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ドイツの餃子 #Maultasche はドイツ南部シュヴァーベン地方の名物料理 EUの地理的表示制度により、バーデン=ヴュルテンベルク州固有の文化遺産に認定されていて、この地方で作られたものだけがほんものの #マウルタッシェ だそう ラビオリや餃子と比べるとかなり大きいです #ドイツグルメ

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馬にもそれぞれ食べ物の好みがあります🥕 好き嫌いなく何でも食べる子もいれば、なかなかこだわりの強い子もいます🐴 24歳のスズカフォイルは、どちらかと言えば後者です。 現在24歳☘️ 20歳でホースボール協会へやってきて、そこから丸1年かけてリトレーニングを行い、21歳で乗馬デビューしました💪 そんなフォイルですが、協会に来た当初はなかなかの偏食家でした。 ご褒美のおやつといえばニンジン一択。 馬用クッキーも、黒糖も、フルーツも、 「結構です。」 と、受け取りません。 ところが、多くのお客様に可愛がっていただくうちに、少しずつ食べられるものが増えていきました。 今では黒糖などの甘いおやつも大好きです🍬😊 しかし、そんなフォイルにも譲れない一線があります。 それが氷砂糖や金平糖。 口に入れて噛んだ瞬間、 「ガリッ」 その音と感触がどうにも気に入らないようで、 「石を食わせるな!」 と言わんばかりの勢いで怒ります😂 こちらとしては甘いおやつのつもりなのですが、どうやらフォイルの中では完全に石判定のようです🪨 最近、そんなフォイルに新たな発見がありました。 馬房に吊るしてある岩塩です。 ミネラル補給のために設置してあるものですが、フォイルは長いこと食べ物だと思っていなかったらしく、昨年の夏から一年、ほとんど減ることなく綺麗に飾られていました。 きっと本人の中では、馬房の備品か何かだったのでしょう。 それが先日、ふと見ると舐めていたのです。 どうやらようやく、 「あ、これ食べられるやつだ」 と気付いた様子。 それ以来、暇を見つけてはぺろぺろと舐めています。 こちらとしては、 「去年の夏からずっとありましたけど?」 と声をかけたいところですが、本人が満足そうなので黙って見守っています。 氷砂糖は石だと怒るのに、岩塩は一年越しに食べ物認定。 24年生きてきた分だけ、フォイルなりのこだわりもたくさんあるようです。 これからも自分のペースで、美味しいものを食べながら、元気に楽しく長生きしてもらいたいと思います🐴

JHBA 日本ホースボール協会

2,112,059 views • 3 months ago

久しぶりに京大のキャンパスを歩き回った感想。むかしカオス度70%、いま7%。むかしの教養部の図書館(今の吉田南総合図書館)は誰でも入れるゆるい雰囲気で、近所の高校生のカップルが放課後よくイチャイチャしていたが、そんなの今では考えられない。休みの間もいつもダラダラ開いていた中央食堂も今は休み中は閉店。ダラダラするとこないやん笑。 むかしは門も建物も教室も365日24時間開いていて、よく教室に夜中に集まったり泊まったりしたものだが、いつの間にかすべてカギがかけられるようになった。 またキャンバス内にはホームレスやわけがわからない人たちが暮らしていたが、今はおそらくそんな人たちは締め出されるのだろう(もっとも居心地が悪くて来たいとも思わないかもしれないが)。 京大に限らず東大も含めていろんな大学に僕たちは夜中に忍び込んだりしていたものだが、むかしの大学には誰でも受け入れる包容力のようなものがあった(現状は知らないが、海外ではコロンビア大学もウィーン大学もそうだった)。京大では籍もないのに普通に授業を受けているやつがいたし、僕たちは基本的にどの学部の授業でも「興味があります」と言ったら教授たちから歓迎された。 「貧すれば鈍する」の部分もあるだろうが、タテカン禁止や吉田寮解体に見られるように反動的な力が働いていることも否めない。 機能性と効率性から言えば、キャリアの一環として勉強する場所としては今の方がすぐれているのかもしれないが、大学を専門学校のようにしてムダをなくしたことで失ったものも大きいと考えるのは僕だけではないはず。みなさん、どう思いますか?

