督としてのキャリアを台無しにした私が、憎くて憎くて仕方がないのでしょう。しかし、覚えておいてください。長年にわたって俳優に性加害をしてきた、あなた自身が悪いのです。あなた自身が、あなたのキャリアを台無しにした張本人なのです。 それから、自身の性加害疑惑を隠し、私が園氏を「性加害監督」と呼んだツイートをもって、新宿警察署に「松崎悠希から侮辱された」と昨年(2024年)の4月に駆け込んだ件を持ち出し、「松崎悠希を刑事告訴し、彼は書類送検されております!」と語気を強めて宣言することで、悪人は自身を告発した松崎であり、自分は無実の被害者である、と印象操作をしようともしていましたが…そんな事に引っかかる人なんて、いませんよ?その件を担当されている刑事さんには、今回の判決文も被害証言も全て渡しています。だから園さん、警察は、あなたが過去にやったことを、もう全て知っていますよ。 それから「松崎の主張を全く虚偽だと裁判所が認めた!」と嘘の宣言をしていましたが、判決文の全文を公開した今、みなさん、自分で判決文を読めちゃいますから、バレますよ、一瞬で。 裁判所は、あなたから受けた被害を、フラッシュバックに耐えながら、勇気を持って証言して下さった被害者の証言を「真実」と認めたのです。あなたが会見で、控訴審では「証言を一つずつ潰す」と発言したことで、控訴しても、裁判所は証言者を最大限護るように動くでしょう。あなたの思うようには進みません。 それから、今回の判決で唯一認められなかったのは、「ワークショップで知り合って…」の部分だけです。しかもそれも「一次証言者がいなかった(伝聞はいる)」というだけです。つまり、もしも園氏が控訴してきて、私側が控訴答弁書で「ワークショップで知り合って…」という証言を新たに提出し、それを裁判所が認定した場合、私のツイートの「すべて」が「真実」と認定されることになります。すると、「公共性・公益性」は既に認定されているため、「真実性」と「公共性・公益性」の両方が揃うことになり、「名誉毀損」すら認定されなくなる可能性も出てきます。ご自分で、更に事態を悪化させるおつもりですか? これ以上、被害者の尊厳を踏みにじるのは、もうやめましょう。 そして、何よりも、まずは謝罪を。誠意をもって。 松崎悠希

Yuki Matsuzaki 松崎悠希📽️

1,060,508 views • 1 year ago

「ママ大好き」 「おしごとがんばって」 7歳の眞輝くんが そう言って眠りについた。 その夜だった。 寝室の押し入れに ガソリンがまかれた。 火がつけられた。 12歳の侑城くんと7歳の眞輝くん。 2人とも就寝中だった。 放火したのは伯父だった。 動機は両親への憎しみだった。 求刑は死刑だった。 判決は懲役30年だった。 2021年11月、兵庫県稲美町。 「稲美町兄弟放火殺人事件」。 2021年11月19日深夜、兵庫県稲美町岡の木造2階建ての自宅で、押し入れ内の布団にガソリンをまいて火を放ち全焼させ、就寝中だった当時小学6年の松尾侑城くん(12歳)と、小学1年の眞輝くん(7歳)が殺害された。 侑城くんと眞輝くんはどんな子だったのか。 野球が好きな兄弟だった。 両親は「あったはずの未来を」と、息子たちとの思い出を語った。 「ママ大好き」 「おしごとがんばって」 眞輝くんが日頃から両親に伝えていた言葉だった。 野球を続けていたはずだった。 両親に「ママ大好き」と言っていたはずだった。 その未来は一夜で奪われた。 何が起きたのか。 逮捕されたのは、兄弟と同居していた伯父・松尾留与被告(53歳、当時)。 無職だった。 検察側の指摘によると、動機は同居する妹夫婦(兄弟の両親)への憎しみだった。 「子どもを狙った」とされ、「両親に苦痛を与えようと思い」殺意を抱いたとされた。 妹夫婦が被告の行動を監視するため自宅にカメラを設置していたことが、被告の怒りを増幅させていた。 「カメラで監視されたと怒り」 検察側はこれを動機の一つとして指摘した。 放火後、被告はコンビニで食料品を購入し、逃走の準備を速やかに進めていた。 恨みの対象は両親だった。 殺されたのは何の関係もない子どもたちだった。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 裁判長は何と言ったのか。 神戸地裁姫路支部の佐藤洋幸裁判長は、判決でこう述べた。 「結果は極めて重大。恨みの対象ではない子どもを殺害したことは、身勝手で悪質。命を軽視している」 それでも死刑ではなかった。 裁判長は「妹夫婦が被告の行動を監視するため、自宅にカメラを設置したことなどから、被告は相当追い込まれた精神状態にあった」とし、「妹夫婦に恨みを抱いたことは無理からぬ面があった」と述べた。 恨みを抱くに至った経緯には 「無理からぬ面があった」とされた。 殺されたのは、その恨みとは無関係の子どもだった。 さらに、被告に軽度の知的障害があり「軽微とはいえ事件に影響を与えたことは否定できない」として、量刑から死刑と無期懲役を外し、「有期刑が相当」と結論づけた。 🔴 判決 2024年、神戸地裁姫路支部は裁判員裁判で懲役30年(求刑死刑)の判決を言い渡した。 検察は控訴し、控訴審で「恨みの対象ではない兄弟の殺害は、無差別殺人に通じる理不尽極まりない犯行」と主張した。 しかし2025年3月14日、大阪高裁の伊藤寿裁判長は一審判決を支持し、検察側の控訴を棄却した。 動機についても「同居していた妹夫婦の被告に対する態度に行き過ぎた面があり、恨みを晴らそうとしたことには無理からぬ面があった」と一審判決を追認した。 量刑が「軽すぎて不当とは言えない」とされ、検察・被告側ともに上告せず、懲役30年が確定した。 7歳と12歳の兄弟が、就寝中に放火され殺害された。 動機は両親への恨みだった。 殺されたのは、その恨みとは無関係の子どもだった。 求刑は死刑だった。 判決は懲役30年だった。 裁判所は、妹夫婦への恨みを抱くに至った経緯には「無理からぬ面があった」と判断した。 殺された子どもたちには何の落ち度もなかった。 父親は控訴審後、語った。 「恨みの矛先が子どもたちへ向かったことが悔しい」 「事件当時から時間は止まったまま」 あなたは、恨みの対象ではない7歳と12歳の兄弟が殺害され、求刑死刑に対して懲役30年となったこの判決を、どう思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

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