春の岬少年☆どーどーちゃん❤️☆妹尾真則

131,505 views • 26 days ago

ここ数年、長崎に通うようになって何となく不思議だった現象の自分なりの解答がみつかった 長崎市は日本の他の都市(地方)と同様に人口が減っていて若者流出、高齢化率も大変高い さらに箱物行政が続き市の抱える借金はどんどん膨らみ、光熱費も九州の他都市に比べても割高で、ぶっちゃけ住むのは割と過酷な状況だ 観光都市で潤ってるような印象があるかもだが実際には観光規模で言うと福岡の1/10程度で福岡、大分、熊本、鹿児島の次くらいでこれもイマイチ さぞや街中は某地方都市の様にシャッター商店街が続き活気がないもんだとばっかり思っていた が、実は長崎の街中は結構人が歩いてる 平日の昼間でもそれなりの人数が歩いてる 様子が知りたい人はYouTubeで『観光通り、商店街』(←長崎市内を代表するアーケード)とでも検索してみてください で、これは観光通りだけでなく長崎の市街地(長崎電鉄の路面電車が走っている地域とでも思ってください)も、この人口規模の地方都市の割には本当に人が歩いている いま流行りの言葉でいうと『ウォーカブルな街』そのものだ 何となくモヤっとしていたが、理由は至極単純で地形的制約(山に囲まれていて坂が多く平地が狭い)のせいで住民の自家用車の所有率が極端に低く、人口密度も極端に高いことに起因してるんじゃないかと思う とにかく市民が歩かざるを得ない状況に追い込まれてるお陰で、地域のお店で買い物をせざるを得ない状況が発生している。 図らずも今ヨーロッパの先端都市で実践されている脱車社会が長崎市では既に実現されているのだ ぜひ、長崎の皆さんはその点を欠点ではなく利点とした、まちのあり方を考えた方が良いんじゃないでしょうか?? (実際には2週遅れくらいで駅前再開発と渋滞解消の為の道路整備、インフラ投資を進めると言った都市計画が行われようとしている様ですが…) 動画はいつの日かの平日16時前後の浜町アーケードの様子

小笠原太一|ひとり地域開発者

2,047,589 views • 3 years ago

二つの美味しそうなキャベツ料理。一つは、炊飯器の中で静かに蒸され、子どもの目がまん丸になる、あの親子キャベツ。もう一つは、料理研究家リュウジが投じた、雑に見えて圧倒的に旨い丸ごとキャベツ煮。この二つに共通する本質はなんだろう? それは、家庭料理の再発見こそ、いま最も価値のある革命だという事実です。簡単なのに旨いというのは、人類の命題です。料理というのは本来、複雑である必要はない。 素材が持つ力を、人が邪魔しないように、ほんの少しだけ背中を押す。 キャベツ一玉。 ベーコン数枚。 コンソメ。 炊飯器という文明の賜物。 これだけで、とろけるような甘味と、子どもが思わず息をのむような感動が生まれる。これは手抜きではない。むしろ、素材への信頼と、暮らしの知恵。 親がキャベツを切り分ける。 子どもが見つめる。 湯気が立ち上る。 この数秒の光景こそ、経済統計には決して載らないが、社会を強くする基礎体力になる。 料理が豪華かどうかではない。一緒に食卓を囲む時間こそ、家庭のGDPだよ。そこにある小さな幸福の連続が、将来折れない心をつくる。料理はただの家事ではない。未来への投資そのものだ。 そして、リュウジ氏がやってることは、料理の民主化です。料理研究家が「切らない」「ぶち込むだけ」「雑だけどうまい」と言う。 これは怠慢ではなく、民主主義の革命だよ。 かつて料理本は、正しさの押しつけと家庭の罪悪感でできていた。 でも今は違う。 料理はもっと自由でいい。 もっと楽でいい。 もっと人間のためでいい。 無気力で疲れた人でも作れる美味しさ。それを広めたリュウジ氏の功績は、実は文化史的に相当大きいです。 キャベツ一玉は、料理の素晴らしさの象徴だよ。 人を救うのに手間はいらないし、家庭の幸せは豪華さとは無関係。子どもの記憶は、湯気と匂いでできているし、料理は完璧ではなく共有で完成する。その全てを、たった一玉のキャベツが教えてくれる。

クレア

5,452,170 views • 10 months ago

面白いのは、彼らが反応しているのが、厳密には日本そのものではなく、「アメリカ文化を丁寧に扱う日本」に対してだということです。KFCは本来アメリカ発の大衆チェーンなのに、日本ではそれが妙に清潔で、妙に安定していて、妙にちゃんとおいしそうに見える。するとアメリカ側は、自国の記号を海外で見ているはずなのに、なぜかそこに理想のアメリカを見つけてしまう。だから「家の近くのアメリカ」「アメリカがそこにはある」という冗談が、ただのネタを越えて少し切実になる。 これはかなり現代的な現象だと思う。 人はもう、自国の理念を自国の中でだけ確認するとは限らない。むしろ外部に、より整った形で保存されている自国性を見て、安心したり、感動したりする。 アメリカ人が日本のKFCや、日本に点在するアメリカっぽさに熱狂するのは、異文化に驚いているというより、自国で失われた手触りを、他国で回収しているからだ。 しかもそこにあるのは、高尚な政治理念ではない。自由、友情、親しみ、ジャンクフード、チェーン店、冗談、雑な愛情表現。つまり国家の公式文書には載らないが、たしかに国民感情を支えていた生活のアメリカだ。 彼らは日本に対して敬意を示しているようでいて、同時に自分たちがかつて信じていたアメリカの陽気さや無邪気さを、日本の風景の中に見つけて興奮している。 だからコメント欄の「God bless the Japanese people」や「I have no notes on Japan」や「Protect them at any cost」は、誇張されたネットミームのように見えて、実はかなり本音に近い。 政治の文脈ではなく、文化の受容のされ方において、「こちらのものを、こんなふうに好いてくれるのか」という感動がある。 人は自分を批評されるより、自分の好きだったものを愛してもらえた時のほうが、ずっと深く心を開く。 一方で、コメントの中には「アメリカのKFCはもうそんなに良くない」「日本のほうがうまそう」という自虐も混じっている。 ここも重要だ。 いま起きているのは単なる日米友好ではなく、アメリカ側の自己認識の揺れでもある。 自国のチェーンより海外店舗のほうが美しく見える。自国の雑さや劣化を、日本の几帳面さが“補完”してしまう。 すると日本は、アメリカ文化の消費者ではなく、ある種の保存修復者のように見えてくる。 この構図は、じつはかなり日本的でもある。 日本は昔から、外来文化をそのままコピーするのではなく、一度受け止めて、再配置して、磨き上げて、別の完成度にして返すことがある。 洋食も、ジーンズも、ジャズも、喫茶店文化もそうだった。今回のKFCも同じで、日本はアメリカを崇拝しているわけではない。 ただ、自分たちなりの秩序と美意識の中に置き直している。その結果、アメリカ人が見ても「あれ、こっちの本家より愛されてないか?」となる。 ここでさらに興味深いのは、この現象が政治を通らずに起きていることだ。 国家間では意見が割れる。歴史認識でも、安全保障でも、経済でも、人はすぐ身構える。 けれどKFCのチキンひとつで、「日本人最高」「移住したい」「このミーム好き」「友達になってる」と感情が溶ける。 もちろん全部が本気ではない。 でも、こういう軽い冗談の往復の中でしか育たない親しさもある。 SNSはしばしば憎悪を増幅するが、ときどきこうして好意の連鎖も爆発的に広げる。 そしてたぶん、この流れがここまで愛された理由は、日本がアメリカを論じたのではなく、食べたからだ。思想ではなく味覚で返し、批評ではなく生活で受け止めた。 だから相手も防御せずに笑える。 文化交流がうまくいくときは、たいてい正論の交換ではなく、こういう少し抜けた入口から始まる。家の近くのKFCを近所のアメリカと呼んでしまう、その雑でかわいい比喩の中に、外交官の文章よりもよほど健全な感情がある。 私が言いたいのは、これは単なるミームではないということだ。 アメリカ人は日本のKFCを見て笑っているのではない。 そこに、自分たちの文化がまだ誰かに愛され、しかも本国より丁寧に扱われている光景を見て、少し救われている。 国はときどき、自分の美点を自分の中では見失う。 でも他国の食卓の上に、それがちゃんと残っていることがある。 だからこれはチキンの話でありながら、どこかで「文化はまだ仲直りできる」という話でもある。

クレア|日常の違和感言語化係

2,683,064 views • 6 months ago

『熊本地震で初の災害関連死、車に避難の70代女性が熱中症で死亡』 70代の女性が7月30日に熱中症の疑いで搬送されたが亡くなられた 動画は熊本地震から2日後の7月30日に、憂国さんと一緒に被災地を回った時のもの 八代市の電気も水道も止められた真っ暗闇の中に入っていくと、路地の奥の方に水も食料もない高齢者や家族が車内に沢山いた 水や食料や生理用品や塩分チャージなどを配り「本当にありがとう」と感謝されたけど、あの時今回亡くなられた方にも水を渡せていればと思うと悔やまれる 行政も頑張ってくれてると思う。だけどオレがこの目で見た感想は、避難所には沢山物資がある。だけど基本は取りに来てくれスタイル 運転はうまい方の俺ですら移動するのも怖いなか、精神的にもショックを受けてる高齢者が取りにいけないって 被災地には来ないでくれと熊本市長が言ってるけど、それも分かる。だけどオレは地元の地理を知り尽くしている鈴木田さんと連携して畑の中の裏道を走り渋滞に一度もハマる事なく支援物資を配布する事が出来た オレの行動に賛否あるだろうけど、あの時水を渡せていなかったら、出会った人たちがもっと熱中症で死んでいたかも知れないと思うと、いくら批難されようと物資を渡せた事に後悔はない 批判を恐れて動かないことより、目の前の命を救うために動いたこと、それがオレの選んだ道 この事については改めて思いを書きたいと思ってます

Ken Ken.© 🕊🕊🕊

46,025 views • 1 month ago

日本と海外で人気に差があるアーケードゲーム①:センチピード アタリの代表作の一つで、映画「ピクセル」でも大きく取り上げられたタイトルだ。 うーん、有名なゲームだけどセンチピードの他にも取り上げるべきゲームはあるんじゃ?と思った日本人の方も多いのではないか。正直私もそう思った(続く) しかしこのセンチピードは、1982年の北米において売上ランキングでミズ・パックマン、パックマン、ドンキーコングと共にトップ4(正確には3位タイ)に入る程の大ヒットタイトルであり、移植版やクローンゲームも数え切れないほど出ているバケモノゲームなのだ。だから映画でセンチピードが取り上げられたことに疑問を持つ米国人は恐らく少なかっただろうと思われる。 一方日本では、米国リリースの数年後に発売されたものの米国ほどの人気は得られなかった…というかゲーセンで殆ど見なかったような気がする(個人の感想です)。 このゲームの大ファンの方には申し訳ないのだが、私はこのゲームがちょっと合わない。完全に後追いでプレイしたせいだろうか。当時の筐体でトラックボールを使ってプレイすれば、また違う印象を持ったのかもしれないが…。 本作の人気に差があったのは、単に日本での出回り数が少なかったからなのか、欧米人と日本人の感性の違いからなのかは分からない。恐らく両方の理由だろうと思うが、個人的には後者の「国ごとの感性の違い」に興味がある。ギャラガやドンキーコングやパックマンのように双方の国で大ヒットしたゲームもあるのに、センチピードはなぜ日本ではヒットしなかったのか…。 ビデオゲームは比較人類学の研究対象にもなり得るのではないかと個人的には思っている。 ちなみにこの「日本と海外で人気に差があるアーケードゲーム」のポストは、第4回まで続ける予定です(※)。 #レトロゲーム ※アーケードゲーム限定です。また、当時に海外もしくは日本でしか発売されなかったゲームは除きます。

moai1234

44,862 views • 1 year ago